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* JAXAにおける航空技術開発と国産旅客機開発 ** 中道二郎 *** 中村俊哉 1. はじめに 2008 年における世界の航空輸送量 ( 有償旅客キロ ) は約 4 兆 5890 億人キロであるが, 今後 20 年間は平均 4.7% の成長が見込まれ,2028 年には 2.5 倍の 11 兆 4310 億人キロに達すると予測されている. 現在の輸送量を供給するため,15,900 機のジェット機と 3,700 機のターボプロップ機が運航されているが,20 年後にはそれぞれ,33,500 機,2,400 機になると見込まれている 1). 一方, 国連 IPCC (Intergovernmental Panel on Climate Change) の 1999 年の報告によると, 世界の化石燃料消費のうち交通機関の消費割合は約 20% であり, そのうちの 12% が民間航空機によるとされている. すなわち, 化石燃料の消費により排出される二酸化炭素のうち約 2.4% が民間航空輸送による. 一方, 航空機は他の交通機関と異なって高空 ( ジェット旅客機で高度約 10km) を飛行するため, 二酸化炭素排出による温室効果は地上の場合に比べて 2~4 倍大きいと考えられている 2). 航空機における燃費は 1960~2000 年にかけて 70% も改善されているといわれているものの 3), 今後の航空輸送量の増加, 航空機特有の温室効果への影響等を考慮すると, 環境適合技術の研究開発は引き続き重要課題であり, 各国で精力的な取り組みがなされている. 例えば, 欧州では Clean Sky JTI として, 騒音半減,NOx 排出 80% 削減,CO2 排出半減 を目標とする 2008~2014 年の 7 年間の研究開発プログラムを産官学で進めている. 米国 NASA では 2030~2035 年頃の商用輸送機の概念研究を公募により進めているが, その目標は NOX 排出 75% 以上削減, 燃料消費 70% 以上削減 である. また, ボーイング社では環境負荷低減の取り組みとしてバイオ燃料の開発と B747 型機による試験飛行, また, 燃料電池を補助動力ユニット (APU) に適用した飛行試験を実施している. わが国においては YS-11 以来半世紀近い空白ののち,2007 年度末に国産ジェット旅客機 MRJ (Mitsubishi Regional Jet,70~90 席規模 ) の事業化が決定され,2011 年度の初飛行,2013 年度の市場投入を目指して開発が進められている.MRJ は同サイズの従来機に比して 20% 以上もの燃費向上を実現するハイテク機である. このように, 環境適合性向上はわが国においても他国同様重要課題 * 原稿受付平成 21 年 6 月 17 日. ** 宇宙航空研究開発機構研究開発本部 ( 調布市深大寺東町 7-44-1). *** 宇宙航空研究開発機構航空プログラムグループ ( 三鷹市大沢 6-13-1). とされており,2003 年度から経済産業省新エネルギー 産業技術総合開発機構によって 環境適応型高性能小型航空機研究開発 プロジェクトが実施された 4). このプロジェクトは低燃費, 低騒音, 操縦容易性を実現する航空機関連技術の研究開発を行うもので, 宇宙航空研究開発機構 (JAXA) では同時期に 国産旅客機高性能化技術研究開発プロジェクト を立ち上げ, 共同研究機関として参画してきた. そして, プロジェクトの一環として航空機メーカーとの共同研究を通じて, 燃費向上, 安全性向上等に関するニーズの高い先端技術の研究に取り組んでいる. また, 日本における継続的な航空機産業の発展に寄与すべく, 将来性のある技術課題を抽出し, 先行的に研究を進めている. 本稿ではこの JAXA における旅客機技術研究開発について概説する. 2.JAXA における旅客機技術研究開発の概要 表 1 に研究課題の一覧を示すように, 旅客機の機体設計開発に関わる広範な研究を実施している. これらの課題は航空機メーカーとの調整により設定し, プロジェクトとして目標と進捗を管理している. 表から分かるとおり, プロジェクトの成果としては, 抵抗低減, 騒音低減, 軽量化などによる環境適合性の向上, および, 安全性の向上への寄与が期待される. 中でも, 抵抗低減と軽量化は燃費の向上に大きく寄与するものである. 