T0690/06 審決技術審判部 3.5.01 2007 年 4 月 24 日 審判請求人 : Aukol Limited Eva Lett House 1 South Crescent Ripon HG 4 1SN 代理人 : Kenrick, Mark Lloyd Marks & Clerk Sussex House 83-85 Mosley Street Manchester M2 3LD (GB) 審判請求の対象となった決定 :EPC 第 97 条 (1) に従い ヨーロッパ特許出願第 02767678.2 号を拒絶した 2005 年 12 月 23 日付ヨーロッパ特許庁審査部による拒絶査定 審判部の構成 : 審判長 :S. Steinbrener 審判官 :S. Wibergh P. Schmitz 1
事実及び提出物の要約 I. この審判は 審査部によるヨーロッパ特許出願第 02767678.2 号の拒絶査定に対するものである II. 審判請求の対象となった拒絶査定によれば (2005 年 7 月 8 日版による ) クレーム1-9の主題は 日常的な一般的知識に関し進歩性を有していなかった 手続きの国際段階でも ヨーロッパ段階でも 先行技術調査は行われなかった III. クレーム1は以下の通りである : 複数のユーザ(5) の財務記録を監視し 複数の互いに独立した財務サービスプロバイダ (6) に財務記録に対する選択的アクセスを与えるためのコンピュータシステムであって : 領域に区分けされその各々がそれぞれユーザ (5) に割当てられるデータベース (2) と ; データベース (2) にデータを書込み そこからデータを読出すためのプロセッサと ; プロセッサを各ユーザ (5) および各財務サービスプロバイダ (6) に結合するためのコンピュータネットワーク接続 (4) と ; プロセッサを介してそれぞれのデータ記憶領域に対するユーザアクセスを与え 各ユーザ (5) がそれぞれのデータ記憶領域に記憶された財務データのみを更新し読出すことができるように構成されたユーザアクセス制御システムと ; 財務サービスプロバイダ (6) に対しデータ記憶領域が割当てられたユーザ (5) により権限が与えられた場合に限り プロセッサを介してその財務サービスプロバイダ (6) に少なくともそのデータ記憶領域に対する読出アクセスを与えるよう構成された財務サービスプロバイダアクセス制御システムと を含むシステム 独立クレーム 9 は対応の 財務記録管理方法 に関するものである IV. 審判請求人は以下を請求している : - 拒絶査定を破棄すること - 事件を審査部に差戻し 先行技術調査を行うこと および - 審判請求費用の払戻し 事件が差戻されない場合 審判請求人はさらに 審判部において口頭手続きを行うこと 及び調査がなされなかった問題に関し拡大審判部の判断を仰ぐことを求めた V. 審判請求人の議論を要約すれば以下の通りである 国際段階において 国際調査機関 (ISA) として機能する EPO は調査を行なわず そ 2
の見解を支持するものとしてPCT 第 17 条 (2)(a)(i),(ii) および規則 39. 1を挙げた ISAはクレームに対する調査を行わない理由として これが情報の提示に関するものだからであると述べた 発明がPCT 規則 39.1(v) に記載の単なる情報の提示に関わるものではないことから これは十分な理由とは言えない もしこの出願が PCT 出願でなく直接ヨーロッパ特許出願として提出されていれば 審判請求人はEPO により調査がなされるものと正当に予期できたはずである なぜなら 新規性と進歩性とを考慮する際には調査は常に意味があるとするEPC 規則 45の下では 調査を拒否することは不適切だからである したがって 直接なされたヨーロッパ出願とPCT 経由のヨーロッパ出願との手続きの整合性をとる観点から ヨーロッパ特許庁審査ガイドライン C-VI,8.5にしたがった追加の調査がなされるべきであった 進歩性を考慮するためには 最も近い先行技術を特定しなければならない EPOが調査を行って関連のある先行技術をつきとめて初めて 