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86 Kyushu Pl. Prot. Res. Vol. 63 九病虫研会報 63:86-90(2017) Kyushu Pl. Prot. Res. 63:86-90(2017) スワルスキーカブリダニの放飼に天敵増殖資材 バンカーシート R およびホソバヒメガマ花粉処理を組み合わせた場合のサヤインゲンのタバココナジラミに対する防除効果 1 松比良邦彦 ) 柿元一樹 1) 德永太蔵 1) 尾松直志 1)* 1) 井上栄明下田武志 2) 日本典秀 2) 森光太郎 3) 中島哲男 4) 平岡正 5) 6)** 蛯原直人 ( 1) 鹿児島県農業開発総合センター 2) 農研機構 中央農業研究センター 3) 石原産業 中央研究所 4) 石原バイオサイエンス 5) 大協技研工業 6) 大隅地域振興局農政普及課 ) Effectiveness against sweetpotato whitefly (Bemisia tabaci (Gennadius)) on kidney bean in greenhouse, of augmentative biological control with the predatory mite (Amblyseius swirskii Athias-Henriot) using sheltered slow-release sachet (Banker- Sheet ) followed by application narrow leaf cattail pollen (Typha angustifolia Linnaeus, Nutrimite TM ) as an enhancing method. Kunihiko Matsuhira 1), Kazuki Kakimoto 1), Taizo Tokunaga 1), Naoshi Omatsu 1)*, Hideaki Inoue 1), Takeshi Shimoda 2), Norihide Hinomoto 2), Koutaro Mori 3), Tetsuo Nakajima 4), Tadashi Hiraoka 5), and Naoto Ebihara 6)** ( 1) Kagoshima Prefectural Institute for Agricultural Development, Minamisatsuma, Kagoshima 899-3401, Japan. 2) Central Region Agricultural Research Center, NARO, Tsukuba, Ibaraki 305-8666, Japan. 3) Central Research Institute, Ishihara Sangyo Kaisha, Ltd, Kusatsu, Shiga 525-0025, Japan. 4) ISK. Biosciences K. K., Chiyoda-ku, Tokyo 102-0071, Japan. 5) Daikyo Giken-Kogyo Co., Ltd, Sagamihara, Kanagawa 252-0312, Japan. 6) Osumi Regional Agricultural Promotion and Advisory Division, Kanoya, Kagoshima 893-0011, Japan) 加温促成栽培のサヤインゲンにおけるタバココナジラミに対するスワルスキーカブリダニの防除効果は, ボトル剤やパック剤放飼では不安定である その要因として代替餌となり得る花粉生産がサヤインゲンでは乏しいことが関係すると考えられる そこで, 本研究ではスワルスキーカブリダニの放飼後の代替餌としてホソバヒメガマ花粉の供給効果を検討した結果, 本花粉散布によりスワルスキーカブリダニの定着数を高いレベルで維持できた さらに, スワルスキーカブリダニの放出期間がボトル剤やパック剤より長く, 資材内での増殖が期待できる天敵増殖資材 バンカーシート R による放飼に, ホソバヒメガマ花粉散布を組み合わせた場合のタバココナジラミに対する防除効果は高く, 本虫の加害で生じる白化莢の発生も抑制した Keywords : IPM, natural enemy, spider mite, insecticide resistance * ** * ** k-matsuhira@pref.kagoshima.lg.jp 現在大隅地域振興局農政普及課現在熊毛支庁屋久島事務所農林普及課 Present