日本金属学会誌第 65 巻第 4 号 (2001)229 235 Fe 電析膜の表面形態と配向性 1 井上晃一郎 1, 2 中田毅 1 渡辺徹 2 1 芝浦工業大学工学部材料工学科 2 東京都立大学大学院工学研究科応用化学専攻 J. Japan Inst. Metals, Vol. 65, No. 4 (2001), pp. 229 235 2001 The Japan Institute of Metals Surface Morphology and Crystallographic Orientation of Electrodeposited Fe Film Koichiro Inoue 1, 2, Takeshi Nakata 1 and Tohru Watanabe 2 1 Department of Material Engineering, Faculty of Engineering, Shibaura Institute of Technology, Tokyo 108 8548, professor 2 Department of Applied Chemistry, Graduate School of Engineering, Tokyo Metropolitan University, Tokyo 192 0397, Assistant Professor The crystallographic structure and surface morphology of Fe films electrodeposited in three kinds of baths were studied in detail by SEM and XRD. Fe deposits were prepared in a sulfate bath, chloride bath and sulfamate bath. The surface morphology of Fe deposits on Ni P amorphous substrate were found to vary according to the electrodeposition bath composition. The (211) plane appeared to be the dominant orientation of deposited films for all baths examined in this study. (Received October 20, 2000; Accepted February 16, 2001) Keywords: Iron, electroplating, electrodeposit, orientation, crystal, anion 1. 緒言 金属材料の物理的および化学的性質はその結晶学的構造や表面形態等いわゆる微細構造に大きく影響される. めっき膜も金属材料であり 1), 膜の構造を制御することで種々の物性を制御することができる. これまで, めっき膜の構造制御について不明な点が多かったが, 著者の一人は最近めっき膜の構造を次のように整理し, その各々の制御因子を説明している 1). めっき膜の構造は 金属学的組織 結晶粒径 表面形態 配向 基板との整合性に大別され, 構造に起因するその他異状成長や残留応力も挙げられる. この内, の金属学的組織は, めっき膜は金属材料そのものであることから, めっき膜を形成する元素の種類とその量の比 ( 組成 ) によってほぼ一義的に決まるとの結論を得ている. また, の結晶粒径の制御機構についてはまだ確定的ではないが, 純金属めっき膜ではその金属の融点に関係していると考えられはじめている 1,2). さらに は, 第一に電流密度に関係し, 次にアニオン種や添加剤, めっき温度等のめっき条件に関係していることなどが明らかとなってきている. しかし, の配向性については電流密度や浴のアニオン種, めっき温度等によって大きく変化し, その制御因子は未だに不明である. 本研究はそのような一連のめっき膜の構造制御理論の解明に関する研究の内,Fe めっき膜を取り上げた. 純 Fe めっきは鋼や鋳鉄 1 2 2000 年 10 月 3 日日本金属学会秋期大会において発表芝浦工業大学大学院生 (Graduate Student, Shibaura Institute of Technology) 製構造物の補修として用いる以外の用途は少なく 3), 主に Co や Ni の鉄族元素と合金化した磁性合金めっき 4 6) に関する研究が多い. また, それらの機能めっきにおいては, 結晶配向を制御することによってさらに高機能が期待される. そのため, 本研究は Fe 系めっき膜の表面形態や配向の制御に関する基礎研究として,3 種類のアニオン種の異なるめっき浴を用い, さらに電流密度, 膜厚変化による電析膜の表面形態, 配向性の関係について詳細に検討を行った. また, 本研究の特徴として, 基板材料に純 Cu 単結晶とアモルファス基板を用いたことである. これによって Fe めっき膜と基板結晶との整合性を見ることができるとともに, アモルファスを用いることによって基板材料の結晶構造の影響のない, めっき膜自身の成長形態を観察することができた. Ni めっき 7 9) や Zn めっき 10,11) などではこのような基礎的な研究は多くあるが,Fe めっきについては少ない. 