内 部 留 保 をめぐるいくつかの 議 論 について 内 部 留 保 の 活 用 は 可 能 である はじめに 1 内 部 留 保 とはなにか? 2 内 部 留 保 はどのようにしてため 込 まれたのか? 3 内 部 留 保 は 設 備 投 資 などに 使 われている? 5 内 部 留 保 は 負 債 を 担 保 するためのもの? 6 企 業 は 内 部 留 保 とほぼ 同 額 の 負 債 をかかえている? 8 内 部 留 保 といっても 賃 金 などの 原 資 に 変 えることはできない? 10 はじめに 労 働 総 研 は 企 業 の 内 部 留 保 について 歴 史 的 な 分 析 を 踏 まえて この 間 様 々な 提 言 をしてきました ことし 4 月 には 雇 用 と 就 業 の 確 保 を 基 軸 にした 住 民 本 位 の 復 興 東 日 本 大 震 災 の 被 災 者 に 勇 気 と 展 望 を を 発 表 し 復 興 財 源 に 内 部 留 保 をあてることを 提 起 しました また 内 部 留 保 を 活 用 して 賃 金 や 労 働 条 件 雇 用 の 改 善 をはかることの 重 要 性 を 明 らかにした 春 闘 提 言 働 くものの 待 遇 改 善 こそデフレ 打 開 の 鍵 企 業 の 社 会 的 責 任 を 問 う (2010 年 12 月 ) 経 済 危 機 打 開 のための 緊 急 提 言 内 部 留 保 を 労 働 者 と 社 会 に 還 元 し 内 需 の 拡 大 を! (2009 年 11 月 )なども 公 表 してきました これらの 提 言 に 共 通 するのは 日 本 の 企 業 が 内 部 留 保 を 過 剰 にためこみ それが 外 需 依 存 内 需 低 迷 という 日 本 経 済 の 脆 弱 な 体 質 をつくることになっていることを 具 体 的 に 明 ら かにしたうえで 内 部 留 保 を 活 用 することの 重 要 性 を 指 摘 し それが 日 本 経 済 の 国 民 的 再 生 につながることを 強 調 していることです 内 部 留 保 については いまでは 労 働 総 研 だけではなく 連 合 総 研 や 富 士 通 総 研 さらに は 新 日 鉄 系 など 民 間 シンクタンクのエコノミストも 労 働 者 の 賃 上 げなどに 活 用 すべきと 主 張 するようになっています 厚 生 労 働 省 09 年 労 働 経 済 白 書 も 日 本 経 済 の 内 需 型 成 長 に 向 け 過 剰 な 内 部 留 保 を 賃 上 げなどに 配 分 して 総 需 要 喚 起 を 提 言 するようになりまし た ところが 内 部 留 保 の 活 用 について 一 部 の 人 たちから 内 部 留 保 の 積 み 立 ては 必 要 内 部 留 保 は 流 動 負 債 を 担 保 するもの 内 部 留 保 は 貸 借 対 照 表 の 資 本 の 部 だけを 見 て 負 債 の 部 は 見 ていない などの 反 論 がおこなわれています 労 働 総 研 が 主 張 する 内 部 留 保 活 用 論 を 否 定 しようとする 主 張 です この 小 論 では これらの 反 論 を 念 頭 に 置 きながら 内 部 留 保 は 労 働 者 の 賃 上 げや 労 働 条 件 雇 用 の 改 善 はもちろん 東 日 本 大 震 災 の 復 興 財 源 としても 活 用 できるというこ とを 改 めて 明 らかにしたいと 思 います 1
内 部 留 保 とはなにか? まず 内 部 留 保 とは 何 かということです 一 般 に 内 部 留 保 は 利 益 のうち 配 当 や 役 員 賞 与 などで 流 出 せずに 企 業 内 部 に 留 保 した 部 分 の 累 計 額 といわれます 具 体 的 には 貸 借 対 照 表 上 の 純 資 産 の 部 にある 利 益 剰 余 金 ( 利 益 準 備 金 +その 他 利 益 剰 余 金 積 立 金 + 繰 越 利 益 剰 余 金 )をさしています これは 公 表 された 財 務 諸 表 に 示 されているこ とから 公 表 内 部 留 保 と 呼 ばれ もっとも 限 定 した 内 部 留 保 であることから 狭 義 の 内 部 留 保 といわれます この 狭 義 の 内 部 留 保 概 念 については 会 計 の 学 者 専 門 家 のなかで も 異 論 が 少 なく 一 般 に 認 められているものです しかし 労 働 総 研 は 内 部 留 保 は 狭 義 の 内 部 留 保 にとどまるものではないと 考 えて います 企 業 は 隠 れた 利 益 の 蓄 積 を 含 む 実 質 内 部 留 保 をため 込 んでいるからです 実 質 内 部 留 保 は 引 当 金 特 別 法 上 の 準 備 金 資 本 剰 余 金 が 該 当 します これらを 含 