1 ファイナンス応用研究 第 11 回 2014 年 9 月 6 日 畠田
2 資産の資本コストと加重平均資本コ スト (WACC), MODIGIIANI AND MIER(MM) 文献 BMA 第 8 章, 第 9 章, 第 17 章 Berk J., and DeMarzo, P., Corporate Finance, Ch 11, 12, 14, 15, 2013, Pearson ( 久保田, 芹田, 竹原, 徳永, 山内訳, コーポレートファイナンス : 入門編, 第 11 章, 第 12 章, 第 14 章, 第 15 章, 丸善,2014 年 )
3 11.1 アンレバード企業とレバード企業 1 アンレバード企業 (Unlevered firm) 資金が株主資本のみで調達される企業を Unlevered firm と呼ぶ そして, Unlevered firm の株主資本 [ 株式 ] を,Unlevered equity と呼ぶ アンレバード企業の市場価値ベースでのバランスシート資産の価値 V U = 株主資本の価値 U 貸借対照表 資産 (V U ) 株主資本 (U)
4 11.1 アンレバード企業とレバード企業 2 レバード企業 (evered firm) 資金は株式だけでなく, 一部負債で調達される企業を evered firm と呼ぶ そして,evered firm の自己資本 [ 株式 ] を,evered equity と呼ぶ レバード企業の市場価値ベースでのバランスシート 資産の価値 V = 純負債の価値 D + 株主資本の価値 E 資産 (V ) 貸借対照表 純負債 (D) 株主資本 (E) 純負債 = 負債合計 - 現金 資産は純負債と株主資本で構成される証券のポートフォリオである 各証券のポートフォリオウェイトは次の通り : 純負債のポートフォリオウェイト = 株主資本のポートフォリオウェイト = 純負債の市場価値株主資本と純負債の市場価値 株主資本の市場価値株主資本と純負債の市場価値 = D E+D = D V = E E+D = E V
5 11.2 資産の資本コスト 以下では, 期待リターンである資本コストを期待値オペレータ :E を省略して表記する 1 アンレバード企業の資産の資本コスト 企業が保有する資産に対して投資家が要求する収益率 を資産の資本コストと呼ぶ アンレバード企業の資産の資本コストを r V U, 株主資本の資本コストを r E U とする 貸借対照表 r V U 資産 (V U ) 株主資本 (U) r E U = 資産の価値 V U (1) r U U V = r E = 株主資本の価値 U より
6 11.2 資産の資本コスト 2 レバード企業の資産の資本コスト レバード企業の資産の資本コストを r V, 株主資本の資本コストを r E, 負債の資本コストを r D とする 貸借対照表 r V 資産 (V ) 純負債 (D) 株主資本 (E) r D r E r W = D V r D + E V r E = 株主資本と純負債からなるポートフォリオのリターンは, 加重平均資本コスト (WACC) と呼ばれ,r W で表すと次式が成立する (2) r W = D V r D + E V r E 資産の価値 V = 純負債の価値 D + 株主資本の価値 E より, (3) r V = r W = D V r D + E V r E
7 11.2 資産の資本コスト 例 1: 企業 A の市場価値ベースでのバランスシートは以下の通りである 株主資本の資本コストが 15%, 負債の資本コストが 7.5% であるとする このとき, レバード企業 A の資産の資本コストはいくらか? 資産 100 純負債 30 株主資本 70 資産 100 純負債 株主資本合計 100 (2) 式より, 加重平均資本コスト (WACC) は, (4) r w = 30 70 7.5 + 15 = 12.75 (%) 100 100 資産の資本コスト (r V ) は, 加重平均資本コスト (WACC) と等しいので, r V = 12.75 (%)
