舟 状 骨 骨 折 の 一 症 例 ~ 肘 関 節 固 定 は 必 要 か?~ まつしま 整 骨 院 松 島 周 平 (はじめに) 舟 状 骨 骨 折 は 手 根 骨 骨 折 のなかで 最 も 発 生 頻 度 が 高 く 全 骨 折 の 75%を 占 める 我 々 柔 道 整 復 師 の 日 常 診 療 においても 遭 遇 しやすい 骨 折 の 一 つである 初 診 時 診 断 を 誤 れば 診 断 の 遅 れからくる 不 適 切 な 治 療 によって 偽 関 節 に 陥 るケ-スも 少 なくない 本 骨 折 を 保 存 的 に 治 療 するにあたり 舟 状 骨 を 含 めた 近 辺 の 解 剖 学 的 知 識 は 必 要 不 可 欠 である ( 舟 状 骨 近 辺 の 解 剖 ) 舟 状 骨 は 遠 位 及 び 近 位 手 根 骨 のいずれにも 属 しているため 手 関 節 過 度 の 運 動 に 際 し 橈 屈 剪 断 力 等 の 影 響 を 受 けやすい 舟 状 骨 は 手 関 節 の 橈 尺 屈 運 動 によって 回 旋 し 橈 屈 で 掌 屈 し 尺 屈 で 背 屈 する 舟 状 骨 への 血 液 供 給 は 70%は 背 側 隆 起 に 流 入 する 橈 骨 動 脈 または 手 根 間 動 脈 の 枝 から で 残 りは 舟 状 骨 結 節 よりの 血 流 からになる 中 枢 1/3 部 は 全 周 関 節 軟 骨 に 覆 われている ため この 部 位 からの 血 管 進 入 はなく 背 側 隆 起 からの 血 行 に 依 存 している また 橈 側 近 位 よりの 血 流 がないため 近 位 の 骨 折 では 近 位 片 の 無 屈 腐 性 壊 死 が 生 じることがある ( 舟 状 骨 骨 折 の 分 類 ) 1 部 位 による 分 類 遠 位 1/3 部 (10%) 水 平 斜 位 型 が 多 い 腰 部 (70%) 横 位 型 が 多 い 近 位 1/3 部 (20%) 垂 直 斜 位 型 が 多 い 2 骨 折 線 の 走 行 による 分 類 水 平 斜 位 型 骨 折 部 には 圧 迫 力 横 位 型 骨 折 部 には 圧 迫 力 剪 力 垂 直 斜 位 型 骨 折 部 には 剪 力 ( 舟 状 骨 骨 折 の 難 治 性 の 理 由 ) 1 手 関 節 橈 屈 尺 屈 運 動 の 際 骨 折 部 に 剪 力 が 加 わる 2 近 位 骨 片 の 血 液 供 給 不 足 に 陥 りやすい 3 関 節 内 骨 折 のため 関 節 液 が 仮 骨 形 成 を 妨 げる
( 舟 状 骨 骨 折 の 診 断 ) 受 傷 直 後 の 舟 状 骨 骨 折 はⅩ 線 で 明 らかでない 場 合 が 多 々ある 臨 床 上 舟 状 骨 骨 折 が 疑 われたら 患 肢 を 母 指 まで 含 めた 副 子 またはギプスで 固 定 し 二 週 間 後 に 患 者 を 再 評 価 す る この 際 次 の 症 状 があれば 舟 状 骨 骨 折 を 疑 い 再 びⅩ 線 撮 影 を 行 う 1 anatomical snuff box の 圧 痛 腫 脹 2 第 1 第 2 中 手 骨 軸 からの 軸 圧 痛 3 運 動 制 限 ( 特 に 回 内 回 外 橈 屈 尺 屈 ) ( 合 併 症 ) 月 状 骨 骨 折 脱 臼 橈 骨 茎 状 突 起 骨 折 尺 骨 茎 状 突 起 骨 折 有 頭 骨 骨 折 など < 症 例 > 69 歳 女 性 右 利 き 既 往 症 なし 1 発 生 機 転 H15.4.2 自 宅 の 風 呂 で 右 手 をついて 転 倒 し 負 傷 する 翌 朝 来 院 2 症 状 腫 脹 疼 痛 著 しく 手 関 節 運 動 不 能 Snuff box に 限 局 性 圧 痛 第 1,2 中 手 骨 軸 からの 軸 圧 痛 尺 骨 茎 状 突 起 に 限 局 性 圧 痛 3 Ⅹ 線 所 見 近 医 にて 初 診 時 のⅩ 線 撮 影 の 所 見 では 舟 状 骨 腰 部 骨 折 が 認 められ 尺 骨 茎 状 突 起 の 骨 折 も 合 併 していた 写 真 1 受 傷 直 後 4 整 復 転 位 のない 骨 折 のため 整 復 動 作 を 行 わず 5 固 定 固 定 範 囲 前 腕 上 部 ~MP 母 指 のみ IP