最も近い先行技術を適正に特定することができる このような調査なしでは 最も近い先行技術を特定することはできず したがって課題解決のアプローチを正確に適用することもできない 本件の場合 調査が行われなかったにもかかわらず 審査部は進歩性を考慮した これは誤っていた 進歩性の判断は最も近い先行技術と 思われる ものに基づいてなされた ( 審判請求された拒絶査定 第 4ページ第 3 段落を参照 ) 最も近い先行技術と思われる とされたものは漠然と説明されたネットワークコンピュータシステムであり その詳細は明らかな証拠を欠いていた 調査を行うことなく本件出願を進歩性欠如を理由に拒絶した審査部の行為は 2つの点で誤りである : すなわち 先行技術について出願人に文書による証拠を提示しないまま実体的根拠のない主張をした点と 実際に先行技術が何であるかという具体的知識なしに進歩性の評価をした点とで 誤っている 第 1の誤りに関し 先行技術があると主張するならば その主張をした者はその存在を証明する必要があることは明らかである 審判請求人は 審査部が説明したような先行技術が存在するという証拠を何ら与えられなかった このため 出願は単なる主張に基づく進歩性の評価に基づいて拒絶されることとなった さらに審査部は 説明された先行技術が日常的な一般的知識の一部であって 書面による証拠は必要でない と主張した これは誤っていた T766/91の審決 (OJ EPOでは未公開 ) で明らかにされたように 日常的な一般的知識は基本的なハンドブックまたは教科書に示されるものである したがって 先行技術とされるものが実際に日常的な一般的知識であると成功裏に示すために 審査部はハンドブックまたは教科書の形の証拠を提示する必要があった もし何かが日常的な一般的知識の一部であるという主張に反論があった場合 その主張をした者はその論ずるところの主題が本当に日常的な一般的知識の一部をなすという証拠を提示しなければ 3
ならないのは明らかである T438/97(OJ EPO では未公開 ) を参照 審査部が適用したアプローチはさらなる問題を引起した 具体的には 先行技術とされたものが正確には何を開示していたか? ということである もしこれが この事件でそうであったように 明確に知られていなかった場合 課題解決のアプローチを適用することが不可能になる 実際 特許出願に関連があるとされる先行技術に対し当事者がコメントを述べる機会を与えられるということは EPOの業務の根幹に関わるものである このような機会があることで 出願人は先行技術を読みその開示を考察して 出願に対する開示の関連性を評価する機会を与えられることになる もし出願が調査なしで処理され実体的根拠のない先行技術の主張がなされれば これは当然不可能になる したがって 審査部の用いた進歩性のアプローチは根本的に瑕疵がある 進歩性は 最も近い先行技術の明瞭な理解が無ければ評価できない このため 調査を行う必要がある 審判請求人が審査部による根拠のない主張を理解できる限りにおいて 先行技術は単に汎用ネットワークコンピュータからアクセス可能なデータベースからなる このようなシステムの詳細な実現例は 何の証拠も提示されなかったため 公知でない 先行技術とされるものから開始して 発明が解決すべき技術的課題はデータベースへの改良されたアクセス制御をいかに提供するか である データベースへのユーザアクセス制御は当然 技術的課題であった 発明は 財務サービスプロバイダとユーザという2つの別個のユーザグループに対しデータベースへの制御されたアクセスを与えるコンピュータシステムを提供した 提供された制御されたアクセスの性質は2つの別個のユーザグループ間の関係に基づくものであった クレームが要件とするユーザアクセス制御システムと財務サービスプロバイダアクセス制御システムとはともに技術的特徴であり どちらも確固としたデータベースアクセス制御という技術分野に存するものである したがって これらの特徴が技術的解決策を提供したことは明らかであった 審判費用の払戻しは 実質的な手続き違反となる 出願が調査なしでEPC56 条に基づいて拒絶されたことを考えれば平衡法上有効である たとえ審査部が技術的特徴が周知であると信じていたとしても 審判請求の対象となった拒絶査定ではこのような理由付けが含まれておらず これはさらなる実質的な手続き違反にあたる 審決の理由 1.(2005 年 7 月 8 日版による ) クレーム1および9の主題が進歩性を欠くとした 審判請求の対象となった拒絶査定は 調査を行うことなく出されたものであった 審判請求の理由において 審判請求人は 調査を行うことなくEPC 第 56 条に基づいて事件を審 4
