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中京大学体育研究所紀要 Vol.31 2017 学校管理下における柔道の死亡 重篤障害の特徴 ~ 中学 1 年生 高校 1 年生を対象に ~ 中谷祐実 1) 2) 近藤良享 A Study on the Characteristics of Deaths and Serious Injuries during Judo Practice under the Supervision of Schools: Based on Cases of First-year Students in Junior and Senior High Schools Yumi NAKATANI, Yoshitaka KONDO Abstract The current study aims to clarify the characteristics of accidents involving deaths and serious injuries during school-supervised judo practice since 1983 among first-year junior and senior high school students who had had little prior experience in judo. Cases of Judo Accidents, published by the Research Institute for Risk in School and the Japan Sport Council, was used as a main source of information for the current analysis. The study has revealed the following. There were 121 accidents during school-supervised judo practices, of which 74 accidents involved firstyear students in junior and senior high schools. Of the 74 cases, 55 cases, including 52 accidents during afterclass activities and 3 accidents during physical education class, were identified as being caused by actions and movements particular to judo. There were 304 accidents in total which resulted in serious damage, 109 of which involved first-year students in junior and senior high schools. 101 accidents were caused by actions and movements particular to judo. Of the accidents caused by throws, 12 death accidents were caused by osoto-gari (large outer reap), 5 by seoinage (shoulder throw), 3 by ouchi-gari (large inner reap), and another 3 by harai-goshi (hip sweep). Injuries resulting in serious damage included 8 accidents caused by osoto-gari, another 8 by seoi-nage, 6 by ouchi-gari, and 5 by harai-goshi. Osoto-gari is a technique often used by a person with a superior physique, from which the opponent cannot perform a breakfall easily. It has been concluded that, for safe judo practice, techniques that do not allow the opponent to successfully perform a breakfall should not be used against persons with little experience. 1. はじめに (1) 問題の背景 2006 年 12 月 22 日 日本では 1947 年以来 約 60 年ぶりに教育基本法が改正された その改正 教育基本法の第 2 条 教育の目標 の中に 伝統と文化を尊重し それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに 他国を尊重し 国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと という一節が加えられた この改正を受け 1) 鏡野町役場 2) 中京大学 1

