病理学総論 免疫病理 (1/3) 免疫病理学 1. 免疫学概論 2. アレルギー反応 3. 自己免疫疾患 4. 移植組織に対する免疫反応 5. 免疫不全疾患 6. がん免疫療法 担当 分子病理学 / 病理部桑本聡史
1. 免疫学概論 免疫とは何か 異物 ( 病原体 ) による侵略を防ぐ生体固有の防御機構 免疫系 = 防衛省 炎症 = 部隊の派遣から撤収まで 免疫系の特徴 ⅰ) 自己と非自己とを識別する ⅱ) 侵入因子間の差異を認識する ( 特異的反応 ) ⅲ) 侵入因子を記憶し 再侵入に対してより強い反応を起こす ( 免疫記憶 )
免疫系の種類 ⅰ) 自然免疫 Innate immunity 抗原抗体反応によらない免疫反応 迅速で非特異的な反応が可能 病原体の侵入前からすでに生体に備わっている 適応免疫の誘導に関わり その性質を決定する ⅱ) 適応免疫 ( 獲得免疫 ) Adaptive immunity 抗原特異的な免疫反応 反応は遅いが 強力かつ効果的な排除機構を生み出す 侵入因子を記憶する( 免疫記憶 )
自然免疫の構成要素 ⅰ) 上皮細胞 ⅱ) 食細胞 ( マクロファージ 好中球 ) ⅲ) 樹状細胞 ⅳ) ナチュラルキラー (NK) 細胞 ⅴ) 補体系 ⅵ) その他 ( 自然リンパ球など )
ⅰ) 上皮細胞 外来因子に対する物理的障壁 粘液や線毛運動による病原体の排除 胃酸や化学物質の分泌による殺菌 粘膜表面への IgA の移送 ( トランスサイトーシス )
ⅱ) 食細胞マクロファージ 単球が血管外に移行して分化した細胞 細胞外病原体を感知し 貪食 消化する 抗原提示や各種サイトカインの分泌も行う 好中球 主に細菌感染において 局所にいち早く浸潤 細菌の貪食や 細胞質内顆粒の放出により殺菌作用を発揮する
ⅲ) 樹状細胞 身体各所に分布し 免疫反応の発端を担う 局所で抗原を取り込んだ後 リンパ組織へ移行して T 細胞に抗原提示する
ⅳ)NK 細胞 : ウイルス感染細胞や癌細胞などの有害な細胞を 抗原非依存性に破壊する
ⅴ) 補体 Complement 血清中に存在し 局所で活性化して病原体排除に働く蛋白群 約 20 種類の構成蛋白からなり ドミノ倒しのように順番に活性化する ( 古典経路 ) ( レクチン経路 ) ( 第二経路 ) ( 白血球の遊走 ) ( 食細胞の貪食促進 ) ( 細菌の溶解 )
補体活性化の機構 3 つの経路のいずれも C3 転換酵素の形成に収斂する (= 補体の活性化 ) C3 転換酵素は C3 を C3a + C3b に分解し さらに C5 転換酵素を形成して C5 を C5a + C5b に分解する C3a と C5a( と C4a) は血管透過性の亢進と食細胞の遊走促進作用を有する (= アナフィラトキシン ) C3b は病原体の壁に付着して食細胞の貪食を促進する ( オプソニン化 ) C5b は C6-C9 を会合させて膜侵襲複合体 (Membrane attack complex, MAC) を形成し細菌を破壊する
透過性亢進と白血球遊走 オプソニン化 C3 転換酵素 C5 転換酵素 細胞膜の破壊
自然免疫の分子学的機序 自然免疫に関与する細胞 ( マクロファージや樹状細胞等 ) は 病原体などの有害因子が持っている特定の分子パターンを認識して活性化する 病原体の持つ分子パターンは PAMPs * 組織傷害性物質や死滅した細胞から放出される物質の分子パターンは DAMPs ** と呼ばれる * Pathogen-associated molecular patterns ** Damage-associated molecular patterns これらの分子パターンは 免疫細胞の表面や細胞質内に存在するパターン認識受容体 (Pattern recognition receptors, PRRs) によって認識され 細胞の活性化を引き起こす これにより 自然免疫は 1,000 種類程度の分子パターンに対して反応することが可能である
Toll 様受容体 TLR6 C 型レクチン受容体 NOD-like receptors RIG-like receptors
