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1 ボカウイルス検査マニュアル 平成 21 年 7 月 1

2 目次 1 ヒトボカウイルスの概説 3 2 ヒトボカウイルス検査に関する一般的注意 3 3 遺伝子学的検査 4 参考文献検査依頼先緊急時 ( 実験室内暴露 ) の応急対応と事故対応基準執筆者一覧 2

3 1 ヒトボカウイルスの概説ヒトボカウイルス (Human bocavirus; HBoV) は,2005 年スウェーデンにおいて呼吸器感染症患者の鼻咽頭ぬぐい液から発見されたウイルスである このウイルスは, パルボウイルス科パルボウイルス亜科ボカウイルス属に分類される 今のところ,HBoV の細胞培養での増殖 分離はできないが, 他のパルボウイルスと同様に非エンベロープ直鎖一本鎖 DNA ウイルス ( ゲノム長 ; 約 5.3kb) と推定されている 今まで, ヒトに病原性を示すパルボウイルスは, パルボウイルス亜科エリスロウイルス属に分類されるパルボウイルス B19( 伝染性紅斑の原因ウイルス ) のみと考えられていたが,HBoV はヒトに疾患を引き起こす新たなパルボウイルスと考えられている パルボウイルス亜科のウイルスの遺伝子構造は,NS1(nonstructural protein) と VP1/ VP2(viral capsid protein) の ORF(open reading frame) を共通に有すると考えられる HBoV はさらにもう一つの ORF(NP-1, nonstructural protein with unknown function) を有する 主要抗原の VP1/VP2 遺伝子の塩基配列は, 他のウイルスと同様に遺伝学的多様性を有し, 大きく 3 つのグループに分類されると考えられている HBoV は, 主に上気道炎, 下気道炎等の呼吸器疾患患者から世界各地で検出されているが, 気管支炎や肺炎患者からも検出されている 今までのところ, 多くの検出例は乳幼児である HBoV の検出頻度は, 急性呼吸器感染 (ARI) 患者の数 % と推定されている さらに, 消化器症状を呈する患者糞便からの検出報告もある 一方, 血清中の抗 HBoV 抗体保有調査から,5 歳までにはほとんど HBoV の感染を受けることが示唆されている なお, 本検査マニュアルにおいては, 上述のようなウイルス学的背景から, 遺伝子検出及び解析法を主体とした検査法を示す 2 ボカウイルス検査に関する一般的注意検査に際し, 感染性ウイルスの取り扱いは, バイオセーフティレベル (BSL)2 施設および安全キャビネット ( クラス IIA/IIB) 内で適切な操作を行うとともに, 使用済みの器具等は高圧蒸気滅菌処理などにより感染性を排除後, 実験区域から搬出しなければならない また, 臨床材料を取り扱うため,universal precaution に留意した操作を行うことが重要である 2-1 検査材料の採取 保存 HBoV の実験室内診断は, ウイルス特異遺伝子断片の増幅 検出を行うことが基本となる このため, 鼻腔吸引液 (Nps), 咽頭ぬぐい液 (Ts), などの検査材料が用いられる 採取 保存方法はそれぞれの項を参照されたい 2-2 検査材料の輸送 3

