景観と風景の概念構成に関する試論 の異同を考量し, 欧州言語と日本語の異同を確認する. ラテン語系以外の欧州諸語で同一の表記がされる land は 人の手によって拓かれた大地 を意味し, ドイツ語では語尾に英語の ship に当たる接尾辞 schaft を伴って Landschaft が 土地である

Similar documents
「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けて

第 2 問問題のねらい青年期と自己の形成の課題について, アイデンティティや防衛機制に関する概念や理論等を活用して, 進路決定や日常生活の葛藤について考察する力を問うとともに, 日本及び世界の宗教や文化をとらえる上で大切な知識や考え方についての理解を問う ( 夏休みの課題として複数のテーマについて調

課題研究の進め方 これは,10 年経験者研修講座の各教科の課題研究の研修で使っている資料をまとめたものです 課題研究の進め方 と 課題研究報告書の書き方 について, 教科を限定せずに一般的に紹介してありますので, 校内研修などにご活用ください

博士論文 考え続ける義務感と反復思考の役割に注目した 診断横断的なメタ認知モデルの構築 ( 要約 ) 平成 30 年 3 月 広島大学大学院総合科学研究科 向井秀文


Exploring the Art of Vocabulary Learning Strategies: A Closer Look at Japanese EFL University Students A Dissertation Submitted t

Microsoft Word - 博士論文概要.docx

指導内容科目国語総合の具体的な指導目標評価の観点 方法 読むこと 書くこと 対象を的確に説明したり描写したりするなど 適切な表現の下かを考えて読む 常用漢字の大体を読み 書くことができ 文や文章の中で使うことができる 与えられた題材に即して 自分が体験したことや考えたこと 身の回りのことなどから 相

習う ということで 教育を受ける側の 意味合いになると思います また 教育者とした場合 その構造は 義 ( 案 ) では この考え方に基づき 教える ことと学ぶことはダイナミックな相互作用 と捉えています 教育する 者 となると思います 看護学教育の定義を これに当てはめると 教授学習過程する者 と

人間科学部専攻科目 スポーツ行政学 の一部において オリンピックに関する講義を行った 我が国の体育 スポーツ行政の仕組みとスポーツ振興施策について スポーツ基本法 や スポーツ基本計画 等をもとに理解を深めるとともに 国民のスポーツ実施状況やスポーツ施設の現状等についてスポーツ行政の在り方について理


KONNO PRINT

) 4 4) 5) 2

平成29年度 小学校教育課程講習会 総合的な学習の時間

更新履歴 更新日 2019 年 1 月 5 日 [ 更新 ] 学部 学科 文学部英米文学科 更新内容 における科目 ( 出題範 囲 ) を訂正

DVD DVD

(Microsoft Word - \207U\202P.doc)

資料3 道徳科における「主体的・対話的で深い学び」を実現する学習・指導改善について

H26関ブロ美術プレ大会学習指導案(完成版)

1 平均正答率1 平均正答率1 平均正答率1 平均正答率 小学校 6 年生 1252 人 ( 小学校第 5 学年内容 ) 8 6 全国 弘前市 コメント 話すこと 聞くこと の中の 意図 立場を明確にし

甲37号

考え 主体的な学び 対話的な学び 問題意識を持つ 多面的 多角的思考 自分自身との関わりで考える 協働 対話 自らを振り返る 学級経営の充実 議論する 主体的に自分との関わりで考え 自分の感じ方 考え方を 明確にする 多様な感じ方 考え方と出会い 交流し 自分の感じ方 考え方を より明確にする 教師

PowerPoint プレゼンテーション

ICTを軸にした小中連携

Try*・[

第16部 ソフトウェア・プロセスの改善

加賀市農業委員会農地等の利用の最適化の推進に関する指針 平成 30 年 1 月 26 日制定 加賀市農業委員会 第 1 指針の目的 農業委員会等に関する法律 ( 昭和 26 年法律第 88 号 以下 法 という ) の一部改正法が平成 28 年 4 月 1 日に施行され 農業委員会においては 農地等

ISO9001:2015規格要求事項解説テキスト(サンプル) 株式会社ハピネックス提供資料

日本語「~ておく」の用法について

<4D F736F F D ED089EF89C E926E979D E8C76816A>

<4D F736F F D AA90CD E7792E88D5A82CC8FF38BB5816A819A819B2E646F63>

早稲田大学大学院日本語教育研究科 修士論文概要書 論文題目 ネパール人日本語学習者による日本語のリズム生成 大熊伊宗 2018 年 3 月

Chapter 1

共科 通目 基礎情報学コンピュータ演習 -A( 絵画 映像メディア表現を含む ) コンピュータ演習 -A( デザイン 映像メディア表現を含む ) コンピュータ演習 -B( 絵画 映像メディア表現を含む ) コンピュータ演習 -B( デザイン 映像メディア表現を含む ) コンピュータ演習 -A( 絵画

四国大学紀要 Ser.A No.42,Ser.B No.39.pdf

file:///D:/Dreamweaber/学状Web/H24_WebReport/sho_san/index.htm

Try*・[

Microsoft Word - 201hyouka-tangen-1.doc

4.2 リスクリテラシーの修得 と受容との関 ( ) リスクリテラシーと 当該の科学技術に対する基礎知識と共に 科学技術のリスクやベネフィット あるいは受容の判断を適切に行う上で基本的に必要な思考方法を獲得している程度のこと GMOのリスクリテラシーは GMOの技術に関する基礎知識およびGMOのリス

