2. ポイント EGFR 陽性肺腺癌の患者さんにおいて EGFR 阻害剤治療中に T790M 耐性変異による増悪がみられた際にはオシメルチニブ ( タグリッソ ) を使用することが推奨されており 今後も多くの患者さんがオシメルチニブによる治療を受けることが想定されます オシメルチニブによる治療中に約

Similar documents
法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

2. ポイント ALK 陽性肺がんに対する次世代 ALK 阻害薬 Ceritinib( 国内承認申請中, 米 欧承認済 ) への耐性機構として 新たに P 糖たんぱく質 (ABCB1) の過剰発現が Ceritinib の細胞外排出を亢進して耐性を起こすことを発見しました P 糖たんぱく質の過剰発現

PowerPoint プレゼンテーション

解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

一次サンプル採取マニュアル PM 共通 0001 Department of Clinical Laboratory, Kyoto University Hospital その他の検体検査 >> 8C. 遺伝子関連検査受託終了項目 23th May EGFR 遺伝子変異検

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

EGFR-TKI を使用した場合と第 2 世代 EGFR-TKI を使用した場合とでその後のタグリッソの効果が同等であるかは明らかではありません 両者の間で EGFR 以外の癌に関する遺伝子の状態にも違いが生じている可能性もあります そこで今回私たちは EGFR-TKI に対する耐性獲得時に T79

Untitled

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

<4D F736F F D20322E CA48B8690AC89CA5B90B688E38CA E525D>

報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

関係があると報告もされており 卵巣明細胞腺癌において PI3K 経路は非常に重要であると考えられる PI3K 経路が活性化すると mtor ならびに HIF-1αが活性化することが知られている HIF-1αは様々な癌種における薬理学的な標的の一つであるが 卵巣癌においても同様である そこで 本研究で

のと期待されます 本研究成果は 2011 年 4 月 5 日 ( 英国時間 ) に英国オンライン科学雑誌 Nature Communications で公開されます また 本研究成果は JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) の研究領域 アレルギー疾患 自己免疫疾患などの発症機構

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小川憲人 論文審査担当者 主査田中真二 副査北川昌伸 渡邉守 論文題目 Clinical significance of platelet derived growth factor -C and -D in gastric cancer ( 論文内容の要旨 )

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

するものであり 分子標的治療薬の 標的 とする分子です 表 : 日本で承認されている分子標的治療薬 薬剤名 ( 商品の名称 ) 一般名 ( 国際的に用いられる名称 ) 分類 主な標的分子 対象となるがん イレッサ ゲフィニチブ 低分子 EGFR 非小細胞肺がん タルセバ エルロチニブ 低分子 EGF

新規遺伝子ARIAによる血管新生調節機構の解明

の活性化が背景となるヒト悪性腫瘍の治療薬開発につながる 図4 研究である 研究内容 私たちは図3に示すようなyeast two hybrid 法を用いて AKT分子に結合する細胞内分子のスクリーニングを行った この結果 これまで機能の分からなかったプロトオンコジン TCL1がAKTと結合し多量体を形

Microsoft PowerPoint - 2_(廣瀬宗孝).ppt

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

小児の難治性白血病を引き起こす MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見 ポイント 小児がんのなかでも 最も頻度が高い急性リンパ性白血病を起こす新たな原因として MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見しました MEF2D-BCL9 融合遺伝子は 治療中に再発する難治性の白血病を引き起こしますが 新しい

報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

生物時計の安定性の秘密を解明

今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

<4D F736F F D FAC90EC816994AD955C8CE38F4390B394C F08BD682A082E8816A8F4390B38CE32E646F63>

Microsoft Word - FHA_13FD0159_Y.doc

難病 です これまでの研究により この病気の原因には免疫を担当する細胞 腸内細菌などに加えて 腸上皮 が密接に関わり 腸上皮 が本来持つ機能や炎症への応答が大事な役割を担っていることが分かっています また 腸上皮 が適切な再生を全うすることが治療を行う上で極めて重要であることも分かっています しかし

