サカナに逃げろ!と指令する神経細胞の分子メカニズムを解明 -個性的な神経細胞のでき方の理解につながり,難聴治療の創薬標的への応用に期待-



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論文の内容の要旨

生物時計の安定性の秘密を解明

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4. 発表内容 : 1 研究の背景 先行研究における問題点 正常な脳では 神経細胞が適切な相手と適切な数と強さの結合 ( シナプス ) を作り 機能的な神経回路が作られています このような機能的神経回路は 生まれた時に完成しているので はなく 生後の発達過程において必要なシナプスが残り不要なシナプス

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

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2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

平成14年度研究報告

研究背景 糖尿病は 現在世界で4 億 2 千万人以上にものぼる患者がいますが その約 90% は 代表的な生活習慣病のひとつでもある 2 型糖尿病です 2 型糖尿病の治療薬の中でも 世界で最もよく処方されている経口投与薬メトホルミン ( 図 1) は 筋肉や脂肪組織への糖 ( グルコース ) の取り

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生物 第39講~第47講 テキスト

核内受容体遺伝子の分子生物学

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第6号-2/8)最前線(大矢)

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大学院博士課程共通科目ベーシックプログラム

別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わ

PRESS RELEASE (2014/2/6) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

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論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

Ⅰ. ヒトの遺伝情報に関する次の記述を読み, ~ に答えなさい 個体の形成や生命活動を営むのに必要な ( a ) は, 真核生物の細胞では主に核 の中で染色体を形成している 通常, ₁ 個の体細胞には同じ大きさと形の染色体が 一対ずつあり, この対になっている染色体を ( b ) といい, 片方の染

研究の背景と経緯 植物は 葉緑素で吸収した太陽光エネルギーを使って水から電子を奪い それを光合成に 用いている この反応の副産物として酸素が発生する しかし 光合成が地球上に誕生した 初期の段階では 水よりも電子を奪いやすい硫化水素 H2S がその電子源だったと考えられ ている 図1 現在も硫化水素

統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

植物が花粉管の誘引を停止するメカニズムを発見

統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

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抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

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長期/島本1

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ダー大王の時代に遡り 進化論のダーウィンが晩年 草分け的な膨大な観察研究を行いました 昨年度ノーベル生理学医学賞の受賞対象となった生物時計は 18 世紀に 植物の就眠運動から発見されました このように 就眠運動は 太古の昔から人類の知的好奇心を刺激し 重要な科学的発見をもたらしました しかし その分

本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 ( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 , 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-

クワガタムシの大顎を形作る遺伝子を特定 名古屋大学大学院生命農学研究科 ( 研究科長 : 川北一人 ) の後藤寛貴 ( ごとうひろき ) 特任助教 ( 名古屋大学高等研究院兼任 ) らの研究グループは 北海道大学 ワシントン州立大学 モンタナ大学との共同研究で クワガタムシの発達した大顎の形態形成に

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小川憲人 論文審査担当者 主査田中真二 副査北川昌伸 渡邉守 論文題目 Clinical significance of platelet derived growth factor -C and -D in gastric cancer ( 論文内容の要旨 )

報道発表資料 2006 年 6 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 アレルギー反応を制御する新たなメカニズムを発見 - 謎の免疫細胞 記憶型 T 細胞 がアレルギー反応に必須 - ポイント アレルギー発症の細胞を可視化する緑色蛍光マウスの開発により解明 分化 発生等で重要なノッチ分子への情報伝達

遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

PowerPoint プレゼンテーション

かし この技術に必要となる遺伝子改変技術は ヒトの組織細胞ではこれまで実現できず ヒトがん組織の細胞系譜解析は困難でした 正常の大腸上皮の組織には幹細胞が存在し 自分自身と同じ幹細胞を永続的に産み出す ( 自己複製 ) とともに 寿命が短く自己複製できない分化した細胞を次々と産み出すことで組織構造を

り込みが進まなくなることを明らかにしました つまり 生後 12 日までの刈り込みには強い シナプス結合と弱いシナプス結合の相対的な差が 生後 12 日以降の刈り込みには強いシナプス 結合と弱いシナプス結合の相対的な差だけでなくシナプス結合の絶対的な強さが重要であることを明らかにしました 本研究成果は

