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Transcription:

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目次 第 1 章 はじめに 1 1.1 技術背景 MIMO 技術による伝送速度の高速化...................... 1 1.2 マルチユーザ MIMO の概念とその課題............................ 3 1.3 本ワークショップの構成.................................... 6 第 2 章 マルチユーザ MIMO 導入のための基礎 9 2.1 SISO における信号および伝搬モデル............................. 9 2.2 MIMO における信号および伝搬モデル............................ 14 2.3 伝搬チャネル行列の推定方法.................................. 18 2.4 MIMO のチャネル容量とその解釈............................... 21 2.4.1 SISO, SIMO, MISO, MIMO におけるチャネル容量の特性比較........... 21 2.4.2 2 2 MIMOにおけるチャネル容量の解釈....................... 26 2.5 MIMO における受信側信号分離技術............................. 30 2.5.1 Zero Forcing (ZF)................................... 31 2.5.2 Minimum Mean Square Error (MMSE)....................... 35 2.5.3 Successive Interference Cancellation (SIC)...................... 40 2.5.4 Maximum likelihood Detection (MLD) とその簡易化手法.............. 46 2.6 MIMO における送信指向性制御技術............................. 52 2.7 各種 MIMO 制御技術の基本特性................................ 57 2.7.1 チャネル容量特性.................................... 57 2.7.2 BER 特性........................................ 60 第 3 章 マルチユーザ MIMO 技術 63 3.1 多元接続............................................. 63 3.2 マルチユーザ MIMO における課題.............................. 67 3.3 マルチユーザ MIMO 用送信指向性制御法........................... 71 3.3.1 システムモデル..................................... 71 i

3.3.2 線形制御法....................................... 76 3.3.3 非線形制御法...................................... 83 3.4 マルチユーザ MIMO 用信号分離技術............................. 87 3.5 ユーザスケジューリング.................................... 88 3.6 マルチユーザ MIMO の基本特性................................ 91 3.6.1 チャネル容量特性.................................... 91 3.6.2 BER, ビットレート特性................................ 100 第 4 章 マルチユーザ MIMO の測定結果例と今後の展開 113 4.1 屋内端末静止環境における 16 16 マルチユーザ MIMO 伝送特性評価結果......... 113 4.2 屋内端末移動時におけるマルチユーザ MIMO の伝送特性評価結果............. 119 4.3 屋外実環境におけるシングルユーザ MIMO のリアルタイム伝送特性評価結果....... 120 4.4 屋外実環境におけるマルチユーザ MIMO の伝搬チャネル行列を用いたチャネル容量評価. 128 4.4.1 3 軸アンテナ配置によるマルチユーザ MIMO の上り回線のチャネル容量評価... 128 4.4.2 中継局を考慮したマルチユーザ MIMO のチャネル容量評価............. 130 4.5 シングルユーザおよびマルチユーザ MIMO 技術の今後の展開............... 134 第 5 章おわりに 138 参考文献 139 付録 A 記号リスト 147 付録 B 線形代数の基礎 149 B.1 基本的な性質.......................................... 149 B.2 逆行列, 行列式, フロベニウスノルム............................. 151 B.3 基本的な行列の演算...................................... 152 B.4 固有値と固有ベクトル, 特異値分解.............................. 153 B.5 空間相関............................................. 155 付録 C MIMO-OFDM の概要 157 付録 D 各種 MIMO 制御技術の基本特性 ( 補足データ ) 160 ii