以下の章では, 空力 騒音技術および低コスト複合材技術を中心として, 研究内容と主要な成果を概説する. 詳細については文献 5-12) を参照されたい. 表 1 研究課題一覧 技術分野 代表的課題 効果 空力 風洞試験計測技術, 高揚力 抵抗低減 装置解析技術 騒音 機体騒音解析, 騒音低減デ 騒音低減 バイス 構造 フラッタ解析, 衝撃解析技術, 異物衝突解析 安全性向上, 軽量化 材料 低コスト複合材構造技術, 強度評価 軽量化, 整備性向上 操縦システム 操縦性評価, パイロットワークロード評価 安全性向上, 操縦容易性向上 飛行試験 飛行試験関連技術, 着氷, 各種技術実証 安全性向上 Journal of the JIME Vol. 44,No.5(2009) 8

3. 国産旅客機高性能化技術研究開発 3.1 空力および風洞試験技術この分野における研究の目的は, 大規模な数値流体力学解析技術 (CFD, Computational Fluid Dynamics) や先進的な光学計測技術を空力設計, 風洞試験に適応することにより, 設計開発技術の高度化, 効率化を進めることである. 図 1 は特に高揚力装置の空力特性と解析技術の研究のために製作したエンジンマウント主翼半裁模型 (JAXA 標準模型 JSM ; JAXA high-lift configuration Standard Model) の JAXA6.5m 5.5m 低速風洞での試験の様子である. この一連の試験では, 高揚力装置特性のレイノルズ数依存性の解明,CFD 解析を活用した高揚力装置空力性能向上, エンジンパイロンおよびチャインの最適取り付け位置の決定などを具体的目的としている. 高揚力装置の性能を CFD と風洞試験で検証した例を図 2 に示す. わが国では風洞設備の制約により実機のレイノルズ数での風洞試験は不可能であるので, 風洞試験によって CFD 解析精度を確認し, 実機の性能を正確に予測することが重要な課題となっている. また, エンジンパイロンの取り付け位置の失速特性への影響, チャインの最適取り付け位置などの決定に対して,CFD と先進風洞試験計測技術のひとつである粒子画像流速測定法 (PIV;Particle Image Velocimetry) の適用を試みている.PIV はある断面での流速の分布を可視化する技術であり, 設計で必要な速度場データを効率的に取得できることを実証した. 実用大型風洞への適用例は世界的に見ても稀少である. 図 3 はエンジンナセルと主翼の空力干渉を調べた風洞試験の模型と PIV による速度場可視化の例である.CFD 解析と併用することにより渦干渉の状態が把握でき, 失速特性の改善などが可能であることを明らかにした. 図 1 高揚力装置標準模型の JAXA 6.5m 5.5m 低速風洞での試験 図 3 エンジンナセルと主翼の干渉 ( 風洞試験模型と PIV による速度場可視化例 ) 図 2 高揚力装置まわりの流れの解析と試験結果の比較例 ( 上図 : 表面静圧, 空間全圧分布, 流線 ) 図 4 全機形態スケールモデルの JAXA 2m 2m 遷音速風洞での試験 Journal of the JIME Vol. 44,No.5(2009) 9

d sp =0 deg d sp =60 deg 図 5 感圧塗料による翼面圧力分布の可視化 ( スポイラの影響 ) 図 6 騒音源探査の例 図 7 騒音発生メカニズム解明のための LES 解析 図 4 は全機形態スケールモデルを用いた JAXA 2m 2m 遷音速風洞での試験の様子である. 巡航時の空力抵抗, 空力荷重に関するデータの取得が目的である. 本プロジェクトにおける遷音速風洞の計測技術の改良により, 空力抵抗に関しては, 従来の 10~15 カウントの精度を 2~3 カウントの精度にまで向上させることに成功した (1 カウント : 抵抗係数の値にして,0.0001). この試験においては感圧塗料 (PSP;Pressure Sensitive Paint) による圧力計測が用いられ, 実機設計開発への適用性を実証した.PSP は構造表面の圧力分布を可視化する技術であるが, こうした実用レベルで本技術を実証したのは世界的に例がない. 具体的には, 模型の表面上に感圧塗料を 塗布して風洞試験を行い, 模型表面の輝度を光学的に測定し, データ処理によって圧力に変換する. このとき, 輝度は局所的な温度に依存するので, 感温塗料 (TSP;Temperature Sensitive Paint) により温度計測も同時に行ってデータを補正する. 