精神 神経疾患の分子病態理解に基づく診断 治療へ向けた 新技術の創出 平成 21 年度採択研究代表者 H24 年度 実績報告 西川徹 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 教授 統合失調症のシナプスーグリア系病態の評価 修復法創出 1. 研究実施体制 (1) 西川 グループ( 東京医科歯科大学 )

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統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異の同定と病態メカニズムの解明 ポイント 統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異 (CNV) が 患者全体の約 9% で同定され 難病として医療費助成の対象になっている疾患も含まれることが分かった 発症に関連した CNV を持つ患者では その 40%

統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

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研究成果報告書

統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

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教室業績2014

解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

統合失調症に関連する遺伝子変異を 22q11.2 欠失領域の RTN4R 遺伝子に世界で初めて同定 ポイント 統合失調症発症の最大のリスクである 22q11.2 欠失領域に含まれる神経発達障害関連遺伝子 RTN4R に存在する稀な一塩基変異が 統計学的に統合失調症の発症に関与することを確認しました

平成14年度研究報告

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研究成果報告書

難病 です これまでの研究により この病気の原因には免疫を担当する細胞 腸内細菌などに加えて 腸上皮 が密接に関わり 腸上皮 が本来持つ機能や炎症への応答が大事な役割を担っていることが分かっています また 腸上皮 が適切な再生を全うすることが治療を行う上で極めて重要であることも分かっています しかし

研究成果報告書

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

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( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

世界初ミクログリア特異的分子 CX3CR1 の遺伝子変異と精神障害の関連を同定 ポイント ミクログリア特異的分子 CX3CR1 をコードする遺伝子上の稀な変異が統合失調症 自閉スペクトラム症の病態に関与しうることを世界で初めて示しました 統合失調症 自閉スペクトラム症と統計学的に有意な関連を示したア

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いて認知 社会機能障害は日々の生活に大きな支障をきたしますが その病態は未だに明らかになっていません 近年の統合失調症の脳構造に関する研究では 健常者との比較で 前頭前野 ( 注 4) などの前頭葉や側頭葉を中心とした大脳皮質の体積減少 海馬 扁桃体 視床 側坐核などの大脳皮質下領域の体積減少が報告

介護者を悩ませる AD の BPSD は予測できるのか? オーダーメード医療 ( 介護 ) のために若年性 ADの臨床経験から 現状の抗精神病薬使用では 副作用予測も難しい中核症状の進行が早く さらに初期から妄想 易怒性などのBPSDが出現抗認知症薬の精神神経系 消化器系 介護負担が大きく 通院が困

統合失調症に関連する遺伝子変異を 22q11.2 欠失領域の RTN4R 遺伝子に世界で初めて同定 ポイント 統合失調症発症の最大のリスクである 22q11.2 欠失領域に含まれる神経発達障害関連遺伝子 RTN4R に存在する稀な一塩基変異が 統計学的に統合失調症の発症に関与することを確認しました

研究成果報告書

現し Gasc1 発現低下は多動 固執傾向 様々な学習 記憶障害などの行動異常や 樹状突起スパイン密度の増加と長期増強の亢進というシナプスの異常を引き起こすことを発見し これらの表現型がヒト自閉スペクトラム症 (ASD) など神経発達症の病態と一部類することを見出した しかしながら Gasc1 発現

本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 ( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 , 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-

平成 23 年度厚生労働科学研究費補助金障害者対策総合研究事業うつ病患者に対する復職支援体制の確立うつ病患者に対する社会復帰プログラムに関する研究分担研究書 職場復帰に関する指標 分担研究者中村純 ( 産業医科大学教授 ) 研究協力者堀輝 香月あすか 林健司 守田義平 吉村玲児 A. 研究目的職域で

NIRS は安価かつ低侵襲に脳活動を測定することが可能な検査で 統合失調症の精神病症状との関連が示唆されてきました そこで NIRS で測定される脳活動が tdcs による統合失調症の症状変化を予測し得るという仮説を立てました そして治療介入の予測における NIRS の活用にもつながると考えられまし

