平成 28 年 2 月 1 日 膠芽腫に対する新たな治療法の開発 ポドプラニンに対するキメラ遺伝子改変 T 細胞受容体 T 細胞療法 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 脳神経外科学の夏目敦至 ( なつめあつし ) 准教授 及び東北大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 下瀬川徹

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大規模ゲノム解析から明らかとなった低悪性度神経膠腫における遺伝学的予後予測因子 ポイント 低悪性度神経膠腫では 遺伝子異常の数が多い方が 腫瘍の悪性度 (WHO grade) が高く 患者の生命予後が悪いことを示しました 多数検体に対して行った大規模ゲノム解析の結果から 低悪性度神経膠腫の各 sub

法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

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平成 28 年 12 月 12 日 癌の転移の一種である胃癌腹膜播種 ( ふくまくはしゅ ) に特異的な新しい標的分子 synaptotagmin 8 の発見 ~ 革新的な分子標的治療薬とそのコンパニオン診断薬開発へ ~ 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 消化器外科学の小寺泰

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前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

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RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果

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結果 この CRE サイトには転写因子 c-jun, ATF2 が結合することが明らかになった また これら の転写因子は炎症性サイトカイン TNFα で刺激したヒト正常肝細胞でも活性化し YTHDC2 の転写 に寄与していることが示唆された ( 参考論文 (A), 1; Tanabe et al.


EBウイルス関連胃癌の分子生物学的・病理学的検討

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上原記念生命科学財団研究報告集, 28 (2014)

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八村敏志 TCR が発現しない. 抗原の経口投与 DO11.1 TCR トランスジェニックマウスに経口免疫寛容を誘導するために 粗精製 OVA を mg/ml の濃度で溶解した水溶液を作製し 7 日間自由摂取させた また Foxp3 の発現を検討する実験では RAG / OVA3 3 マウスおよび

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かし この技術に必要となる遺伝子改変技術は ヒトの組織細胞ではこれまで実現できず ヒトがん組織の細胞系譜解析は困難でした 正常の大腸上皮の組織には幹細胞が存在し 自分自身と同じ幹細胞を永続的に産み出す ( 自己複製 ) とともに 寿命が短く自己複製できない分化した細胞を次々と産み出すことで組織構造を

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

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報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

学位論文の要約 免疫抑制機構の観点からの ペプチドワクチン療法の効果増強を目指した研究 Programmed death-1 blockade enhances the antitumor effects of peptide vaccine-induced peptide-specific cyt

転移を認めた 転移率は 13~80% であった 立細胞株をヌードマウス皮下で ~1l 増殖させ, その組

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学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 松尾祐介 論文審査担当者 主査淺原弘嗣 副査関矢一郎 金井正美 論文題目 Local fibroblast proliferation but not influx is responsible for synovial hyperplasia in a mur

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汎発性膿庖性乾癬の解明

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第58回日本臨床細胞学会 Self Assessment Slide

遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

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報道発表資料 2006 年 6 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 アレルギー反応を制御する新たなメカニズムを発見 - 謎の免疫細胞 記憶型 T 細胞 がアレルギー反応に必須 - ポイント アレルギー発症の細胞を可視化する緑色蛍光マウスの開発により解明 分化 発生等で重要なノッチ分子への情報伝達

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日本の方が多い 表 2 は日本の癌罹患数の多い順の第 7 位までの部位とそれに対応する米国の数値と日 米比を示す 赤字と青字の意味は表 1 と同じである 表 2: 部位別の癌罹患数 : 日 米比較日 / 米 0.43 部位 罹患数 ( 日 ) (2002)( 人 ) 罹患数 ( 米 ) 罹患数比日本

細胞老化による発がん抑制作用を個体レベルで解明 ~ 細胞老化の仕組みを利用した新たながん治療法開発に向けて ~ 1. ポイント : 明細胞肉腫 (Clear Cell Sarcoma : CCS 注 1) の細胞株から ips 細胞 (CCS-iPSCs) を作製し がん細胞である CCS と同じ遺

