プレスリリース 2017 年 4 月 14 日 報道関係者各位 慶應義塾大学 有機単層結晶薄膜の電子物性の評価に成功 - 太陽電池や電子デバイスへの応用に期待 - 慶應義塾基礎科学 基盤工学インスティテュートの渋田昌弘研究員 ( 慶應義塾大学大学院理工学研究科専任講師 ) および中嶋敦主任研究員 (

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研究の背景有機薄膜太陽電池は フレキシブル 低コストで環境に優しいことから 次世代太陽電池として着目されています 最近では エネルギー変換効率が % を超える報告もあり 実用化が期待されています 有機薄膜太陽電池デバイスの内部では 図 に示すように (I) 励起子の生成 (II) 分子界面での電荷生

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平成 27 年 12 月 11 日 報道機関各位 東北大学原子分子材料科学高等研究機構 (AIMR) 東北大学大学院理学研究科東北大学学際科学フロンティア研究所 電子 正孔対が作る原子層半導体の作製に成功 - グラフェンを超える電子デバイス応用へ道 - 概要 東北大学原子分子材料科学高等研究機構 (

論文の内容の要旨

世界最高面密度の量子ドットの自己形成に成功

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背景光触媒材料として利用される二酸化チタン (TiO2) には, ルチル型とアナターゼ型がある このうちアナターゼ型はルチル型より触媒活性が高いことが知られているが, その違いを生み出す要因は不明だった 光触媒活性は, 光吸収により形成されたキャリアが結晶表面に到達して分子と相互作用する過程と, キ

記者発表資料

背景と経緯 現代の電子機器は電流により動作しています しかし電子の電気的性質 ( 電荷 ) の流れである電流を利用した場合 ジュール熱 ( 注 3) による巨大なエネルギー損失を避けることが原理的に不可能です このため近年は素子の発熱 高電力化が深刻な問題となり この状況を打開する新しい電子技術の開

平成 28 年 10 月 25 日 報道機関各位 東北大学大学院工学研究科 熱ふく射スペクトル制御に基づく高効率な太陽熱光起電力発電システムを開発 世界トップレベルの発電効率を達成 概要 東北大学大学院工学研究科の湯上浩雄 ( 機械機能創成専攻教授 ) 清水信 ( 同専攻助教 ) および小桧山朝華

ポイント 太陽電池用の高性能な酸化チタン極薄膜の詳細な構造が解明できていなかったため 高性能化への指針が不十分であった 非常に微小な領域が観察できる顕微鏡と化学的な結合の状態を調査可能な解析手法を組み合わせることにより 太陽電池応用に有望な酸化チタンの詳細構造を明らかにした 詳細な構造の解明により

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ナノテク新素材の至高の目標 ~ グラフェンの従兄弟 プランベン の発見に成功!~ この度 名古屋大学大学院工学研究科の柚原淳司准教授 賀邦傑 (M2) 松波 紀明非常勤研究員らは エクス - マルセイユ大学 ( 仏 ) のギー ルレイ名誉教授らとの 日仏国際共同研究で ナノマテリアルの新素材として注

本成果は 以下の事業 研究領域 研究課題によって得られました 戦略的創造研究推進事業総括実施型研究 (ERATO) 研究プロジェクト : 伊丹分子ナノカーボンプロジェクト 研究総括 : 伊丹健一郎 ( 名古屋大学大学院理学研究科 / トランスフォーマティブ生命分子研究所拠点長 / 教授 ) 研究期間

マスコミへの訃報送信における注意事項

平成 30 年 8 月 6 日 報道機関各位 東京工業大学 東北大学 日本工業大学 高出力な全固体電池で超高速充放電を実現全固体電池の実用化に向けて大きな一歩 要点 5V 程度の高電圧を発生する全固体電池で極めて低い界面抵抗を実現 14 ma/cm 2 の高い電流密度での超高速充放電が可能に 界面形

