企業と発明 (2004 年 11 月号 ) 掲載 ( 社団法人発明協会大阪支部発行 ) 米国における特許権侵害を日本の裁判所で判断した事例 Ⅰ 平成 15 年 10 月 16 日東京地裁平成 14 年 ( ワ ) 第 1943 号 ( サンゴ砂事件 ) レクシア特許法律事務所 弁護士 弁理士山田威一郎 Ⅰ はじめに近年 経済活動のグローバル化 ボーダレス化が進展する中で 企業にとっては世界的な特許戦略の構築が急務の課題となっており 特許紛争も国際化の傾向が顕著である こうした中で昨年 10 月に東京地裁から出された本判決は 米国における特許権侵害の成否につき我が国の裁判所が具体的な判断を下した最高裁 下級審を通じて初めての判決であり 実務上 重要な意味を持つ 本稿では 本判決における国際裁判管轄 準拠法についての考え方を紹介した上で 外国における特許権侵害を日本の裁判所で争うことの可否 利害得失について検討を加える 米国特許権侵害の具体的判断の部分については 次号 (12 月号 ) で立花顕治弁理士 ( 米国研修中 ) が解説を加える予定である し 米国にも輸出 販売していた 同じく日本法人であるY( 被告 ) は サンゴ砂を利用した健康増進のための組成物等の発明について米国特許権を有しており Xの米国での大口取引先 H 社 (X 製品にビタミン類などを混合したカルシウム健康食品を米国で販売していた ) に対し X 製品およびH 社製品はYの特許権を侵害するものであること Yとしては米国での訴訟提起の用意があること等を主張する警告書を送った この警告を受けて XはH 社との取引ができなくなった そこで XはYに対し 1 米国における Xに対する差止請求権の不存在確認 2X の取引先に対しX 製品の販売行為がYの米国特許権を侵害する旨の警告をすることの差止 3 米国におけるXの取引先に対する差止請求権の不存在確認 4Xの取引先に 対し同社による X 製品の販売行為が Y の米 Ⅱ 事実の概要日本法人であるX( 原告 ) は 日本国内で造礁サンゴ化石を粉砕したサンゴ化石微粉末を製造し これを健康食品として販売 国特許権を侵害する旨の警告をすることの差止 5 虚偽事実の告知 流布についての損害賠償を求めて東京地裁に訴えを提起した 1
これに対し Yは 我が国の国際裁判管轄の不存在 訴えの利益の不存在 原告製品は被告米国特許を侵害するものであることを主張して争った 年 ( オ ) 第 764 号同 8 年 6 月 24 日第二小法廷判決 民集 50 巻 7 号 1451 頁 最高裁平成 5 年 ( オ ) 第 1660 号同 9 年 11 月 11 日第三小法廷判決 民集 51 巻 10 号 4055 頁参照 ) Ⅲ 判決要旨請求 1(X への差止請求権不存在確認 ) 請求 24( 営業誹謗行為の差止 ) は認容 請求 5( 損害賠償 ) は一部認容 請求 3( 取引先への差止請求権不存在確認 ) は訴えの利益を認めず却下 (1) まず 国際裁判管轄について以下のように述べる 国際裁判管轄については 国際的に承認された一般的な準則が存在せず 国際慣習法の成熟も十分ではないため 具体的な事案について我が国に国際裁判管轄を認めるかどうかは 当事者間の公平や裁判の適正 迅速の理念により条理に従って決定するのが相当である そして 我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき 我が国の民事訴訟法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内に存する場合には 我が国において裁判を行うことが当事者間の公平 裁判の適正 迅速の理念に反するような特段の事情が存在しない限り 当該訴訟事件につき我が国の国際裁判管轄を肯定するのが相当である ( 最高裁昭和 55 年 ( オ ) 第 130 号同 56 年 10 月 16 日第二小法廷判決 民集 35 巻 7 号 1224 頁 最高裁平成 5 そして これを本件についてみるに 被告は我が国内に本店を有する日本法人であり 被告の普通裁判籍が我が国内に存するものであるから ( 民訴法 4 条 4 項 ) 上記のような特段の事情のない限り 