中国 アジアウォッチ 公益社団法人 Japan Center for Economic Research 2020 年 11 月 30 日 朝鮮半島リポート 第 22 回 北朝鮮でも本格的なスマホ時代が到来広がるサービス 電子決済システムも 朝鮮半島経済研究会 経済制裁に新型コロナ 自然災害の 三重苦 に直面する北朝鮮が中長期的な経済発展を目指し 科学技術分野への投資を続けている 知識経済 への転換を掲げ 国を挙げて注力しているのが情報産業の育成だ 金正恩政権が進める 経済改革 で経済的に余裕のある層が生まれたこともあり 北朝鮮での携帯電話の利用者は既に 600 万人に上るとされる 電子決済などのサービスも登場し 本格的なスマートフォン ( スマホ ) 時代を迎えつつある ポイント 1 北朝鮮でもスマホの普及に従ってサービス内容も広がっている インターネット接続が制限される特殊な条件下でもゲームやニュースなど様々なアプリが生まれ 電子決済システムが導入されたとも報じられている 2 2013 年に金正恩委員長が関連工場を視察したことが大きな契機となり スマホの需要と供給が大幅に拡大 韓国側の推計では北朝鮮での携帯電話の利用者が既に 600 万人に上るとされる 3 北朝鮮のスマホは中国メーカーのモデルをベースにしたものが主流だが その中身は国内向けに改変されており 北朝鮮のソフト開発能力が認められる 4 2017 年に採択された国連安保理の制裁で電子部品全般の北朝鮮への輸出が禁止され 今後の移動体通信網の拡充やスマホの普及にどのような影響が出るのか注目される スマホ決済も登場 宣伝メディア 全ての代金支払い実現 携帯電話による電子支払いシステムを開発 導入 北朝鮮の対外宣伝メディア メアリ は 10 月 21 日 現地でスマホによる決済サービスが登場したニュースを伝えた 同メディアによると このシステムは北朝鮮の中央銀行である朝鮮中央銀行と平壌情報技術局が共同開発した 現金やクレジットカードを持ち歩かなくてもスマホさえあれば商品を購入でき 各種サービスや各種使用料 ( 電気 水道料金 ) など すべての代金の支払いを実現する と説明した 1
具体的にどのような技術を使用しているかについては言及していないが 貨幣の流通を安定させるとともに 現金の受け渡しで発生する恐れのあるウイルス 細菌拡散の低減にも役立つとの期待を示した 北朝鮮でもここ数年でスマホが急速に普及しはじめており 利用方法も拡大していることをうかがわせる情報だ スマホ向けのアプリで一番人気があるのは各種ゲームのようだ 初期はアングリーバードなどの有名なゲームのメニューだけを朝鮮語に翻訳した海賊版が主流だったようだが 現在は独自に開発したゲームアプリが数多く開発 販売されている 最近人気なのは テコンドー強者大会 という格闘ゲーム このゲームは Bluetooth を介して他のユーザーとの対戦が可能であることが人気の秘密だという 同様の機能を持った バトミントン強者大会 や数学能力を開発する 数学旅行 なども人気だという 専用アプリでネットショップにも接続できる 現在スマホで接続できる北朝鮮のネットショップは分かっているだけでも 玉流 ( 人民奉仕総局 ) 商研 ( 商業科学研究所 ) 万物商 ( 延豊商業情報技術社 ) 銀波山 ( 朝鮮銀波山情報技術交流所 ) などがあるが いずれも楽天市場や Yahoo ショッピングのようにプラットフォームだけを提供し そこに各種ショップが出店するという形態をとっている ちなみに最近人気のある 万物商 には 400 店舗が登録しており 取り扱っている商品は 450 種 6 万点 1 日に 7 万件のページビューがあるという 玉流 には平壌冷麺で有名な 玉流館 も登録しており 名物の冷麺の宅配も可能だという このほか 労働新聞 や 朝鮮中央通信 などのニュースを配信するニュースアプリや電子辞書 電子書籍アプリ 料理アプリ マイクと連動するカラオケアプリなど多様なアプリが開発販売されている 携帯電話 600 万台 契機となった金委員長の工場視察北朝鮮では 2012 年前後にスマホの販売が始まった 最初に販売されたスマホは現地ではタッチフォンと呼ばれていた リュギョン ブランドのものであった この携帯端末は 付属のアプリケーションなどはほとんどなく 厳密にはスマホというよりも全面液晶画面でタッチ操作が可能なフィーチャーフォンであった 本格的なスマホは 2013 年にお目見えした アリラン 1201 が最初だ 北朝鮮の国営メディアは同年 8 月に金正恩第一委員長 ( 当時 ) がこのスマホの工場を訪れたことを大々的に報じた 報道は北朝鮮が移動通信の普及を国策として推し進めるとともに 端末は世界の趨勢にならってスマホの生産普及につとめることをアピールするものであった 初期モデルのアリラン 1201 は高価 ( 約 500 ドル ) だったため利用者は限定的だったが その後 複数の企業から独自ブランドの低価格スマホ (100~ 200 ドル程度 ) が次々と販売されたことで 特に大学生や 20~ 30 代の社会人などの若年層を中心にすそ野が広がった 2012 年頃からの経済管理方法の改善で経済的に余裕のある層が生まれたことも普及を後押しした 2
