動物性集合胚を用いた研究の 意義と倫理的課題

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資料110-4-1 核置換(ヒト胚核移植胚)に関する規制の状況について

2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は

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プレスリリース 報道関係者各位 2019 年 10 月 24 日慶應義塾大学医学部大日本住友製薬株式会社名古屋大学大学院医学系研究科 ips 細胞を用いた研究により 精神疾患に共通する病態を発見 - 双極性障害 統合失調症の病態解明 治療薬開発への応用に期待 - 慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄

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資料3-1_本多准教授提出資料

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2013年9月8日:関東医学哲学・倫理学会総合部会 「ヒトの要素をもつ動物を作成することは どこまで許されるのか?」 human-nonhuman chimeras, mixtures, interspecies, part-human chimeras, animals containing human material等

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遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

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資料 3-1 日本の生命倫理 日本のヒト胚 第 68 回生命倫理調査会 (2012/07/12) 町野朔 ( 上智大学生命倫理研究所 )

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く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

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染色体微小重複による精神遅滞・自閉症症例

精子・卵子・胚研究の現状(久慈 直昭 慶應義塾大学医学部産婦人科学教室 講師提出資料)

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( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

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ASC は 8 週齢 ICR メスマウスの皮下脂肪組織をコラゲナーゼ処理後 遠心分離で得たペレットとして単離し BMSC は同じマウスの大腿骨からフラッシュアウトにより獲得した 10%FBS 1% 抗生剤を含む DMEM にて それぞれ培養を行った FACS Passage 2 (P2) の ASC

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ヒト脂肪組織由来幹細胞における外因性脂肪酸結合タンパク (FABP)4 FABP 5 の影響 糖尿病 肥満の病態解明と脂肪幹細胞再生治療への可能性 ポイント 脂肪幹細胞の脂肪分化誘導に伴い FABP4( 脂肪細胞型 ) FABP5( 表皮型 ) が発現亢進し 分泌されることを確認しました トランスク

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背景 歯はエナメル質 象牙質 セメント質の3つの硬い組織から構成されます この中でエナメル質は 生体内で最も硬い組織であり 人が食生活を営む上できわめて重要な役割を持ちます これまでエナメル質は 一旦齲蝕 ( むし歯 ) などで破壊されると 再生させることは不可能であり 人工物による修復しかできませ

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報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

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別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

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り込みが進まなくなることを明らかにしました つまり 生後 12 日までの刈り込みには強い シナプス結合と弱いシナプス結合の相対的な差が 生後 12 日以降の刈り込みには強いシナプス 結合と弱いシナプス結合の相対的な差だけでなくシナプス結合の絶対的な強さが重要であることを明らかにしました 本研究成果は

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論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

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「ゲノムインプリント消去には能動的脱メチル化が必要である」【石野史敏教授】

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今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

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資料 96-1 第 96 回特定胚等研究専門委員会 161220 動物性集合胚を用いた研究の 意義と倫理的課題 : 発生生物 脳神経科学の視点 東北大学大学院医学系研究科 大隅典子 1

プロフィール 学歴 1984 年 : 東京医科歯科大学歯学部卒 1988 年 : 同大学院博士課程修了 同大学助手 1996 年 : 国立精神 神経センター神経研究所室長 1998 年 : 東北大学大学院医学系研究科教授 2011 年 : 同附属創生応用医学研究センター脳神経科学コアセンター長 2015 年 : 同附属創生応用医学研究センター長 専門分野 著書等 発生生物学 分子生物学 神経科学 科学コミュニケーション 研究倫理 神経堤細胞 ( 共著 東大出版会 ) エッセンシャル発生生物学 ( 訳書 羊土社 ) 心を生み出す遺伝子 ( 訳書 岩波現代文庫 ) 脳からみた自閉症 障害 と 個性 のあいだ ( 講談社ブルーバックス ) 関連研究費等 東北大学脳科学 GCOE 拠点リーダー CREST 脳学習代表 新学術領域 個性 創発脳領域代表 政府関係委員等 第 19 期 第 20 期 第 21 期日本学術会議会員 ( 第 2 部 ) 第 3 期 第 4 期科学技術基本計画専門委員 特定胚及びヒト ES 細胞研究専門委員会人クローン胚研究利用作業部会委員 幹細胞 再生医学作業部会委員 脳科学委員会委員 筑波大学 WPI- IIIS 外部評価委員 東京大学先端研究所ボード会議座長等 2