我が国の国際裁判管轄を肯定するのが相当である 被告は 特許権については属地主義が適用されることを挙げて 上記の各請求に係る訴えについては 我が国の国際裁判管轄が否定される旨を主張する しかしながら 特許権の属地主義の原則とは 各国の特許権が その成立 移転 効力等につき 当該国の法律によって定められ 特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味するものであり ( 最高裁平成 7 年 ( オ ) 第 1988 号同 9 年 7 月 1 日第三小法廷判決 民集 51 巻 6 号 2299 頁 ) 特許権の実体法上の効果に関するものであって 特許権に関する訴訟の国際裁判管轄につき言及するものではない 特許権に基づく差止請求は 私人の財産権に基づく請求であるから 通常の私法上の請求に係る訴えとして 上記の原則に従い 我が国の国際裁判管轄を肯定すべきかどうかを判断すべきものであり 被告の普 2
通裁判籍が我が国に存する場合には 我が国の国際裁判管轄が肯定されるものである たしかに 特許権については その成立要件や効力などは 各国の経済政策上の観点から当該国の法律により規律されるものであって その限度において当該国の政策上の判断とかかわるものであるが その点は 差止請求訴訟における準拠法を判断するに当たって考慮されるものであるにしても 当該特許権の登録国以外の国の国際裁判管轄を否定する理由となるものではない ( 最高裁平成 12 年 ( 受 ) 第 580 号同 14 年 9 月 26 日第一小法廷判決 民集 56 巻 7 号 1551 頁参照 ) なお 特許権の成立を否定し あるいは特許権を無効とする判決を求める訴訟については 一般に 当該特許権の登録国の専属管轄に属するものと解されている 特許権に基づく差止請求訴訟においては 相手方において当該特許の無効を抗弁として主張して特許権者の請求を争うことが 実定法ないし判例法上認められている場合も少なくないが このような場合において 当該抗弁が理由があるものとして特許権者の差止請求が棄却されたとしても 当該特許についての無効判断は 当該差止請求訴訟の判決における理由中の判断として訴訟当事者間において効力を有するものにすぎず 当該特許権を対世的に無効とするものではないから 当該抗弁が許容されていること が登録国以外の国の国際裁判管轄を否定する理由となるものではなく 差止請求訴訟において相手方から特許無効の抗弁が主張されているとしても 登録国以外の国の裁判所において当該訴訟の審理を遂行することを妨げる理由となるものでもない 本件は 米国特許権に基づく差止請求権の存否が争われている事案であるところ 米国においては 差止請求訴訟において相手方が特許無効を抗弁として主張することができることが 法律に明文で規定されているものであるが ( 米国特許法 282 条 (2) 項 ) 当該訴訟における特許無効の判断により 当該特許が直ちに対世的に無効となるものではない 本件は 特許権に基づく差止請求の不存在確認請求訴訟であり いわゆる消極的確認訴訟であるが 差止請求訴訟について述べた上記の点は 同様に妥当するものである また 原告による米国内における原告製品の販売につき 被告が本件米国特許権に基づいて差止請求訴訟を提起する場合については 相手方である原告の本店所在地である我が国か あるいは特許権の登録国であり侵害行為地でもある米国に国際裁判管轄を認め得るものと解されるが 特許権者たる被告の本店が我が国に存すること等に照らせば 被告が我が国において本件訴訟に応訴することが 米国において差止請求 3
