課題名 所属名 さらなる飛躍を目指す 志布志のピーマン パワーアップ作戦 鹿児島県大隅地域振興局農林水産部 曽於畑地かんがい農業推進センター農業普及課 < 活動事例の要旨 > 鹿児島県志布志市のピーマン産地は オイルショックによる燃油高騰などの影響で離農者が続出し一端は衰退したが 全国から研修生を受け入れ就農を支援する 志布志市農業公社 ( 以下 農業公社 ) の設立により 新規就農者が確保 育成され 産地として復活した 現在では新規就農者が約 7 割を占め 面積も増加している ( 図 1) しかし 新たな課題も生じてきたことから 産地としてのさらなる飛躍を目指し 生産農家と関係機関 団体が連携しつつ 農家が主体的に課題解決できる組織育成に取り組んでいる 具体的な活動は 1 条件の悪いほ場等に対する土壌改善対策の実施 2 燃油高騰に対応したヒートポンプの効果確認と導入の推進 3 地域に生息する益虫 ( 以下 土着天敵 ) を活用した安心 安全で効果的な害虫防除技術の確立 4 次作基肥設計ソフト や 経営シミュレーションソフト の作成 活用による1 作ごとの反省を踏まえたコンサルテーションの実施である これらの活動は 平成 23 年に そお鹿児島農協ピーマン部会 ( 以下 部会 ) の各支部から選定された11 戸の農家で構成する ピーマン経営改善研究会 ( 以下 研究会 ) において実証し 成果は速やかに部会員に普及した その結果 1 土壌改善によりピーマンの収量や品質が向上し 22 年間でヒートポンプが部会面積の約 8 割に導入され重油使用量が導入前に比べて半減した また 3 土着天敵の活用により防除回数を低減しつつ難防除害虫の密度を低く抑えることができ さらに 天敵の採集や温存植物の植栽で天敵類の増殖率を高める技術も開発できた 4 平成 26 年度から 開発したソフトを活用した農家による自己診断が開始され 農家が主体的に課題解決できる体制が整備されつつある ( 図 2) 図 1 作付面積と農家の推移図 2 主な活動内容 1 普及活動の課題 目標 (1) 現状鹿児島県大隅半島に位置する志布志市では 冬場の日照量が多く温暖な気候を生かし 昭和 43 年からピーマンの促成栽培が開始され 5 年後の昭和 48 年には国の指定産地を受けるまでに栽培面積が拡大したが その後のオイルショックによる燃油高騰などの影響で - 1 -
栽培面積は減少した そこで 平成 8 年に就農者を全国から募るための農業公社が設立され 2 年間の研修生の受け入れが開始された その結果 新規就農者が確保 育成されるようになり 栽培面積は年々増加し 現在ではピーク時 ( 昭和 52 年 ) を超える面積となっている 農家の平均年齢は48 歳で うち就農 5 年以内の農家が34% を占め 農業経験が浅いことから 栽培技術や経営管理面が不十分な事例が散見され また 燃油高騰など新たな課題もあった (2) 課題と目標ア土壌改善対策急速に新規就農者が増加したため 条件の悪いほ場にハウスを建設せざるを得ない状況となった 加えて ピーマンは多くの肥料を好む という知識が先行し 基準量を超える有機物の投入が続けられた その結果 土壌 phが適正値を大幅に上回ったりピーマンの根が張らない硬い層 ( 以下 硬盤 ) が浅い位置にあるなど土壌理化学性が悪化し 収量の減少が問題となっていた そこで 土壌の現状と収量との関連を調査 把握し 適正な土壌管理を行うことが必要であった イ燃油高騰対策促成ピーマンの栽培では冬場の温度を確保するため多くの重油を使用し 生産費の約 4 割を動力光熱水費が占めている ( 図 3) ハウス内の気密性を高め 保温効果の高い資材を導入したものの さらなる燃油高騰に対し対策が求められた そこで 新たな熱源となるヒートポンプ の効果の確認とともに 導入を推進することとした ウ土着天敵を活用した害虫防除対策 図 3 生産費内訳 ( 志布志ピーマン標準経費表より ) ピーマンは他の果菜類に比べて登録農薬が少ないことに加え 難防除害虫である ミナミキイロアザミウマ の農薬抵抗性が発達し防除に苦慮していた そこで 平成 15 年から天敵の活用を中心とするIPM 技術の導入を検討し 22 年から本格的な導入に取り組んだ しかし 選定 導入した天敵で防除できない害虫の発生が新たな問題となり 複数の高価な市販天敵を導入したものの効果は安定しなかった そこで 土着天敵の効率的な活用方法の確立が求められた エ経営管理能力の向上農業経験のない新規就農者が多く 経営管理は重要な課題であった ピーマン経営は10~5 月の期間に収入時期が限られるため 年間の必要所得を達成し経営の安定を図るために個々の経営管理能力を高める必要があった 2 普及活動の内容 (1) 活動体制の整備各種の課題を解決するため 曽於畑地かんがい農業推進センター農業普及課 ( 以下 普及課 ) が中心となり 関係の機関 団体と連携し 活動計画を作成するとともに役割を分担した また 平成 23 年に 技術力の高い高単収農家 栽培 経営管理が不十分な若手農家 先駆的にヒートポンプを導入した農家 IPMに関心の高い農家など部会員の中から11 戸の農家を選定し 研究会を設立した ( 図 4) - 2 -
図 4 研究会組織を中心とした活動体制図 (2) 土壌理化学性の現状把握と改善対策ア現状把握研究会メンバー 11 戸の栽培ほ場の土壌理化学性と単収との関連を把握するため 農家立ち会いのもと実態を調査した ピーマンの根に沿った 1m 四方に穴を掘り 根の張り具合や色 土層や硬盤の位置などを農家自身に確認してもらいながら現状を把握した ( 写真 1) イ土壌理化学性と単収との関連の要因分析 土層毎に採取した土の成分や三層分布 ( 固相 気相 液層 ) を分析するとともに 施肥管理の聞き取り調査の結果 以下の2 点を確認した ア ) 数年に渡る有機物の多量投入により土壌 ph が適正範囲を超えて上昇し 単収を低下させている ( 図 5) イ ) 地表面から浅い所に硬盤のあるほ場で単収が低い ウ個別土壌改善提案書の作成と提案会の実施個々の農家のほ場について 根の状態や硬盤の 位置を整理し 個別土壌改善提案書 を作成した その後 農協の営農指導員 ( 以下 営農指導員 ) と 共に個別提案会を実施し 各農家に改善策を実践してもらったところ 次年度は全ほ場の土壌が改善された エ全体研修会の開催と土づくりマニュアルの作成 配布土づくりや施肥管理の重要性について理解してもらうため 全ての部会員を対象に研修会を 3 回 ( 部会員からの強い要望による ) 開催し 内容の浸透に努めた 実態調査や明確な数値を基に説明したことから 説明終了後に部会員から大きな拍手を受けた その後 志布志ピーマン土づくりマニュアル を作成 配布し さらなる理解に努めた オ 次作基肥設計ソフト の作成とソフトを活用した個別提案会の実施土づくりに対する農家の関心が高まり 作期毎にどの程度の施肥が適切なのか 参考になるものがほしい との農家からの強い要望を受け 各ハウス毎の土壌分析に基づく 次作の施肥の目安を算出する 次作基肥設計ソフト を作成した このソフトは ほ場毎に作土層の残存肥料成分量を基に 次作の基肥として必要な 写真 1 農家立ち会いによる土壌理化学性調査 図 5 土壌 ph と 10a 収量 ( 収穫始め ~3 月末 ) - 3 -
