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という特殊な細胞から分泌されるルアーと呼ばれる誘引物質が分泌され 同種の花粉管が正確に誘引されます (Higashiyama et al., 2001, Science; Okuda, Tsutsui et al., 2009, Nature) モデル植物であるシロイヌナズナにおいてもルアーが発見さ

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図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

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解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

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平成 29 年 6 月 9 日 ニーマンピック病 C 型タンパク質の新しい機能の解明 リソソーム膜に特殊な領域を形成し 脂肪滴の取り込み 分解を促進する 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長門松健治 ) 分子細胞学分野の辻琢磨 ( つじたくま ) 助教 藤本豊士 ( ふじもととよし ) 教授ら

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研究背景 糖尿病は 現在世界で4 億 2 千万人以上にものぼる患者がいますが その約 90% は 代表的な生活習慣病のひとつでもある 2 型糖尿病です 2 型糖尿病の治療薬の中でも 世界で最もよく処方されている経口投与薬メトホルミン ( 図 1) は 筋肉や脂肪組織への糖 ( グルコース ) の取り

図 1. 微小管 ( 赤線 ) は細胞分裂 伸長の方向を規定する本瀬准教授らは NIMA 関連キナーゼ 6 (NEK6) というタンパク質の機能を手がかりとして 微小管が整列するメカニズムを調べました NEK6 を欠損したシロイヌナズナ変異体では微小管が整列しないため 細胞と器官が異常な方向に伸長し

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

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体状態を保持したまま 電気伝導の獲得という電荷が担う性質の劇的な変化が起こる すなわ ち電荷とスピンが分離して振る舞うことを示しています そして このような状況で実現して いる金属が通常とは異なる特異な金属であることが 電気伝導度の温度依存性から明らかにされました もともと電子が持っていた電荷やスピ

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KASEAA 52(1) (2014)

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2014/04/18 細胞間の すきま を密着させてバリアを制御する分子構造の解明 小さな小さなクローディン構造解析 ( Science: 発表日 :4 月 18 日 の解説資料 ) 研究成果の概要我々の身体は 上皮細胞が体表面や器官表面をシート状に覆う事により内と外を分け隔てることで内部の恒常性を保っていますが 上皮細胞は隣り合う細胞同士が密に接して タイトジャンクション (TJs) と呼ばれる細胞間接着構造体がベルト状に細胞外周を取り囲むことで細胞間を密着させています この TJs の中心となっている分子は クローディン と呼ばれる膜タンパク質ですが この分子がどのような構造をとって TJs を形成しているのかは 発見以来の謎でした 今回 名古屋大学細胞生理学研究センター (CeSPI) 大学院創薬科学研究科の藤吉好則特任教授 東京大学大学院理学系研究科の濡木理教授 大阪大学大学院生命機能研究科 医学系研究科の月田早智子教授らの共同研究グループは クローディン-15の構造を原子分解能で解明しました この構造解析により クローディンが細胞外に掌を向けたような構造を形成しており その掌が負電荷の表面を形成することで 正のイオンを選択的に透過しうることが理解されました さらに この分子が脂質膜中で数珠つなぎに並んだ構造を形成することが明らかになり 細胞間隙を通る ( パラセルラーの ) イオンなどの透過経路も予想する事ができました 今回明らかになった構造は 体表面や器官表面の細胞間をシールして多細胞の生命体の構築に重要な基本構造であり この分子が関わる病気の理解と共に 細胞間隙を経由した新規ドラッグデリバリー法の開発などが期待されます 研究成果の説明多細胞生物は 体表面および器官表面を上皮細胞と呼ばれるシート状の細胞でシールすることにより 体の内を外界の環境から守っています ( 図 1) 例えば 皮膚の表皮重層上皮 小腸の単層上皮細胞や血管の内皮細胞などにより覆われて 体内に個々の小区画を形成しています 図 1 身体を守る細胞のシート 我々の身体はいろいろな小区画に分けられて それぞれの器官が機能している そのような器官を分けている細胞シート ( 赤色の線で表示 ) の細胞間には TJs と呼ばれるベルト状のバリアが形成されている 赤色の線で示すような細胞シートが体表面や器官表面を覆うことによって 身体や器官が守られている なお 脳や肝臓は胃や腸などとは異なるシール構造をしている