訴訟を提起して追行することに比して 不利益を被る事情が存在するとは認められない この点に照らせば 本件は 被告による差止請求訴訟の提起に先んじて 原告から差止請求権不存在確認訴訟を我が国において提起したものであるが 原告が本件訴訟の提起により我が国の国際裁判管轄を不当に取得したということもできない 以上によれば 本件においては 被告の普通裁判籍が我が国内に存するものであり 我が国において裁判を行うことが当事者間の公平 裁判の適正 迅速の理念に反するような特段の事情も存在しないから 我が国の国際裁判管轄を肯定すべきものである (2) 次に 原告製品の販売が本件米国特許権を侵害するかどうかを判断する上での準拠法について 以下のように述べる 米国特許権に基づく差止請求は 被害者に生じた過去の損害のてん補を図ることを目的とする不法行為に基づく請求とは趣旨も性格も異にするものであり 米国特許権の独占的排他的効力に基づくものというべきであるから その法律関係の性質は特許権の効力と決定すべきである 特許権の効力の準拠法については 法例等に直接の定めがないから 条理に基づいて決定すべきところ 1 特許権は 国ごとに出願及び登録を経て権利として認められるものであり 2 特許権について属地主義の原則を採用す る国が多く それによれば 各国の特許権がその成立 移転 効力等につき当該国の法律によって定められ 特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められるとされており 3 特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められる以上 当該特許権の保護が要求される国は 登録された国であることに照らせば 特許権と最も密接な関係があるのは 当該特許権が登録された国と解するのが相当であるから 当該特許権と最も密接な関係がある国である当該特許権が登録された国の法律によると解するのが相当である ( 最高裁平成 12 年 ( 受 ) 第 580 号同 14 年 9 月 26 日第一小法廷判決 民集 56 巻 7 号 1551 頁参照 ) したがって 請求の趣旨第 1 項の請求については 米国特許法が準拠法となる (3) そして 特許権侵害の成否については 米国特許法に基づき 原告製品は被告特許の文言侵害にも均等侵害にも該当しないと述べ 被告が 原告の米国内の取引先に対して 特許権侵害の警告をした行為は 不正競争防止法 2 条 1 項 14 号所定の不正競争行為 ( 営業誹謗行為 ) に該当すると判断している Ⅳ 本判決についての考察 1. 国際的な私法関係をめぐる紛争を規律するための枠組本件のように国際的な私法関係をめぐる 4
紛争が我が国の裁判所に提起された場合 まず 我が国の裁判所が当該事件の裁判管轄権を有するかが問題となる そして次に 当該事案に適用されるべき法律はいずれの国の法律かを決定する必要がある 前者が国際裁判管轄権の問題であり 後者が準拠法の問題である 国際裁判管轄の問題と準拠法の問題は各々別個の問題であり 日本の裁判所において外国法が適用されることも往々にして起こりうる 樹 外国特許権侵害の国際裁判管轄 日本工業所有権法学会年報 21 号 59 頁 ) いかなる場合に 我が国の国際裁判管轄を認めるべきかについては 特許権侵害訴訟も財産権関連訴訟の一類型にすぎない以上 原則として 財産関連事件についての国際裁判管轄についての一般的な管轄ルールが妥当すると考えてよい 我が国における財産関連事件の国際裁判管轄の決定基準については 学説上 逆推知説 ( 国際裁判 管轄は 民事訴訟法上の土地管轄に関する 2. 我が国の裁判所に訴訟を提起することが可能か ( 国際裁判管轄 ) 外国特許権侵害訴訟の国際裁判管轄について 古くは 属地主義の原則を理由にこれを否定する見解が有力であった ( 豊崎光衛 工業所有権法 ( 新版 増補 ) 法律学全集 (1980 年 )37 頁参照 ) しかし 現在では属地主義の原則は実体法上の権利の効力に関する原則であり国際裁判管轄を否定する根拠にはならないとして 外国特許権侵害訴訟につき我が国の裁判管轄を肯定する見解が通説となっている ( 田中徹 外国特許権侵害の裁判管轄権と法令 11 条 2 項 ジュリスト215 号 94 頁 紋谷鴨男 知的財産の法的保護 国際私法の争点 ( 新版 )560 頁 山田鐐一 国際私法 38 8 頁 高部眞規子 特許権侵害訴訟と国際裁判管轄 牧野利秋判事退官記念論文集 知的財産権法と現代社会 125 頁 茶園成 規定から逆に推知するほかはなく 民事訴訟法の規定する裁判籍が日本国内に存在する場合には 我が国の国際裁判管轄を肯定する考え方 ) と管轄配分説 ( 