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平成 22 年 10 月に奄美大島で発生した豪雨とそれに関連した大気循環場の特徴について 鈴木真一 * The Characteristics of the Intense Rainfall on Amami-Oshima Island in October, 2010, and the Related Atmospheric Circulation Shin-ichi SUZUKI *Storm Flood and Landslide Research Department, National Research Institute for Earth Science and Disaster Prevention, Japan Abstract The characteristics of the heavy rainfall in Amami-oshima island on 18-21 October, 2010, and related atmospheric environment were analyzed using analyzed rainfall data based on weather radar, geostationary satellite image and grid point value data of numerical weather forecast. Typhoon T1013 was moving to the north slowly in South China Sea and stationary frontal zone extended west to east over Japanese main islands around 20 October. Amami islands were located to the north-east of the typhoon and southerly wind was significant in the lower troposphere over the islands. Radar/Rainguage-Analyzed precipitation data by Ministry of Land, Infrastructure, Transport and Tourism (NLIT) indicated three distinctive maximum of rainfall rate around 09 JST on 10 October, 03 JST and 15 JST 20 October around the Amami-oshima island. The passage of cloud clusters which were associated with the time developments of the rainfall was shown from the analysis of the images from the meteorological satellite. From 19 to 20 October, the existence of dry air in the middle troposphere near Amami islands, which were originated from the frontal zone and around the typhoon, were analyzed from the GPV data of Japan Meteorological Agency numerical weather forecast and possibly it is a important factor for the heavy rainfall. The topography of the Amami-oshima island also strengthen the rainfall. Key words : Frontal zone, Cloud cluster, Typhoon, Intense rainfall 1. はじめに平成 22 年 10 月 18 日から 21 日にかけて, 奄美地方ではところによりこの 4 日間の降水量が 800 mm を超える記録的な大雨となった 1),2). 奄美大島の名瀬市では 20 日 23 時 20 分までの 24 時間雨量は 648.0 mm を記録し, 昭和 51 年の観測開始以来最大を記録した. この豪雨によって鹿児島県奄美市で 2 名, 鹿児島県大島郡龍郷町で 1 名の死者の人的損害があったほか, 家屋の浸水や土砂災害が多数発生した 1),2). 気象庁の報告 1) によれば, この期間には前線が奄美地方に停滞し, 南シナ海にあった台風 13 号の東側で非常に湿った空気が前線付近に流れ込んだため, 大気の状態が 不安定となった, とある.10 月 20 日 12 時 ( 日本時間 ) の地表面天気図 ( 図 1) によれば, 日本の南岸には停滞前線があり, フィリピンの西に台風 13 号がゆっくりと北上している. 図 2 は同時刻の気象衛星の赤外画像であるが, 台風が同位置にあること, 日本列島が東西に延びる雲域に覆われていることがわかる. また, 台風と前線帯の中間にあたる南西諸島付近にはいくつかの雲の塊があることもわかる. このような台風が運ぶ暖湿な空気と前線帯との組み合わせは,1998 年の栃木 福島豪雨や 2000 年の東海豪雨, 2005 年の首都圏豪雨でも見られ, 日本では比較的豪雨を発生させることが多い 3). * 独立行政法人防災科学技術研究所水 土砂防災研究ユニット - 1 -

本報告では, 気象衛星, 国土交通省解析雨量, 気象庁数値予報 GPV などのデータをもとに, 降水の時間発展の様子やそれをもたらした環境場について解析を行い, 豪雨の発生環境について考察を行う. まず, 奄美大島での降雨の時間変化について解析を行う. 次に, 気象衛星画像と気象庁数値予報 GPV データを用いて広範囲の状況を解析し, 豪雨をもたらした要因について考察を行う. 2. 使用したデータ本解析では, 気象庁および国土交通省の気象レーダとアメダス観測から解析された国土交通省解析雨量, 気象庁数値予報モデル格子点データ (GPV データ ), 静止気象衛星 (MTSAT) の IR3 チャンネル ( 水蒸気画像 ) の等価黒体温度 (TBB) のデータを用いた. 衛星のデータについては, 高知大学気象情報ページのデータを利用した. 3. 解析結果 3.1 解析雨量図 3 は奄美大島を含む, 東経 129.1 度から 129.7 度までおよび北緯 28.1 度から 28.5 度までの範囲で平均を行った, 国土交通省解析雨量の降雨強度の時間変化の様子を,18 日午前 9 時から 21 日午前 9 時まで示したものである. これを見ると, 大きく 3 つの降水量のピークがあることがわかる.1 つは 19 日午前 9 時頃を中心とした午前 3 時から午後 1 時くらいまでの時期 ( 期間 A とする ),2 つ目は 20 日午前 3 時頃を中心とする 19 日午後 9 時から 20 日午前 9 時くらいまでの時期 ( 期間 B とする ),3 つ目は 20 日午後 3 時頃を中心とする 20 日午前 9 時から午後 9 時くらいまでの時期 ( 期間 C とする ) である. このうち, 期間 B と期間 C の 2 つの時期の降水量が多かったことがわかる. 図 1 10 月 20 日 12 時 ( 日本時間 ) の気象庁地上天気図 1) Fig. 1 Surface weather chart at 12 JST on 20 October, 2010 drawn by Japan Meteorological Agency (JMA). 図 2 10 月 20 日 12 時 ( 日本時間 ) における気象衛星ひ 1) まわりの赤外画像 Fig. 2 Infra-Red image at 12 JST on 20 October, 2010, observed by Multi-functional Transport Satellite (MTSAT). 図 3 国土交通省解析雨量における 10 月 18 日午前 9 時から 10 月 21 日午前 9 時までの, 奄美大島を含む領域 ( 東経 129.1 度から 129.7 度までおよび北緯 28.1 度から 28.5 度までの平均 ) 降雨強度 (mm/hour) Fig. 3 Time development of rainfall rate (mm/ hour) averaged for the region from 129.1 ºE to 129.7 ºE and from 28.1 ºN to 28.5 ºN, estimated from Radar/Rainguage Analyzed precipitation data which analyze precipitation rate every ten minutes. - 2 -

