健 康 文 化 心 身 の 健 康 と 睡 眠 野 田 明 子 はじめに 睡 眠 は 人 の 一 生 の 約 1/3 の 時 間 を 占 め 神 経 系 免 疫 系 循 環 系 内 分 泌 系 の 機 能 とも 深 く 関 係 し 脳 および 身 体 機 能 を 維 持 するために 必 要 不 可 欠 であり 健 康 な 生 活 の 維 持 に 重 要 な 役 割 を 果 たしています 現 代 社 会 における 睡 眠 時 間 の 短 縮 はこれらの 十 分 な 機 能 を 阻 害 し 身 体 や 精 神 活 動 に 悪 影 響 をもたらしています 20 世 紀 後 半 か らヒトゲノムをはじめとした 多 くの 領 域 では 著 しい 進 歩 がみられました しかし 睡 眠 に 関 しては 明 らかになっていないことが 多 く 現 状 であり 21 世 紀 の 医 学 の 課 題 の ひとつと 思 われます 睡 眠 医 学 の 歴 史 と 今 後 睡 眠 や 夢 は 古 くから 人 々の 関 心 事 でしたが 科 学 的 な 研 究 の 対 象 となったのは 最 近 のことです そのはじめはオーストリアの 神 経 科 学 者 である von Economo が 1930 年 に 睡 眠 をコントロールする 中 枢 の 存 在 を 明 らかにしたことです ふたつめはドイツの 精 神 医 学 者 Berger によるヒトの 脳 波 の 発 見 1953 年 のシカゴ 大 学 の Aserinsky( 当 時 大 学 院 生 )と Kleitman によるレム 睡 眠 の 発 見 です 当 時 医 学 部 生 であった Dement はこの 仕 事 に 関 わり スタンフォード 大 学 で 睡 眠 障 害 クリニックを 設 立 するなどこの 分 野 のパイオニアとして 現 在 も 活 躍 中 です 1968 年 には 現 在 も 睡 眠 評 価 のゴール ドスタンダードとされる 睡 眠 ポリグラフィが Rechtschaffen と Kales によりマニュア ル 化 されました その 後 Gastaut らによる 呼 吸 記 録 の 追 加 で 睡 眠 時 無 呼 吸 が 明 らか にされ 1976 年 スタンフォード 大 学 の Guilleminault により Sleep Apnea Syndrome が 報 告 されました これは 2003 年 2 月 に 起 きた 山 陽 新 幹 線 の 居 眠 り 運 転 事 故 と 関 係 した 睡 眠 時 無 呼 吸 症 候 群 です 24 時 間 社 会 の 現 代 では 睡 眠 は 軽 視 されて 睡 眠 不 足 や 睡 眠 障 害 は 増 加 する 傾 向 にあります これらによる 作 業 事 故 亣 通 事 故 などは 国 の 生 産 性 にも 影 響 を 及 ぼす ことが 認 識 され 社 会 問 題 としてもクローズアップされています また 睡 眠 時 呼 吸 障 害 は 心 血 管 病 の 危 険 因 子 であることが 明 らかにされ ようやく 医 学 の 分 野 において も 睡 眠 医 療 の 必 要 性 が 認 められるようになってきました 本 邦 でも 睡 眠 を 対 象 とする 1
医 療 機 関 は 増 加 していますが まだ 米 国 の 1/10 程 度 です 睡 眠 障 害 に 対 するさらな る 啓 蒙 と 専 門 医 療 スタッフの 増 員 が 求 められています さらに 睡 眠 睡 眠 障 害 に 対 する 研 究 体 制 も 十 分 整 備 されていません 本 邦 では 睡 眠 について 教 育 する 学 科 や 講 座 は 少 ないので 睡 眠 関 連 の 問 題 に 対 処 するために 国 家 レベルでの 対 策 が 望 まれます 睡 眠 のメカニズムと 睡 眠 覚 醒 コントロール 睡 眠 は 4 段 階 のノンレム 睡 眠 (Stage 1-4)とレム 睡 眠 に 分 類 されています 健 常 者 では 入 眠 後 ノンレム 睡 眠 を 経 て 入 眠 後 約 90 分 頃 レム 睡 眠 が 出 現 し この 入 眠 からレム 睡 眠 までのひとつの 単 位 が 一 晩 に 4-5 回 繰 り 返 されます( 図 1 上 段 ) ノン レム 睡 眠 中 成 長 ホルモンや 免 疫 に 必 要 な 物 質 の 分 泌 が 行 われます レム 睡 眠 中 は 自 律 神 経 活 動 が 激 しく 変 動 し 自 律 神 経 系 の 嵐 と 言 われています ノンレム 睡 眠 は 休 息 と 回 復 成 長 