猪俣佳瑞美.indd

平成23年度全国学力・学習状況調査問題を活用した結果の分析   資料

教科 大学入試センター試験の利用教科 科目名個別学力検査等 科目名等教科等科目名等 前期国国語国現代文 古典人文学類地歴世 A, 世 B, 日 A, 日 B, 地理 A, 地理 B 地歴世 B, 日 B, 地理 B 人文 文化公民現社, 倫, 政経, 倫 政経公民倫 学 群 数 数 Ⅰ 数 A 外

説明項目 1. 審査で注目すべき要求事項の変化点 2. 変化点に対応した審査はどうあるべきか 文書化した情報 外部 内部の課題の特定 リスク 機会 関連する利害関係者の特定 プロセスの計画 実施 3. ISO 14001:2015への移行 EMS 適用範囲 リーダーシップ パフォーマンス その他 (

第 2 問 A インターネット上に掲載された料理レシピやその写真から料理の特徴の読み取りや推測を通じて, 平易な英語で書かれた短い説明文の概要や要点を捉える力や, 情報を事実と意見に整理する力を問う 問 1 6 イラストを参考にしながら, ネット上のレシピを読んで, その料理がどのような場合に向いて

次は三段論法の例である.1 6 は妥当な推論であり,7, 8 は不妥当な推論である. [1] すべての犬は哺乳動物である. すべてのチワワは犬である. すべてのチワワは哺乳動物である. [3] いかなる喫煙者も声楽家ではない. ある喫煙者は女性である. ある女性は声楽家ではない. [5] ある学生は

<4D F736F F D E937893FC8A778E8E8CB196E291E8>

第 1 問 B 身の回りの事柄に関して平易な英語で話される短い発話を聞き, それに対応するイラストを選ぶことを通じて, 発話内容の概要や要点を把握する力を問う 問 1 5 英語の特徴やきまりに関する知識 技 能 ( 音声, 語, 友人や家族, 学校生活など, 身近な話題に関する平易で短い説明を聞き取

第 2 問 A 問題のねらいインターネット上の利用者の評価情報やイラストを参考に場面にふさわしい店を推測させることを通じて, 平易な英語で書かれた短い説明文の概要や要点を捉えたり, 情報を事実と意見に整理する力を問う 問 1 6 友人, 家族, 学校生活などの身の回りの事柄に関して平易な英語で書かれ

<96DA8E9F2E6169>

教科 : 外国語科目 : コミュニケーション英語 Ⅰ 別紙 1 話すこと 学習指導要領ウ聞いたり読んだりしたこと 学んだことや経験したことに基づき 情報や考えなどについて 話し合ったり意見の交換をしたりする 都立工芸高校学力スタンダード 300~600 語程度の教科書の文章の内容を理解した後に 英語

1 高等学校学習指導要領との整合性 高等学校学習指導要領との整合性 ( 試験名 : 実用英語技能検定 ( 英検 )2 級 ) ⅰ) 試験の目的 出題方針について < 目的 > 英検 2 級は 4 技能における英語運用能力 (CEFR の B1 レベル ) を測定するテストである テスト課題においては

どのような便益があり得るか? より重要な ( ハイリスクの ) プロセス及びそれらのアウトプットに焦点が当たる 相互に依存するプロセスについての理解 定義及び統合が改善される プロセス及びマネジメントシステム全体の計画策定 実施 確認及び改善の体系的なマネジメント 資源の有効利用及び説明責任の強化

2 202

Microsoft Word - youshi1113

ダークツーリズムと地域イノベーション

社会系(地理歴史)カリキュラム デザイン論発表

(Microsoft Word - \201\2403-1\223y\222n\227\230\227p\201i\215\317\201j.doc)

2、協同的探究学習について

(1)-2 東京国立近代美術館 ( 工芸館 ) A 学芸全般以下の B~E 全て B 学芸 ( コレクション ) 1 近現代工芸 2デザイン 所蔵作品管理 展示 貸出 作品調査 研究 巡回展開催に関する業務 C 学芸 ( 企画展 ) 展覧会の準備 作品調査 研究 広報 会場設営 展覧会運営業務 D

<4D F736F F D20906C8AD489C88A778CA48B8689C881408BB38A77979D944F82C6906C8DDE88E790AC96DA95572E646F6378>

建築学科学科紹介2017

Title ベトナム語南部方言の形成過程に関する一考察 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 近藤, 美佳 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL

修士論文「絵画−起き上がる景色」松本玲子

こうして 無明 = 無智などが条件 原因となって 苦しみが生じることを説いている 逆にいえば 無智がなくなれば 苦しみがなくなる ということでもある 無智と苦しみは相互依存であり どちらも絶対的な存在ではない ということになる もう少しわかりやすくいえば 十二支縁起は 無明 = 無智から来る自我執着

H30全国HP

平成 30 年 1 月平成 29 年度全国学力 学習状況調査の結果と改善の方向 青森市立大野小学校 1 調査実施日平成 29 年 4 月 18 日 ( 火 ) 2 実施児童数第 6 学年 92 人 3 平均正答率 (%) 調 査 教 科 本 校 本 県 全 国 全国との差 国語 A( 主として知識