Microsoft PowerPoint - 資料3-8_(B理研・古関)拠点B理研古関120613

共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

1 分子標的治療薬概論 分子生物学の進歩により, がんの特性が徐々に明らかになるにつれ, がん薬物療法における新しい抗悪性腫瘍薬の開発戦略は大きく変わってきている. 本邦においても 2001 年に CD20 に対する抗体であるリツキシマブが B 細胞リンパ腫の治療薬として認可されて以来, 様々な分子

研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わ

2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

平成 28 年 2 月 1 日 膠芽腫に対する新たな治療法の開発 ポドプラニンに対するキメラ遺伝子改変 T 細胞受容体 T 細胞療法 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 脳神経外科学の夏目敦至 ( なつめあつし ) 准教授 及び東北大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 下瀬川徹

1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析


RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果


<4D F736F F D DC58F4994C A5F88E38A D91AE F838A838A815B835895B68F FC189BB8AED93E089C82D918189CD A2E646F63>

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

<4D F736F F D DC58F49288A6D92E A96C E837C AA8E714C41472D3382C982E682E996C D90A78B408D5C82F089F096BE E646F6378>

-119-

く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

ん細胞の標的分子の遺伝子に高い頻度で変異が起きています その結果 標的分子の特定のアミノ酸が別のアミノ酸へと置き換わることで分子標的療法剤の標的分子への結合が阻害されて がん細胞が薬剤耐性を獲得します この病態を克服するためには 標的分子に遺伝子変異を持つモデル細胞を樹立して そのモデル細胞系を用い

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

長期/島本1

報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

かし この技術に必要となる遺伝子改変技術は ヒトの組織細胞ではこれまで実現できず ヒトがん組織の細胞系譜解析は困難でした 正常の大腸上皮の組織には幹細胞が存在し 自分自身と同じ幹細胞を永続的に産み出す ( 自己複製 ) とともに 寿命が短く自己複製できない分化した細胞を次々と産み出すことで組織構造を

平成 30 年 2 月 5 日 若年性骨髄単球性白血病の新たな発症メカニズムとその治療法を発見! 今後の新規治療法開発への期待 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 門松健治 ) 小児科学の高橋義行 ( たかはしよしゆき ) 教授 村松秀城 ( むらまつひでき ) 助教 村上典寛 ( むらかみ

血漿エクソソーム由来microRNAを用いたグリオブラストーマ診断バイオマーカーの探索 [全文の要約]

佐賀県肺がん地域連携パス様式 1 ( 臨床情報台帳 1) 患者様情報 氏名 性別 男性 女性 生年月日 住所 M T S H 西暦 電話番号 年月日 ( ) - 氏名 ( キーパーソンに ) 続柄居住地電話番号備考 ( ) - 家族構成 ( ) - ( ) - ( ) - ( ) - 担当医情報 医

報道発表資料 2002 年 8 月 2 日 独立行政法人理化学研究所 局所刺激による細胞内シグナルの伝播メカニズムを解明 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は 細胞の局所刺激で生じたシグナルが 刺激部位に留まるのか 細胞全体に伝播するのか という生物学における基本問題に対して 明確な解答を与えま

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

2. PQQ を利用する酵素 AAS 脱水素酵素 クローニングした遺伝子からタンパク質の一次構造を推測したところ AAS 脱水素酵素の前半部分 (N 末端側 ) にはアミノ酸を捕捉するための構造があり 後半部分 (C 末端側 ) には PQQ 結合配列 が 7 つ連続して存在していました ( 図 3

平成 28 年 12 月 12 日 癌の転移の一種である胃癌腹膜播種 ( ふくまくはしゅ ) に特異的な新しい標的分子 synaptotagmin 8 の発見 ~ 革新的な分子標的治療薬とそのコンパニオン診断薬開発へ ~ 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 消化器外科学の小寺泰