4 検査材料は採取容器から内容物が漏出しないような適切な包装をした後, 温度管理下 ( 一般に-80 o C 以下, 凍結状態の保持が困難な場合は非凍結状態で 4 に保持が望ましい ) で検査依頼機関へ送付される 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施行規則 ( 平成 10 年厚生労働省令第 99 号 ) 第 31 条の 36 第 1 項第打 2 号ホおよび第 4 号の規定に基づき, 特定病原体等の運搬に係る容器等に関する基準が定められ, 平成 19 年 6 月 1 日から適用されている ( kekkakukansenshou17/03.html) 検査材料には必要事項 ( 個体識別等 ) を明記するとともに, 送付リストを添付する 2-3 検査の進め方検査材料を受理した後, 直ちに検査が実施されることが望ましい 検査実施までに空白期間が生じる場合は, あらかじめ検査材料を適切に処理した後, 温度管理下 (-80 o C 以下が望ましい ) で保存する 遺伝子学的検査が実施され, 実験室内診断基準に準拠して診断がなされる 3 遺伝子検査 HBoV の分離培養はこれまで成功していないことから, 遺伝子検査 ( 特異的遺伝子の増幅 検出 ) が実施される 現在,HBoV の遺伝子診断には, 種々の方法が用いられており, これらの各々について比較検討することは困難であるため, 本マニュアルでは, 以下の方法について示す 3-1 材料及び試薬共通 : 滅菌マイクロピペット (10, 20, 1000μl) 滅菌微量遠心チューブ (0.2, 0.5, 1.5mL) マイクロ遠心機,RNase-free 滅菌蒸留水 ( ニッポンジーン, Cat.No ) DNA 抽出 :99% エタノール,QIAamp Vial RNA Mini Kit(QIAGEN,Cat.No.52904) PCR 反応 :ExTaq(TaKaRa Code RR001) プライマー, サーマルサイクラー, 電気泳動装置,UV 照射写真撮影装置, 電気泳動用アガロース, 分子量マーカー, ローディングバッファー,1 TAE バッファー, エチジウムブロマイド PCR 産物の精製 :QIAquick PCR purification kit(qiagen,cat.no.28104), 99% エタノールシークエンス :ABI PRISM BigDye Terminator Ver 1.1 Cycle sequencing kit(applied Biosystems, Cat.No ),BigDye XTerminator 精製 4

5 キット (Applied Biosystems Cat.No ), ボルテックス ミキサー 3-2 DNA 抽出ウイルス DNA 抽出は, それぞれの施設で一般に用いる方法でよいが, ここでは QIAamp Vial RNA Mini Kit(QIAGEN) を用いた方法を示す DNA 抽出 DNA と RNA を同時に抽出出来るものを用いると他のウイルス検索にも用いることができる 使用前に行う以下の試薬の調整を行う (1) 臨床検体を室温 (15~20 o C) に戻す (2) Buffer AW1 Kit(Cat.No.51104) に % エタノールを 25mL 加える (3) Buffer AW2 Kit(Cat.No.51104) に % エタノールを 30mL 加える (4) Buffer AVL/Carrier RNA をサンプル数にあわせて調整する 以下の操作は全て室温で行う (1) 1.5mL チューブに Buffer AVL/Carrier RNA560μl を加える (2) 検体 140μl と Buffer を充分に混合するため 15 秒間ボルテックスミキサーにて振盪混和後, 室温 (15~20 o C) に 10 分間静置する チューブをスピンダウンする (3) エタノール (96-100%)560μl をチューブに加え, ボルテックスミキサーにて震盪混和後, チューブをスピンダウンする 液が混濁した時は再度 9,000g (10,000rpm) で 5 分間遠心する (4) (3) の液 630μl を QIAamp スピンカラム ( キットに添付 ) に注入し, 蓋を閉め, 6,000 g(8,000rpm) で 1 分間遠心する QIAamp スピンカラムを新しい 2mL のチューブに移し, 残りの (3) の液 630μl を入れ, 同様に遠心し, すべての液がなくなるまで行う (5) QIAamp スピンカラムを開け,Buffer AW1 を 500μl 入れる (6) 蓋を閉め,6,000 g(8,000rpm) で 1 分間遠心する (7) QIAamp スピンカラムに Buffer AW2 を 500μl 加え,20,000 g(14,000rpm) で 3 分間遠心する (8) QIAamp スピンカラムを新しい蓋付き 1.5mL チューブに移し, ろ液の入っているチューブは捨てる QIAamp スピンカラムの蓋を開け, 室温に戻した Buffer AVE 60μl を加え, 蓋を閉めて 1 分間おいた後,6,000 g(8,000rpm) で 1 分間遠心する (9) このろ液が抽出 DNA であり,RNA も含まれている 抽出 RNA は-80 での保存が望ましいが,-20 o C 以下で約 1 年間安定である PCR 反応 5