2. 実験方法本研究におけるめっき条件を Table 1 に示す. めっき浴はアニオン種の異なる 3 種類の浴 ( 硫酸浴, 塩化物浴, スルファミン酸浴 ) を用いた. また,Fe そのものの膜成長を観察するために, 添加剤はできるだけ加えない単純浴とした. いずれの浴もFe イオン濃度を1mol/ L とし, 浴温は323 K (50 C) とした. 硫酸浴および塩化物浴は ph 緩衝剤として 0.5 mol/l の H 3 BO 3 を添加し, スルファミン酸浴はスルファミン酸鉄だけでは水に不溶であるため, 錯化剤として 0.1 mol/l の HF 2 NH 4 を添加して溶解した.pH の調整は硫酸浴, スルファミン酸浴は H 2 SO 4 により, 塩化物浴は HCl に
230 日本金属学会誌 (2001) 第 65 巻 より行った. ここで, これらの添加剤からめっき膜中に何ら元素が混入していないことを確認している. 基板は, 電析 Fe と基板結晶との結晶学的整合性を知る目的で, 単結晶 Cu の {100} 面,{110} 面および {111} 面を用い, 逆に基板の結晶学的影響を一切受けない, めっき膜そのものの構造を知る目的でアモルファス基板を用いた. アモルファス基板は Cu 圧延板を電解研磨により平滑にし, その上に無電解 Ni P アモルファス合金めっきを 363 K(90 C) で 600 s 間 ( 厚さ約 2 mm) 行ったものである. また, めっきを行うそれらの基板は, 析出面 (10 mm 20 mm) 以外をマスキングテープにより絶縁した. 液量は 500 ml とし, 陽極には Pt 板を用い, 撹拌はマグネティックスターラーを用いて行った. 電析は直流安定化電源を用い, 定電流密度法で行った. 電析膜の膜厚は, 析出前後の質量変化を測定して求めた. めっき膜はいずれも表面凹凸の激しいものであるので, 本論文で示した膜厚 とは平均膜厚である. また, 理論析出重量との比較により電流効率も求めたがいずれも約 80 であった. 膜の表面形態は SEM( 日立製作所製 S4500) を用いて観察した. めっき膜の配向性は,X 線回折結果から次に示す Wilson の式 12) より算出した. ( I/I(hkl) I/I (hkl)) 配向指数 (N)= ( JCPDS I/I JCPDS I/I (hkl)) ( 1 ) ここで,I/I {hkl} は試料の {hkl } 面における回折強度比, JCPDSI/I {hkl} は JCPDS カードの {hkl } 面における回折強度比, I/I {hkl}, JCPDS I/I {hkl} はそれぞれ全ての結晶面の回折強度比の和である. この式において, 全ての値が 1 の時はめっき膜は配向していない ( 特別の配向はしていない ) ことを示し,1 より大きい値の内, 最も高い値のものを配向面 ( 優先配向面 ) と呼ぶ. Table 1 Plating conditions. Sulfate bath Chloride bath Sulfamate bath FeSO 4 1mol/L FeCl 2 1mol/L Fe(SO 3NH 2 ) 2 1mol/L H 3 BO 3 0.5 mol/l H 3 BO 3 0.5 mol/l NH 4 HF 2 0.1 mol/l ph 2.0 ph 1.5 ph 2.5 Bath temperature 323 K(50 C) Current density 500, 1000, 2000 A m -2 Film thickness 1, 5, 10 mm Substrate Ni P amorphous plated ˆlm Cu single crystal{100}, {110}, {111} 3. 実験結果および考察 3.1 Cu 単結晶上の電析 Fe 膜 3.1.1 整合関係 Fig. 1(A) に (a){100}cu, (b){110}cu および (c){111}cu 面上に硫酸浴で 1 mm 厚めっきした Fe 膜の表面形態を示す.{100}Cu 面上では互いに直角方向にファセットの見られる形態を示し,{110}Cu 面上でも互いに直角方向のファ Fig. 1 (A) Surface morphologies of films deposited on (a) {100}Cu, (b) {110}Cu and (c) {111}Cu substrates at 1000 A m -2 and at thickness 1 mm in a sulfate bath, (B) Schematic diagram of crystallographic coherent relations between Cu substrate and Fe plated film.