め て 広 義 の 内 部 留 保 といわれています ( 図 表 1 内 部 留 保 の 内 容 ) 図 表 1 内 部 留 保 の 内 容 実 質 内 部 留 保 ( 広 義 ) 公 表 内 部 留 保 ( 狭 義 ) 資 本 剰 余 金 利 益 剰 余 金 1 資 本 準 備 金 1 利 益 準 備 金 2 その 他 資 本 剰 余 金 2 その 他 利 益 剰 余 金 長 期 負 債 性 引 当 金 任 意 積 立 金 特 別 法 上 の 引 当 金 準 備 金 積 立 金 貸 倒 引 当 金 別 途 積 立 金 減 価 償 却 の 過 大 償 却 部 分 繰 越 利 益 剰 余 金 土 地 や 有 価 証 券 の 含 み 益 労 働 総 研 が 考 える 内 部 留 保 は この 広 義 の 内 部 留 保 の 概 念 を 取 り 入 れています そ の 理 由 です まず 引 当 金 や 特 別 法 上 の 準 備 金 です これらは 将 来 の 支 出 に 備 え るものとして 計 上 されますが 費 用 として 計 上 されても 現 金 では 支 出 されないので 実 際 には 資 金 の 留 保 となっています ですから 日 銀 もかつては 主 要 企 業 経 営 分 析 のなか で 内 部 留 保 について 利 益 準 備 金 任 意 積 立 金 当 期 未 処 分 利 益 のうち 配 当 金 役 員 賞 与 を 除 いた 額 に 加 えて 特 別 法 上 の 準 備 金 引 当 金 をあげ その 合 計 額 を 内 部 留 保 と していました 労 働 総 研 と 基 本 的 に 同 じ 考 えにたっていたのです 次 に 資 本 剰 余 金 です これは 資 本 準 備 金 と その 他 資 本 剰 余 金 からなってい ます 資 本 準 備 金 は 株 式 発 行 によって 得 た 株 主 からの 出 資 金 のうち 資 本 金 にしなか った 残 りの 部 分 です 株 主 からの 出 資 金 のうち いくらを 資 本 金 にして いくらを 資 本 準 備 金 にするかは 企 業 が 決 めることができ 会 社 法 では 出 資 金 の 半 分 以 上 を 資 本 金 に 残 りを 資 本 準 備 金 にしていいことになっています その 他 資 本 剰 余 金 とは 会 社 法 で 定 める 資 本 準 備 金 以 外 の 剰 余 金 で 資 本 金 の 減 資 差 益 や 自 己 株 式 の 処 分 をした 場 合 等 に 生 ず 2
る 差 益 などです この 資 本 剰 余 金 を 内 部 留 保 として 位 置 づけるかどうかについては 以 前 は 専 門 家 研 究 者 の 間 でも 議 論 が 分 かれていました しかし 最 近 では 内 部 留 保 に 加 える 考 え 方 の 方 が 一 般 的 です 2006 年 の 新 会 社 法 改 定 で その 他 資 本 剰 余 金 を 取 り 崩 して 配 当 することができるよ うになり また 資 本 準 備 金 を 取 り 崩 して その 他 資 本 剰 余 金 とすることも 認 められ るようになりました そのため 資 本 準 備 金 は 利 益 剰 余 金 に 類 するものとみなされ るようになったのです こうした 経 過 を 経 て 資 本 剰 余 金 を 広 義 の 内 部 留 保 の 一 部 として 考 えることが 妥 当 であるというのが 研 究 者 のなかでも 一 般 的 に 認 められるようにな りました 労 働 総 研 は 狭 義 の 内 部 留 保 である 利 益 剰 余 金 に 加 えて 広 義 の 内 部 留 保 を 加 えて 内 部 留 保 と 考 えています なお 広 義 の 内 部 留 保 には 減 価 償 却 費 の 過 大 償 却 部 分 や 株 や 土 地 の 含 み 益 も 含 まれますが これらは 具 体 的 な 金 額 を 計 算 するのが 難 しいこ とから 内 部 留 保 の 金 額 としては 計 算 していません 内 部 留 保 はどのようにしてため 込 まれたのか? 日 本 企 業 は もうけた 利 益 を 内 部 留 保 として 企 業 内 にため 込 んできましたが 1998 年 度 をターニングポイントとして 急 激 に 内 部 留 保 を 積 み 増 しするようになりました 1998 年 度 以 前 の 10 年 間 の 内 部 留 保 の 推 移 をみると 1988 年 度 の 159.6 兆 円 から 1998 年 度 の 209.9 兆 円 へと 50.3 兆 円 しか 増 えていません 1 年 間 の 内 部 留 保 平 均 積 み 増 し 額 は 5 兆 円 です ( 財 務 省 法 人 企 業 統 計 ) ところが 1998 年 度 以 降 の 内 部 留 保 のため 込 みは 以 