国際裁判管轄の問題を国際社会における裁判機能の分配の問題ととらえ 国際的配慮に基づいて民事訴訟法の土地管轄の規定に修正を加え 国際民事訴訟法独自の国際裁判管轄の規範を確立すべきであるとの考え方 ) の対立があるが 最判昭和 56 年 10 月 16 日民集 35 巻 7 号 1224 頁 ( マレーシア航空事件 ) は逆推知説を採用している その後 最判平 9 年 11 月 11 日民集 51 巻 10 号 4055 頁は 我が国で裁判を行うことが当事者間の公平 裁判の適正 迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には 我が国の国際裁判管轄を否定すべきである と判示し 逆推知説に一定の修正を加えている ( 修正逆推知説 ) 本判決は 5
我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき 我が国の民事訴訟法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内に存する場合には 我が国において裁判を行うことが当事者間の公平 裁判の適正 迅速の理念に反するような特段の事情が存在しない限り 当該訴訟事件につき我が国の国際裁判管轄を肯定するのが相当である と述べ 前記判例の枠組で本件の国際裁判管轄を判断すべきとしている そして その上で 被告が日本国内に本店を有する日本法人であり 被告の普通裁判籍が日本国内に存すること 我が国において裁判を行うことが当事者間の公平 裁判の適正 迅速の理念に反するような特段の事情も存在しないことを理由 求 損害賠償請求ともに法令 11 条により不法行為地法が準拠法になるとの見解 3 差止請求については特許権の効力の問題であり保護国法が準拠法になり 損害賠償請求については法令 11 条により不法行為地法が準拠法になるとの見解の対立があるが 外国特許権が当該外国で侵害された事案については 権利の保護国と不法行為地国とが一致するため いずれの説を採ったとしても結論に影響はない 本判決は 3の見解を採った最高裁平成 14 年 9 月 26 日第一小法廷判決民集第 56 巻 7 号 1551 頁 ( カードリーダー事件 ) に従い 権利保護国法たる米国法を準拠法としている に 我が国の国際裁判管轄を肯定している かかる判断は 前記の通説的見解によった ものであり 学説の立場からも支持しうる ものである 4. 本件における実体的判断 前述した国際裁判管轄 準拠法の議論を 受けて 本件では 原告製品が被告の米国 特許を侵害するか否かの判断がなされてお 3. 外国特許権侵害訴訟につきどこの国の法が適用されるか ( 準拠法 ) 外国特許権が当該外国で侵害された場合に当該外国の特許法が準拠法として適用されることについては学説上も争いはなく 当然の帰結として受け入れられている 外国特許権侵害事件についての適用法規の決定方法については 1 属地主義の原則を根拠に特許権の効力に関する問題には保護国法が適用されるとする見解 2 差止請 り 結論としては文言侵害にも均等侵害にも該当しないとの判断がなされている ( この点の解説は次号に譲る ) そして その上で 被告が原告の取引先に対し特許権侵害の警告を送った行為が不正競争防止法 2 条 1 項 14 号所定の不正競争行為 ( 営業誹謗行為 ) に該当するとの判断がなされている 取引先への特許権侵害警告が客観的事実に反して行われた場合 ( すなわち 特許権侵害に該当しなかった 6
場合 ) 当該警告は営業誹謗行為に該当するというのが今日までの裁判例の基本的立場であり ( 東京地判昭和 47 年 3 月 17 日 フイゴ履事件 判タ278 号 374 頁 大阪地判昭和 49 年 9 月 10 日 チャコピー事件 無体集 6 巻 2 号 217 頁 ) 本判決は従来の裁判例に沿った妥当な判断であるといえよ 企業の場合 原告が日本で訴訟を提起することを認めるとは考えにくいため 合意管轄 応訴管轄が認められる事例は稀であろう そのため 実際に我が国に国際裁判管轄が認められるのは 主に日本企業同士の争いと考えてよい ( 本件も日本法人同士の争いである ) う 2. 