第 4 号 Fe 電析膜の表面形態と配向性 231 セットが見られる. しかし,{111}Cu 面上では図中 印で示したように, ほぼ60 または120 方向にファセットが見られる. これらの形態から, 各結晶面上に形成される Fe 電析膜は単結晶基板の結晶面と整合して成長していると考えられる. 各結晶面においてどのような関係で整合しているかは, 基板とめっき膜とが密着した状態で透過電子顕微鏡で同時透過電子線回折をして調査しなければならない (3). しかし, そのような実験は Fe めっき膜が極めて酸化しやく, 困難であったので行うことができなかった. そこで,Fig. 1(A) の表面形態を考慮してミスフィットが最も小さくなる整合関係を Fig. 1(B) に示す. これらの図から各々の整合関係は次の様になる. (a) {100}Cu 面上では {100}Fe//{100}Cu, 100 Fe// 100 Cu この時の {100}Fe//{100}Cu のミスフィットは,{(0.2867-0.3615)/0.3615 nm} 100=-20.69 で, ミスフィットとしては20.69 である. (b) {110}Cu 面上では, 次のように考える.{110}Cu 面上の原子配列は直角方向に等価ではない. そのため, 一つの種類の結晶が整合成長すると, 一方が他方よりも長いか, または短い矩形の結晶として成長することになる. しかし, Fig. 1A(b) では直角方向にほぼ同じ長さのファセットが見られる. このことは一つの結晶が整合成長すると考えるよりも, 2 種類の結晶が互いに直角方向に向き合って整合成長すると考える方が妥当と考えられる. そこで,Fig. 1B(b), (b ) のように 2 種類の結晶が整合成長したと考えられる. {110}Fe//{110}Cu, (b) 111 Fe// 110 Cu と {110}Fe//{110}Cu, (b ) 111 Fe// 100 Cu この時の (b){110}fe//{110}cu, 111 Fe// 110 Cu のミスフィットは {(0.5112-0.4966)/0.4966 nm} 100=2.94 となる. また,{110}Fe//{110}Cu, (b ) 111 Fe// 100 Cu のミスフィットは {(0.2482-0.3615)/0.3615 nm} 100=31.3 となる. (c) {111}Cu 面上では {111}Fe//{111}Cu, 101 Fe// 101 Cu が成り立つ. この時の {101}Fe//{101}Cu のミスフィットは {(0.5112-0.4055)/0.4055 nm} 100=26.10 となる. Fe めっき膜は Cu 単結晶面上でそれぞれ以上の関係でエピタキシャル成長しているものと考えられる. 3.1.2 厚さ増加と整合関係 Fig. 2 にアニオン種の異なる 3 種類の浴から {110}Cu 面上に電流密度 1000 A m -2 で電析した Fe 膜の表面形態を示す. 硫酸浴 (a) では, 膜厚 1 mm から 5 mm まで直角方向にファセットが規則的な配列で形成されている. しかし, 膜厚が 10 mm に増加すると, この規則的なファセットはなくなり, ランダムになる. 塩化物浴 (b) では, 後述の Ni P アモルファス基板上に析出した Fe 膜 (Fig. 4) と同様に, 薄い膜厚 (1 mm) から規則性のない凹凸の形状となり, 膜厚増加とともにその凹凸は大きくなっている. スルファミン酸浴 (c) では膜厚 1 mm で硫酸浴 (a) と同様にほぼ直角方向にファセットが規則的な配列で形成されてい Fig. 2 SEM images of Fe deposits prepared at 1000 A m -2 on Cu{110} substrate in a (a) sulfate bath, (b) chloride bath and (c) sulfamate bath.