同年の移動通信体 ( 携帯電話キャリアのコリョリンク = koryolink) の国内加入者数は前年比 70 万人増の 240 万人と急増 住民のスマホに対する関心も大きく高まった そのような意味で 2013 年は北朝鮮の スマホ元年 といえよう 2008 年にサービスが始まった北朝鮮の携帯電話加入者数は国際電気通信連合 ( ITU) の推計で 2017 年に 381 万人に達した コリョリンク加入者を基にした推計とみられるが 地方の空白地域を中心とする国営サービスの カンソンネット=KANGSONG NET 加入者を含めるとさらに多いと思われる 図表 1. 北朝鮮の移動体通信サービス加入者数 単位 : 千人 年 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 携帯電話 69.26 431.92 1,000 1,700 2,420 2,800 3,240 3,606 3,810 加入者数 100 人当 0.28 1.76 4.05 6.85 9.71 11.17 12.87 14.25 14.98 加入者数 ITU COUNTRY ICT DATA (UNTIL 2018) https://www.itu.int/en/itu -D/Statistics/Pages/stat/default.aspx 韓国の国家情報院傘下の国家安保戦略研究院は 2018 年 脱北者や関連データなどを分析した結果として 北朝鮮の携帯電話加入者が 580 万人であるとの研究結果を発表 北朝鮮政策を担当する統一相は国会の答弁で 北朝鮮の携帯電話は 600 万台に達すると答えた 北朝鮮では原則的に携帯電話の所有を 1 人 1 台に厳しく制限している 加入者数と利用者数が同じとした場合 人口約 2500 万人の北朝鮮で 4 分の 1 に近い数になる ユニセフ ( UNICEF: 国連児童基金 ) が 2018 年に発表した報告書によると 移動体通信に加入している世帯の割合は全国で 69.0% だった 都市部が 80.4% で農村部が 50.6% 地方別は首都 平壌市が 90.6% で最も高く 黄海南道が 52.7% で最低だった 図表 2. 北朝鮮における携帯電話所有世帯の比率 総合 都市部 農村部 携帯電話所有世帯率 69.0% 80.4% 50.6% 出所 :UNICEF DPR Korea MICS 2018 年 6 月 システムソフトウェア開発の技術力北朝鮮の携帯電話は 2019 年 9 月現在 アリラン ピョンヤン チンダルレ プルンハヌル キルトンム の 5 つのブランドが販売されている 指紋認識や顔認識 外枠がなかったり小さかったりするベゼルレスの液晶画面 3
など ひと通りの性能やデザインを備えている 北朝鮮の独自モデルではなく 中国メーカーの製品がベースモデルで それをローカライズして独自ブランドで販売しているからであるとの説が有力だ とはいえ 北朝鮮のスマホは 他の国とは違う特徴もある 一番大きな違いはインターネット接続ができないということだ 外部からの情報流入などを防ぐための特殊な保安機能が内蔵されているのも特徴だ いずれも住民に対する情報統制という北朝鮮の国情に沿った措置だ 北朝鮮で使われているハングルの文字コードは事実上の国際標準となっている韓国の KS コードとは異なる独自のもので ハングルの処理においてもオリジナルな処理が必要とされるという特殊事情もある 図表 3. 北朝鮮の主な最新型スマホ 製造メーカー 型番 販売年 特徴 アリラン情報技術交流社 (5 月 11 日工場 ) アリラン 181 2019 年 指紋及び顔認証 WIFI 接続サポート チェコム 6.19 インチ 指紋及び顔認ピョンヤン 2426 2019 年技術合弁会社証 デュアル SIM 無線充電 6 インチ 顔認証 デュアルプルンハヌルプルンハヌル S1 2019 年 SIM バッテリー 4060mAh 連合会社 WIFI 接続サポート 6.3 インチ 指紋及び顔認マンギョンデチンダルレ 7 2020 年証 音声入力サポート バ情報科学技術社ッテリー 5200mAh クァンヤ貿易会社キルトンム 2019 年 指紋及び顔認証 手書き入力サポート 出所 : 今日の朝鮮 (http://www.dprktoday.com) などから作成 写真左からピョンヤン 2426 プルンハヌル S1 チンダルレ 7 キルトンム このような事情から 中国メーカー製造の完成品を輸入し そのブランド名だ けを替えてそのまま販売することはできず ハードウェア ソフトウェアの両方 を大きく改変する必要が生じるのである 従って 北朝鮮で販売されているスマ 4
