使徒パウロは この 反キリスト のことを 不法の人 つまり 滅びの子 と表現しています (Ⅱテサロニケ 2:3) 反キリストは サタンによって権威と力を与えられた息子的存在で さまざまな超能力を持って人々を惑わします ちなみに預言者ダニエルは これを 荒らす憎むべき ( 忌むべき ) 者 ( ダニエ
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- たつや いちぬの
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1 ダニエル書は終末についてどのように語っているか No.3 七十週目に登場する反キリストの正体 神のご計画のマスタープランに登場する人物のプロフィールー ベレーシート 先週は ダニエルの 七十週の預言 の中の最後の一週 ( 第七十週目 ) に登場する ふたりの証人 について 学びました 彼らはユダヤ人たちの目をメシアに向けるために神から遣わされた伝道者たちでした 今朝は 同じく 第七十週目 に登場する 反キリスト の正体について学びます 反キリスト ということばは 聖書ではヨハネの手紙の中にしか出て来ないことばです(Ⅰヨハネ 2:22) ギリシア語では アンティクリストス (άντίχριστος) です クリストスの頭についている アンティ (άντί) という意味は 反対する 敵対する という意味と ~に代わって という意味合いがあります 英語では instead of~ になります したがって 反キリストとは キリストに敵対する者 という意味だけでなく キリストに代わる者 あるいは キリストの代替的存在 ということになります ですから 多くの人々から 救世主 として歓迎される存在ともなるのです テサロニケ人への手紙第二では 反キリストは すべて神と呼ばれるもの 礼拝されるものに反抗して その上に自分を高く上げ 神の宮の中に座を設け 自分こそが神であると宣言するようになる (Ⅱテサロニケ 2:4) とパウロは述べています また 反キリストはあらゆる偽りの力 しるしと不思議を行なうとも預言されています (Ⅱテサロニケ2 章参照 ) この 反キリスト の出現は 終わりの時が来たことのしるしとされています (Ⅰヨハネ 2:18) 11
2 使徒パウロは この 反キリスト のことを 不法の人 つまり 滅びの子 と表現しています (Ⅱテサロニケ 2:3) 反キリストは サタンによって権威と力を与えられた息子的存在で さまざまな超能力を持って人々を惑わします ちなみに預言者ダニエルは これを 荒らす憎むべき ( 忌むべき ) 者 ( ダニエル 9:27) と言い 同じく御子イエスも彼についてそのように語っています ( マタイ 23:15) 1. 反キリストは サタンの子 ( 息子 = 化身 ) 反キリストの正体を知るために まずは創世記 3 章 15 節を見てみましょう そこには アダムとその妻に 罪を犯させた蛇に対する神の預言があります ここは原始福音 ( 聖書における最初の福音 ) とも言われる所です わたしは おまえと女との間に また おまえの子孫と女の子孫との間に 敵意を置く 彼は おまえの頭を踏み砕き おまえは 彼のかかとにかみつく 文法的には ここは同義的並行法が取られています おまえと女との間 が おまえの子孫と女の子孫 に言い換えられています 子孫 ( ゼラ ז ר ע ) はどちらも単数形です つまり 蛇の子孫とは 反キリス ト のことで 女の子孫とは イェシュア のことです ここでわざわざ 女の子孫 と言っているので 男性と関係なく生まれる子孫です とすれば それはやがて処女マリアから生まれるイェシュアを意味します (1) 最初のサタンの策略 蛇であるサタンにとって この女の子孫が出現するならば 自分の頭を踏み砕かれることになるので なんとかその女の子孫の出現を阻止しようと図るのは当然のことです そこでまず狡猾な蛇であるサタンが計画したことは 人間の子孫を作らせないようにすることでした そのことを学ぶために 創世記 6 章を開きます 6:1 さて 人が地上にふえ始め 彼らに娘たちが生まれたとき 6:2 神の子らは 人の娘たちが いかにも美しいのを見て その中から好きな者を選んで 自分たちの妻とした 6:4 神の子らが 人の娘たちのところに入り 彼らに子どもができたころ またその後にも ネフィリムが地上にいた これらは 昔の勇士であり 名のある者たちであった 4 節のみ 新共同訳 6:4 当時もその後も 地上にはネフィリムがいた これは 神の子らが人の娘たちのところに 入って産ませた者であり 大昔の名高い英雄たちであった 実はこの出来事があって 主なる神はノアとその家族を箱舟に入れて 洪水によって この地上のすべてを リセットしようとされたのです 6 章 2 節にある 神の子ら とは何者なのでしょう 彼らは 人の娘たち と対比されています とする 12
