箱 根 大 涌 谷 から 上 湯 場 付 近 における 硫 化 水 素 および 二 酸 化 硫 黄 のガス 濃 度 と 地 温 測 定 結 果 棚 田 俊 收 * 代 田 寧 * * 板 寺 一 洋 Observation of SO 2 and H 2 S density and a ground surface temperature in and around Owakidani- Kamiyuba of Hakone Volcano by Toshikazu TANADA, Yasushi DAITA and Kazuhiro ITADERA 1. はじめに 2001( 平 成 13) 年 箱 根 での 群 発 地 震 が 発 生 した 直 後 から 箱 根 大 涌 谷 北 側 斜 面 で 新 たな 地 熱 活 動 が 発 見 され た( 辻 内 ほか 2003) この 地 熱 活 動 域 では 樹 木 の 立 ち 枯 れや 根 返 り 状 態 の 倒 木 などが 確 認 されているほか 地 温 が 高 いところでは 噴 気 が 立 ち 上 がっている この 地 熱 活 動 域 は 2008( 平 成 20) 年 現 在 大 涌 谷 北 側 斜 面 から 県 道 までの 間 に 広 がり 一 部 は 大 涌 谷 から 上 湯 場 までのハイキングコース(2009 年 1 月 現 在 通 行 止 め)も 含 まれている そこで 本 論 では 地 熱 活 動 域 から 放 出 される 大 気 中 のガス 濃 度 測 定 や 地 表 付 近 の 変 化 などの 継 続 調 査 し た 結 果 を 報 告 する なお 2007( 平 成 19) 年 9 月 から 2008( 平 成 20) 年 3 月 までは( 株 ) 地 熱 が 担 当 し 4 月 以 降 は 著 者 らが 調 査 をおこなった 2. 調 査 地 点 および 項 目 調 査 地 点 は 図 1 に 示 した 3 箇 所 で 本 調 査 開 始 以 前 よ り 噴 気 があがっているところである( 写 真 1) 第 1 調 査 地 点 は 大 涌 谷 から 上 湯 場 へ 延 びる 尾 根 上 で 2001( 平 成 13) 年 に 始 まった 箱 根 群 発 地 震 当 初 から 地 熱 活 動 が 確 認 された 場 所 である 第 2 地 点 は 第 1 地 点 の 西 側 谷 筋 に 位 置 している 第 3 地 点 は 第 2 地 点 の 下 流 部 で 県 道 と 交 差 する 地 点 で 2005( 平 成 17) 年 ごろ 地 熱 活 動 が 確 認 された 調 査 間 隔 は 週 に 1 度 程 度 で 3 箇 所 の 調 査 は 同 日 内 に 実 施 している 調 査 項 目 は 大 気 中 のガス 濃 度 地 温 地 表 付 近 の 変 化 ( 新 たな 倒 木 や 地 滑 りなどの 出 現 )である 測 定 対 象 としたガスは 大 気 中 の 硫 化 水 素 と 二 酸 化 硫 黄 で デジタ ルガス 濃 度 測 定 器 または 検 知 管 を 使 用 し 地 表 から 数 十 図 1 3 箇 所 の 調 査 地 点 丸 印 が 調 査 地 点 (この 地 図 は 国 土 地 理 院 発 行 の 2 万 5 千 分 の1 地 形 図 箱 根 を 用 いた) cm 程 度 の 高 さにおいて 測 定 した 地 温 の 測 定 にはデジ タル 温 度 計 を 使 用 し センサー 部 を 20cm 程 度 地 中 に 差 し 込 んで 測 定 した また 補 助 データとして 濃 度 測 定 中 における 臭 いなどの 知 覚 調 査 の 結 果 や 風 向 などの 気 象 条 件 も 記 録 した なお 第 2 地 点 においては 直 接 噴 気 孔 からガスを 採 取 し ガス 濃 度 の 測 定 および 凝 縮 水 の 安 定 同 位 体 比 の 測 定 をおこなった 3. 調 査 期 間 中 の 特 記 すべき 気 象 各 調 査 項 目 は 降 雨 や 降 雪 気 温 などの 影 響 を 受 けや すいので 横 浜 地 方 気 象 台 資 料 をもとに 特 記 すべき 事 象 を 記 しておく * 神 奈 川 県 温 泉 地 学 研 究 所 250-0031 神 奈 川 県 小 田 原 市 入 生 田 586 報 告, 神 奈 川 県 温 泉 地 学 研 究 所 報 告, 第 40 巻,23-28,2008.
