異常環境下での障害 異常温熱による障害 A. 熱傷死 ( 高熱作用による局所の障害を総称して熱傷 ) 1. 熱傷の定義火傷 (burning): 火焔 高温個体 強い輻射熱熱傷湯傷 湯溌傷 (scalding): 高温液体 高温蒸気 参考 : 熱傷に似て非なるものに腐食があり化学物質による局所性障害 2. 熱傷の程度 第一度 紅斑性熱傷 浅達性 USA 分類 第二度 水疱性 Ⅰ 度 epidermal burn(eb) 表皮のみ 第三度 壊死性 深達性 Ⅱ 度 superficial dermal burn(sdb) 第四度 炭化 deep dermal burn(ddb) 真皮 Ⅲ 度 deep burn(db) 脂肪層まで 第一度 : 皮膚乳頭の毛細血管の拡張 充血による発赤 紅斑 (40~45 ) 第二度 : 血流停滞 血管透過性亢進による血漿の血管外への滲出 (50~70 ) 第三度 : 血流遮断 皮膚全層の壊死 細胞 タンパク 血液などの滲出 凝固膠着による焼痂形成 (65 以上 ) 第四度 : 湯傷では生じない 3. 熱傷の生活反応 1 第一度熱傷 2 第二度熱傷 3 高温ガスの吸入あるいは高温液体の嚥下時気道 上部消化管粘膜に発赤 粘膜剥離 熱凝固 4. 熱傷の重症度 ( 治療および予後判定に重要 ) 範囲全体を100% とし熱傷が全身の に及ぶと致死的になる熱傷面積の計算 9の法則 Rule of Nine 但し乳幼児においては 頭部が過少に四肢が過大に評価される 5の法則 Rule of Five 上記のものをさらにくわしく分類 熱傷の重症度範囲と程度 ( 深度 ) によってほぼ決定される 第三度火傷は第二度火傷の面積の 2~ 3 倍に相当する brun index( 熱傷指数 ) Schwarz burn index = Ⅱ 度熱傷面積 (%) 1/2+Ⅲ 度熱傷面積 (%) 10~15 以上あれば重症と判断し 直ちに全身管理を行う Artz の基準 1) 重症熱傷 ( 総合病院に転送し入院加療が必要 ) Ⅱ 度熱傷で30% 以上 Ⅲ 度熱傷で10% 以上顔面 手 足の熱傷気道の熱傷が疑われる軟部組織の損傷や骨折を伴う 2) 中等度熱傷 ( 一般病院に転送し入院加療が必要 ) - 1 -
3) 軽症熱傷 ( 外来で治療 ) Ⅱ 度熱傷で 15% 以下 Ⅲ 度熱傷で 2% 以下 その他の留意点 イ. 年齢 14 才以下 熱傷範囲が成人と同一でも成人の約 3 倍の強さに相当 24~12 才 約 2 倍 3 老齢者 回復が遅く二次感染を含め重症になり易い ロ. 受傷部位 気道熱傷 呼吸 摂食を障害 喉頭 声門部に浮腫 胸部熱傷 呼吸運動を障害 smoke inhalation 刺激性有毒ガス 肺サーファクタントの障害肺毛細血管の透過性亢進急性肺浮腫 5. 熱傷の病態成人では体表の 20% 以上の熱傷では幼小児では体表の 10% 以上の熱傷では重大な全身性反応が発来 一次性ショック ( 火焔 -) 臨床上熱傷性ショック 受傷後約 24 時間 二次性ショック ( 熱傷性 -) 引き続き数日以内 急性腎不全や呼吸障害 1 週間前後で肺水腫 Curling's ulcer 上部消化管潰瘍 6. 熱傷死の原因 口頭試問出題熱傷死の原因には受傷後短時間で死亡する一次ショック ( 火焔ショック ) そのあとの二次ショック ( 熱傷性ショック ) さらにショック期脱出後の急性腎不全 消化管潰瘍からの出血 肺炎などがある 通常一次ショックは比較的まれで 二次ショックやショック後の急性腎不全 肺炎などで死亡する場合が多い 参考 : 剖検上 一次性ショックの診断を下すためには その原因となった外力の痕跡が存在すること 直ちにショック症状が発現したこと 他に死因となる所見がないこと 二次性ショックでは受傷後少なくとも 30 分 ~12 時間経過後に発症し 主症状は血圧 体温の低下 尿閉などが挙げられる B. 