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梅雨 秋雨の対比とそのモデル再現性 将来変化 西井和晃, 中村尚 ( 東大先端研 ) 1. はじめに Sampe and Xie (2010) は, 梅雨降水帯に沿って存在する, 対流圏中層の水平暖気移流の梅雨に対する重要性を指摘した. すなわち,(i) 初夏に形成されるチベット高現上の高温な空気塊

目次 要旨 第 1 章序論 研究背景 1-2 研究目的 第 2 章海洋と大気の気候偏差パターン エルニーニョ / ラニーニャ現象 2-2 エルニーニョ 南方振動 (ENSO) 2-3 PNA (Pacific / North American) パターン 第 3

( 第 1 章 はじめに ) などの総称 ) の信頼性自体は現在気候の再現性を評価することで確認できるが 将来気候における 数年から数十年周期の自然変動の影響に伴う不確実性は定量的に評価することができなかった こ の不確実性は 降水量の将来変化において特に顕著である ( 詳細は 1.4 節を参照 )

運動方程式の基本 座標系と変数を導入 (u,v) ニュートンの第一法則 力 = 質量 加速度 大気や海洋に加わる力を, 思いつくだけ挙げてみよう 重力, 圧力傾度力, コリオリ力, 摩擦力 水平方向に働く力に下線をつけよう. したがって水平方向の運動方程式は 質量 水平加速度 = コリオリ力 + 圧

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背景 ヤマセと海洋の関係 図 1: 親潮の流れ ( 気象庁 HP より ) 図 2:02 年 7 月上旬の深さ 100m の水温図 ( )( 気象庁 HP より ) 黒潮続流域 親潮の貫入 ヤマセは混合域の影響を強く受ける現象 ヤマセの気温や鉛直構造に沿岸の海面水温 (SST) や親潮フロントの影響

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また 台風 18 号が九州から北海道へ縦断した 17 日 18 日は 全国から 41,000 通以上の写真付きのウェザーリポートが寄せられ 各地の被害状況を詳細に把握することができました 記録的大雨となった大分県からは道路の損壊や大規模冠水のリポートが届き 断続的に強い雨が降った岩手県沿岸からは大規

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エルニーニョ ラニーニャにょる台風上陸数の違い 4.5.2 台風上陸数の経年変化台風は 熱帯北太平洋の中部から西部の海面水温 (SST) の高い海域で発生する 図 *1 は JTWC (Join Typhoon Warning Center) のベストトラックデータによる北西太平洋で発生した台風の経年変化 (1951-2004) を示したものである 年間の平均発生数は 27 個であるが 最大は 1964 年の 39 個 最低は 1998 年の 15 個であり 各年の発生数のばらつきは大きい 低緯度で発生した台風は発達しながら インドシナ半島 中国大陸 朝鮮半島や日本列島を上陸するか 日本のさらに東側の北太平洋を通過する ( 図 *2) 年平均で 朝鮮半島 日本列島領域 (Area 1) に接近する台風は 3.4 個 中国大陸 (Area 2) に上陸した台風は 3.7 個 インドシナ半島 (Area3) に上陸した台風は 5.1 個である それぞれの経路をとる台風の数も 図 *1 に示すように経年的に変化する 朝鮮半島 日本は最大 10(2004) 最低 0(1977, 78, 88) 個 中国大陸は最大 6(1999, 94, 84) 個で最低 1(1987) 個 インドシナ半島には最大 10(1952) 個で最低 0(1999) 個 これらの上陸台風数の経年変化は かならずしも台風発生数と対応していない 台風の発生や経路は周囲の環境場に大きく影響を受けており その環境場の季節推移に伴って活発期も季節変化する 月毎の気候値を見ると 台風発生数は 7 月から 10 月まで多く 8 月に最も活発である これに対応して Area1 や Area2 の数も 7 月から 9 月に多く 8 月に最大となっている しかし Area3 は 8 月から 11 月で多くなっており 8 月よりも 10 月に最大となっている Area3 に台風が上陸する活発期と Area1 や Area2 の活発期との季節の差は Area3 周辺の循環場の影響によると考えられている 図 *1 年間台風発生数と朝鮮半島 日本 (Area1 赤 ) 中国 (Area2 水色 ) インドシナ半島 (Area3 緑 ) 上陸数 図 *2 1991-2000 年の台風経路 朝鮮半島 日本 (Area1 赤 ) 中国 (Area2 水色 ) インドシナ半島 (Area3 緑 ) に上陸する台風とその他の台風 ( 黒 ) 1