写真 1-1 調査点1 2008 年6月 19 日撮影 写真 1-3 調査点3 2008 年6月 19 日撮影 県道から望む噴気域 白く見える堰堤奥に噴 写真手前の枯れ地で測定を実施した 写真奥 は大涌谷 気域が広がっている 4 調査結果 2007 年 9 月から 2008 年 8 月までの 1 年間に 42 回の 調査をおこなった 表 1 3 調査地点における大気中の硫化水素と二酸化硫黄ガ ス濃度の最高値はそれぞれ 3ppm と 0.5ppm であった 表 2 最小値は 3 地点とも 0ppm であった これらの値は 箱根町大涌谷園地における大涌谷園地安全対策協議会で 定めた警戒濃度 硫化水素が 30ppm 以上と二酸化硫黄が 2.5ppm 以上 と比べてわかるように 人体に影響を与 えるような濃度ではないことがわかった また 調査期 間中 3 箇所の調査地点において硫化水素臭や二酸化硫 黄のような刺激臭を感じることは無く むしろ腐葉土の 写真 1-2 調査点2 2008 年6月 10 日撮影 ような臭いを感じることが多かった なお 表 1 備考欄 写真で白く見えるのが噴気ガス に記録したように 調査地点 1 では風向によって大涌沢 からの火山ガスと考えられる刺激臭を感じた 調査を開始した 2007 平成 19 年 9 月 7 日 台風 9 噴気があがっている場所は 1 年を通して確認できた 号が静岡県伊豆半島南部に上陸し その後神奈川県西部 が 噴気音はほとんど聞こえない 噴気の色は白色で水 を通過した そのため 箱根では 651 の降水量を観測 蒸気が多く含まれていることを示唆している そのため した 小田原での最大風速は 東南東の風 風速 7 m/s 噴気は大気温度や湿度の影響を受け 夏は少なく 冬は を 7 日 00 時 30 分に観測した 横浜地方気象台,2007 多く噴出しているように見えた なお 箱根のアメダスには風速測定の項目は無い 2007 平成 19 年 10 月 26 日から 27 日 台風第 20 号によって 箱根では 135 の降水量を観測した 横浜 地方気象台,2007 3 箇所の調査地点における地温は 降雨の影響を受 けて一時的に低下することはあるが 気温に比べ高温を 保っていることがわかった 地表付近の変化としては 台風 9 号が 2007 平成 2008 平 成 20 年 2 月 3 日 に は 大 雪 に 関 す る 気 19 年 9 月 7 日通過後 地熱活動域で多くの樹木が倒れ 象速報が神奈川県内に発表された 横浜地方気象台 ていた また 小規模な崖崩れも確認できた,2008 調査期間中の冬は積雪が多く 調査地点間の山 道では膝くらいまで雪が積もった なお 箱根のアメダ スには積雪測定の項目は無い 5 調査期間中の地震活動との関係 調査期間中において 箱根火山および周辺部では
表1 測定結果
表 2 大 気 中 の 硫 化 水 素 と 二 酸 化 硫 黄 測 定 最 大 値 2007( 平 成 19) 年 10 月 1 日 午 前 2 時 21 分 ごろ 箱 根 湯 本 付 近 において M4.9( 気 象 庁 )の 地 震 が 発 生 した( 本 多 ほか 2008) また 2008( 平 成 20) 年 4 月 4 日 に 箱 根 駒 ヶ 岳 南 西 部 でやや 活 発 な 地 震 活 動 が 発 生 した( 最 大 マグニチュード 2.4; 地 震 数 38 個 ) しかし これらの 活 動 に 対 応 するような 地 熱 活 動 域 での 調 査 項 目 に 変 化 は なかった 6. 第 2 地 点 における 噴 気 ガス 濃 度 および 安 定 同 位 体 比 第 2 地 点 の 噴 気 ガスは この 地 点 の 標 高 における 水 の 沸 点 とほぼ 同 じ 約 96 と 高 く 火 山 ガスが 含 まれる 可 能 性 がある そこで 2005( 平 成 17) 年 6 月 から 2006( 平 成 18) 年 6 月 にかけて 噴 気 ガスを 採 取 し ガス 濃 度 の 測 定 および 凝 縮 水 の 安 定 同 位 体 比 の 測 定 をおこなった ガス 採 取 の 方 法 は 写 真 2に 示 したとおり 噴 気 孔 に できるだけ 隙 間 がないようにロートをかぶせ 注 射 器 で 吸 引 して 噴 気 ガスを 採 取 した その 際 途 中 に 氷 水 で 冷 やした 捕 集 ビンを 取 り 付 け 安 定 