7. 縊 岩 これは くくり 岩 と 読 む 語 感 はあまり 良 くない 何 故 ならば この 縊 の 字 は 糸 と 益 の 組 み 合 わせからなり 後 者 は 音 符 でエキ エイで これには しめる の 意 味 があることから 全 体 で ひもで 首 をしめる さらには ひもでしめ 殺 す とい った 意 味 になるからである どうしてこのような 疎 ましい 語 感 の 地 名 が 東 京 都 発 行 の 地 図 に 載 っているのだろうか?これが 今 回 の 話 題 である 100m 図 1 五 日 市 樽 沢 の 地 形 出 典 : 東 京 都 2,500 デジタルマップ( 印 は 巨 石 の 位 置 ) さて JR 五 日 市 線 の 終 点 武 蔵 五 日 市 駅 の 裏 山 といった 感 じのところに 樽 沢 と いう 小 さな 渓 流 がある これは 図 1 のように 東 西 に 細 長 い 谷 で その 東 端 は 秋 川 支 流 の 深 沢 に 合 流 する 共 に 典 型 的 な V 字 型 の 渓 流 で 流 域 の 規 模 が 小 さいわりに 峻 嶮 な 谷 地 形 をなしている 地 層 は 白 亜 紀 の 砂 岩 頁 岩 の 互 層 からなり 走 向 は 西 北 東 南 ま たは 西 北 西 東 南 東 で 多 くは 高 角 度 で 北 に 傾 斜 している このあたりの 森 林 は 殆 どが スギ ヒノキの 人 工 林 からなるが 林 業 の 衰 退 から 最 近 は 手 入 れが 殆 どなされず いわゆる 放 置 林 となっているところが 多 い 昼 なお 暗
く 倒 木 がいたるところに 転 がっていたり 背 丈 をはるかに 超 える 篠 竹 が 生 い 茂 ってい たりして 山 の 中 を 歩 き 回 るということは 普 通 にはまず 不 可 能 といってよい このようなところで 水 文 観 測 が 行 われた それは 秋 川 流 域 の 放 置 林 が 近 い 将 来 東 京 都 によって 一 律 にその 3 割 が 間 伐 される 予 定 だと 聞 き そのことによって 土 壌 水 分 蒸 発 散 流 域 流 出 などの 水 文 現 象 がどのように 変 化 するか を 追 跡 するためであ る 研 究 は とうきゅう 環 境 浄 化 財 団 の 助 成 によって 3 年 間 ほど 進 められたが その 話 をここでする 訳 ではない その 研 究 の 過 程 で 実 感 した 地 名 に 隠 された 自 然 の 姿 とい ったものについて 触 れてみたかっただけである 本 来 の 研 究 テーマである 流 域 水 文 の 話 は 別 の 機 会 にまわす 筆 者 が 地 元 の 方 に 案 内 されて この 谷 に 入 ったとき まず 気 になったのは この 地 名 である その 名 の 由 来 は 知 らないという 深 く 抉 られた 薄 暗 い 谷 中 を 登 ってゆくと 谷 を 塞 ぐようにして 巨 石 がそそり 立 っている( 写 真 1) 遠 巻 きしてこの 巨 石 の 上 に 立 つと やはり 何 らかのいわく 因 縁 がありそうだと 考 えるより 先 に 体 がそれを 感 じる その 後 観 測 機 器 の 設 置 や 観 測 作 業 のために 地 元 の 方 々にお 願 いして 山 道 や 丸 木 橋 がつくられたが 当 初 の 昼 なお 暗 い 状 況 は その 後 伐 採 されるまでかわらないま ま この 場 所 へ 5 年 間 に 亘 っ て 雨 や 雪 の 日 に 拘 わらず 毎 週 土 曜 日 には 欠 かさず 通 いとおした つい 数 年 前 まで のことである 山 中 でイノシシには 何 度 も 遭 遇 して 度 肝 を 抜 かされた が それよりもこの 縊 岩 を 通 り 抜 ける 時 がいちばん 気 味 悪 かった この 地 名 から 連 想 されるものが 頭 から 離 れな かったからである だいぶ 前 置 きが 長 くなって しまったが 本 題 に 入 ろう 写 真 1 五 日 市 樽 沢 谷 底 からの 高 さ 約 7m の 縊 岩 ( 伐 採 によって 日 が 差 すようになったが 当 初 は 全 体 が 放 置 林 に 包 まれていた)