図 4 では全機形態試験の流れの対称性 ( 横滑り角なしの場合 ) に着目し, 左翼に PSP, 右翼に TSP を塗布している. この技術の画期的なところは, 従来の圧力センサによる 点 での圧力計測から 面 での圧力計測が可能になったところにある. 詳細かつ高精度な空力荷重分布データを効率的に得ることができるので, 風洞試験データの生産性の向上, 風洞試験の効率化, ひいては開発費の軽減につながる重要な技術である. 図 5 にスポイラー周りの圧力分布を PSP で可視化した例を示す. 3.2 騒音解析評価技術先述のように民間航空の交通量は今後も着実に増加することが予想されるので, 騒音の問題は環境問題として大きく取り上げられるようになった. 国際民間航空機関 (ICAO) では 2001 年, それ以前の騒音基準 Chapter 3 を強化した Chapter 4 が制定された. 具体的には,2006 年 1 月以降に型式証明を申請した機体に対しては, 新しい騒音基準 Chapter 4 を適用し,Chapter 3 の基準によりも 10EPNdB 以上の騒音低減が求められる. 航空機の騒音源はおおよそふたつに分類される. ひとつはエンジンから発生するファン騒音およびジェット騒音, もうひとつは, エンジン以外からの騒音で, 機体のまわりの空気の流れにより発生する機体騒音である. 着陸形態では高揚力装置と降着装置を展開するが, この形態では, 装置が収納されている状態と比べて機体騒音が大幅に増加することが知られている. 一方, エンジン騒音については, 近年バイパス比が大きくなり低騒音化が進んでおり, 加えて着陸進入時にはエンジン出力を絞るために, 着陸フェーズにおける機体騒音への対策は重要な課題になっている. JAXA では着陸形態での高揚力装置や脚からの騒音発生機構や騒音を抑制する方法の研究を進めている. 音源探査技術の開発, 騒音発生メカニズムの解明, 騒音低減デバイスの開発を目的としている. 着陸フェーズでは高揚力性能と安全性を損なうことなく騒音を低減する必要があるので, 空力設計との関連が強い研究課題である. 航空機の騒音発生源を特定するために, 風洞試験でマイクロフォンアレイを用いた音源探査を実施した. 図 6 にその結果の一例を示す. この図から, 色の濃い部分 ( 前縁スラット部, 翼およびフラップ端 ) から強い騒音が発生していることが分かる. また, 図 7 は騒音発生のメカニズムを理解するために LES(Large Eddy Simulation) により前縁スラットと主翼の間隙を通過する流れを詳細に Journal of the JIME Vol. 44,No.5(2009) 10

解析した例であり, 乱流構造と騒音発生の関連について詳細な分析を行っている. これらの成果に基づき, 高揚力装置の騒音を低減するデバイスの開発も進めている. 図 8 実大垂直尾翼静強度試験の実施状況 図 9 JAXA の開発した VaRTM 成形技術により成形した 6m 実大主翼構造模型 3.3 低コスト複合材技術空を飛ぶ機械である航空機において, 軽量化は決定的に重要である. そのため, 従来比強度 ( 強度を比重で除した値 ) の優れた高強度アルミニウム合金が主たる構造材料として用いられてきた. 近年では複合材料, 中でも比強度に特に優れた CFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastic, 炭素繊維にプラスチック材料を含浸した後, 硬化させて成形した複合材料 ) の航空機構造への適用が進められている. 航空機への複合材料の適用は軍用機が先行していたが, 最近では民間旅客機への利用も着実に進み, 構造重量に占める複合材の割合は, 超大型機 A380 では 30% 程度,2009 年 6 月現在開発の最終段階である B787 では 60% に近い. 複合材料を最大限効果的に利用した場合, 構造重量としては約 30% もの重量低減効果があるとされている. 中距離用広胴機の場合, 離陸重量を 2000kg 減らすことはエンジン燃費を 1% 改善することに相当する 2) といわれるように, 複合材料の適用による軽量化は燃費向上に大きく貢献する. さらに, 複合材料は金属材料に比べて腐食もなく耐久性が高いため, 整備性に優れている. すなわち, 運用コストも含めたライフサイクルコストの低減にも有効である. 