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本成果は 主に以下の事業 研究領域 研究課題によって得られました 日本医療研究開発機構 (AMED) 脳科学研究戦略推進プログラム ( 平成 27 年度より文部科学省より移管 ) 研究課題名 : 遺伝子改変マーモセットの汎用性拡大および作出技術の高度化とその脳科学への応用 研究代表者 : 佐々木えり

く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

図 : と の花粉管の先端 の花粉管は伸長途中で破裂してしまう 研究の背景 被子植物は花粉を介した有性生殖を行います めしべの柱頭に受粉した花粉は 柱頭から水や養分を吸収し 花粉管という細長い管状の構造を発芽 伸長させます 花粉管は花柱を通過し 伝達組織内を伸長し 胚珠からの誘導を受けて胚珠へ到達し

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報道発表資料 2007 年 8 月 1 日 独立行政法人理化学研究所 マイクロ RNA によるタンパク質合成阻害の仕組みを解明 - mrna の翻訳が抑制される過程を試験管内で再現することに成功 - ポイント マイクロ RNA が翻訳の開始段階を阻害 標的 mrna の尻尾 ポリ A テール を短縮

新規遺伝子ARIAによる血管新生調節機構の解明

( 図 ) 自閉症患者に見られた異常な CADPS2 の局所的 BDNF 分泌への影響

胞運命が背側に運命変換することを見いだしました ( 図 1-1) この成果は IP3-Ca 2+ シグナルが腹側のシグナルとして働くことを示すもので 研究チームの粂昭苑研究員によって米国の科学雑誌 サイエンス に発表されました (Kume et al., 1997) この結果によって 初期胚には背腹

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

すことが分かりました また 協調運動にも障害があり てんかん発作を起こす薬剤への感受性が高いなど 自閉症の合併症状も見られました 次に このような自閉症様行動がどのような分子機序で起こるのか解析しました 細胞の表面で働くタンパク質 ( 受容体や細胞接着分子など ) は 細胞内で合成された後 ダイニン

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1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

報道発表資料 2001 年 12 月 29 日 独立行政法人理化学研究所 生きた細胞を詳細に観察できる新しい蛍光タンパク質を開発 - とらえられなかった細胞内現象を可視化 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は 生きた細胞内における現象を詳細に観察することができる新しい蛍光タンパク質の開発に成

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化学の力で見たい細胞だけを光らせる - 遺伝学 脳科学に有用な画期的技術の開発 - 1. 発表者 : 浦野泰照 ( 東京大学大学院薬学系研究科薬品代謝化学教室教授 / 大学院医学系研究科生体物理医学専攻生体情報学分野 ( 兼担 )) 神谷真子 ( 東京大学大学院医学系研究科生体物理医学専攻生体情報学

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M波H波解説

細胞膜由来活性酸素による寿命延長メカニズムを世界で初めて発見 - 新規食品素材 PQQ がもたらす寿命延長のしくみを解明 名古屋大学大学院理学研究科 ( 研究科長 : 杉山直 ) 附属ニューロサイエンス研究セ ンターセンター長の森郁恵 ( もりいくえ ) 教授 笹倉寛之 ( ささくらひろゆき ) 研

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関係があると報告もされており 卵巣明細胞腺癌において PI3K 経路は非常に重要であると考えられる PI3K 経路が活性化すると mtor ならびに HIF-1αが活性化することが知られている HIF-1αは様々な癌種における薬理学的な標的の一つであるが 卵巣癌においても同様である そこで 本研究で

の活性化が背景となるヒト悪性腫瘍の治療薬開発につながる 図4 研究である 研究内容 私たちは図3に示すようなyeast two hybrid 法を用いて AKT分子に結合する細胞内分子のスクリーニングを行った この結果 これまで機能の分からなかったプロトオンコジン TCL1がAKTと結合し多量体を形

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

受精に関わる精子融合因子 IZUMO1 と卵子受容体 JUNO の認識機構を解明 1. 発表者 : 大戸梅治 ( 東京大学大学院薬学系研究科准教授 ) 石田英子 ( 東京大学大学院薬学系研究科特任研究員 ) 清水敏之 ( 東京大学大学院薬学系研究科教授 ) 井上直和 ( 福島県立医科大学医学部附属生

