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1. 研究開始当初の背景 (1) 頭頸部癌治療の最大障壁である転移頭頸部扁平上皮癌 (HNSCC) は統計上世界で 560,000 人 / 年以上の新患者を認める罹患率第 6 位のがんであるが, 近年の集学的治療の進歩にも拘わらずその治療成績は 30 年以上に亘り向上がみられない その最大の要因の一つは制御困難な転移にある 従って転移の分子機構のさらなる解明は, 一次治療後の後発性転移のリスク評価と予防, および転移に対する有効な標的治療の開発を考えるうえで, 臨床現場の視点から極めて重要な課題である (2) 転移における EMT と幹細胞能の関与癌が転移を成立させるイベントは多くの点で EMT (epithelial to mesenchymal transition: 上皮間葉転換 : 上皮細胞が, 細胞間接着の喪失と細胞骨格の再構築を介して, 間葉細胞の性質を獲得する現象 ) に類似しており, 上皮性癌細胞における EMT はその形態変化に伴う転移能の獲得を意味している 自己複製能と多分化能を有する癌幹細胞 (CSC, Fig.1) は, 腫瘍細胞の発生と維持のみならず, その悪性度に関わる薬剤耐性や転移能を介して, 治療抵抗性や治療後再発に寄与していると考えられる 興味深いことに近年,EMT と幹細胞能の深い共通性を示唆する報告が重ねられているが, EMT と幹細胞能を同時誘導する分子機構の詳細は HNSCC を含めまだ明らかにされていない Fig.1 (3) これまでの研究結果 1 頭頸部癌における EMT および幹細胞能のマーカー分子発現と癌転移我々は HNSCC 細胞において, 転写因子 Oct3/4 および Nanog が幹細胞マーカーの候補分子であり, 細胞遊走能 浸潤能の亢進に寄与している可能性, および Oct3/4 の発現亢進は, 細胞接着因子 E-cadherin (E-cad) の発現減弱と E-cad の転写抑制因子である SIP1 の発現亢進とともに,stage I-II 舌癌部分切除症例における後発性頸部リンパ節転移 (delayed neck metastasis: DNM) の独立予測因子であることを報告した しかしながら幹細胞マーカー分子が転移に寄与する分子機構, および EMT との相互関係はまだ明らかでない 2Cox2 選択的阻害による MET( 間葉上皮転換 ) の誘導 (=EMT の抑制 ) PGE2 合成酵素である cyclooxygenase-2 (Cox2) はその多彩な作用を介して癌の発生と進行に寄与しており, その選択的阻害による抗腫瘍効果が期待されている 我々は舌癌細胞における選択的 Cox2 阻害は E-cad の転写抑制因子 (snail, SIP1, twist) の発現抑制を介して MET を誘導 (EMT を抑制 ) すること, 臨床検体の検討から Cox2 発現亢進と E-cad 発現減弱が舌癌の頸部 LN 転移に深く関与している可能性を報告した しかしながら Cox2 の下流シグナルを標的とする, より選択的な阻害の効果は報告されていない 3 癌細胞自身の Flt-4 の発現と VEGF-C オートクリン機構腫瘍細胞由来のリンパ管新生因子 VEGF-C は従来, リンパ管内皮細胞 (LEC) 特異的に発現するとされる受容体 Flt-4 を発現する LEC にパラクリン機構で作用していると考えられていたが,Flt-4 の癌細胞自身における選択的発現と,VEGF-C/Flt-4 のオートクリン機構の存在が指摘されている 我々も Flt-4 が HNSCC 細胞に選択的に発現されること, 同発現細胞において Flt-4 の活性化および阻害により,effector 分子として着目した神経細胞接着分子 Contactin-1(CNTN-1),Cox2 および VEGF-C 自身の発現が亢進 / 減弱されることを予備実験にて確認し,VEGF-C/Flt-4 の下流に EMT を含め癌細胞自身の形質変化を誘導する種々のシグナルの存在が示唆された 2. 研究の目的 本研究の目的は, 幹細胞能と EMT を誘導する分子メカニズムを解明することにより, その 誘導シグナルに関わる分子標的を制御する新たな抗転移治療および転移予防の戦略を開発する

とともに, 転移予測における新規バイオマーカーを確立することにより,HNSCC を含めた癌 の治療成績を向上させることである 3. 研究の方法 (1) Flt-4 発現 HNSCC 細胞に対する VEGF-C/Flt-4 シグナルの刺激 / 阻害における, 下流 effector 分子と考えられる CNTN-1,Cox2 および VEGF-C 自身の発現変化, および誘導される表現形質の変化について評価した (2) HNSCC 細胞における Cox2/PGE2/EP2 シグナルの刺激 / 阻害, および低酸素誘導因子 HIF-1αの刺激 / 阻害によって誘導される EMT/MET および幹細胞能を含めた表現形質の変化を評価した (3) HNSCC の臨床検体を用い, 上記関連各分子の癌細胞における発現を免疫組織化学的に評価し, 臨床病理組織学的因子との統計学的相関を検討した 4. 