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フランス語学研究, 第 45 号,2011 年,pp.53 61 移動表現研究における経路と様態の概念 移動動詞の分類 On the Notions of Path and Manner of Motion in the Expression of Motion Events: Categorization of Motion Verbs 守田貴弘 (Mo r i ta Takahiro) The aim of this paper is to analyze the aspectual properties of motion verbs in French in order to redefine the notions of path and manner of motion. The literature of this domain has developed two conceptual categories of motion verbs: path verbs and manner verbs. Against this dichotomy, this article proposes three core categories of motion verbs and their intermediate classes using aspectual properties and the notion of linearity as the criteria for categorization: (i) polar path verbs that make motion events telic, (ii) directional verbs that appear in an atelic and linear motion event, and (iii) manner of motion verbs that are also atelic, but destitute of linearity. キーワード : 経路 (path), 様態 (manner), 類型論 (typology), アスペクト (aspect), 線状性 (linearity) 1. 問題の所在と研究目的 Ta l my(2000) による認知言語学的な類型論の提唱以来, さまざまな言語における移動事象の表現パタンの規則性が研究されてきている. この類型論の核心の 1 つは, 移動を構成する概念と言語形式の対応関係を分析し, 地理的, 発生的に類縁性のない言語の間に共通性を見出している点にある. 概念と言語形式の対応を分析するにあたり, この類型論ではまず概念が 5 つに分けられる. すなわち, 移動物 (figure), 基準物 (ground), 移動の事実 (motion), 経路 (path), そして様態 (manner) に代表される共イベント (co-event) である. これらのうち, 経路概念を表す形式によって, 言語のタイプは動詞枠付け言語 (verb-framed language) と付随要素枠付け言語 (satellite-framed language) に分類される. 53

(1)a. The bottle floated into the cave. b. La botella entró flotando a la cueva. (Tal my 2000: 227) 英語の例 (1a) では動詞 float が移動様態を表し, 経路は付随要素である into によって表されているため, 英語は付随要素枠付け言語である. スペイン語 の例 (1b) では動詞 entrar が経路を表しているため, 動詞枠付け言語となる. この例に即していえば, フランス語では entrer(enter) という経路動詞を使 うことになるため (flotter dans la caverne では (1a) と同じ移動は表現でき ない ), 動詞枠付け言語ということになる. 動詞が表す概念は何かという方向で分析した場合, 移動動詞は移動の事実そ のものに加え, 経路または様態を語彙化していることが多い. したがって, 現在の類型論では移動動詞を経路動詞と様態動詞に分ける 2 分法がとられている. だが, 実際に動詞を分析するとき, ある動詞に含まれているのが様態なのか経路なのか特定するのが難しいことがある. たとえば, フランス語には dégringoler という動詞があり,Rossi(1999) はこの動詞を様態動詞として扱っている. 確かにこの動詞には rouler に類する様態あるいは移動物の無意志性が感じられるが, 同時に descendre や tomber と同等の方向性も含まれるため, 様態動詞に分類する根拠は明確ではない. 経路と様態という概念がどのような言語的な特徴として現れるのか明らかではないために生じる問題だと言うことができる. したがって, 本研究の目的は, 現在までに提案されている経路や様態という移動の構成概念を言語的特徴に基づいて, 検証可能な形で再定義することを目的とする. 具体的な方法は第 2 節に譲り, ここでは基本的な分析方針を説明しておく. 今までの研究では, 経路と様態を自明の概念として扱うことで移動という事象を概念的に構成し, 各概念を実現すると考えられる言語表現が経路動詞あるいは様態動詞として分析されている. これに対し, 本稿では分析方法を逆転させ, 最初に言語に対してテストを行うことで言語的特徴を抽出し, その特徴にしたがって分類を行う. 結果として見出されたカテゴリに経路あるいは様態という名称が与えられるという分析手続きである. ただし, 本研究が採用する方法が完全に先行研究と対立するわけではない. ある部分では, 直観的に理解される経路や様態といった概念の言語的特徴を探求するものであり, したがって経路と様態という意味の区分を完全に排することもない. しかし, 分析結果によっては経路動詞または様態動詞に分類することのできない動詞が出てくる可能性もあるため, 予め動詞に含まれる概念を経路と様態に 2 分する立場とは 54