学校管理下における柔道の死亡 重篤障害の特徴 て 2008 年 3 月に中学校学習指導要領の体育分野 第 1 学年及び第 2 学年における 武道の必修化 が告示され 2012 年 4 月からは完全実施となった 1) 完全実施が始まった後の 2012 年 8 月に 文部科学省 ( 以下 文科省 ) は 全国の全ての国公私立中学校 (10,683 校 ) を対象とした 柔道の指導体制に関わる状況調査 結果を公表した 調査結果の概要によると 2) 武道( 柔道 剣道 すもう等のうちの 1 つ ) で柔道を実施する中学校の総数は 6,837 校 (64.0%) と報告され 全国の 6 割を超える中学校で柔道が選択されていた 多くの中学校の体育授業で柔道が実施されることで これまで以上に柔道を経験する生徒や 柔道に対して興味を抱く生徒が増えることが期待されていた 必修化となる前の 2010 年 内田良により過去 27 年間の学校管理下における柔道の死亡事故の研究が公表された 3) その研究によると 柔道活動中に 108 件の死亡が発生し 年間平均で 4 件も発生していたという衝撃的な事実が暴露された この事実に驚いた 元日本体育学会会長の山本徳郎は 学校管理下の体育やスポーツにおける死亡事故についてはかねてから関心をもっていたので 事故が存在すること自体私にとって 想定外 ではなかったが しかし 学校管理下の柔道で年平均 4 人の中高生が亡くなっている現実に直面し言葉を失った 4) と驚愕した さらに内田は 独立行政法人日本スポーツ振興センターがほぼ毎年発行している 学校の管理下の死亡 障害事例と事項防止の留意点 の死亡事例と中学校 高校の部活動参加の生徒数を資料に用いて 2001 年度から 2010 年度の 10 年間 主要部活動における死亡数と死亡率も算出した 5) その結果は 中学校 高校のいずれも柔道部の死亡率が他の部活動に比べて最も高率という事実であった 中学校では柔道の死亡率は 10 万人当たり 2.385 人 次に死亡率が高いバスケットボールは0.372 人であり 柔道はバスケットボールの 6.2 倍高い死亡率が算出されている 一方 高校でも 柔道は 3.986 人 次に高いラグビーは 3.840 人 3 番目に高い剣道は 1.486 人となっており 同じ武道であっても 柔道は剣道の 2.7 倍の死亡率であることが明らかにされた 5)6) 柔道の死亡率の高さだけではなく 柔道には他の部活動 ( ラグビーを除く ) には見られない特徴があった それは 柔道固有の動作に起因した死亡事例が全体の68.6 % を占めていた点である 7) すなわち 柔道による死亡の118 件のうち 81 件が柔道固有の動作に起因していた この場合の柔道固有の動作とは 投げ技 受け身の衝撃や寝技によって窒息した例をさす 内田が柔道事故の実態を明らかにしたことも契機となり 文科省 8) や全日本柔道連盟 ( 以下 全柔連 ) 9) が柔道の安全指導 事故防止に取り組み 柔道の事故防止対策に力を注いだ そうした対策の効果もあり 2012 年 4 月から2015 年 4 月まで学校管理下における柔道の死亡事例は発生しなかった ところが 2016 年 9 月 24 日の朝日新聞の記事によると 10) 3 年間死亡事故が起こらなかった柔道の部活動で 3 人が死亡した 2015 年 5 月に中学 1 年生の女子部員が大外刈りを受け 急性硬膜下血腫で死亡 2015 年 8 月に高校 1 年生の男子部員が坂道ダッシュの練習中に倒れて熱中症で死亡 2016 年 4 月高校 3 年生の男子部員が袖釣り込み腰をかけた相手と倒れ込んで死亡した また 重篤障害としても 3 件発生している 2015 年 5 月に高校 1 年生の男子柔道部員が大外刈りを返されて急性硬膜下血腫で重体 2016 年 5 月に中学 3 年生の男子部員が大外刈りを受け急性硬膜下血腫で重体 2016 年 8 月に中学 1 年生の男子部員が大外刈りを受け外傷性くも膜下血腫などで重体となっている 毎年のように部活動中に死亡する事態は 安全 安心に学校生活をすごす前提が崩れている 今一度 柔道の死亡 重篤障害の事例を多角的に分析することは 学校管理下における柔道の死亡 重篤障害を防止する上で不可欠と考えられる 2