前 には 考 えられないようなスピー ドで 積 み 増 しされていきます 1998 年 度 は 209.9 兆 円 だった 内 部 留 保 は 2009 年 度 には 441.0 兆 円 へと 11 年 間 で 231 兆 円 も 増 えました 1 年 間 に 21 兆 円 も 増 えたのです 1998 年 度 以 降 は その 前 の 10 年 間 の 年 間 平 均 積 増 額 の 4 倍 以 上 のペースで 内 部 留 保 を 積 み 増 し てきたことになります このような 内 部 留 保 の 異 常 な 積 み 増 しは どうして 可 能 になったのでしょうか 売 上 高 を 伸 ばして それにともなって 利 益 を 増 やして 内 部 留 保 をためたのでしょうか そうで はありません 日 本 企 業 の 売 上 高 は 1998 年 度 は 1381 兆 円 でしたが 2009 年 度 は 1368 兆 円 でしかありません 売 上 高 は 減 少 傾 向 にあり 2009 年 度 は 98 年 度 より 13 兆 円 も 減 ら しているのです 売 上 高 も 増 えていないのに 高 利 益 をあげ 内 部 留 保 を 増 やすことができたのはなぜで しょう その 最 大 の 要 因 は コスト 削 減 です 賃 金 の 切 り 下 げや 派 遣 労 働 者 など 非 正 規 労 働 者 の 大 量 雇 用 と 解 雇 など 労 働 者 の 犠 牲 下 請 単 価 切 り 下 げなどによる 中 小 企 業 への 犠 牲 転 嫁 のうえに 積 み 増 しされてきたのです そのことは 図 表 2 大 企 業 における 内 部 留 保 増 大 の 経 緯 と 賃 金 の 増 減 をみれば 明 らかです 3
まず 賃 金 です 1998 年 度 以 降 民 間 労 働 者 の 賃 金 総 額 は 年 々 減 少 し 1998 年 の 222 兆 円 から 2009 年 には 192 兆 円 へと 30 兆 円 も 減 っています これに 加 えて 非 正 規 労 働 者 の 大 量 活 用 は コスト 削 減 の 大 きな 要 因 となりました 非 正 規 労 働 者 は 1998 年 の 1173 万 人 から 2009 年 には 1721 万 人 と 548 万 人 も 増 加 しました 雇 用 者 に 占 める 非 正 規 労 働 者 の 割 合 は 31.5%にもなっています 1998 年 は 21.9%だったから 10 ポイント 近 くも 増 え たことになります 非 正 規 労 働 者 の 賃 金 は 正 規 労 働 者 のほぼ 5~6 割 ですから 正 規 労 働 者 に 代 替 して 非 正 規 労 働 者 を 活 用 すれば それだけで 企 業 は 濡 れ 手 に 粟 の 大 もうけを することができます 1998 年 に 改 悪 された 労 働 者 派 遣 法 は そうした 非 正 規 労 働 者 を 大 量 に 活 用 する 道 を 国 の 制 度 として 開 いたのです 日 本 の 企 業 にとって それが 売 り 上 げが 伸 びなくても 高 利 益 をあげる 大 きな 力 になりました 下 請 け 企 業 にたいしても 一 方 的 単 価 の 切 り 捨 てを 迫 ってきました たとえば トヨタは 関 連 企 業 にたいして 半 期 に 1 回 のペースで 部 品 の 購 買 価 格 の 改 定 ( 平 均 1.5% 程 度 の 引 き 下 げ)を 強 要 しています 日 本 企 業 は このようにして 売 上 高 が 伸 びなくても コスト 削 減 によって 高 利 益 をあ げることができる 体 制 をつくり 上 げたのです では 大 もうけをした 利 益 はどこにいったのでしょうか 普 通 もうけた 利 益 は 労 働 者 や 関 連 下 請 け 中 小 企 業 などに 賃 上 げや 労 働 条 件 の 改 善 下 請 単 価 アップなどの 形 で 還 4
元 されます また もうけた 利 益 で 設 備 投 資 をおこない 事 業 拡 大 をすすめる そういう 形 で 日 本 経 済 は 発 展 していくわけです 日 本 経 済 が 安 定 的 に 成 長 した 時 期 は こうした 循 環 がおこなわれていたのです しかし 売 上 高 が 伸 びなくても 高 い 利 益 をあげる 秘 密 が 労 働 者 や 中 小 下 請 け 企 業 への 犠 牲 転 嫁 だったわけですから どんなに 利 益 をあげても 労 働 者 や 中 小 企 業 には 還 元 さ れるはずがありません そのことは 世 界 の 先 進 資 本 主 義 国 のなかで ここ 10 数 年 間 賃 金 が 停 滞 抑 制 傾 向 になっているのは 日 本 だけという 事 実 からも 明 らかでしょう それでも 設 備 投 資 