報道発表資料 2008 年 11 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 メタン酸化反応で生成する分子の散乱状態を可視化 複数の反応経路を観測 - メタンと酸素原子の反応は 挿入 引き抜き のどっち? に結論 - ポイント 成層圏における酸素原子とメタンの化学反応を実験室で再現 メタン酸化反応で生成

配信先 : 東北大学 宮城県政記者会 東北電力記者クラブ科学技術振興機構 文部科学記者会 科学記者会配付日時 : 平成 30 年 5 月 25 日午後 2 時 ( 日本時間 ) 解禁日時 : 平成 30 年 5 月 29 日午前 0 時 ( 日本時間 ) 報道機関各位 平成 30 年 5 月 25

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氏 名 田 尻 恭 之 学 位 の 種 類 博 学 位 記 番 号 工博甲第240号 学位与の日付 平成18年3月23日 学位与の要件 学位規則第4条第1項該当 学 位 論 文 題 目 La1-x Sr x MnO 3 ナノスケール結晶における新奇な磁気サイズ 士 工学 効果の研究 論 文 審 査

PRESS RELEASE (2015/10/23) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

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平成22年11月15日


1. 背景強相関電子系は 多くの電子が高密度に詰め込まれて強く相互作用している電子集団です 強相関電子系で現れる電荷整列状態では 電荷が大量に存在しているため本来は金属となるはずの物質であっても クーロン相互作用によって電荷同士が反発し合い 格子状に電荷が整列して動かなくなってしまう絶縁体状態を示し

体状態を保持したまま 電気伝導の獲得という電荷が担う性質の劇的な変化が起こる すなわ ち電荷とスピンが分離して振る舞うことを示しています そして このような状況で実現して いる金属が通常とは異なる特異な金属であることが 電気伝導度の温度依存性から明らかにされました もともと電子が持っていた電荷やスピ

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京都大学博士 ( 工学 ) 氏名宮口克一 論文題目 塩素固定化材を用いた断面修復材と犠牲陽極材を併用した断面修復工法の鉄筋防食性能に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 本論文は, 塩害を受けたコンクリート構造物の対策として一般的な対策のひとつである, 断面修復工法を検討の対象とし, その耐久性をより

機械学習により熱電変換性能を最大にするナノ構造の設計を実現

色素増感太陽電池の色素吸着構造を分子レベルで解明

論文の内容の要旨 論文題目 Spectroscopic studies of Free Radicals with Internal Rotation of a Methyl Group ( メチル基の内部回転運動を持つラジカルの分光学的研究 ) 氏名 加藤かおる 序 フリーラジカルは 化学反応の過

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AlGaN/GaN HFETにおける 仮想ゲート型電流コラプスのSPICE回路モデル

プレスリリース 2018 年 10 月 31 日 報道関係者各位 慶應義塾大学 台風の急激な構造変化のメカニズムを解明 - 台風の強度予報の精度を飛躍的に向上できる可能性 - 慶應義塾大学の宮本佳明環境情報学部専任講師 杉本憲彦法学部准教授らの研究チームは 長年の謎であった台風の構造が急激に変化する

化学結合が推定できる表面分析 X線光電子分光法

所 属 :1 広島大学大学院理学研究科 2 東京大学物性研究所 3 愛知シンクロ トロンセンター 4 広島大学放射光科学研究センター 5 兵庫県立大学大学院物質理学研究科 D O I: /s 背景 近年 電子 光学デバイスの材料として 2 次元単原子層結

8.1 有機シンチレータ 有機物質中のシンチレーション機構 有機物質の蛍光過程 単一分子のエネルギー準位の励起によって生じる 分子の種類にのみよる ( 物理的状態には関係ない 気体でも固体でも 溶液の一部でも同様の蛍光が観測できる * 無機物質では規則的な格子結晶が過程の元になっているの