差止請求についても我が国の裁判管轄 Ⅴ 特許権侵害訴訟の国際裁判管轄に関する今後の課題 1. どのような場合に我が国の裁判管轄が認められるか本判決は 一般の財産関連訴訟における管轄ルールが特許権侵害訴訟にも適用されることしたが これによると 被告が日本に住所または主たる営業所を有する場合 ( 民訴法 4 条 ) のほか 合意管轄 ( 民訴法 11 条 ) 応訴管轄( 民訴法 12 条 ) が認められる場合に我が国の国際裁判管轄が肯定されることになる 不法行為地管轄 ( 民訴法 5 条 9 号 ) については不法行為地が外国となるため適用の余地はなく 義務履行地管轄 ( 民訴法 5 条 1 号 ) については原告の所在地が日本であることのみをもって損害賠償の義務履行地である日本に管轄を認めることには消極的な見解が有力である ( 前掲高部 特許権侵害訴訟と国際裁判管轄 ) 被告が日本に何らの拠点も有さない外国 は認められるか前述した通り 外国の特許権侵害についても我が国の裁判管轄を肯定するのが現在の通説的見解であり 本判決の考えでもあるが 差止請求訴訟について我が国の裁判管轄を認めてよいかについては 依然として学説上の対立がある 否定説は 我が国の裁判所が外国における差止の是非を判断することは当該国の主権を侵害することになるとの理由で外国における差止請求の可否については我が国の裁判所は判断できないとする ( 前掲高部 特許権侵害訴訟と国際裁判管轄 ) これに対し 肯定説は 我が国の裁判所の判断は外国における特許法に従い外国でも禁止される行為だけであり また執行法上の効果も当然に外国に及ぶものではないから 差止請求を認めても外国主権を侵害することにはならないとする ( 前掲田中 外国特許権侵害の裁判管轄権と法令 11 条 2 項 前掲茶園 外国特許権侵害の国際裁判管 7
轄 ) 学説上は 肯定説が多数であり 本判決も差止請求訴訟の裁判管轄を肯定することを当然の前提としている しかし 東京地裁の高部判事が前記論文の中で否定説をとっていることもあり 今後の判例の展開が注目される としても差し控えるべきとの見解 ( 前掲高部 特許権侵害訴訟と国際裁判管轄 ) が真っ向から対立している この点 本判決は 権利無効の抗弁が提出される可能性があることが我が国の国際裁判管轄を否定する根拠になるかとのコンテクストにおいて 抗弁が理由があるも のとして特許権者の差止請求が棄却された 3. 権利無効の抗弁の扱い我が国では 最判平成 12 年 4 月 11 日民集 54 巻 4 号 1368 頁 ( キルビー事件 ) により 無効理由が存在することが明らかな特許権に基づく権利行使は権利の濫用に当たるとされたが 諸外国においても特許権侵害訴訟において権利無効の抗弁を認める国が多い そこで 我が国で提起された外国特許の侵害事件について権利無効の抗弁が提出された場合に 裁判所が権利の有効性の判断をすることができるかが問題となる 特許の有効性の判断は登録国の専属管轄であるとの考えが国際的にも一般的であり 我が国でも通説であるが 特許権侵害訴訟で権利無効の抗弁が提出された場合 侵害訴訟の管轄裁判所はそれにつき判断を としても 当該特許についての無効判断は 当該差止請求訴訟の判決における理由中の判断として訴訟当事者間において効力を有するものにすぎず 当該特許権を対世的に無効とするものではないから 当該抗弁が許容されていることが登録国以外の国の国際裁判管轄を否定する理由となるものではなく 差止請求訴訟において相手方から特許無効の抗弁が主張されているとしても 登録国以外の国の裁判所において当該訴訟の審理を遂行することを妨げる理由となるものでもない と述べており ( 実際に権利無効の抗弁の成否が判断されたわけではない ) 権利の有効性についても侵害訴訟の先決問題としてであれば審理可能であるとの考えをとっているものと理解できる しなくてはならなくなるため 両国の判断 の抵触が問題となるのである 学説では 権利無効の抗弁についても審理可能であるとする見解 ( 前掲茶園 外国特許権侵害の国際裁判管轄 ) と権利の有効性の判断は侵害判断の先決問題であった 4. 我が国に訴訟を提起することが有効なのはどうような場合か (1) 判決の承認 執行の手続外国における特許権を侵害する相手方が日本に住所または主たる営業所を有する場 8