232 日本金属学会誌 (2001) 第 65 巻 る. しかし膜厚 5 mm 以上では, その規則性はなくなりつつある ( 一部残っている ). 以上, 硫酸浴 (a) およびスルファミン酸浴 (c) で見られる規則的な配列は, 基板の結晶面に Fe めっき膜が結晶学的に整合したためである. しかし, 塩化物浴 (b) から得られた Fe 膜は,1 mm 厚ですでに整合をなくしている. これまでの多くの実験で基板に結晶質のものを用いると, 必ずめっき膜は整合成長 ( エピタキシャル成長 ) していた 11). これは基板とめっき膜との界面エネルギーを最小にする必要があるためである. 本研究でも Fe めっき膜が薄いときは整合していると考えられるが, それが膜厚増加とともに整合をなくす事がわかる. その, 整合をなくす膜厚は素地金属とめっき金属との組み合わせや, めっき条件によって異なる. 本研究の Fe めっき膜はアニオン種によって異なっており, 硫酸浴 (a) では 5~10 mm 厚まで, 塩化物浴 (b) では 1 mm 厚以下, スルファミン酸浴 (c) では 5 mm 厚までとなっている. 3.2 膜の表面形態 Fig. 3 に Ni P アモルファス基板上に硫酸浴を用いて電析した Fe めっき膜の電流密度と膜厚の変化による表面形態の変化を示す. この写真より, 全ての電流密度においてめっきの初期 ( 膜厚 1 mm の時 ) は微細な凹凸のめっき膜であるが, 膜厚増加とともに凸部が大きく成長していることがわかる. また, 電流密度の増加とともに凸部の数が増加し, それだけ凹凸の小さい表面となっている. Fig. 4 に塩化物浴を用いて電析した Fe めっき膜の電流密度および膜厚の変化による表面形態の変化を示す. 膜厚 1 mm では, 電流密度の変化による表面形態の変化は見られない. しかし, 膜厚 5 mm では, 電流密度が 500 A m -2 の低電流密度側で凹凸の激しい表面となっており, 高電流密度になるとその凹凸は比較的小さくなっている. さらに膜厚 10 mm と厚くなると,500 A m -2 の低電流密度側でデンドライト状の形態となっている. しかし, 高電流密度側ではその凹凸は小さくなっている. このように塩化物浴でも低電流密度側で凹凸が激しく, 高電流密度側で凹凸は小さくなっている. この傾向は前述の硫酸浴のもの (Fig. 3) よりも大きい. Fig. 5 にスルファミン酸浴を用いて電析した Fe 膜の電流密度および膜厚変化による表面形態の変化を示す. スルファミン酸浴においては, これまでの硫酸浴および塩化物浴と同様に膜厚の増加に伴って表面の凸部は大きくなるが, 電流密度の変化による表面形態の変化はあまり見られない. 以上の結果より,3 種類の電析浴による表面形態の変化を比較すると次のようになる. 全ての浴に共通して膜厚の増加に伴って凹凸の激しい表面形態となる. また, 電流密度の変化では, 硫酸浴および塩化物浴では低電流密度側で表面の凹凸が激しく, 高電流密度側で凹凸は小さくなる. しかし, スルファミン酸浴ではほとんど変化しなかった. この電流密度の変化に伴う表面凹凸の結果はこれまで一般的に言われている結果と一致している. この電流密度 ( 過電圧 ) 増加に伴う表面形態の変化の理由を Ohno 14) や Haruyama 15) らは過電圧の上昇とともに結晶の核生成速度が上昇し, そのために結晶粒が微細化し, それによって表面が平滑になると述べている. しかし, 著者の一人はこの考えとは全く別に, 電析では陰極 ( 基板 ) 表面上では, 金属イオンが放出された電子と放電して Fig. 3 SEM images of Fe deposition on Ni P amorphous substrate in a sulfate bath.
第 4 号 Fe 電析膜の表面形態と配向性 233 Fig. 4 SEM images of Fe deposition on Ni P amorphous substrate in a chloride bath. Fig. 5 SEM images of Fe deposition on Ni P amorphous substrate in a sulfamate bath.