PowerPoint プレゼンテーション

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 佐藤雄哉 論文審査担当者 主査田中真二 副査三宅智 明石巧 論文題目 Relationship between expression of IGFBP7 and clinicopathological variables in gastric cancer (

(Microsoft Word - \203v\203\214\203X\203\212\203\212\201[\203X doc)

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

この説明文書には以下の内容が含まれています (1) はじめに (2) あなたの病気と治療法について (3) 標準的な治療法について (4) 臨床試験について (5) この臨床試験の目的について (6) この臨床試験で使用するお薬について (7) この臨床試験に参加される患者さんの人数 試験期間につい

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 松尾祐介 論文審査担当者 主査淺原弘嗣 副査関矢一郎 金井正美 論文題目 Local fibroblast proliferation but not influx is responsible for synovial hyperplasia in a mur

精神医学研究 教育と精神医療を繋ぐ 双方向の対話 10:00 11:00 特別講演 3 司会 尾崎 紀夫 JSL3 名古屋大学大学院医学系研究科精神医学 親と子どもの心療学分野 AMED のミッション 情報共有と分散統合 末松 誠 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 11:10 12:10 特別講

プレスリリース Press Release Date : 表題 : がん免疫治療の標的分子 PD-L1 が DNA 修復を介して制御される新たな分子機構を発見 ~ 先端免疫治療において DNA 修復の関わりを示す世界初の研究成果 ~ プレスリリース要約 : 今や国民病とも言える

PowerPoint プレゼンテーション

糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

細胞外情報を集積 統合し 適切な転写応答へと変換する 細胞内 ロジックボード 分子の発見 1. 発表者 : 畠山昌則 ( 東京大学大学院医学系研究科病因 病理学専攻微生物学分野教授 ) 2. 発表のポイント : 多細胞生物の個体発生および維持に必須の役割を担う多彩な形態形成シグナルを細胞内で集積 統

モノクローナル抗体とポリクローナル抗体の特性と

094 小細胞肺がんとはどのような肺がんですか んの 1 つです 小細胞肺がんは, 肺がんの約 15% を占めていて, 肺がんの組 織型のなかでは 3 番目に多いものです たばことの関係が強いが 小細胞肺がんは, ほかの組織型と比べて進行が速く転移しやすいため, 手術 可能な時期に発見されることは少

抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

STAP現象の検証の実施について

2019 年 3 月 28 日放送 第 67 回日本アレルギー学会 6 シンポジウム 17-3 かゆみのメカニズムと最近のかゆみ研究の進歩 九州大学大学院皮膚科 診療講師中原真希子 はじめにかゆみは かきたいとの衝動を起こす不快な感覚と定義されます 皮膚疾患の多くはかゆみを伴い アトピー性皮膚炎にお

なお本研究は 東京大学 米国ウィスコンシン大学 国立感染症研究所 米国スクリプス研 究所 米国農務省 ニュージーランドオークランド大学 日本中央競馬会が共同で行ったもの です 本研究成果は 日本医療研究開発機構 (AMED) 新興 再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業 文部科学省新学術領

Microsoft Word - 【広報課確認】 _プレス原稿(最終版)_東大医科研 河岡先生_miClear

平成 30 年 8 月 17 日 報道機関各位 東京工業大学広報 社会連携本部長 佐藤勲 オイル生産性が飛躍的に向上したスーパー藻類を作出 - バイオ燃料生産における最大の壁を打破 - 要点 藻類のオイル生産性向上を阻害していた課題を解決 オイル生産と細胞増殖を両立しながらオイル生産性を飛躍的に向上

皮的肺生検 ) で遺伝子変異が特定できる可能性がある場合に 血液検査後に 気管支鏡検査 ( または経皮的肺生検 ) を受けたい と回答したのは 130 名 (87.8%) でした 確定診断の検査時にて辛い思いをされた 92 名の方においても 82 名 (89.2%) が再度その辛い思いをした検査を受