Chapter 1

新技術説明会 様式例

背景 金ナノ微粒子は通常の物質とは異なり, サイズによって色が赤や黄などに変化します この現象は局在プラズモンと呼ばれ, あまり聞き慣れない言葉ですが, 実はステンドグラスはこの局在プラズモンを利用してガラスを発色させています 局在プラズモンは, 光が金ナノ微粒子に当たると微粒子表面の電子が光と共鳴

と呼ばれる普通の電子とは全く異なる仮説的な粒子が出現することが予言されており その特異な統計性を利用した新機能デバイスへの応用も期待されています 今回研究グループは パラジウム (Pd) とビスマス (Bi) で構成される新規超伝導体 PdBi2 がトポロジカルな性質をもつ物質であることを明らかにし

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銅酸化物高温超伝導体の フェルミ面を二分する性質と 超伝導に対する上純物効果

電解メッキ初期過程における電極近傍イオン種のリアルタイム観測に成功

研究成果報告書

報道機関各位 平成 27 年 3 月 20 日 ( 同時提供資料 ) 栃木県政記者クラブ 国立大学法人宇都宮大学 埼玉県政記者クラブ 学校法人 埼玉医科大学 文部科学記者会, 科学記者会 学校法人 早稲田大学 任意の偏光を持つテラヘルツ光の解析法を開発 ( 報道解禁日 :3 月 24 日午後 7 時

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研究成果報告書

酸化グラフェンのバンドギャップをその場で自在に制御

PRESS RELEASE (2012/9/27) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

No.2 < 研究発表 ( 口頭 ポスター 誌上別 )> 口頭発表 Hiroshi Sugimoto, Minoru Fujii "Colloidal Silicon Nanoantenna for Low-Loss Dielectric Nanophotonics Platform" Abstra

報道発表資料 2008 年 1 月 31 日 独立行政法人理化学研究所 酸化物半導体の謎 伝導電子が伝導しない? 機構を解明 - 金属の原子軌道と酸素の原子軌道の結合が そのメカニズムだった - ポイント チタン酸ストロンチウムに存在する 伝導しない伝導電子 の謎が明らかに 高精度の軟 X 線共鳴光

研究成果東京工業大学理学院の那須譲治助教と東京大学大学院工学系研究科の求幸年教授は 英国ケンブリッジ大学の Johannes Knolle 研究員 Dmitry Kovrizhin 研究員 ドイツマックスプランク研究所の Roderich Moessner 教授と共同で 絶対零度で量子スピン液体を示

報道機関各位 平成 27 年 8 月 18 日 東京工業大学広報センター長大谷清 鰭から四肢への進化はどうして起ったか サメの胸鰭を題材に謎を解き明かす 要点 四肢への進化過程で 位置価を持つ領域のバランスが後側寄りにシフト 前側と後側のバランスをシフトさせる原因となったゲノム配列を同定 サメ鰭の前


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高集積化が可能な低電流スピントロニクス素子の開発に成功 ~ 固体電解質を用いたイオン移動で実現低電流 大容量メモリの実現へ前進 ~ 配布日時 : 平成 28 年 1 月 12 日 14 時国立研究開発法人物質 材料研究機構東京理科大学概要 1. 国立研究開発法人物質 材料研究機構国際ナノアーキテクト

報道関係者各位 平成 24 年 4 月 13 日 筑波大学 ナノ材料で Cs( セシウム ) イオンを結晶中に捕獲 研究成果のポイント : 放射性セシウム除染の切り札になりうる成果セシウムイオンを効率的にナノ空間 ナノの檻にぴったり収容して捕獲 除去 国立大学法人筑波大学 学長山田信博 ( 以下 筑

液相レーザーアブレーションによるナノ粒子生成過程の基礎研究及び新規材料創成への応用 北海道大学大学院工学工学院量子理工学専攻プラズマ応用工学研究室修士 2年竹内将人

