http://www.tokiorisk.co.jp/ 154 東 京 海 上 日 動 リスクコンサルティング( 株 ) 危 機 管 理 グループ 研 究 員 野 村 幸 代 原 子 力 発 電 所 に 忍 び 寄 るテロ 脅 威 はじめに 第 二 次 世 界 大 戦 後 米 国 と 旧 ソビエト 連 邦 ( 以 下 旧 ソ 連 )が 中 心 となり 世 界 を 2 極 化 した 冷 戦 は 旧 ソ 連 の 崩 壊 で 終 結 した その 後 世 界 唯 一 の 大 国 となった 米 国 が 世 界 の 警 察 として 人 道 的 武 力 介 入 を 繰 り 返 した 冷 戦 後 時 代 (Post-Cold War Period) は 2001 年 9 月 11 日 に 発 生 した 米 国 同 時 多 発 テロに より 終 わり テロとの 戦 争 (War against Terrorism) を 掲 げた 米 国 主 導 の 対 アフガニスタン 武 力 行 使 及 び 対 イラク 武 力 行 使 そしてテロの 連 鎖 が 続 く ポスト 9.11 時 代 (Post-9.11 Period) へと 突 入 していったのである かつてフランシス フクヤマは 冷 戦 の 終 結 を 歴 史 の 終 焉 (the End of History) と 呼 んだが テロとの 戦 争 は 依 然 として 終 わりを 見 ず 世 界 は 新 たな 歴 史 の 局 面 を 迎 えている 一 方 世 界 ではエネルギー 問 題 が 騒 がれている 工 業 の 発 展 によるエネルギー 需 要 の 増 大 エネルギー 資 源 の 枯 渇 環 境 汚 染 や 地 球 温 暖 化 問 題 等 このような 中 効 率 的 で 二 酸 化 炭 素 を 排 出 しない 原 子 力 発 電 に 再 び 注 目 が 集 まっている 米 国 のスリーマイル 島 や 旧 ソ 連 のチェルノブイリにおける 事 故 等 の 例 が 示 す 通 り その 危 険 性 から 一 時 は 廃 炉 へ 向 かっていた 原 子 力 発 電 所 ( 以 下 原 発 )だが 現 在 は 欧 米 諸 国 で 原 子 力 ルネサンス と 呼 ばれる 原 子 力 発 電 の 再 評 価 が 起 こり 米 国 では 30 基 を 超 える 原 子 炉 の 建 設 計 画 が 進 んでいる 米 国 同 時 多 発 テロでは 原 発 が 標 的 になっていたという 情 報 もある 流 動 的 で 不 安 定 な 世 界 情 勢 の 中 進 む 原 子 炉 新 設 計 画 そこに 潜 むリスクとは 何 か 本 稿 では 原 発 に 忍 び 寄 るテロのリスク そしてど のような 国 際 的 リスクマネジメントの 枠 組 みが 策 定 されているのかに 関 してまとめることとする 1. 原 発 へのテロ 脅 威 まず 原 発 にどのようなテロが 起 こりうるのかを 以 下 にまとめる (1) 核 物 質 の 奪 取 通 常 核 燃 料 は 大 きく 重 いため 奪 取 は 容 易 ではないが 重 武 装 組 織 的 な 犯 行 の 場 合 成 功 す る 可 能 性 もある 旧 ソ 連 等 では 核 物 質 の 管 理 がずさんであったことから 盗 難 や 紛 失 が 実 際 に 起 こっている また 原 発 以 外 にも 核 燃 料 サイクル 施 設 等 からプルトニウム 劣 化 ウランや 核 廃 棄 物 等 が 盗 まれた 場 合 それぞれ 原 子 爆 弾 劣 化 ウラン 弾 汚 い 爆 弾 (Dirty Bomb)へ の 転 用 が 可 能 となり 危 険 が 大 きい 1
(2) 原 発 自 体 への 攻 撃 原 発 自 体 を 攻 撃 し 原 子 炉 の 爆 破 や 放 射 能 の 漏 洩 等 を 誘 発 するテロは 炉 心 が 多 重 防 御 (Defense in Depth)コンセプトにより 幾 重 にもなる 格 納 容 器 によって 覆 われていることや 核 分 裂 の 暴 走 を 回 避 する 安 全 システムが 組 まれていることから 容 易 ではないと 考 えられる しかし 米 国 同 時 多 発 テロのような 航 空 機 の 突 入 に 関 しては 機 体 の 重 量 燃 料 の 有 無 突 入 時 の 速 度 等 状 況 によって 異 なるが 最 悪 のシナリオの 場 合 炉 心 に 何 らかの 影 響 が 出 る 可 能 性 はある (3) 大 停 電 の 誘 発 2003 年 8 月 14 日 の 北 米 大 停 電 の 例 のように 電 力 供 給 が 途 絶 えた 場 合 の 被 害 は 甚 大 なものと なる 原 子 炉 の 中 央 制 御 室 