台湾における日本料理の受容についての研究 ~ いわゆる 日式料理 を例に ~ 王淳鋒 要旨本研究は 日本料理が台湾で受容される中でどのように変容したかについて考察する まず 文献調査によって日本料理の概念を整理する 次に 台湾でのフィ ルドワ クを通じて 台湾で受容された日本料理の実態を記述し 日本

1 BCM BCM BCM BCM BCM BCMS

教育学科幼児教育コース < 保育士モデル> 分野別数 学部共通 キリスト教学 英語 AⅠ 情報処理礎 子どもと人権 礎演習 ことばの表現教育 社会福祉学 英語 AⅡ 体育総合 生活 児童家庭福祉 英語 BⅠ( コミュニケーション ) 教育礎論 音楽 Ⅰ( 礎 ) 保育原理 Ⅰ 英語 BⅡ( コミュニ

JICA 事業評価ガイドライン ( 第 2 版 ) 独立行政法人国際協力機構 評価部 2014 年 5 月 1

Microsoft PowerPoint - H29小学校理科

Microsoft Word - JSQC-Std 目次.doc

Microsoft Word - 9章3 v3.2.docx

( 続紙 1 ) 京都大学博士 ( 法学 ) 氏名小塚真啓 論文題目 税法上の配当概念の意義と課題 ( 論文内容の要旨 ) 本論文は 法人から株主が受け取る配当が 株主においてなぜ所得として課税を受けるのかという疑問を出発点に 所得税法および法人税法上の配当概念について検討を加え 配当課税の課題を明

山梨県世界遺産富士山景観評価等技術指針 ( 平成二十八年山梨県告示第九十九号 ) 山梨県世界遺産富士山景観評価等技術指針を次のとおり定める 平成二十八年三月二十四日 山梨県知事 後 藤 斎 山梨県世界遺産富士山景観評価等技術指針 ( 趣旨 ) 第一条 この技術指針は 山梨県世界遺産富士山の保全に係る

2-1_ pdf

周南市版地域ケア会議 運用マニュアル 1 地域ケア会議の定義 地域ケア会議は 地域包括支援センターまたは市町村が主催し 設置 運営する 行政職員をはじめ 地域の関係者から構成される会議体 と定義されています 地域ケア会議の構成員は 会議の目的に応じ 行政職員 センター職員 介護支援専門員 介護サービ

説明項目 1. 審査で注目すべき要求事項の変化点 2. 変化点に対応した審査はどうあるべきか 文書化した情報 外部 内部の課題の特定 リスク 機会 利害関係者の特定 QMS 適用範囲 3. ISO 9001:2015への移行 リーダーシップ パフォーマンス 組織の知識 その他 ( 考慮する 必要に応

61.8%

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 経済学 ) 氏名 蔡美芳 論文題目 観光開発のあり方と地域の持続可能性に関する研究 台湾を中心に ( 論文内容の要旨 ) 本論文の目的は 著者によれば (1) 観光開発を行なう際に 地域における持続可能性を実現するための基本的支柱である 観光開発 社会開発 及び

千葉大学 ゲーム論II

研修シリーズ

Microsoft Word - 社会科

1 アルゼンチン産業財産権庁 (INPI) への特許審査ハイウェイ試行プログラム (PPH) 申請に 係る要件及び手続 Ⅰ. 背景 上記組織の代表者は

適用時期 5. 本実務対応報告は 公表日以後最初に終了する事業年度のみに適用する ただし 平成 28 年 4 月 1 日以後最初に終了する事業年度が本実務対応報告の公表日前に終了している場合には 当該事業年度に本実務対応報告を適用することができる 議決 6. 本実務対応報告は 第 338 回企業会計

博士論文概要 タイトル : 物語談話における文法と談話構造 氏名 : 奥川育子 本論文の目的は自然な日本語の物語談話 (Narrative) とはどのようなものなのかを明らかにすること また 日本語学習者の誤用 中間言語分析を通じて 日本語上級者であっても習得が難しい 一つの構造体としてのまとまりを

第 3 章内部統制報告制度 第 3 節 全社的な決算 財務報告プロセスの評価について 1 総論 ⑴ 決算 財務報告プロセスとは決算 財務報告プロセスは 実務上の取扱いにおいて 以下のように定義づけされています 決算 財務報告プロセスは 主として経理部門が担当する月次の合計残高試算表の作成 個別財務諸

( 続紙 1 ) 京都大学博士 ( 人間 環境学 ) 氏名中野研一郎 論文題目 言語における 主体化 と 客体化 の認知メカニズム 日本語 の事態把握とその創発 拡張 変容に関わる認知言語類型論的研究 ( 論文内容の要旨 ) 本論文は 日本語が 主体化 の認知メカニズムに基づく やまとことば の論理

年間授業計画09.xls

untitled

< F838A F838B815B838B81698A A2E786C7378>

看護師のクリニカルラダー ニ ズをとらえる力 ケアする力 協働する力 意思決定を支える力 レベル Ⅰ 定義 : 基本的な看護手順に従い必要に応じ助言を得て看護を実践する 到達目標 ; 助言を得てケアの受け手や状況 ( 場 ) のニーズをとらえる 行動目標 情報収集 1 助言を受けながら情報収集の基本

<89C88CA B28DB88C8B89CA955C8F4390B394C E786C73782E786C73>

Microsoft PowerPoint - moral15_02

技術開発懇談会-感性工学.ppt

エコポリスセンターとの打合せ内容 2007

Microsoft PowerPoint - 04_01_text_UML_03-Sequence-Com.ppt

2008 年度下期未踏 IT 人材発掘 育成事業採択案件評価書 1. 担当 PM 田中二郎 PM ( 筑波大学大学院システム情報工学研究科教授 ) 2. 採択者氏名チーフクリエータ : 矢口裕明 ( 東京大学大学院情報理工学系研究科創造情報学専攻博士課程三年次学生 ) コクリエータ : なし 3.

