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様式 C-19 科学研究費補助金研究成果報告書 平成 21 年 5 月 28 日現在 研究種目 : 基盤研究 (C) 研究期間 : 2007~2008 課題番号 : 19520378 研究課題名 ( 和文 ) 量化表現解釈の言語心理学的研究 普遍文法と語用論的分析 研究課題名 ( 英文 ) The Interpretation of Quantified Expressions Universal Grammar and Pragmatics 研究代表者伊藤益代 (ITO MASUYO) 福岡大学 人文学部 准教授研究者番号 : 10289514 研究成果の概要 :2 つのテーマ 1 取りたて詞 だって を含む文の語用論的スケール上の情報量を日本語児が計算できるかどうか 及び 2 統語的に確実に表層照応のひとつであると考えられる格標識付き stripping 構文において 日本語児が正しく削除箇所を解釈できるかどうか を実験により比較 検証し 発展させた 結果 1 については 処理コストが軽減された質問法において 語用論的情報量に敏感であることを示した 2 については 先行詞が量化表現である場合も 自分 および空の変項を含む文について正しく束縛変項および sloppy 解釈をすることが明らかとなった 交付額 ( 金額単位 : 円 ) 直接経費 間接経費 合計 2007 年度 1,100,000 330,000 1,430,000 2008 年度 700,000 210,000 910,000 年度年度年度 総計 1,800,000 540,000 2,340,000 研究分野 : 人文学科研費の分科 細目 : 言語学キーワード : 言語習得 量化表現 scalar implicature 語用論的知識 推意 削除 表層照応 EVEN 1. 研究開始当初の背景 本研究は 16-18 年度の科研費補助による研究の 2 つのテーマ ( 上記 1 2) をさらなる実験により前回の結果と比較 検証し さらに発展させた 以下 1 2 と区別し 報告する 1 については 量化表現の 1 つである さえ ( 及び まで ) についての研究 (H16-18 年度 ) では 日本語児が ( 他者の ) 存在の含意 や 尺度の含意 (Scalar Implicature) (Karttunen & Peters 1979) を計算することが出来ないことを示したが その結果は 該当の意味論的知識の欠如によるものであるのか 語用論的知識の欠如によるものであるのかを決定することが出来なかった

2 については 前回の そうす ( る ) 動詞句削除文の解釈についての研究では 照応詞 自分 の先行詞が量化表現である場合 その束縛変項 /sloppy 解釈は偶然のレベルの正答率であり それが大人の正答率とは異なることが統計的に有意であった しかしながら そうす ( る ) 構文が本当に動詞句削除に関わる つまり言語的先行詞を必要とする表層照応 (Hankamer & Sag 1976) であるのかどうかについての判断は missing antecedent 診断法にのみよるものであった しかし Hoji (1998, 2003) においては ほかの診断法の結果 当該構文が削除とは関わらない深層照応のひとつであると議論されている 以上をふまえると 前回の結果について 照応詞 自分 の先行詞が量化表現である場合 その束縛変項 /sloppy 解釈が本当に困難であるのか また先行詞が指示名詞である場合 その変項 /sloppy 解釈は本当に当該解釈であったのか といった疑問が出てきた また この点を考慮すると 最近の日本語児を対象とした sloppy 読みに関する研究 (Matsuo 2007, Sugisaki 2007) の結果も 空目的語構文を用いたものであることより 果たして本当に LF での再構築に関わる sloppy 読みであるのか再吟味の必要があることが判明した 2. 研究の目的 1したがって本研究では 日本語児が該当の語用論的知識を有するのかどうかを明らかにすることに焦点を絞り その上で van Rooij (2002), Zondervan (2007) 他の QUD の考えや Chierchia et al.(2001, 2004) の処理コストの考えを検証することを目的とした 大目的としては 実験を行いその経験的知見を得ることにより 一般的に conventional implicature であるとされる EVEN( 日本語においては さえ や だって など ) を含む文が conversational implicature の一種である scalar implicature (SI 11の scalar implicature と異なり 語用論的計算を指す ) 同様に 情報量の強弱に関わる計算と関わっていることを示すことであった このことにより EVEN conventional implicature 及び語用論的な知識である scalar implicature に関する研究への貢献を目指した 2 本研究は 表層照応や LF 再構築に確実に関わると考えられる格標識付き stripping 構造 (Hoji 2003, Fukaya & Hoji 1999) を用いて実験を行うことにより 日本語児の文法に束縛変項解釈や sloppy 読みがあるのかを検証することを目的とした 具体的に次の点を 明らかにすることを目指した 1) 日本語の裸 (bare) 名詞句が relational NP である場合 その語彙意味のなかに implicit variable を含むが (cf. Partee 1979) 日本語児が bare relational NP のもつこの解釈自体を そして当該 stripping 構造文において sloppy 読みを正しくすることができるか 2) 自分 が照応表現であることを知っており 自分 を含む文に対し束縛変項解釈や sloppy 読みを正しくできるか 3) 当該 stripping 構造文においては IP 削除が関わっているとされるが (Fukaya & Hoji 1999, Fukaya 2003) 先行する IP と削除された IP との平衡性は守られるか 4) 先行詞が指示名詞であるか量化名詞であるかによって 1) 2) の結果に違いが見られるか 3. 