焼死 : 焼けた死体の法医学的問題点 a. その死体は焼け死んだものか あるいは死後焼かれたものか 死因 b. その人は誰か 個人識別 1. 焼死の概念 ( 死因としての焼死は ) 火傷死 高温 火焔有毒ガス CO ガス シアンガス 有毒ガス中毒死酸素欠乏 酸素が消費されると煙と置き換わる 窒息死 焼死とは 生体が家屋火災などに巻き込まれ上記の 3 要素の死因が合併して死亡したものをいうすなわち焼死は死因を示すもので火災死ともいわれ 熱傷死とは別の概念である 焼けた死体 いわゆる焼死体 焼死体 焼死した死体 焼損死体 焼死した死体と死後に焼けた死体とを併せる 2. 焼死体の死体所見 ( 焼死の生活反応であるか否かを正しく理解すること ) - 2 -
1) 外表所見 Ⅰ. 拳闘家姿位 fighting position 半屈曲位 熱硬直 heat rigidity による 屈曲群が伸筋群より筋量が多い Ⅱ. 火傷第 1 度 ( 紅斑 ) 第 2 度 ( 水泡 ) 第 3 度第 4 度 これまでは生活反応 参考 : 死後の偽水泡があり表皮と真皮のあいだに水蒸気や高温ガスがたまる判別法としてはタンパクや細胞成分があれば火傷による水泡と判断される Ⅲ. 皮膚の亀裂温熱の作用により皮膚が硬化収縮し亀裂が生じる また水蒸気により破裂する場合もある ( 周囲に出血伴わない ) Ⅳ. 四肢の脱落 :Brandtorso, Leichentorso 長骨の髄腔内に発生した水蒸気圧によって骨が破裂し その周囲の軟組織が炭化崩壊すると 四肢の末位側は離断 脱落しあたかも手足がもぎとれたギリシヤ彫像 (Torso) のようになる 2) 内景所見 Ⅰ. 筋肉 臓器の鬱血 紅色調 CO-Hb 生活反応 Ⅱ. 心内血の流動性 紅色調 生活反応 Ⅲ. 口腔気道内 : 粘液が多い 生活反応粘膜は充血 腫脹 剥離 さらに熱凝固煤片の膠着気道内 : 煤片の膠着 Ⅳ. 頭蓋内 : 熱変化の強い部位に一致して硬膜外に熱凝固した血液塊をみることが多い 燃焼血腫 heat hematoma, Brandh matom 煉瓦様赤色ないし赤褐色調で脆い頭蓋骨に膠着 不定塊または鎌状 脳及び硬膜の熱による収縮 頭蓋骨の硬膜剥離 静脈洞血液が圧出 貯留 熱変化 ( 熱凝固 ) 3. 焼死の法医学的診断 上記死体所見の中から焼死と診断することができる項目を整理すること a. 焼死の生活反応 1) 局所性 皮膚による生活反応発赤 紅斑 水疱形成 上気道粘膜における生活反応口腔 咽頭蓋 気管上部の熱変化 気道内 食道内の煤片の吸入 2) 全身性 但しこの検査を行う場合は体深部から採取すること一酸化炭素ヘモグロビン ( 心内血では死後にCOが侵入する ) 10~90% b. その他損傷 死因の優先性 ( 他の死因たりうる損傷 病変がないこと ) 中毒 覆われた死因 ( 死への経過の長い事例に関しては注意を喚起すること ) - 3 -
4. 焼死体の個人識別一般には身体的特徴体格 顔貌 指紋 歯牙性別 子宮その他の奇形 手術痕 器質的慢性病変所持品血液型 5. 熱射病と日射病 定義 : 体熱のの産生と放散との間に不均衡を生じて体熱がうっ積し体熱が上昇した状態をうつ熱といい その結果起こった全身性障害を熱射病あるいは熱中症と呼ぶ 強い直射日光を受けてうつ熱のほかに脳に対する熱線の直達的作用も加わって起こった全身性障害を日射病という A その発生条件 A 体熱の産生 : 激しい筋肉運動をした時 B 体熱放散の妨害 : 体熱の放散が妨げられたとき 高温多湿あるいは着衣が厚く通気の悪いものなど C 個人的条件 : 肥満者 発汗性の乏しい人 体内水分の欠乏した時 飢餓 疲労 睡眠不足 飲酒など 心肺肝臓疾患のある人など B 症状 : 激しい発汗 頭痛 幻覚 疲労 口渇などの症状から始まり発汗がとまり皮膚の乾燥 歩行失調 不安状態 狂騒状態となり意識消失し倒れる しばしば全身痙攣がおき顔面潮紅 呼吸浅表促迫 体温上昇などをきたし数時間以内に死亡する C 死体所見 : 所見に乏しい 急死の所見などが認められる C. 