6 ここでは T.Allander らが報告した HBoV の NP1 領域の 354bp を標的として PCR 反応を行う PCR プライマー 188F:5 -GAGCTCTGTAAGTACTATTAC-3 (nt position ) 542R:5 -CTCTGTGTTGACTGAATACAG-3 (nt position ) 反応液 試薬 50μl 系 Distilled Water μl 10 Ex TaqTM buffer 5 μl 2.5mMdNTP 4 μl 188F primer(25μm) 1 μl 542R primer(25μm) 1 μl EX Taq (5unit/μ l) 0.25 μl DNA 抽出液 5 μl 計 50 μl 反応条件 94 10min 94 1min 54 1min 35cycle 72 2min 72 5min PCR 産物のアガロースゲル電気泳動による確認 (1) 2.0% アガロースゲルを作成する (2) アガロースゲルのウェルに PCR 産物 5μl を入れる (3) 1 TAE バッファーで 100V,40-50 分間電気泳動する (4) エチジウムブロマイド溶液 ( 終濃度 100ng/mL) で 10 分間染色する (5) UV ライト上でバンドを確認する (6) ポライドカメラなどで記録する 6

7 BL 2 HBoV 陽性検体 3 陰性検体 4 陰性検体 5 HBoV 陽性検体 6~9 陰性検体 10 マーカー (100bp) PCR 産物の精製とシークエンス (1) 電気泳動の結果に基づいて PCR 産物を QIAquick PCR Purification Kit(QIAGEN) などにより精製する (2) 精製 PCR 産物を鋳型としたシークエンス PCR を行う (3) 反応後,BigDye XTerminator 精製キット 100 反応 (Applied Biosystems) などを用いて未反応ダイターミネーターを除去する この試料を DNA シークエンサーにより解析し, ウイルス遺伝子の塩基配列を決定する 反応液 試薬 10μl 系 Distilled Water 4 μl 5 Sequencing Buffer 2 μl Cycle Sequencing Mix 2 μl Primer(1.6μM) 1 μl Template 1 μl 計 10 μl 反応条件 96 o C 10sec 50 o C 5sec 25cycle 7

8 60 o C 4min 解析 シークエンスデータを解析し HBoV の同定を行う HBoV 全長ゲノム解析 HBoV は DNA ウイルスであり,NP1 領域のみの解析では分子系統樹作成は困難である 系統樹作成のために T.Chieochansin らが報告したプライマーを用い, 全領域遺伝子 ( 約 5.3kb) を 9 領域に分けて PCR を行い, 各々の領域の増幅産物を基に全長ゲノム解析を行う 8

9 全領域解析用 PCR プライマー Name Primer sequences (5'- 3') Position PCR products F5' F 5'- GCCGGCAGACATATTGGATT NS1R1 R 5'- GACGTGTAGCCAGAAGAGAT R5' R 5'- ACCACAAGCGTGGAGCTTTT For sequence only NS1F1 F 5'- GACTAAGCAAGAGGAATGCTA NS1R2 R 5'- TGACCAACGGCTAGAGGATT NS1F2 F 5'- CTTTACAGCTCTCACATATCTT NS1R3 R 5'- GTATCCGTTTTCGTGAAGTGT NS1F3 F 5'- CGACTGTACTCTGACAGGAT NP1R2 R 5'- CGAGTAGAGTGCCAGTAGAA NP1F2 F 5'- TATCGTCTTGCACTGCTTCG NP1R3 R 5'- AGAGTAGGCGTGATCATGTAA VPF1 F 5'- GATAACTGACGAGGAAATGCT VPR1 R 5'- AGTATGTCCATGGAGTTGTGA VPF2 F 5'- TTCAGAATGGTCACCTCTACA VPR2 R 5'- CTGTGCTTCCGTTTTGTCTTA VPF3 F 5'- AACTTTGACTGTGAATGGGTTA VPR3 R 5'- AAATAGTGCCTGGAGGATGAT VPF4 F 5'- ACCAAGGGCTGACAAACACA R3' R 5'- TGTACAACAACAACACATTAAAAG F3' F 5'- AAAGTGAAGGGTGACTGTAGT For sequence only 反応液 試薬 50μl 系 Distilled Water μl 10 Ex Taq buffer 5 μl 2.5mMdNTP 4 μl F primer(25μm) 1 μl R primer(25μm) 1 μl EX Taq (5unit/μ l) 0.25 μl DNA 抽出液 5 μl 計 50 μl 9