に 回 せば 投 資 需 要 効 果 が 生 まれますから 日 本 経 済 のプラスにな ります しかし 次 にのべるように もうけた 利 益 は 設 備 投 資 にも 使 われていません 日 本 企 業 は ため 込 んだ 利 益 をもっぱら 内 部 留 保 としてため 込 み それを 活 用 して 証 券 購 入 や 金 融 部 門 での 運 用 海 外 投 資 等 にふりむけているのです その 結 果 日 本 経 済 は 賃 金 の 低 下 雇 用 の 減 少 内 需 縮 小 外 需 依 存 円 高 の 進 行 輸 出 不 振 国 内 生 産 縮 小 デフレ 雇 用 の 減 少 賃 金 低 下 という 負 の 循 環 に 陥 り 不 況 の 長 期 化 へと 傾 斜 していくことになったのです こうした 企 業 のやり 方 が 日 本 経 済 の 不 況 が 長 引 く 中 で 問 われているのです 内 部 留 保 は 設 備 投 資 などに 使 われている? 賃 上 げや 労 働 条 件 の 改 善 東 日 本 大 震 災 の 復 興 財 源 など 内 部 留 保 の 活 用 論 にたいして 内 部 留 保 は 設 備 投 資 のために 使 われているので 活 用 できない という 反 論 が 経 団 連 な どの 財 界 サイドからさかんに 繰 り 返 されています 2011 年 の 経 団 連 経 営 労 働 政 策 委 員 会 報 告 では 企 業 は 内 部 留 保 を 設 備 や 研 究 開 発 などに 投 資 することで 事 業 を 維 持 発 展 さ せることが 可 能 となるため その 確 保 は 企 業 の 発 展 に 不 可 欠 なものである と 主 張 してい ます 労 働 総 研 は 企 業 が 内 部 留 保 を 蓄 積 すること 自 体 を 問 題 視 しているわけではありま せん 企 業 経 営 上 また 経 済 社 会 の 安 定 のために 資 本 準 備 金 や 貸 倒 引 当 金 は 必 要 であ るし 企 業 が 安 定 的 に 成 長 するために 設 備 投 資 などに 振 り 向 ける 積 立 金 を 確 保 しようとす るのは 当 然 のことです しかし そうなっていないところに 問 題 があるのです 日 本 の 企 業 がきちんと 設 備 投 資 をしていれば 土 地 や 工 場 機 械 などの 有 形 固 定 資 産 は 増 加 するはずですが 有 形 固 定 資 産 の 最 近 の 10 年 間 の 推 移 をみると 1998 年 度 の 498.5 兆 円 から 2009 年 度 は 459.1 兆 円 へと 39.4 兆 円 も 減 少 しています( 財 務 省 法 人 企 業 統 計 ) 企 業 が 経 営 規 模 拡 大 のた めの 設 備 投 資 をまともにしていない 証 拠 です ( 図 表 3 日 本 企 業 の 有 形 固 定 資 産 の 推 移 ) 経 団 連 などの 主 張 は 過 剰 な 内 部 留 保 のため 込 みを 嘘 で 合 理 化 する まったく 根 拠 のない 議 論 といわなければなりません 5
図 表 3 設 備 投 資 は 減 少 日 本 企 業 の 有 形 固 定 資 産 の 推 移 ( 単 位 :100 万 円 ) 年 度 土 地 建 設 仮 勘 定 その 他 の 有 形 固 定 資 産 合 計 1998 62,374,069 16,067,145 320,072,856 498,514,070 1999 170,314,249 15,726,029 309,902,474 495,942,752 2000 171,908,744 16,272,572 293,434,164 481,615,480 2001 158,135,846 15,635,482 298,847,174 472,618,502 2002 166,364,628 16,137,464 284,013,447 466,515,539 2003 165,216,352 14,801,925 276,450,357 456,468,634 2004 163,618,437 17,832,662 284,415,788 465,866,887 2005 164,314,170 17,293,368 283,566,552 465,174,090 2006 163,587,451 19,181,219 282,070,816 464,839,486 2007 159,006,071 18,217,894 276,700,382 453,924,347 2008 177,342,050 19,181,429 261,048,316 457,571,795 2009 183,108,624 17,972,759 258,020,663 459,102,046 資 料 : 財 務 省 法 人 企 業 統 計 内 部 留 保 は 負 債 を 担 保 するためのもの? 