上皮細胞シートがイオンや小分子に対する隔壁として機能するために 上皮細胞は上下の極性を持ち その側面には隣接する細胞間との複数の接着装置が存在します 例えば 小腸上皮細胞では細胞の外側 ( 小腸の管の側 : アピカル側 ) に近い細胞部分に TJs が形成されています ( 図 2) 図 2 小腸上皮細胞の電子顕微鏡像 ( 左 ) と 赤い枠で示した部分の拡大像 ( 右 ) 左の像には 3 細胞が観察されている 赤い矢印で示す様に 小腸上皮の細胞間には TJs と呼ばれるバリアが形成されている 上皮細胞の外に近いところ ( アピカル側 ) で 隣り合う細胞間を密に接着している 一般的にアピカル側から順に TJs アドヘレンスジャンクション(AJs) デスモソームと呼ばれる 3 種類の接着構造体が形成されており このうち AJs やデスモソームがマジックテープのように機械的な接着を担っているのに対して ジップロックのように細胞膜間を密着させて細胞と細胞の間の すきま をせばめ 物質の通過を制限するバリアとして機能するとともに イオン透過などを制御する場合があるのが TJs です TJs の存在自体は電子顕微鏡観察により古くから知られており 膜表面を観察すると TJ ストランドと呼ばれる網目状の構造が見られ この構造体が隣接する細胞の膜表面を近接させ 物質の通過を制限していると考えられていました ( 図 3) 図 3 TJs の模式図 ( 左 ) と小腸上皮細胞の凍結割断電子顕微鏡像 ( 右下 )

この TJ ストランドの基本骨格を構成する膜内在性タンパク質の分子実体は 古瀬 月田らによって 1998 年に同定され クローディン と名付けられました このクローディンは現在ではヒトやマウスにおいて 27 種類のメンバーが確認されており 組織ごとに異なるタイプのクローディンが複数種発現することにより 器官特異的なバリア機能を発揮する事ができると考えられています クローディン同士は TJs において同一膜平面内で線状に重合するとともに 隣接する細胞間で接着するというユニークな機能により TJ ストランドを形成しますが この分子がどのような形をしていて どのように重合しているのかは これまで全く明らかになっていませんでした 今回 名古屋大学と東京大学および大阪大学の共同研究グループは マウス由来のクローディンタンパク質の1つであるクローディン-15(Cldn15) を 特殊な脂質環境中で結晶化し 大型放射光施設 SPring-8 の X 線マイクロビームを利用して回折データを取得することにより その結晶構造を 2.4 Å 分解能で決定する事に成功しました ( 図 4) その結果 Cldn15 は幅約 3ナノメートル (30 Å) の大きさの分子であり 4 回膜貫通型のタンパク質として新規の折りたたみ構造を取っていました 特に 細胞外側の 2 つのループ領域がひと続きの シート構造を形成し それが 4 本ヘリックスバンドルからなる膜貫通領域にアンカーされている事が明らかになりました ( 図 4) 図 4 今回の研究で解析されたクローディンの構造 4 本の膜貫通へリックスが左巻きの束を形成しており 細胞外側の2つのループにより形成される5つの ストランドでシート状のドメイン構造が形成されている