急性骨髄性白血病の新しい転写因子調節メカニズムを解明 従来とは逆にがん抑制遺伝子をターゲットにした治療戦略を提唱 概要従来 <がん抑制因子 >と考えられてきた転写因子 :Runt-related transcription factor 1 (RUNX1) は RUNX ファミリー因子 (RUNX1

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年219 番 生体防御のしくみとその破綻 (Immunity in Host Defense and Disease) 責任者: 黒田悦史主任教授 免疫学 黒田悦史主任教授 安田好文講師 2中平雅清講師 松下一史講師 目的 (1) 病原体や異物の侵入から宿主を守る 免疫系を中心とした生体防御機構を理

血漿エクソソーム由来microRNAを用いたグリオブラストーマ診断バイオマーカーの探索 [全文の要約]

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平成24年7月x日

う報告26)がみられるが Barrett 食道癌における FAK する必要がある 本研究における我々の目的は 1 の発 現 とそ の機能 に ついて の 報 告は み ら れ な い FAK の Barrett 食道癌における役割を検討すること Barrett 食道は胃食道逆流症により正常扁平上皮が

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脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

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日本内科学会雑誌第96巻第4号

難病 です これまでの研究により この病気の原因には免疫を担当する細胞 腸内細菌などに加えて 腸上皮 が密接に関わり 腸上皮 が本来持つ機能や炎症への応答が大事な役割を担っていることが分かっています また 腸上皮 が適切な再生を全うすることが治療を行う上で極めて重要であることも分かっています しかし

免疫を使ったがん治療法の検討約 150 年前 免疫ががん治療に活かせるのではないかと考えた医師ががん患者に細菌を感染させて免疫を刺激し がんに対する免疫治療効果を確認する実験を行いました この時には十分な治療効果は現れませんでした 当時は免疫に対する研究が今ほど進んでおらず 免疫の仕組みを理解しない

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スライド 1

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革新的がん治療薬の実用化を目指した非臨床研究 ( 厚生労働科学研究 ) に採択 大学院医歯学総合研究科遺伝子治療 再生医学分野の小戝健一郎教授の 難治癌を標的治療できる完全オリジナルのウイルス遺伝子医薬の実用化のための前臨床研究 が 平成 24 年度の厚生労働科学研究費補助金 ( 難病 がん等の疾患

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 神谷綾子 論文審査担当者 主査北川昌伸副査田中真二 石川俊平 論文題目 Prognostic value of tropomyosin-related kinases A, B, and C in gastric cancer ( 論文内容の要旨 ) < 要旨

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平成 27 年度再生医療の産業化に向けた評価基盤技術開発事業 ( 再生医療等の産業化に向けた評価手法等の開発 ) 事業報告書 事業名研究開発課題名研究開発担当者所属役職氏名 再生医療の産業化に向けた評価基盤技術開発事業 ( 再生医療等の産業化に向けた評価手法等の開発 ) B 細胞性急性リンパ性白血病

放射線専門医認定試験(2009・20回)/HOHS‐05(基礎二次)

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プログラム

原発不明がん はじめに がんが最初に発生した場所を 原発部位 その病巣を 原発巣 と呼びます また 原発巣のがん細胞が リンパの流れや血液の流れを介して別の場所に生着した結果つくられる病巣を 転移巣 と呼びます 通常は がんがどこから発生しているのかがはっきりしている場合が多いので その原発部位によ

