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神経可塑性からみた精神疾患の成り立ち カンナビノイド ( マリファナ様物質 ) を手がかりに 挟間雅章 * はじめに 脳の重要な機能の 1つに記憶がある われわれはいつも記憶に基づいて生活をしており, 認知症のように記憶が障害されると大きな困難に直面する 一方, 記憶が生存に不利に働く場合もあり, その例として薬物依存, 持続する妄想, パニック障害, 強迫性障害,PTSD などが挙げられる このように, 記憶は多くの病気と関わっているのである 記憶が成立するためには, 脳に何らかの変化が毅毅毅起こって維持されること ( 可塑性 ) が必要であり, その仕組みは神経科学の大きな課題の 1つである 生化学 分子生物学から脳イメージング 心理学にいたる, 様々なレベルで研究されており, この 10 年間で大きく進歩した領域である 脳の可塑性については今後さらに理解が進むと同時に, その成果を応用した新しい治療法が期待される 現在の精神科治療の中心が薬物療法であることを考えると, 最も期待されるのは新たな薬の開発であり, そのためにも薬理学的な理解が非常に重要と思われる そこで, 本稿では脳が変化する仕組みを概観した後, そこで重要な役割を果たすカンナビノイド * 京都大学医学部精神医学教室 [ 606 8507 京都府京都市左京区聖護院川原町 54] MasaakiHazama,M.D.,Ph.D.:DepartmentofNeuropsychiatry,Faculty ofmedicine,kyoto University,54 Shogoin kawaharacho,sakyo ku,kyoto,606 8507Japan. という興味深い物質の薬理作用を紹介する さらに, その物質が精神疾患にどのように関わっているか例を挙げることで, 神経科学が精神医学にどのように貢献していくのか考えたい 神経回路とその変化 毅毅毅毅毅脳の中では, ニューロンという細胞が連なって神経回路をつくり, 情報処理を行っている ( 図 1 毅毅毅毅左 ) ニューロン同士はシナプスという接合部で接し, ここで情報をやりとりする 実際には, 信号が伝わってシナプスの前側のニューロン ( シナプス前ニューロン ) が興奮すると, グルタミン酸毅毅毅毅毅毅やドーパミンなどの神経伝達物質が放出される ( 図 1 右 ) それをシナプスの後ろ側のニューロン ( シナプス後ニューロン ) が受け取ることで, 前のニューロンが興奮した という情報が伝わるのである 1つのニューロンは複数のニューロンから入力を受けており, それらの入力を処理 統合して, 次のニューロンに神経伝達物質という形で情報を伝える このような回路が何らかの刺激に応じて変化す毅毅毅毅毅る性質を神経可塑性と呼ぶ 神経可塑性が起こる主な場所はシナプスだと考えられており, シナプ毅毅毅毅毅毅毅スが変化する性質をシナプス可塑性と呼ぶ シナプス可塑性においては, まず機能的な変化としてシナプスの伝達効率が変わり, その後, シナプスの構造が変化して長期的な記憶として残ると考えられる 4) (89) こころのりんしょう à la carte à la 26(2) carte 2007 Jun.2007 年 6 月 237

図 1 神経回路とシナプスの模式図左 : ニューロンとニューロンがシナプス ( 点線部 ) で接して, 情報のやりとりをする 右 : シナプス前ニューロン ( 左側 ) が放出した神経伝達物質を, シナプス後ニューロン ( 右側 ) が受け取り, 情報が伝わる 最近 10 年間の神経科学の大きな進歩として, シナプスの機能的な変化のメカニズムが物質レベルで明らかになってきたことと, シナプスを含めたニューロンの構造の変化を生きたまま観察する技術が開発されたことがある 次項では, より解明されている前者について説明する シナプス可塑性のしくみ 図 2 シナプスの機能的な変化上段 : シナプス後ニューロンの変化下段 : シナプス前ニューロンの変化ルタミン酸受容体を減らすことでシナプス伝達を弱め, さらにはシナプスの数も減らすことが報告された 6) このことは, アルツハイマー病初期の記憶障害の原因かもしれない シナプスの機能的な変化には, シナプス前ニューロンに起こるものと, シナプス後ニューロンに起こるものがあり, 脳は場所ごとに両者を巧みに使い分けたり組み合わせたりしていることが明らかになってきた 10) 1) シナプス後ニューロンの感受性の変化シナプス後ニューロンの感受性が変わるメカニズムとして, 神経伝達物質を受け取るタンパク質 ( 受容体 ) の数がダイナミックに変化することが明らかになってきた ( 図 2 上段 ) 11) シナプス後ニューロンは, 入力を受ける頻度やタイミング, 自分自身の活動頻度などに応じて, シナプスごとに受容体の数を調節することにより, そのシナプスで受け取るシグナルを調節する このプロセスには多くのタンパク質の相互作用が関与している 興味深いことに, アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドタンパクは, シナプスにあるグ 2) シナプス前ニューロンの変化 : 神経伝達物質の放出量の変化 ( 図 2 下段 ) さまざまな物質がシナプス前ニューロンに作用して, 神経伝達物質の放出量を調節することが知られてきた 最も単純な例では, 放出される神経伝達物質自身が作用する場合で, 一種のフィードバックである さらに最近では, シナプス後ニューロンから放出された物質がそのような働きをする例が見つかってきた 通常の神経伝達物質がシナプス前ニューロンからシナプス後ニューロンへ情報を伝えるに対し, その逆方向に情報を伝えるということで大きな関心を集めている そしてその代表がカンナビノイドという物質なのである カンナビノイドとは? 大麻 ( マリファナ ) は古くから陶酔作用をもつ 238 こころのりんしょう à la carte 2007 年 6 月 (90)

