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統合失調症に関連する遺伝子変異を 22q11.2 欠失領域の RTN4R 遺伝子に世界で初めて同定 ポイント 統合失調症発症の最大のリスクである 22q11.2 欠失領域に含まれる神経発達障害関連遺伝子 RTN4R に存在する稀な一塩基変異が 統計学的に統合失調症の発症に関与することを確認しました

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るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

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プレスリリース タイトル統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定 統合失調症における新たな予防法 治療法開発へ手がかり ポイント 統合失調症発症関連分子 DISC1 と相互作用する新規タンパク質を同定した DISC1 はシナプス伝達に関わる mrna の神経シナプスへの局在を制御していた 本研究成果は統合失調症に対する新たな治療戦略の手がかりを与えた 要旨名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 神経情報薬理学分野の貝淵弘三 ( かいぶちこうぞう ) 教授と坪井大輔 ( つぼいだいすけ ) 特任助教らの研究グループは 神経細胞において統合失調症発症関連分子 DISC1 が IP3 タイプ I 受容体 (ITPR1) mrna のシナプス輸送を制御していることを明らかにした 統合失調症は1% の生涯罹患率をもつ重篤な精神疾患である Disrupted-In-Schizophrenia- 1(DISC1) はスコットランドの統合失調症多発家系を用いた連鎖解析により同定された遺伝子で 有力な統合失調症発症関連分子であると考えられている 近年 貝淵教授ら研究グループは Disc1 ノックアウト (Disc1 / ) マウスを作製し DISC1 が神経シナプスの機能制御に関与していることを見いだしていた (Kuroda et al, Human Molecular Genetics, 2011) しかしながら DISC1 がどのようにしてシナプス機能を制御しているかは分かっていなかった 本論文では Disc1 / マウスを用いた実験から DISC1 が ITPR1 カルシウムチャネルなどのシナプス制御タンパク質をコードする mrna と直接結合すること その結果 樹状突起において mrna のシナプスへの輸送を制御していることを明らかにした そして DISC1 と mrna の結合がシナプスの長期増強 (Long-term potentiation; LTP) に必要であることを見出した これらの結果は DISC1 が mrna 結合タンパク質として働き 特定の mrna をシナプスへ輸送することで シナプスの伝達効率を制御していることを示した 本研究成果は 米国科学誌 ネイチャー ニューロサイエンス ( 米国東部時間 3 月 30 日付の速報電子版 ) に掲載された 1. 背景統合失調症の病因 病態は明らかにされていないが 従来から進められてきた統合失調症患者の死後脳及び脳イメージング解析から統合失調症病因説の1つとして神経発達障害仮説が提唱されている この仮説では 複数の遺伝要因や環境要因により胎生期から生後発達期の神経発達に障害が生じることで脆弱な神経回路が形成され 思春期以降にその脆弱な回路に心理社会的ストレスが加えられることで統合失調症が発症するとされている