平成 22 年 10 月に奄美大島で発生した豪雨とそれに関連した大気循環場の特徴について 鈴木 図 4 は図 3 と同じ時期における降雨強度の奄美大島付 近の南北時間断面を示したものである 奄美大島は北緯 28.3 度付近である 全体として左下から右上への斜めの 線が見られ この領域を雨域が次々に南から北へ通過し ていることがわかる 期間 A は奄美大島付近で特に降雨 強度が大きくなったということはない しかし期間 B お よび C においては 雨域が奄美大島付近に留まっている ことがわかる 降雨強度 10 mm/h 程度以上のやや強い雨 が北緯 27.5 度付近から 29 度付近で持続していることに加 え 北緯 28.3 度付近の奄美大島にあたる位置では 降雨 強度 25 mm/h 程度の強い雨も持続していることがわかる これらのことから 期間 A では台風の東側を北へ移動 する降雨域の通過によって 期間 B および C では やは り台風の東を北上する降雨域が通過しているが それに 加えて何か降雨の持続するメカニズムが関連しているこ とが推察される 特に 奄美大島では島に起因した要因 で降雨が強化されているとみられる 暖湿な気塊を持ち 上げる地形の効果であろう 3.2 気象衛星 図 5 は期間 B および期間 C で降雨量の大きかった 10 月 20 日午前 3 時および午後 3 時の気象衛星ひまわりの水蒸 気チャンネルで観測された等価黒体放射温度 TBB の水 平分布 いわゆる水蒸気画像 である 南シナ海に台風 13 号の雲の渦が見える 南西諸島にはいくつかのメソβスケール 20 km から 200 km の水平規模を指す の雲の塊があり これらは南西 から北東に進んでいる 期間 B および C ともに 台風や 低気圧などのメソα 200 km から 2,000 km の水平規模 か ら総観規模の擾乱や 明瞭な寒冷前線などが奄美地方に あったわけではないことがわかる 図4 図 6 は図 4 と同様に TBB の南北時間変化を示したも のである この図からも 図中に桃色の線で示すように クラウドクラスター 局地的に雲が集団になっている領 域 が南から北へ移動していく様子がわかる その過程で 奄美大島に豪雨をもたらしていた 衛星画像からは 雲 域が奄美大島で特に発達した様子はみられない これは 奄美の豪雨は広範囲な擾乱の発達に伴ったものではなく 局所的な要因で発達したことを示している 図5 東経 129.1 度から 129.7 度まで平均した国 土交通省解析雨量の降雨強度 mm/hour の 南北時間断面 Fig. 4 Time-latitude plot of the Radar/Rainguage Analyzed precipitation data rainfall rate averaged for 129.1 129.7 ºE. a 10 月 20 日午前 3 時 日本時間 および b 同 午後 3 時に気象衛星ひまわりの水蒸気チャンネ ルで観測された等価黒体輝度温度 Fig. 5 Equivalent temperature for black body (TBB) observed by MTSAT at (a) 0300 JST on 20 October, 2010 and (b) 1500 JST. 3