同 位 体 比 を 測 定 するた めの 凝 縮 水 も 採 取 した ガス 濃 度 は 水 分 除 去 後 の 注 射 器 内 のガスを 検 知 管 により 測 定 した 測 定 項 目 は 硫 化 水 素 二 酸 化 硫 黄 二 酸 化 炭 素 とした 水 分 除 去 後 のガス 濃 度 は 二 酸 化 炭 素 が 約 98%を 占 め ており 硫 化 水 素 は 800ppm 程 度 であった また 二 酸 化 硫 黄 はほぼ 検 出 限 界 以 下 であった 硫 化 水 素 が 検 出 さ れたことから 噴 気 温 度 が 高 い 地 点 では 熱 伝 導 だけで はなく 火 山 ガスが 上 昇 していることも 確 認 された 本 噴 気 では 二 酸 化 硫 黄 の 濃 度 が 低 いが これは 大 涌 谷 噴 気 地 帯 の 自 然 噴 気 においても 同 様 である 二 酸 化 硫 黄 は 水 に 溶 解 しやすく もともと 濃 度 が 低 いこともあり 容 易 に 除 去 されてしまうためと 考 えられる 一 方 硫 化 水 素 濃 度 は 大 涌 谷 噴 気 地 帯 の 自 然 噴 気 ( 大 場 ほか 2007)と 比 較 してかなり 低 い 今 回 噴 気 中 の 水 分 量 は 測 定 していないが 大 場 ほか(2007)によると 大 涌 谷 噴 気 地 帯 でみられる 自 然 噴 気 は ほぼ 98% 以 上 が 水 (H 2 O)である 第 2 地 点 の 噴 気 ガスの 98%が 水 とす ると 噴 気 ガス 中 の 硫 化 水 素 は 16ppm 程 度 と 低 くなり さらに 大 気 で 拡 散 され 環 境 中 の 濃 度 はほぼ 0ppm となっ ているのであろう また 現 場 で 硫 化 水 素 の 臭 気 を 感 じ ることはなかった 写 真 2 噴 気 ガス 採 取 方 法 噴 気 孔 にロートをかぶせ 注 射 器 で 吸 引 してガ スを 採 取 する また 途 中 に 氷 水 で 冷 やした 捕 集 ビンを 取 り 付 け 凝 縮 水 を 採 取 する 注 射 器 に 採 取 されたガス 中 の 硫 化 水 素 等 を 検 知 管 によ り 測 定 する 凝 縮 水 の 安 定 同 位 体 比 の 結 果 を 図 2 の で 示 す 噴 気 孔 付 近 の 湧 水 も 採 水 し 安 定 同 位 体 比 を 測 定 した こ れを 調 査 地 域 の 天 水 と 考 え 噴 気 温 度 の 96 で 平 衡 に ある 水 蒸 気 を で 示 した 凝 縮 水 の 安 定 同 位 体 比 は 天 水 と 深 部 流 体 ( 火 山 性 蒸 気 )を 結 んだ 線 上 にほぼ 分 布 し ており これらの 混 合 系 であることを 示 唆 している た だし ほぼ 天 水 に 近 い 同 位 体 組 成 を 示 すことから この 凝 縮 水 には 深 部 流 体 の 寄 与 が 少 なく ほぼ 天 水 起 源 であ るように 見 える なお 同 じ 噴 気 孔 で 測 定 をおこなった 大 場 ほか(2007)でもほぼ 同 様 の 結 果 が 示 されている 一 方 大 場 ほか(2007)では 本 噴 気 ガスに 含 まれ る 二 酸 化 炭 素 の 炭 素 安 定 同 位 体 比 も 測 定 しており その 結 果 は 大 涌 谷 噴 気 地 帯 の 自 然 噴 気 と 同 様 に 火 山 起 源 であ ることを 示 している 大 場 ほか(2007)によると 大 涌 谷 の 火 山 ガスに 関 して 含 有 される 二 酸 化 炭 素 は 供 給 源 から 放 出 されて 地 表 に 到 達 する 過 程 で 減 少 も 増 加 もしな い 保 存 成 分 と 認 められる しかし 水 (H 2 O)や 硫 黄 含 有 ガスは 保 存 成 分 ではない 水 (H 2 O)は 地 下 水 との 相 互 作 用 により 付 加 されたり 部 分 的 に 凝 縮 して 失 われたりする 従 って 本 噴 気 ガスは 上 昇 過 程 において 地 下 水 との 相 互 作 用 が 大 きいため 硫 黄 含 有 ガスが 除 去 されたり 凝 縮 水 の 安 定 同 位 体 比 が 天 水 に 近 い 値 を 示 し ているものの 本 来 は 火 山 起 源 であると 考 えることがで きる また 硫 化 水 素 の 濃 度 が 大 涌 谷 噴 気 地 帯 の 自 然 噴 気 と 比 べて 低 いのは 以 下 のような 鉱 物 との 反 応 により 除