研究の背景社会生活を送る上では 衝動的な行動や不必要な行動を抑制できることがとても重要です ところが注意欠陥多動性障害やパーキンソン病などの精神 神経疾患をもつ患者さんの多くでは この行動抑制の能力が低下しています これまでの先行研究により 行動抑制では 脳の中の前頭前野や大脳基底核と呼ばれる領域が

記載例 : ウイルス マウス ( 感染実験 ) ( 注 )Web システム上で承認された実験計画の変更申請については 様式 A 中央の これまでの変更 申請を選択し 承認番号を入力すると過去の申請内容が反映されます さきに内容を呼び出してから入力を始めてください 加齢医学研究所 分野東北太郎教授 組

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KASEAA 52(1) (2014)

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報道発表資料 2007 年 4 月 11 日 独立行政法人理化学研究所 傷害を受けた網膜細胞を薬で再生する手法を発見 - 移植治療と異なる薬物による新たな再生治療への第一歩 - ポイント マウス サルの網膜の再生を促進することに成功 網膜だけでなく 難治性神経変性疾患の再生治療にも期待できる 神経回


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_PressRelease_Reactive OFF-ON type alkylating agents for higher-ordered structures of nucleic acids

創薬に繋がる V-ATPase の構造 機能の解明 Towards structure-based design of novel inhibitors for V-ATPase 京都大学医学研究科 / 理化学研究所 SSBC 村田武士 < 要旨 > V-ATPase は 真核生物の空胞系膜に存在す

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Wnt3 positively and negatively regu Title differentiation of human periodonta Author(s) 吉澤, 佑世 Journal, (): - URL Rig

今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

平成 29 年 6 月 9 日 ニーマンピック病 C 型タンパク質の新しい機能の解明 リソソーム膜に特殊な領域を形成し 脂肪滴の取り込み 分解を促進する 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長門松健治 ) 分子細胞学分野の辻琢磨 ( つじたくま ) 助教 藤本豊士 ( ふじもととよし ) 教授ら

学位論文の要約

2. PQQ を利用する酵素 AAS 脱水素酵素 クローニングした遺伝子からタンパク質の一次構造を推測したところ AAS 脱水素酵素の前半部分 (N 末端側 ) にはアミノ酸を捕捉するための構造があり 後半部分 (C 末端側 ) には PQQ 結合配列 が 7 つ連続して存在していました ( 図 3

のとなっています 特に てんかん患者の大部分を占める 特発性てんかん では 現在までに 9 個が報告されているにすぎません わが国でも 早くから全国レベルでの研究グループを組織し 日本人の熱性痙攣 てんかんの原因遺伝子の探求を進めてきましたが 大家系を必要とするこの分野では今まで海外に遅れをとること

結果 この CRE サイトには転写因子 c-jun, ATF2 が結合することが明らかになった また これら の転写因子は炎症性サイトカイン TNFα で刺激したヒト正常肝細胞でも活性化し YTHDC2 の転写 に寄与していることが示唆された ( 参考論文 (A), 1; Tanabe et al.

脂質が消化管ホルモンの分泌を促進する仕組み 1. 発表者 : 原田一貴 ( 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程 2 年 ) 北口哲也 ( 早稲田バイオサイエンスシンガポール研究所主任研究員 ( 研究当時 )) 神谷泰智 ( 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻修士課程 2 年 (

細胞外情報を集積 統合し 適切な転写応答へと変換する 細胞内 ロジックボード 分子の発見 1. 発表者 : 畠山昌則 ( 東京大学大学院医学系研究科病因 病理学専攻微生物学分野教授 ) 2. 発表のポイント : 多細胞生物の個体発生および維持に必須の役割を担う多彩な形態形成シグナルを細胞内で集積 統

統合失調症といった精神疾患では シナプス形成やシナプス機能の調節の異常が発症の原因の一つであると考えられています これまでの研究で シナプスの形を作り出す細胞骨格系のタンパク質 細胞同士をつないでシナプス形成に関与する細胞接着分子群 あるいはグルタミン酸やドーパミン 2 系分子といったシナプス伝達を