第 1 章 はじめに 1.1 技術背景 MIMO 技術による伝送速度の高速化 無線通信システムでは, 限られた周波数帯域においていかに伝送速度を向上させるか が大きな課題であり [1] [3], 様々な技術によってこの課題が克服された歴史でもある. 図 1.1 にこの 10 年間における携帯電話の加入者数の推移を示す [4]. 図から明らかなように,2007 年には 1 億台を突破し, 今は誰もが携帯電話を所有する時代となっている. さらに, スマートフォンや無線 LAN の普及に伴って高速なデータを多くのユーザが使用する時代となっており,1 人が 1 台以上の携帯端末を所有する時代となっている. 技術的な発展と照らしあわせて考えると,21 世紀に入り,Code Division Multiple Access (CDMA) [5][6] を基本とする第 3 世代移動通信システムが導入され,Long Term Evolution (LTE) を実現する商用サービスも 2010 年より開始された [7]. また, 無線 LAN [8][9] も様々な場所で使用でき,WiMAX [10] では移動環境でも数十 Mbps の伝送が可能となっている. 図 1.2 に, 携帯電話と無線 LAN システムにおける年代に対する商用サービスの伝送速度の推移を示した.LTE や IEEE802.11n 準拠の無線 LAN では伝送速度が 100Mbps を超え [11][12], ユーザにとって非常に利便性の高いサービスが実現されている. 限られた周波数帯域における無線通信サービスの実現 という前提に立つと, これらのシステムではいずれも 5bits/s/Hz (100Mbps/20MHz) を超えた周波数利用効率を達成している. こういった性能向上の背景には, 当然ながら目覚しい技術の進展が背景にある. 半導体デバイスの進歩によりディジタル信号処理がより現実的な手段となった.Orthogonal Frequency Division Multiplexing (OFDM) 技術 [13]-[15] が導入されたことにより, 各周波数チャネル ( サブキャリア ) でフラットフェージングチャネルを生成することができ, マルチパスフェージング下でも広帯域無線通信を活用できるようになったことも非常に大きな成果である. さらに,OFDM におけるインターリーブ技術,Turbo/LDPC などの誤り訂正技術, 再送制御技術などの発展により, 十数年前では移動通信では難しいと考えられていた 16QAM, 64QAM などの多値変調の適用が可能となった [13][15]. ただし, これらの技術を用いたとしてもやはり限界がある. 先に述べた非常に高い周波数利用効率を達成するためのブレークスルーは,Multiple Input Multiple Output (MIMO) 技術の導入であるといえる [16][17]. 実は, 図 1.2 の 100Mbps を超える伝送速度の実現は MIMO 技術を適用することで達成されている. したがって,MIMO 技術が 2000 年に入ってからの無線通信システムの貢献をもっとも支えた技術であるといえる. 1

図 1.1: 携帯電話の加入者数の推移 ( 文献 : 通信白書 2011 [4] より ). 図 1.2: 携帯電話と無線 LAN の伝送速度の推移. 2

ここで,MIMO に関する定義について説明する.MIMO とは, 送信局と受信局の両方に複数のアンテナ ( アレーアンテナ ) を用いることにより,i) 伝送速度の向上, ii) 信頼性の向上のいずれかもしくは両方を実現可能とする技術である [18] [20].i) は空間分割多重伝送 (Spatial Divison Multiplexing : SDM) と呼ばれ,ii) は空間ダイバーシチ (Spatial Diversity : SD) と呼ばれている.ii) に関する研究も多数行われているが, 著者の見解では i) が MIMO の本質であると考える. なぜならば, 送受信アンテナ数の倍増が伝送速度を倍増させるという事実 [16][17] が MIMO 技術をここまで普及させた理由であると考えるからである. したがって本ワークショップでは,SDM を対象とする.SDM では, 複数の異なる信号データを複数のアンテナから送信し, 空間軸上で多重化を行う. 受信局では複数のアンテナで受信された信号から, 空間軸上に多重化された複数の信号を信号処理技術を用いて分離する.SDM では送受信局の両方のアンテナ数を増加させた場合は, 周波数利用効率はアンテナ数に比例してほぼ増大することが証明されている [16][17]. また, この結果は実験的にも明らかにされている ( 例えば,[21] [25] など ).MIMO 技術は無線 LAN システムに導入されたことをきっかけに,WiMAX や LTE にも導入され, いまや無線通信システムにとって欠かせない技術となっている. 1.2 マルチユーザ MIMO の概念とその課題 前節で述べた MIMO 技術は, 空間領域におけるアレーアンテナを用いた信号処理技術であると解釈できる. 空間領域におけるアレーアンテナを用いた信号処理技術として MIMO とは異なる手法で, システム全体の周波数利用効率を向上させる技術がこれまで検討されてきた. これは,Space Division Multiple Access (SDMA) と呼ばれる技術であり [26] [29], ちょうど MIMO 技術の提案から少し前にそのコンセプトが提案されている. 図 1.3 に SDMA の概念図を示す.SDMA は図に示すように, アダプティブアレーアンテナ [30][31] を基地局側に用いて複数の異なる指向性を形成することで, 同一時間 (t 1 ), 同一周波数 (f 1 ) で複数のユーザと通信することを可能とする. 無線通信システムにおいて, 複数のユーザと通信するためのアクセス方法 ( 多元接続 ) として,Time Division Multiple Access (TDMA) や Frequency Division Multiple Access (FDMA) が商用システムで主に用いられている [2].TDMA, FDMA はそれぞれ, 時間, 周波数の違いで複数のユーザと通信することを可能とする. ただし, どちらの方法を用いても, 周波数利用効率は 1/ ユーザ数 となる.SDMA では, 基地局のアンテナ本数分のユーザを同時に接続でき, 形成される複数の指向性は直交する. ここで直交とは, ユーザ 1 の方向に形成した指向性は, 他のユーザ (2, 3) の方向には形成されない. すなわち, 他ユーザの方向には指向性のヌルが形成される. このように,SDMA は TDMA, FDMA と比べ, 複数ユーザが存在する環境下で高い周波数利用効率を得ることができる. 通常,SDMA では, 図 1.3 に示すようにユーザ側のアンテナ数は 1 であるが,SDMA に MIMO の考 3