プレスリリース 報道関係者各位 2019 年 10 月 24 日慶應義塾大学医学部大日本住友製薬株式会社名古屋大学大学院医学系研究科 ips 細胞を用いた研究により 精神疾患に共通する病態を発見 - 双極性障害 統合失調症の病態解明 治療薬開発への応用に期待 - 慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄

神経細胞での脂質ラフトを介した新たなシグナル伝達制御を発見

汎発性膿疱性乾癬のうちインターロイキン 36 受容体拮抗因子欠損症の病態の解明と治療法の開発について ポイント 厚生労働省の難治性疾患克服事業における臨床調査研究対象疾患 指定難病の 1 つである汎発性膿疱性乾癬のうち 尋常性乾癬を併発しないものはインターロイキン 36 1 受容体拮抗因子欠損症 (

研究の背景社会生活を送る上では 衝動的な行動や不必要な行動を抑制できることがとても重要です ところが注意欠陥多動性障害やパーキンソン病などの精神 神経疾患をもつ患者さんの多くでは この行動抑制の能力が低下しています これまでの先行研究により 行動抑制では 脳の中の前頭前野や大脳基底核と呼ばれる領域が

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

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く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

生物時計の安定性の秘密を解明

糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

学位論文の要約

化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

研究成果報告書(基金分)

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

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超高齢社会における共生を考える健康長寿の要因の探求 40 神出 楽木 健康長寿の要因の探求 41 未来共生学第 4 号 論文 高齢者疫学研究からの知見 Reich et al i, ii 神出計 ii 楽木宏実 大阪大学大学院医学系研究科 i 保健学専攻総合ヘルスプロモーション科学講座

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

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別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

血漿エクソソーム由来microRNAを用いたグリオブラストーマ診断バイオマーカーの探索 [全文の要約]

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共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

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報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

2. 研究実施内容 研究目的と方法 目的 : 連鎖解析とそれに続く連鎖領域内の関連遺伝子の同定平成 17 年度までで日本人の統合失調症の連鎖解析を行い 第 1 染色体 1p21.2-1p13.2 に LOD 値 3.39 第 14 染色体 14q11.2 に LOD 値 2.87 第 14 染色体

報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

平成17年度研究報告

上原記念生命科学財団研究報告集, 29 (2015)

平成14年度 本態性多種化学物質過敏状態の調査研究 研究報告書

今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

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学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小川憲人 論文審査担当者 主査田中真二 副査北川昌伸 渡邉守 論文題目 Clinical significance of platelet derived growth factor -C and -D in gastric cancer ( 論文内容の要旨 )

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

概要 独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事長 ) は うつ病と並ぶ代表的な精神疾患である統合失調症 1 の発症と関連する遺伝子変異を発見しました 理研脳科学総合研究センター ( 利根川進センター長 ) 分子精神科学研究チームの高田篤客員研究員 吉川武男チームリーダーらによる共同研究グループの成

報道発表資料 2007 年 8 月 1 日 独立行政法人理化学研究所 マイクロ RNA によるタンパク質合成阻害の仕組みを解明 - mrna の翻訳が抑制される過程を試験管内で再現することに成功 - ポイント マイクロ RNA が翻訳の開始段階を阻害 標的 mrna の尻尾 ポリ A テール を短縮

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

第124回日本医学会シンポジウム

共同研究報告書

本成果は 主に以下の事業 研究領域 研究課題によって得られました 日本医療研究開発機構 (AMED) 脳科学研究戦略推進プログラム ( 平成 27 年度より文部科学省より移管 ) 研究課題名 : 遺伝子改変マーモセットの汎用性拡大および作出技術の高度化とその脳科学への応用 研究代表者 : 佐々木えり

報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

「飢餓により誘導されるオートファジーに伴う“細胞内”アミロイドの増加を発見」【岡澤均 教授】

日本生物学的精神医学会誌 27 巻 4 号 177 特集 1 栄養学から見た精神疾患の予防 治療の可能性 1. 緑茶成分テアニンの向精神作用について 抄録 : L theanine N ethyl L glutamine prepulse inhibition PPI 200

118 Dementia Japan Vol. 31 No. 1 January 2017 表 1. DLB に対して mect を行った先行研究 Rasmussen K 2003 USA Japan Japan Japan Japan 1 2