3 と この 神の子ら は天的存在です いわば 堕天使たちです この堕天使は 人間の娘たちが美しいのを 見て 大きな罪を犯します つまり 人間の娘たちと通じて 子どもを生んだのです それが ネフリィム という力ある者 昔の勇士 巨人たちでした 神の子ら ということばはヨブ記の 1 章の天上における会議の場面にでてきます 6 節 ある日 神の子らが主の前に来て立ったとき サタンも来てその中にいた ( ヨブ記 1:6) とあります 地上のヨブの知らないところで 主である神とサタンがヨブのことでやり取りしている場面です その場面に 神の子ら がいたのですから 創世記 6 章の 神の子ら という言葉も 同じく天的な存在である御使いと言えます ただ創世記 6 章の場合の 神の子ら とは サタンの支配にある御使い つまり堕天使です そしてその堕天使と人間の娘の間に生まれる者がみな ネフィリム になるということはどういうことなのでしょうか ロバ ( 雄 ) と馬 ( 雌 ) とを掛け合わせると 騾馬 ( ラバ ) が生まれます ロバと馬の両方の良い面を備えた強い家畜です ところが この騾馬にはひとつ弱点があります その弱点とは子孫を残せないということです 堕天使と人間の娘が結婚して生まれた子どもは 子孫を作れないとすれば サタンと敵意関係を持つことになる女は存在しなくなります つまり 女の子孫は おまえの頭を踏み砕く という神のご計画はそこで阻止されてしまうのです このサタンの策略を打ち砕くために 神は心を痛めながら 洪水によって滅ぼし 人類の将来をノアとその家族にゆだねたのです これが ノアの洪水 の出来事の背景にあるものです (2) 神の御子を十字架につけるという策略 サタンの策略は やがて 女の子孫 である御子イェシュアを十字架で殺すことによって神のご計画を阻止しようとしますが そこでも失敗します なぜなら御子は死からよみがえられたからです サタンの策略はかたちを変えながら 何度も何度も歴史の中で繰り返されます ( たとえば 反ユダヤ主義 ユダヤ人滅亡計画 置換神学などによって ) しかし どれもこれもことごとく失敗します そして 終わりの日におけるサタンの最後の切り札として サタンの息子ともいうべき 反キリスト をこの世におくるのです (3) 悪の三位一体 ( サタン 反キリスト 偽預言者 ) 右の図は 神の聖三位一体と それと対比するサタンの悪の三位一体です 御霊が人々をキリストに導かれるように助けると同様に 偽預言者 ( 黙示録 13:11~17) は 反キリストに人々が従うように惑わします ここにある 御子 は 女の子孫 であり 反キリスト は サタンの子孫 です 御子が御父から権威と力が与えられているように 反キリストもサタンから権威と力が与えられているのです ですから どちらも超人的な霊的な力をもっています 聖三位一体もゆるぎない絆で結ばれていますが 同様に 悪の三位一体にもゆるぎない絆があります 13
4 2. 反キリストによる全世界の支配 (1) 反キリストの本領を発揮し 自分を神と宣言して拝ませる 悪の三位一体でのサタンは 竜 という象徴で表わされ 反キリスト は 獣 という象徴で表わされます ヨハネ黙示録 13 章 2 節には 竜はこの獣に 自分の力と大きな権威とを与えた と記されています そして この獣は 傲慢なことを言い けがしごとを言う口を与えられ 四十二か月 ( 三年半 ) 活動する権威を与えられた とあります ( 黙示録 13:5) ただしこの四十二か月は 一週の後半の三年半です 最後の一週 ( 七年間 ) を 患難時代 と呼びますが 特に 後半の三年半は 大患難期 と言われます Ⅱテサロニケ 2 章 2~4 節 2:2 主の日がすでに来たかのように言われるのを聞いて すぐに落ち着きを失ったり 心を騒がせたりしないでください 2:3 だれにも どのようにも だまされないようにしなさい なぜなら まず背教が起こり 不法の人 すなわち滅びの子が現れなければ 主の日は来ないからです 2:4 彼は すべて神と呼ばれるもの また礼拝されるものに反抗し その上に自分を高く上げ 神の宮の中に座を設け 自分こそ神であると宣言します 4 節にある 神の宮 とは 第三神殿がすでに建っていると考えられます そこに自分の座を設けて 自分が神であることを宣言するのです それは後半の三年半の 大患難期 の始まりです しかし注目すべきことは 反キリストがサタンの化身として本領を発揮できるのはわずか三年半だけだということです とはいえ 人類はこの三年半だけでも 神からの自由を選んで獣を拝んだ愚かさを十分に経験させられることになるのです 黙示録 13 章 7~8 節 7 彼はまた聖徒たちに戦いをいどんで打ち勝つことが許され また あらゆる部族 民族 国語 国民を支配する権威を与えられた 8 地に住む者で ほふられた小羊のいのちの書に 世の初めからその名の書きしるされていない者はみな 彼を拝むようになる もし 御霊の証印を押されている者であれば いのちの書に書き記されており 反キリストが登場してこの世を支配することになったとしても 神がなんらかの形で守られると考えられます ですから安心しましょう むしろ 今という時点でイェシュアをキリストと信じる者は無条件に神の子どもとされて 御霊による証印を押されます 14