合 特許権者としては 侵害訴訟を権利保護国で提起するか 日本で提起するかの選択権を持つ そこで 特許権者としては いかなる場合に 我が国で訴訟を提起することが効果的かを十分に検討する必要がある この問題を考えるにあたっては まず 外国判決の承認 執行の手続を理解しておく必要がある 判決の効力は 原則として 判決がなされた国の国内のみに及び 外国判決を執行するためには 執行を行う国で外国判決の承認 執行を求める必要がある 例えば 我が国の裁判所で外国特許に基づく侵害品の差止判決が出された場合 侵害国での差止の執行を行うためには侵害国で我が国の判決の承認を受け 執行の手続をとらなくてはならない また 損害賠償を命ずる判決が出された場合 被告が我が国に保有する財産については判決を債務名義として強制執行が可能であるが 被告が外国で保有する財産について強制執行を行うためにはやはり執行を行う国での判決の承認を受け 執行の手続をとる必要がある 外国判決の承認 執行の手続は国によってまちまちであるが 国際間の礼譲 手続の重複の回避等の観点から 外国判決の内容に踏み込んだ審査はなされないのが一般的である (2) 外国での差止を求める訴訟を日本に提起する意義外国における侵害行為の差止を認める判決を我が国の裁判所で得たとしても 当該外国でこれを執行するためには 当該外国で判決の承認を受け 執行の手続をとらなくてはならない また 我が国で訴訟を提起する場合には 我が国の裁判所が当該国の法規 判例等を調査適用する能力があるかどうかを十分に考慮する必要がある 米国特許法のように 情報の豊富な法規については裁判所の的確な判断を期待できるだろうが それ以外の場合 ( 例えばアフリカや南米の国の特許権侵害事件 ) には 我が国の裁判所の調査判断能力を越える場合もあり かえって紛争の長期化 複雑化を招く危険性があるので注意が必要である 訴訟を提起する特許権者としては 上記の点を十分に踏まえた上で 訴訟に要する費用 期間 判断の信頼性 安定性 執行の容易性等を個別具体的に検討した上で 侵害国で訴訟を提起するか 我が国で訴訟を提起するかを検討すべきである なお 侵害訴訟については我が国の裁判管轄を認めないとの見解 ( 前掲高部 特許権侵害訴訟と国際裁判管轄 ) をとった場合 そもそも日本での訴訟提起は認められ ないことになる 9
(3) 外国特許権侵害に基づく損害賠償請求訴訟を日本に提起する意義過去の侵害に関する損害賠償を目的とした訴訟については 差止請求訴訟の場合よりも日本で訴訟を提起するメリットが大き が日本に住所 営業所等を有することが前提となるため 米国企業から米国で特許権侵害訴訟を提起された際の対抗策として日本で消極的確認訴訟を提起することは原則として認められない い 被告が我が国に財産を保有する場合 ( 被 告が日本法人の場合など ) 我が国の判決を債務名義として被告財産に強制執行をかけることが可能であり 外国判決の承認 執行の手続が不要だからである ただし この場合も前述した裁判所の調査判断能力の問題は残るため 特許権者としては 種々の要素を検討した上で 訴訟提起国を決定すべきである Ⅴ 最後に冒頭でも述べたとおり 次号でも引き続き本判決を取り上げる 本稿では 米国特許権侵害の判断手法についての判決紹介及び解説を省略したため この点については次号に掲載予定の 米国における特許権侵害を日本の裁判所で判断した事例 Ⅱ ( 立花顕治弁理士担当 ) をご参照いただきたい 以上 (4) 消極的確認訴訟を日本に提起する意義本判決の事案のように 相手方から特許権侵害訴訟が提起されるのに先立ち 差止請求権不存在確認訴訟または損害賠償請求権不存在確認訴訟を我が国に提起したり 外国で特許権侵害事件が起こされた場合の対抗策として我が国で差止請求権不存在確認訴訟等を提起することなども一般の財産関連事件ではよく行われる手法である 外国で判決が確定する前に 我が国で消極的確認の判決を受けておけば 外国判決が日本で承認され執行されることを阻止することができるため 消極的確認訴訟の提起も有効な場合がある ただし あくまで被告 10