一 部 の 論 者 は 内 部 留 保 は 流 動 負 債 を 担 保 するもの 流 動 負 債 を 返 済 すると 内 部 留 保 はなくなる などと 主 張 しています この 主 張 とかかわって まず 明 確 にしなければな らないのは 負 債 を 担 保 するのは 内 部 留 保 ではないということです 貸 借 対 照 表 をみると そのことがよくわかります( 図 表 4 貸 借 対 照 表 の 一 例 ) 貸 借 対 照 表 の 左 側 に 資 産 の 部 が 記 載 され 右 側 に 負 債 の 部 と 純 資 産 の 部 が 記 載 さ れています 6
運 用 流 動 資 産 現 金 預 金 受 取 手 形 売 掛 金 有 価 証 券 棚 卸 資 産 製 品 半 製 品 仕 掛 品 原 材 料 貯 蔵 品 その 他 貸 倒 引 当 金 図 表 4 貸 借 対 照 表 の 一 例 [ 資 産 の 部 ] [ 負 債 の 部 ] 流 動 負 債 支 払 手 形 買 掛 金 短 期 借 入 金 社 債 (1 年 以 内 に 償 還 ) 未 払 金 諸 税 金 前 受 金 製 品 保 証 引 当 金 その 他 固 定 負 債 社 債 長 期 借 入 金 退 職 給 与 引 当 金 特 別 修 繕 引 当 金 その 他 固 定 資 産 有 形 固 定 資 産 建 物 構 築 物 機 械 装 置 工 具 器 具 備 品 土 地 [ 純 資 産 の 部 ] 建 設 仮 勘 定 株 主 資 本 無 形 固 定 資 産 資 本 金 工 業 所 有 権 新 株 式 申 込 証 拠 金 その 他 資 本 剰 余 金 投 資 等 資 本 準 備 金 投 資 有 価 証 券 その 他 資 本 剰 余 金 子 会 社 株 式 出 資 金 利 益 剰 余 金 長 期 貸 付 金 利 益 準 備 金 その 他 その 他 利 益 剰 余 金 繰 延 資 産 自 己 株 式 開 発 費 自 己 株 式 申 込 証 拠 金 評 価 換 算 差 額 等 新 株 予 約 権 少 数 株 主 持 分 合 計 合 計 資 金 源 資 産 は 企 業 の 財 産 をあらわし 企 業 に 投 下 された 資 金 の 運 用 形 態 を 表 しています 企 業 はこの 資 産 を 運 用 して 商 品 サービスを 販 売 し 利 益 を 出 しています この 資 産 の 資 金 の 出 所 つまり 企 業 に 入 ってくる 資 金 の 調 達 源 泉 を 表 しているの が 貸 借 対 照 表 の 右 側 にある 負 債 と 純 資 産 です 負 債 と 純 資 産 で 資 産 を まかなっているので 必 ず 左 右 の 合 計 が 一 致 します バランスシートといわれるのはその ためです 資 産 をまかなっている 資 金 のうち 将 来 のいずれかの 時 点 で 返 済 の 義 務 があるのが 負 債 です 一 方 純 資 産 は 企 業 を 解 散 でもしない 限 り 返 済 の 義 務 はありません 純 資 産 には 内 部 留 保 の 一 部 である 資 本 剰 余 金 や 利 益 剰 余 金 が 含 まれます 負 債 は 1 年 以 内 に 返 済 義 務 のある 流 動 負 債 と 返 済 義 務 が1 年 を 超 える 固 定 負 債 に 分 かれます この 負 債 のなかには 製 品 保 証 引 当 金 や 退 職 給 付 引 当 金 などが 含 まれていることも 見 ておく 必 要 があります 負 債 といっても すべてが 返 済 し 7
なければならないものではありません 内 部 留 保 とはなにか? のところでもふれたよう に 負 債 のなかには 費 用 として 計 上 されても 現 金 では 支 出 されない 引 当 金 が 含 ま れているからです それでも 流 動 負 債 を 返 済 することができなければ その 企 業 は 倒 産 の 危 機 に 見 舞 われます ですから 流 動 負 債 の 担 保 はどうしても 必 要 です しかし 流 動 負 債 の 担 保 は 貸 借 対 照 表 の 右 側 にある 純 資 産 の 部 にある 内 部 留 保 の 一 部 である 利 益 剰 余 金 や 資 本 剰 余 金 ではありません 流 動 負 債 を 返 済 する 原 資 となる のは 貸 借 対 照 表 の 左 側 にある 資 産 の 部 にある 流 動 資 産 です 流 動 資 産 には 現 金 及 び 預 金 をはじめ 売 ったけれども 代 金 を 受 け 取 っていない 売 掛 金 それを 手 形 で 受 け 取 っている 受 取 手 形 短 期 売 買 目 的 の 有 価 証 券 商 品 や 製 品 仕 掛 品 原 材 料 などの 在 庫 を 表 す