免疫臓器 ⅰ) 中枢リンパ組織 (= 免疫細胞の教育機関 ) 骨髄 (Bone marrow)...b 細胞が分化 成熟する 胸腺 (Thymus)...T 細胞が分化 成熟する ⅱ) 末梢リンパ組織 成熟したリンパ球が集まり 免疫機能を果たす場 リンパ節 扁桃 脾臓 粘膜 皮膚など 成熟リンパ球は常に末梢リンパ組織と血中とを巡回し 病原体の侵入に備えている
適応免疫を担う細胞 ⅰ) リンパ球 1. T 細胞 T lymphocytes ヘルパー T 細胞 他の免疫細胞に指令を出す 表面マーカー CD4+ 細胞傷害性 T 細胞 標的となる細胞を傷害する CD8+ 制御性 T 細胞 免疫反応を抑制する CD4+ CD25+ 2. B 細胞 B lymphocytes 抗体の産生 分泌を行う
ⅱ) 抗原提示細胞 Antigen-presenting cells (APCs) 1. 単核食細胞 Mononuclear phagocytes 循環血中にあるもの: 単球 血管外( 組織 ) に移行したもの : マクロファージ 抗原提示のほか 抗原の貪食 消化も行う 2. 樹状細胞 Dendritic cells 抗原の提示を専門的に行う 3. その他 (B 細胞 特殊な内皮細胞 上皮細胞など )
樹状細胞のうち 皮膚にあるものを特にランゲルハンス細胞 (Langerhans cells) という 皮膚 Langerhans 細胞 リンハ 節
T 細胞の活性化 ⅰ) ヘルパー T 細胞の活性化 抗原提示細胞 ヘルパー T 細胞 抗原提示細胞が抗原を取り込んで断片化し これをクラス Ⅱ MHC 分子を介してヘルパー T 細胞 (CD4 + ) に提示することに より ヘルパー T 細胞は活性化される
ⅱ) 細胞傷害性 T 細胞の活性化 ウイルス感染細胞 細胞傷害性 T 細胞 ウイルス感染細胞は 細胞質内で捕捉した抗原をクラス ⅠMHC 分子に結合させて細胞傷害性 T 細胞 (CD8 + ) に提示する 細胞傷害性 T 細胞はこれを認識して活性化し パーフォリンや Fas リガンド等の発現を介して感染細胞を殺す
主要組織適合遺伝子複合体 (MHC) 分子 Major histocompatibility complex (MHC) molecules 抗原提示を担う蛋白群 ヒトのMHC 分子はHuman leukocyte antigen (HLA) とも言う ⅰ) クラスⅠMHC 分子 A, B, Cの3つの遺伝子領域にコードされる 赤血球を除くほぼすべての細胞に発現 CD8+ 細胞傷害性 T 細胞によって認識される ⅱ) クラスⅡMHC 分子 D 領域 (DP, DQ, DR) にコードされる 抗原提示を担う特定の免疫細胞の表面に発現 CD4+ ヘルパー T 細胞によって認識される
MHC 分子の構造 6 番染色体 Class II MHC 分子 Class I MHC 分子
Class II MHC 分子と結合したペプチド ( 黄色 ) ある Class II MHC 分子に結合しうるペプチド残基のパターン 1 つの MHC 分子には 構造の似た異なる配列のペプチド残基が結合しうる 従って 侵入病原体の種類が違っても 結合できるペプチド残基を持っていれば同じ MHC 分子により提示可能である 1 つの MHC 分子ですべての病原体に対応することはできないが これは後述する MHC の多型性によって補完されている
MHC の多型性 DQ DR C B DP A 細胞 MHC の遺伝子型の数 MHC は多型に富んでおり それぞれの MHC 分子に極めて多数の遺伝子型が存在する MHC の発現は共優性のため ( 両方のアリルが発現 ) 個人の発現する MHC 分子のパターンはさらに多様性に富む これにより 細胞はあらゆる病原体の断片を MHC 分子に結合させて T 細胞に提示することが可能である
MHC の多型と対応するアミノ酸部位 多様な MHC 分子を発現させるしくみ 多型性多重性多型性と多重性 + =