8 11.3 Modigiliani and Miller(MM) の命題 1 アンレバード企業が保有する資産価値 ( 営業価値 ) アンレバード企業の株主資本の資本コスト (r E U ) を利用して, その企業が保有する資産の価値 (V U ), 資産の資本コスト (r V U ) は, 次式のとおりである (5) V U = t=1 FCF t (6) r V U = r E U 1+r V U t, where FCF t : t 期において資産が生み出す期待 FCF 2 レバード企業が保有する資産価値 ( 営業価値 ) レバード企業の WACC(r W ) を利用して, その企業が保有する資産の価値 (V ), 資産の資本コスト (r V ) は, 次式のとおりである (7) V = t=1 FCF t 1+r V t (8) r V = r W = D V r D + E V r E r E : レバード企業の株主資本の資本コスト r D : 負債の資本コスト
9 11.3 Modigiliani and Miller(MM) の命題 アンレバード企業, レバード企業が保有する資産が生み出す将来の期待 FCF が同じであり, かつ,r V U = r V が成立するとする そのとき, (5) 式,(7) 式より, 以下の式が成立する (9) V U = V 企業が保有する資産の価値は, 資金調達に依存しない
10 11.3 Modigiliani and Miller(MM) の命題 今までのところを厳密化に証明したのが Modigiliani と Miller である 以下の条件 ( 完全資本市場 ) が成り立っている 1. 証券が取引される市場は競争的, あるいは, 裁定機会が存在しない 2. 証券の取引において, 税金, 取引費用 ( 例 : 証券の発行費用 ) は存在しない 3. 企業の資金調達の意思決定は, 企業の実物投資から得られる FCF を変えず, またそれについての新しい情報も提供しない このとき, 次の命題 (MM 命題 Ⅰ) が成立する MM 命題 Ⅰ 完全資本市場では, 企業が保有する資産の価値は, その資産が生み出す将来の FCF の現在価値に等しく, 企業の資本構成の選択に影響されない 同様に, 資産の資本コストも企業の資本構成の選択に影響されない
11 11.3 Modigiliani and Miller(MM) の命題 アンレバード企業, レバード企業が保有する資産が生み出す将来の期待 FCF が同じであり, かつ,V U = V が成立するとする そのとき, 以下の式が成立する (10) r U V = r V r U E = D r V D + E r V E r E = r U E + D r E E U r D (10) 式の最終行の導出 r E U = D V r D + E V r E V r E U = Dr D + Er E Er E = V r E U Dr D Er E = E + D r E U Dr D Er E = Er E U + Dr E U Dr D r E = r E U + D E r U r D (10) 式から次の命題 (MM 命題 Ⅱ) が成立する MM 命題 Ⅱ レバード企業の株主資本の資本コスト (r E ) は,r E U > r D である限り, 負債資本比率 : レバレッジ ( D E ) とともに増加する r E r E U : 高レバレッジ企業ほどその企業の株主資本の資本コストは高い
12 11.3 Modigiliani and Miller(MM) の命題 MM 命題 Ⅱ より, 株主資本の資本コストは, 負債比率 =D/(E+D) の大きさとともに上昇する MM 命題 Ⅰ より, 完全資本市場では, 資産の資本コストは, レバリッジ ( 負債比率 ) の大きさに関係なく一定 負債の資本コストも負債比率の上昇により上昇する
13 11.4 資産の資本コストの計算 1 アンレバード企業の資産の資本コスト (r V U ) r V U = r E U より, アンレバード企業の株主資本の資本コスト (r E U ) を求め, それを当てはめればよい 2 レバード企業の資産の資本コスト (r V ) r V = D V r D + E V r E より, レバード企業の株主資本の資本コスト (r E ) と負債 の資本コスト (r D ) を求め,WACC の計算を当てはめればよい [1] 株主資本の資本コスト,[2] 負債の資本コスト,[3]WACC の計算方法とは?