中京大学体育研究所紀要 Vol.31 2017 (2) 研究目的と分析資料 内田が柔道事故をめぐって多くの警鐘をならしている中で 本研究で着目したのは 彼の 学年別の死亡数 の指摘である すなわち 中学校全体のうち 1 年生が 52.5 %(21 件 ) で多数を占め 同様に高校も 1 年生が 65.4 %(51 件 ) と高い値を示している 中高いずれも 1 年生すなわち中高それぞれの熟達段階における 初心者 が死亡事故に遭っている 11)12) 中学や高校の 初心者 がどのような 柔道固有の技 で死亡 重大障害に遭っているかを分析することは 今後の安全な柔道指導に重要な示唆を与える可能性がある よって本研究は 学校管理下における柔道の死亡 重篤障害データを 中学 1 年生 高校 1 年生の事例を対象に 柔道固有の動作 特に 投げ技 にも着目して分析 検討することを目的とした この目的のために 柔道の死亡 重篤障害の事例は 以下に示す3つの資料から抽出した 1 は死亡事例 2 障害事例 32010 年度から2014 年度までの死亡 重篤障害の事例である 1 死亡事例として 内田良 (2011b) 学校管理下の柔道死亡事故全事例 事故発生年度 :1983 年度 ~2009 年度 (27 年分 ) 対 13) 象 : 中学校 高校の生徒 2 障害事例として 内田良 (2011c) 学校管理下の柔道障害事故全事例 事故発生年度 :1983 年度 ~2009 年度 (27 年分 ) 対 14) 象 : 中学校 高校の生徒 3 死亡 重篤障害事例として 日本スポーツ振興センターホームページ学校事故事例検索データベース 事故発生年度 :2010 年度 ~2014 年度 (5 年分 ) 対象: 中学校 15) 高校の生徒 これら3 つの資料は2014 年度までの事例である 2014 年度の死亡の報道はなく 重篤障害を含めたデータも未公表であるが 上述した2015 年度 2016 年度に発生した 3 件の死亡については新聞やインターネットを通じた情報を参考に資料に加えた なお 本研究の視角として 柔道固有の動作の1 つである 投げ技 が原因となった事例を分析対象としている したがって 例えば 表 1 に示したように 死亡 重篤障害の誘因 原因となった 投げ技 が明記されている事例のみを扱う その結果 受け身や寝技中に発生した事例は分析対象外となる 2. 柔道固有の動作に起因した死亡 重篤障害 (1) 中学 1 年生 高校 1 年生の死亡 重篤障害の事例概要学校管理下で起きた柔道活動の死亡は 1983 年度から2016 年 8 月までの間で 合計 121 件 ( 中学校 41 件 高校 80 件 ) 発生している うち 中学 1 年生は22 件 /41 件 高校 1 年生は52 件 /80 件 中学 1 年生と高校 1 年生を合計すると 74 件 ( 全体の61.2 %) の死亡が起きている また 重篤障害は 1983 年度から2014 年度までの間で 304 件 ( 中学校 107 件 高校 197 件 ) 発生しており中学 1 年生は 35 件 /107 件 高校 1 年生は74 件 /197 件で 中学 1 年生と高校 1 年生を合計すると 109 件 ( 全体の 35.8 %) の重篤障害が発生している その中から 今回対象とした事例の概要を件数で示すと表 2 の通りである 柔道固有の動作に起因する死亡は 部活動中 52 件 授業中 3 件の合計 55 件が発生した また 重篤障害は 部活動中 81 件 授業中 18 件 その 表 1 : 死亡 重篤障害の誘因 原因となった 投げ技 が明記されている事例 ( 凡例 ) 学年性体育授業 / 部活動障害名事故の概要 中 3 男授業 12 級上肢機能 保健体育授業時 屋内運動場で柔道の試合をしていた 相手に払い腰の技を掛けられて 左肘を自分の体に巻き込むように転倒し 負傷した 3

学校管理下における柔道の死亡 重篤障害の特徴 表 2 : 本研究で対象とした中学 1 年生 高校 1 年生の事例数 柔道固有の動作による事例 投げ技が明記されている事例 部活動 授業 その他 計 部活動 授業 その他 計 死亡 52 3 0 55 31 0 0 31 重篤障害 81 18 2 101 39 6 1 46 合計 133 21 2 156 70 6 1 77 表 3 : 部活動中の中学 1 年生 高校 1 年生の事故 他 2 件の合計 101 件である これらの事例で投げ技が明記されているものは 死亡 31 件 重篤障害 46 件である 部活動中と授業中 その他に分けると 部活動中が70 件 授業中が 6 件 その他 ( 学校行事中の障害 ) が 1 件であった これ以降の分析では 事故の概要 の中に投げ技が明記された事例の内 中学 1 年生 高校 1 年生の死亡 重篤障害に限った 死亡 31 件 重篤障害 46 件 あわせて77 件の事例について分析する (2) 投げ技別に見た中学 1 年生 高校 1 年生の死亡 重篤障害本研究では 投げ技に注目し 投げ手 ( 以下 取 ) の事故 受け手 ( 以下 受 ) の事故 体育授業の事故に分けて考察を行う 1 ) 中学 1 年生 高校 1 年生の部活動中の事故 ( 受 ) 表 3 は 投げ技別に見た中学 1 年生 高校 1 年生の部活動中に発生した死亡 重篤障害の全体件数である 6 件の体育授業と1 件の学校行事中を除き 他はすべて部活動中の事例で 70 件が発生している 4