を 占 拠 さえすれば 原 子 力 に 関 する 知 識 がない 人 間 でも 原 子 炉 の 稼 動 を 停 止 できると 言 われている 世 界 の 総 電 力 量 の 約 17%が 原 子 力 発 電 でまかなわれており (2004 年 時 点 ) 図 表 1 にまとめた 通 り 世 界 各 国 においても 電 力 供 給 を 原 子 力 発 電 に 依 存 し ているため 原 発 がストップした 場 合 国 の 経 済 産 業 に 多 大 な 影 響 が 予 想 される 図 表 1: 発 電 電 力 に 占 める 原 子 力 発 電 の 割 合 (2004 年 ) 国 名 割 合 米 国 20% 英 国 20% ロシア 16% フランス 79% ドイツ 27% スウェー 51% 中 国 2% 韓 国 36% 日 本 26% 出 典 : 電 気 事 業 連 合 会 ホームページ (4) 内 部 脅 威 者 によるインサイダー 行 為 一 般 にテロと 言 うと 外 部 からの 攻 撃 を 想 定 しがちであるが 従 業 員 等 内 部 情 報 に 精 通 した 人 間 による 機 密 情 報 の 漏 洩 外 部 脅 威 者 の 侵 入 幇 助 や 自 ら 攻 撃 を 加 えたりする 内 部 脅 威 の 存 在 も 忘 れてはならない (5) サイバーテロ 原 発 の 制 御 系 システムに 侵 入 し 燃 料 操 作 によって 炉 心 に 影 響 を 与 える 等 原 発 へのサイバー テロが 発 生 すれば 最 悪 の 場 合 放 射 能 洩 れの 危 険 性 もある このように 核 物 質 という 危 険 物 を 扱 う 原 発 ならではの 攻 撃 手 法 があり また 攻 撃 が 成 功 した 場 合 の 被 害 の 甚 大 さを 考 慮 すると 原 発 へのテロ 脅 威 は 非 常 に 高 いと 言 える 2. 原 発 へのテロ 事 例 実 際 に 今 まで 原 発 に 対 しテロが 行 われた 事 例 は 世 界 中 に 存 在 する 2007 年 11 月 2 日 には 米 国 アリゾナ 州 にあるパル ベロテ(Pal Verde) 原 発 で 施 設 に 入 ろうとした 契 約 従 業 員 の 車 両 から パイプ 爆 弾 が 発 見 され 施 設 が 一 時 封 鎖 される 事 態 に 陥 った また 同 年 11 月 8 日 には 南 アフ リカ 共 和 国 プレトリア 西 部 のペリンダバ(Pelindaba) 原 子 力 研 究 施 設 を 銃 を 所 持 した 4 人 組 が 襲 撃 する 事 件 が 発 生 した その 他 過 去 の 主 な 事 件 を 図 表 2 にまとめる 2
図 表 2: 原 子 力 施 設 へのテロ 発 生 年 月 日 国 名 場 所 事 件 概 要 1966 年 11 月 英 国 ブラッドウェル 原 発 核 燃 料 棒 20 本 盗 難 1970 年 4 月 英 国 クロスターシャー バーク 同 施 設 に 不 満 を 持 つ 職 員 が 放 電 器 を 制 御 するワイ レー 原 発 ヤを 切 断 1971 年 8 月 米 国 バーモントヤンキー 原 発 施 設 内 に 不 審 者 が 侵 入 し 逃 走 時 に 守 衛 に 危 害 を 加 えた 1972 年 11 月 米 国 オークリッジ 実 験 炉 施 設 ハイジャック 犯 が 同 施 設 の 上 空 を 飛 行 機 で 旋 回 し 施 設 に 突 撃 すると 脅 迫 し 従 業 員 が 避 難 した 結 果 的 に 犯 人 の 要 求 金 1,000 ドルの 要 求 をのんだ 1975 年 ドイツ ビブリス 原 発 原 発 反 対 派 がサイト 内 にバズーカ 砲 を 持 ち 込 む 1975 年 8 月 フランス Mont D Aree 原 発 Breton 分 離 主 義 者 により 爆 弾 2 個 による 攻 撃 冷 却 水 供 給 の 人 口 湖 と 発 電 所 をつなぐ 運 河 の 先 端 と 建 屋 に 爆 弾 を 仕 掛 けた 放 射 能 漏 れ 等 の 被 害 は 無 し 1977 年 10 月 米 国 発 電 所 訪 問 者 センターの 隣 接 エリアで 爆 破 が 起 き オレゴン 州 トロージャン 原 た 防 護 区 域 に 被 害 なし Environmental Assault 発 Unit が 犯 行 声 明 1982 年 2 月 フランス 高 速 増 殖 炉 スーパーフェニ ローヌ 川 対 岸 からロケット 弾 5 発 が 打 ち 込 まれる ックス 環 境 保 護 団 体 が 犯 行 声 明 ウィンズケールの 施 設 で 10kg 以 上 のプルトニウ 1982 年 