14 11.5 株主資本の資本コスト 株主資本の資本コスト (r E U, r E ) とは, 株式の資本コスト (r E ) である CAPM が成立していると仮定すると, 株式の資本コストは, その企業の過去の株式リターンを用いて推計することができる ( 前回の講義内容 ) (11) r E = r f + β r M r f 推計上の注意 必ずしも信頼性のある資本コスト ( すなわち,β) を計測することができない場合もある β の推定値が統計的に有意でない, 決定係数が低い この原因は, その企業が直面している総リスクに占める固有リスクの割合が高いことが原因にある この場合, 類似企業群からなるポートフォリオ P を構築し, そのポートフォリオのベータ β p を推定し, それを代替させる方法も 1 つ 株式上場していない場合も, 同様の手法を用いる
15 11.6 株主資本の市場価値 株主資本の市場価値 (U, あるいは,E) は, 一般に, 以下のように計算する (12) 株主資本の市場価値 = 発行済み株式数 株価 アンレバード企業の資産価値 (V U ) は次の通り (13) V U = U = 発行済み株式数 株価 レバード企業の資産価値 (V ) は次の通り (13) V = E + D = 発行済み株式数 株価 + D D の導出は以降のスライドを参照 注意 : 簿価の株式資本 ( 純資産 ) を使用しないこと
16 11.7 負債の資本コストと負債の価値 負債の資本コスト (r D ) として, その負債の満期利回りを用いる 但し, 負債が 経済情勢により債務履行が影響されない ことを前提できる場合, その負債にはシステマティックリスクが存在しないことを意味するので, 負債の資本コスト (r D ) として, 無リスク資産のリターン ( 具体的には, コールレート ) を用いることもできる 例えば,1 年満期の負債の価値 : (14) D = C+FV 1+r D r D : 負債の満期利回り D: 負債の市場価値 C: 負債の利払い 支払利息 FV: 額面 ( 元本 )
17 11.7 負債の資本コストと負債の価値 例 2: 無リスク資産のリターンを 5% とする XYZ 社は 1 年後を満期とする額面価額 1000 万円, クーポンレートが 5% である負債 ( 社債 ) を発行した この負債の資本コストおよび負債の価値はいくらか? 但し,XYZ 社が債務不履行を起こす確率はゼロとする 債務不履行の可能性はゼロ XYZ 社は確実に償還する 従って, 負債の資本コストは無リスク資産のリターンである すなわち,r D = 5% r D = 5% を利用して, 負債の価値 ( 価格 ) は, (15) D = 1000+50 1.05 = 1000
18 11.7 負債の資本コストと負債の価値 例 3: 無リスク資産のリターンを 5% とする XYZ 社は 1 年後を満期とする額面価額 1000 万円, クーポンレートが 5% である負債 ( 社債 ) を発行した 但し, この証券には最終期に債務不履行を起こす確率は 20% とする また債務不履行になった場合, 額面の半分しか回収できないと予想されている 但し, XYZ 社が債務不履行になる可能性は, 経済全体の事情とは全く関連しないとする この負債の資本コストおよび現在価値は? 債務不履行の可能性は固有のリスク要因によるものであり, 投資家にとって分散化可能な要因である 従って, 負債の資本コストは無リスク資産のリターンである すなわち,r D = 5% 期待される FCF= 0.8 1000 + 50 + 0.2 500 = 940 従って, 負債の価値 ( 価格 ) は, (16) D = 940 1.05 = 895.24 < 1000
19 11.7 負債の資本コストと負債の価値 例 4: 無リスク資産のリターンを 5% とする XYZ 社は 1 年後を満期とする額面価額 1000 万円, クーポンレートが 5% である社債 ( 負債 ) を発行した 但し, この証券には最終期に債務不履行を起こす確率は 20% とする また債務不履行になった場合, 額面の半分しか回収できないと予想されている 但し, XYZ 社が債務不履行になる可能性は, 経済全体の事情と少なからず関連している 今,XYZ 社の社債 ( 負債 ) のリスクプレミアムを 2% とする この負債の資本コストおよび現在価値は? 債務不履行の可能性の一部にシステマティックリスクな要因が存在しており, そのリスクプレミアムは 2% である 従って, 負債の資本コストは無リスク資産のリターン + リスクプレミアム, すなわち,r D = 5 + 2 = 7% 期待される FCF= 0.8 1000 + 50 + 0.2 500 = 940 従って, 負債の市場価値は, (17) D = 940 1.07 = 878.50 < 895.24 < 1000