異なることも指摘しておく. 2. 分析方法 2.1 動詞アスペクトと移動事象 本研究で用いるテストの基準はアスペクトである. 移動事象と動詞の終結 性 / 非終結性の関連は既に指摘されており (cf. Levin & RAPPAPORT HOVAV 1992, Sar da 1999, Cappel l e & Decl er ck 2005), 簡単に言えば, 空間的 な限界性と言語の終結性が連動していると考えられている.Vendl er(1957) 以来, 語彙的アスペクトは状態 (state), 活動 (activity), 到達 (achievement), 達成 (accomplishment) の 4 分類あるいは一回相 (semelfactive) を加えた 5 分類がとられることが多いわけだが (cf. Smit h 1997), 本稿では, 動詞と その項の表す事象に終結性が内在するか否かという基準で移動動詞の性質を分析していく. 終結性を調べるテストとしては時間句 en と pendant の対立と, 継続形を構成する être en train de を使うことができる. 典型的な分布は次の通りである. (2)a. Le taxi est arrivé à la gare {en /*pendant} 5 minutes 1). b. Jean a marché dans le parc {*en / pendant} 10 minutes. c. Jean est en train de {*arriver à la gare / marcher dans le parc} arriver は en で所用時間を表示でき,être en train de による継続形が不可能である. 対する marcher では pendant による時間の限定が可能であり, 継続形の使用もできる. 2.2 テスト方法問題となるのは, 動詞とその項の表す事象に限界性が内在するかどうかを決定する基準である. 一般的に活動動詞は非終結的だが, たとえば jusqu à を使うことによって, 活動動詞である marcher でも Paul a marché jusqu à la gare en 10 minutes のように終結的な文を得ることができる. このような場合, 終結性は動詞とその項による事象に内在的というよりも外部から加えられているためテストから除外する必要がある. また, 気体や液体といった流体を移動物とした場合には, どのような動詞を使っても事象が非限界化される傾向があるため, 信頼できる結果を得るためには可算名詞の単数形を用いなければならない. 1) 例文に付した * は非文を表し, 自然さに応じて? も使う. また, 非文ではないが, 意図する解釈が得られない場合に # を用いる. 55

さらに, アスペクトのテストでは時間句などとの共起可能性を問題にするの ではなく,( 非 ) 終結性の解釈の在り方を問題にする. たとえば, 人によって は arriver や partir といった動詞と être en train de の共起が容認されること もある. (3)L avion est en train de partir. (3) の例を容認しない人はいるが,sur le point de partir として解釈し, 容認 する人もいる. ただし, この達成直前の解釈は純然たる継続解釈ではないため, この達成直前の解釈は本稿では終結的な動詞の特徴として捉えることとする. 3. テスト結果と動詞分類 3.1. 極性経路動詞 以上を踏まえテストを行った結果, 時間句では en と共起し,être en train de の進行解釈ができない移動動詞の一群を提示することができる. (4)a. L avion est parti {en / *pendant} 10 minutes. b. # L avion est en train de partir. (5)a. Le garçon est accouru à la fenêtre {en / *pendant} quelques secondes. b. * Le garçon est en train d accourir à la fenêtre. 例文に示した partir や accourir では pendant が使えず,être en train de の継 続解釈もできない. 同じ分布を示す動詞には以下のものがあり,(6) におい て a は起点,b は着点,c は中間点を表す動詞である. (6)a. débarquer, déboucher, débusquer, déguerpir, démarrer, émerger, partir, quitter, sortir, repartir, ressortir ; s en aller, s envoler, s extirper, se retirer, se sauver, s échapper. b. accéder, accoster, accourir, arriver, atteindre, entrer, envahir, parvenir, pénétrer, embarquer, plonger, rejoindre, visiter ; s aventurer, s engager, se glisser, se hisser, s introduire, se jeter, se lancer, se réfugier, se rendre, se rassembler, se réunir. c. dépasser, enjamber, franchir. ここには今まで経路動詞として扱われてきた動詞の一部が含まれる. だが, いわゆる 方向 を表す動詞は含まれず, 場所極性 (polarité locative, cf. Sar da 1999) を含む動詞, つまり起点, 着点, 中間点を明確に特定できる動 詞に限定される. 56