問 題


Transcription:

埼玉大学工学部紀要第 46 号 速報 景観と風景の概念構成に関する試論 Thoughts on the Conceptual Framework of Landscape and Scenery * 窪田陽一 Yoichi KUBOTA This paper gives preliminary trial thoughts to discuss a hypothetical framework on landscape issues in order to provide fundamentals for ameliorating landscape where people look at and live in. The author tries to exploit cross-disciplinary or transversal approach to outline a conceptual framework for understanding landscape and scenery as phenomena in several different phases. Etymological reviews on salient ideas are compiled from historical discussions before proposing a new keyword, landscape-scenerial corollary, as an integrated concept to contemplate the structure of landscape as phenomenon and scenerial view as event. Keywords: 景観, 風景, 景観 - 風景系, 志向性, 様相, 現象 1. 緒言平成 18 年に全面施行された景観法では, 中心的な用語である景観そのものの定義は明確にはなされておらず, 建築基準法等の他の法律とは組み立てが異なっている. これは, 今でも議論があるように, 景観という二文字で表される概念の内包と外延が, 風景に与えられるそれらと重なり合うために解釈が錯綜し, これらの言葉を使う人毎に想定する定義に揺らぎがあって一点に定まらないという事実から生じた事態である. 一方, 景観とは別に風景を別途定義して論考を進める研究も増えつつある. 本論考は, 人間を取り巻く環境を人間の視覚を通じてとらえる時に使われる景観と風景の概念に関して, 両者及び周辺的な概念を包括的に内包するような概念を提起する前段として 各用語が使われてきた歴史的経緯を整理し, 概念構成を確認することを試みた試論である. * 埼玉大学大学院理工学研究科環境科学 社会基盤部門 / 工学部環境共生学科 Department of Environmental Science, Faculty of Engineering, Saitama University, 255 Shimo-Okubo, Sakura-ku, Saitama, Saitama, 338-8570, Japan ( 原稿受付日 : 平成 25 年 7 月 31 日 ) 21 景観と風景, そして類似する表記の言葉 ( 景相, 景域, 山水, 眺望, 眺め, 光景等及びこれらに対応すると考えられる外国語の単語 ) の定義は, 多様に表現されてきた. そのような思惟の対象となる現象としての景観と風景等の類似の概念の異同を問う既往研究も数多くある一方, 本質的な比較衡量をせずに語感の違い等の感覚的な反応により日常言語のレベルで曖昧さを伴いながら使い分ける例も少なくはない. 景観と風景を識別し個別に定義しようと試みる論考もあるが, 景観及び風景を包括的に論じるための基盤的な概念構成の議論はここ十数年程の間に始まったばかりである. 語源的な考察や分野横断的な再定義の議論を展開する一助としてこの試論を上梓する. 2. 景観と風景の由来 2.1 景観及び風景を意味する欧州諸語の系譜景観という日本語の表記は, 明治 大正 昭和初期に活躍した植物社会学者の三好学 (1862-1939) が留学先のドイツで学んだドイツ語の Landschaft の和訳に当てたことに始まる, と地理学者の辻村太郎 (1890 1983) が主著 景観地理学講話 (1937) で指摘して広まった. なぜこの対応関係になったのか, 語源的に確認できる範囲で景観と風景