査し決定を行うことは不適切であると論じている 2.T1242/04-Bereitstellung productspezifischer Daten/MAN 審決 (OJ EP Oに公開予定 ) において EPC 規則 45に基づいて調査を拒否できるのは 調査が全く不可能な場合のみであると判示されている 調査結果が実体審査に役立つと調査部が信じていたか否かは無関係である ( 項目 8.3) それにもかかわらず 調査が可能であった( かつ行うべきであった ) のに調査が行われないという状況が生じた場合 先行技術が非常によく知られているために何ら書面による証拠を必要としないか または出願人が公知と認めた場合のいずれかであって先行技術に基づく出願の拒絶が正当であると考えるなら 審査部は純粋に形式的な理由から追加の調査を行う義務を負わない ( 項目 9.2) その他の全ての場合 追加の調査を行うべきである 3. クレーム1にしたがった発明は 財務記録を監視するコンピュータシステムである これは特に以下を含む : - 領域に区分けされその各々がそれぞれユーザに割当てられるデータベース -データベースにデータを書込み そこからデータを読出すためのプロセッサ -プロセッサを各ユーザおよび各財務サービスプロバイダに結合するためのコンピュータネットワーク接続 -プロセッサを介してそれぞれのデータ記憶領域のみに対するユーザアクセスを与え 各ユーザがそれぞれのデータ記憶領域に記憶された財務データのみを更新し読出すことができるように構成されたユーザアクセス制御システム および - 財務サービスプロバイダに対し プロセッサを介して少なくともデータ記憶領域に対する読出アクセスを与えるよう構成された財務サービスプロバイダアクセス制御システム 4.ISAとして機能するEPOは PCT 第 17 条 (2)(a) に従い 審判請求人に対し 国際調査報告がなされないことを通知した 追加の調査をすることなく 審査部は発明が進歩性を欠くと判断した Comvik のアプローチ (T641/00-2つの特性/C OMVIK,OJ EPO2003,352を参照 ) を適用しようと意図して 審査部は 区分けされたデータベースと記憶領域への選択的アクセスとを 汎用コンピュータシステムで実現された ビジネス方法に含めた ( 拒絶査定 第 3ページから第 4ページにかけて を参照 ) データベースを備えた汎用ネットワークコンピュータシステムからなる最も近い先行技術は ( 第 4ページ 第 3 段落 ) 非常によく知られているので証拠を必要としないとされた 技術的課題は クレームに記載されたビジネス方法をいかに自動化するか であった ( 第 4ページ 第 7 段落 ) この課題は 従来のプログラム技術 で解決された( 第 5 ページ冒頭 ) 5
5. 審判請求人は特に 審査部が文書による証拠なしの主張をすることは誤っていると論じた さらに 実際に何が先行技術であるかの具体的知識なしに進歩性を評価するのは誤っていると論じた 6. 第 1の論点について 審査部が明白に公知であると仮定した技術は データベースを備えた汎用ネットワークコンピュータシステム のみであることが注目される T223 /95 審決 (OJ EPOでは未公開 ) の意味において このようなシステムが実際 周知 であり したがって文書による証拠を必要としないことには審判部も同意する 7. 