局地的継続極性経路動詞に似ていながら, アスペクトのテストでは (6) で挙げた動詞とは少し異なる結果を示す動詞がある. (7)a. Le bateau est en train de {s approcher / s éloigner} des côtes. b. Le bateau s est {approché / éloigné} des côtes {?en / #pendant} 5 minutes. (7) で示した s approcher と s éloigner は,être en train de の継続解釈が可能であるにも関わらず,pendant は移動の継続時間は表さず, 一定の離れた / 近付いた位置にとどまっていた時間を表す.en の使用についても容認性は揺れるが, 容認される場合には一定の離れた / 近づいた位置が想定されているようである. また, 基準物が着点と起点のどちらに傾いているのか理解できるものの, 移動物と基準物の接触がないため厳密には場所極性が特定できない. このことも容認性の揺れに関係していると考えられる. 他にも traverser などが同じ結果を示し, 中間点という場所極性が局所的に拡大したかのような解釈となる. 空間情報の語彙化終結性という時間情報と連動している空間情報は起点, 着点, そして中間点という限界性を持った境界概念のみである. 各極性を表す動詞は,Ta l my が経路の一部を構成するとした基準物の構造 (conformation) を含め, その他の空間情報によって使い分けられる. たとえば,sortir と quitter はともに起点を表す動詞であり, 文脈によっては置換可能だが, 基準物の一部を強調した場合には明確な意味の違いが生じることがある. (8)a. Les deux hommes tournèrent les talons et {quittèrent / sortirent de} la maison. b. Le cambrioleur {a quitté / est sorti par} l arrière du bâtiment. 建物の裏( 口 ) を起点にした場合,sortir であれば建物の中から外に出て, 裏口の前に現れたという解釈が可能であるのに対し ( faire irruption), quitter では裏口の前から姿を消している. 基準物が点か三次元の空間かという形状の相違に由来する解釈の違いである. また, 着点を表す動詞にも arriver, atteindre, parvenir など多数あるが, 着点が点として捉えられているのか表面接触なのか (arriver vs. atteindre), 着点の瞬間だけを表すのか, ある程度の移動距離が含意されるのか (arriver vs. parvenir) といった形状以外の空間情報も語彙化されうる空間情報であると考えられる. 57

3.2. 方向動詞 方向を表す動詞は極性経路動詞とはまったく逆のアスペクトのテスト結果を 示す.(9) では en が排除され,être en train de による継続解釈が可能である. (9)a. Le car a longé la rivière {*en / pendant} 30 minutes. b. Le car est en train de longer la rivière. しかし, 非終結性だけでは方向を表す動詞を特徴付けることはできない. こ のアスペクトの性質は次節で挙げる様態動詞と同じだからである. そこで本稿では線状性という概念を新たに用いる. 線状性とは,avancer や se reculer のように特定の方向が語彙化されていることや, 基準物の形状によって移動の軌跡が決定されることを意味する. すべての動詞に共通するテストは難しいが, 線状性を含む動詞は基準物に特定の形状を要求する場合や, 移動が基準物の輪郭に従う必要があるといった特徴を示す. (10)a. Il a marché {dans le couloir / sur la route / dans la ville}. b. Il a suivi {le couloir / la route / *la ville}. 後に様態動詞として扱う marcher では線形の基準物であっても広がりのある基準物もとることができるが,suivre は線形の基準物しか受けつけない. また,longer la ville といった場合, 街の境界に沿って進むという特殊な解釈を受ける. アスペクトに加えて線状性という制約を考えることで, 方向と様態は区別することができる. その他の動詞例を (11) に挙げる. (11) avancer, affluer, cheminer, circuler, défiler, filer, longer, poursuivre, progresser, suivre, tracer ; se diriger, se reculer. 極性経路と方向を区別する必要性従来の経路動詞には方向も含まれていたが (cf. 松本 1997), 本稿では, 極性経路と方向は積極的に区別すべきであると考えている. その第一の必要性はアスペクトの性質が異なることにある. 意味的には, 起点から着点に至るまでの空間全体の中から通過経路だけを排除する必要はないと考えられるかもしれないが, 通過経路は必ずしも均一な空間ではなく,franchir に見られるように経路が点として局限されている場合もある. もう 1 つの必要性は, 極性経路と方向あるいは通過経路を一様に経路という概念にまとめた場合, 動詞枠付けと付随要素枠付けという類型論が霧消してしまうことにある. (12)a. # Il a marché à la gare. b. Il a marché dans la rue. 58