研究の詳細な説明 1. 背景細菌 ウイルス ワクチンなどの抗原が人の体内に入るとリンパ組織の中で胚中心が形成されます メモリー B 細胞は胚中心に存在する胚中心 B 細胞から誘導されてくること知られています しかし その誘導の仕組みについてはよくわかっておらず その仕組みの解明は重要な課題として残っ

がん免疫療法モデルの概要 1. TGN1412 第 Ⅰ 相試験事件 2. がん免疫療法での動物モデルの有用性がんワクチン抗 CTLA-4 抗体抗 PD-1 抗体 2

報道発表資料 2006 年 6 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 アレルギー反応を制御する新たなメカニズムを発見 - 謎の免疫細胞 記憶型 T 細胞 がアレルギー反応に必須 - ポイント アレルギー発症の細胞を可視化する緑色蛍光マウスの開発により解明 分化 発生等で重要なノッチ分子への情報伝達

Untitled

細胞老化による発がん抑制作用を個体レベルで解明 ~ 細胞老化の仕組みを利用した新たながん治療法開発に向けて ~ 1. ポイント : 明細胞肉腫 (Clear Cell Sarcoma : CCS 注 1) の細胞株から ips 細胞 (CCS-iPSCs) を作製し がん細胞である CCS と同じ遺

第1回肝炎診療ガイドライン作成委員会議事要旨(案)

がんを見つけて破壊するナノ粒子を開発 ~ 試薬を混合するだけでナノ粒子の中空化とハイブリッド化を同時に達成 ~ 名古屋大学未来材料 システム研究所 ( 所長 : 興戸正純 ) の林幸壱朗 ( はやしこういちろう ) 助教 丸橋卓磨 ( まるはしたくま ) 大学院生 余語利信 ( よごとしのぶ ) 教

<4D F736F F D F4390B388C4817A C A838A815B8358>

革新的がん治療薬の実用化を目指した非臨床研究 ( 厚生労働科学研究 ) に採択 大学院医歯学総合研究科遺伝子治療 再生医学分野の小戝健一郎教授の 難治癌を標的治療できる完全オリジナルのウイルス遺伝子医薬の実用化のための前臨床研究 が 平成 24 年度の厚生労働科学研究費補助金 ( 難病 がん等の疾患

Microsoft Word _前立腺がん統計解析資料.docx

大腸癌術前化学療法後切除標本を用いた免疫チェックポイント分子及び癌関連遺伝子異常のプロファイリングの研究 

がん登録実務について

10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1

再発小児 B 前駆細胞性急性リンパ性白血病におけるキメラ遺伝子の探索 ( この研究は 小児白血病リンパ腫研究グループ (JPLSG)ALL-B12 治療研究の付随研究として行われます ) 研究機関名及び研究責任者氏名 この研究が行われる研究機関と研究責任者は次に示す通りです 研究代表者眞田昌国立病院

別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

H26大腸がん

上原記念生命科学財団研究報告集, 30 (2016)

国際小児がん学会(International Society of Paediatric Oncology, SIOP)Schweisguth Prizeの受賞について

られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

Transcription:

EGFR 変異陽性肺がんに対する新規耐性克服療法を発見 ~ 今後予想されるオシメルチニブ耐性の克服へ ~ 1. 概要 肺がんは我が国において現在がんによる死因の1 位であり さらなる増加が予測されています EGFR( 上皮成長因子受容体 ) 遺伝子変異は進行非小細胞肺がんの 3~4 割に見つかり EGFR 阻害薬が非常に高い効果を示しますが 1 年程度で耐性を生じて再増悪してしまいます この耐性のおよそ半数を占めるのが EGFR-T790M 変異ですが その耐性変異にも有効な EGFR 阻害薬であるオシメルチニブが 日本でも処方可能となりました しかしさらなる耐性の出現が確認されており その原因の1つが C797S 変異の追加 (EGFR-T790M/C797S) であり 臨床応用された全ての EGFR 阻害薬の効果がなくなることが報告されています C797S 変異はオシメルチニブ使用中の患者さんのなかで約 2 割に出現することが報告されており 今後相当数の患者さんで認められることが予想されますが 現在この変異によって再増悪した時の治療法は明確ではありません がん研究会の片山量平らの研究グループは C797S 遺伝子変異によりオシメルチニブに耐性となった細胞に対して 現在 ALK 阻害薬として開発が進んでいるブリガチニブが有効であることを発見しました さらに京都大学 理化学研究所との共同研究により スーパーコンピュータ 京 による構造シミュレーションを行い ブリガチニブの変異 EGFR タンパク質に対する結合様式ならびに その結合に重要な化学構造の推定に成功しました ブリガチニブと EGFR に対する抗体薬 ( セツキシマブ 又はパニツムマブ ) を併用することで効果が増強されることを見出し 動物実験でも十分な治療効果を確認しました 本研究の結果は オシメルチニブの普及により出現が推定される C797S 遺伝子変異に対する治療開発に貢献しうる成果であると考えられます 本研究の成果は Nature Publishing Group オープンアクセス誌 Nature Communications に 2017 年 3 月 13 日 ( 英国時間午前 10 時 日本時間午後 7 時 ) に公開されました 1

2. ポイント EGFR 陽性肺腺癌の患者さんにおいて EGFR 阻害剤治療中に T790M 耐性変異による増悪がみられた際にはオシメルチニブ ( タグリッソ ) を使用することが推奨されており 今後も多くの患者さんがオシメルチニブによる治療を受けることが想定されます オシメルチニブによる治療中に約 2 割の患者さんにおいて C797S 変異が新たに出現してしまうことでオシメルチニブが無効になることが報告されていますが この耐性に対する有効な分子標的治療は確立していません 本研究から オシメルチニブ耐性となり C797S 変異が確認された場合に ALK 阻害薬ブリガチニブと EGFR 抗体の併用療法が有効である可能性がありますが 実用化されるためには安全性と有効性を 今後臨床試験により評価する必要があります 3. 論文名 著者およびその所属 論文名 Brigatinib combined with anti-egfr antibody overcomes Osimertinib resistance in EGFR-mutated non-small-cell lung cancer ジャーナル名 Nature Communications (Nature Publishing Groupのオープンアクセス誌 ) ( 2017 年 X 月 XX 日付でオンラインに掲載されています ) 著者 Ken Uchibori 1,2, Naohiko Inase 2, Mitsugu Araki 3, Mayumi Kamada 4, Shigeo Sato 1, Yasushi Okuno 3,4, Naoya Fujita 1, Ryohei Katayama 1 * * 責任著者 著者の所属機関 1. ( 公財 ) がん研究会がん化学療法センター基礎研究部 2. 東京医科歯科大学医歯学総合研究科統合呼吸器病学 3. 理化学研究所計算科学研究機構プロセッサ研究チーム 4. 京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻ビッグデータ医科学分野 4. 研究の詳細 背景と経緯現在 日本国内において年間 7-8 万人の方が肺がんが原因で亡くなっていることが公表されていますが これはがんの部位別死亡者数の 1 位であり 今後も増加することが予想されています 肺がんはその多くが 残念ながら診断時で手術が適応されない進行がんとして発見されるため 抗がん剤を中心とした薬物治療が治療の中心となっています 非小細胞肺がんは 肺がん全体の 85% 程 2

