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図 1 COBE-SST のオリジナル格子から JCDAS の格子に変換を行う際に用いられている海陸マスク 緑色は陸域 青色は海域 赤色は内海を表す 内海では気候値 (COBE-SST 作成時に用いられている 1951~2 年の平均値 ) が利用されている (a) (b) SST (K) SST a

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2. 背景わが国では気候変動による様々な影響に対し 政府全体として整合のとれた取組を総合的かつ計画的に推進するため 2015 年 11 月 27 日に 気候変動の影響への適応計画 が閣議決定されました また 同年 12 月の国連気候変動枠組条約第 21 回締約国会議で取りまとめられた 新たな国際的な

( 第 1 章 はじめに ) などの総称 ) の信頼性自体は現在気候の再現性を評価することで確認できるが 将来気候における 数年から数十年周期の自然変動の影響に伴う不確実性は定量的に評価することができなかった こ の不確実性は 降水量の将来変化において特に顕著である ( 詳細は 1.4 節を参照 )

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プレス発表資料 平成 27 年 3 月 10 日独立行政法人防災科学技術研究所 インドネシア フィリピン チリにおけるリアルタイム 津波予測システムを公開 独立行政法人防災科学技術研究所 ( 理事長 : 岡田義光 以下 防災科研 ) は インドネシア フィリピン チリにおけるリアルタイム地震パラメー

[ ここに入力 ] 本件リリース先 2019 年 6 月 21 日文部科学記者会 科学記者会 名古屋教育記者会九州大学記者クラブ大学プレスセンター 共同通信 PR ワイヤー 2019 年 6 月 21 日立正大学九州大学国立研究開発法人海洋研究開発機構名古屋大学 立正大 九州大 海洋研究開発機構 名

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f ( 0 ) y スヴェルドラップの関係式は, 回転する球面上に存在する海の上に大規模な風系が存在するときに海流が駆動されることを極めて簡明に表現する, 風成循環理論の最初の出発点である 風成循環の理論は, スヴェルドラップの関係式に様々な項を加えることで発展してきたと言ってもよい スヴェルドラッ

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IPCC 第 5 次評価報告書第 1 作業部会報告書概要 ( 気象庁訳 ) 正誤表 (2015 年 12 月 1 日修正 ) 第 10 章気候変動の検出と原因特定 : 地球全体から地域まで 41 ページ気候システムの特性第 1 パラグラフ 15 行目 ( 誤 ) 平衡気候感度が 1 以下である可能性

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III

本ワーキンググループにおけるこれまでの検討事項

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課題研究の進め方 これは,10 年経験者研修講座の各教科の課題研究の研修で使っている資料をまとめたものです 課題研究の進め方 と 課題研究報告書の書き方 について, 教科を限定せずに一般的に紹介してありますので, 校内研修などにご活用ください

(3) 技術開発項目 長周期波の解明と対策 沿岸 漁場の高度利用 ライフサイクルコストに基づく施設整備と診断技術 自然災害( 流氷 地震 津波など ) に強いみなとづくり 等 30 項目 技術開発項目として 30 項目の中から 今後 特に重点的 積極的に取り組んでいく必要のある技術開発項目として 1

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0 21 カラー反射率 slope aspect 図 2.9: 復元結果例 2.4 画像生成技術としての計算フォトグラフィ 3 次元情報を復元することにより, 画像生成 ( レンダリング ) に応用することが可能である. 近年, コンピュータにより, カメラで直接得られない画像を生成する技術分野が生

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ファイナンスのための数学基礎 第1回 オリエンテーション、ベクトル

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率 九州 ( 工 -エネルギー科学) 新潟 ( 工 - 力学 ) 神戸 ( 海事科学 ) 60.0 ( 工 - 化学材料 ) 岡山 ( 工 - 機械システム系 ) 北海道 ( 総合理系 - 化学重点 ) 57.5 名古屋工業 ( 工 - 電気 機械工 ) 首都大学東京