研究成果 (1) HNSCC における Flt-4 発現と VEGF-C/Flt-4 axis の役割に関する検討 1HNSCC 細胞に対する qpcr スクリーニングで認められた選択的 Flt-4 発現は RT-PCR, 免疫蛍光細胞染色 (ICC) でも確認された (Fig.2) Recombinant VEGF-C および Flt-4 選択的 VEGF-C 変異体による Flt-4 activation, 抗 Flt-4 中和抗体および Flt-4 選択的阻害剤による Flt-4 inhibition を行った結果,SAS Fig.2: Flt-4 expression in HNSCC cells では CNTN-1 と VEGF-C ともに, 一方 HO1U1 では CNTN-1 のみに, 発現亢進と抑制を認めた SAS に対する in vitro proliferation assay および migration assay にて,Flt-4 activation/ inhibition により細胞増殖能, 遊走能ともに亢進 / 抑制が認められた (Fig.3) 以上より,HNSCC においても VEGF-C のパラクリン機構のみならず Flt-4 を介したオートクリン機構が存在し,CNTN-1 および VEGF-C 自身の発現 Fig.3: Proliferation and migration activity of SAS cells 誘導を介して, 各々増殖能と遊走能を亢進させていると考えられた 2 舌扁平上皮癌臨床検体を用いた免疫組織化学的発現検討の結果, 単変量解析において Flt-4, CNTN-1, VEGF-C 各々の発現はいずれも頸部 LN 転移との間に, また CNTN-1 とリンパ管侵襲 静脈侵襲,VEGF-C と静脈侵襲との間に, 各々有意な相関を認めた 多変量解析の結果, Flt-4 陽性は頸部 LN 転移に関する独立相関因子の一つであった 以上より, 癌細胞は自身が Flt-4 を発現することで VEGF-C のオートクリン機構も有し,

CNTN-1 および VEGF-C の発現亢進による増殖能 遊走能の亢進を介して, 頸部 LN 転移を促進している可能性が示唆された (Fig.4) (2) 咽頭癌細胞における選択的 Cox2/EP2 阻害による EMT 抑制効果に関する検討種々の HNSCC 細胞に対する qpcr スクリーニングにより,E-cad 低発現咽頭扁平上皮癌細胞として BICR6 お Fig.4: The VEGF-C/Flt-4 autocrine system よび FaDu を選別した (Fig.5) Cox2 および (PGE2 受容体である )EP2 に対し celecoxib および PF-04418948 を用い各々の選択的阻害を行った結果, いずれにおいても E-cad 発現回復,E-cad 転写抑制因子および vimentin の発現減弱を認めた in vitro proliferation assay および migration assay の結果, 細胞増殖能, 遊走能ともに抑制が認められた また, 下咽頭癌経口切除検体の病理組織学的検討から,E-cadherin 発現低下と Cox2 発現亢進を伴う EMT の頸部リンパ節転移への深い関与が示唆された 以上より,Cox2 のみならず, その下流の EP2 の選択的阻害が EMT 抑制 (MET 誘導 ) を介した抗腫瘍効果を発揮する可能性が示唆された Fig.5: Baseline mrna expression levels of Cox-2 and CDH-1 (3) 咽頭癌細胞における HIF-1α 選択的阻害による抗腫瘍効果の検討咽頭扁平上皮癌細胞 FaDu および Detroit512 に対し,KC7F2 を用い HIF-1αの選択的阻害を行った結果, 癌幹細胞マーカーである転写因子 Oct3/4 と Nanog, および E-cad 転写抑制因子 twist の発現抑制を認めた in vitro proliferation assay では用量依存的に細胞増殖能が抑制された 以上より,HIF-1αの選択的阻害は幹細胞能および EMT の抑制を介した抗腫瘍効果を有する可能性が示唆された 今後の展望 : (1) VEGF-C/Flt-4 シグナルの effector 分子の可能性がある Cox2 についても評価することにより, 同シグナルの EMT および幹細胞能への関与を検討してゆく また, 治療標的としての有効性をリンパ管新生抑制作用との相乗効果を含めて評価することが望まれる (2) Cox2 および EP2 の選択的阻害による幹細胞能抑制効果についても, 薬剤感受性増強を含めた抗腫瘍効果として評価してゆく また EP2 選択的阻害の MET 誘導を介した治療有効性を in vivo モデルおよび臨床レベルで評価する必要がある (3) EMT の指標となる E-cad, Cox2 に加え EP2, 幹細胞能指標と考えられる Oct3/4, Nanog, および VEGF-C/Flt-4/CNTN-1 シグナルの各因子について, 転移予測バイオマーカーとしての有用性を prospective に評価することが望まれる