図 2 凝 縮 水 の 安 定 同 位 体 比 が 新 噴 気 の 測 定 結 果 は 噴 気 孔 付 近 の 湧 水 ( 箱 根 の 天 水 )と 96 ( 噴 気 温 度 )で 平 衡 にある 水 蒸 気 * は Matsuo et.al(1985)が 見 積 もった 箱 根 の 深 部 流 体 は 大 場 ほか(2007)による 大 涌 谷 自 然 噴 気 の 測 定 値 を 示 す 実 線 は 新 噴 気 のデータから 最 小 二 乗 法 によって 求 めた 去 されている 可 能 性 がある 4H 2 S + Fe 2 SiO 4 = 2FeS 2 + SiO 2 + 2H 2 O + 2H 2 なお この 反 応 における Fe 2 SiO 4 は 岩 石 中 に 含 まれ る 2 価 の 鉄 を 代 表 する 意 味 で 用 いており 必 ずしも Fayalite が 存 在 していることを 要 求 していない また この 反 応 では 水 素 (H 2 )が 発 生 するが 大 場 ほか(2007) によると 本 噴 気 ガスは 他 の 噴 気 ガスに 比 べて 水 素 (H 2 ) 濃 度 が 高 く 観 測 結 果 からも 支 持 される この 反 応 が ガスの 通 路 で 継 続 して 起 きているとすると 時 間 の 経 過 に 伴 い 通 路 を 構 成 する 岩 石 に 含 まれる 2 価 鉄 は 消 費 され る そのため 硫 化 鉄 の 形 成 が 抑 制 され 噴 気 ガス 中 の 硫 化 水 素 濃 度 が 高 くなることが 予 想 される そこで 2008( 平 成 20) 年 8 月 に 再 度 ガス 採 取 をおこない 最 近 の 状 況 について 調 査 した その 結 果 硫 化 水 素 の 濃 度 は 約 1200ppm であり 2 年 前 と 比 較 してわずかに 増 加 していた なお 凝 縮 水 の 安 定 同 位 体 比 の 結 果 は 2 年 前 の 結 果 とほぼ 同 様 であった( 図 2 の ) このことは 先 に 述 べた 仮 説 の 妥 当 性 を 示 しており 今 後 硫 化 水 素 濃 度 が 高 くなることが 予 想 されるので 引 き 続 き 調 査 を おこなっていく 必 要 があると 考 えている 謝 辞 本 調 査 を 実 施 するにあたり 東 京 神 奈 川 森 林 管 理 署 箱 根 温 泉 供 給 株 式 会 社 ならびに 箱 根 町 防 災 課 には 便 宜 を 図 って 頂 きました また 噴 気 ガスの 調 査 結 果 の 解 釈 においては 東 京 工 業 大 学 火 山 流 体 研 究 センターの 大 場 武 准 教 授 に 大 変 貴 重 な 意 見 を 賜 りました ここに 記 し て 感 謝 の 意 を 表 します
参 考 文 献 本 多 亮 永 井 悟 伊 東 博 (2008) 神 奈 川 県 内 およびそ の 周 辺 における 2007( 平 成 19) 年 の 地 震 活 動, 温 地 研 観 測 だより,58,49-53. Matsuo,S.,Kusakabe,M.,Niwano,M.,Hirano,T. and Oki,Y. (1985)Origin of thermal waters from the Hokone geothermal system,japan.geochem.j.,19,27-44. 大 場 武 澤 毅 平 徳 泰 大 和 田 道 子 森 川 徳 敏 風 早 康 平 (2007) 箱 根 カルデラ 中 央 火 口 丘 熱 水 系 における 火 山 性 流 体 の 化 学 的 進 化, 温 地 研 報 告,39,1-42. 辻 内 和 七 郎 鈴 木 征 志 粟 谷 徹 (2003) 箱 根 大 涌 谷 で 2001( 平 成 13) 年 に 発 生 した 蒸 気 井 の 暴 噴 事 故 と その 対 策, 温 地 研 観 測 だより,53,1-12. 横 浜 地 方 気 象 台 (2007) 平 成 19 年 (2007 年 ) 神 奈 川 県 の 気 象 地 震 概 況,pp31. 横 浜 地 方 気 象 台 (2008) 平 成 20 年 2 月 3 日 の 大 雪 に 関 する 神 奈 川 県 気 象 速 報,pp3.