ことが知られてきた そのような作用をもつ物質毅毅毅毅毅毅毅はカンナビノイドと呼ばれ,1960 年代以降に大麻などから単離されていった これらの物質は, 多幸感, 知覚の変容, 抗不安, 食欲増進, といった作用を持つ 脳の中にも同じような働きをする物質が 1990 年代に見つかり, その代表がアナンダマイドと 2 アラキドニルグリセロール (2 AG) である 12) ともに細胞膜の脂質から酵素によって合成され, 不要になると別の酵素によって分解される物質である これらの物質が結合して作用する受容体が 1990 年に発見され, 細胞膜に存在して Gタンパクに共役するタイプの受容体であることが明らかにされた この受容体の分布を脳の中で調べると, 大脳皮質, 大脳基底核, 海馬, 小脳, 視床下部など, 脳全体にわたって広く分布しており, 幅広い作用が示唆された 3) シナプス可塑性におけるカンナビノイドの役割 ニューロンの中でのカンナビノイド受容体の局在を詳しく調べると, シナプスの前部, すなわち, 神経伝達物質を放出する場所の近くに多く存在することが分かった このことから, カンナビノイドが受容体を介して神経伝達物質の放出を調整していることが示唆され, 生理学的な実験によって裏付けられた ( 図 3) たとえば, 海馬の錐体細胞というニューロンを強く興奮させると, ある種の抑制性ニューロンからの入力が一時的に弱くなる このとき, 錐体細胞からカンナビノイドが放出され, 抑制性ニューロンの末端に存在するカンナビノイド受容体に働き, 神経伝達物質 ( この場合は GABA) の放出を抑制するのである このように, カンナビノイドは, グルタミン酸, GABA, アセチルコリンなど他の神経伝達物質の放出を抑制するのが主な役割だと考えられている その働きが持続する時間は, シナプスの種類や実 図 3 カンナビノイドのシナプスでの作用シナプス後ニューロンから放出されたカンナビノイドが, 神経伝達物質の放出を抑制する 験条件によって異なり, 数十秒で終わる短期的なものから, 数十分以上続く長期的なものもある カンナビノイドによる長期的な作用は, 海馬や扁桃体における抑制性シナプス, 大脳皮質や線条体の興奮性シナプスで観察されており, それぞれの場所で記憶の形成に関与していると考えられる 1) 次項では, 動物モデルが確立している薬物依存を中心に, カンナビノイドと精神疾患について述べたい カンナビノイドと精神疾患 薬物依存とは, 薬物の作用による快楽を得るため, あるいは離脱による不快を避けるために, その薬物を使用せずにはいられなくなる状態である 大麻, アルコール, コカイン, ニコチン, 覚醒剤など, さまざまな物質が薬物依存を引き起こしうるが, これらの物質の共通する作用として, 中脳 ( 主に腹側被蓋野 ) に存在するドーパミン神経を活性化することが知られている 7) このドーパミン神経は, 大脳辺縁系という情動に関連した領域や, 高次脳機能をつかさどる大脳皮質の前頭前野に投射している ( 図 4) 8) 本来の役割として, 食欲や性欲など自然な欲求の対象に反応し, そうした報酬が得られる行動を学習 強化すると考えられている 依存を引き起こす薬物はドーパミン神経に作用することで 報酬 として受けとめられ, 強い欲求を引き起こすのである 薬物依存の大きな問題は, 薬物を止めて長期間 (91) こころのりんしょう à la carte 2007 年 6 月 239

図 4 薬物依存と統合失調症に関係の深い神経回路一部の回路は省略してある 文献 14 より改変 がたっても, 小さなきっかけで再発するリスクが高いことである このことは脳に長期的な変化が生じていることを示唆している その場所として最も重要だと考えられているのが, ドーパミン神経, 大脳皮質, 扁桃体, 海馬からの入力が集まる側坐核という領域である ( 図 4) 7) 薬物依存の再発へと向かわせる記憶が蓄えられているのは, 主に大脳皮質から側坐核へのシナプスだと考えられており, その可塑性のメカニズムとして, カンナビノイドによるシナプスの調節が確認されているのである 13) 動物を使った薬物依存の再発の実験によると, カンナビノイドの阻害剤により再発が減ることが示された 2) この詳細なメカニズムはまだ分かっていないが, この結果を応用して, カンナビノイドの阻害剤 (Rimonabant) を禁煙の補助薬とする臨床試験 ( 第 3 相 ) が世界で進行中であり,10 週間の禁煙率がプラセボに比べて約 2 倍となるという結果も報告されている 9) 興味深いことに, 統合失調症の病態に関わる神経回路も, 薬物依存の回路と共通していることが知られている 14) 実際, 統合失調症の治療に使われている薬はすべてドーパミンの阻害作用を持っており, また覚醒剤の大量使用により精神病状態 に陥ることや, 大麻の常用者において統合失調症の発症リスクが高いことからも, 両者の関連性はうかがえる 統合失調症は, 脳の発達の微細な異常と環境要因との相互作用により発症すると考えられるようになってきている その発症の機序として, 側坐核へのドーパミン神経とグルタミン酸作動性入力の相互作用が重要視されているが 5,16), そのメカニズムは十分, 明らかになっていない 側坐核と構造がよく似た線条体では, カンナビノイドがその橋渡しをすることが報告されており 15), 今後は側坐核についても同様の研究の進展が望まれる おわりに脳の記憶のメカニズムに関して, 特にカンナビノイドという物質に注目して述べてきた カンナビノイドは, 側坐核以外にも, 大脳皮質, 海馬, 線条体, 扁桃体, 小脳など, 学習 記憶に重要な脳の領域において神経可塑性に関与していることが次々と明らかにされており 1), 記憶にまつわる疾患に対する治療のターゲットとして非常に有望だと思われる また, カンナビノイドに限らず, 神経可塑性の 240 こころのりんしょう à la carte 2007 年 6 月 (92)