c. Il a marché vers la gare. 主動詞が様態動詞であるとき,(12a) のように前置詞で着点を表すことは できないが, 通過経路や方向は表すことができる. 移動物の辿る道筋すべてが経路であると考えた場合,(b/c) の通過経路と極性経路を区別できなくなり, フランス語でも付随要素枠付け言語と同じ表現パタンが観察されるということになるため, 現在の類型論が無効になってしまうのである 2). 3.3. 様態動詞アスペクトのテストで方向動詞と同じ結果を示すもののうち, 線状性の欠けたものが様態動詞ということになる. アスペクトおよび線状性のテストは 3.2 で既に示してあるため, ここでは動詞例を提示するに留める. (13) arpenter, bondir, courir, déambuler, errer, flotter, foncer, flâner, glisser, marcher, nager, naviguer, patauger, pédaler, planer, ramer, ramper, rôder, rouler, sauter, sautiller, traîner, trotter, trottiner, vagabonder, voler ; se balader, se précipiter, se promener. 3.4. 中間的カテゴリ動詞によっては項構造によって終結的にも非終結的にもなる動詞がある. (14)a. Il a monté les marches de l escalier {en / pendant} 1 minute. b. Il est en train de monter les marches de l escalier. 時間句に関して,monter は en と pendant の両方をとることができ,en を使った場合には階段を 1 分で上りきったという解釈,pendant であれば 1 分後はまだ階段の途中にいるという解釈になる. また,être en train de による継続解釈も可能であり, 極性経路動詞と方向動詞の性質を兼ね揃えていると考えることができる. ただし,il a monté la montagne à 10 heures のように時刻を特定しようとした場合, 上り始めた時刻なのか到着した時刻なのか判然としないという点で, 極性経路動詞とも違いがあると言える. その他, 以下の動詞がこのカテゴリに含まれると考えられる. (15) chuter, dégringoler, détaler, descendre, dévaler, distancer, escalader, fuir, gravir, grimper, monter, passer, parcourir, sombrer, survoler, tomber, tourner ; se faufiler. 2) フランス語でも courir, glisser, rouler などが主動詞の場合, 前置詞が移動を終結化することがあるため, その場合は付随要素枠付け型と考えられる (cf 守田 2008). また, 本稿の考え方は, Tal my の言う枠付け (framing) という概念自体が終結性に支えられているとみなすことになるため,(12b, c) のような例はそもそもマクロイベントではないことになる. 59

4. 結論と今後の課題本稿ではアスペクトと線状性という基準を用いて移動動詞を分類し, 極性経路, 方向, 様態という中心的カテゴリと中間的なカテゴリを提示した. 従来の経路動詞を終結的な極性経路と非終結的な方向に分け, 形式的な特徴付けを行った点が従来の分類とは異なる. また, 線状性という概念によって, 活動動詞が自動的に様態動詞になるわけでもないという点で, 本稿で提案した分類は従来のアスペクトによる動詞分類とも異なる. 今後の課題として, 以上に示したカテゴリに該当しない動詞を提示しておきたい. (16)a. L oiseau a frôlé le toit {*en / pendant} quelques secondes. b. *L oiseau est en train de frôler le toit. (16) では en は不可能であり,pendant しか許容されない. また, 方向動詞や様態動詞であれば pendant とともに être en train de の使用も可能になるわけだが,frôler の継続形は不可能である. このアスペクトの性質は状態動詞に近く, 移動の意味が直観的に感じられるものの, 移動物と基準物が近接した状態を表す動詞と捉えた方が良いと判断できる. これは移動動詞の定義そのものに関わる問題である. 移動動詞に限らず, 知覚動詞や心理動詞といった名称を与えられているカテゴリは多いが, その形式的な特徴は必ずしも明確ではない. 直観的な事象理解と言語に現れる特徴を区別して分析することで, 外界事象が言語的にどのように範疇化されているのか, より明らかになる可能性があるだろう. ( 東京大学 ) [ 参考文献 ] Cappel l e, B. & R. Decl er ck (2005), Spatial and Temporal Boundedness in English Motion Events, Journal of Pragmatics 37, 889-917. Dowt y, D. (1991), Thematic Proto-Roles and Argument Selection, Language 67, 547-619. Levin, B. & M. Rap pa p o rt Hovav (1992), The Lexical Semantics of Verbs of Motion, Roca. I. M. (ed), Thematic Structure: Its Role in Grammar, Foris Publications, 247-269. Rossi. N. (1999), Déplacement et mode d action en français, French Language Studies 9, 259-281. 60

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