5 (2) サタンの 6 という数字に対する愛着 サタンは自分の化身である反キリスト ( 獣 ) を通して 全世界を自分の支配下に置くのです つまり 獣の独裁政治 となります 偽預言者はこの獣を拝まない者をみな殺させ すべての人々に その右手かその額に獣の名 あるいは その名の数字 (666) の刻印を受けさせ その数字の刻印を持っている者以外は だれも 買うことも 売ることもできないようにします ( 黙示録 13:15~17) つまり この刻印を受けていないと社会システムの中では生きられないということなのです しかし この刻印を受けるということは 反キリストが神であることを自ら認めたことを意味します ですから 知らずに刻印を受けていたということはありません それゆえに 刻印を受けることは神の怒りにふれることになります ところで この 666 という獣の数字はとても有名です 何ゆえに 666 なのでしょうか それは 言葉 ( 文字 ) を数字に変えることで 深い意味をもたせている数の暗号 ( ゲマトリア ) です 6 は 三位一体の第 1 位格 第 2 位格 第 3 位格の数 1, 2, 3 の合計に等しい数です かけ合せたものにも等しい数です 6= =1 2 3 つまり サタンは明らかに 6 という数字を用いて 三位一体なる神の真似をしようとしているのです さらに イェシュアはサタンを 偽りの父 と呼びましたが ( ヨハネ 8:44) 父 のヘブル語は アバ ですが それをギリシア語表記にすると αββα となり これを数字に変換すると =6 となります サタンは 偽りの父 です 神の真似をしようとしているのです サタンは 6 や 666 を好んで用います たとえば バビロンの王ネブカデネザルは 金の像を作り それを拝ませようとしました その金の像の高さは 60 キュビト 幅は 6 キュビトでした ( ダニエル 3:1) またこの偶像のまわりではさまざまな楽器が演奏されましたが その楽器の数は 6 つでした ( ダニエル 3:5) そして 終わりの日の反キリスト( 獣 ) の後半の活動期間である 42 ヶ月 ( 三年半 ) も 42=6 6+6 で表わすことができるのです 刻印 ( カラグマ χάραγμα) ということばは黙示録では 7 回使われています (13:16, 17/14:9, 11/16:2/19:20/20:4) この獣の刻印をひとたび受けた者は 決して救われることはできません 彼らはひどい悪性のはれものに悩まされ やがては火と硫黄で永遠に苦しめられます しかし この獣を拝まず この獣の刻印を押されなかった人たちは 当然 殉教しますが 彼らは千年王国においてよみがえり キリストとともに千年の間王となることが預言されています ( 黙示録 20:4) とすれば たとえ殉教してでも 獣の側につかないことです 獣 が現われる時には 多くの人から 救世主 のようにあがめられる存在となります まさに平和を実現する者として人々から歓迎されます ユダヤ人の指導者とも七年の平和条約を結びますが その平和は偽りです ひとたび 獣 が世界の権力を握ると身を翻して 契約を破り 自らを神とするのです 3. 反キリストの現われの前に携挙がある どのようなプロセスで反キリストが現われるか そのことについてお話ししたいと思います 結論を先に言いますと 反キリストが現われる前に キリスト者は携挙されるということをお話ししたいと思います 実は これから話すことが今回のハイライトです テキストはⅡテサロニケ 2 章です ( 別のプリント参照 ) 15
6 テサロニケの手紙第二が なぜ書かれたのかと言えば イェシュアが再び来られること すなわち キリストの再臨 と 私たち すなわち 聖徒 が主のみもとに集められること すなわち 携挙 に関して テサロニケ教会の中に混乱が生じていたからです 換言すると テサロニケ教会の中に 聖徒を天に引き上げるためのキリストの空中再臨と 大患難期の後に反キリストを滅ぼすために再臨されるキリストの地上再臨とを 混同する者たちが現われたことで それを明確にするためにパウロはこの手紙 ( 第二 ) を書いたのです テサロニケの教会に対して 主の日 がすでに来たということを聞いても 落ち着きを失ったり 心を騒がせたりしないように だまされないようにしてください とパウロは言っています つまりパウロは 主の日 が来るには 決まった順序があるということを教えようとしているのです その順序とは 新改訳によれば (1) まず背教が起こる (2) 不法の人( 反キリスト 滅びの子 ) が現われる (3) そして 主の日 つまりキリストの再臨が来る ここで問題なのは まずは背教が起こる