234 日本金属学会誌 (2001) 第 65 巻 Fig. 6 Dependence of crystallographic orientation index on film thickness and current density (a) 500 A m -2, (b) 1000 A m -2 and (c) 2000 A m -2 forfefilmsdepositedinasulfatebath. Fig. 7 Dependence of crystallographic orientation index on film thickness and current density (a) 500 A m -2, (b) 1000 A m -2 and (c) 2000 A m -2 for Fe films deposited in a chloride bath. Fig. 8 Dependence of crystallographic orientation index on film thickness and current density (a) 500 A m -2, (b) 1000 A m -2 and (c) 2000 A m -2 forfefilmsdepositedinasulfamatebath. 金属原子として析出するが, その放電は電極表面上で均一に起こるのではなく, 部分的に集中して起こると考える. そしてその集中は低電流密度では放電箇所が数少なく, そのために凹凸の激しい表面となる. また, 逆に, 高電流密度では電流密度の集中が分散するために凸部が多くなり, それだけ表 面は平滑になるという考えで説明できるとしている 1). そして その傾向は浴中のアニオン種の違いによって二次的に影響を受ける としている. このアニオン種の影響やその効果についてはアニオンが異状吸着するという説 16) もあり, 著者らはアニオンの分子量, 即ち分子サイズに関係し, 浴中で
第 4 号 Fe 電析膜の表面形態と配向性 235 そのアニオンの易動度に関係していると考えているが現在のところ明らかではない. 3.3 膜の配向性 Ni P アモルファス基板上に電析した Fe 膜の X 線回折結果から, 配向性についてまとめて示すと,Fig. 6~Fig. 8 のようになる.Fig. 6 は, 硫酸浴を用いて電析した Fe 膜の電流密度および膜厚の変化による配向性の変化を示している. いずれの電流密度においても膜厚が薄いとき, 即ち初期膜は特別の優先配向を示さない. しかし, 膜厚が増加するに伴い,{211} 面が優先配向となる. また, 電流密度が増加すると {211} 配向が低下し,{100} 面が優先配向になる. Fig. 7 に塩化物浴を用いて電析した Fe 膜の電流密度および膜厚の変化による配向の変化を示す. いずれの電流密度でも前述の硫酸浴と同様に, 膜が薄いとき ( 初期膜 ) は特別な優先配向を示さないが, 膜厚増加と共に {211} 面が優先配向するようになる. しかし, 膜厚がさらに厚くなると,{211} 面の優先配向は低下し, それに代わって {110} 面の優先配向を強くしはじめる. しかし, いずれも硫酸浴よりも配向指数の値は小さい. Fig. 8 にスルファミン酸浴を用いて電析した Fe 膜の電流密度および膜厚の変化による優先配向の変化を示す. この浴でも膜厚が薄いときは他の浴と同様に優先配向を示さないが, 膜厚増加とともに {211} 面が優先配向となる. しかし, このスルファミン酸浴では前述の硫酸浴の時とは逆に低電流密度側で {100} 面が優先配向する. また, 電流密度の増加とともに {211} 面の優先配向が強くなる. そのため,{100} 面の優先配向は小さくなる. 以上の配向性に関する結果から, 全ての浴に共通して言えることは, 膜が薄いときは優先配向を示していないことである. これは本研究の実験で最も留意した点であり, 基板としてアモルファスを用いたためである. すなわち, アモルファス上に形成する結晶核は基板の結晶方位に全く影響されないランダムな方向で形成され, 特別な優先配向を示さない. このような状態を スタート として, 膜厚増加に伴うその金属の, また, そのめっき条件における配向の状態を観察するようにしたためである. 