航空機への複合材料適用に対する大きな障害の一つは高いコストである. そのため, 近年,VaRTM (Vacuum assisted Resin Transfer Molding) という低コスト複合材構造製造技術の開発が進められている.VaRTM 製法はドライプリフォームと呼ばれる繊維を型にはめ, 真空圧で樹脂を含浸させて成形する方法であり, 従来製法でコスト高の要因となっていたプリプレグやオートクレーブを必要としない. VaRTM 製法は既に風車やボートなどへの適用実績がある. しかしながら, 本手法を本格的に適用した商用航空機は世界的にも例が無く, 型式証明発行の実績がないため, わが国で開発する航空機に適用する場合にその安全性の実証方法 ( 適合性証明 ) を確立する必要がある. また, その基盤となる破壊のメカニズムや評価方法など基礎的な研究が必要である. 以上の背景に基づき, 本プロジェクトでは VaRTM 技術について, 以下の二つのアプローチで研究を進めている. 一つ目は構造安全性の実証方法の研究である. 尾翼構造への適用を前提として, 各種クーポンや構造要素の強度試験を実施するとともに, 航空局の支援の意味も含めた, 型式証明試験方案の研究を実施している. 図 8 は実大垂直尾翼模型を用いた強度試験の様子である. 図 10 修理を施した複合材部材の強度試験 Journal of the JIME Vol. 44,No.5(2009) 11

図 11 フラッタ試験模型と解析モデル 図 12 着水衝撃試験と流体 構造連成解析モデル 図 13 異物衝突解析と試験 ( 主翼前縁模擬 ) 二つ目は VaRTM 成形手法と強度評価法の確立である. 航空機への適用が可能となる強度を実現するためには高い繊維含有率が必要であるが, 樹脂含浸のムラが生じやすいなどの問題が付随するため, 高い品質を安定的に実現するのは容易ではない. そのため, 樹脂含浸過程のシミュレーションなど成形プロセスの研究, 形状に起因する強度のばらつきを含めた強度評価法の研究, さらに, 本成形部材に適した非破壊検査技術の研究に総合的に取り組んでいる. すなわち, クーポンサイズから実大構造模型へと段階的に, 実際に供試体を設計 製造し, 試験で確認しながら進めている. 図 9 に 6m 長の実大主翼構造模型を示す. この主翼模型の成型品質は高く, 航空機への適用が可能な水準が達成されていると考えている. 静的強度確認試験 (100% 制限荷重負荷 ) は終了し, 現在は疲労試験の準備を進めている. 複合材構造を実機に用いた場合に必要となる整備技術の研究にも取り組んでおり, 先述の非破壊検査技術のほか, 図 10 に示すように修理技術の研究も進めている. こうした運用上の課題については, ニーズに適格に応えるため, 運航会社との共同研究としても実施している. 3.4 その他の研究フラッタは特に遷音速領域でクリティカルになることが知られている. 多くのジェット旅客機の巡航速度はマッハ 0.8 前後で, 例えば MRJ の場合はマッハ 0.78 であるが, 最大巡航速度に対して余裕のある設計をする必要があるため, 遷音速領域のフラッタ解析は必須である. 遷音速領域でのフラッタは衝撃波の発生などによって複雑であり, 従来の線形理論では解析不可能なため, 安全上相応のマージンを見込んだ構造設計を行わざるを得ず, 余分な構造重量を投入していた.JAXA のフラッタ解析技術は世界的にも高い水準にあり, 遷音速領域でも精度良くフラッタ速度を推算することができるが, エンジンをマウントした翼のような複雑な 3 次元構造への適用は困難なため, 図 11 に示すように, フラッタ風洞試験で検証を繰り返しつつ, 空力弾性上の安全を最小限のマージンで保証し, 構造重量軽減に資する解析技術の開発を行っている. 旅客機は安全な乗り物で, 乗客の生命に係わる重大な事故の発生率はここ数十年間, 概ね 100 万フライトに 1 回ないしは 2 回というデータがある. また, その内の大半が離着陸時に起こっている. 胴体着陸というような緊急の事態もある. さらに, 日本のような海に囲まれた国では洋上飛行は不可避であるが, このような場合, 旅客機に対する安全基準として, 制御された状態で着水 ( ディッチング ) した場合に乗客が全員機外に避難する間機体が海に沈んでしまうことがないように設計することが義務づけられている.2009 年 1 月 15 日に発生した米国ハドソン川への不時着水は記憶に新 Journal of the JIME Vol. 44,No.5(2009) 12