address: Osumi Regional Agricultural Promotion and Advisory Division, Kanoya, Kagoshima 893-0011, Japan Present address: Kumage Branch Office, Yakushima Office Agricultural and Forestry Promotion and Advisory Division, Yakushima, Kagoshima 891-4311, Japan 緒言鹿児島県におけるサヤインゲンは, 作付け面積が 405ha, 出荷量が3,470t であり, 福島県, 千葉県に次ぐ全国 3 位 ( 農林水産省,2017) の重要な野菜で, 県北から南西諸島にいたる県内各地で栽培されている 主要な作型は,10~11 月に播種し,12~5 月に収穫する促成施設栽培であり, 南西諸島以外では13~15 の加温栽培となっている サヤインゲンの加温栽培では, 栽培期間を通じてタバココナジラミが発生する 本種

九州病害虫研究会報 第 63 巻 87 は, 直接的な吸汁被害のみならず白化莢を発生させる ( 上門 大薗,2008) ため, 生産地では最も重要な害虫として位置づけられている サヤインゲンにおける本種の登録農薬数は十分ではなく, 収穫期の薬剤散布労力も負担となるため, 防除効果の持続性が高く省力的な天敵利用に対する生産者の期待が高い スワルスキーカブリダニは, 本種の有力な捕食性天敵である ( 柿元ら,2010) これまで, 生産地において本種のボトル剤やパック剤による放飼効果を試みた事例はあるが, 実用的な技術にまでは至っていない 本種の利用は, 本県ではピーマンで広く普及しているが, サヤインゲンに対する本種の定着および増殖量はピーマンに比べて低い このため, サヤインゲンのスワルスキーカブリダニ利用においては, 本種の定着や増殖を促進できるような技術が必要である スワルスキーカブリダニに対しては花粉も重要な餌資源である (Ali and Zaher, 2007; Avery et al., 2014; Nomikou et al., 2001; Swirski et al., 1967; Xiao et al., 2012) また, 代替餌としてのホソバヒメガマ花粉 (Nutrimite TM, 以下,NT 花粉 ) の処理は, スワルスキーカブリダニに対する定着数や増殖率の向上など, 本種を利用した生物的防除の強化手段として有効であることが知られており, 国外ではすでに実用化されている ( 下田, 2016) サヤインゲンの花粉は他の作物からみて非常に少なく ( 鈴木,1976), サヤインゲンの花粉が本種の餌として適性が低いことやサヤインゲンの花数の変動によって花粉の絶対量が変動することが, 本種のサヤインゲンにおける低い定着率および増殖率の要因として挙げられている ( 柿元, 投稿中 ) 我が国では近年, 新たな天敵放飼資材としてバンカーシート R ( 以下,BS) が実用化されている BS は耐水紙製で, 資材内部にパック剤と産卵用フェルト, 保湿資材を入れることにより, 化学農薬散布や散水等の不適環境から天敵が保護される また, 天敵が増殖する機能を有し, 長期間にわたり天敵が放出される特徴がある (Shimoda et al., 2017, 髙嶋,2017) そこで, 著者らは, サヤインゲンにおいて代替餌としての NT 花粉の供給がスワルスキーカブリダニの定着および増殖に及ぼす影響を明らかにするとともに, BS と NT 花粉を組み合わせた場合のサヤインゲンのタバココナジラミに対するスワルスキーカブリダニの防除効果を生産地圃場において評価した なお, 本研究は農林水産業 食品産業科学技術研究推進事業 (26070C いつでも天敵) の助成を得て実施されたものである 材料および方法 1. サヤインゲンのスワルスキーカブリダニに対する NT 花粉の散布効果 1) 試験時期 場所試験は,2015 年 11 月 ~2016 年 2 月に鹿児島県垂水市浜平の現地農家のビニールハウスで実施した 試験区は BS によるスワルスキーカブリダニ放飼のみの区 ( 以下, 花粉なし区 ) と, これに NT 花粉散布を組み合わせた区 ( 以下, 花粉あり区 ) を設け,250m2のビニールハウスを2 等分して設置した 2) 耕種概要両試験区とも供試品種はベストクロップキセラで, 播種は2015 年 10 月 23 日に行い, 節間伸長を図るためのジベレリン処理は11 月 10 日に行った 栽植密度は畦幅 180cm, 株間 