度を占めますが そのなかの 30-40% には EGFR 遺伝子に活性型変異が見つかります こうした EGFR 遺伝子変異が陽性である場合には この変異を標的とした分子標的薬 ( ゲフィチニブ : イレッサ エルロチニブ: タルセバ アファチニブ: ジオトリフ ) が著効することが知られており 従来の殺細胞作用を主とした抗がん剤でおよそ 1 年程度であった進行肺がんの生存期間中央値を 2 ~3 年へと延長することが確認されています しかしながら 分子標的薬は初期にどれほど高い効果を示したとしても およそ 1 年前後で薬が効かなくなる薬剤耐性が生じ がんは再び増大 進行してしまいます 薬剤が結合する部位が変化する 2 次変異がこうした分子標的薬への耐性をもたらしますが 特に EGFR-T790M 変異が出現して薬剤が働かなくなることが分かっていました 近年 新たな分子標的薬として T790M 変異が生じても効果を示す薬剤 ( オシメルチニブ : タグリッソ ) が開発され 日本でも 2016 年 5 月から実際に臨床で使用されています この薬剤が普及することによって ゲフィチニブなどの最初に用いられる分子標的薬に耐性となった後でも T790M 変異が確認できる場合には オシメルチニブによってさらに長い期間にわたって肺がんを制御して生存期間をより延長できるようになることが期待されます しかし残念ながら オシメルチニブに対してもさまざまなメカニズムで耐性が出現することが臨床上明らかになってきており こうしたオシメルチニブ耐性を克服する手法の開発が必要とされています オシメルチニブ耐性メカニズムのひとつとして C797S 変異が追加されるものが報告されており 我々は T790M 変異に加えて C797S 変異を生じることで起こるオシメルチニブ耐性を克服しうる治療法を発見するために研究を進めてきました 研究内容 IL-3 依存的に増殖するマウス前駆 B リンパ球 (Ba/F3 細胞株 ) に 活性化変異型 EGFR を遺伝子導入することで IL-3 に依存せずに EGFR に依存して生存 増殖する Ba/F3 細胞を作製し 分子標的薬に対する反応性を検討しました EGFR 活性化変異単独では 前述のゲフィチニブ アファチニブ オシメルチニブのいずれもが有効でしたが T790M 変異が加わる (2 重変異 ) とオシメルチニブのみに有効性が認められ さらに C797S が追加される (3 重変異 ) とこれらすべての薬剤は効果を示さなくなりました この 3 重変異 EGFR(C797S/T790M/ 活性化変異 ) に対して有効な薬剤を発見するために 現在すでに臨床応用されている ないしは開発中の薬剤を中心にスクリーニ 3

ングしたところ ALK 融合遺伝子陽性肺がんに対する治療薬として開発中の ALK チロシンキナーゼ阻害薬ブリガチニブが 3 重変異 EGFR に有効であることを見出しました この薬効は遺伝子導入により人工的に作製した 3 重変異 EGFR 陽性 Ba/F3 細胞だけでなく 肺がん患者さんの肺がん細胞から樹立された 3 重変異 EGFR 陽性細胞においても確認することができています ALK 融合遺伝子陽性がんに有効性を期待できる ALK 阻害薬は ブリガチニブ以外にも複数のものが存在しているため それらについても検討を行いましたが ブリガチニブのみが 3 重変異 EGFR に対して有効性を示したため この薬効の差異と各阻害薬の構造式を比較し ブリガチニブのどの構造が 3 重変異 EGFR の阻害活性に寄与しているか同定しました さらに 京都大学 理化学研究所との共同研究により スーパーコンピュータ 京 を用いたたんぱく質構造シミュレーションを行うことで ブリガチニブが 3 重変異 EGFR にどのように結合してその機能を阻害しているか 結合に寄与度の大きい原子はどれかを推定することに成功しました このことは 将来 より高活性の化合物を合成展開していくうえで重要な情報になると考えられます ブリガチニブ 3 重変異 EGFR ( スーパーコンピュータ 京 による構造シミュレーションにて ブリガチニブ ( 緑 水色表示 ) が 3 重変異の EGFR( 灰色表示 ) に結合する様子が推定できました ) 4