20 11.7 負債の資本コストと負債の価値 負債は流通量が少ないことから, 負債の資本コスト, 市場価値の正確な計測は困難である それ故, 実際のところ, 簡便的な手法を用いて, 負債の資本コスト, 負債の価値を計測することが多い ここではそれを紹介する 純負債の価値 純負債の市場価値は,1 負債簿価,2 有利子負債残高 ( 負債から買掛金, 支払手形等を除いた金額 ) 負債簿価のいずれかから現金を控除して定義される ( この場合, 現金を負の負債として考えている ) 負債残高として, 平均残高 ( 期首と期末の平均 ) を用いることが多い 負債の資本コスト = 支払利息 割引料 / 負債残高 負債残高としては,1 負債簿価,2 有利子負債残高のいずれかを用いることが多い 負債残高として, 平均残高 ( 期首と期末の平均 ) を用いることが多い 1 年満期かつ債務不履行が起こらないことが前提 ( 例 2)
21 11.8 税引き後平均資本コスト 但し, 法人税の存在を考慮した場合, 資産の資本コストはどうなるか? 企業は支払利息を支払った後の所得に対して課税される 従って, 負債には節税効果が存在する 負債の資本コストを r D, 法人税率を t とすると, 負債の実効資本コスト ( 税引後資本コスト ) は, 1 t r D に修正される 株主資本の資本コストを r E とすると,(2) 式の WACC は, 次式のように修正される (18) r A,W = D V 1 t r D + E V r E r A,W を税引後 WACC という
22 11.8 税引き後平均資本コスト 1 アンレバード企業 (unlevered firm): アンレバード企業の資産の税引後 U 資本コスト :r A,V (19) r U A,V = r E U 資産 (V U ) 貸借対照表 株主資本 (U) アンレバード企業の株式の資本コスト :r E U 2 レバード企業 (levered firm): レバード企業の資産の税引後 資本コスト :r A,V 資産 (V U ) (20) r A,V = D 1 t r V D + E r V E 貸借対照表 純負債 (D) 株主資本 (E) レバード企業の負債の税引後資本コスト : 1 t r D レバード企業の株式の資本コスト :r E r A,W = D V 1 t r D + E V r E
23 11.8 税引き後平均資本コスト (19) 式,(20) 式より (21) r U A,V r A,V = D 1 t r V D + E r V E (t = 0のとき等号成立 ) 法人税が存在する場合, アンレバード企業の資本コスト レバード企業の税引後資本コスト レバード企業の資産価値とアンレバード企業の資産価値はどっちが大きい?
24 11.8 税引き後平均資本コスト r A,V = D V 1 t r D + E V r E
25 11.8 税引き後平均資本コスト 例 5: 企業 A の市場価値ベースでのバランスシートは以下の通りである 株主資本の資本コストが 15%, 負債の資本コストが 7.5% であるとする また, 法人税率は 40% とする このとき, レバード企業 A の資産の資本コストはいくらか? 資産 100 純負債 30 株主資本 70 資産 100 純負債 株主資本合計 100 (20) 式より, 税引き後 WACC は, (22) r A,w = 30 70 (1 0.4) 7.5 + 15 = 11.85 (%) 100 100 資産の資本コスト (r V ) は, 税引き後 WACCと等しいので, r V = 11.85 (%)
26 11.9 資本コストの推計に関する留意点 バイアスのない CF の予測を行うように心がけなければならない 予測のバイアスを資本コストで調整してはいけない ( 例 : 債務不履行の処理 ) リスクを注意深く把握し, 資本コストを選択する 既存の事業の拡大 従来の資産の資本コストをそのまま利用 異業種展開 異業種企業 [ 産業 ] の資本コストを利用 システマティックリスク 固有リスクかを把握する必要がある システマティックリスクは資本コストに影響する 景気循環的な資産 ( 事業 ) ほどシステマティックリスクが大きいので, 資本コストは高くなる