ホは輸入した完成品をそのまま販売するのではなく 国内で独自に組立て製造しているもようだ 一般的にハードウェアと基本ソフト ( OS) 様々なアプリケーションソフトが問題なく動作するには 安定性と相互運営性などを制御するための技術力が必要とされる このため 既存のハードウェアおよびシステム OS に改変を加え それを安定的に作動させている北朝鮮のシステムソフトの技術力は相当な水準にあると評価する専門家も少なくない 北朝鮮のスマホは OS としてアンドロイドを採用しているが Google の正式な承認を受けていないことから また そもそもインターネットに接続していないことから Google Play に接続してアプリをダウンロードすることができない その代わりをするのが データサービス というアプリストア データサービス では各種アプリや動画 電子書籍などをダウンロードすることができる ダウンロードによって消費されるデータ通信量を節約するため 容量の大きなアプリなどは電子機器を扱うショップに行き 有線ネットワークを介してダウンロードサービスを受けるという方法でインストールする場合も多々あるという 電子機器の貿易に制限 注目される国連制裁の影響北朝鮮におけるスマホは基本的に拡大傾向にあるが 今後の展開については不透明な部分も少なくない グラフは中国から北朝鮮への携帯電話を含む電話機その他機器 (HS コード 8517) の輸出額を示すものだ 2008 年の 2175 万ドルから 2014 年には 1 億 1228 万ドルへと 5 倍以上の伸びを示し 2015 年からは減少したものの 2017 年までは 6500 万ドル以上の水準を維持した 図表 4. 中国から北朝鮮への電話機及びその他機器の輸出額の推移 単位 : 千ドル 120,000 112,280 100,000 80,000 60,000 61,873 90,756 83,310 74,674 73,470 65,697 87,588 40,000 20,000 29,095 21,748 0 477 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 出所 :Global Trade Atlas 5
この統計には携帯電話端末だけではなく 移動通信基地局やネットワーク機器なども含まれるので 2008 年からの数値の伸びは 移動通信網の全体的な拡大を表しているものだといえよう しかし現段階において移動通信インフラの整備は一段落ついたことから近年の数値は 大部分が携帯電話端末によるものであると思われる ところが 2017 年 12 月 22 日に採択された国連安保理決議第 2397 号により携帯電話などを含む機械類全般 ( HS コード 85) が制裁対象品目に指定された これにより 2018 年の中国から北朝鮮への電話機その他機器の輸出額は 48 万ドルへと激減したが このうち 携帯電話端末 ( HS コード 851712) の輸出はゼロであったことが貿易データベース Global Trade Atlas( GTA) の資料で確認できた それにもかかわらず北朝鮮では 2018 年 2019 年に新型のスマホが複数のメーカーから相次いで発売された これについては 北朝鮮で販売されているスマホが中国で OEM( 相手先ブランドによる生産 ) の完成品を輸入したものではなく 北朝鮮が電子部品を輸入し 国内で組み立てて販売しているとの見方を裏付けるデータだ とはいえ 制裁によって今後の国内生産が大きく制限されることに変わりはない 強化された国連制裁は携帯電話端末だけではなく 機械類および電子機器全般の輸出入を禁止したものであった 携帯電話を組み立てるための電子部品も制裁対象品目になっており 今後は組み立てのための電子部品自体の輸入が止まってしまうことになるからだ 国連安保理による経済制裁決議はこれまで拡大してきた移動体通信サービス分野の発展に大きな障害となることは間違いない 今後の移動体通信網の拡充およびスマホの普及にどのような影響が出るのかが注目される 本稿の無断転載を禁じます 詳細は総務本部までご照会ください 公益社団法人 100-806 6 東京都千代田区大手町 1-3- 7 日経ビル 11 F TEL:03-6 256-7710 / FAX:0 3-625 6-79 24 6