図 2 は 下 流 ( 東 側 )からみた 樽 沢 の 立 体 図 である この 図 でまず 注 目 される 点 は 丸 み のある 稜 線 部 と これを 深 く 抉 るV 字 型 の 谷 の 組 み 合 わせであり またその 谷 中 に 幾 つ かの 遷 急 点 が 見 られることである これらの 遷 急 点 のうち 最 も 顕 著 なのが 縊 岩 が 位 置 する 場 所 ( 写 真 2)である ここでは 上 流 側 の 緩 やかな 谷 ( 写 真 3)と 下 流 側 の 典 型 的 なV 字 谷 ( 写 真 4)の 対 比 を 目 にすることが 出 来 る もう 読 者 は 筆 者 が 何 を 言 おうとしているか お 分 かりのことと 思 う 金 毘 羅 山 縊 岩 図 2 樽 沢 の 谷 と 稜 線 ( 谷 地 形 を 誇 張 するため 縦 横 比 を 大 きくとっている) 人 間 で 言 えば この 位 置 が ちょうど 頸 部 に 当 たり たしかに 巨 石 は 谷 筋 を 締 め 付 け るかたちになっている このことが 昔 の 人 をしてこのように 呼 ばせた 理 由 ではないか と 解 釈 し 一 人 納 得 してから 気 味 悪 さは 多 少 薄 らいだ 気 がする しかし この 巨 石 は 地 表 に 露 出 している 根 っこのある 基 盤 なのか または 転 石 だろうか?といったことが 気 になりだした 何 度 かロープを 頼 りに 川 底 に 降 りて 巨 石 の 付 け 根 を 調 べてみたが は っきりとせず どちらとも 言 えないままであった 言 い 忘 れたが 岩 石 はチャートであ る
縊 岩 いずれにしても この 巨 石 の 存 在 は 谷 地 形 に 大 きな 影 響 を 与 えているようである すなわち 写 真 2 や 写 真 3 にみるように その 上 流 側 は 堆 積 の 場 にあり 堆 積 物 が 覆 って 緩 やかな 地 形 をな し 下 流 側 は 写 真 4 にみる ように 浸 食 の 場 にあって 河 床 には 基 盤 の 露 頭 もみら れる 写 真 2 上 流 から 見 た 縊 岩 縊 縊 岩 岩 写 真 3 縊 岩 より 上 流 側 の 地 形 写 真 4 縊 岩 より 下 流 側 の 地 形 ここで 注 目 すべき 点 は 上 流 側 の 堆 積 物 である 写 真 5 にあるように 灰 色 の 粘 性 土 が 結 構 厚 く 堆 積 している これはグライ(gley) 土 壌 と 呼 ばれているものに 相 当 し 湛 水 または 排 水 不 良 により 酸 素 が 欠 乏 し 土 壌 が 還 元 される 環 境 で 生 成 したものである 土 壌 が 灰 色 ないし 青 色 をしているのは 二 価 鉄 やマンガンなどが 生 成 しているためである 地 下 水 位 が 高 く その 変 動 が 少 ない 谷 底 や 窪 地 などに 広 く 分 布 するとされている