と訳されていることです この 背教 と訳された原語は へ (ή) アポスタシア(άποστασία) です アポスタシアは 離れる を意味する アポ と 立つ を意味する ヒステーミ の合成語で 離れて立つ という意味です ですから ここは まず その離別 と訳すべきだとエマオ出版の山岸登氏は注解しています 冠詞付の離別 とは 離れる事 すなわち 携挙 を意味しています それゆえここを 背教 と訳すことは誤りだとしています ちなみに 新共同訳も 反逆 と訳しています これも間違いということになります 2 章 1 節に 私たちが主のみもとに集められること とありますから ここは ( 主の日が来る前に ) まずその離別 ( 携挙 ) があり その次にあの不法の人 すなわち 滅びの子 が現われなければならないからです と訳すべきだとしています アポスタシア についてのこの見解は 英訳聖書の翻訳の歴史においも KJV 訳以来 離れる 離れること と訳されて来たと山岸氏は述べています もしこの見解が正しければ 患難期前再臨 ( 空中再臨による携挙 ) 説の有力な聖書的根拠となります もうひとつ このことに関する重要な節の理解として 6 節と 7 節があります 新改訳では 6 あなたがたが知っているとおり 彼がその定められた時に現れるようにと いま引き止めているものがあるのです 7 不法の秘密はすでに働いています しかし今は引き止める者があって 自分が取り除かれる時まで引き止めているのです 8 その時になると 不法の人が現れますが 上記の太文字でしるされている箇所 いま引き止めているものがある しかし今引き止める者があって 自分が取り除かれる時まで引き止めている ということばはどういう意味なのでしょうか それは 不法の人が彼に定められている時に姿を現わすのを 引き止めている者があるということです すでに神に反逆する働きはひそかになされてはいても それが公然となされるために 引き止めている者がまず取り除かれる つまり 引き止めているものがその役から身を引かされる時 はじめて恐るべき不法を働く者 ( 反キリスト ) が必 16
7 ず現われるということです とすれば 引き止めているのは 教会のことだと考えられます 4. 反キリストの最期 反キリストの最期は キリストの再臨によってもたらされます 神とサタンの最終決戦の場は ハルマゲドン です ハル はヘブル語で 山 の意です マゲドン は メギド で メギドの山 となります そこに悪の勢力が最終的に神と対決するために集結します しかし そこで神の最終的な勝利が確定し 千年王国が到来します メシア王国の実現です サタンは千年の間 底知れぬところに投げ込まれます この千年王国の祝福については 時を改めて 学びたいと思います 17
シリーズ キリストの再臨と終末の預言 -No.2( 改訂 ) キリストの空中再臨と教会の携挙 ( その二 ) 教会の 携挙 についての聖書的根拠 ベレーシート 前回は シリーズ キリストの再臨と終末の預言 の第一回目として キリストの空中再臨と教会の携挙 について学びました このことはとても重要な教
シリーズ キリストの再臨と終末の預言 -No.2( 改訂 ) キリストの空中再臨と教会の携挙 ( その二 ) 教会の 携挙 についての聖書的根拠 ベレーシート 前回は シリーズ キリストの再臨と終末の預言 の第一回目として キリストの空中再臨と教会の携挙 について学びました このことはとても重要な教えであり キリストを信じる者にとって大きな慰めとなります 第二回目では この 携挙 についての教えを
2011 年 06 月 26 日 ( 日 ) 27 日 ( 月 )26 ローマ人への手紙 7:14~25 律法からの解放 (3) ロマ書 7 章クリスチャン 1. はじめに (1) 聖化 に関する 5 回目の学びである 1 最大の悲劇は 律法を行うことによって聖化を達成しようとすること 2この理解は
律法からの解放 (3) ロマ書 7 章クリスチャン 1. はじめに (1) 聖化 に関する 5 回目の学びである 1 最大の悲劇は 律法を行うことによって聖化を達成しようとすること 2この理解は クリスチャン生活を律法主義的生活に追い込む (2) 一見矛盾したように聞こえるイエスの約束 1ヨハ 10:10 盗人が来るのは ただ盗んだり 殺したり 滅ぼしたりするだけのためです わたしが来たのは 羊がいのちを得
ダニエル書は終末についてどのように語っているか No.2 御使いガブリエルが告げた 七十週 の預言 聖書箇所 9 章 20 節 ~27 節 はじめに 前回はダニエル書 2 章から バビロンの王ネブカデネザルの見た正夢に ついて学びました その正夢は終わりの日に起こることを示されたものでした ダニエル