平成 3 0 年 9 月 6 日 科学技術振興機構 (JST) 大阪大学 2 段階の熱処理で高品質のビスマス系薄膜 ~ 光応答性能を向上 次世代太陽電池開発に期待 ~ ポイント 光電変換素子の材料探索は それぞれの材料に最適な成膜プロセスの開発と同時に進める必要があり 1 つの材料でも数年を要してい

2 成果の内容本研究では 相関電子系において 非平衡性を利用した新たな超伝導増強の可能性を提示することを目指しました 本研究グループは 銅酸化物群に対する最も単純な理論模型での電子ダイナミクスについて 電子間相互作用の効果を精度よく取り込める数値計算手法を開発し それを用いた数値シミュレーションを実

平成 2 9 年 3 月 2 8 日 公立大学法人首都大学東京科学技術振興機構 (JST) 高機能な導電性ポリマーの精密合成法を開発 ~ 有機エレクトロニクスの発展に貢献する光機能材料の開発に期待 ~ ポイント π( パイ ) 共役ポリマーの特性制御には 末端に特定の官能基を導入することが重要だが

報道発表資料 2004 年 9 月 6 日 独立行政法人理化学研究所 記憶形成における神経回路の形態変化の観察に成功 - クラゲの蛍光蛋白で神経細胞のつなぎ目を色づけ - 独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事長 ) マサチューセッツ工科大学 (Charles M. Vest 総長 ) は記憶形

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鉱物と類似の構造を持つ白雲母の鉱物表面に挟まれた塩化ナトリウム (NaCl) 水溶液が 厚さ 1 ナノメートル ( 水分子約 3 個分の厚み ) 以下まで圧縮されても著しい潤滑性を示すことを実験的に明らかにしてきました しかし そのメカニズムについては解明されておらず 世界的にも存在が珍しいクリープ

研究成果報告書(基金分)

光で絶縁体を未知の金属相へと相転移させることに成功

放射線照射により生じる水の発光が線量を反映することを確認 ~ 新しい 高精度線量イメージング機器 への応用に期待 ~ 名古屋大学大学院医学系研究科の山本誠一教授 小森雅孝准教授 矢部卓也大学院生は 名古屋陽子線治療センターの歳藤利行博士 量子科学技術研究開発機構 ( 量研 ) 高崎量子応用研究所の山

1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

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発電単価 [JPY/kWh] 差が大きい ピークシフトによる経済的価値が大きい Time 0 時 23 時 30 分 発電単価 [JPY/kWh] 差が小さい ピークシフトしても経済的価値

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脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

理 化学現象として現れます このような3つ以上の力が互いに相関する事象のことを多体問題といい 多体問題は理論的に予測することが非常に難しいとされています 液体中の物質の振る舞いは まさにこの多体問題です このような多体問題を解析するために 高性能コンピューターを用いた分子動力学シュミレーションなどを

振動発電の高効率化に新展開 : 強誘電体材料のナノサイズ化による新たな特性制御手法を発見 名古屋大学大学院工学研究科 ( 研究科長 : 新美智秀 ) 兼科学技術振興機構さきがけ研究者の山田智明 ( やまだともあき ) 准教授らの研究グループは 物質 材料研究機構技術開発 共用部門の坂田修身 ( さか

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う特性に起因する固有の量子論的効果が多数現れるため 基礎学理の観点からも大きく注目されています しかし 特にゼロ質量電子系における電子相関効果については未だ十分な検証がなされておらず 実験的な解明が待たれていました 東北大学金属材料研究所の平田倫啓助教 東京大学大学院工学系研究科の石川恭平大学院生

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2018/6/12 表面の電子状態 表面に局在する電子状態 表面電子状態表面準位 1. ショックレー状態 ( 準位 ) 2. タム状態 ( 準位 ) 3. 鏡像状態 ( 準位 ) 4. 表面バンドのナローイング 5. 吸着子の状態密度 鏡像力によるポテンシャル 表面からzの位置の電子に働く力とポテン