たな 卸 資 産 などがあります 預 貯 金 や 通 常 の 営 業 サイクルで 回 収 使 用 されるもの あるいは 1 年 以 内 に 売 却 する 予 定 のものなどが 流 動 資 産 です この 流 動 資 産 が 流 動 負 債 より 多 くあれば 企 業 の 資 金 繰 りは 当 面 困 らない 負 債 は 担 保 されているということになります これが 貸 借 対 照 表 の 見 方 で 流 動 負 債 を 担 保 するのは 内 部 留 保 ではなく 流 動 資 産 なのです 内 部 留 保 は 流 動 負 債 を 担 保 するもの という 主 張 の 誤 りは 明 白 です 企 業 は 内 部 留 保 とほぼ 同 額 の 負 債 をかかえている? 内 部 留 保 は 負 債 の 担 保 という 主 張 をする 人 の 中 には トヨタの 財 務 諸 表 を 取 り 上 げ て 次 のようにいう 論 者 がいます トヨタの 貸 借 対 照 表 をみると 平 成 13 年 に 6 兆 円 だった 内 部 留 保 が 平 成 20 年 には 12 兆 円 に 増 えている しかし 負 債 の 部 の 短 期 負 債 である 流 動 負 債 は 平 成 13 年 の 6 兆 円 から 平 成 20 年 には 11 兆 円 に 増 えている として ここからわかることして 1 トヨタ は 流 動 負 債 を 飛 躍 的 に 増 加 させて 事 業 を 拡 大 することで 利 益 を 増 加 させていた 2だか ら 労 働 者 を 安 く 使 って 利 益 を 貯 めこんだのは 嘘 である 3 トヨタは 利 益 も 莫 大 だけ ど 負 債 も 莫 大 だ トヨタの 内 部 留 保 は 流 動 負 債 を 返 済 するとすべて 吹 っ 飛 ぶ と 主 張 して います トヨタの 公 式 ホームページに 掲 載 されている 財 務 諸 表 は 2002 年 度 ( 平 成 14 年 )3 月 決 算 以 降 のものなので 2002 年 3 月 期 と 2010 年 3 月 期 を 同 様 に 比 較 した 表 ( 図 表 5 トヨタ の 連 結 貸 借 対 照 表 )を 作 成 してみました 表 5にもとづいて これらの 主 張 を 検 討 するこ とにしましょう 8
図 表 5 トヨタの 連 結 貸 借 対 照 表 ( 単 位 :100 万 円 ) 2002 年 3 月 期 2010 年 3 月 期 増 減 (A) (B) (B)-(A) 資 産 の 部 流 動 資 産 10,410,966 13,073,604 2,662,638 長 期 金 融 債 権 5,630,680 5,630,680 投 資 及 びその 他 の 資 産 4,035,865 4,934,102 898,237 有 形 固 定 資 産 5,437,777 6,710,901 1,273,124 無 形 固 定 資 産 4,328 4,328 合 計 19,888,936 30,349,287 10,460,351 負 債 の 部 流 動 負 債 7,183,071 10,686,214 3,503,143 固 定 負 債 4,916,572 8,732,630 3,816,058 合 計 12,099,643 19,418,844 7,319,201 純 資 産 の 部 資 本 金 397,049 397,050 1 資 本 剰 余 金 415,150 501,331 86,181 利 益 剰 余 金 6,527,956 11,568,602 5,040,646 その 他 有 価 証 券 評 価 差 額 金 152,809 為 替 換 算 調 整 勘 定 22,855 671,171 その 他 の 包 括 利 益 損 失 累 計 額 846,835 資 本 合 計 7,515,821 10,359,723 2,843,902 自 己 株 式 157,766 1,260,425 1,069,676 子 会 社 の 所 有 する 親 会 社 株 式 32,983 合 計 19,888,936 30,349,287 10,460,351 資 料 :トヨタ 有 価 証 券 報 告 書 より 作 成 第 1の 流 動 負 債 を 増 大 させ 事 業 拡 大 をすることで 利 益 を 増 大 させた という 主 張 で す たしかに トヨタの 流 動 負 債 は 7.2 兆 円 から 10.7 兆 円 に 増 えています しかし トヨタは 流 動 負 債 だけを 元 手 に 事 業 拡 大 をしているわけではありません というのは 先 にもふれたように 貸 借 対 照 表 の 右 側 に 掲 載 された 負 債 と 純 資 産 で トヨタの 資 産 をまかなっているからです 流 動 負 債 だけを 飛 躍 的 に 増 加 させて 事 業 拡 大 をしているという 主 張 