本研究の場合ランダムな方向で核生成した結晶のうち, 211 方向または 100 方向をめっき膜の垂直方向 ( 膜厚方向 ) に向けた結晶のみが成長し, その結果としてめっき膜は {211} 配向または {100} 配向の膜となったと考える. この {211} 配向の状況は, スルファミン酸浴で最も大きく, 塩化物浴で最も小さい. このアニオン種の違いによる配向指数や, その差異の原因については現在不明であるが, 現在著者は種々の金属めっきに対して検討中である 11). また, ここで, アモルファス基板上に電析した膜の配向性と表面形態を比較すると, 硫酸浴およびスルファミン酸浴から電析した膜は膜厚が 1 mm のときは表面の凹凸は微細で, 特別な優先配向を持たないめっき膜である. そして膜厚が約 5 mm と増加すると, 硫酸浴及びスルファミン酸浴から析出した膜の表面形態は, 結晶学的ファセットを持つ粒状の凹凸を示し,{211} 面が優先配向面となっている. この配向性は Ohno の結果 14) と一致した. しかし, 塩化物浴を用いて, 約 5 mm 電析した膜の表面形態は, 全ての電流密度で粒状結晶の集合した形を示し, 約 10 mm と膜厚が増加すると, それらはさらに大きく, デンドライト状になる. この時めっき膜は配向を示さなくなる. これは, デンドライトは様々な方向の微結晶の集合体と考えられ, そのためにめっき膜は特別な優先配向を示さなくなると考える. また,Fig. 3~Fig. 5 の表面形態の写真と Fig. 6~Fig. 8 の配向性に関する結果を合わせて考えると, 表面形態は異なるが配向性はいずれも塩化物浴においてデンドライトが大きく成長し, 膜となっていない場合を除き,{211} 面であることから膜の配向性と表面形態は関係ないと考えられる. 4. 結論 電析 Fe 膜は基板材料である Cu に対して整合成長をする. Ni P アモルファス基板上に電析した膜の表面形態は, 電流密度が異なっても全ての浴において膜厚が薄いときは微細な凹凸の表面形態である. しかし, いずれも膜厚の増加とともに表面の凸部が大きくなる. また, 電流密度の増加とともに硫酸浴および塩化物浴においては表面の凹凸が小さくなる. 一方, スルファミン酸浴では電流密度が増加しても変化しない. 電析した Fe 膜の配向性は, 全ての浴において {211} 面が優先配向した. しかし, その配向の強度は浴のアニオン種によって異なっていた. 浴のアニオン種によって膜の表面形態は変化するが, 優先配向はアニオン種によらず {211} と変化しない. 文 献 1) T. Watanabe: The Surface Science Society of Japan, 2ndThin Film Fundamental Seminar (1999) 115 131. 2) O. B. Girin: J. Electronic Materials 24(1995) 947 953. 3) M. Kawasaki and H. Enomoto: Plating Text, (Nikkan Kogyo Shinbun co., 1986) pp. 137. 4) N. Fukumuro, M. Chikazawa and T. Watanabe: J. Surface Finishing Society of Japan 47(1996) 461 462. 5) N. Fukumuro, M. Chikazawa and T. Watanabe: J. Surface Finishing Society of Japan 50(1999) 448 452. 6) N.Fukumuro,M.Konno,M.ChikazawaandT.Watanabe:J. Magnetics Society of Japan 22(1996) 1268 1272. 7) H. S. Choi and R. Weil: Plating and Surface Finishing 5(1981) 110 114. 8) B. Rivolta, L. P. Bicell and G. Razzini: J. Phys. 8(1975) 2025 2033. 9) M. Y. Abyaneh: Trans. Inst. Metal. Finish 69(1991) 70 74. 10) M. Kurosaki, M. Imafuku and K. Kawasaki: 4th International Conference on Zinc and Zinc alloy Coated Steel Sheet, GAL- VATECH '98, (The iron and Steel Institute of Japan, 1998) pp. 521 525. 11) T. Watanabe and S. Minami: J. Japan Inst. Metals 64(2000) 67 76. 12) K. S. Willson and J. A. Rogers: Tech. Proc. American Electroplaters Society 51(1964) 92 96. 13) T. Watanabe: J. Surface Science Society of Japan 15(1994) 637 644. 14) I. Ohno: J. Surface Finishing Society of Japan 39(1988) 149 155. 15) S. Haruyama: DENKIKAGAKU 31(1963) 478 484. 16) R. Winand: Electrochimi. Acta 39(1994) 1091 1105.