4.5.3 台風活動経年変化の過去の研究の問題点台風活動の経年変化については多くの研究が行われていて 特に ENSO イベントとの関係が注目されている ( 例えば Chan 1985, 2000; Lander 1994) 統一した結果として 台風の平均発生場所は エルニーニョ ( ラニーニャ ) 年で台風発生場所の気候値よりも東 ( 西 ) 側にシフトして発生すると ( 台風発生場所経度方向シフト ) 示されている さらに 9-11 月の秋における台風トラックは 発生場所経度方向シフトが主な原因で エルニーニョ年は転向して北東方向へ移動するトラック ラニーニャ年は北上せずにそのまま西進するとラックが多くなることが指摘されている (Wang and Chan 2002) また インドシナ半島や中国南部の秋の台風上陸数は エルニーニョ年よりもラニーニャ年が多くなるとも示されている (Wu et al.2004) 一方 6-8 月の夏においては Chen et al.(1998) は台風の発生数がエルニーニョ ( ラニーニャ ) 年でモンスーントラフの北側では減少 ( 増加 ) することを指摘した けれども Wu et al.(2004) は ENSO 年や ENSO イベントが起きていない年 (nonenso) の間でアジア域の上陸数に有意的な差がないことを指摘している つまり夏期においては ENSO 年で台風発生場所の頻度に有意な差はあるが 上陸数には差がない 台風の時空間季節変化は 海面温度と大規模循環場に最も影響を受ける ( 例えば Gray 1998; Ritchie and Holland 1999) 夏期の大規模循環場は アジアモンスーントラフの季節的な変化に対応して急変する ( 例えば Matsumoto 1992) このモンスーントラフの季節変化は月変化とは異なるため 台風の季節変化を目的とするには 月単位の解析は不適切である 過去の研究 ( 例えば Ueda et al.1995) では モンスーントラフの活動が台風の発生場所やトラックに強く影響すると指摘している 6 月上旬から 9 月中旬のモンスーン期は 最も台風発生が活発な季節であり たくさんの台風が東 東南アジアに接近 上陸している 台風接近による社会 経済的な被害を軽減するためにも モンスーン期の台風上陸数の経年変化を理解することは重要となる 本研究では ENSO 年におけるモンスーン期の台風上陸頻度の違いを調べる モンスーン期の ENSO イベントが台風上陸数にどう影響するかを明らかにすることが目的である 4.5.4 データと定義本研究では Joint Typhoon Warning Center(JTWC) トラックデータを用いる 気象庁ベストトラックデータを用いた解析でも 本質的な結果は変わらない JTWC トラックデータは 6 時間毎の台風中心位置と最大地上風を提供している 台風の発生を 台風ランク ( 最大風速 17 m s -1 を上回る強度 ) に到達した時 台風の消滅を台風ランクより下回った時と定義する 上陸の定義は Wu et al.(2004) 同様に朝鮮半島 日本列島 (Area 1) 中国 (Area 2) インドシナ半島 (Area 3) の領域に台風ランクで台風が通過した時とする 本研究の解析期間は Wu et al.(2004) と同じく 1961-2000 年の 40 年間とする ENSO 年も 6-11 月の Niño-3.4 海域 (5ºN-5ºS 170º-120ºW) の SST 偏差を用いた Wu et al.(2004) の定義を用いる この定義により エルニーニョ年は 1963 1965 1969 1972 1982 1987 1991 1994 1997 の 9 年 ラニーニャ年は 1964 1971 1973 1975 1988 1999 の 6 年である 西太平洋のモンスーントラフの時空間変化を考慮して解析する期間を定義する 図 *3 は the European Center for Medium range Weather Forecast 40 year re-analysis (ERA-40) データを用いた気候値の 850hPa 高度 110º-150ºE 平均東西風の経度時間断面図である 5 月下旬まで 10ºN 付近の熱帯域で東風が支配的であるが 赤道から 15 ºN 付近まで西風領域が 6 月中旬から現われる これはアジアモンスーン開始と対応する ( 例えば Matsumoto 1992) 7 月下旬では低緯度の西風領域が高緯度へシフトしている様子が見られる この西風領域の急変は 西太平洋の中央域 150ºE まで発達することに関係している Nakazawza (1992) は 7 月中旬のアラビア海や赤道インド洋から東進するモンスーントラフと対応していると提案している 9 月中旬から西風領域は後退し 赤道付近からの貿易風が貫入している これらの理由から 145 204 日 (5 月 25 日 7 月 23 日 ) と 205 265 日 (7 月 24 日 9 月 22 日 ) をモンスーン初期と活発期と定義する 2