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国立研究開発法人海洋研究開発機構国立大学法人京都大学 エルニーニョ予測の新展開 ~ 春先からの予測精度向上に新たな可能性 ~ 1. 概要国立研究開発法人海洋研究開発機構 ( 理事長平朝彦 以下 JAMSTEC という) 地球環境観測研究開発センター海洋循環研究グループの増田周平グループリーダーらは 京都大学と共同で力学解析に基づいたエルニーニョ現象の新しい予測手法を考案しました 猛暑や旱魃 豪雨など社会的に影響の大きな異常気象を各地で引き起こすエルニーニョ現象の精度の高い予測方法の開発は 世界的に強く要請されている課題です この課題の解決に向け データ同化 ( 1) 技術を駆使し地球シミュレータによって作成された大気海洋環境再現データセットを用いて 大気 海洋間で交換されるエネルギー ( 海上風が海面を通じて水を動かす仕事量 ) のうち エルニーニョ現象の発達 減衰に重要な役割をはたす要素を再評価しました その結果 その要素は年によって異なる季節変化を示し 5-10 年の時間間隔でエネルギー交換の振幅が変動していることが分かりました この解析結果をもとに これまで直接エルニーニョ予測において考慮に入れられていなかった 5-10 年スケールのエネルギー交換の長期変動の影響を大気 海洋結合モデル ( 2) に組み込みました そして 過去のエルニーニョ現象に関する実証実験を地球シミュレータで行った結果 これまで難しいとされてきた 春先にその年のエルニーニョ現象を予測する精度 を大幅に向上させられることが明らかになりました これは エルニーニョ現象のメカニズム解明 予測精度向上に新たな可能性を示す成果です 本成果は Scientific Reports 誌に 11 月 25 日付け ( 日本時間 ) で掲載されました なお 本研究の一部は 文部科学省気候変動適応研究推進プログラム (RECCA) の支援を受けて行われました タイトル :A new Approach to El Niño Prediction beyond the Spring Season 著者名 : 増田周平 1,John Philip Matthews 2,3, 石川洋一 4, 望月崇 5, 田中裕介 4, 淡路敏之 6 所属 :1. 国立研究開発法人海洋研究開発機構地球環境観測研究開発センター 2. Environmental Satellite Applications 3. 京都大学国際高等教育院 4. 国立研究開発法人海洋研究開発機構地球情報基盤センター 5. 国立研究開発法人海洋研究開発機構気候変動リスク情報創生プロジェクトチーム 6. 京都大学

2. 背景 JAMSTEC はこれまで地球環境変動について 海洋地球研究船 みらい をはじめとする船舶による高精度観測や海洋観測ブイ TRITON 自動昇降型漂流ブイ Argo フロート による長期観測などにより海洋大気観測データを蓄積するとともに 大気 海洋結合モデルなどの数値モデルのほか 数値モデルと観測データを統合して大気海洋環境を再現するデータ同化手法などを開発して 変動現象メカニズム解明や環境変動予測に取り組んできました 熱帯太平洋域の変動現象の一つであるエルニーニョ現象は 赤道中央から東部のペルー沖にかけての海面水温が上昇する現象で いったん発達すると日本を含め全世界的な気候変動 (climate variation) に影響を及ぼすことが知られています 過去の記録では 例えば 西日本で冷夏 東日本で暖冬傾向であることなどが指摘されています エルニーニョ現象によって引き起こされるこのような気候変動は 社会経済活動に無視できない影響を与えることから 各国の気象機関などで数値モデルや海洋 大気観測データを用いて精力的な予測研究が行われており いくつかの公的機関からはエルニーニョ予報が公開されています しかしながら 予報の精度にはいまだ改善の余地があります その理由の一つは エルニーニョ現象の発達過程のメカニズムに不確定な要素があるためです 冬にもっとも発達することが多いエルニーニョ現象ですが 春先にその年のエルニーニョ現象を予測することが特に難しいことが知られており エルニーニョ予測研究の大きな課題となっています 3. 成果 1960 年から 2006 年までの海洋観測データおよび大気観測データと四次元変分法大気海洋結合データ同化システム ( 3) を用いて地球シミュレータで統合した大気海洋環境再現データセットから エルニーニョ現象の発達 減衰に重要な役割を果たす大気 海洋間で交換されるエネルギー ( 海上風が海面を通じて水を動かす仕事量 ) の変化を再評価したところ 季節的にエネルギー交換が強い年と弱い年が 5-10 年の間隔で交互に現れることが分かりました このような季節的なエネルギー交換の変化はエルニーニョ現象の発達の仕方にも大きな影響を及ぼしていることが考えられます エネルギー交換に強い年と弱い年があることを踏まえ 大気 海洋結合モデル上での大気 海洋間の影響の度合いをエネルギー交換が強い年には影響が強くなるよう時間的に変化させる新しい予測スキームを考案しました 過去のエルニーニョ現象に対して 地球シミュレータ上で新しい予測スキームによる実証実験をしたところ 予測精度が大幅に向上しました ( 図 1) 春先からの予測が特に難しかった 2014 年のケースでも 予測精度は向上しており ( 図 2) 統計的に見てもこのスキームの有効性が確認されています これらの結果は これまでの予測シミュレーションでは直接的に考慮に入れられていなかった季節的なエネルギー交換の長期変動が春季におけるエルニーニョ現象の発達の仕方に強い影響を及ぼすことを示しているとともに 1 年周期の季節変化 3-4 年の不規則なサイクルを持つエルニーニョ現象 5-10 年の時間スケールの長期変動という異なる3つの時間スケールの現象が 相互に作用することを考慮に入れることがエルニーニョ予測にとって必要不可欠であることを示唆しています