凍傷と凍死 a. 凍傷と凍冱異常低温が人体に作用して生ずる障害イ ) 局所性障害凍傷ロ ) 全身性障害凍冱 = 凍死イ ) とロ ) は必ずしも合併しない b. 凍傷 1) 凍傷と凍瘡 ( 柳 錫谷 ) 凍傷 Congelatio, Erfrierung, freezing 人体組織が凍結し それが融解した後に現れる炎症性壊死性変化なお 組織が凍結するのは皮膚温 -2~-10 (av. -5 ) 凍瘡 Frostbeulen, chilblain( しもやけ ) 温和な低温が反復して作用し 局所の皮膚血管が麻痺してうっ血し その結果生じた浸出性変化環境温度がプラスの低温 (8~10 まで ) でも生じる 環境気温は必ずしも 0 以下の必要はない 組織障害の程度は放散熱量よりも作用時間に関係が深く 四肢末端に生じ易い 2) 凍傷の所見凍結した人体組織は 冷却が止めば次第に融解してその後に凍傷の所見が現れる i) 第 1 度 紅斑性凍傷 冷刺激によって毛細血管が収縮し 局所の貧血 冷刺激が除去されると血管は麻痺 拡張して発赤腫脹したもの 発赤 腫脹し 局所に発熱と頭痛 7~10 日で瘢痕を残さず治癒 ii) 第 2 度 水疱性凍傷 寒冷による血管透過性異常とうっ血によって液分が滲出し 水疱を形成したもの - 4 -
融解後一昼夜で浮腫が水疱に変化 激痛を訴える 2~3 週間で瘢痕を残さず治癒 iii) 第 3 度 壊死性凍傷 ( 壊疸 ) 高度の循環障害ないし血行停止 ( 血栓症あるいは血球崩壊による ) 皮膚はうっ血して暗紫色に変わり 知覚は麻痺 日が経つにつれて 組織は壊死に陥り 化膿と腐敗によって崩壊するか ミイラ様に乾固して脱落 組織が壊死に陥るか 再生するかは早期の治療の効果による iv) 第 4 度 凍結によって組織の死滅したもの 3) 凍傷の死因普通は死因とはならない 第 3 度凍傷が広汎で重症の場合 壊死部の吸収あるいは感染によって死亡 c. 凍冱 ( 凍死 ) 1) 発生機転体熱産生と放散との間に不均衡を生じて低体温になる気温は 0 以下になる必要はない 1 体熱産生が低下して低体温になる場合 ( 例 ) 諸疾患 栄養失調 老衰 2 体熱放散が異常に高まって 健康人でも異常な低体温になり 低体温そのものによって全身性障害が現れる この状態を凍冱 凍死 ( 凍冱死 ) 3 条件がそろう - 人体の放熱量が異常に増加 体温調節機能の限界を超える 体温が低下 人体内の化学反応が低下 体熱産生の減少 2) 発生条件人体は適当な被服を着て 適当な食餌を摂っていると-60 の気温にも耐えられる 1 気温低いほど凍死しやすのは勿論であるが 必ずしも氷点下である必要はない 裸体空腹の条件では 無風でも+5 の気温 数時間で凍冱の徴候 1 昼夜で死亡 2 風速伝導による体熱放散は風によって著しく促進される 3 湿潤身体 着衣が濡れると蒸発熱が奪われる 全身が水中に入ると水温 15 数時間で凍冱 5 で死亡 4 疲労体温調節に障害が起こる 5 飢餓 6 飲酒 口頭試問出題飲酒は精神機能と植物機能の両面から凍死を誘発させる 精神機能では酩酊は意識障害を生じさせ かつ植物機能面では体温機能の失調 皮膚血管の拡張など体温調節に障害を生じさせる 7 頭部外傷意識障害 8 個人的条件体質 年齢 - 5 -