クローディンはマウスやヒトではそれぞれの個性をもった27 種類の分子が存在することが知られています 今回解析した Cldn15 の構造を基にホモロジーモデルを計算すると 非常に良く似た構造を形成すると予想されます ( 図 5) 図 5 ホモロジーモデルによる他のクローディン分子の構造 良く保存されている部分を赤紫色で 保存されていない部分を水色で示す (Science の論文の Supplementary Figure S9 から改変して転載 ) この様な構造解析とホモロジーモデル計算の結果 Cldn15 単量体は 細胞外に掌を向けたような構造を取っており 掌部分は基本的に負に帯電していること そして Cldn10a の掌部分が正に帯電していることがわかりました ( 図 6) なお クローディンは 第一番目のループ部分 (ECS1) に W-L-W という配列と S-S 結合を形成する C-C の配列とが保存されています 図 6の薬指と小指の部分の黄色い線で S-S 結合を示しています S-S 結合は 3-4 のストランド部分の構造を安定化させ W-L-W の配列は掌部分の構造 ( シート構造 ) を 楔の様な働きで 4 本の膜貫通へリックスの束の中に挿入して安定化させています また 結晶中において Cldn15 は同じ向きで横一列に並んだ状態で配列しており その並びの中で隣接する分子間に見られる疎水的な相互作用の重要性が示唆されました 構造解析で観察された疎水的相互作用が 生体の中で見られる TJ ストランドの形成に関わっているか否かを確認するために カギになるアミノ酸に変異導入しフリーズフラクチャー法による電子顕微鏡観察から これらの疎水的相互作用が重要であることが確認されました

図 6 クローディンの構造解析により解明された細胞外側の2つのループにより形成される5つの ストランドは 掌 ( てのひら ) のような構造を形成するが 表面が負の ( 赤色の )Cldn15 はナトリウムイオンのような正のイオンを透過させる 一方 掌の表面が正に ( 青色に ) 帯電している Cldn10a では 塩素イオンのような負のイオンを透過させる この結果から 結晶中に見られる Cldn15 が同じ向きで横一列に並んだ構造は 隣接する細胞間では ベルト状に連なったクローディン分子同士が 掌表面を向かい合わせて結合し その距離や形状 電荷的環境に依存して細胞間隙にイオンや小分子を通したり 通さなかったりという制御が可能になっていると予想されます また その通り道も推測されます ( 図 7) 図 7 構造解析により解明された重合構造と予想されるイオンなどの通り道 Cldn15 の ストランドは 表面が負電荷を帯びており ナトリウムイオンのような正のイオンを透過させる その透過経路と考えられる部分を矢印と赤い点線のハーフパイプ状表面で示す

成果の要点で示す様に 今回の構造解析により初めて明らかになった TJ ストランドの基本単位としてのクローディンの構造は 今後 実際の生体内でのより高次の重合体構造を解析する基礎となると共に 多細胞生物の恒常性維持の根幹であるバリア機能についての理解を深め 新たな研究を促す事が期待されます

謝辞本研究は 科学研究費補助金 基盤研究 (S)( 課題番号 22227004 24227004) 基盤研究(A)( 課題番号 24247037) 新学術領域研究( 課題番号 23114507) 若手研究(B)( 課題番号 22770147) および文部科学省創薬等支援技術基盤プラットフォーム ならびに新エネルギー 産業技術総合開発機構 (NEDO) 医薬基盤研究所の支援を受けて行われました < 参考文献 > 小さな小さなクローディン発見物語 月田承一郎著 ( 羊土社 ) 成果掲載誌雑誌名 Science ( 発表日 :4 月 18 日 ) 論文タイトル Crystal structure of a claudin provides insight into the architecture of tight junctions 著者鈴木博視 1 西澤知宏 2,3 谷一寿 1 山崎裕自 4 田村淳 4 石谷隆一郎 2,3 堂前直 3 月田早智子 4 濡木理 2,3 1,5 藤吉好則 1. 名古屋大学細胞生理学研究センター 2. 東京大学理学系研究科 3. 独立行政法人理化学研究所 4. 大阪大学生命機能研究科 医学系研究科 5. 名古屋大学創薬科学研究科 DOI 番号 10.1126/science.1248571