ダニエル書は終末についてどのように語っているか No.2 御使いガブリエルが告げた 七十週 の預言 聖書箇所 9 章 20 節 ~27 節 はじめに 前回はダニエル書 2 章から バビロンの王ネブカデネザルの見た正夢に ついて学びました その正夢は終わりの日に起こることを示されたものでした ダニエル書は終末について どのように教えているか 今回はダニエル書 9 章から 七十週の預言 について学びます
Rev 17:2 地の王たちは この女と不品行を行い 地に住む人々も この女の不品行のぶどう酒に酔ったのです (1) 大淫婦と不品行 1 旧約聖書では 淫婦 は 偽の宗教 を象徴する言葉である 2 淫行 は 偶像礼拝を象徴する言葉である 霊的姦淫である * 通常は 真の神を信じると告白しながら 偶像
宗教的バビロンの崩壊 黙 17:1~18 1. はじめに (1) キリストの再臨の前に何が起こるかを見ている 115 章 ~16 章では 大患難時代後半の 3 年半に起こる出来事が取り上げられた *16 章は 第 7 のラッパの裁きである * 第 7 のラッパの裁き = 7 つの鉢の裁き で 最も激しい裁きである 27 つ鉢の裁きに続く出来事が キリストの再臨である (19 章 ) (2)17 章と
(1) 千年王国の最後に サタンが底知れぬ所から再び解き放たれる 1 その理由は 再び人類を試すためである 2 神は 人類がいかに堕落しているかを証明される (2) 千年王国にも罪は存在する 1 千年王国が始まった時点では 未信者は存在しない 2 千年王国では ほぼ理想に近いような生活環境が実現する
白い御座の裁き 黙 20:7~15 1. はじめに (1) これまでの復習 1 大患難時代を扱っているのは 6~18 章 2 再臨を扱っているのは 19 章 3 千年王国を扱っているのは 20 章 *20:1~6 千年王国 *20:7~10 サタンの反乱 *20:11~15 白い御座の裁き 421 章に入ると 新しい天と新しい地が登場する * 黙示 20 章がなければ メシア的王国が永遠の御国だと誤解してしまう
2013 年 3 月 10 日 ( 日 ) 11 日 ( 月 ) 51 回目 Ⅵ-054 山上の垂訓 山上の垂訓 054 マタ 5:1~2 ルカ 6:17~19 1. はじめに (1) 呼び名について 1マタ 5:1~8:1 は 通常 山上の垂訓 ( 説教 ) と呼ばれる 2しかし この名称は 説教
054 マタ 5:1~2 ルカ 6:17~19 1. はじめに (1) 呼び名について 1マタ 5:1~8:1 は 通常 山上の垂訓 ( 説教 ) と呼ばれる 2しかし この名称は 説教が語られた場所を指しているだけである * ルカの福音書では 平らな所 となっている 3 本当は 内容を表現する命名の方がよい * メシアによる律法解釈 * 律法を正しく解釈するメシアの権威 (2) マタイとルカの比較
* ユダヤ人の歴史家ヨセフスもまた同じような書き方をしている 5 テオピロは ルカの執筆活動を支援するパトロンであった可能性が高い 6 もしそうなら テオピロはローマ人クリスチャンであったと思われる (2)1~2 節は ルカの福音書の要約である 1 前の書 というのは ルカの福音書 のことである 2
前書き (2) 使徒 1:1~5 1. はじめに (1) 新約聖書の約 25 パーセントがルカの著作である 1 ルカの福音書と使徒の働きは 前編と後編の関係にある (2) この書が書かれた目的は何か 1 歴史的目的 2 神学的目的 3 弁証論的目的 2. アウトライン (1) 献呈の辞 (1~2 節 ) (2) 復活後のイエスの奉仕 (3 節 ) (3) 使徒たちへの命令 (4~5 節 ) 結論 :
神学総合演習・聖霊降臨後最終主日 2005/11/16
知多教会説教 主の洗礼日 イザヤ書 42:1-7 使徒言行録 10:34-38 ルカによる福音書 3:15-22 2016/01/10 知多教会牧師 : 花城裕一朗 聖霊が目に見える姿で 私たちの父である神と主イエス キリストからの恵みと平和が あなた がたにあるように アーメーン 本日の第一の日課において 預言者イザヤは言いました ( イザヤ 42:1) 見よ わたしの僕 わたしが支える者を わたしが選び
創世記5 創世記2章4節b~25
ローマ教会との関係 (2) 1. はじめに (1) あいさつ (1~7 節 ) (2) ローマ教会との関係 (8~15 節 ) 1 心の絆 の構築 2 前回は 1:8~12 を扱った * 感謝の人パウロ * 祈りの人パウロ * 使命の人パウロ 3 今回は 1:13~15 までを扱う 4パウロの使命意識 ( 例話 ) タイガーマスク現象 2. メッセージのアウトライン (1) 異邦人の使徒 (2) 負債を負った人
2016 年 10 月 2 日 ( 日 ) 3 日 ( 月 ) 7 回 フィラデルフィアの教会 フィラデルフィアにある教会 黙 3:7~13 1. はじめに (1) 黙示録の 3 区分 1 黙 1:19 は 黙示録を 3 区分している Rev 1:19 そこで あなたの見た事 今ある事 この後に起こ