つまりこの 場 所 は かつて 湿 地 帯 あるいは それに 近 い 状 態 にあったことが 類 推 される 写 真 5 縊 岩 上 流 の 谷 底 を 埋 めているグライ 化 した 土 壌 以 上 に 述 べてきたように 縊 岩 の 存 在 がこのような 土 壌 の 形 成 に 関 係 しているのは 間 違 いなく その 縊 岩 は 転 石 以 外 には 考 えられない 基 盤 岩 だとしたら 谷 はそれを 避 けてつくられた 筈 だからである 図 1 をもう 一 度 見 てもらいたい 図 の 下 のほうに 金 毘 羅 山 とある 粗 末 だが 神 社 も 建 っている( 写 真 6) 山 の 高 さは 450m ほどであるが あきる 野 台 地 から 立 川 方 面 まで の 眺 望 が 楽 しめる 神 社 の 裏 手 に ご 神 体 と 思 われる 高 さ 6m ほどの 巨 石 が 屹 立 しており( 写 真 7) そ の まわりは 崖 になっている 位 置 関 係 からみ て この 裏 手 に 縊 岩 の 故 里 があるものと 推 測 していたが 研 究 期 間 中 はこの 神 域 に 入 ることを 控 えていた つい 最 近 になって ようやく 裏 手 の 尾 根 伝 いにご 神 体 の 裏 側 に 近 付 き 写 真 8 のよ うな 岩 塊 群 を 目 にすることが 出 来 た 写 真 6 金 毘 羅 神 社
写 真 7 金 毘 羅 神 社 の 裏 手 にあるご 神 体 岩 塊 はすべてチャ ートで 縊 岩 と 同 じものである そ の 位 置 は 金 毘 羅 山 から 北 西 方 向 に 張 り 出 している 尾 根 上 にある 縊 岩 はこの 場 所 の 直 下 といっても よいところにあり 大 地 震 などの 折 に この 尾 根 から 崩 れ 落 ちたものと 考 え るのが 理 に 即 して いるように 思 われ る 写 真 8 金 毘 羅 山 裏 尾 根 の 岩 塊 群 確 かに 樽 沢 の 谷 底 にみる 巨 石 は ひ とり 縊 岩 だけではなく 写 真 9 のように 他 にもみられ これでも 高 さは 3m 以 上 ある これもやはり 尾 根 部 から 転 がり 落 ちてきたものであろう 写 真 9 樽 沢 下 流 の 巨 石
さて これでおわりとなると 何 やら 尻 切 れになりそうである そこで 図 3 を 見 てい ただきたい これは 真 冬 の 気 温 零 下 という 厳 寒 の 折 に 測 定 した 樽 沢 の 水 温 分 布 である 縊 岩 を 挟 んで 上 流 側 と 下 流 側 で 大 きなギャップが 認 められる 縊 岩 は 天 然 の 地 下 ダム の 役 割 を 演 じていて ここで 一 旦 地 下 水 を 滞 留 させ 東 からさしこむ 日 射 によって 暖 め られた 地 下 水 が 水 流 の 源 になっているためであろう 滞 留 時 間 に 関 係 する 電 気 伝 導 度 に おいても 図 4 にみるようにその 差 は 歴 然 である 縊 岩 の 存 在 は 流 域 の 水 循 環 をも 支 配 していたわけである 縊 岩 150m 図 3 樽 沢 の 水 温 ( 気 温 :マイナス 2.6 度, 午 前 8 時,アメダス, 八 王 子 )
縊 岩 上 流 の 堰 縊 岩 下 流 の 堰 図 4 各 堰 の 電 気 伝 導 度 の 経 時 変 化 ( 堰 の 位 置 は 図 3 参 照 ) ところで この 樽 沢 は 沢 ガニの 生 息 地 として 有 名 らしく これを 獲 りに 来 る 人 をよく 見 かける 昔 から 山 里 の 人 たちがカルシウム 源 として 食 してきたのだろうか 唐 揚 げ や 佃 煮 にしたりすると 結 構 いける この 谷 では 水 温 が 低 く 水 質 の 良 い 縊 岩 から 下 流 側 で 多 く 収 穫 できるそうである こういったようなところにも ランドマークとしての 縊 岩 の 意 味 が 感 じられる