は北緯 28 度付近にあった湿潤域が偏西風に沿って東へ移動すると共に, 北緯 30 度付近にあった乾燥域とその南側にあった乾燥域が 1 つになり, 東シナ海に乾燥した領域が広がる.19 日には, この乾燥領域が台風の西側の南シナ海から南西諸島にかけて弧状に広がっていることがわかる. 対流圏の下層で暖湿であり, かつ, 対流圏中層に乾燥空気がある状態では, 激しい対流性の降雨が生じる場合のあることが知られている 3). 奄美群島周辺では, 台風の周囲で生じたクラウドクラスターが北上するにしたがい, 台風の周囲にあった乾燥域や前線帯にあった乾燥域と出会う環境にあり, その結果として豪雨が発生したことが考えられる. 図 6 気象衛星ひまわりの水蒸気チャンネルで観測された等価黒体輝度温度 ( ) を東経 126 度から 131 度まで平均した南北時間断面桃色の線については本文参照 Fig. 6 Time-latitude plot of the water vapor channel TBB averaged for 126 131ºE which was observed by MTSAT. 3.3 GPV データ図 7 は 10 月 17 日,18 日,19 日の午前 9 時における 850 hpa の相当温位と水平風速ベクトルと,500 hpa にお ける相対温度と水平風速を示したものである. 対流圏下 層にあたる 850 hpa の様子をみると,17 日には台風はフィ リピンの東側にあり, 沖縄付近はその影響で東風が吹い ている. この高度で見ると前線はほぼ南西諸島から奄美 群島付近を通って, 本州の南側につづいている. 台風が西へ移動して行くに従い, 風向きが東風から南東風になり, 東シナ海は 330 K 以上の暖湿な空気に覆われていく. 19 日には北緯 30 度付近まで前線が北上し, 奄美群島は前線の暖域になっていく. 一方, 対流圏中層の 500 hpa の様子を見ると,17 日には相対湿度 10 % 以下の乾燥した領域が停滞前線の北側の北緯 30 度付近に東西に延びる帯状の領域として東経 105 度付近から本州にかけて広がっている. この乾燥域の南側には, 東西に細く延びる相対湿度 80 % 以上の湿潤域が北緯 28 度付近の東経 115 度付近から 130 度付近にかけて延びているが, そのさらに南側に相対湿度 40 % 以下の乾燥域が台風の周囲にスリット状に存在している.18 日に 4. まとめ国土交通省解析雨量, 気象衛星画像, および気象庁数値予報 GPV データを用いて,2010 年 10 月 18 日から 21 日にかけて奄美大島で発生した豪雨の気象学的環境について解析と考察を行った. すでに気象庁の速報で述べられているように, 台風 13 号と日本付近の前線の影響が確認された. 今回の解析では, さらに, 奄美群島付近では明確なメソαスケール以上の擾乱は見られないこと 台風の東側を北上するクラウドクラスターの北上に伴う豪雨であったこと 停滞前線の南側の暖湿域で発生していること 前線付近および台風の周囲に存在していた対流圏中層の乾燥空気が豪雨の誘因である可能性があること 奄美大島の地形が雨量の増加をもたらしていた可能性が高いことなどの豪雨の要因を示すことができた. 参考文献 1) 気象庁 (2010): 前線による大雨平成 22 年 (2010 年 ) 10 月 18 日 ~ 10 月 21 日.7pp. 2) 鹿児島地方気象台 名瀬測候所 (2010): 災害時気象資料 平成 22 年 10 月 18 日から 20 日にかけての鹿児島県奄美地方の大雨について.11pp. 3) 吉﨑正憲 加藤輝之 (2007): 豪雨 豪雪の気象学. 応用気象学シリーズ 4, 朝倉書店. (2011 年 8 月 23 日原稿受付, 2011 年 9 月 26 日改稿受付, 2011 年 10 月 19 日原稿受理 ) - 4 -

平成 22 年 10 月に奄美大島で発生した豪雨とそれに関連した大気循環場の特徴について - 鈴木 図 7 気象庁数値予報 GPV から求めた (a)2010 年 10 月 17 日 (b)18 日 (c)19 日のそれぞれ午前 9 時における 850 hpa 面の相当温位 ( 色,K) と風速ベクトル, および (d)17 日 (e)18 日 (f)19 日の午前 9 時における 500 hpa 面の相対湿度 ( 色,%) と風速ベクトル. 各図の下の風速ベクトルのスケールは m/s Fig. 7 Equivalent potential temperature (color shade, K) and horizontal wind vectors at 850 hpa at 0900 JST on (a) 17, (b) 18 and (c) 19 October, 2010 and relative humidity and horizontal wind vectors at 500 hpa at 0900 JST on (d) 17, (e) 18 and (f) 19 October, 2010. Unit for vector scale under each figure is m/s. - 5 -

要旨 平成 22 年 10 月に奄美大島で発生した豪雨とその発生環境について, 国交省解析雨量, 気象衛星データ, 気象庁数値予報の格子点データを用いて解析した. 豪雨の発生した 2010 年 10 月 20 日頃は, フィリピン付近に移動速度の遅い台風があり, かつ, 日本列島は東西に延びる前線帯に覆われていた. 台風の北東象限にあたる奄美地方では対流圏下層で南風が卓越し, 前線帯の南側におかれていた. 国交省解析雨量の解析から, 奄美大島周辺では 19 日午前 9 時頃,20 日午前 3 時頃および 20 日午後 3 時頃を中心とした 3 回の降雨強度の極大がみられた. 気象衛星画像の解析から, 奄美大島周辺では南西から北東にいくつかの雲域が移動していく様子が見られ,3 回の極大はこれらの雲域の通過に対応していた. 気象庁数値予報 GPV の解析からは,19 日から 20 日にかけて, 高度 500 hpa において前線帯の北側および台風の周辺に存在していた乾燥空気が奄美群島周辺に存在しており, この時期の奄美大島での降水の持続に寄与している可能性が示された. このような環境に加えて, 奄美大島では雲域の通過の際に特に雨が強くなっており, 島の地形の効果で降雨が強まったことが推察される. キーワード : 停滞前線, クラウドクラスター, 台風, 豪雨 - 6 -