11 月 英 国 ウィンズケール 再 処 理 施 設 ム その 他 2 ヶ 所 の 原 子 力 施 設 で 300kg のプルト ニウムと 濃 縮 ウランが 行 方 不 明 1984 年 2 月 米 国 セコイヤ 原 発 消 防 員 が 巡 回 の 際 補 助 建 屋 でゴミ 袋 の 炎 上 を 発 見 し 火 災 報 知 から 6 分 以 内 で 消 火 された サボ タージュの 疑 いが 強 いとされ FBI に 通 報 した 1990 年 2 月 ロシア 1993 年 2 月 米 国 1993 年 3 月 アゼルバイジャン 共 和 国 首 都 バクー 近 郊 ペンシルベニア 州 スリーマ イルアイランド 原 発 Barseback 原 発 1995 年 4 月 英 国 セラフィールド 再 処 理 施 設 1998 年 12 月 ロシア チェチェンアルグン 1999 年 3 月 2007 年 3 月 21 日 Barseback 原 発 Forsmark 原 発 民 族 紛 争 の 際, 武 装 したイスラム 原 理 主 義 派 の 小 グループが 首 都 バクー 近 郊 の 核 兵 器 貯 蔵 施 設 を 襲 撃 乗 用 車 に 乗 った 精 神 疾 患 者 が 防 護 区 域 のゲートに 体 当 たりし タービンに 激 突 運 車 を 捨 てて 逃 走 した 約 4 時 間 後 タービン 建 屋 底 部 の 復 水 器 区 域 管 理 下 の 狭 いスペースに 隠 れているところを 逮 捕 された マークの 環 境 保 護 活 動 家 2 人 が 侵 入 し 逮 捕 さ れた 1 人 は 事 故 時 に 使 用 するフィルター 収 納 建 屋 まで 1 人 は 内 外 側 フェンスの 間 まで 侵 入 15 ヶ 国 から 約 300 人 のグリーンピース 活 動 家 が 侵 入 を 試 み 70 人 を 超 える 逮 捕 者 を 出 した 爆 弾 製 造 用 核 分 裂 性 物 質 の 生 産 を 中 止 する という 英 国 政 府 発 表 の 核 不 拡 散 条 約 会 議 に 注 目 を 集 めようと したもの チェチェン 共 和 国 首 都 グロズヌイから 9 マイルの 鉄 道 線 路 付 近 の 放 射 性 物 質 を 搭 載 したコンテナの 中 で 爆 弾 が 発 見 され 当 局 の 手 で 解 体 された 放 射 性 物 質 拡 散 デバイスの 発 見 が 報 道 されたのは 初 め て 環 境 保 護 活 動 家 が 原 発 の 閉 鎖 を 求 め 24 人 が 侵 入 抗 議 の 横 断 幕 を 建 屋 に 掲 げた 20 人 が 投 降 し 逮 捕 残 り 4 人 もヘリで 屋 上 から 踏 み 込 んだ 警 察 によっ て 逮 捕 された 午 前 9 時 頃 ストックホルム 北 約 100km にある Forsmark 原 発 に 爆 弾 を 仕 掛 けたとの 電 話 があ り 操 業 には 影 響 はなかったが 職 員 が 一 時 避 難 する 騒 ぎになった 出 典 : 季 報 エネルギー 総 合 工 学 Vol. 24 No.4 より 抜 粋 3
原 発 やそれに 準 ずる 関 連 施 設 へのテロは 既 に 多 数 発 生 している 原 発 へのテロ 脅 威 はもはや 現 実 的 なものになっている 3. 国 際 的 な 枠 組 み これら 脅 威 から 原 発 を 守 るには 各 国 においての 体 制 構 築 そして 国 際 協 調 を 促 進 していくために 国 際 的 な 枠 組 みを 制 定 する 必 要 がある 核 物 質 やそれを 保 有 する 原 子 力 施 設 の 防 護 即 ち 核 物 質 防 護 のために 以 下 のような 枠 組 みが 策 定 されている (1) 核 物 質 の 防 護 (Physical Protection of Nuclear Material INFCIRC/225) 国 際 原 子 力 機 関 (International Atomic Energy Agency:IAEA)が 1975 年 に 初 の 核 防 護 国 際 基 準 として 制 定 したものである これは 米 国 で 1969 年 に 策 定 された 原 子 力 施 設 及 び 物 質 の 防 護 (Physical Protection of Plants and Materials 10 CFR Part 73) という 核 物 質 防 護 規 制 を 基 に 作 られた 現 在 までに 改 訂 が 繰 り 返 され 1999 年 に 出 された 第 4 版 が 最 新 である そ の 中 では 設 計 基 礎 脅 威 (Design Basis