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平成 28 年 2 月 1 日 膠芽腫に対する新たな治療法の開発 ポドプラニンに対するキメラ遺伝子改変 T 細胞受容体 T 細胞療法 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 脳神経外科学の夏目敦至 ( なつめあつし ) 准教授 及び東北大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 下瀬川徹 ) 地域イノベーション分野の加藤幸成 ( かとうゆきなり ) 教授を中心とした研究グループは 腫瘍抗原であるポドプラニンに対する CAR を作製し 膠芽腫に対するその抗腫瘍効果を評価しました 本研究成果は 米国科学誌 Cancer Immunology Research ( 米国東部時間 1 月 28 日付の電子版 ) に掲載されました 膠芽腫は 5 年生存率が 10% 以下という極めて予後の悪い成人の原発性脳腫瘍です 近年 種々の悪性腫瘍において免疫療法が注目されており 膠芽腫に対してもその効果が期待されています 免疫療法の一つにキメラ抗原受容体 (CAR)T 細胞療法があります この療法により 主要組織適合遺伝子複合体 (MHC) に依存しない腫瘍特異的細胞障害性 T 細胞を大量に作製することが可能になります ポドプラニンは頭頚部 食道 肺 子宮頚部の扁平上皮癌 精巣セミノーマ 悪性中皮腫など多くの悪性腫瘍に発現しており 膠芽腫を含む星細胞系腫瘍においては 悪性度に応じて発現が上昇するため膠芽腫の標的として適しています 研究グループは ポドプラニンに対するモノクローナル抗体 NZ-1 を基に CAR 遺伝子を人工合成し (NZ-1-CAR) T 細胞に遺伝子導入した (NZ-1-CAR T 細胞 ) ところ NZ-1-CAR T 細胞はポドプラニン陽性膠芽腫細胞株への抗腫瘍効果を示しました 本研究成果により ポドプラニンを標的とする CAR T 細胞療法は膠芽腫治療に有望であり 新たな治療法の開発が期待されます 本研究の一部は 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED) の創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業 ( 創薬等支援技術基盤プラットフォーム事業 ) 及び革新的バイオ医薬品創出基盤技術開発事業よってサポートされました

膠芽腫に対する新たな治療法の開発 ポドプラニンに対するキメラ遺伝子改変 T 細胞受容体 T 細胞療法 ポイント ポドプラニンに対するモノクローナル抗体 NZ-1 を基に殺細胞効果の高いキメラ遺伝子改変 T 細胞受容体 (NZ-1 CAR) を人工合成し T 細胞に遺伝子導入した NZ-1-CAR T 細胞の発現を確認しました NZ-1-CAR T 細胞は ポドプラニンを特異的に認識し 癌細胞が T 細胞によって傷害されるときに放出されるサイトカインである IFNγを産生しました NZ-1-CAR T 細胞は ポドプラニン陽性膠芽腫細胞株に対して 細胞傷害性を示しました ポドプラニン陽性膠芽腫細胞株を脳内に移植したマウスにおいて NZ-1-CAR T 細胞の全身投与により 腫瘍の増大は抑制され 生存期間の延長が認められました 1. 背景膠芽腫は最も予後の悪い成人の原発性脳腫瘍です 最大限の手術及び放射線化学療法を行っても 5 年生存率が 10% 以下であり 新たな治療法の開発が望まれています 近年 種々の悪性腫瘍において免疫療法が注目されており 膠芽腫に対してもその効果が期待されています 免疫療法の一つにキメラ抗原受容体 (CAR)( 注 1)T 細胞療法があります CAR は 癌抗原を特異的に認識する抗体と T 細胞受容体の細胞内シグナルのハイブリッドです CAR を T 細胞に発現させることにより 主要組織適合遺伝子複合体 (MHC)( 注 2) に依存しない腫瘍特異的細胞障害性 T 細胞を大量に作製することが可能になります 膠芽腫に発現する EGFRvIII HER2 IL13Rα2 といった種々の腫瘍抗原に対する CAR の報告がありますが 膠芽腫は様々な表現型を持っており 新たな腫瘍抗原に対する CAR の作製は治療上有利となります 2. 研究成果ポドプラニンは頭頚部 食道 肺 子宮頚部の扁平上皮癌 精巣セミノーマ 悪性中皮腫など多くの悪性腫瘍に発現しており 膠芽腫を含む星細胞系腫瘍においては 悪性度に応じて発現が上昇しています そのため 膠芽腫の標的として適しています ポドプラニンに対するモノクローナル抗体 ( 注 3)NZ-1 を基に CAR 遺伝子を人工合成し (NZ-1-CAR)( 図 1) T 細胞に遺伝子導入しました (NZ-1-CAR T 細胞 ) NZ-1-CAR T 細胞の細胞傷害性をカルセインアッセイにて 評価したところ ポドプラニン陽性膠芽腫細胞株である LN319 や U87MG に対して E/T 比に従って 有意に細胞傷害性が認められました 一方 ポドプラニンをノックアウトした LN319 U87MG では有意差は認められませんでした ( 図 2) NZ-1-CAR T 細胞とポドプラニン陽性膠芽腫細胞株である LN319 や U87MG を共培養することにより モック CAR T 細胞に比し 癌細胞が T 細胞によって傷害されるときに放出されるサイトカインである IFNγの産生量が有意に多く NZ-1-CAR T 細胞がポドプラニンを特異的に認識していることが示されました ( 図 3) マウスの脳内にポドプラニン陽性膠芽腫細胞株を移植後 CAR T 細胞をマウスに全身投与し 非治療群 モック CAR T( 対