景観と風景の概念構成に関する試論 の異同を考量し, 欧州言語と日本語の異同を確認する. ラテン語系以外の欧州諸語で同一の表記がされる land は 人の手によって拓かれた大地 を意味し, ドイツ語では語尾に英語の ship に当たる接尾辞 schaft を伴って Landschaft が 土地であること 土地の様子 の意味を得たと考えられている. 土地の景観化 とも呼べるこの関係は, 低地ドイツ語に属するオランダ語でも同様で, 語尾に接尾辞 schap を付した landschap が 土地であること, 換言すれば 人間が関与し形成した場所の様子 を意味する.Land は単なる地表ではなく, 人間が何らかの作為をなした, 地上のある範囲 (extent/tract) であり, 手つかずの自然は land ではないとかつては考えられていた. 一方ドイツの隣国オランダでは, ルネサンス期に見出された透視画法に基づく絵画の影響を受けて16 世紀から 17 世紀にオランダ風景画という絵画史に残る一派が生まれ, 人口比で見ても画家が多い国となり, どの家にも必ず風景画が壁に掛けられているという状態だった.P ブリューゲル (Pieter Bruegel de Oude:1525-1530 頃 -1569) らが描いた風景画には, 人々が自らの手で作り上げた干拓地や丘陵の農場の姿, 即ち土地の様子が, そこで生き生きと働く人々の姿も含めて風景画として描かれている. それは神話や伝説に基づいて構成された想像上の場面ではなく, 現実の, それも多くは郊外や農村地帯を描いた絵画だった. 天然の大地を豊穣な土地に変える労力への賛美がその根底にある. オランダ語の landschap( 複数形は landschappen) は, 画家に絵画の制作を依頼する時の契約書に書かれた業務内容の表現で,landschap が風景画を意味する用法として定着した証左と考えられている. そのオランダとの交流と共にイギリスにオランダ風景画が伝来し,5 世紀頃以来の英語の古語 landskip が landschap に対応する言葉として復活し使われるようになったという説がある. また,landskip の異表記形 landship がオランダ語の landschap に発音が近いため landscape という言葉に変化し,15 世紀以降に広まったという説もある.16 世紀末には英語の語彙として定着したとみなされ,1598 年に刊行された英語辞典 OED (Oxford English Dictionary) に収録されたという説 (Hoskins:1955) が受け入れられている. さらに,landship から転じたとする説の一つに,ship には shape 即ち 形 形態 を含意する用法があったため, その変化形とされる landscape は 土地の眺め 即ち 目で見た土地の形姿 を始めから含意していたとする説もある. 総括的に言えば,landscape は, 人間と関わりがある範囲の土地に何らかの意図により形成された眼前にある環境を, 身近な世界として視覚を通してとらえる, 即ち目を向けて見るという観点が込められていることになる. それ故に, 目の前に広がる眺めそのものをモチーフ ( 題材 ) とする風景画をも意味に含む言葉となった. その後, 産業革命期にあった 18 世紀のイギリスで,J コンスタブル (John Constable:1776-1837) や J.M.W. ターナー (Joseph Mallord William Turner:1775-1851) に代表される英国風景画と呼ばれる絵画史上重要な一派が生まれ, 英国では 18 世紀から 19 世紀にピクチャレスク (picturesque: 絵画的 ) と呼ばれる, 風景画を典範とする眺めが実際に眼前に見られるように庭園や郊外の土地を造形する環境改造思想及び造園技法の誕生につながった. 造園家 H レプトン (Humphry Repton:1752-1818) や Capability Brown の異名を得た L ブラウン (Lancelot Brown:1716-1783) らは, 欧州大陸で独自の造園文化を確立したイタリアやフランスの幾何学的な空間に対抗して, 自然は直線を嫌う(Nature abhors straight line) 等の言辞を標榜し, 風景式庭園 (landscape garden) または英国式風景庭園 (English landscape garden) を様式として確立するに至る. 言い換えれば, 絵画と共に英語に持ち込まれた時から, オランダ語の landschap に由来する landscape つまり風景画と呼ばれる絵画は, 身の回りの世界を見る特定の方法 ( 理解の様式あるいは鑑賞の規範 ) となった. そして, 絵画の題材, 主題, 手法として採用され, 描かれることが多い眺めが実際に風景として見られる地方や田舎の土地の広がりを全体として意味する用法を得た.landscape 及び scenery が共に集合的に景観及び風景を意味するとともに風景画をも意味するようになった背景がここにある. 北欧のスウェーデンには landskap と表記される, 古い政治的区分に由来する地理上の分類をそのまま地名に残している区域があり, 地域空間の広がりを含む用法の証左と言える. 風景画を通じての風景の発見, その事象の体験の基底となるように形成された景観の発見や創出は, 英国にとどまらず, 新興国カナダでも 1920 年代に一世を風靡した 22