一方でブリガチニブ単剤では 3 重変異 EGFR を有する肺がん細胞をマウスに移植して作製し た担癌マウスモデルでの動物実験では期待されるほどの抗腫瘍効果を示しませんでした しかしな がら EGFR に結合しその機能を阻害する抗体であるセツキシマブやパニツムマブをブリガチニブ と併用することでブリガチニブの効果が顕著に高まることを 細胞株 および担癌マウスモデルを 用いた実験の結果新たに見出すことに成功しました さらにブリガチニブは野生型 EGFR を阻害 する活性が変異型 EGFR を阻害する活性に比べ 10 倍程度弱く 変異型 EGFR に選択的に阻害活 性を示しました このことは ブリガチニブと抗 EGFR 抗体の併用が EGFR の 3 重変異によるオ シメルチニブ耐性を克服する手段の候補になりうることを期待させる結果でありますが 臨床試験 による安全性および有効性の検討が今後必須であると考えられます C797S/T790M/ 活性化変異型 EGFR を持つ肺がん細胞を移植した担癌マウスでの治療実験 腫瘍体積 (mm 3 ) 600 400 200 無治療ブリガチニブオシメルチニブセツキシマブブリガチニブ + セツキシマブ 0 0 10 20 30 40 治療開始からの日数 ( 日 ) ( 担癌マウスモデルにてブリガチニブ + セツキシマブが高い有効性を示しました ) 研究のインパクトおよび今後の展開オシメルチニブが T790M 変異を有する EGFR 変異陽性肺がん患者の治療薬として急速に広く日常診療に浸透している現状から 今後 C797S による耐性が出現してくることが想定されています しかし一方で 現在 C797S を克服する薬剤として臨床段階まで開発が進んでいる薬剤は存在しません 本研究で見出したブリガチニブとセツキシマブ パニツムマブの併用療法については ブリガチニブが ALK 陽性肺がんに対する治療薬として第 3 相臨床試験中であり セツキシマブおよびパニツムマブは大腸がんや頭頚部がんですでに広く実臨床で使用されています そのため 全くの新しい治療薬開発に比べ より早く臨床的な効果や安全性を検証する臨床試験へと繋げられることが期待できます さらに 本研究で示されたブリガチニブの C797S 変異をもった EGFR への結合部位に関する情報とブリガチニブの誘導体展開可能と考えられる部位に関する情報は 今後 より強力で特異的な治療薬の開発へと展開するのに重要な情報となる可能性があります 5. 本研究への支援 本研究は 下記機関より資金的支援等を受けて実施されました 5

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) 次世代がん医療創生研究事業 (P-CREATE) 独立行政法人日本学術振興会科学研究費補助金 公益財団法人車両競技公益資金記念財団 文部科学省ポスト 京 で重点的に取り組むべき社会的 科学的課題に関するアプリケーション開発 研究開発重点課題 1( 課題責任者奥野恭史博士 ) 本論文の一部は 理化学研究所のスーパーコンピュータ 京 を利用して得られたものです ( 課題番号 : hp160213, hp150272) 6. 用語解説 ( 注 1)EGFR 遺伝子変異 EGFR( 上皮成長因子受容体 ) は細胞膜上に発現するチロシンキナーゼ受容体であり 上皮成長因子 (EGF) が結合すると受容体は活性化し 細胞増殖シグナルを活性化することで 細胞を生存 増殖させます しかし EGFR の細胞内チロシンキナーゼ領域に特定のアミノ酸の欠失または1アミノ酸変異を起こす遺伝子変異があると EGFR が恒常的に異常活性化します それにより細胞増殖シグナルが常時活性化をし がん化が引き起こされています EGFR 遺伝子変異陽性の肺がん細胞は EGFR のチロシンキナーゼ活性に依存して生存 増殖しているため EGFR チロシンキナーゼ阻害薬により EGFR からの細胞増殖シグナルは遮断され がん細胞の生存 増殖は抑制されます ( 注 2) チロシンキナーゼキナーゼとは基質をリン酸化する酵素の総称であり そのうちチロシンキナーゼは基質たんぱくのチロシン残基をリン酸化する酵素のことです 一般にその活性化は私たちの細胞の増殖を正に誘導します 6