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報道機関各位 平成 28 年 8 月 23 日 東京工業大学東京大学 電気分極の回転による圧電特性の向上を確認 圧電メカニズムを実験で解明 非鉛材料の開発に道 概要 東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所の北條元助教 東正樹教授 清水啓佑大学院生 東京大学大学院工学系研究科の幾原雄一教

令和元年 6 月 1 3 日 科学技術振興機構 (JST) 日本原子力研究開発機構東北大学金属材料研究所東北大学材料科学高等研究所 (AIMR) 理化学研究所東京大学大学院工学系研究科 スピン流が機械的な動力を運ぶことを実証 ミクロな量子力学からマクロな機械運動を生み出す新手法 ポイント スピン流が

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             論文の内容の要旨

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研究の背景物質の原子 1つ1つを識別してその性質を調べる研究は これまでに盛んに取り組まれてきました しかしながら テラヘルツ波の信号やノイズレベル (-174 dbm レベル注近くの強度の信号 ) の強度しかない微弱な信号を検出する分光技術の開発は難しく 未だに成し遂げられていない課題でした [1

平成 26 年 8 月 21 日 チンパンジーもヒトも瞳の変化に敏感 -ヒトとチンパンジーに共通の情動認知過程を非侵襲の視線追従装置で解明- 概要マリスカ クレット (Mariska Kret) アムステルダム大学心理学部研究員( 元日本学術振興会外国人特別研究員 ) 友永雅己( ともながまさき )

背景 現代社会を支えるコンピューティングや光通信では, 情報の担い手として, 電子の電荷と, その電荷を変換して生成した光 ( 光電変換 ) を利用しています このような通常の情報処理に用いる電荷以外に, 電子にはスピンという状態があります このスピンの集団は磁石の性質を持ち, 情報の保持に電力が不

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報道関係者各位 平成 26 年 5 月 29 日 国立大学法人筑波大学 サッカーワールドカップブラジル大会公式球 ブラズーカ の秘密を科学的に解明 ~ ボールのパネル構成が空力特性や飛翔軌道を左右する ~ 研究成果のポイント 1. 現代サッカーボールのパネルの枚数 形状 向きと空力特性や飛翔軌道との

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プレスリリース 2017 年 4 月 14 日 報道関係者各位 慶應義塾大学 有機単層結晶薄膜の電子物性の評価に成功 - 太陽電池や電子デバイスへの応用に期待 - 慶應義塾基礎科学 基盤工学インスティテュートの渋田昌弘研究員 ( 慶應義塾大学大学院理工学研究科専任講師 ) および中嶋敦主任研究員 ( 慶應義塾大学理工学部教授 ) らは 有機薄膜デバイスの構成要素であるアントラセン分子の単層結晶薄膜 1) を室温で形成させ 光電変換過程における電荷分離の様子を明らかにすることに成功しました 機能性有機分子薄膜による光電変換デバイス ( 太陽電池 発光デバイス ) は 近年深刻化している環境 エネルギー問題を解決する基盤技術として期待されています 光電変換効率向上のためには 有機分子が規則正しく整列した高い結晶性をもつ薄膜を作製する必要があります しかし 従来の薄膜作成手法では室温で高い結晶性を確保することが難しく 光電変換効率に限界がありました また 光電変換の機構を明らかにするためには 優れた結晶性を有する薄膜について超高速の光励起過程を精密観測することが求められていました 今回本研究グループでは アントラセン骨格を化学修飾した分子の溶液に金基板を浸すだけという極めて簡便な手法で 究極的に薄く 分子が規則的に配列した有機単層結晶薄膜を作製することに成功しました さらに この単層結晶薄膜における光励起過程をフェムト秒時間分解光電子分光 2) に より調べたところ 結晶薄膜中の励起子 3) と表面上に広がった励起電子とがエネルギーを授受する現象を 世界で初めて観測することに成功しました これらの結果は 有機光電変換デバイスを高効率化するための基盤技術として利用価値が高いと考えられます 本研究成果は 2017 年 4 月 11 日 ( 米国時間 ) に米国化学会の学術誌 ACS NANO の Articles オンライン速報版で公開されました 1. 本研究のポイント 有機薄膜を用いた太陽電池や発光デバイスの変換効率を向上させるため 分子が規則的に配列した有機薄膜の形成と電子物性の評価が期待されていた 金属表面上に自己組織化 4) によって薄膜化したアントラセン有機分子が単層の結晶薄膜であることを見いだし その薄膜界面での電子の振る舞いを明らかにした 太陽電池や電子デバイスなどに応用される 有機デバイスのナノ機能薄膜として期待される 2. 研究背景 有機太陽電池や有機発光 (EL) デバイスなどの有機薄膜による光電変換デバイスは 近年深刻とな っている環境 エネルギー問題の観点から その変換効率の向上が求められています 有機光電変換デバイスの多くは 真空蒸着法やスピンコート法などを用いて 有機薄膜を積層する ことで作製されます 光電変換効率を飛躍的に向上させるためには 有機薄膜内の励起子や電荷の空 間的な広がりが重要であることが理論的に示されていますが 従来の作製手法では薄膜の均一性と結 晶性を高めることに限界があることが指摘されています このため 有機分子を規則的に配列させて 均一な有機薄膜にするための新しい基盤技術の構築が必要です また 光エネルギーを電流に変える 光電変換の過程を実験的明らかにするためには 光吸収によって生成する励起子の形成から電荷生成 1/5