中京大学体育研究所紀要 Vol.31 2017 表 4 : 取が障害を負った事例の割合 表 5 : 取と受の事例数 技を掛けられた ( 受 ) 技を掛けた ( 取 ) 大外刈り 8 0 背負い投げ 6 1 大内刈り 2 2 体落とし 3 0 巴投げ 3 0 払い腰 1 1 内股 2 0 返し技 2 0 引き込み返し 2 0 釣り込み腰 2 0 その他 4 0 合計 35 4 全体の数だけで見ると 大外刈り 背負い投げの順に事故が多く発生している 特に大外刈りは 中学 高校 1 年生のどちらも 死亡が他の投げ技より多く発生し 次に 払い腰 大内刈りが続く 2 ) 中学 1 年生 高校 1 年生の部活動中の事故 ( 取 ) 柔道の事故といえば 投げられた側が死亡 障害を負う事例が多くあると予想され 実際も投げられた事例が多い しかし 事例を詳しく分析していくと 数は多くないが 自ら技をかけた場合 ( 取 ) が重篤な障害を負うケースも見受けられる 死亡事例は いずれも投げられた側 ( 受 ) が死亡している しかし 今回検討した事例には 部活動中の重篤障害の40 件のうち4 件 つまり 10 分の 1 が相手に技を掛けた生徒が重篤な障害を負っている ( 表 4) 技を掛けられた側に留まらず 技を掛けた側が障害を負った事例の内訳を見ると 背負い投げと払い腰は1 件 大内刈りは2 件ある この背負い投げ 払い腰は両方とも 技を掛ける際に自分から頭を突っ込むことに起因して重篤な障害を受傷した事例である ( 表 5) 3 ) 中学 1 年生 高校 1 年生の体育授業中とその 他の事故 授業中にも事故は起きている 投げ技による授業中の死亡はなく 重篤障害が 6 件発生していた そのうちの 1 件だけが 自ら技を掛けて障害を負った ( 表 6) 部活動中でも授業中でもない事例は 今回の対象内では 1 件の学校行事中だけであった ( 表 7) 表 6 : 中学 1 年生 高校 1 年生の授業中の事例数 ( 受 ) 表 7 : 中学 1 年生 高校 1 年生授業中の事故件数 ( 取 ) と学校行事中の事例数 ( 受 ) 授業中の事故 ( 取 ) 学校行事中の事故 ( 受 ) 返し技 1 件払い腰 1 件 5

学校管理下における柔道の死亡 重篤障害の特徴 3. まとめ~ 安全な柔道指導のために本研究の分析の結果 中学 1 年生 高校 1 年生の柔道の部活動中の死亡 重篤障害は 大外刈り 背負い投げ 払い腰の順に事故が多く発生していた また 柔道の授業中では 投げ技による死亡は発生していないが 重篤障害は発生していた その件数を体育授業と部活動を比べると ほとんどが部活動中に発生したが 体育授業においても 事故の発生の可能性があり 当然ながら安全な授業実践が必要である 柔道活動中の投げ技に着目すると 死亡 重篤障害は 投げられた側だけに発生するわけではない 特に 背負い投げや払い腰は正しい姿勢で技を掛けないと 技を掛ける側でも 頭を打つ恐れがあり それが死亡 重篤障害につながる 2016 年 4 月にも 相手に釣り込み腰を掛けて投げようとした生徒が 頭から落ち死亡するという報道があった 技を掛ける側でも死亡につながる事態は十分想定できる 死亡 重篤障害が一番多かった柔道固有の投げ技は 大外刈りであったが この技は 投げられる側が真後ろに倒されるため 柔道をかなり経験した者であっても受け身が取りにくい技である そのため 初心者にはなおさら受け身が難しく 中学 高校 1 年生で 他の投げ技よりも死亡 重篤障害となる事例が多いと推察される また 大外刈りは体格差のある場合によく使われる技である それが事故の誘因となっている可能性がある 2016 年 5 月に中学 3 年生の男子部員が大外刈りを受け急性硬膜下血腫で重体となった例では 相手との体重差が60キロ以上と報道されている 柔道の練習では しばしば体格差のある者同士で練習を行なうことがある 理由としては 柔道の団体戦の試合は 多くが体重無差別で行われる そのため 練習相手は自分と同じ体格の者の他 自分より大きい者と練習する必要もあり それが怪我の発生につながると考えられる 大外刈りは 投げ技による死亡のうち 46 件中 18 件を占める また 大外刈りは 頭部外傷 を受けやすい技の 1 つでもある よって 受け身の習得が不十分な者に対しては掛けるべき技ではない 仮に 頭部打撲が生じた場合は 脳しんとう セカンド インパクト シンドローム 加速損傷に細心の注意を払う必要がある 全柔連が発行した柔道の安全指導でも 脳しんとうが疑われた場合には 現場での的確な判断が欠かせない と指摘されており 16) 少しでも身体に異変を感じたら 練習を中止させるべきである 全柔連の重大事故総合対策委員長である野瀬は 柔道を始めて3ヶ月間は 大外刈りで立ったまま投げられると危険ということを指導者が認識することが大事だ と強調しつつ 重要なのは段階的な練習 