研究の方法 1 子供の発話コーパスにおいて産出が確認されている だって を用いた新たな実験を行った 3 つの実験を行ったが それぞれにおいて実験群 (4-6 歳の日本語児 ) 統制群 ( 大人 ) ともその被験者は異なった 実験群については 予備実験において だって の基本的知識があると確認できた子供のみ本実験に参加した 実験は個別に行われた 実験 1( 被験児 20 名 ) は 実験者がぬいぐるみなどを動かして短いストーリーを聞かせたあとで だって を含む実験文を提示し それが いい答え (felicitous) か 変な答え (infelicitous) であるかを被験者が判断するというものであった 実験文 (4 つの いい答え と 4 つの 変な答え 5 つフィラー ) を提示する前の質問は 何があったの という 心理言語学の実験では一般的な質問であった 実験 2( 被験児 19 名 ) では QUD が SI の計算にいかに関わるかを調査するため QUD 質問法を用いた 具体的には Zondervan (2007) の考えを採用し wh-question を用いることで その応答文の情報構造における focus が存在する位置とストーリーにおける QUD に関連する位置が一致すると想定した 該当の質問方法以外 実験 1 と同様のストーリー 実験文 そして被験者の回答方法が用いられた 実験 3( 被験児 38 名 ) は Chierchia et al.(2001, 2004) の処理コストの考えを検証するものであった 正答の実験文と不正答の実験文をそれぞれ別のぬいぐるみに言わせ よい答え をした方を選んでもらうといった 実験文の提示方法および被験者による回答方法がとられた 実験 1,2 と同様のストーリーが用いられた 実験 1 において felicitous であった同じ文が infelicitous 文とともに そして infelicitous であった

同じ文が felicitous 文とともに提示された 2 格標識付き stripping 構造を用いて実験を行った しかし 格標識なしの stripping 構造は表層照応とはみなせない (cf. Hoji 2003, Fukaya & Hoji 1999 他 ) ことから 文構造として potential construction (Tada 1993, Koizumi 2008) を用いる必要があった これは 削除が関わる第 2 節において削除されない項 (remnant) について格標識を明示する必要があるが 主格の が に付加詞の も が付加されることが文法的ではないため remnant 項を与格標示とする必要があったためである したがって 実験文として 例えば (1) が用いられた (1) アヒルさんにお母さんが探せたよ クマ君にも < e > だよ 実験群については まず予備実験において 照応詞 自分 量化表現 どの ~ も ( every ) potential construction 格標識付き stripping 構造の 4 項目についての基本的知識があるかどうか それぞれ正答が T と F である場合の 8 問を提示し すべて正答であった子供のみ本実験に参加した 実験は ( 予備実験も含め ) 個別に行われた 結果 実験群 (4-6 歳の 27 名の日本語児 ) が本実験に参加した 統制群は大人 11 名であった 本実験では 統制群の判断も重要であった これは 日本語における格標識付き stripping 構造が 理論 (Hoji 2003, Fukaya & Hoji 1999) において主張されるように 実際に日本語文法において表層照応として解釈されているかを検証するためである 実験方法は 紙芝居を見せながら短いストーリーを聞かせ 最後に実験文を提示し その刺激文が内容にあっているかどうかを尋ねる真偽値判断法 (Crain & Thornton 1998) であった 実験文は 先行節のなかの目的語として bare relational NP が用いられるか 自分 を伴った NP が用いられるか また implicit variable の先行詞が指示名詞であるか量化名詞であるか そしてどのようなコンテクスト ( sloppy, strict, unspecific ) がストーリーが提示されるかの変数があり 合計 12 文 ( および 4 つのフィラー ) であった 4. 研究成果 1 その結果 被験児は QUD 質問法では語用論的情報量の強弱を認識できないが 処理コストが軽減された質問法においては 該当の情報量についての計算ができることが明らかとなった しかし ( 特に 4 歳児の ) 子供の語 用論的推意の計算が大人と同様のレベルではないことも明らかとなった 具体的には 実験 1 では SI に関する先行研究において報告されている結果 (Noveck 2001 他 ) と同様 だって を含む文を用いた実験でも infelicitous 文を infelicitous であると判断できなかった 実験 2 における QUD 質問法も被験児の同正答率を上昇させなかった この実験 2 の結果は SI に関する先行研究において報告されている結果 (Zondervan (2007) 他 ) とは異なる 実験 1,2 両方において felicitous 文と infelicitous 文に対する正答率の違いは 有意 (p< 0.005; Fisher s exact probability test) であった しかし 実験 3 においては 実験 1 と実験文の提示方法以外 同じ内容の実験であったにもかかわらず 実験 1 において infelicitous であると判断できなかった同じ infelicitous 文を選ばず 正しく felicitous である方の文を選んだ 当該文の正答率の上昇率は 有意 (p< 0.001) であった 子供全体の正答率 (%) の変化は 図 1 参照 80 70 60 50 40 30 20 10 0 SUBJ OBJ Total 図 1. 