フィラデルフィアにある教会 黙 3:7~13 1. はじめに (1) 黙示録の 3 区分 1 黙 1:19 は 黙示録を 3 区分している Rev 1:19 そこで あなたの見た事 今ある事 この後に起こる事を書きしるせ 1 今ある事 (2~3 章 ) の内容は アジアにある 7 つの教会への手紙である 2 今回は フィラデルフィアにある教会を取り上げる 2. アウトライン (1) フィラデルフィアにある教会
Microsoft Word - ◎中高科
牧羊者 2014 年度第 Ⅰ 巻 中高科へのヒント 4~6 月 4 / 6 (4/6,4/13,/11,6/8,6/22 後藤健一師 4/20~/4,/18~6/1,6/1,6/29 石田高保師 ) 1. この世の中で イエス様を信じて従って生きていく時に つらいと思う時はありますか もし あるとしたら それはどんな時ですか 1. 弟子たちはイエス様について何と言っていますか (29~30) 2.
2012 年 1 月 22 日 ( 日 ) 23 日 ( 月 )54 ローマ人への手紙 15:4~13 希望から希望へ 1. はじめに (1) 文脈の確認 11~8 章が教理 29~11 章がイスラエルの救い 312~16 章が適用 (2)14:1~15:13 は 雑多な問題を扱っている 1 超道徳
希望から希望へ 1. はじめに (1) 文脈の確認 11~8 章が教理 29~11 章がイスラエルの救い 312~16 章が適用 (2)14:1~15:13 は 雑多な問題を扱っている 1 超道徳的なテーマ それ自体は 良くも悪くもない 2 聖書が明確に指示していない グレーゾーン である 32 次的なことのついては 互いに裁き合わない ( 例話 ) 前回のアンケートの紹介 (3) きょうの箇所は
2017 年 10 月 8 日 ( 日 ) 9 日 ( 月 ) 15 回さらにすぐれた契約 さらにすぐれた契約 ヘブル 8:1~13 1. はじめに (1) この手紙が書かれた理由を再確認する 1 信仰が後退しつつあった第 2 世代のメシアニック ジューたちへの励まし (2) ユダヤ教の 3 つの柱
さらにすぐれた契約 ヘブル 8:1~13 1. はじめに (1) この手紙が書かれた理由を再確認する 1 信仰が後退しつつあった第 2 世代のメシアニック ジューたちへの励まし (2) ユダヤ教の 3 つの柱は 天使 モーセ レビ的祭司である 1 御子は 天使に勝るお方であることが証明された 2 御子は モーセに勝るお方であることも証明された 3 御子は アロンに勝るお方であることの証明が続いている
2011 年 07 月 17 日 ( 日 ) 18 日 ( 月 )29 ローマ人への手紙 8:12~17 聖化の力 ( 聖霊 )(3) 養子の霊 1. はじめに (1) 聖化 に関する 8 回目の学びである 最終回 1 最大の悲劇は 律法を行うことによって聖化を達成しようとすること 2この理解は ク
聖化の力 ( 聖霊 )(3) 養子の霊 1. はじめに (1) 聖化 に関する 8 回目の学びである 最終回 1 最大の悲劇は 律法を行うことによって聖化を達成しようとすること 2この理解は クリスチャン生活を律法主義的生活に追い込む (2) 救いの 3 つの側面は すべて信仰により 恵みによって達成される 1 義認 ( 過去形 ) 2 聖化 ( 現在進行形 ) 3 栄化 ( 未来形 ) (3) 今回は
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第一コリントの信徒への手紙クラス 十字架の言葉は神の力です 第一コリント 1:18 東京キリストの教会 クラス 5 13 章 : 愛の道 14 章 : 霊的な賜物を生かす 15 章 : イエスの復活の力 16 章 : まとめの言葉 1) 最初の訪問 教会の設立 50A.D. から約一年半滞在した ( 使徒 18:11) パウロは一年六か月の間ここにとどまって 人々に神の言葉を教えた 2) 最初の手紙
2011年度 牧羊者 第Ⅳ巻
牧羊者 2017 年度第 Ⅰ 巻 中高科へのヒント ~ 月 ( 後藤健一 /2~9,/21,/11~18 石田高保 /1~/7,28~/ 三輪正見 /1,/2) / 2 1. この世の中で イエス様を信じて従って生きていく時に つらいと思う時はありま すか もし あるとしたら それはどんな時ですか 1. 弟子たちはイエス様について何と言っていますか (29~30) 2. イエス様は弟子たちのこれからの事について何と語られていますか
2 奇跡 3 父 4 聖書 4. メッセージのゴール (1) イエスを誰だと言うか (2) イエスを信じる者の幸いとは何か このメッセージは イエスの業と主張について考えようとするものである Ⅰ. イエスと父は一体である (19~29 節 ) 1. 行動において まことに まことに あなたがたに告げ