照 CAR T) 細胞群 NZ-1-CAR T 細胞群において 腫瘍サイズと生存期間の評価を行いました NZ-1-CAR T 細胞群では腫瘍の増大が抑制され ( 図 4) 約 60% のマウスで生存期間の延長が認められました ( 図 5)

3. 今後の展開ポドプラニンをターゲットとする CAR T 細胞療法は膠芽腫治療に有望ですが ポドプラニンはリンパ管内皮細胞や肺胞上皮細胞などの正常細胞にも発現しており NZ-1-CAR T 細胞が正常細胞も攻撃してしまうという欠点があります 加藤教授らは既に癌に発現しているポドプラニンのみを認識する癌特異的モノクローナル抗体 (CasMab) を開発しており 夏目准教授らはこの抗体を基にして 正常細胞を傷害しない CAR T 細胞の作製を目指しています 4. 用語説明 ( 注 1) キメラ抗原受容体 (CAR): 腫瘍特異抗原に対する単鎖抗体と T 細胞受容体 (TCR) の細胞内シグナルドメインである CD3ζとを融合させた人工的な TCR CD28 や 4-1BB といった共刺激分子を組み込んだ第 2 第 3 世代の CAR が開発され 今回 CD28 と 4-1BB を組み込んだ第 3 世代の CAR を使用しています ( 注 2) 主要組織適合遺伝子複合体 (MHC): 腫瘍抗原や細胞に感染したウイルスなどは MHC と結合して細胞表面に提示されることにより T 細胞に認識され 免疫反応が起こります 腫瘍細胞は MHC の発現を低下させるといった免疫を回避する機構を持っているため MHC に依存しない CAR は免疫回避機構を打ち破る手段として有用です ( 注 3) モノクローナル抗体 : 単一の抗体産生細胞に由来する抗体で 抗原の特定の部位に反応する ( 注 4) モック CAR T 細胞 : ポドプラニンを含め 抗原認識能のない CAR を導入した T 細胞

5. 発表雑誌 : Satoshi Shiina, Masasuke Ohno, Fumiharu Ohka, Shunichiro Kuramitsu, Akane Yamamichi, Akira Kato, Kazuya Motomura, Kuniaki Tanahashi, Takashi Yamamoto, Reiko Watanabe, Ichiro Ito, Takeshi Senga, Michinari Hamaguchi, Toshihiko Wakabayashi, Mika K. Kaneko, Yukinari Kato, Vidyalakshmi Chandramohan, Darell D. Bigner, Atsushi Natsume. CAR T cells targeting podoplanin reduce orthotopic glioblastoma in mouse brains. Cancer Immunology Research, ( 米国東部時間 1 月 28 日付の電子版 ). English ver. http://www.med.nagoya-u.ac.jp/english01/dbps_data/_material_/nu_medical_en/_res/researchtopics/2015/car_t_20160201en.pdf