30cm, 条間 60cm の2 条植え, ビニールマルチ栽培で, 肥培管理は農家慣行とした 調査期間中はスワルスキーカブリダニに影響のある薬剤を散布しなかった 3) スワルスキーカブリダニの放飼放飼は,11 月 24 日に,10a 当たり50,000 頭となるよう BS を20 株当たり1 箇所に設置した 本試験で用いた BS は保湿資材を使用しなかった 4)NT 花粉散布 NT 花粉は, スワルスキーカブリダニの放飼位置周辺に散粉器 ( マルハチ産業サンプラー 3350) を用い 1 回当たり10a 当たり50g を散布した 散布日は, 放飼日の11 月 24 日から1 月 5 日までは, ほぼ1 週間間隔で, それ以降はほぼ2 週間間隔で散布した 5) 調査方法調査は11~2 月にかけて実施し, 調査時期は1 月 5 日までは約 1 週間間隔で, それ以降は約 2 週間間隔とした スワルスキーカブリダニは, 任意の10 株について,1 株当たり上中下位別の3 複葉に認められた成若虫を見取り調査した 6) 試験条件試験期間中の温湿度をデータロガー ( ハイグロクロン,KN ラボラトリーズ ) により1 時間ごとに記録した 温度は最高 36.0, 最低 13.5, 平均 18.8 であった 1 時間ごとの温度の平均値で見ると,11 月が最も高く19.8 であり,12 月に19.2,1 月に18.1 と低下した後,2 月は再び上昇し19.1 となった 相対湿度は最高 96.7% RH, 最低 21.6% RH, 平均 80.5% RH であった

88 Kyushu Pl. Prot. Res. Vol. 63 2. スワルスキーカブリダニの放飼と NT 花粉処理を組み合わせた場合のタバココナジラミに対する防除効果 1) 試験時期 場所試験は,2016 年 12 月 ~2017 年 4 月に鹿児島県垂水市浜平のビニールハウスで実施した 試験区は,BS によるスワルスキーカブリダニの放飼と NT 花粉処理を組み合わせた区 ( 以下, スワル BS 区 ) と慣行防除区を設けた 試験区の規模は, スワル BS 区は1,250m2のビニールハウスのうち500m2とし, 慣行防除区はスワル BS 区から約 100m 離れた別棟のビニールハウス 1,000m2とした 2) 耕種概要供試品種は両区ともにベストクロップキセラで, スワル BS 区の播種は2016 年 11 月 4 日, 節間伸長を図るためのジベレリン処理は11 月 19 日に行った 慣行防除区の播種は2016 年 11 月 8 日, ジベレリン処理は11 月 24 日に行った 両区とも栽植密度は畦幅 120cm, 株間 40cm の1 条植えのビニールマルチ栽培で, 肥培管理は農家慣行とし, 播種時に初期害虫密度を低くするためのイミダクロプリド粒剤処理,11 月 30 日にはエマメクチン安息香酸塩乳剤によるリセット防除を実施した なお, 天敵放飼後における薬剤散布履歴を第 1 表に示した 3) スワルスキーカブリダニの放飼放飼は, エマメクチン安息香酸塩乳剤の影響が小さくなったと思われた2016 年 12 月 10 日に行った 放飼量は10a 当たり50,000 頭となるよう BS を20 株当たり1 箇所に設置した 本試験で使用した BS には,BS 設置時に保湿資材として吸水性ポリマー ( 商品名ジュエルポリマーパール, 大創産業 製 ) を1 個の BS 当たり5 個投入した 4)NT 花粉散布 NT 花粉はスワルスキーカブリダニの放飼位置の周辺に, 前述の試験 1と同じ散粉器で1 回当たり10a 当たり50g を散布した 散布日は, 放飼日の12 月 10 日, 12 月 24 日,1 月 6 日,1 月 21 日,2 月 5 日および2 月 17 日の6 回散布した 5) 調査方法調査は12~4 月にかけて約 1 週間間隔で行い, 任意の20 株を対象に,1 株当たり上中下位別の3 複葉に認められたカブリダニ成若虫とタバココナジラミ成虫数を見取り調査した 6) 試験条件温湿度は試験 1と同様に記録した 試験期間中の温度は最高 35.5, 最低 9.0, 平均 18.2, 相対湿度は最高 98.4% RH, 最低 26.3% RH, 平均 84.6% RH であり, 試験 1とほぼ同様な条件であった 3. 