はあまりに 一 面 的 です 事 業 拡 大 の 元 手 になる もう 一 つの 源 泉 であるトヨタの 純 資 産 そのなか で 大 きな 比 重 を 占 める 利 益 剰 余 金 ( 狭 義 の 内 部 留 保 )が 6.5 兆 円 から 11.6 兆 円 へと 5 兆 円 以 上 増 加 していることを 見 過 ごしてはなりません トヨタは これらの 負 債 と 純 資 産 を 元 手 に 2002 年 3 月 期 から 2010 年 3 月 期 の 8 年 間 で 資 産 を 20.0 兆 円 から 30.3 兆 円 へと 10 兆 円 以 上 増 やしてきたのです この 主 張 は 内 部 留 保 を 活 用 して 事 業 拡 大 をしてきたことにはまったくふれない 意 9
図 的 な 議 論 といわなければなりません 第 二 は 労 働 者 を 安 く 使 って 利 益 をため 込 んだというのはうそ という 主 張 です こ の 主 張 の 前 提 となっている 流 動 負 債 を 活 用 して 事 業 拡 大 をしてきたという 議 論 の 誤 り は 前 述 しました ここでは トヨタが 労 働 者 を 安 く 使 って 利 益 をため 込 んだ という 事 実 について 具 体 的 に 指 摘 することにします トヨタが 売 り 上 げを 大 きく 伸 ばしたのは 2002 年 度 からリーマンショック 前 の 2007 年 度 にかけてです この 時 期 は アメリカを 中 心 に 売 り 上 げを 大 きく 伸 ばし トヨタが 世 界 一 の 自 動 車 メーカー になったといわれた 時 期 です まさに トヨタが 事 業 拡 大 に 成 功 し た 時 期 ということができます この 時 期 トヨタ 全 体 の 売 り 上 げは 02 年 度 の 16 兆 円 か ら 07 年 度 には 10 兆 円 も 伸 ばし 26.3 兆 円 にもなりました 内 部 留 保 も 8.5 兆 円 から 13.9 兆 円 へと 飛 躍 的 に 増 やしています この 大 もうけを 支 えたのが 期 間 工 など 低 賃 金 の 非 正 規 労 働 者 です トヨタが 02 年 以 降 売 り 上 げを 伸 ばし 巨 額 の 内 部 留 保 をため 込 むのと 比 例 して 非 正 規 労 働 者 が 増 加 しま す トヨタグループ 全 体 で 02 年 に 3 万 人 だった 非 正 規 労 働 者 はわずか 5 年 間 で 5 万 7000 人 増 えて 8 万 8000 人 にまでふくれあがります トヨタの 正 社 員 の 平 均 年 収 は 約 800 万 円 ですが 非 正 規 労 働 者 は 300 万 円 です 非 正 規 労 働 者 を 増 やせば それだけで 人 件 費 コストが 削 減 できて 大 もうけができるのです 正 規 労 働 者 を 非 正 規 労 働 者 にかえて 大 量 に 活 用 することによって 利 益 を 伸 ばしたこ とはだれもが 否 定 できない 事 実 です 第 三 は トヨタの 内 部 留 保 は 流 動 負 債 を 返 済 するとすべて 吹 っ 飛 ぶ という 主 張 です すでに 指 摘 したように 流 動 負 債 を 担 保 するのは 流 動 資 産 です 流 動 資 産 と 流 動 負 債 の 差 をみると 2002 年 度 は その 差 が 3.2 兆 円 でしたが 2009 年 度 は 2.4 兆 円 になっています その 差 は 少 なくなっていますが 流 動 負 債 を 返 却 しても あまりある 流 動 資 産 があること は 明 らかです しかも トヨタは 貸 借 対 照 表 の 資 産 の 部 をみてもわかるように 流 動 資 産 以 外 に 長 期 金 融 債 権 や 投 資 その 他 の 資 産 を 保 有 しています 流 動 負 債 をすべて 返 却 しても これ らの 資 産 は 12.9 兆 円 にも 上 ります これらの 資 産 は 流 動 負 債 返 却 後 に 残 された 資 産 とい うことになります 固 定 負 債 と 固 定 資 産 を 考 慮 しても その 大 半 はため 込 んだ 巨 額 の 内 部 留 保 を 運 用 した 資 産 ということができます 流 動 負 債 を 返 済 すると 内 部 留 保 はすべて 吹 っ 飛 ぶ どころか 流 動 負 債 をすべて 返 済 しても 巨 額 の 内 部 留 保 はありあまる という のが 実 際 なのです トヨタの 内 部 留 保 は 負 債 を 返 済 するとすべて 吹 っ 飛 ぶ というのは まったくのデタラメといわなければなりません 内 部 留 保 といっても 賃 金 などの 原 資 に 変 えることはできない? 内 部 留 保 は すでにのべたとおり その 多 くはさまざまな 資 産 に 投 下 されています し かし その 資 産 の 中 には 現 金 預 金 有 価 証 券 など 換 金 可 能 な 資 産 も 含 まれています こうした 換 金 性 資 産 は 現 金 預 金 有 価 証 券 ( 流 動 資 産 ) 公 社 債 ( 固 定 資 産 ) そ の 他 の 有 価 証 券 ( 固 定 資 産 ) 自 己 株 式 をあげることができます 日 本 企 業 は 近 年 換 金 性 資 産 を 増 大 させており 1999 年 度 176 兆 円 だったのが 2009 年 度 には 209 兆 円 にもな 10