法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

平成 30 年 2 月 5 日 若年性骨髄単球性白血病の新たな発症メカニズムとその治療法を発見! 今後の新規治療法開発への期待 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 門松健治 ) 小児科学の高橋義行 ( たかはしよしゆき ) 教授 村松秀城 ( むらまつひでき ) 助教 村上典寛 ( むらかみ


1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

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研究成果報告書

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60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 10 月 22 日 独立行政法人理化学研究所 脳内のグリア細胞が分泌する S100B タンパク質が神経活動を調節 - グリア細胞からニューロンへの分泌タンパク質を介したシグナル経路が活躍 - 記憶や学習などわたしたち高等生物に必要不可欠な高次機能は脳によ

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

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研究成果報告書

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研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わ

認知・情動脳科学専攻  Cognitive and Emotional Neuroscience Major

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報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

Microsoft PowerPoint - プレゼンテーション1

PRESS RELEASE (2014/2/6) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

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1 研究実施の概要 (1) 実施概要本研究では 神経発達に関連する統合失調症発症脆弱性因子 (DISC1 Dysbindin Neuregulin-1 など ) に焦点を当て それらの分子 生理機能を解明することにより統合失調症の分子病態を明らかにするとともに 発症脆弱性因子の結合分子を対象とした関

新規遺伝子ARIAによる血管新生調節機構の解明

RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果

16,,, 38, (1990) 17 J Toxicol Sci, 15 (Suppl IV), (1990) 18 Cognitive enhancers ( ), 13, (1990) ,, 120, (1991) 20,

Transcription:

精神 神経疾患の分子病態理解に基づく診断 治療へ向けた 新技術の創出 平成 21 年度採択研究代表者 H24 年度 実績報告 西川徹 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 教授 統合失調症のシナプスーグリア系病態の評価 修復法創出 1. 研究実施体制 (1) 西川 グループ( 東京医科歯科大学 ) 1 研究代表者 : 西川徹 ( 東京医科歯科大学 大学院 医歯学総合研究科 教授 ) 2 研究項目 シナプスーグリアー D-セリン系の分子機構解明と統合失調症における病態解析および修復法創出 (2) 福井 グループ( 徳島大学 ) 1 主たる共同研究者 : 福井清 ( 徳島大学 疾患酵素学研究センター 教授 ) 2 研究項目 D-アミノ酸酸化酵素によるシナプスーグリア機能調節と統合失調症における病態の解析 (3) 田中 グループ( 東京医科歯科大学 ) 1 主たる共同研究者 : 田中光一 ( 東京医科歯科大学大学院疾患生命科学研究部 教授 ) 2 研究項目 シナプスーグリア機能連携の分子機構と D-セリンシおよびグルタミン酸シグナルの役割の解明 (4) 有馬 グループ( 国立精神 神経医療研究センター ) 1 主たる共同研究者 : 有馬 グループ( 国立精神 神経医療研究センター ) 2 研究項目 統合失調症のシナプスーグリアー D-セリン系病態の薬物治療試験および死後脳における解析 1