第 2の論点について 審判部が最初に注目するのは 審査部が技術的特徴 -データベース プロセッサ ネットワーク接続およびプロセッサを介した記憶領域へのアクセス- をビジネス方法に含めたことである 審判部の見解では これは 問題の定式化において 非技術分野において達成されるべき目的 が出現することのみを許容するComvik のアプローチ (T641/00 同上 項目 7) を 不正確に適用したものである プロセッサに接続されたデータベースを区分けすること 及びプロセッサを介して読出 / 書込アクセスを提供する制御システムを設計することは 非技術的分野の目的ではなく 非常に技術的な特徴である これらを周知とみなすことはとうていできない ( 審査部もそうしていない ) したがって そうでないことを証明する文書が存在しない限り これらは新規であると仮定しなければならない 審判にかかる拒絶査定が発明のこの局面をカバーしていないので この拒絶査定は破棄すべきである 8. 審査部における手続きに関して 審判部の見解は 審査部が追加の調査を行うべきであった というものである なぜなら データベースの区分けおよびアクセス制御の特徴は 非技術的なものでも 周知のものでもないからである T1242/04 審決 項目 8( 同上 ) で述べられた原則にしたがって 審判部は 調査が行われておらず クレームされた発明が少なくとも1つの周知でない技術的特徴を含んでいる場合 通常審査部は出願を進歩性欠如を理由により拒絶すべきでないと考える 周知 という用語は狭く解釈すべきである 9. 方法クレーム 9 にも同様の考察があてはまる 10. 審判部は 審判請求の対象となった拒絶査定を破棄し 事件を審査部に差戻して 追加の調査を行うとともに手続きを継続するべきであるとの結論に達した 審判手数料の払戻し 6
11. 審判請求人は 実質的な手続き違反を理由に 審判請求手数料の払戻しを請求している (EPC 規則 67を参照 ) 審判請求人の意見によれば 審査部が先行技術調査を行わないまま出願を進歩性欠如で拒絶したことが第 1の実質的手続き違反となり クレーム1 の技術的特徴がなぜ周知であるかの理由を審判請求の対象となった査定に含めなかったことが第 2の手続き違反となる 12. 審判請求人の第 1の論点に関して 審判部は T1242/04 審決から 現状の下で追加の調査が目的にかなうものでない場合 審査部が追加の調査を行うことは必ずしも必要でない と認める したがって この点については 限られているとはいえ 審査部に裁量権があると考えなければならない 本件では 審査部は ( 不正確にも ) 技術的特徴をビジネス方法に含めたこと そのためにこれが調査を必要としなかったこと に鑑みて 追加の調査が目的にかなうとは考えなかった しかしながら このように含めたことが正当化されるか否かは実体的な争点の判断の問題であって 手続き上の規則を順守したか否かの問題ではない この種の不正確な判断は通常また 手続き上の結果にも影響を与えるものであるが その結果は手続きの違反 すなわち手続き上の不正確な行為に単純化できるものではない 13. 第 2の論点に関して 審判部の見解では 理由付けが十分でない査定は 不備のある 又は説得力を欠く理由付けの査定と区別しなければならない 本件では 審判部は査定の理由付けが十分でないとする審判請求人には同意できない これは単なる主張に基づくものでななく また 明瞭で包括的な議論を欠くものでもない 証拠なしで周知の先行技術 ( すなわち一般に公知であったことを合理的に争えない先行技術 ) が挙げられているが すでに述べたとおり これは裁量により許されている さらに COMVIKのアプローチが不正確に適用されてはいるが これは判断に関わる実体的な争点である したがって 査定はEPC 規則 68(2) の意味では理由付けがなされている 14. したがって 審判請求手数料の払戻しには何の根拠もないことになる (EPC 規則 67) 15. 事件は審判請求人の請求の通り 第 1 審に差戻されるので 補助的請求については考慮を要しない 7
命令これらの理由により 以下のとおり決定する 1. 審判請求の対象となった拒絶査定は破棄する 2. 事件は第 1 審に差戻し 追加の調査を含めてさらなる手続きが行われる 3. 審判請求手数料の払戻し請求は認められない 記録係 : T. Buschek 議長 : S. Steinbrener 8