神経細胞での脂質ラフトを介した新たなシグナル伝達制御を発見

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ロボット技術の紹介

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サカナに逃げろ! と指令する神経細胞の分子メカニズムを解明 - 個性的な神経細胞のでき方の理解につながり 難聴治療の創薬標的への応用に期待 - 概要 名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻の研究グループ ( 小田洋一教授 渡邉貴樹等 ) は 大きな音から逃げろ! とサカナに指令を送る神経細胞 マウスナー細胞がその 音の開始を伝える機能 を獲得する分子メカニズムを解明しました これまで マウスナー細胞は大きな音の開始にたった1 回活動 ( 単発発火 ) してサカナに逃避運動を駆動させることが古くから知られていましたが その特別な活動特性の発達過程や分子メカニズムは謎のままでした 今回研究グループは ゲノム情報や発達過程が詳細に解析されている熱帯魚ゼブラフィッシュを利用して マウスナー細胞が特別の特性を獲得する過程を詳細に追うことに成功し 発達段階でサカナが音に反応し始める時期と一致して マウスナー細胞が単発発火特性を獲得することを明らかにしました その分子メカニズムを調べた結果 カリウムイオンを通す細胞膜タンパク質の Kv1.1 カリウムチャネルと このチャネルに結合して機能を調節する細胞内タンパク質の Kv 2 補助サブユニットとの組み合わせがキィであることを見出しました ポイント サカナに逃げろ! と指令する神経細胞 マウスナー細胞はたった1 回しか活動しない特性 ( 単発発火 ) によって逃避運動を駆動させる マウスナー細胞の単発発火はサカナの聴覚の発達に相関して作られることが明らかになった マウスナー細胞の単発発火を作るためには Kv1.1 カリウムチャネルとそれに結合する Kv 2 補助サブユニットをコードする遺伝子が必要であることを見出した 単発発火する細胞は 哺乳類や鳥類の聴覚系に一般的に存在し 単発発火の異常が難聴を引き起こす可能性があることから 今回注目した分子が難聴治療の創薬標的になるかもしれない 背景 脳を構成する神経細胞 ( ニューロン ) は活動電位と呼ばれる全か無かのデジタル信号を出力します 活動電位は シナプス入力が閾値に達したときに発生し 軸索を伝って遠くにある他のニューロンに情報を伝える役割を持っています この情報伝達に加え それぞれのニューロンは働きに応じて固有の 発火特性 を持ち 同じ入力に対しても活動電位の出力パターンを変えることで個別に情報処理をしています そもそも活動電位は 細胞膜に存在するイオンチャネルと呼ばれる イオンを通す孔の空いたタンパク質 の働きで作られることが知られていますが そのイオンチャネルを作る遺伝子は非常に多く 複数の組み合わせで作られるため ある固有の発火特性がどの遺伝子の組み合わせで作られるかはまだ世界中で研究されているところです 1