(5) 大森 グループ( 徳島大学 ) 1 主たる共同研究者 : 大森哲郎 ( 徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部 教授 ) 2 研究項目 シナプスーグリアー D-セリン系作用薬の統合失調症治療効果とその生物学的指標の解析 2. 研究実施内容 ( 文中に番号がある場合は (3-1) に対応する ) 本課題では D-セリンをグリアーニューロン相互シグナル分子とする グルタミン酸 (Glu) シナプスの分子細胞機構と統合失調症における病態を解明し その評価 修復法を創出する基礎的研究と Glu シナプスに影響する既認可薬 D-サイクロセリンによる本症の難治症状の治療試験を行う臨床的研究を 連携させながら推進している 今年度は 基礎的研究として D-セリンの細胞外液中濃度の調節機構 分解酵素の機能 ニューロンとグリアにある Glu トランスポーターの機能的連関 D-セリンがコアゴニストとして作用する NMDA 受容体との関係などを中心とした研究が進展し Glu シナプスーグリアの制御に関する新知見がさらに拡大した また 種々の遺伝子改変動物を作出し 個体レベルの解析を開始した 臨床面では D-サイクロセリンの治療試験が進むとともに これと対比するための 他の疾患群 健常群における生物学的指標の解析が発展した 1 基礎的研究 (i) D-セリンの合成 放出 取込の分子細胞機構解明および統合失調症との関連性の検討 D-セリンは コアゴニストとして NMDA 受容体の活性化に必須なことから Glu シナプスの細胞外濃度を制御する分子細胞機構とその病態の研究を重点的に継続した 今年度は ラット前頭葉で カルシウム透過性 AMPA 型 Glu 受容体が細胞外 D-セリンの放出を phasic に抑制的に調節することを初めて明らかにし 論文発表を行った (3-1, No.15) この抑制は D-セリンを介した NMDA 受容体調節機構の一つと推測され 統合失調症の治療法開発や病態解析の標的になると考えられる また 同部位で D-セリンに高い親和性をもつ Asc-1 中性アミノ酸輸送体を阻害する S-methyl-L-cystein が 細胞外 D-セリン濃度を増加させることを見出し論文報告した (3-1, No.17) アミノ酸の変化の特徴から この上昇には ASCT2 中性アミノ酸輸送体も関与することが示唆され これらの分子は D-セリンシグナルを増強する 統合失調症治療薬開発の標的となる可能性を指摘した 一方 本症の発症や再発に重要なストレスに強く応答する遺伝子群がさらに明らかになったが これまでの D-セリン関連候補遺伝子には該当しなかった (3-1, No.11) 2 臨床的研究 (i) NMDA 受容体 D-セリン系に作用する既認可薬を用いた統合失調症の臨床治療試験 Gluシナプスーグリア系調節候補薬として NMDA 受容体 D-セリン系に作用する既認可薬 D- サイクロセリンを用いた 統合失調症の難治性症状に対する臨床治療試験への患者エントリーを継続した 本試験参加者と 比較を行うのに必要な 入院 外来におけるそれ以外の統合失調症 2

患者 気分障害その他の精神疾患患者 ( 疾患対照群 ) および健常者( 対照群 ) において 近赤外線スペクトロスコピー (NIRS) 探索的眼球運動 MRI 拡散テンソル画像 情動知能スケールなどの各生物学的 心理学的指標の検討を進めた (3-1, Nos. 1, 2, 8 & 12) 認知機能の研究では 認知機能と臨床症状との関連を報告し (3-1, No. 13) 引き続き認知機能と生活技能および病識の関連の検討を進めた 併せて実施している諸検査では 解析総数が NIRS は 300 例 MRS は 100 例 眼球運動は 90 例 MRI 拡散テンソル画像 25 例を越えた 平成 23 年度から追加した錯視テストを継続し 現在解析総数が 56 症例に達した 分子遺伝学的検討では 末梢血ゲノム DNA を用いて 候補遺伝子と統合失調症との関連研究を続けるとともに (3-1, Nos. 4, 5, 10, 13 & 14) 広範な領域で DNA メチル化修飾が変化していることを明らかにし (3-1, No. 7) 診断マーカーの可能性がある 潜在的な統合失調症感受性候補遺伝子を同定した (ii) 統合失調症病態解析のための研究リソース整備上記 (i) の研究から得られたデータ 血液サンプル等は順次 整理し保存している 国立精神 神経医療研究センター剖検脳レポジトリーおよびリサーチリソースネットワークへの登録脳検体について 今年度は 死後脳 RNA の保存方法の検討を開始し RNA later の有効性を確認した 3. 成果発表等 (3-1) 原著論文発表 論文詳細情報 1. Aida T, Ito Y, Takahashi YK, Tanaka K. Overstimulation of NMDA Receptors Impairs Early Brain Development in vivo. PlosOne 7.eE36853, May 11.2012.(DOI: 10.1371/journal.pone.0036853) 2. Ikeda M, Aleksic B, Yamada K, Iwayama-Shigeno Y, Matsuo K, Numata S, Watanabe Y, Ohnuma T, Kaneko T, Fukuo Y, Okochi T, Toyota T, Hattori E, Shimodera S, Itakura M, Nunokawa A, Shibata N, Tanaka H, Yoneda H, Arai H, Someya T, Ohmori T, Yoshikawa T, Ozaki N, Iwata N. Genetic evidence for association between NOTCH4 and schizophrenia supported by a GWAS follow-up study in a Japanese population. Mol Psychiatry. May 29. 2012 (DOI: 10.1038/mp.2012.74.) [Epub ahead of print] 3. Ohi K, Hashimoto R, Yasuda Y, Fukumoto M, Yamamori H, Umeda-Yano S, Okada T, Kamino K, Morihara T, Iwase M, Kazui H, Numata S, Ikeda M, Ohnuma T, Iwata N, Ueno S, Ozaki N, Ohmori T, Arai H, Takeda M. Functional genetic variation at the NRGN gene and schizophrenia: evidence from a gene-based case-control study and gene expression analysis. Am J Med Genet B 3