全般にわたる理解が進めば, これまでの ( どちらかといえば ) 経験的な治療の発見から一歩進んで, より論理的 効率的な治療の開発につながることが期待され, 薬物療法だけでなく, 行動療法や磁気刺激法などとも組み合わせた, より包括的な医療も可能になるであろう 文献 1)Chevaleyre,V.,Takahashi,K.A.,Castilo,P.E.: Endocannabinoid mediated synapticplasticity inthecns.annualreview ofneuroscience, 29;37 76,2006. 2)DeVries,T.J.,Shaham,Y.,Homberg,J.R.etal.: A cannabinoidmechanism inrelapsetococaine seeking.naturemedicine,7;1151 1154,2001. 3)Freund,T.F.,Katona,I.,Piomeli,D.:Roleofendogenouscannabinoidsin synapticsignaling. PhysiolgicalReview,83;1017 1066,2003. 4)Fox,K.,Wong,R.O.:A comparisonofexperience dependentplasticityinthevisualandsomatosensory systems.neuron,48 ;465 477, 2005. 5)Grace,A.A.:Gatingofinformationflow within thelimbicsystem andthepathophysiologyof schizophrenia.brainresearchreview,31;330 341,2000. 6)Hsieh,H.,Boehm,J.,Sato,C.etal.:AMPARremovalunderliesAbeta induced synaptic depressionanddendriticspineloss.neuron,52; 831 843,2006. 7)Hyman,S.E.,Malenka,R.C.,Nestler,E.J.:Neuralmechanismsofaddiction:theroleofreward relatedlearningandmemory.annualreview ofneuroscience,29;565 598,2006. 8)Kalivas,P.W.,Volkow,N.D.:Theneuralbasis ofaddiction :apathology ofmotivation and choice.americanjournalofpsychiatry,162; 1403 1413,2005. 9)LeFol,B.,Goldberg,S.R.:CannabinoidCB1receptorantagonistsaspromisingnew medicationsfordrugdependence.jounalofpharmacologicaland ExperimentalTherapeutics,312; 875 883,2005. 10)Malenka,R.C.,Bear,M.F.:LTPandLTD :an embarrassmentofriches.neuron,44;5 21, 2004. 11)Malinow,R.,Malenka,R.C.:AMPA receptor trafickingandsynapticplasticity.annualreviewofneuroscience,25;103 126,2002. 12)Piomeli,D.:Themolecularlogicofendocannabinoid signaling.naturereview Neuroscience,4;873 884,2003. 13)Robbe,D.,Kopf,M.,Remaury,A.etal.:Endogenouscannabinoidsmediatelong term synaptic depressioninthenucleusaccumbens.proceedingsofnationalacademyofscienceusa,99; 8384 8388,2002. 14)Thompson,J.L.,Pogue Geile,M.F.,Grace,A.A.: Developmental pathology, dopamine, and stress:amodelfortheageofonsetofschizophreniasymptoms.schizophreniabuletin,30; 875 900,2004. 15)Wang,Z.,Kai,L.,Day,M.etal.:Dopaminergic controlofcorticostriatallong term synapticdepressioninmedium spinyneuronsismediated bycholinergicinterneurons.neuron,50;443 452,2006. 16)West,A.R.,Floresco,S.B.,Charara,A.etal.: Electrophysiologicalinteractionsbetweenstriatalglutamatergicanddopaminergicsystems. AnnanlsofNew York Academy ofscience, 1003;53 74,2003. (93) こころのりんしょう à la carte 2007 年 6 月 241