までの過程を フェムト秒からピコ秒 ( フェムト ピコはそれぞれ 1000 兆分の 1 1 兆分の 1) の超高速の時間分解能をもつ分光計測によって明らかにすることが不可欠です こうした背景から本研究グループでは 有機分子が自己組織化するという現象を利用して 金属基板上に分子を規則的に配列させた有機薄膜を作製することに取り組むと同時に この有機薄膜における光励起過程をフェムト秒時間分解した光電子分光により明らかにすることを試みました 3. 研究内容 成果本研究では アントラセン分子に鎖状のアルカンチオールを連結させた分子 ( 図 1( ア )) の溶液に金の基板を浸漬することで 分子同士が集合して整列することによる組織化を促進させ アントラセン単分子薄膜を作製しました この薄膜試料について 走査型トンネル顕微鏡 (STM) 5) などで表面形態を調べました さらに この有機結晶薄膜に光を照射して引き起こされる電子の発生の様子を フェムト秒の精度の光電子分光を用いて追跡したところ 以下のような知見が得られました 機能性分子の単分子結晶薄膜の作製に成功図 1( イ ) は アントラセン修飾アルカンチオールが金基板上に自己組織化して形成した単分子膜の STM 像です 輝点一つ一つが末端のアントラセン分子に対応しており アントラセン分子が規則正しく表面に整列し 均一な有機単層膜を形成していることがわかります この規則的な分子配列の様子は アントラセン結晶で見られる格子間隔と一致しています これは 金表面に吸着したアルカンチオール分子の配列が幾何的に無理のない集合構造をとることで 図 1( ウ ) のように 末端のアントラセン分子同士が単層で結晶化したためと考えられます 重要なことは この結晶化が室温で実現した点で 従来の有機薄膜の作製手法では 室温で有機分子の結晶を作ることは困難でした 今回の成果は 高い結晶性の有機薄膜が溶液に浸すだけで 室温で簡便に作製できることを示すもので 究極的に薄く高機能な有機デバイス作製への道を開くものです ( ア ) SH ( イ ) STM 像 アントラセン骨格 a b ( ウ ) アルカンチオール アントラセン単分子結晶薄膜 図 1 今回作製したアントラセン単層結晶薄膜 ( ア ) アルカンチオールにアントラセン骨格を化学修飾した分子 ( イ )( ア ) の分子を用いて作製したアントラセン単層結晶の STM 像 1 ナノメートル _ [112] Au 金基板 ( ウ )STM 像の解析などから得られた表面構造 機能性有機単分子膜の電子物性評価に成功得られたアントラセン単層結晶薄膜についてフェムト秒時間の精度で光電子分光を行い 光で励起された電子状態が変化する様子を追跡したところ 平坦な分子薄膜の表面上に2つの特徴的な電子状 6) 7) 態 ( 図 2( ア ); 鏡像準位ならびに表面電荷分離状態 ) が観測されました 特に 光によって鏡像準位に励起された電子は 表面上を自由電子に近い状態で 1.1 ピコ秒の寿命で滞在していることがわかりました さらに アントラセン分子内の電子を励起する光 ( 波長 400 ナノメートル ) を用いると この励起子が 2.5 ピコ秒の間 単層結晶内に閉じ込められることがわかりました 興味深いことに この鏡像準位の電子が単層結晶内の励起子と相互作用して表面から飛び出す という新しい現象を見い出すことに成功しました この現象は 単層結晶中に閉じ込められた励起子が消滅する際に失うエネルギーを 表面上の鏡像準位に滞在している電子が受け取り その結果 電子 2/5