成分のみを補い バランスのよい土づくりを目的としている (3) ヒートポンプ ( 写真 2) を活用した光熱費低減ア技術実証研究会の1 農家が先駆的に1つのハウスにヒートポンプを導入していた そのほ場を活用し 重油による暖房機のみのハウスを慣行区 暖房機とヒートポンプの併用を実証区として ヒートポンプの導入効果を検証した その結果 光熱費は 暖房機のみで約 135 万円 暖房機とヒートポンプの併用で約 86 万円で 実証区が約 49 万円の経費削減となった 償却費等の固定経費 36 万円を差し引いても ヒートポ 写真 2 ヒートホ ンフ ( 室外機 ) ンプを導入することにより13 万円の経費を削減できることが確認できた ( 表 1) さらに ヒートポンプを導入することで CO 2の排出量を1ハウス当たり9.4t (25%) 削減できることも判明した 表 1 ヒートポンプの有無が光熱費及びCO 2 排出量に及ぼす効果 (11a 当り ) 重油価格は100 円 /L 電気使用料は11.18 円 /kwh イヒートポンプ導入の推進実証データを基に ヒートポンプ導入と活用の手引き を作成し 全部会員を対象に 光熱費低減効果や導入に際する留意点等について研修会を開催した また 志布志市では市単独で ヒートポンプ導入助成 を事業化するとともに 国 県の助成事業等も活用してヒートポンプの導入を推進した (4) 土着天敵類を活用した新たなIPM 技術の確立 普及 ( 野菜担当調査研究 ) ア土着天敵を活用した害虫防除の検証 IPMに関心の高い研究会員のほ場で 土着天敵である タバコカスミカメ を活用して害虫防除実証試験を行った 管内のナスでの取組事例から タバコカスミカメ は露地にゴマを植栽すれば簡単に採集できることが確認されており 本実証もこの方法を取り入れた 採集した タバコカスミカメ をピーマンほ場内に放飼し 定期的に害虫密度を調査したところ 栽培全期間を通して難防除害虫である ミナミキイロアザミウマ の密度を低く抑える効果が確認され 殺虫剤の散布回数も低減できた ( 図 6) 図 6 タハ コカスミカメとアサ ミウマ ( 害虫 ) の推移図 7 ハ シ ルの有無がタハ コカスミカメの増殖に及ぼす影響 イ 天敵類の定着を高めるための取り組み 宮崎大学の研究成果に 天敵類の増殖や延命を可能にする植物 ( 以下 天敵温存植 - 4 -
物 ) が存在するとの報告があった そこで 宮崎大学から講師を招き研修会を開催した 得られた知見を基に ほ場内の空き地にバジル等の天敵温存植物を植栽したところ 天敵類の増殖率が高まり ( 図 7) さらなる殺虫剤の散布回数の低減を実現できた 市販天敵による殺虫剤の散布回数低減 H20 年度 :20 回 H23 年度 :12 回土着天敵の追加による殺虫剤の散布回数低減 H23 年度 :12 回 H25 年度 : 6 回ウ土着天敵研究会の設立と運営平成 25 年度に土着天敵を活用したIPM 技術に関心の高い農家 3 名で 土着天敵研究会 を設立した 土着天敵研究会では 先駆的な土着天敵の活用と天敵温存植物のほ場内への植栽等を実践し 天敵の温存状況や害虫の防除状況等を確認するとともに 部会員の要請に応じて 実証ほ場での現地検討会を開催した エ全体研修会の開催と 土着天敵活用の手引き の作成 配布これらの成果を基に 志布志ピーマン土着天敵活用の手引き を作成するとともに 全部会員を対象に研修会を開催し アンケート調査を実施したところ 参加した部会員の95% が平成 26 年度産のピーマン栽培から土着天敵を活用する意向を示した (5) 経営管理能力の向上に対する取組ア 地域版標準経費表 と 経営シミュレーションソフト の作成普及課の経営担当者が中心となり研究会員全員の経費データを整理し 研究会員や関係する機関 団体の担当者と共にピーマン栽培における経費の地域目標を定めた 地域版標準経費表 を作成した イ個別提案会の実施この 地域版標準経費表 に照らしながら 次作の売上 経費 所得目標を作成する 経営シミュレーションソフト を作成し 個別提案会を実施している 提案会では 前年の経費実績と標準経費を比較しながら 標準より高い経費の要因分析と低減策について協議し 次作の各経費の目標額を設定することにより 農家の実績に沿った次作の経営収支計画の作成が可能となり 農家の目標達成への意識向上に大きく貢献している (6) 産地パワーアップに向けた体制の整備今回 普及課が最もこだわったことは 