本研究では 脊椎動物のモデル生物である小型魚類 ゼブラフィッシュの後脳に存在する網様体脊髄路ニューロン群の一つであるマウスナー (M) 細胞に着目しました M 細胞は入力量をいくら大きくしても単発の活動電位しか発生しないという単発発火特性を示します M 細胞はこの単発発火特性によって 大きな音の開始にたった1 回だけ活動電位を発生させて サカナに逃避運動を素早く駆動させることが古くから知られています しかし その特別な活動特性の発達過程や分子メカニズムはこれまでに明らかにされていませんでした 研究の内容 本研究では M 細胞で緑色蛍光タンパク質 (GFP) を発現するトランスジェニックゼブラフィッシュを利用することで in vivo ( 生体内 ) ホールセル記録法によって M 細胞の発火特性の発達過程の解析に成功しました ( 図 1) 興味深いことに M 細胞の発火特性は ゼブラフィッシュの発達初期では連続的に発火し 発達とともに発火頻度を減少させていき 受精後 4 日で単発発火特性を獲得することを見出しました この M 細胞の単発発火の獲得時期は 面白いことに聴覚入力の発達時期と一致しています ( 図 2) 受精後 2 日の仔魚は音刺激を与えても全く逃げませんが 受精後 3 日になると音に反応して逃避運動が見られ始め 受精後 4 日でほぼ 100% 音に反応して逃げるようになることが明らかになっています したがって M 細胞への聴覚入力の発達に依存して単発発火特性が獲得される可能性が考えられます この単発発火特性を作り出す分子メカニズムに迫るために薬理学的な実験を行った結果 M 細胞の単発発火特性は カリウムイオンを通す細胞膜タンパク質である電位依存性カリウムチャネルを阻害するある種の薬剤を与えると連続的に発火することが示されました そこで その薬剤のターゲットである電位依存性カリウムチャネル Kv1 ファミリーの 及び サブユニット遺伝子群の発現解析を行いました チャネルを形成する サブユニットのうち Kv1.1 遺伝子だけが M 細胞で発現していたものの 意外にも Kv1.1 は連続発火する発達初期の M 細胞にも発現していました よって このカリウムチャネルの遺伝子発現だけでは 単発発火と連続発火の違いを作り出す説明ができないことが分かりました 一方 このチャネルに結合して機能を調節する細胞内タンパク質である サブユニットにおいては Kv 2 が単発発火を示す M 細胞に発現するのに対して 連続発火する発達初期の M 細胞には発現していないことが明らかになりました アフリカツメガエルの卵母細胞を用いて M 細胞で発現しているサブユニットの組み合わせを再構成して電気生理特性を調べた結果 Kv1.1 チャネルと共に Kv 2 補助サブユニットを共発現させると Kv1.1 によるカリウム電流量が増加することが示されました また ゼブラフィッシュにおいて Kv 2 遺伝子をアンチセンスモルフォリノオリゴでノックダウンすると M 細胞の単発発火が連続発火のままだったことから M 細胞の単発発火特性の獲得に Kv 2 が必要であることが示されました 以上の結果 ゼブラフィッシュの M 細胞は発達初期から Kv1.1 チャネルを発現させているが 発達に伴い遅れて Kv 2 補助サブユニットが発現し Kv1.1 チャネルによる

カリウム電流量を増加させることで固有の単発発火特性が獲得されることを明らかに しました ( 図 3) 成果の意義 これまで 活動電位の発生においてイオンチャネルが重要であることは知られていましたが 本研究により ある固有の発火特性の形成においてはイオンチャネルに結合する補助サブユニットによる調節が加わることがより重要であることを世界で初めて示しました そして この分子メカニズムは ニューロンがどのようにして個性を獲得したかというひとつのモデルになると考えています 単発発火特性を持つニューロンは 哺乳類や鳥類の聴覚系にも存在していて 音の高度な情報処理に重要だと考えられています ヒトでも単発発火特性の異常が難聴を引き起こす可能性があることから 今回注目した分子が難聴治療の創薬標的になりうると期待されます 論文名 Coexpression of auxiliary Kv 2 subunits with Kv1.1 channels is required for developmental acquisition of unique firing properties of zebrafish Mauthner cells (Kv1.1 カリウムチャネルと Kv 2 補助サブユニットの共発現がゼブラフィッシュ マウスナー細胞の特異的発火特性の発達に伴う獲得に必要である ) Takaki Watanabe, Takashi Shimazaki, Aoba Mishiro, Takako Suzuki, Hiromi Hirata, Masashi Tanimoto, and Yoichi Oda ( 渡邉貴樹, 島崎宇史, 三代青葉, 鈴木貴子, 平田普三, 谷本昌志 & 小田洋一 ) 掲載誌 ;Journal of Neurophysiology March 15, 2014: 1153-1164. 2014 年 3 月 15 日掲載 3

参考図 ( 図 1) M 細胞 ( 中央 : 左右一対ある神経細胞 ) で GFP が発現するトランスジェニ ックゼブラフィッシュ受精後 5 日 ( 図 2)M 細胞の単発発火特性は聴覚の発達と相関して獲得される

( 図 3)M 細胞の単発発火特性の分子基盤 :Kv1.1 チャネルに Kvβ2 補助サブユニッ トが加わることが必要である 5