図 *3 850hPa 高度の 110º-150ºE 平均東西風気候値の緯度時間断面図 影は西風領域 コンターは5 m s -1 毎 4.5.5 結果気候値の台風発生数は モンスーン初期で 4.9 個 モンスーン活発期で 10.7 個である ( 表 *1) ENSO 年や nonenso 年でも 気候値の個数とほとんど変わらない つまり 台風発生数は ENSO イベントで差がないことを示している 図 5-2 はエルニーニョ年とラニーニャ年のモンスーン初期と活発期の台風トラックを示す モンスーン初期 台風発生場所の分布には差がある 気候値の平均発生場所よりも東側で エルニーニョ ( ラニーニャ ) 年の発生数は増加 ( 減少 ) している ( 図 *4a, b) エルニーニョ年で 気候値の発生場所より東側で発生した台風は 北上する傾向にある 表 *2 は Area 1 2 3 に上陸した台風の平均個数である Area 2 と 3 は ENSO での差が小さい しかし Area1 での上陸数は ラニーニャ年よりエルニーニョ年が大きく T 検定では 95% の優位性が認められた 図 *5 は Niño-3.4 の SST 偏差と 1961 2000 年の上陸数の関係を示す散布図である Area 1 でのモンスーン初期での上陸数は 7 月の Niño-3.4 SST 偏差が増加するにつれて多くなる ( 図 *5a) 負偏差の年は上陸数は 0 から 1 個に対して 正偏差の年は 1 個以上である 相関係数は 0.51 である 6 月や 7 月の Niño-3 や Niño-4 海域の SST 偏差を用いても その結果は変わらずに 相関係数は 0.4 付近と高い つまり モンスーン初期における Area 1 の上陸数は SST 偏差と強い関係があると言える 表 *1 モンスーン初期と活発期の ENSO 年と nonenso 年 気候値の台風発生数 Early Monsoon Peak Monsoon El Niño La Niña Neutral Clim. El Niño La Niña Neutral Clim. 5.8 5.0 4.5 4.9 11.5 10.2 10.6 10.7 表 *2 モンスーン初期と活発期の ENSO 年と nonenso 年 気候値の Area 毎の台風上陸数 Early Monsoon Peak Monsoon Area El Niño La Niña Neutral Clim. El Niño La Niña Neutral Clim. 1 1.3 0.2 0.6 0.7 2.0 1.8 2.3 2.2 2 1.6 1.7 1.1 1.3 2.2 2.5 2.4 2.4 3 0.3 0.6 0.4 0.4 1.7 0.7 0.8 0.9 3

(a) (b) (c) (d) 図 *4 (a)(b) モンスーン初期と (c)(d) 活発期の (a)(c) エルニーニョ年と (b)(d) ラニーニャ年の台風トラック は台風発生場所 モンスーン活発期でも 台風発生分布は ENSO 年で大きく異なる ( 図 *4c, d) エルニーニョ年の台風発生数は 気候値の平均発生場所 (138.1ºE, 19.3ºN) の南側で多くなり 北側で少なくなる ラニーニャ年は反対の状況となる その台風発生分布の ENSO 年での南北差は 6-8 月の夏期で調べた Chen et al. の研究と一致する Chen et al.(1998) はこの夏期に現れる南北差を 夏期の西太平洋からの遠方伝搬で発生する低気圧性 ( 高気圧性 ) 偏差が原因としている エルニーニョ年で南シナ海やフィリピン海で発生した台風は そのまま西進してインドシナ半島や中国南部に上陸している ( 図 *4c) モンスーン活発期に Area3 に上陸した台風の平均数は ラニーニャ年や nonenso 年よりエルニーニョ年が多い ( 表 *2) T 検定より 95% 有意差が認めあれら Harr and Elsberry (1991) の統計的な解析により 台風トラックタイプと台風発生場所の関係を示した 彼らは 南シナ海やフィリピン海で発生した台風はそのまま直線的に西進するトラックを持つ傾向にあることを示している それらの台風はインドシナ半島や中国南部に上陸するため インドシナ半島に上陸する台風の頻度は 南シナ海やフィリピン海で発生する台風の頻度に大きく依存する 本研究では エルニーニョ年のモンスーン活発期で Area 3 に上陸した台風の増加は 台風発生場所の低緯度シフトに対応した南シナ海とフィリピン海での台風発生数の増加が主な原因になっていると考察している しかし Area 3 に上陸した台風の個数と 8 月の Niño-3.4 の SST 偏差との相関関係は弱く 相関係数は 0.2 と小さい ( 図 *5b) 他のパラメータで 8 月や 9 月の Niño-3 や Niño-4 の SST 偏差を用いても Area 3 に上陸した台風との個数の関係はない SST の正偏差の年での個数は負偏差の個数よりも大きいが 偏差が小さい nonenso 年では 0 から 3 個と大きい これは nonenso 年でのインドシナ半島の上陸数に影響するフィリピン海での台風発生数の変動の大きさが原因である 4