が表面から飛び出すものです その様子を概念図として図 2( イ ) に示しました 一般に 表面上に広がった電子状態は 分子に局在している励起子とは 強く相互作用しません しかし 分子が整列して単層結晶が形成されると 励起子が単層内を広く動き回れるようになり エネルギーの授受が可能となるものです 本研究の成果は 有機光電変換デバイスにおける電荷分離の過程において 電荷が拡散できる範囲を広げることが有効であり そのためには有機分子を整列させた結晶化が効果的であることを初めて実験的に示したものです ( ア ) ( イ ) 励起子 表面電荷分離状態 励起子の消滅により放出された電子の信号 鏡像準位 アントラセン単層結晶 波長 400 ナノメートル 励起子 h + e 鏡像準位の電子 e 電子の自動イオン化 励起子の消滅エネルギーを鏡像準位の電子に与える 図 2( ア ) アントラセン励起子を生成しながら測定したフェムト秒時間分解光電子スペクトル 4. 今後の展開 励起子の消滅により放出された鏡像準位の電子に由来する信号が検出されている ( イ ) 今回初めて観測に成功した光励起過程の模式図 励起子の消滅によって 表面上に広 がって滞在する電子にエネルギーを与えることで 表面から電子が飛び出す ( 自動イオ ン化 ) 現在の微細加工技術において 有機薄膜の結晶性を人工的に操作することは容易ではありません 今回の研究成果において得られた 自己組織化という有機分子特有の性質を利用した単層結晶の薄膜作製の技術は 有機光電変換デバイスのみならず 有機電界効果トランジスタなども含めた 今後の有機デバイス関連のナノテクノロジーに不可欠であると考えられます 本研究成果は この基盤技術の有用性を示したと同時に 分子設計によって様々な有機単層結晶薄膜の作製と評価が可能であることを示しています 従来の真空蒸着法により作製したアントラセン薄膜はデバイス動作環境 (0~100 ) では基板表面で不安定ですが 今回作製したアントラセン単層結晶は表面上に化学的に固定化されているため 0~100 の温度領域でも十分安定です このことは 基板上での安定性が乏しい機能性有機分子でも有機デバイスに活用できることを示すとともに 単層結晶薄膜における新たな光励起過程が解明できる道を開くものです 本成果は 以下の 2 つの事業 研究プロジェクトの一部として得られました 戦略的創造研究推進事業総括実施型研究 (ERATO) 研究プロジェクト : 中嶋ナノクラスター集積制御プロジェクト 研究総括 : 中嶋敦 ( 慶應義塾大学理工学部化学科教授 ) 研究実施期間 : 平成 21 年 10 月 ~ 平成 28 年 3 月 3/5