に 関 係 し レム 睡 眠 は 大 脳 の 情 報 処 理 に 関 与 していると 考 えられてい ます 睡 眠 中 枢 や 体 内 時 計 により 睡 眠 のタイミングや 深 さが 決 められます 最 近 の 研 究 において 睡 眠 時 間 や 夜 型 か 朝 型 かは 遺 伝 子 の 多 様 性 による 体 質 であることも 明 らかにされつつあり 自 分 の 睡 眠 特 性 を 把 握 することで 睡 眠 障 害 の 発 症 を 予 防 でき る 可 能 性 もあります しかし 終 夜 睡 眠 ポリグラフィは 多 大 な 労 力 がかかり 現 在 の 睡 眠 医 療 体 制 では 多 くの 対 象 に 施 行 できません 信 頼 精 度 の 高 い 睡 眠 評 価 簡 易 機 器 の 開 発 が 必 要 です 図 1 にアルコールの 睡 眠 への 影 響 を 示 します 寝 酒 は 不 眠 の 解 決 法 と 思 われている ことが 多 いですが 図 1 に 示 すごとく 少 量 の 飲 酒 でさえも 睡 眠 に 悪 影 響 を 及 ぼすこと がわかります 二 日 酔 いとならなくても 翌 日 の 活 動 能 力 の 低 下 をもたらすことがあ ります さらには 不 眠 を 引 き 起 こしたり 睡 眠 時 無 呼 吸 を 悪 化 したりすることもあり ます 睡 眠 時 間 の 短 縮 化 は 肥 満 糖 尿 病 心 血 管 病 の 発 生 と 関 係 するとも 報 告 されて います 日 本 人 を 対 象 とした 最 近 の 調 査 では 睡 眠 時 間 7 時 間 が 最 も 死 亡 率 が 低 いこと が 示 されました また 50-70 歳 代 において 睡 眠 時 間 6 時 間 未 満 または 9 時 間 以 上 で 死 亡 率 の 増 加 狭 心 症 および 心 筋 梗 塞 発 症 の 増 加 が 報 告 されています 図 2 は 名 古 屋 大 学 大 学 院 工 学 系 研 究 科 で 開 発 された 爽 快 目 覚 まし 時 計 システムです 本 システム により 睡 眠 時 間 のみならず 正 確 に 睡 眠 覚 醒 リズムを 把 握 できます このような 機 器 が 安 価 で 広 く 利 用 できるようになれば 健 康 維 持 や 生 活 の 質 の 向 上 に 貢 献 で きると 期 待 されます 2
図 1 健 常 者 における 非 飲 酒 時 と 飲 酒 時 の 睡 眠 経 過 図 上 段 : 非 飲 酒 時 中 段 :0.28g ethanol/kg body weight 飲 酒 時 下 段 :0.69g ethanol/kg body weight 飲 酒 時, 飲 酒 によりレム 睡 眠 の 持 続 時 間 やレム 睡 眠 の 出 現 パターンが 有 意 に 変 化 しています( 中 段 下 段 ) Miyata S, Noda A, et al. Internal Medicine 43:679-684,2004 より 引 用 図 2 名 古 屋 大 学 大 学 院 工 学 系 研 究 科 で 開 発 された 爽 快 目 覚 まし 時 計 システム 睡 眠 経 過 を 把 握 し 爽 快 な 目 覚 めを 提 供 する 機 器 本 システムによる 睡 眠 周 期 は 終 夜 睡 眠 ポリグラ フィと 有 意 な 相 関 関 係 を 示 しました ( 福 田 敏 男 湧 田 雄 基 他. 電 気 学 会 論 文 誌 C 125;43-49 2005) 3
睡 眠 の 指 針 2003 年 に 厚 生 労 働 省 によって 健 康 づくりのための 睡 眠 の 指 針 が 以 下 の 如 く 示 され ました 1) 快 適 な 睡 眠 でいきいき 健 康 生 活 2) 睡 眠 はひとそれぞれ 日 中 元 気 ハツラツが 快 適 な 睡 眠 のバロメーター 3) 快 適 な 睡 眠 は 自 ら 創 り 出 す 4) 眠 る 前 に 自 分 なりのリラックス 法 眠 ろうとする 意 気 込 みが 頭 をさえさせる 5) 目 が 覚 めたら 日 光 を 取 り 入 れ 体 内 時 計 のスイッチオン 6) 午 後 の 眠 気 をやりすごす 7) 睡 眠 障 害 は 専 門 医 に 相 談 循 環 器 疾 患 や 癌 の 多 くは 医 学 の 進 歩 により 21 世 紀 中 に 克 服 されると 予 想 されて いますが 睡 眠 障 害 と 密 接 に 関 係 する 心 の 病 気 については 今 後 も 増 加 する 一 方 で 明 るい 見 通 