っています 10 年 間 で 33 兆 円 も 換 金 性 資 産 を 増 やしているのです ( 図 表 6 換 金 性 資 産 の 推 移 ) 図 表 6 換 金 性 資 産 の 推 移 ( 単 位 :100 万 円 ) 年 度 現 金 預 金 その 他 有 価 有 価 証 券 ( 流 公 社 債 ( 固 証 券 ( 固 定 資 動 資 産 ) 定 資 産 ) 産 ) 自 己 株 式 換 金 性 資 産 1999 134,656,670 31,446,832 4,103,800 6,030,631 176,237,933 2000 141,540,734 19,242,710 5,527,555 6,528,667 172,839,666 2001 130,930,253 13,919,142 5,725,809 7,388,008 157,963,212 2002 133,488,823 13,142,455 6,036,124 8,189,887 160,857,289 2003 129,060,334 11,475,826 5,941,400 7,671,580 154,149,140 2004 137,070,915 15,610,296 6,505,756 8,673,860 6,000,377 173,861,204 2005 140,381,440 13,547,740 6,630,650 10,663,286 8,276,023 179,499,139 2006 147,106,041 15,684,836 6,951,549 12,391,168 11,039,637 193,173,231 2007 135,366,345 19,168,700 6,791,428 9,803,346 12,561,554 183,691,373 2008 143,100,149 24,408,371 6,137,180 10,829,493 17,249,146 201,724,339 2009 157,450,587 20,545,586 6,339,016 9,222,249 16,012,428 209,569,866 資 料 : 財 務 省 法 人 企 業 統 計 これらの 換 金 性 資 産 を 活 用 すれば 賃 金 はもちろん 雇 用 の 拡 大 も 可 能 です 労 働 総 研 の 試 算 では すべての 労 働 者 の 1 万 円 賃 上 げに 必 要 な 原 資 は 7.87 兆 円 310 万 人 の 非 正 規 労 働 者 の 正 規 化 7.90 兆 円 年 休 完 全 取 得 6.92 兆 円 最 低 賃 金 1000 円 への 引 き 上 げ 5.42 兆 円 ですから これらすべてを 実 現 しても その 原 資 は 28.11 兆 円 ですから この 10 年 間 にため 込 んだ 換 金 性 資 産 をまわせば おつりが 来 ます 利 益 剰 余 金 は 株 主 に 配 当 すべき 利 益 を 保 留 したものだから 株 主 のもの 経 営 者 の 勝 手 な 判 断 では 使 えない という 議 論 がありますが それは 誤 りです 株 式 会 社 は 形 の 上 では 出 資 者 である 株 主 のものですから 利 益 剰 余 金 の 使 途 はもちろん 企 業 の 決 算 につ いては 株 主 総 会 の 承 認 を 得 ることは 必 要 です しかし 内 部 留 保 を 活 用 するのに 事 前 に 株 主 総 会 の 承 認 が 必 要 なわけではありません 春 闘 で 賃 金 を 引 き 上 げる あるいは 正 規 雇 用 を 増 やすことについて いちいち 株 主 総 会 の 承 認 を 得 て おこなうという 経 営 者 はいないでしょう そうして 決 算 が 赤 字 になった としても その 段 階 で 内 部 留 保 を 取 り 崩 して 賃 上 げや 雇 用 増 の 原 資 に 充 てるということを 株 主 総 会 に 提 案 して 事 後 的 に 承 認 を 受 ければいいことです 内 部 留 保 の 活 用 は 可 能 なのです ( 文 責 労 働 総 研 労 働 者 状 態 統 計 分 析 研 究 部 会 藤 田 宏 ) 11