統合失調症における分子遺伝学的研究については 1980 年代頃から盛んに統合失調症の連鎖解析が行われるようになり 1990 年にSt. Clairらのグループが染色体異常と精神疾患が連鎖するスコットランド家系を見つけた その家系では第 1 番染色体と第 11 番染色体の間で相互転座を生じていた 2000 年 Millarらよってこの染色体転座部位に位置する遺伝子として Disrupted-In-Schizophrenia-1 (DISC1) が同定された 相互転座の保因者ではDISC1タンパク質の発現量が低下すると考えられることから DISC1が統合失調症の発症に関与する分子として注目を浴びるようになった その後 10 年余りの間に 多くの研究者らによって中枢神経系におけるDISC1 機能が解析され DISC1は神経分化や移動 シナプス形成を含む様々な神経発生プロセスに関与する分子であることが示唆されてきた 故にDISC1 機能不全を伴う統合失調症患者では神経回路網の形成不全が生じていると考えられていた 近年 貝淵教授らは中枢神経系における DISC1 の役割を生体内で評価するため Disc1 遺伝子を破壊した Disc1 / マウスを作製した (Kuroda et al, Human Molecular Genetics, 2011) Disc1 / マウスは外見上 野生型マウスと同様に成長し 受精することができる 組織学的解析についても Disc1 / マウスの組織構造や神経形態に深刻な異常は認められなかった この知見は以前から示唆されていた DISC1 機能と矛盾するものであった 一方で Disc1 / マウスはシナプスの機能制御に関与することを示唆するデータが得られていたが どのようにして DISC1 がシナプス機能を制御しているかは分かっていなかった 2. 研究成果貝淵教授らの研究グループは成体ラット脳可溶化物を用いたアフィニティーカラムクロマトグラフィー解析により 新規の DISC1 相互作用分子として SYNCRIP や HZF などの RNA 結合タンパク質を同定した SYNCRIP や HZF は メッセンジャーリボヌクレオプロテイン と呼ばれ IP3 タイプ I 受容体 (ITPR1) mrna と結合することでシナプスへの mrna 輸送や翻訳制御に関わっていることが報告されている ITPR1 はシナプス可塑性制御に重要な役割を担う細胞内カルシウムチャネルとして知られている 貝淵らは生化学的解析から DISC1 が HZF とともに ITPR1 mrna と結合する RNA 結合タンパク質であることを見出した 神経細胞において DISC1 はシナプス近傍や微小管上に局在し 樹状突起において HZF や ITPR1 mrna と共局在していた 野生型マウスと比べ Disc1 / マウスでは ITPR1 mrna の樹状突起局在に異常が認められた 貝淵教授らは DISC1 による ITPR1 mrna 局在化機構を明らかにするため Disc1 / 神経細胞を用いてレスキュー実験を行った 全長の DISC1 cdna を Disc1 / 神経細胞に遺伝子導入したところ ITPR1 mrna の樹状突起局在異常が回復した 一方で ITPR1 mrna と結合できない DISC1 変異体を Disc1 / 神経細胞に遺伝子導入しても ITPR1 mrna の樹状突起局在異常は回復しなかった さらに貝淵教授らは DISC1 が関わる mrna 輸送制御機構の生理的意義を検討するため 電気生理学的解析を行った DISC1 と mrna の結合を阻害する合成ペプチドをマウス海馬スライスへ導入した結果 シナプスの LTP に異常を引き起こすことが分かった これらの結果は DISC1 が mrna との結合を介して mrna をシナプスへ輸送することでシナプス可塑性を制御していることを示していた 従って Disc1 / マウスでは mrna 輸送が阻害されることで 外的刺激に応じたシナプスの機能可変 (LTP を含む ) が起こらず 適切な神経ネットワーク制御ができなくなっている可能性が高い ( 参考図 )

3. 今後の展開本研究から DISC1 は生体内においてシナプス可塑性制御に重要な役割を担っていることが明らかとなった 神経シナプスの動的挙動は記憶 学習メカニズムの基礎となる現象であるとともに 様々な精神障害に関わっている重要な生理プロセスである 今後 神経シナプスの可塑性制御を指標として Disc1 / マウスを用いた脳イメージング解析を行うことで 統合失調症で生じている微細な機能不全が明らかになっていくものと期待される 4. 発表雑誌 : Tsuboi D, Kuroda K, Tanaka M, Namba T, Iizuka Y, Taya S, Shinoda T, Hikita T, Muraoka S, Iizuka M, Nimura A, Mizoguchi A, Shiina N, Sokabe M, Okano H, Mikoshiba K, Kaibuchi K. Disrupted-in-schizophrenia 1 regulates transport of ITPR1 mrna for synaptic plasticity. Nature Neuroscience (2015 年 3 月 30 日付の速報電子版 ) English ver. http://www.med.nagoya-u.ac.jp/english01/dbps_data/_material_/nu_medical_en/_res/researchtopics/itpr1_20150331en.pdf

( 参考図 )