受け身の基本ができていることが前提 大外刈りを受ける練習は 片膝をついた姿勢から始める 立った状態に入る時も体重の乗せ方に気をつけるなど 手順がある と指導上の留意点を述べる 17) 柔道だけでなく 頭部損傷は 予防することが何よりも重要であるが 頭部を受傷した時 その後スポーツに復帰する時 それぞれの段階で適切な対応が必要である 野瀬が言うような 柔道の安全指導 事故発生時の対応 慎重な復帰への対応については どのスポーツにおいても同様である 柔道固有の死亡 重篤障害だけではなく 熱中症にも十分気をつけなければならない 熱中症は 柔道に限らず すべての運動部活動に共通する 運動の前後 運動中に水分補給を行うことは 最高のパフォーマンスを出したり トレーニング効果を最大限に発揮する上で欠かせない 指導者の 無知 無理 は命を落とす危険がある 18) スポーツ事故や訴訟の専門家である望月が警告するように 運動部活動中の事故予防は 過去にどのような事故が生じているかについて知ることから始まる 危険の予見回避能力の高め方は 指導者から学ぶ 経験 体験から学ぶ だけでは十分ではない 判例から学ぶ 事故報道から学ぶ 専門書から学ぶ ことが必要不可欠である 19) 柔道事故に限らず スポーツ活動の危険性を 6

中京大学体育研究所紀要 Vol.31 2017 忘れることなく 指導者としての専門性を高めて 死亡 重篤障害を招来することなくスポーツ指導が行われることが求められる 特に 中学校 1 年生 高校 1 年生は 新たな環境への適応が難しい時期である 指導者に限らず 仲間たちの配慮も不可欠である スポーツ事故の悲惨さを無くすことが スポーツ活動の前提である 安全 安心であることが求められる 追記 : 本研究は 日本スポーツ教育学会第 35 回記念国際大会において (2015 年 9 月 日本体育大学 ) 柔道の死亡事故 重篤障害事故の特徴 と題して口頭発表を行い それを加筆 修正したものである 引用 参考文献 1 ) 文部科学省 (2008) 中学校学習指導要領解説保健体育編 2 ) 柔道の指導体制に関する状況調査 の結果 ( 概要 )http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/ chukyo/chukyo5/gijiroku/ icsfiles/afieldfile/ 2012/08/02/1323558_05.pdf#search='%E6%9 F%94%E9%81%93%E3%81%AE%E6%8C% 87%E5%B0%8E%E4%BD%93%E5%88%B6 %E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E 7%8A%B6%E6%B3%81%E8%AA%BF%E6 %9F%BB'( 閲覧日 2016 年 10 月 1 日 ) 3 ) 内田良 (2010) 柔道事故 武道の必修化は何をもたらすのか ( 学校安全の死角 (4)) 愛知教育大学研究報告( 教育科学編 ) 59: 131-141. 4 ) 山本徳郎 (2013) 教育現場での柔道死を考える 子どもが死ぬ学校 でいいのか!? かもがわ出版 5 頁 5 ) 内田良 (2011a) 柔道事故と頭部外傷 学 校管理下の死亡事例 110 件からのフィードバック 愛知教育大学教育創造開発機構紀要 1:95-103. 6 ) 柔道事故データブック (2012) 学校リスク研究所 http://www.dadala.net/( 閲覧日 2016 年 10 月 30 日 ) 7 ) 同上書 8 ) 文部科学省 (2012) 柔道の授業の安全な実施に向けて, 文部科学省スポーツ 青年局 9 ) 全日本柔道連盟 (2010) 柔道授業づくり教本 10) 朝日新聞 2016 年 9 月 24 日 11) 内田良 (2013) 柔道事故 河出書房新社 34-35 頁 12) 内田良 (2011) 柔道事故の実態から 柔道必修化 を考える 季刊教育法 168:10-18. 13) 内田良 (2011b) 学校管理下の柔道死亡事故全事例 学校リスク研究所 http://www. dadala.net/( 閲覧日 2016 年 10 月 30 日 ) 14) 内田良 (2011c) 学校管理下の柔道障害事故全事例 学校リスク研究所 http://www. dadala.net/( 閲覧日 2016 年 10 月 30 日 ) 15) 日本スポーツ振興センターホームページ 学校事故事例検索データベース http:// www.jpnsport.go.jp/anzen/( 閲覧日 2016 年 10 月 30 日 ) 16) 全日本柔道連盟 (2013) 柔道の安全指導 17) 朝日新聞 2016 年 9 月 24 日 18) 近藤良享 (2012) スポーツ倫理 不昧堂出版 103 頁 19) 望月浩一郎 運動部活動の事故をめぐる法律知識 友添秀則編著 (2016) 運動部活動の理論と実践 大修館書店 115 頁 7