(2) 049 ヨハ 5:19~47 1. はじめに (1) 難解な箇所であり 困難を覚える (2) 口伝律法の中の安息日に関する論争が始まる 138 年間病気であった人の癒しをきっかけに 論争が始まる 2 49~51 まで 安息日論争が続く (3)A.T. ロバートソンの調和表イエスは 安息日に病人を癒し パリサイ人たちに対して自らの行動を弁護する ( 49)( 今回は 5:19~47 を取り上げる
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Bible Forum in KOBE ~KOBE MOTOMACHI Bible Forum~ ~KOBE Bible Forum~ ニックネーム KBF( 神戸ビーフ ) KMBF( コンビーフ ) 第 3 回 神戸元町聖書フォーラム クレイ聖書解説コレクション ヨハネの黙示録 講解 黙示録 4:1~5:14 2016/3/26( 土 ) お願い! このパワーポイント資料は Clay クレイ聖書解説コレクション
付録 C の 1 Page 1 of 9 10/26/2003 付録 C クリスチャン ギリシア語聖書における Kyrios 新世界訳聖書は ギリシア語 Kyrios( ) をさまざ
Page 1 of 9 付録 C クリスチャン ギリシア語聖書における Kyrios 新世界訳聖書は ギリシア語 Kyrios( ) をさまざまな英語の名詞に訳している この付録では クリスチャン ギリシア語聖書のギリシア語テキストに出現するKyriosのすべてを一覧にしている ( モールトンとゲデンが書いた ギリシャ語聖書語句索引 ( J20 として王国行間逐語訳に参照されている ) は ギリシア語の名詞
2 イエスの戒めを守るなら イエスの愛に留まることになる (2) その教えを話した理由は 弟子たちが喜びに満たされるためである 1イエスは 自分が経験している喜びを弟子たちに与えようとしている 2イエスの喜びは 父なる神への従順 ( 喜ばせること ) によって生まれる 3ヘブ 12:2 Heb 12
ヨハ 15:11~17 1. はじめに (1) 文脈の確認 1 最後の晩餐の後 イエスの最後の長い説教が続く 2ヨハネだけが記している * ヨハ 14 章二階部屋で語られた * ヨハ 15 16 章ゲツセマネの園に向かう途中で語られた 3 人類救済計画の時代区分 ( ディスペンセーション ) が移行しつつある 4 城壁の南側を通って 東に向かわれた * 数時間後には 逮捕されることになっている (2)A.T.
2008 年 7 月 13 日 ( 日 ) 14 日 ( 月 ) ハーベストフォーラム東京創世記 6 創世記 6 創世記 2 章 4 節 b~25 エデンの園に置かれた人 イントロ : 1. 前回の復習 : ここまでで創造の 7 日間について学んだ (1) カオスからの創造であった (2) 神は 6
創世記 6 創世記 2 章 4 節 b~25 エデンの園に置かれた人 イントロ : 1. 前回の復習 : ここまでで創造の 7 日間について学んだ (1) カオスからの創造であった (2) 神は 6 日間ですべてのものを創造し 7 日目に休まれた (4) 創世記 1:1~2:3 までが創世記全体のイントロダクション ( プロローグ ) (5) 創世記は 11 のトルドットに分かれる 1トルドットの意味は
第86回日本感染症学会総会学術集会後抄録(I)
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* オバデヤがヨエルやエレミヤよりも前の預言者であることを考えると 前者の可能性が高いと思われる * オバデヤ書は 前 845 年前後に執筆されたと考えてよいだろう 4オバデヤは 小預言書の 12 人の預言者の中で最初に登場する預言者である (4) オバデヤ書のテーマ 1イスラエルに敵対する不信仰な
60 分でわかる旧約聖書 (31) オバデヤ書 1. はじめに (1) オバデヤ書の位置づけ 1 大預言書 (the Major Prophets) * イザヤ書 エレミヤ書 哀歌 エゼキエル書 ダニエル書 2 小預言書 (the Minor Prophets) * ホセア書からマラキ書までの 12 書 3オバデヤ書は 捕囚期前預言書 (12) のひとつである 4 旧約聖書で最も短い書である 21
2010 年 年フルクテンバウムセミナー フルクテンバウムセミナー 天使論 サタン論 悪霊論 講師 アーノルド フルクテンバウム博士 通訳 中川健一
2010 年 年フルクテンバウムセミナー フルクテンバウムセミナー 天使論 サタン論 悪霊論 講師 アーノルド フルクテンバウム博士 通訳 中川健一 2010 年フルクテンバウムセミナー天使論 サタン論 悪霊論 天使論 講師 : アーノルド フルクテンバウム博士 通訳 : 中川健一 目次 天使論 目 次 イントロダクション... 1 Ⅰ. 天使の存在... 1 Ⅱ. 天使の名前... 2 Ⅲ. 天使の創造...