4. 今後の展望今回の成果では エルニーニョ予測研究の重要な不確定要素を一つ明らかにしたことになります ここで注目した 異なる時間スケール間の相互作用 の実態に迫ることでエルニーニョ現象のメカニズム解明 予測精度の向上に大きく資し 将来的には漁業 農業 防災等の多分野において社会経済活動への貢献が期待されます 一方で 今回の手法を実際の予報に応用するには 季節的なエネルギー交換の長期変動に関する情報を前もって知っておかなくてはなりません 今現在の熱帯気候がどのような季節的エネルギー交換の状態なのか? 将来どのように変わりうるのか? このことをできるだけ正確に把握することが重要になってきます 現在 そのような長期気候変動の予測についても研究が進められていますが 統計的に意味のある長期の解析研究を実施するには さらに長期間の観測情報を取得し続ける必要があります JAMSTEC では 持続的な海洋観測 高度な数値シミュレーション実験を通して地球規模での中長期の気候変動現象のメカニズム解明に取り組みながら 新たな熱帯観測システムの構築と運用に尽力しつつ最新のデータ同化技術を積極的に取り入れるなど 多方面からエルニーニョ予測の新展開を図ります [ 用語解説 ] 1 データ同化観測データと数値シミュレーション結果を融合させる手法のこと 特にここでは時空間的にまばらな観測データを数値モデルを用いて連続的にすることを意味する 予測シミュレーションを行う際に実際の観測データをデータ同化技術を用いて取り入れることで より精度の高い大気 海洋環境の再現場 ( 初期値 ) が得られ 正確な予測結果につながる 2 大気 海洋結合モデル大気と海洋の状態を同時に推定する数値モデル 大気と海洋の変動を数値的に解きながら それぞれから計算される熱や物質 運動量の情報を矛盾なく交換し相互に数値計算に反映させていくことで一つの結合系として状態推定することができるモデル 3 四次元変分法大気海洋結合データ同化システム大気 海洋で実際観測されたデータを最適化理論にしたがって取り込み ( 同化して ) 数値モデル ( 大気 海洋結合モデル ) によるシミュレーション結果を修正し改善することで新たな統合データセットを作成するシステム 時空間的に断片的にしか得られない観測情報を 数値モデルを用いて力学的に補間するシステムともいえる 本研究で用いた四次元変分法とは 変分 原理を用いて情報を最適に融合する手法の一つで 力学的に整合性のある ( ここでは大気 海洋 3 次元空間の ) 時系列 ( すなわち 四次元 ) を再現するものである 本システムのような結合系

でのシステムは世界でも稀有であり 予報研究の分野では注目を集める手法である 4 NINO3.4 海域熱帯太平洋の中央 東部に位置する北緯 5 度 南緯 5 度 西経 120 度 170 度の海域 エルニーニョ時にはここでの平均海面水温が高い状態が持続する

図 1.1972/73 年のエルニーニョイベントを予測した実証実験の結果 エルニーニョ現象の指標となる NINO3.4 海域 ( 4) の海面水温の時間変化 赤が新しいスキームを用いた結果 青が従来のシミュレーション結果 黒線は観測データであり 黒線に近いほど正確な予測を表す グレーの領域は北半球の春季を示す 図 2. 2014 年のエルニーニョイベントを予測した実証実験の結果 凡例等は図 1 と同じ