慶應義塾基礎科学 基盤工学インスティテュート (KiPAS)( 基礎化学 生物学分野 ) 研究題目 : ナノクラスターの秩序集積によるシステム化学 主任研究員 : 中嶋敦 ( 慶應義塾大学理工学部化学科教授 ) 研究実施期間 : 平成 26 年 4 月 ~ 平成 31 年 3 月 < 原論文情報 > 学術誌名 : ACS NANO 論文タイトル : Photoexcited State Confinement in Two-Dimensional Crystalline Anthracene Monolayer at Room Temperature 著者 :Masahiro Shibuta 1, Naoyuki Hirata 2, Toyoaki Eguchi 2, and Atsushi Nakajima 1,2 1 慶應義塾基礎科学 基盤工学インスティテュート 2 慶應義塾大学大学院理工学研究科 DOI: 10.1021/acsnano.7b01506 < 用語説明 > 1) 単層結晶薄膜秩序的に配列した分子 1 層からなる究極的な 2 次元分子薄膜 有機薄膜は通常 蒸着やコーティングなどの技術を用いるため 均一な単分子結晶薄膜の作製は困難であるが 自己組織化技術を用いることでこの試料の作成に達成した 2) フェムト秒時間分解光電子分光試料に光パルスを入射し 励起状態にある電子をもう一つの光パルスで フェムト秒の時間精度で光電子を検出する物性計測手法 機能を担う光励起電子の移動 緩和などの情報を極めて高い時間分解能で検出することができる 3) 励起子物質内で電子と空孔が互いに影響し合うことで形成される量子状態 光電変換過程では 光吸収により有機薄膜内に励起子が形成された後 電荷分離 キャリアの拡散を経て光電流を得るため 励起子が形成された後に続く素過程をフェムト秒精度で時間分解して計測することが急務となっている 4) 自己組織化 分子同士の相互作用により 基板表面に分子レベルで高い配向性を有する膜形成をすること 有機薄膜の精密設計 機能制御の観点から近年高い関心を集めている 5) 走査型トンネル顕微鏡 (STM) 探針と呼ばれる鋭い針を表面に近づけ 探針 試料間に流れるトンネル電流を検出しながら走査し 表面形状を取得することで 原子分解能が得られる顕微鏡 6) 鏡像準位光励起された電子が表面上でその鏡像電荷を感じることで形成される電子状態 鏡像準位に励起された電子は 鏡像電荷により表面垂直方向に力を受けるものの 表面平行方向には力を受けないため 表面上に広がって滞在する電子として振る舞う 原子レベルで平坦性のある表面において形成される 7) 表面電荷移動状態 4/5

表面上に光励起された励起電子が 同時に励起された分子内の空孔により束縛されることにより形成される量子状態 通常の励起子とは異なり 電子が表面上にあり 分子内部の空孔とは界面で隔てられている状態であるためこのように呼ぶ 鏡像準位とともに 原子レベルで平坦性のある有機薄膜表面において形成される ご取材の際には 事前に下記までご一報くださいますようお願い申し上げます 本リリースは文部科学記者会 科学記者会 各社科学部等に送信させていただいております 研究内容についてのお問い合わせ先慶應義塾基礎科学 基盤工学インスティテュート (KiPAS) 主任研究員慶應義塾大学理工学部化学科教授中嶋敦 ( なかじまあつし ) TEL:045-566-1712 FAX:045-566-1697( 化学科共通 ) E-mail: nakajima@chem.keio.ac.jp 慶應義塾基礎科学 基盤工学インスティテュート (KiPAS) 研究員慶應義塾大学大学院理工学研究科専任講師渋田昌弘 ( しぶたまさひろ ) TEL:045-566-1708 E-mail: shibuta@sepia.chem.keio.ac.jp 本リリースの配信元慶應義塾広報室 ( 竹内 ) TEL:03-5427-1541 FAX:03-5441-7640 Email:m-koho@adst.keio.ac.jp http://www.keio.ac.jp/ 5/5