Neuropsychiatr Genet. Jun;159B(4):405-13.2012.(DOI:10.1002/ajmg.b.32043.) 4. Karlsson R-M, Adwmark L, Molander A, Perreau-Lenz S, Singley E, Solomon M, Holmes A, Tanaka K, Lovinger DM, Spanagel R, Heiling M. Reduced alcohol intake and reward associated with impaired endocannabinoid signaling in mice with a deletion of the glutamate transporter GLAST. Neuropsychopharmacology 63. 181-189, Aug 2012. (DOI: 10.1016/j.neuropharm.2012.01.027) 5. Kinoshita M, Numata S, Tajima A, Shimodera S, Ono S, Imamura A, Iga JI Watanabe S, Kikuchi K, Kubo H, Nakataki M, Sumitani S, Imoto I, Okazaki Y, Ohmori T. DNA Methylation Signatures of Peripheral Leukocytes in Schizophrenia. Neuromolecular Med. 2012 Sep 9. [Epub ahead of print] 6. Tanaka T, Tomotake M, Ueoka Y, Kaneda Y, Taniguchi K, Nakataki M, Numata S, Tayoshi S, Yamauchi K, Sumitani S, Ohmori T, Ueno S, Ohmori T. Clinical correlates associated with cognitive dysfunction in people with schizophrenia. Psychiatry and Clinical Neurosciences. Oct;66(6):491-8. 2012. (DOI: 10.1111/j.1440-1819.2012.02390.x.) 7. Salah Mohamed El-Sayed, Rabab El Magd Mohamed Abou, Shishido Y, Yorita K, Seongpil Chung, Hong Diem Tran, Sakai T, Watanabe H, Kagami S Fukui K. D-Amino acid oxidase-induced oxidative stress, 3-bromopyruvate and citrate inhibit angiogenesis, exhibiting potent anticancer effects, Journal of Bioenergetics and Biomembranes, Vol.44, No.5, pp.513-523, Oct 2012. ( DOI: 10.1007/s10863-012-9455-y) 8. Kinoshita M, Numata S, Tajima A, Ohi K, Hashimoto R, Shimodera S, Imoto I, Itakura M, Takeda M, Ohmori T. Meta-analysis of association studies between DISC1 missense variants and schizophrenia in the Japanese population. Schizophr Res. Nov;141(2-3):271-3. 2012. (DOI: 10.1016/j.schres.2012.07.020.) 9. Kurumaji A, Nishikawa T. An anxiogenic drug, FG 7142, induced an increase in mrna of Btg2 and Adamts1 in the hippocampus of adult mice. Behav Brain Funct. Vol.8: 43, 2012 Aug 22. (doi:10.1186/1744-9081-8-43) 10. Ozaki A, Nishida M, Koyama K, Ishikawa K, Nishikawa T. Donepezil-induced sleep spindle in a patient with dementia with Lewy bodies. Psychogeriatrics., 2, 255-228.2012. (doi: 10.1111/j.1479-8301.2012.00411.x.) 11. Numata S. A commentary on the gender-specific association of TSNAX/DISC1 locus for schizophrenia and bipolar affective disorder in South Indian population. J Hum Genet. Aug;57(8):475-6. 2012 (doi: 10.1038/jhg.2012.82.) 12. Watanabe SY, Iga JI, Numata S, Nakataki M, Tanahashi T, Itakura M, Ohmori T. Association study of Fat-mass and obesity-associated(fto) gene and body mass 4

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