しはないのが 現 状 です まずは 厚 生 省 の 快 適 睡 眠 の 指 針 を 参 考 に 生 活 習 慣 の 改 善 に 期 待 したいと 思 います 睡 眠 薬 服 用 率 が 高 く 不 眠 症 も 国 民 病 の 一 つとも 考 え られています 不 眠 の 背 景 にはライフスタイルの 多 様 化 運 動 不 足 アルコール 過 飲 など 不 適 切 な 睡 眠 衛 生 心 理 的 因 子 が 介 在 しています 不 眠 の 背 景 にうつ 病 が 潜 んで いる 場 合 も 多 いと 言 われています 睡 眠 の 異 常 はうつ 病 の 病 態 生 理 学 的 機 序 と 密 接 に 関 係 し 不 眠 はうつ 病 の 危 険 因 子 になることも 指 摘 されています うつ 病 予 防 の 見 地 からも 健 康 管 理 において 快 適 な 睡 眠 の 創 出 が 重 要 と 思 われます 睡 眠 時 無 呼 吸 症 候 群 と 生 活 習 慣 病 睡 眠 時 無 呼 吸 症 候 群 は 中 年 男 性 の 約 4% 女 性 では2%にみられると 報 告 されてい ます 上 気 道 の 閉 塞 により 無 呼 吸 が 発 生 し それに 伴 って 低 酸 素 血 症 が 生 じ 睡 眠 が 分 断 化 されるため 日 中 に 眠 気 を 主 症 状 とし 亣 感 神 経 活 動 の 亢 進 をもたらし 心 血 管 系 に 悪 影 響 を 及 ぼします 睡 眠 時 無 呼 吸 症 候 群 は 肥 満 高 血 圧 糖 尿 病 高 脂 血 症 などの 生 活 習 慣 病 と 深 く 関 連 していることが 明 らかにされています 図 3 に 睡 眠 時 無 呼 吸 症 候 群 の 血 圧 概 日 リズムを 示 します 早 朝 高 血 圧 は 脳 心 血 管 事 故 との 関 係 で 注 目 されています 現 在 では 睡 眠 時 無 呼 吸 症 候 群 は 脳 心 血 管 病 のリ スクファクターと 考 えられています また 睡 眠 時 無 呼 吸 と 心 不 全 との 関 係 も 注 目 さ れています 心 不 全 とは 心 筋 障 害 により 心 臓 のポンプ 機 能 が 低 下 し 酸 素 需 要 量 に 見 合 うだけの 血 液 量 を 拍 出 できない 病 態 です 心 不 全 は 高 齢 化 社 会 のため 医 療 費 にも 大 きな 問 題 として 取 り 上 げられています 左 室 収 縮 機 能 の 低 下 と 左 室 拡 大 を 特 徴 とする 心 不 全 の 原 因 疾 患 の 一 つである 拡 張 型 心 筋 症 を 対 象 とした 最 近 のわれわれの 研 究 で 4
も 睡 眠 時 無 呼 吸 は 心 機 能 と 密 接 に 関 係 し 睡 眠 時 無 呼 吸 の 治 療 である 陽 圧 呼 吸 療 法 は 心 機 能 の 改 善 と 生 命 予 後 を 改 善 することが 明 らかになりました 陽 圧 呼 吸 療 法 は 心 不 全 患 者 において 確 立 された 治 療 法 ではないですが 心 不 全 治 療 の 選 択 肢 の 一 つと 考 えています 睡 眠 時 無 呼 吸 は 生 活 習 慣 病 の 背 景 に 潜 んでいる 可 能 性 が 高 く 睡 眠 時 無 呼 吸 症 候 群 の 心 血 管 リスクを 見 逃 さないようにするべきでしょう 図 3 睡 眠 時 無 呼 吸 症 候 群 における 血 圧 概 日 リズム 重 症 睡 眠 時 無 呼 吸 症 候 群 では 中 段 および 下 段 のごとく 夜 間 血 圧 上 昇 早 朝 高 血 圧 睡 眠 中 血 圧 低 下 の 欠 如 が 見 られます Noda A, et al. Chest 103:1343-1347,1993 より 引 用 まとめ 健 康 維 持 に 食 事 と 運 動 が 大 切 なことは 広 く 知 られており 健 康 食 品 を 求 め 運 動 に 励 んでいる 姿 も 数 多 く 見 かけます しかし 健 康 において 睡 眠 がいかに 重 要 な 役 割 を 果 たしているかは 十 分 認 識 されていないのが 現 状 です 生 活 習 慣 病 の 予 防 産 業 事 故 医 療 費 の 増 大 生 産 性 の 低 下 等 を 防 止 するためにも 睡 眠 医 学 教 育 の 推 進 と 健 康 管 理 における 睡 眠 指 導 が 重 要 と 考 えます ( 名 古 屋 大 学 医 学 部 助 教 保 健 学 科 検 査 技 術 科 学 専 攻 ) 5