養護教諭を志望する 学生のアイデンティティ と特徴 森恭子 後藤和史 後藤多知子 ( 愛知みずほ大学 )
養護教諭養成を担当する 教員としての実感 気になる / 手のかかる / 困る志望学生の特徴 ( 学力的問題を除く ) 1. 自主的に活動することが少ない なにごとも教員任せ 2. コミュニケーションをとらない ほう れん そう ( 報告 連絡 相談 ) をしない 3. 学校嫌い感情の継続 保健室が唯一の 居場所 だったから, 養護教諭をめざす 4. 計画性の低さ 現実的要求からの回避 必要なことをしない 5. 自らの能力 可能性 適性を見極められない 志望変更をせずに, 固執する 6. その他 養護教諭になること ではなく 免許を取ること が 夢 メンタル面の弱さ 脆さ 根拠のない自信, プライドの高さ 養護教諭としての資質が不足している状態で, 養 2 護教諭を志望している
本研究の目的 養護教諭を志望する学生の特徴の把握 特にアイデンティティ形成の側面から検討 アイデンティティとは Erikson, E. H の人格発達理論における心理的社会的概念を示すもので, 青年期においてその確立が求められる アイデンティティには, 職業アイデンティティが大きな位置をしめているので, 養護教諭の資格, 職業を選択する学生の過去の状況や現在の資格, 職業への希求の強さが把握できると考えられる アイデンティティ地位を測定する質問紙や認知された自己を把握する投影法 (20 問法 ) の結果を分析 3
先行研究 森 後藤 (2011) 養護教諭などの資格 免許を志望する学生の特徴を, アイデンティティ ステータス ( 同一性地位 ) や投影法性格検査 (S-HTP 法 ) の結果から検討 結果 ( 養護教諭志望者の特徴 ) 自らに向き合うことを過去 現在とも行わずに進路を決定し 養護教諭志望という夢への切符を握りしめているが その夢を壊さないために 現実を避けることで安定しようとしていることが示唆された 4
方法 調査対象者 大学生 1 回生 65 名 ( 男性 30 名, 女性 35 名 ) うち養護教諭志望者 19 名 ( 男性 5 名, 女性 14 名 ) 質問紙構成 フェイスシート 取得したい資格, その資格を志望した時期, 理由を記入させた 20 答法 (Twenty Statements Test, TST; Khum & McPartland,1954) 20 答法は, 自己記述から自分をどのようにとらえているかを把握する方法である 本研究では, 自己記述の評定を田辺 沢宮 (1999) による分類に従って 11 のカテゴリーに分類した 同一性地位判定尺度 ( 加藤,1983) 本研究では, 森 後藤 (2011) と同様の 3 つの下位尺度のクラスタ分析の結果に基づいた 4 つの同一性クラスタを用いた 調査手続き 大学でのカリキュラム説明会の時間を用いて調査を行った 5
結果 1 TST の回答パターンと養護教諭志望との関連を検討するために,TST の回答カテゴリーを独立変数, 養護教諭志望の有無を従属変数とした決定木分析 (Exhaustive CHAID 法 ) を行った その結果, 養護教諭を志望する学生は,1 願望の記入が多いが, 外的関心の記入が少ない群 ( ノード 7),2 願望の記入が少ないが, 自己評価の記入が多い群 ( ノード 6) で有意に多いという特徴が見出された 6
2 1 養護教諭を志望する学生は 1 願望の記入が多いが, 外的関心の記入が少ない ( ノード 7) 2 願望の記入が少ないが, 自己評価の記入が多い ( ノード 6) 群で有意に多いという特徴が見出された 回答拒否率は関係なし 7
結果 2 さらに上記のターミナルノードと同一性地位との関連を検討するために, 同一性地位クラスタ 4 群, 同一性地位判定尺度の 3 下位尺度および資格取得決定時期を独立変数, 所属ターミナルノードを従属変数とした決定木分析を行った その結果, 同一性地位が早期完了となる群で 1 願望の記入が多いが, 外的関心の記入が少ない群が有意に多いこと, 早期完了でない群でも, 現在の自己投入 が低く, 資格取得決定時期が中学生以前, という群で,2 願望の記入が少ないが, 自己評価の記入が多い群が, 有意に多いことが見出された 8