図 1.3: Space Division Multiple Access (SDMA) の概念図 (f 1 : 周波数,t 1 : 時間 ). え方を導入することも可能である. これは, ユーザ側のアンテナを複数にすることである. ただし, ユーザ側にはハードウエア規模の制約から, 多くのアンテナを有することが困難である. そこで, 基地局には多くのアンテナを有し, 複数のユーザと基地局の間における MIMO による通信を実現することを考える. これは, 一般にマルチユーザ MIMO (MU-MIMO) [32] [34] と呼ばれている.MU-MIMO は, 次世代無線 LAN の標準規格として検討が進められている IEEE802.11ac [9] や, 次世代移動通信の規格として検討が進めれれている LTE Advanced [35] などにおいて検討されている.MU-MIMO と対比するために,1 人のユーザが基地局と MIMO による通信を行う場合をシングルユーザ MIMO (Single User MIMO : SU-MIMO) と呼ぶこととし,MU-MIMO との対比がない場合は, 断りなく単に MIMO と呼ぶことにする. 図 1.4 に SU-MIMO と MU-MIMO における主要課題を示す. また,SU-MIMO,MU-MIMO の両方において上り回線 ( ユーザ 基地局 ), 下り回線 ( 基地局 ユーザ ) ごとに課題が異なることから, それぞれの場合の課題について示している. 図の例では, 基地局がユーザよりも多くのアンテナを有し, ユーザは 2 個のデータを同時に送信もしくは受信する状況を想定している.MU-MIMO の場合は,2 ユーザが同時に基地局と通信をすることを想定している. まず,SU-MIMO の場合の上り回線を考える. 上り回線 ( 下り回線 ) において, 基地局 ( ユーザ ) が複数の異なる信号 ( 図 1.4 の場合,s 1, s 2 ) を同時に受信する必要がある. このとき, 受信アンテナに入力される信号は s 1, s 2 がお互いに混ざった信号となる. これは, 上り回線だけでなく下り回線でも同じ問題が発生する. すなわち, 上り回線 / 下り回線に関係なく, 受信側では複数の信号を分離する技術 ( 信号分離技 4