10 反応条件 94 3min min min 35cycle min 72 7min PCR 産物のアガロースゲル電気泳動による確認 (1) 2.0% アガロースゲルを作成する (2) アガロースゲルのウェルに PCR 産物 5μl を入れる (3) 1 TAE バッファーで 100V,40-50 分間電気泳動する (4) エチジウムブロマイド溶液 ( 終濃度 100ng/mL) で 10 分間染色する (5) UV ライト上でバンドを確認する (6) ポライドカメラなどで記録する PCR 産物の精製とシークエンス (1) 電気泳動の結果に基づいて PCR 産物を QIAquick PCR Purification Kit(QIAGEN) などにより精製する (2) 精製 PCR 産物を鋳型としたシークエンス PCR を行う (3) 反応後, BigDye XTerminator 精製キット 100 反応 (Applied Biosystems Cat.No ) などをもちいて未反応ダイターミネーターを除去する この試料を用い常法にて, ウイルス遺伝子の塩基配列を決定する 反応液 試薬 10μl 系 Distilled Water 5 μl 5 Sequencing Buffer 1 μl Cycle Sequencing Mix 2 μl Primer(1.6μM) 1 μl Template 1 μl 計 10 μl 反応条件 10

11 96 o C 10sec 50 o C 5sec 25cycle 60 o C 4min 塩基配列 系統樹解析アライメントは市販のソフトウエアあるいは Clustal W を用い, シークエンスデータのアライメント解析を行う このアライメントを基に分子系統樹を作成する ウイルス遺伝子の分子系統樹作成には近隣結合法 (N-J 法 ) を用いることが多い 系統樹を基に検出されたウイルスの分類を行うことも可能である ( 図参照 ) CRD2(DQ340570) st2(dq000496) BJ3064(DQ988933) F505 HBoV WH(FJ496754) Y143 HBoV CU6(EF203920) Y189 HBoV Y193 HBoV T13 HBoV S171 HBoV Group 1 CU8N(EU262978) CU49(EF203921) TW674_07(EU984244) S53 HBoV Group 2 Group 3 CU74(EF203922) Diversity HBoV の VP1/VP2 領域の分子系統樹 11

12 検査依頼先 全国都道府県 / 政令市衛生研究所 国立感染症研究所ウイルス第三部 東京都武蔵村山市学園 Tel: Fax: 緊急時 ( 実験室内暴露 ) の応急対応と事故対応基準 病原体検出マニュアル RS ウイルス の項に準じる 参考文献 1. Allander T, Tammi MT, Eriksson M, Bjerkner A, Tiveljung-Lindell A, Andersson B. Cloning of a human parvovirus by molecular screening of respiratory tract samples. Proc Natl Acad Sci;102: , Chieochansin T, Chutinimitkul S, Payungporn S, Hiranras T, Samransamruajkit R, Theamboolers A, Poovorawan Y. Complete coding sequences and phylogenetic analysis of Human Bocavirus (HBoV). Virus Res:129, 54-57, Endo R, Ishiguro N, Kikuta H, Teramoto S, Shirkoohi R, Ma X, Ebihara T, Ishiko H, and Ariga T. Seroepidemiology of Human Bocavirus in Hokkaido Prefecture, Japan. J Clin Microbiol: 45, , Hishinuma-Igarashi I, Mizuta K, Saito Y, Ohuchi Y, Noda M, Akiyama M, Sato H, Tsukagoshi H, Okabe N, Tashiro M, and Kimura H. Phylogenetic analysis of Human Bocavirus(HBoV) Detected From Childeren with Acute Respiratory Infection in Japan. J Infect: 58, , 執筆者一覧 12

13 水田克巳 ( 山形県衛生研究所 ) 五十嵐郁美 ( 福島県衛生研究所 ) 塚越博之 ( 群馬県衛生環境研究所 ) 平田明日美 ( 栃木県保健環境センター ) 大内好美 ( 滋賀県衛生科学センター ) 田中千香子 ( 滋賀県衛生科学センター ) 木村博一 ( 国立感染症研究所感染症情報センター ) 野田雅博 ( 国立感染症研究所ウイルス第三部 ) 監修田代眞人 ( 国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター ) 岡部信彦 ( 国立感染症研究所感染症情報センター ) 13

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