1 1 早期完了群で, 願望の記入が多いが, 外的関心の記入が少ない群 ( 最初の図のノード 7) が有意に多いこと, 2 2 非早期完了群で, 現在の自己投入 が低く, 資格取得決定時期が中学生以前, という群で, 願望の記入が少ないが, 自己評価の記入が多い群 ( 最初の図のノード 6) が, 有意に多いこと, が見出された 9
結果 5: まとめ 養護教諭を志望する学生は 1 願望の記入が多いが, 外的関心の記入が少ない 早期完了地位の多さが特徴 2 願望の記入が少ないが, 自己評価の記入が多い 現在の自己投入 が低く, 資格取得決定時期が中学生以前, という特徴 という特徴が見出された 10
考察 1 1 群の学生は, 悩んだり, 迷ったりすることなく進路を決めるという早期完了型であり, 願望の記入の多さから, 養護教諭を目指す意志は固い しかし, 外的関心の記入が少ないことは, 外的環境との関係から自己をとらえることが不十分であると考えられる すなわち, 現実から目を背けて願望だけが膨らむ幼児的な万能感に浸っているととらえることができる 非現実的な ( 幻想的な ) 志望意志 現実的要求 ( 必要とされる知識 技能 ) 11
考察 2 2 群の学生も資格取得決定時期が中学生以前という早期であるが, 願望が少なく, 現在の自己投入が低い これは, 養護教諭を目指す意志やそのための努力が不十分であることが示唆される 漠然と養護教諭を目指しているが, 確固たるアイデンティティとなっていないと捉えることができる 自己評価の記入が多いことを, 自己理解の準備状態と考えると, 今後, 自己理解が進み, 自らの能力や適性を判断できるかもしれないが, 自己理解が不十分なままであれば,1 群と同様の幼児的万能感に陥る可能性もある なんとなく の志望意志 現実的要求 ( 必要とされる知識 技能 ) 12
今後の展望 1: 考えられる可能性 現実を直視することを避けて防衛しているので 単位修得や実習など, 現実的要求の壁にぶつかった場合 心理的に危機的な状況に陥る可能性が考えられる 非現実的な志望意志 現実的要求 ( 必要とされる知識 技能 ) 13
今後の展望 2: 教育的配慮 壁にぶつかる 前に, 自らの適性と現実的要求とを十分に意識化させること その上での志望意志の確認 自らの適性にマッチした志望への変更が行いやすい教育システムを準備する必要性 教育的介入 志望進路の変更 非現実的な志望意志 現実的要求を踏まえた志望意志 現実的要求 ( 必要とされる知識 技能 ) 14
今後の展望 3: 研究的方向性 調査人数が少ないなど, 統計分析を用いる調査研究としての方法論的問題点があるが, 確認された結果は, 先行研究 ( 森 後藤, 2011) や日々の養護教諭養成教育での実感に沿っている 今回の結果を踏まえて, 志望学生の発達過程に沿うタイプの縦断的 質的 事例研究 教育的介入の効果研究 を展開することが可能であろう 15
補足 1 アイデンティティ ステイタス アイデンティティ地位 危機 コミットメント アイデンティティ達成経験したしている モラトリアム 早期完了 アイデンティティ拡散 経験中 経験していない 経験していない 経験した しようとしている している していない していない 概要 いくつかの可能性を吟味し 自分自身で解決に達して それに基づいて行動している いくつかの選択肢について迷っているが 解決しようと努力している 親の目標を迷わずに受けいれて自分の目標としている 児童期以来の信念を持ち続ける硬さがある 危機前 : 今まで自分が何者かであった経験がなく 想像も不可能 危機後 : 明確な選択ができず どうしてよいかわからない状態 (Marcia,J.E., 1966) 16
補足 2 幼児的万能感 自分が欲求すれば 欲求が即座に満たされる という世界観 欲求を与える 他者 が認識されていない 精神分析理論から発展した対象関係論の用語 理論上は, 発達最早期 ( 生まれたて ) の世界観で, 通常は ほどなく, このような錯覚的 ( 幻想的 ) 世界観から脱する その後の発達過程でも, 発達的に退行してこのような世界観に固着することもある 自己愛的心性を理解するのによく用いられる 精神分析理論 ( と関連する理論 ) の科学的実証性はさておき, 人間心理の不可解な現象に対して, とりあえずの 17 参照枠を与えるのに利用可能性の高い考え方である