Threat:DBT) * 及 び 国 の 役 割 の 明 確 化 や 核 防 護 に 関 する 検 査 の 実 施 等 が 規 定 されている *DBT は 核 物 質 防 護 システムを 設 計 し 評 価 する 基 となる 核 物 質 の 不 法 移 転 または 妨 害 破 壊 行 為 を 企 てようとする 内 部 者 及 び/ 又 は 外 部 敵 対 者 の 属 性 及 び 性 格 と 定 義 されている ( 文 部 科 学 省 ホームページより) (2) 核 物 質 防 護 条 約 (Convention on the Physical Protection of Nuclear Material) 1987 年 2 月 に 発 効 し 国 際 輸 送 中 の 核 物 質 防 護 等 について 国 際 水 準 を 定 めている 条 約 であ る また 原 子 力 施 設 の 妨 害 破 壊 行 為 からの 防 護 等 にまで 義 務 拡 大 をするために 改 正 案 が 出 さ れている (3) 核 テロ 防 止 条 約 1998 年 にロシアが 提 案 し 2005 年 に 採 択 2007 年 7 月 に 施 行 された テロ 行 為 のための 放 射 性 物 質 の 製 造 や 使 用 そしてその 行 為 に 対 し 罰 則 を 設 けた 条 約 である これらを 基 に 各 国 は 原 発 の 核 物 質 防 護 政 策 を 強 化 している 実 際 米 国 同 時 多 発 テロ 以 降 は 警 備 員 の 増 員 や 警 備 機 器 への 投 資 原 発 見 学 者 受 け 入 れの 停 止 等 各 国 の 防 護 体 制 に 変 化 が 訪 れ た 緊 迫 した 世 界 情 勢 を 鑑 み これら 国 際 規 定 も 年 々 強 化 され 更 なる 防 護 体 制 の 厳 格 化 が 求 め られることとなる おわりに エネルギー 資 源 を 持 たない 国 にとって 原 子 力 発 電 は 効 率 的 で 現 在 日 本 においても 年 々 需 要 が 増 大 し 続 ける 電 力 供 給 のために 欠 かせないものとなっている しかし 原 発 に 対 するテロは 世 界 中 で 既 に 発 生 しており その 手 法 も 多 様 化 している IAEAを 中 心 とし 核 物 質 防 護 体 制 構 築 のために 様 々な 枠 組 みが 策 定 され 国 際 協 調 も 進 んでいるが 不 安 定 で 流 動 的 な 世 界 情 勢 を 考 慮 し より 厳 格 な 防 護 の 必 要 があると 考 えられる 現 在 日 本 では 2007 年 7 月 16 日 に 発 生 した 新 潟 県 中 越 沖 地 震 により 柏 崎 刈 羽 原 発 が 被 害 を 受 けた 影 響 で 原 発 における 地 震 等 の 自 然 災 害 への 対 策 が 注 目 されているが 原 発 に 忍 び 寄 るテロの 脅 威 は 依 然 と して 存 在 している 日 本 もテロの 標 的 となる 可 能 性 が 排 除 できない 今 原 発 のような 重 要 施 設 における 防 護 体 制 もまた 大 きな 課 題 となっている 4
以 上 ( 第 154 号 2007 年 12 月 発 行 ) 参 考 文 献 原 子 力 2005 資 源 エネルギー 庁 編 集 日 本 原 子 力 文 化 振 興 財 団 発 行 しのび 寄 る 原 発 テロ への 備 えは 万 全 か 月 刊 テーミス 2004 年 11 月 わが 国 のエネルギー 原 子 力 セキュリティ 問 題 を 考 える- 米 同 時 多 発 テロを 踏 まえて 季 報 エネルギー 総 合 工 学 Vol. 24 No. 4 伊 藤 正 彦 近 年 の 国 際 テロ 動 向 ~ 主 に 2006 年 のテロ 動 向 の 回 顧 ~ TRC EYE Vol. 114, 115 茂 木 寿 重 要 施 設 に 対 するテロとして 想 定 される 態 様 とその 対 策 TRC EYE Vol. 104 山 内 利 典 日 本 国 内 におけるテロの 脅 威 について TRC EYE Vol. 83 山 内 利 典 電 気 事 業 連 合 会 日 本 の 原 子 力 :http://www.fepc-atomic.jp/index.html 文 部 科 学 省 原 子 力 放 射 線 の 安 全 確 保 ホームページ :http://www.anzenkakuho.mext.go.jp/ IAEA Physical Protection of Materials :http://www.iaea.org/ourwork/ss/protection.html 5