実験 1 と実験 3 の比較 target- Infelicitous (Exp. 1) target-donald (Exp. 3) ( 注 : target-donald = 実験文を提示す る 2 つのぬいぐるみのうち felicitous 文が ドナルド によるものであったため ) ( なお だって が主語位置にある場合と目的語位置にある場合の正答率の違い および実験 1 において用いられた felicitous 文に対し 実験 3 ではどのような結果であったか また 年齢別コクラン アーミテージ検定結果など 詳細は 準備中の論文を参照 ) 以上の結果により SI に子供が敏感でないことを説明するために提案された Chierchia et al.(2001, 2004) の処理コストの考えが だって を含む文にも適用されることが明らかとなった ( 実験 2 においてなぜ QUD が適応されなかったかは 準備中の論文を参照 )

論文では だって を含む文がどのように語用論的スケールに関わり 情報量の強弱の計算に関わるのかを論じるとともに 理論的構築物である conventional implicature, generalized conversational implicature, particularized conversational impliciature の 3 種類の推意の計算が果たして異なるのかについて議論している 95 90 85 80 implicit variable zibun 2 実験の結果 まず大人の統制群の正答率は約 96% であった これは 格標識付き stripping 構造が Hoji 2003, Fukaya & Hoji 1999 において論じられているように表層照応として日本語文法において実際に機能していることを示す証拠である 次に 被験児についても 先行詞が指示名詞であるか量化名詞であるかに関わらず 自分 および implicit variable を含む文について正しく束縛変項および sloppy 解釈をすることが明らかとなった 先行研究 (Matsuo 2007, Sugisaki 2007) では 日本語児の文法に sloppy 解釈があると論じているが 彼らの実験では sloppy context において空目的語文を T であると判断した結果をその根拠としていた しかしながら (Hoji 1998 他による空目的語構文が深層照応のひとつでありうるという問題点とは別に ) 彼らの研究においては 空目的語が不定解釈 /unspecific 読みをされている場合と束縛変項解釈 /sloppy 読みをされている場合が区別されていなかった 本研究の実験ではこの点を判別するために 実験文が提示されるコンテクストについて sloppy, strict, unspecific の 3 つの異なるタイプが用意された 具体的予測としては 子供の文法に本当に sloppy 読みがあるならば 文法的に許されるコンテクストにおいて当該実験文を T と判断し 文法的に許されないコンテクストにおいては 当該実験文を F と判断することが期待された 結果では この予測通りの子供の振る舞いが見られた 自分 および implicit variable を含む文の両方において 文法的に許されない strict, unspecific コンテクストがストーリーで提示された場合 図 2 に示すような高い確率で 実験文を正しく F と判断した ( なお 自分 および implicit variable を含む文とも その先行詞が指示名詞であるか量化名詞であるかによる違いは統計的に有意ではなかった また 自分 の先行詞として指示名詞が関わる文において該当文が排除される割合は 統計的に有意ではないものの 比較的低いことが図 2 において観察される これについては Fiengo & May (1994) においての解決策を採用している ; 詳細は 準備中の論文参照 ) 75 70 RNP QNP (RNP= 指示名詞, QNP= 量化名詞 ) 図 2 ミスマッチコンテクスト ( strict, unspecific ) における正答 率 : 子供 以上の結果により 日本語児の文法に 自分 および implicit variable について束縛変項解釈および sloppy 読みがあることが明らかとなった そして 同文法において 格標識付き stripping 構造に関する解釈をする場合 削除や LF 再構築が関わるという証拠を得ることができた 論文では 言語獲得の経験的事実をもとに 裸名詞句の不定解釈 削除の再構築や言語的先行詞を要求する表層照応について論じる 5. 主な発表論文等 ( 研究代表者 研究分担者及び連携研究者には下線 ) 雑誌論文 ( 計 2 件 ) 1Ito, Masuyo. Japanese-speaking children s interpretation of the focus particle even reveals their (in)sensitivity to implicatures. In T. Sano et al. (eds.), An enterprise in the cognitive science of language: A festschrift for Yukio Otsu, 495-509, 2008, 査読無し. 2Ito, Masuyo. Japanese-speaking children s interpretation of the focus particle even : Grammatical restrictions and implicatures. 福岡大学人文論叢, 39, 327-366, 2007, 査読無し.

6. 研究組織 (1) 研究代表者伊藤益代 (ITO MASUYO) 福岡大学 人文学部 准教授研究者番号 :10289514 (2) 研究分担者 なし (3) 連携研究者 なし