埼玉大学工学部紀要第 46 号 7 人の風景画家集団, グループ オブ セブン (Group of Seven) が現れ, 国民にカナダの風景価値に目を向けさせた. 風景として感受する自然の眺めを絵画に定着させる見方は, 産業革命に伴う人々の行動範囲や交流圏の拡大 それに対抗する自然主義と共にドイツ浪漫派やフランス印象派の流れを生み, 明治の日本に及ぶに至った. 2.2 景観と風景の併存状況景観という漢字の表記は, 先述の通り三好学によりドイツ語の Landschaft の翻訳語として登場した. 三好が書いた書籍は百冊に上るとされているが, 景観を表題に含む書籍は 植物生態美観 ( 富山房 :1902), 日本植物景観第 1-15 集 ( 丸善 :1905-1914) 等が挙げられる. 現代の景観生態学に相当する植物社会学の分野であり, 景観を体験する人間は研究対象に含まれない. 後に地理学者の飯本信之 (1895-1989) や造園学者の井出久登が提起した景域も Landschaft の概念の広域性に着目した表現である. 風景は見る者の内面に生起する情緒的な反応を含むため, 個々人の主観性を排除した概念として景観の方が科学的思考にふさわしいとする立場が優勢だったためであろう. これに先立つ 1876( 明治 8) 年, 絵画や彫刻の技術教育を目的に工部省工学寮内に日本最初の官立美術学校である工部美術学校を創立するため, 工部卿の伊藤博文が画学 ( 絵画 ), 造家 ( 建築 ), 彫刻の 3 部門を担当する教師各 1 名をイタリアから招聘したい旨の具申を太政大臣の三条実美卿にした. この時, 絵画部門の教育内容の風景画を意味する用語として地景という表現を伊藤博文が建議書に使ったことが確認されている. 招聘するイタリア人が使うイタリア語では風景画は pittura paesaggistica, 風景は paesaggio だが, 伊藤は馴染みのある英語の landscape の land を地に,scape を景に置き換えたかに見える. その経緯は定かではないが, 少なくとも日本画や水墨画に描かれる山水とは異なる眺めを描く西洋画, それも風景画を想定したことは明らかである. オランダやイギリスの風景画とは全く異なる, 山水や風景の伝統文化を持つ日本では, 地景の意味が伝わり難かったのか, この言葉は一般に使われるには至らなかった. 1894( 明治 27) 年に 日本風景論 を上梓した志賀重昂は, 別の書物では山水を使い, 世界山水図説 ( 冨山房 : 1911), 続世界山水図説 ( 冨山房 :1916) と題する, 世界各地の景色を紹介した紀行文を著した. 志賀の 日本風景論 に関しては, 国粋主義思想との関連等種々の研究がなされているが, 西欧的な科学知識, 特に地理学や地形学, 植物学や気象学等の知見を駆使して日本の特徴的な場所の眺めを抽出し, 後の国立公園等の自然風景地の指定に至る流れを生んだ点が評価されることが多い. 志賀の意図は, 風景文化の生成基盤としての日本の景観の物象的な特徴を, 欧米科学の近代的認識の方法論に基づいて説明が可能であることの検証を試みたことにあったという解釈が多いが, 志賀が景観を使わずに風景や山水を使ったことは, その後の景観と風景の意味の解釈の多様性をもたらす遠因でもあったとも言えよう. 一方, 中国から伝来した南画の影響は日本の山水画に波及し, 絵画に描かれた山水から実景あるいは真景としての現実の風景へと視線 ( 意識 ) を転じる, 文学的情調を現実の眺めに求める情緒的, 情動的な志向性 (emotional/ affective intention) を含む感性を育てた. 旅に出て, かつて歌人らが風景の様相を詩文に詠った実在する場所を訪れ, 過去に生成された風景が実体験された場所で, 先人の胸中に去来したと推測される感興を自らも得ようと想像力を高めて追体験を試みる人々がいる. このことを志賀が考慮したかは明らかではないが, 景観を越えて風景を軸にまちづくりを考えようとする現代の傾向の中では, これらの点を理解した上で各概念を再定義する必要がある 2.3 景と観の来歴それでは, 明治期まで景観という言葉は日本になかったのだろうか. なぜ景と観が結びついて景観の表記に至ったのかを考える手がかりとして, 仏教文化圏及び漢字文化圏における景と観の用法の来歴に着目する. 神奈川県高座郡寒川町一之宮に景観寺という天台宗の古刹がある. 山号を窪田山, 院号を宝珠院という. 山号に筆者の名字がある理由は不明だが, 寺の由来は行基による開基とされ, 江戸時代の重要な文献 新編相模国風土記稿 によれば 757 ( 天平宝字元 ) 年に創建されたと伝えられている. 本堂の棟札に残る年代によると,1536( 天文 5) 年頃に寺容が整ったと推定され, 内部は 1683( 天和 3) 年の再建時の状態を遺しているという. これらの年代か 23

景観と風景の概念構成に関する試論 ら考えて, 遅くとも 16 世紀にはこの地に寺が存在したことは確実だが, 寺の名称に景観の文字を使うようになった時期は文献が無く不明である. もし行基による 8 世紀の開基の時から景観寺と命名されていたとすれば, 景観という表記の最古の例である可能性が高い. 景の文字は, 景品や景物, 景気, 景況, 景仰, 景行, 景色, 景勝, 景福等の用法があるように, 高尚である 仰ぐ めでたい ( 音が慶と通じる ) を意味し, 寿ぐ( ことほぐ ) めでたい 褒める と言い換えることができる. 影響の影の文字の左辺に景がある通り, 影の文字は, 光に伴って生成される影が見えることで奥行きを伴う立体的な視覚像が得られる様子を表している. また, ネストリウス派という古代キリスト教系の一宗派が唐の太宗の時代に中国に伝えられた時, これを景教と呼んだという記録があり, 光の宗教 神々の光を崇敬する一派 を意味するものだった. 一方の観は, 観音, 観世音等と略される観世音菩薩の行いとして 世の中を観る 世の中の声 (= 音 ) を聞き届ける という意味に連なっている. 梵語の Avalokiteśvara の和訳である観世音菩薩は, 世人の音声を観じ, 衆生が抱える苦悩から救済する菩薩とされ, 人々の姿に応じて大慈悲を行うことから, 千変万化の相に顕現するとされる. その姿は六観音や三十三観音等の彫像や絵画に表されることが多い. 達観が 広く大局的な見通しを持って遠い将来の情勢を見通すこと. 目先の事や細かな事に迷わされずに真理や道理を悟ること. 俗事を超越して悟りの境地で物事に臨むこと. と定義されるように, 観は超越的な視点から 理解する 認識する ことである. この解釈は, 現代における景観の定義としても妥当する. 観想 ( 一心に思いを凝らす ) や観照 ( 本質を見極める ) も志向性を持って世界を観ることである. 景観が風景よりも客観性を含み, 風景は主観性を含む, という見方が多いという状況も理解できる. また, 易経 にある 国の光を観る. 用て王に賓たるに利し の一節から 国の光 (= 景 ) を観る ために旅をする行為を観光と呼ぶようになったとされている 三好が Landschaft の和訳を景観とした背景にこれらの観点が関わるか否かは不明だが, 可能性の一つではある. 3. 景観と風景の再定義 3.1 土地の景観化高速で移動できる便利な交通機関が全くない時代でも, 景観や風景という概念を知らずとも, 世界の一部を眼前に受け止めながら人類は生きてきた. 地球の表面の一部が, そこに立つ人間の視覚を通じて景観になる時, すなわち環境の景観化は, 視覚像としての環境の眺めであり, 人間が環境の中で視覚系を通じて脳内に透視形態として視知覚する現象である点では通時的にも普遍的なものである. 景観の形成と景観の体験は表裏一体の関係にあり, 眺めを通じて土地を景観として理解するという行為は 人間による意識的, 意図的な環境への関与あるいは介入に関係する. そのような行為を成しうる人間に, 結果として生じる環境の状態への志向的な眼差しが欠けていれば 風景が生成される基盤自体が欠如するという事態が生まれることは避け難い. 地形や植生分布等の自然的基盤を意図的に改変する開発行為は, 結果の是非を問わず景観形成 (formation of landscape) に他ならない. 3.2 現象としての景観景観及び風景の定義は, 両者の境界が曖昧であるが故に過剰包摂の状態にある. 景観と風景は同じものだとする安直な極論もあるが, 以下では現象として景観を, 事象として風景をとらえる見方を試みる. ギリシャ語に由来する現象の概念は, 科学的な学術研究の中枢をなす用語であり, その外延として個別の事象がある. 個々の事象も現象に包摂される. 現象は人間が感覚器官を通じて知覚できる全ての物事を意味する包括的な概念であり, 自然界や人間界に何らかの形をとって現れる事柄を, 錯覚や作為も含めて意味する用語である. 事実や真実であるかではなく, どのような形姿で立ち現れるかが問われる. 人間が視知覚できる環境の形姿として定義される現象としての景観は, 人が環境の中に立ち, 感覚器官を通じて直接的あるいは間接的に脳内で対面する, 身体の周囲を取り巻く環境の形相であり, 自ら立つ場所を取り巻く環境の様相を人間が視知覚しようとする時, 環境が景観として認識される. 人間がそこにいなければ景観は現象として生起しない. 24