統計処理 NT 花粉の処理がサヤインゲンのスワルスキーカブリダニの個体数に及ぼす影響を評価するため, 反復測定のある枝分かれ2 元配置分散分析により解析した 解析は, 複葉当たりのスワルスキーカブリダニ成若虫数に0.5を加算して対数変換した値を応答変数とし, 説明変数は花粉処理の有無, 反復測定因子である調査 第 1 表 スワルスキーカブリダニ放飼後の薬剤散布歴 試験区名散布月日散布薬剤名対象病害虫 慣行防除区 12 月 11 日エマメクチン安息香酸塩乳剤 + フルフェノクスロン乳剤マメハモグリバエ 12 月 25 日クロラントラニリプロール水和剤 + フルジオキソニル水和剤マメハモグリバエ, 菌核病, 灰色かび病 1 月 31 日ピリフルキナゾン水和剤 + フルジオキソニル水和剤タバココナジラミ, 菌核病, 灰色かび病 2 月 28 日ジノテフラン水溶剤 + ベンチオピラド水和剤タバココナジラミ, 菌核病, 灰色かび病 3 月 28 日ジノテフラン水溶剤 + エマメクチン安息香酸塩乳剤タバココナジラミ, ミナミキイロアザミウマ 4 月 1 日アゾキシストロビン水和剤菌核病, 灰色かび病 スワル BS 区 12 月 25 日クロラントラニリプロール水和剤 + フルジオキソニル水和剤マメハモグリバエ, 菌核病, 灰色かび病 3 月 27 日ジノテフラン水溶剤タバココナジラミ 4 月 16 日フェンピロキシメート水和剤カンザワハダニ

九州病害虫研究会報 第 63 巻 89 日は変量効果とした 統計処理にあたっては JMP12 (SAS Institute Inc., 2015) を用いた 結果および考察 NT 花粉の処理がスワルスキーカブリダニの個体数に及ぼす影響を第 1 図に示した スワルスキーカブリダニの個体数は, 放飼 8 日後では処理区間に差がなく同等であったが,14 日後から34 日後までは処理区間で3~4.4 倍の個体数の差が認められた 花粉あり区および花粉なし区における本種個体数には有意な差が認められた (df=1, F=45.5, p<0.0001) タバココナジラミの複葉当たり老齢幼虫数は, スワルスキーカブリダニの放飼日から放飼 42 日後までは両処理区で差がなく,0.3 頭以下の低密度で推移した 放飼 56 日後は最も密度が高まり, 花粉あり区が1.5 頭, 花粉なし区が1.8 頭となった 放飼 70 日後には花粉あり区が1.3 頭, 花粉なし区が0.8 頭と再び密度が低下し, 調査期間を通じてタバココナジラミの発生は低密度で推移した このことから, 本試験におけるスワルスキーカブリダニの差は餌となるタバココナジラミの発生に影響されたのではなく, 代替餌の NT 花粉処理による効果であると考えられた したがって, NT 花粉処理は, 本種の個体群増殖に有効であることが示された ただし, 放飼 42 日後以降になると両区における本種個体数の差は小さくなった このことは, 本種の花粉処理による増殖促進効果の持続性には限界があることを示唆している 本種をピーマンで利用した場合でも, 本種は大きな一山型のピークを形成して, 以後一定個体数のまま推移するが, この要因については判然としていない ( 柿元ら,2010) 本種のこのような特徴は, 本報告の結果を見る限り餌不足による影響とは考えにくく, 施設内気温の影響や個体間の干渉作用等の影響が考えられる サヤインゲンにおける BS によるスワルスキーカブリダニの放飼と NT 花粉処理が本種の増殖およびタバココナジラミへの防除効果に及ぼす影響を第 2 図に示した 慣行防除区でのタバココナジラミの発生は,12 月下旬,1 月下旬,2 月下旬,3 月下旬および4 月中旬の計 5 回のピークを示し,4 月中旬の密度は複葉当たり7 頭に達した また, これに伴い同時期には白化莢の発生が確認された 一方, スワル BS 区のタバココナジラミは,1 月上旬から徐々に密度が増加したものの, 調査期間を通じて複葉当たり3 頭以下で推移し, 白化莢の発生も認められなかった スワルスキーカブリダニの定着は放飼 10 日後 (12 月 17 日 ) から認められ, 放飼後 2 週間から1ヶ月にかけて大きなピークを形成 複複葉葉当当たたりりタカバブコリコダナニジ成ラ若ミ虫成虫数(頭)数(頭)調査月日 第 1 図 サヤインゲンにおけるスワルスキーカブリダニの個体数に与えるホソバヒメガマ花粉 (Nutrimite TM ) 散布の影響. は NT 花粉の散布時期を示す. エラーバーは SE を示す. スワルスキーカブリダニ放飼日は2015 年 11 月 24 日. 第 2 図 スワルスキーカブリダニのバンカーシートによる放飼にホソバヒメガマ花粉 (Nutrimite TM ) を組み合わせた場合のサヤインゲンにおけるタバココナジラミの密度抑制効果. はNT 花粉の散布時期を示す. エラーバーは SE を示す. はタバココナジラミへの薬剤散布時期を示す. スワルスキーカブリダニ放飼日は2016 年 12 月 10 日.