T 細胞の活性化 ( 続き ) 抗原提示細胞 T 細胞は T 細胞受容体 (TCR) を介して MHC 分子と結合し, 抗原を認識する (Signal 1) T 細胞が抗原を認識するのは, 抗原が自己の MHC 分子によって提示された場合に限られる (MHC 拘束性 ) ヘルパー T 細胞 次に補助受容体 (CD4 や CD8) が MHC 分子の定常部に結合する 続いて共刺激分子の結合が起こることにより (Signal 2), T 細胞は活性化される
ヘルパー T 細胞の活性化後の流れ 活性化した T 細胞は IL-2 ( 増殖因子 ) を分泌し 自分でその刺激を受け取る 増殖してエフェクター T 細胞に分化する T H 1 T H 2 ナイーブ T 細胞 (=T H 0 細胞 ) T H 17
各エフェクター細胞の役割と疾患 IFN-γ IL-12 IL-4 TGF-β IL-6 産生されるサイトカイン 機能 IFN-γ IL-4, IL-5, IL-13 IL-17, IL-22 マクロファージの活性化, IgG の産生促進 IgE の産生促進, 肥満細胞 好酸球の活性化 好中球 単球の動員 標的病原体細胞内病原体寄生虫細胞外細菌 真菌 関連する疾患慢性炎症性疾患アレルギー自己免疫疾患
胸腺における T 細胞の成熟 皮質 髄質 皮質 髄質 未熟 T 細胞は胸腺において胸腺上皮細胞や樹状細胞により 教育 を受ける (TCR を介して 自己ペプチドを結合した MHC 分子と結合 ) ⅰ) 正の選択 MHC 分子と結合できない細胞が排除される ⅱ) 負の選択 MHC 分子と高親和性に結合するリンパ球が排除される ( 自己免疫を引き起こす恐れがあるため ) 選択を生き延びた細胞はそれぞれが特定の抗原を認識する成熟 T 細胞となり (T 細胞レパトア ) 末梢リンパ組織へ移行する
多様な T 細胞レパトアが産生されるしくみ 生殖細胞 DNA 組み換え DNA 蛋白 (TCR) 組み換え DNA 生殖細胞 DNA TCR 遺伝子は V 領域, D 領域, J 領域といった断片にわけてコードされており それぞれの領域に多数の断片が重複して配列している 未熟 T 細胞は胸腺において TCR 遺伝子のランダムな組み換えを行い 個々の細胞が異なる TCR をつくり出して細胞表面上に発現する 正の選択で適合しなかった細胞は 適合できるまで繰り返し組み換えを行うことが可能である
リンパ球の再循環 リンパ球はたえず血中と全身の末梢リンパ組織を循環している 末梢リンパ組織に入ったリンパ球は血管壁をすり抜けて血管の外に出る 末梢リンパ組織内において 自身の TCR と結合できる抗原に出会わなかったナイーブリンパ球はリンパ組織を通り抜けて血流に戻る 結合できる抗原と出会ったナイーブリンパ球は活性化してエフェクター細胞となり 再び血流を通って炎症部位へ移行する
B 細胞の機能 抗体の産生と分泌 抗体 (Antibody) = 免疫グロブリン (Immunoglobulin, Ig) 抗体の構造 細菌に結合した抗体 Fab 領域 ( 抗原と結合 ) 抗原 Fc 領域 (Fc 受容体と結合 ) 抗体の構成要素 重鎖 (Heavy chain, H 鎖 ) 2 本 軽鎖 (Light chain, L 鎖 ) κ 鎖または λ 鎖 2 本
B 細胞活性化の機序 1 ナイーブ B 細胞は表面に抗体 (=B 細胞受容体, BCR) を発現しており 抗体と結合できる抗原に出会うと取り込んで MHC クラス Ⅱ 分子に結合させる 1 2B 細胞は MHC クラス Ⅱ 分子を介して抗原をヘルパー T 細胞に提示する 3 2 3 ヘルパー T 細胞がすでに同じ抗原によって活性化されている場合 その T 細胞は B 細胞を活性化して抗体産生やクラススイッチを誘導する
4 活性化した B 細胞は分化 増殖して形質細胞となり 分泌型の抗体を専門的に産生するようになる 抗原 抗体 増殖した形質細胞からは特定の抗原に特異的に結合する 1 種類の抗体のみが産生される ( 抗体の特異性 )
分泌された抗体は抗原に特異的に結合し 様々な作用を引き起こして病原体排除に働く 抗体の持つ作用 (ADCC)