固 定 肢 位 前 腕 中 間 位 手 関 節 軽 度 背 屈 位 母 指 対 立 位 6 後 療 法 (1) 受 傷 ~ 腫 脹 減 退 ( 受 傷 ~11 日 目 ) 炎 症 期 骨 折 部 では 炎 症 性 細 胞 が 増 殖 し 骨 折 部 の 血 腫 吸 収 が 始 まる 骨 折 部 は 安 定 しておらず 仮 骨 形 成 は 行 われていない 固 定 :ギプスシ-ネ 前 腕 上 部 ~MP, 母 指 のみ IP 三 角 巾 による 免 荷 運 動 :あらゆる 自 動 可 動 域 運 動 不 可 物 療 : 冷 罨 法 を 主 体 に 行 う (2)12 日 目 (ギプス 固 定 )~38 日 目 (ギプスシ-ネ 固 定 ) 修 復 期 骨 形 成 細 胞 が 骨 芽 細 胞 に 分 化 し 繊 維 骨 を 形 成 する その 後 層 板 骨 の 形 成 が 始 まる Ⅹ 線 では 仮 骨 形 成 ははっきりと 見 られない 骨 梁 が 見 られることも ある 写 真 2 受 傷 後 38 日 目 固 定 :ギプス 固 定 前 腕 上 部 ~MP, 母 指 のみ IP 手 関 節 軽 度 背 屈 母 指 対 立 位 三 角 巾 による 免 荷 写 真 3 固 定 の 様 子 運 動 : 肘 関 節 の 屈 伸 のみ 許 可 前 腕 回 内 外 運 動 は 不 可 他 動 可 動 域 運 動 を 避 ける 物 療 :ギプスの 上 からマイクロ 波 (3)39 日 目 (ギプスシ-ネ 固 定 )~ギプス 除 去 (60 日 目 ) 修 復 期 ~リモデリング 期 繊 維 骨 は 層 板 骨 によって 置 換 され 始 める Ⅹ 線 で 骨 折 線 は 消 え 始 める 固 定 :ギプスシ-ネ 固 定
39 日 目 よりギプス 上 部 半 分 をカットし シ-ネを 行 う 三 角 巾 による 免 荷 はおこなわない 写 真 4 ギプスシーネ 作 成 運 動 : 手 関 節 の 自 動 可 動 域 運 動 は 不 可 前 腕 の 回 内 外 運 動 は 極 力 避 けるように 指 導 脱 着 可 のため 入 浴 を 許 可 する 物 療 : 電 療 温 罨 法 超 音 波 写 真 5 ギブスシーネ 固 定 外 観 (4) 固 定 除 去 ~ 除 去 10 日 目 (70 日 目 ) 写 真 6 固 定 除 去 時 (60 日 目 )
これ 以 降 はリモデリング 期 リモデリング 過 程 は 完 了 までに 数 ヶ 月 ~ 数 年 かかる 固 定 : 除 去 し 簡 易 サポーター 装 着 運 動 : 前 腕 回 内 外 の 自 動 可 動 域 運 動 を 許 可 手 関 節 はすべての 方 向 への 自 動 可 動 域 運 動 を 許 可 掌 背 屈 のみ 他 動 可 動 域 運 動 を 行 う 物 療 : 電 療 温 罨 法 超 音 波 を 引 き 続 き 行 う 写 真 7 固 定 除 去 後 30 日 (90 日 目 ) (5) 除 去 10 日 目 ~ 治 癒 まで(120 日 目 ) 運 動 : 手 関 節 はすべての 方 向 に 対 し 他 動 可 動 域 運 動 を 行 う 握 力 回 復 のために ボ ールを 握 らせる 日 常 生 活 において 患 肢 を 健 側 と 同 じように 使 わせる 物 療 : 電 療 温 罨 法 超 音 波 を 引 き 続 き 行 う 評 価 : 手 関 節 の 拘 縮 はなく 手 関 節 運 動 前 腕 回 内 外 運 動 とも 疼 痛 消 失 握 力 は 左 32kg. 右 28kg.で 握 力 低 下 は 若 干 あるものの 握 った 際 の 疼 痛 は 消 失 この 時 期 のⅩ 線 では 仮 骨 形 成 も 認 められ 骨 折 線 も 薄 く 消 え 始 めでおり ADL に 支 障 なきものとし 治 癒 に 至 る 写 真 8 治 癒 (120 日 目 ) < 結 果 > 今 回 の 骨 折 での 固 定 期 間 は 60 日 間 で 一 般 的 な 8~12 週 という 固 定 期 間 と 比 べ 比 較 的