埼玉大学工学部紀要第 46 号 この状況を踏まえ, 景観を 人間が関与して形成された土地に関して視覚現象体験を通じて蓄積的に形成される認識の諸相 として包括的に定義する. それは, 現象としての景観の実体験を通じて形成される認識あるいは知としての景観である. 眼前の環境を, 個々の眺め (single view/scene) という視覚的景観 (visual landscape) を手掛かりとしながら 相同性 (homology) または同質性 (homogeneity) が高い眺めが得られる範囲の土地を意味する,landscape の原義とも言える地域的景観 (regional/areal landscape) に集約されていく過程的な機構を想定できる. 個別の事象である眼前の眺めは, 風景となる可能性を含みながら, 次々に時間軸に沿って継起的な現象体験の連続体として選択的に蓄積され, その総体として地域的景観 (regional landscape) として統合的に認識されることになる. これは欧州景観会議 (ELC=European Landscape Convention) の考え方でもある.ELC による定義に準じて, 景観体験の中の最初の段階である視覚を通じて得られる, 通常は眺望 (prospect) や眺め (view) と呼ばれる視覚的景観 (visual landscape) を狭義の景観とし, その経験的蓄積 (cumulative experience) による総合的な景観像を広義の景観として地域的景観と位置付けるものである. 日本の景観アセスメントを解説した文献では, 視覚的景観と地域的景観に眺望景観と囲繞景観を対応させている. 3.3 事象としての風景近年の日本国内では, 景観に代えて風景を意図的に使う論考が増えている. それらの考察では景観と風景の定義を個別にしていることが多く, 両者の相互関係は論者により曖昧な場合があった. そのため今世紀に入り, 景観と風景の関係を包括的に定義しようとする試みが内外の研究者によりなされている. 例えばオランダの Maarten Jacobs は,matterscape と mindscape という造語を新たに定義し,matterscape の状態からどのように mindscape が生成されるかに着目して景観が風景となる時の変移の諸相を論じている. 中村良夫 (2002) や若松司による考察 (2004) においても, 景観化そして風景化という現象が生起する機構を想定し, 両者を統合的に説明しようとする提案がされている. その検証は容易ではないが, 眼前に見える現象としての景観が, ある条件下で風景として立ち現れ る事象を, 人間と環境の間に生起する現象体験の中で包括的にとらえることは可能であると考えられる. 景観との異同が問われる風景の風は, 風流, 風光等, 感性に関わる儚い (ephemeral), 大気の流れを思わせる移ろいゆく側面が伴う. そうであれば, 風景は景観の様相の変化に対する感受性 (sensitivity) と共に生成される事象となる. 個別事象としての風景は, 原理的には全ての人々にとって個人的なものだが, 体験内容に共通性が高い場合は集合的表象としての風景となり, 人々に感性的に共有されるものとなりうる. それはまちづくりや風景の再生を目指す景観修復に際して共通認識の基盤をもたらす. このように風景を情緒的志向性を含む事象 (event) としてとらえることは, それが生成される場所と結びつき, 景観の中から誘発的に生成されると考えることに連なる. 3.4 景観の様相と風景化景観の様相 (modality) に変化が現れ, ある特定の様相に対して受容者の反応に情緒性が誘発される時, そこは風景を感得する場へと転移する可能性がある. 環境の物理的状態が恒常的でも, 異なる風景が生まれる可能性はある. 事象の状態を必然性や可能性等の判断の確実性に基づいてとらえる様相は. 景観の外観 (appearance) や相貌 (physiognomy) の特殊な状態として考えうる. 受容者の体験の中で景観が風景の様相を呈するようになる状態を相転移 (phase transition/modal shift) として解釈し, 景観の風景化, 風景の生成をとらえる考え方である. 人々の間で風景の共通感覚的な側面が共有され, 社会的な意味が伝わる表象として言語化され, 風景文化の共有基盤になれば, 眼前の眺めの情緒的意味を社会的な共有財産として取り戻す契機につながりうる. 人々が見る夕焼けの景色は, 各人の脳内に生成される個別の事象としての風景を生成する. 見る方向や角度, 注視する範囲も異なっても多くの人々は共通に夕焼けを見たと感じ, それが数日前のもので互いの記憶内容を比較することができないにも関わらず, 共通の体験をしたと思い, 記憶像となった夕焼けの心象 (image) を共有していると共通感覚 (commonsense) として受容する. 主観的な体験であるにもかかわらず共通認識として受け入れることは, 風景の集団的表象化という間主観性の基底を成す. 25