90 Kyushu Pl. Prot. Res. Vol. 63 した その後, 密度はなだらかに減少していくパターンを示し, これは試験 1と同様の傾向であった 慣行防除区では, タバココナジラミの発生後, 本種に対して3 回の殺虫剤を散布した ( 表 1) 一方, スワル BS 区ではタバココナジラミに対する殺虫剤散布は1 回であった 以上の結果から,BS によるスワルスキーカブリダニ放飼と NT 花粉処理の組み合わせによって, 3 月下旬までタバココナジラミを低密度に抑制することができた なお, 現地圃場においては, これまでボトル剤やパック剤放飼によるスワルスキーカブリダニの効果試験が実施されてきた しかし, 過去の事例では1 月以降にスワルスキーカブリダニ個体数が減少することによって栽培終了まで十分な効果を得ることができなかった ( 蛯原, 私信 ) 本試験は現地と同様の試験条件であったことから, 過去の事例と比較する限り, 栽培期間を通じたタバココナジラミ密度の抑制は, スワルスキーカブリダニの BS による放飼と NT 花粉処理による効果であると推察される 本効果をより明確に示すために, 今後, スワルスキーカブリダニの放飼のみを行った区との比較が必要である サヤインゲンにおいては, タバココナジラミに対して有効な殺虫剤は少ない したがって, サヤインゲンでのタバココナジラミに対する天敵利用技術は今後益々重要な防除手段となるだろう スワルスキーカブリダニの増殖に対して BS および NT 花粉処理のどちらの影響が大きかったかについては, 本試験の結果のみでは特定できない この点については今後の検討が必要である またスワル BS 区では, 栽培期間のごく後半になってハダニ類が発生し, 殺ダニ剤の散布が必要になった 現状でサヤインゲンにおいてスワルスキーカブリダニと併用可能な殺ダニ剤は登録されていない したがって, 今後のスワルスキーカブリダニの利用にあたっては, 栽培後半で問題となるハダニ類への対策も検討する必要がある 引用文献 Ali, F. S. and M. A. Zaher (2007) Effect of food and temperature on the biology of Typhlodrompis swirskii (Athias-Henriot) (Acari: Phytoseiidae). Acarines 1: 17-21. Avery, P. B., V. Kumar, Y. F. Xiao, C. A. Powell, C. L. McKenzie and L. S. Osborne (2014) Selecting an ornamental pepper banker plant for Amblyseius swirskii in floriculture crops. Arth.-Pl. Interac. 8: 49-56. 柿元一樹 中尾知子 小山只勝 田代啓一郎 小濱美弘 山本希枝 大野和朗 (2010) ここまでわかったスワルスキー. バイオコントロール14(1): 29-48. 上門隆洋 大薗正史 (2008) タバココナジラミバイオタイプQによるサヤインゲン白化莢の発生. 九病虫研会報 54: 109-111. 農林水産省 (2017) 野菜生産出荷統計 http://www. e-stat.go.jp/sg1/estat/list.do?lid=000001164543 (2017 年 4 月 16 日アクセス確認 ). Nomikou, M., A. Janssen, R. Schraag and M. W. Sabelis (2001) Phytoseiid predators as potential biological control agents for Bemisia tabaci. Exp. Appl. Acarol. 25: 271-291. SAS Institute (2015) JMP Statistics and Graphics Guide, version 12. SAS Institute, Cary, NC. 鈴木芳夫 (1976) 農業技術体系野菜編 10, マメ類 イモ類 レンコン. 農文教 ( 東京 ): 基 67. 下田武志 (2016) 新たな天敵増殖資材 バンカーシート. 天敵活用大事典,( 農文教編 ), 農文教 ( 東京 ):pp. 技術 32-33. Shimoda, T., Y. Kagawa, K. Mori, H.Hinomoto, T. Hiraoka, and T. Nakajima(2017)A novel method for protecting slow-release sachets of predatory mites against environmental stresses and increasing predator release to crops. BioControl :(DOI10.1007/s10526-017-9800-5). https://link. springer.com/article/10.1007/s10526-017-9800-5(2017 年 6 月 12 日アクセス確認 ). Swirski, E., S. Amitai and N. Dorzia (1967) Laboratory studies on the feeding, development and reproduction of the predaceous mites Amblyseius rubini Swirski and Amblyseius swirskii Athias (Acarina: Phytoseiidae) on various kinds of food substances. Israel J. Agric. Res. 17: 101-119. 髙嶋庸平 (2017) 天敵保護装置 バンカーシート R を用いた新たな IPM 技術. 植物防疫 71: 187-195. Xiao, Y. F., P. Avery, J. J. Chen, C. McKenzie and L. Osborne (2012) Ornamental pepper as banker plants for establishment of Amblyseius swirskii (Acari: Phytoseiidae) for biological control of multiple pests in greenhouse vegetable production. Biol. Control 63: 279-286. (2017 年 4 月 30 日受領,8 月 4 日受理 )