短 い 固 定 期 間 で 済 んだ 前 腕 上 部 からの 固 定 という 骨 癒 合 に 不 利 に 働 く 前 腕 の 回 内 外 運 動 の 要 素 はあったものの 固 定 除 去 後 のⅩ 線 では 転 位 もなく 骨 癒 合 も 認 められ 機 能 障 害 も 残 らずに 治 癒 に 至 ることができた また 尺 骨 茎 状 突 起 も 同 様 に 骨 癒 合 が 認 められて いた 肘 関 節 を 固 定 しなくても 転 位 なく 治 癒 できるという 一 例 となった < 考 察 > 保 存 的 療 法 を 行 う 上 での 諸 注 意 舟 状 骨 骨 折 の 治 療 は 論 文 によると 安 定 型 不 安 定 型 に 関 わらず 観 血 的 に 治 療 したほ うがよい という 意 見 転 位 が 1mm. 以 下 の 場 合 は 保 存 的 治 療 の 適 応 がある という 意 見 など 様 々で 必 ずこの 場 面 で 物 議 となる 骨 折 部 位 の 血 液 供 給 の 関 係 で 腰 部 あるいは 近 位 1/3 部 の 骨 折 は 近 位 端 への 血 液 供 給 を 阻 害 するため 適 切 な 固 定 にもかかわらず 60~ 70% 程 度 しか 骨 癒 合 が 得 られない 転 位 のない 骨 折 では 100% 近 く 骨 癒 合 が 得 られるが 角 状 変 形 した 骨 折 では 65% 転 位 のある 骨 折 では 45%しか 骨 癒 合 が 得 られない 骨 癒 合 とともに 遮 断 した 血 行 が 再 開 することも 報 告 されている しかし これらの 報 告 は 上 腕 ~MP 母 指 のみ IP を 固 定 した 際 の 結 果 である 通 常 舟 状 骨 骨 折 を 保 存 的 に 治 療 する 場 合 6 週 間 の 上 腕 からの 固 定 を 行 い 骨 癒 合 が 認 められた 際 さらに 6 週 間 の 前 腕 からの 固 定 がベターとされている 以 上 のことから 保 存 的 に 治 療 をおこなう 場 合 以 下 の 要 件 が 挙 げられる 1 転 位 のない 骨 折 もしくは 転 位 が 1mm. 以 下 の 単 純 骨 折 2 舟 状 骨 と 関 節 面 を 持 つ 骨 の 骨 折 又 は 脱 臼 が 合 併 していない 場 合 3 糖 尿 病 OSP( 骨 粗 鬆 症 )など 明 らかに 骨 癒 合 に 不 利 に 働 く 要 素 がない 場 合 4 早 期 社 会 復 帰 の 必 要 がない 場 合 肘 関 節 固 定 ( 回 内 - 外 運 動 を 制 限 )は 必 要 か? 今 回 筆 者 は 前 腕 からの 固 定 を 試 みたが 舟 状 骨 の 骨 癒 合 を 優 先 的 に 考 えた 場 合 上 記 の 説 明 のとおり 上 腕 からの 固 定 をおこなっていたであろう しかし 本 症 例 のように 患 者 が 69 才 とういう 高 齢 であったため 肘 関 節 の 拘 縮 がおこると 治 療 期 間 の 遅 延 が 生 ずる 恐 れ がある そのため まず 患 者 自 身 に 保 存 的 療 法 と 観 血 的 療 法 の 選 択 を 行 っていただいた 上 で 肘 の 固 定 を 行 うかどうかを 選 択 していただいた もちろん 肘 関 節 未 固 定 による 偽 関 節 発 生 の 恐 れなど 十 分 な 説 明 をし 骨 癒 合 が 得 られてない 場 合 の 観 血 的 療 法 への 移 行 など に 同 意 していただき 治 療 へと 踏 み 切 った 偽 関 節 が 生 じて 一 番 厄 介 なのが DISI 変 形 ( 月 状 骨 の 背 屈 変 形 )である 仮 に 偽 関 節 が 生 じたと 想 定 しても 年 齢 的 なものから 考 えて DISI 変 形 になりにくいと 考 えられる したが って ADL に 支 障 がなく 手 関 節 の 運 動 がある 程 度 おこなえるようであれば 高 齢 者 は 無 理 に 肘 関 節 を 固 定 する 必 要 がないのでは? と 私 は 考 える
無 論 若 青 年 者 であれは 社 会 復 帰 などの 問 題 もあるため 完 全 な 骨 癒 合 が 必 要 とされ る また 肘 関 節 を 固 定 しても 筋 力 があるため 拘 縮 をとることは 高 齢 者 に 比 べると 容 易 に 可 能 である そのため 肘 を 含 めた 完 全 な 固 定 が 望 ましいと 考 えられる 今 回 の 結 果 で 高 齢 者 にも 関 わらず 骨 癒 合 が 認 められたよい 結 果 が 出 せたことは 固 定 さえしっかりしていれば 我 々 柔 道 整 復 師 が 舟 状 骨 骨 折 を 恐 れずに 施 術 できるものと 確 信 した 一 例 であった