図 1.4: SU-MIMO/MU-MIMO における主要技術課題. 5

術 ) が必須となる. 次に,SU-MIMO における下り回線における課題を考える. ここでは, 基地局のアンテナ数がユーザの それよりも多いことを考えているため, 図 1.4 の場合では, 同時に送信できる信号数は基地局のアンテナ 数によらず 2 となる. このとき, 基地局のアンテナ数がユーザのアンテナ数よりも多くなる場合の制御を 実現することが課題となり, その解決手段として, 送信側指向性制御技術を用いることが非常に有効とな る [23]. 送信側指向性制御の一つとして知られている固有モード伝送は,MIMO 制御方式の中でもっと も高いチャネル容量を得る方法として知られている [36][37]. ただし, アンテナ単位で異なる信号を送信 することも可能である [20]. 例えば, 基地局とユーザ間で測定した受信電力をもとに送信するアンテナを 選択することも可能である. ここまでは SU-MIMO の課題を述べた. 以下, 図 1.4 を用いて MU-MIMO に関する課題について説明 する.MU-MIMO の場合,SU-MIMO における技術をそのまま適用できる場合と, 新規で開発が必要と なる技術がそれぞれ存在する. まず上り回線に着目すると, 複数ユーザの総アンテナ数が基地局のアンテ ナ数以下であれば,SU-MIMO における受信側信号分離技術がそのまま適用できる. 図 1.4 において, 基地局はユーザ 1 の信号 s (1) 1, s(1) 2, ユーザ 2 の信号 s (2) 1, s(2) 2 を 4 個の異なる信号と見なし, これらの信号に対する信号分離技術を適用すればよい. MU-MIMO における上り回線では SU-MIMO の技術が適用できるのに対し,MU-MIMO の下り回線 では,MU-MIMO 独自の技術が必要となる [34]. 先に述べたように,SDMA では対象とするユーザ以外 のユーザの方向に指向性のヌルを形成する.SU-MIMO における送信側指向性制御では, 当然ながら他 ユーザに対する指向性のヌル形成は考慮しない. 所望のユーザへの信号が他ユーザに届くと, これは干渉 となる. ユーザ間では一般にデータのやり取りはできないので, ユーザは他ユーザのために基地局から送 信された信号 ( 干渉信号 ) を取り除く術がない. したがって,MU-MIMO の下り回線では, 他ユーザへの 干渉を回避する送信側指向性制御技術が必須となる. さらに,MU-MIMO では, 基地局と通信するユーザの組み合わせが非常に重要であり, 上り回線 / 下り 回線の両方でユーザを選択する手法が課題となる. 1.3 本ワークショップの構成 本ワークショップテキストでは,MU-MIMO 技術に関して, このキー技術である送信側指向性制御技術と受信側信号分離技術を中心に解説を行うことを目的とする. 本ワークショップテキストの全体構成を図 1.5 に示す. 本ワークショップは全体で 5 章構成となっている. 以下, 各章の内容について簡単に説明する. 2 章では,MU-MIMO の導入のための基礎について述べる. 前節で説明したように,MU-MIMO を説明 6

するためには,SU-MIMO の原理を一通り把握する必要がある. したがって, この章では主に SU-MIMO の基本原理について述べている. まず,SU-MIMO のチャネル容量が送受に複数のアンテナを具備しない場合よりも大幅に増大するメカニズムについて解説する. 次に,SU-MIMO における送信側指向性制御技術と受信側信号分離技術について説明する. 最後にチャネル容量と Bit Error Rate (BER) 特性により, 各種手法について特性比較を行う. 3 章では, 本ワークショップのメインテーマである MU-MIMO 技術について述べる. 前節で説明したように,MU-MIMO では, 送信側における指向性制御技術が非常に重要な技術となる. ここでは,SU-MIMO で要求される条件との相違点を整理するとともに, 技術分類としては,SU-MIMO における技術の延長上である線形演算と, 非線形演算の制御方法についてそれぞれ説明をする. また,MU-MIMO ではユーザ選択法が重要であるが, 本ワークショプではその概念について解説する. 本章の最後では,MU-MIMO の送信指向性制御の特性をチャネル容量と BER の観点から特性評価する. 4 章では,3 章までの結果を受け,SU-MIMO/MU-MIMO 技術について, 実際の環境で評価した結果例を示す. また, 本章の最後では,MU-MIMO 技術の今後の展開について解説する. 本ワークショップテキストでは, 主に MU-MIMO における送信側指向性制御技術と受信側信号分離技術をできるだけわかりやすく ( やさしく ) 説明することを目的としている. しかし, これらの理解のためには, 数学的な準備が必要となるため, 付録に線形代数の基礎で本ワークショップに関わる部分を掲載したので参考になれば幸いである. また,SU-MIMO に関しても,MU-MIMO を説明する上で必要となるが, すでに過去のワークショップ (WS29, 30) でも詳細に解説されており [19], すでに理解ができている人については 3 章から読み進めることも可能となっている. 7

図 1.5: ワークショップテキストの全体構成. 8