5. おわりに わが国では YS-11 以来約半世紀ぶりに国産旅客機の開発が進められている. 開発の成功と今後の航空技術の発展において, 省エネルギーなど環境適合性を高める技術は中心的な役割を果たすものと考えられる. 本稿で紹介した JAXA の航空技術研究開発がその発展の一助になれば幸いである. 図 14 地上走行誘導表示の例 しい. このため, 胴体構造の設計には衝撃について精度の高い解析と試験の技術が求められる. 図 12 に横浜国立大学大型海洋波浪水槽で実施した着水試験の様子と解析モデルを示す. 解析は流体と構造が連成する複雑なものであるが, 機体構造にかかる圧力, 加速度などの時間履歴において高い推算精度が実現しており, 胴体構造設計への適用が期待される. 一方, 図 13 に鳥やタイヤ破片などの異物が機体構造に衝突したときの解析と試験の様子を示す. リベット接合された航空機特有の構造に対して高い解析精度が得られるモデル化手法の研究を行っている. 操縦システム技術としては, 地上走行支援システム, 電気信号式操縦 (FBW;Fly-By-Wire) のプロテクション機能, 操縦輪サイズが操縦性に及ぼす影響などの研究を行っている. 飛行中の航空機の操縦性については, 過去の研究開発によって既に離着陸の一部のフェーズを除いて自動操縦が可能になっている. しかしながら, 地上走行についてはパイロットに対する支援技術も自動化もほとんど進展がない. そこで, 制御系と誘導表示系のふたつの観点から地上走行の操縦性を向上させる技術の開発に取り組んでいる. 試作した誘導表示の例を図 14 に示す. 現在の状態から予測された走行軌跡と, 過度のステアリング角操作によるスリップ発生を検知して表示する機能を有している. シミュレーション実験の結果, 特に滑りやすい滑走路状態でも高い操縦性を維持できることが分かった. 今後は実験用航空機を用いた飛行試験技術に関する研究や研究成果の実証を進める計画である. 4. 大型試験設備の整備 本研究開発では以下の通り, 航空機開発のために必要となる大型試験設備の整備も実施している. 2m 2m 遷音速風洞の主送風機, 計測系 2m 2m 低速風洞用無響カート 複合材多数本試験設備 高速衝突衝突試験装置 参考文献 1) 平成 20 年度民間輸送機に関する調査研究, 財団法人日本航空機開発協会,( 平 21-3). 2) Z. Yanzhong, Engineering Sciences, 6-2, (2008),2-8. 3)P.M. Peeters, et al., NLR-CR-2005-669 (2005). 4) 未来へ広がる産業技術とエネルギー成果レポート最前線 2008, 独立行政法人新エネルギー 産業技術総合開発機構,( 平 20-3)pp.7-8. 5) 中道ほか 4 名, 日本航空宇宙学会誌,54-624 ( 平 19-1), 17-19. 6) 中村, 日本航空宇宙学会誌,56-649 ( 平 20-2), 49-52. 7) 中村, 日本航空宇宙学会誌, 57-660 ( 平 21-1), 1-1. 8) 少路, 日本航空宇宙学会誌, 57-660 ( 平 21-1), 2-5. 9) 山本, 日本航空宇宙学会誌, 57-661 ( 平 21-2), 38-43. 10) 舩引ほか 4 名, 日本航空宇宙学会誌, 57-661 ( 平 21-2), 44-47. 11) 永尾ほか 6 名, 日本航空宇宙学会誌, 57-663 ( 平 21-4), 91-95. 12) 平野ほか 4 名, 日本航空宇宙学会誌, 57-664 ( 平 21-5), 133-139. 非定常空気力学 著者紹介 中道二郎 1950 年生. 所属. 宇宙航空研究開発機構研究開発本部 最終学歴. 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了, 工学博士 専門分野. 構造力学, 空力弾性, 中村俊哉 1963 年生. 所属. 宇宙航空研究開発機構航空プログラムグループ 最終学歴. 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了, 工学博士 専門分野. 構造強度, 応用弾性力学 Journal of the JIME Vol. 44,No.5(2009) 13