景観と風景の概念構成に関する試論 景観の様相が情緒的反応を生成する時に風景として体験 3.4 景観 - 風景系の概念構成景観として現象を体験するか, 風景としてその場でその時に生起する事象を体験するか, を日常において眺める人自身が意識することは少ない. 景観として見るか, 風景として見るか, を規定する要因を明確に挙げることも難題である. 景観を蓋然的に眺めている時もあれば, 風景の中に一体感を持って溶け込んでいる状況もありうる. その場から動かずにいる時, 風景から景観へいつの間にか回帰していることもありうるかもしれない. 景観が突如風景の様相を呈し, 情感を高めることもありうる. このような流動的な現象として景観と風景の関係を措定することは, 場所の景観にどのような様相の変化を生み出せば風景の再生につながるかを考える契機となりうる. 景観の風景化は, 認知心理学でいうアウェアネス (awareness) すなわち自らの意識がある方向に向けられている状態の自覚的認識である. 見ている自分がそこにいるという自覚は, 間主観的なアウェアネス (intersubjective awareness) をもたらすと考えられる. 同一の ( 厳密には近接した ) 場所で, 同一の時刻にある方向に目を向けて得られる眺めを見た時に, 同じような情緒的反応が複数の見る者 (viewer) の間で生じている状況を, 共感的間主観性 (Compassionate intersubjectivity) と呼んでおく. このような現象として生起する景観と風景を包括的にとらえるための概念として景観 - 風景系を提起する. 系は, system ではなく, 数学的概念の corollary をあて, 景観 - 風景系の英訳を landscape-scenerial corollary としておく.Corollary は数学用語で 必然的に付随 ( 随伴 ) する事象群 等の意味を持つ. 随伴性や付随性という概念は, 現前に見える景観が何らかの様相の変化により風景として生起する現象の, 相転移に関係すると考えられる. では景観が形成されていなければ風景は生成されないだろうか. 人間が地球上の地表のある一点に立って, 周囲の環境を眺める状態は, 日常の人間の意識レベルとしては, 志向性が高まっている, 言わば励起状態である. 景観を風景として眺めることができるか否かは, 景観を構成する諸要素が何らかの情緒的意味 (affective meaning) を持つ様相を伴って見える状況が生起するか否かによる. 景観が風景として対話的に相転移する状況, 換言すれば される過程はどのような機構かの論考は別稿に譲る. 4. 結語本論考では, 景観と風景を個別に定義するのではなく, 人間の目の前に現れる ( 正確には脳内に生じる ) 現象の体験である環境の眺めを, 景観と風景の関係を包括的に景観 - 風景系としてとらえる枠組みを提案する初期段階として, 各概念の既往の定義の整理を語源的な考察を通して試みた. 今後は, 環境の中に置かれた人間が体験する現象の中で景観が風景に変容して受容される ( 風景化する ) 状態に着目し, 景観の形成 (formation) から風景の生成 (generation) に至る脈絡の考察を試みたい. 工学的立場から環境の状態を計画し設計して改変する場合, 人間による認識との関わり方に着目することは, 改変行為がもたらす意味や影響を理解することにつながると考えている. 参考文献 1) Norberg-Schulz, Christian, Intentions in Architecture, M.I.T Press, 1965 2) Norberg-Schulz, Christian, Existence, Space and Architecture, Praeger Publishers, 1971 3) Kent C. Bloomer & Charles W. Moore, Body, Memory, Architecture, Yale University Press, 1977 4) Jacobs, Maarten, The Production of Mindscape, Doctor Dissertation at Weageningen University, 2006 5) 大室幹雄, 志賀重昴 日本風景論 精読, 岩波書店, 2003. 6) 新編相模国風土記稿 : 江戸時代に編纂された相模国の地誌.1841( 天保 12) 年成立, 全 126 巻. 7) Hoskins, W. G. The Making of the English Landscape, Leicester, 1955 8) Hoskins, W. G. English Landscapes, London: BBC, 1979 9) 若松司, 風景 と 景観 の理論的検討と中上健治の 路地 解釈の一試論, 都市文化研究,4 号,pp.56-72, 2004 10) 中村良夫, 最終講義録, 東京工業大学,2002 11) 中村良夫, 風景学入門, 中公新書,1982 26