Number of landfall 5 4 3 2 1 (a) 0-3 -2-1 0 1 2 3 Nino3.4-SSTA(Jul) 5 4 3 2 1 0-3 -2-1 0 1 2 3 Nino3.4-SSTA(Aug) 図 *5(a) モンスーン初期の Area 1 上陸数と 7 月 Niño-3.4SST 偏差の散布図 (b) モンスーン活発期の Area 3 上陸数と 8 月 Niño-3.4SST 偏差の散布図 (b) 一方 モンスーン活発期に西太平洋で発生した台風の 20% 以上は 北上して Area 1 に上陸している ENSO 年で台風発生分布の南北差はあるが Area 1 に上陸する台風個数には有意な差が現れない これは過去の研究の結果と一致する ( 例えば Wu et al.2004; Saunders et al.2000) しかし ENSO 年はモンスーン活発期での Area 1 に上陸する台風の特徴に影響している 図 *6 は 台風の発生から上陸時までにかかる時間の寿命日数の発生割合を示す 平均 5.5 日よりも多い 6-12 日の寿命を持つ台風の割合は ラニーニャ年や nonenso 年よりエルニーニョ年で多くなる 寿命は台風の発生場所に強く依存するため (Wang and Chan 2002) エルニーニョ年では台風はより低緯度で発生するので台風が長寿命を持ったと考察する 興味深いのは モンスーン活発期に Area1 に上陸した台風は Saffir-Simpson スケールで定義されたカテゴリー 3-5 に対応する強い台風の発生割合が ラニーニャ年や nonenso 年よりエルニーニョ年で多くなることである ( 図 *7) Chia and Ropelewski (2002) は 7-10 月の台風で 北西太平洋の北西部で発生した台風よりも南東部で発生した台風の方が勢力が強くなることを示している 台風の強度は一般的に寿命と正の相関がある エルニーニョ年は より低緯度で台風が発生して長い寿命を持つようになり 強い台風強度まで発達している 結果的に 台風発生場所の南北シフトにより強い台風の発生割合は ラニーニャ年や nonenso 年よりエルニーニョ年で多くなる Rate 0.6 0.4 0.2 0.0 0-6 6-12 12- Day Neutral El Nino La Nina 図 *6 モンスーン活発期の Area 1 に上陸した台風の持つ寿命割合 エルニーニョ年は白 ラニーニャ年は灰色 nonenso 年は黒の棒グラフ 5

0.6 (a) Rate 0.4 0.2 0.0 TD+TS C1+C2 C3+C4+C5 0.6 (b) Rate 0.4 0.2 0.0 TD+TS C1+C2 C3+C4+C5 図 *7 モンスーン活発期の Area 1 に上陸した台風の持つ強さ (a) は最大発達時 (b) は Area 1 に上陸時 エルニーニョ年は白 ラニーニャ年は灰色 nonenso 年は黒の棒グラフ 4.5.6 おわりにアジアにおける台風上陸頻度は 過去の研究では夏期に ENSO 年で差がないとされていたが モンスーン活動に対応した期間で調べると 有意な差が現れる モンスーン初期である 6 月から 7 月中旬までは エルニーニョ年では 北西太平洋南西部の台風発生の増加が主な原因で 日本 朝鮮半島に上陸する台風の頻度が増加している 7 月下旬から 9 月中旬のモンスーン活発期では インドシナ半島の上陸頻度がエルニーニョ年で増加する これは エルニーニョ年で台風発生場所が低緯度側にシフトするのに対応して 南シナ海やフィリピン海での発生数が増え その台風がインドシナ半島に上陸するからである また モンスーン活発期での日本 朝鮮半島の上陸数は ENSO イベントで差はないが 低緯度側で発生した台風が上陸するエルニーニョ年では ラニーニャ年での上陸台風と比べて寿命も長く より勢力が強い台風となっていた 本報告の研究は Fudeyasu et al. (2006) でまとめられている 6