社会情勢や生産環境 市況等の外部環境の変化にも対応できる産地としてのパワーアップであった 部会の中に各種の技術研究会を組織し 研究会メンバーが自ら課題解決に取り組み その成果を産地に波及する体制づくりを進め 併せて 営農指導員の資質向上にも努めている 3 普及活動の成果 (1) 土壌改善対策の成果平成 23 年度から 栽培終了後の個別提案会において 次作基肥設計ソフトを活用し 化学的根拠に基づいた次作の基肥設計の提案を開始した その結果 無駄な肥料を削減し 追肥管理がマニュアル化され 農家の施肥管理が飛躍的に向上した 図 8 栽培終了時の土壌 ph これにより 平成 22 年度は17% であった栽培終了時の上限 ph 値 (6.5) を上回るほ場割合が 25 年度はゼロとなった ( 図 8) (2) ヒートポンプの導入による光熱費の低減と環境に優しい生産体制の普及平成 23~25 年度の2 年間に 部会面積の82% のほ場にヒートポンプが導入され 導入 - 5 -
前に10a 当り13kLであった重油使用量が 平成 25 年度は 6.6kLに半減し 大幅に削減できた また ピーマンの販売単価が上昇する厳寒期 (1~3 月 ) もしっかりと温度を確保でき 高単価時期の販売増により売上が増加した ( 図 9) さらに 1ハウス当り 9.4tの CO2 削減効果があったことから 部会全体では年間 160t 以上のCO2が削減されたことになり 環境に優しい生産体制が確立できた (3) 土着天敵研究会 を核とした新たなIPM 技術の普及 図 9 高単価時期 (1~ 3 月 ) 出荷割合 平成 25 年度の土着天敵研究会員は3 名であったが 平成 26 年度から2 名が新たに参加し5 名となった この5 名は 土着天敵のさらなる活用のための技術確立を図るとともに 部会員に対する 土着天敵相談員 の役割も担っており 現在 普及課はこの5 名を重点的に指導 支援している (4) ソフトを活用した農家による自己診断の開始部会員の施肥設計知識や経営管理能力が向上したことを受け 平成 26 年度に 次作基肥設計ソフト 及び 経営シミュレーションソフト を全部会員に配布し自己診断を試行した 診断結果が普及課や営農指導員にメール送信され 修正が必要な場合は 修正案を返信するなどの方法で対応している 平成 26 年度は部会員 86 戸のうち23 戸がこの取り組みを開始し 活動の効率化にもつながっていることから 今後 実施農家数の増加に努めることとしている (5) 研究会員の農業所得の向上研究会の11 農家の平成 23 年の平均農業所得は366 万円であったが 25 年には約 1.7 倍の620 万円となり 所得が向上した また 市が定めた農業基本構想における農業所得額 420 万円以上の所得を得た研究会員は 平成 23 年の3 戸から25 年は7 戸に増加した (6) 他部会や県内への波及ヒートポンプの効果を 管内の他品目の栽培農家や県下の技術員や農業者に紹介した結果 他のピーマン産地やマンゴー等の農場での導入が一気に進んだ また 次作基肥設計ソフト は他品目でも容易に応用できるため 管内のイチゴやナス農家等での活用も開始されている さらに 経営シミュレーションソフト は 普及課の経営担当者がアレンジし 管内のイチゴやスプレーギク農家でも活用されている 4 今後の普及活動に向けて 写真 3 ピーマン部会の様子 多くのピーマン産地において栽培面積が減少している中 当産地では年々面積が拡大している これは 部会と関係者が常に目標を共有し 役割分担を明確にして 密に協力し合いながら各種の課題解決に向けた取り組みを続けてきたことの成果である 研究会を中心に農家が主体的に課題解決に取り組み その成果を速やかに部会全体に普及することにより 外部環境の変化にも対応できる産地のパワーアップに向けた支援に今後も努めてまいりたい ( 原稿記述者大保勝宏 ) - 6 -