3) 症状 経過山での遭難 ( 緩慢な連続的低温作用の場合 ) i) 苦痛 不快感 戦慄 呼吸循環の促進興奮状態様 体熱を多く産生しようとする生理的現象 ii) 失調期代償できなくなった時期体温調節中枢の機能が失調この時期の特徴高等な中枢神経機能の低下睡気 目眩 倦怠感 判断を誤ることが多い iii) 麻痺期直腸温が 33~34 になると 自律神経の麻痺が始まる体温調節中枢が反応しなくなり 呼吸中枢も麻痺し始める 呼吸困難体温産生が減少 運動は鈍麻幻覚 錯覚が現れ 意識は消失 30 しかし心機能は亢進 血圧は正常値熱いという錯覚代謝産物 : アドレナリンの酸化物アドレノクロムやアドレノルチンが神経細胞に作用する iv) 虚脱期心機能低下 血管中枢麻痺 血圧低下 虚脱状態 心臓細動 死亡死亡時の直腸温 26~30 急激な体熱放散の場合体熱喪失が急激で調節機能が即応する時間的余裕がなく 体温降下に基づく脳などの反射の結果全身性の激烈な寒冷刺激によるショック 凍死のメカニズム 口頭試問出題 1) イ.Hb と O 2の結合は温度が低いと強くなるロ. 末梢組織では O 2の供給がおこりにくいハ. 脳や心臓の循環は充分であるが 組織自体は貧血ニ. 異常代謝物の産生と貧血 = 中枢神経 2) イ. ロ. 組織の温度低下によって代謝も鈍くなり 低酸素でも組織自体機能的には充分であるが 冷却刺激に対して 内分泌系特に副腎皮質の反応が盛んになる ミネラルコルチコイドの分泌全身の電解質 (Na + K + cl - ) のバランスがくずれ 毛細血管の障害がおこり 透過性が亢進 浮腫 ( 全身 ) 心臓の刺激伝導系の変調を生じ 心室細動を生ぜしめ死への転帰をとる 4) 死体所見凍死に特異な死体所見はない 単に死体が低温の場所におかれていたための死体現象にすぎない 他の死因 1 死体が低温にさらされたための所見 口頭試問出題イ. 死体が凍結ロ. 脳が凍結 容積増加 頭蓋縫合離開ハ. 死斑が鮮紅色 - 低温では死体皮膚の酸素透過性が高まる 他の死因でも生じる 口頭試問出題酸素消費量の減少 2 死斑とは無関係な鮮紅色斑凍死に特異的という説もある - 6 -
いつも見られる所見ではない 3 左心室内血液の鮮紅色 口頭試問出題死直前に肺内に吸入された低温空気の作用肺の血液が冷やされて 酸素とヘモグロビンの結合が高まって多くの酸化ヘモグロビンが形成されるため肺静脈や左心室内血液の色調は右心室内血液 ( 暗赤色 ) とは異なり鮮やかな赤色調を呈する 4 心筋 骨格筋 肝細胞のグリコーゲンの消失 5 肝 膵 副腎の空胞形成 6 胃粘膜の出血 潰瘍 口頭試問出題 Wischnewski-Flecke 副腎皮質ホルモンの分泌亢進し 電解質のバランス障害をおこし毛細血管の透過性の亢進し 全身の組織の浮腫が生じ粘膜に点状出血を生ぜしめる 但し凍死のみに特異的ではない 5) 診断 1 死因たり得る損傷や病変がない 2 死斑と関係ない鮮紅色斑 左心室内血液鮮紅色 3 当時の気象条件 死体の着衣 4 死体の血中 Alcohol 濃度 温度異常などによる障害に関する口頭試問問題 1) 熱傷死の原因について述べよ 2) 熱傷の生活反応について述べよ 3) 焼死の法医学的診断事項について列記し説明せよ 4) 焼死の死体所見で生活反応でないものを述べよ 5) 闘士様ポーズの発生メカニズムを述べよ 6) 焼死の際に生ずる皮膚の亀裂の発生メカニズムを述べよ 7) 燃焼血腫の発生メカニズムを述べよ 8) 熱焼血腫と外傷性血腫の違いを述べよ 9)Co 中毒を死因として挙げる場合 CoHb 濃度は何パーセント以上か 10) 熱傷と火傷の違いをのべよ 11) 熱傷の重症度の因子を述べよ 12) 気道熱傷の定義を述べよ 13) 焼死時の個人識別の観点 14) 凍冱とは? 説明せよ 15) 凍冱と凍傷の違いを述べよ 16) 凍冱の発生条件を列記し述べよ 17) 凍死のメカニズムを説明せよ 18) なぜ凍死診断の際なぜ血中アルコール濃度が問題となるのかその理由を述べよ 19) 死体が低温にさらされた際に認められる所見を述べよ 20) 左心室内血液の鮮紅色はどの様なメカニズムで生じるか述べよ 21)Wischnewski-Flecke とは? 説明しその発生メカニズムを述べよ 22)Smoke inhalation とは? - 7 -