抗体の多様性獲得のしくみ (1) TCR 遺伝子と同様に 免疫グロブリンの遺伝子も V, D, J の各領域に分けてコードされている 遺伝子断片の組合せ : {(40 5)+(30 4)} (40 25 6) 2.0 10 6
未熟 B 細胞は骨髄内において 免疫グロブリン遺伝子の任意の組換えを行い 個々の細胞が 1 種類の免疫グロブリンを合成する 生殖細胞 DNA D-J 組換え V-DJ 組換え 転写 RNA 蛋白 加えて 各領域の連結時にランダムな塩基の付加が起こるため 組合せの数はさらに増大する (~10 14 )
抗体の多様性獲得のしくみ (2) 胚中心 リンパ濾胞 T 細胞による活性化を受けた B 細胞は 一部がリンパ濾胞に移行して胚中心 (Germinal center) を形成する B 細胞はここで 体細胞超変異と呼ばれる過程 ( 免疫グロブリン遺伝子上にランダムな変異を付加して 免疫グロブリン蛋白のアミノ酸配列を変化させる ) を経て 抗原との親和性をさらに増大させる
免疫グロブリン遺伝子へのランダムな変異の結果 抗原に対する親和性が高くなった B 細胞のみが生き残り 増殖する ( 抗原親和性の増大 ) ( 免疫グロブリン遺伝子内の変異を経時的に観察した実験 ) CDR = 相補性決定領域 (complementarity determining region)
抗体のクラススイッチ 抗体は機能的に異なる 5 つのクラス ( アイソタイプ ) に分けられる 抗体のクラスの切り替え ( クラススイッチ ) は 胚中心において ヘルパー T 細胞からの CD40 リガンドによる刺激を受けて開始される
抗体の各クラスの機能と特徴 1.IgG: 血液中で最も多く存在し, 一般的な抗体の機能を担当. 胎盤を介して母体から胎児へ移行し, 新生児の免疫機能も果たす. 2.IgA: 粘膜に多く存在し, 粘膜から侵入する病原体をブロックする. 初乳 ( 出産後数日間の母乳 ) にも含まれ, 新生児の免疫に関与. 粘膜にあるものは二量体として存在する. 3.IgM: ある病原体が侵入した際に最初に作られる抗体. 初感染において重要な免疫機能を果たす. 五量体として存在する. 4.IgD:B 細胞の成熟過程で一過性に発現. 機能はよく分かっていない. 5.IgE: 好酸球や好塩基球 肥満細胞の表面に存在. 寄生虫排除に働くほか, アレルギーの原因ともなる.
免疫記憶 二回目の抗原侵入時にはより強力な免疫反応が 迅速に開始される 一部のリンパ球は抗原と接触後 記憶細胞となり休眠状態に入る 同じ抗原の侵入に際して 記憶細胞は直ちに多量のエフェクター細胞を生み出す 記憶免疫による応答
細胞性免疫と液性免疫 液性免疫 B 細胞による抗体分泌 が中心となる免疫反応 細菌類 細胞性免疫 T 細胞の活動が中心 となる免疫反応 細胞内寄生体 ( ウイルスなど ) 抗体 中和 溶解 貪食 消化 T 細胞の増殖, 活性化 細胞の破壊 ( 細胞内寄生体も同時に破壊される )
サイトカイン Cytokine 免疫系の情報伝達分子 多くの種類があり 細胞間における指令や応答を仲介する 血管 近くの細胞 遠くの細胞 サイトカインの主な伝達形式
主なサイトカインの種類と作用 サイトカイン産生細胞標的細胞作用 IL-2 ヘルパー T 細胞, 一部のキラー T 細胞, 活性化した肥満細胞 すべての活性化 T 細胞, B 細胞 増殖と分化を刺激 IL-4 T H 2 細胞, 肥満細胞 B 細胞,T H 細胞 B 細胞の増殖 成熟 クラススイッチを刺激, T H 1 細胞への分化を抑制 IL-5 T H 2 細胞, 肥満細胞 B 細胞, 好酸球増殖と成熟を促進 IL-10 T H 2 細胞, マクロファージ, 樹状細胞 マクロファージ,T H 1 細胞 マクロファージと T H 1 細胞への分化を抑制 IL-12 B 細胞, マクロファージ, 樹状細胞 未感作 T 細胞 T H 1 細胞への分化を誘導 IFN-γ T H 1 細胞 B 細胞, マクロファージ, 内皮細胞 マクロファージの活性化, 各種細胞の MHC の発現誘導, PD-L1 の発現誘導 TNF-α T H 1 細胞, マクロファージ内皮細胞活性化