* ダニエル書 3 捕囚期後 (3) * ハガイ書 * ゼカリヤ書 * マラキ書 (5) 預言者たちが語ったメッセージの要約 1 神の主権と聖なるご性質 2 契約の民イスラエルの不従順の罪 3 悔い改めへの招き 4 迫り来る神の裁きと捕囚 5イスラエルの民を攻撃する周辺国への裁き 6 捕囚からのレム
60 分でわかる旧約聖書 (23) イザヤ書 1. はじめに (1) 預言者たちの分類 1 旧約聖書では 預言者の時代はサムエルとともに始まった ( 前 1100 年頃 ) * 祭司たちが堕落した時代に 神は預言者を起こされた 2 預言書を書いた預言者たち (the writing prophets) は 王国が南北に分裂して以降に登場した ( 前 930 年頃 ) 3バビロン捕囚から帰還して以降
ミドラーシュ(4月27日)
教会の奥義 について話す前に 教会についての話を先にする א ח ת ה א ש ה と この質問に対する 一般的な答えは であるが それは本当なのか? 一般的に使徒の働きのあの五旬節から始まった教会について初代教会という 言い 方をするが いわゆる初代教会が聖書から 見見出せる教会の最初の形なのかを考えてみる必要がある 教会は使徒の働き2 章の聖霊降降臨臨によって始まったと考える最も重要な根拠は
2015 年度 成長 カリキュラム表 149 号単元 11 イエスに出会った女性たち単元目標イエスに出会った女性たちの信仰の姿とイエスの愛を学ぶ月日週題聖書箇所主題 4/5 イースター 十字架と復活 マルコ 15:1-16:8 イエスの十字架と復活の意味を知る 主イエスは 私たちの罪のために死に渡され 私たちが義と認められるために よみがえられたからです ローマ 4:25 150 号 単元 14 族長たちの物語
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ヨハネの黙示録 ~ イエス キリストの黙示 ( 啓示 開示 )~ 2 第 4 回 クレイ聖書解説コレクション ヨハネの黙示録 講解 黙示録 4 章 2017/8/13( 日 ) お願い! このパワーポイント資料は Clay クレイ聖書解説コレクション ヨハネの黙示録 を基に作成しております ハーベスト タイム ミニストリーズから発売の電子書籍版か書籍版 ( 紙版 ) テキストと合わせて必ずご参照 ご活用下さい!
2012 年フルクテンバウム フルクテンバウム博士セミナー セミナー 聖書が教える死後の世界 個人的終末論 講師 アーノルド フルクテンバウム博士 通訳 中川健一
2012 年フルクテンバウム フルクテンバウム博士セミナー セミナー 聖書が教える死後の世界 個人的終末論 講師 アーノルド フルクテンバウム博士 通訳 中川健一 目次 聖書が教える死後の世界 目 次 Ⅰ. 不滅 (IMMORTALITY)... 1 A. 意味 ( 定義 )... 1 B. 不滅の証拠 (17 の具体例がある )... 1 C. 不滅の教理がもたらす益 (3 つの益 )... 3
夢を超えたもの_Culture A.indd
e yo Bey D B y nd D B reams 澄み切った夜空を見上げたことはありますか 子供の頃は 小さな宝石が果てしない空にボンドでくっついていると思ったかもし れません でもその後 星がどれほど大きいものか少し分かってきました そして 周りの物事は 自分が考えているよりはるかに大きく 深いものだと気づ き始めました だから自問します 私たちが目で見ている以上のものがあるでしょうか 目で見えること以上に素晴らしいことがあるのではないでしょうか