動物集合胚を用いた研究の意義 ニワトリーウズラのキメラ胚 (1960 年代 ) 神経管交換移植 神経堤細胞の移動や分化の追跡 胸腺の起源の同定 種特有の鳴き声に関わる脳部位の同定 脳の性分化の仕組みの解明 ニコル ル = ドワラン博士 ギリシア神話のキマイラ : ライオンの頭 山羊の体 毒蛇の尻尾を持つとされる ( 画像は Wikipedia より ) ウズラの組織をニワトリの胚に移植してできたキメラヒヨコ : 羽の黒い部分がウズラ由来 この技術が脳の研究にも生かされている ( 写真 : 絹谷政江 / 愛媛大学医学部 ) https://www.brh.co.jp/seimeishi/journal/011/iv_1.html 3

4 動物集合胚を用いた研究の倫理的課題 動物脳にヒト細胞が混入した状況をどのように捉えるか? 動物性集合胚の取扱いに関する作業部会における調査 検討について ( 参考資料 ) 平成 28 年 1 月 19 日

マウス脳への ヒト由来細胞の移植 マウス脳へのヒト胎児前脳由来グリア細胞移植 ヒト由来グリア細胞の機能を知ることを目的 前脳由来細胞より未分化なグリア細胞を選択 レンチウイルスベクターを用いた EGFP 標識 免疫的寛容化マウス新生仔脳への移植 20 ヶ月にわたる定着確認 Han et al.: Forebrain Engraftment by Human Glial Progenitor Cells Enhances Synaptic Plasticity and Learning in Adult Mice. Cell Stem Cell, 2013 5

マウス脳への ヒト由来細胞の移植 マウス脳へのヒト胎児前脳由来グリア細胞移植 ヒト由来グリア細胞の機能を知ることを目的 前脳由来細胞より未分化なグリア細胞を選択 レンチウイルスベクターを用いた EGFP 標識 免疫的寛容化マウス新生仔脳への移植 20 ヶ月にわたる定着確認 電気生理学的に神経機能向上の確認 マウス行動テストによる記憶 学習向上の確認 6

マウス脳への ヒト由来細胞の移植 マウス脳へのヒト ips 細胞由来グリア細胞移植 トランスレーショナルリサーチへの応用 神経病態モデルマウス脳への移植 症状改善の確認 ヒトの疾患への応用を目指す Goldman, Needargard, & Windreme: Modeling cognition and disease using human glial chimeric mice. Glia, 2015 Chen et al.: Humanized neuronal chimeric mouse brain 7

マウス脳への ヒト由来細胞の移植 マウス脳へのヒト ips 細胞由来神経前駆細胞移植 部位によってヒト由来神経細胞の定着率が異なる? 線条体においては高い寄与率 大脳皮質浅層では少ない GABA 陽性の抑制性ニューロンの寄与率は低い ドナー細胞の中ではオリゴ前駆細胞への分化に貢献? Chen et al.: Humanized neuronal chimeric mouse brain generated by neonatally engrafted human ipsc-derived primitive neural progenitor cells.jci Insight, 2016 8

関連研究の動向 初期胚培養技術の向上 培養条件の最適化により 母体由来の因子が無くても 胚盤胞 ( 着床期後 ) までの培養可能 ヒト ES 細胞 ips 細胞を用いて可能 初期発生のメカニズムに関する基礎研究 不妊治療法開発等への応用 Deglincerti et al. : Self-organization of the in vitro attached human embryo. Nature, 2016 Sharbazi et al., Self-organization of the human embryos in the absence of maternal tissues. Nature Cell Biol, 2016 9

10 関連研究の動向 3D 培養技術の向上 ES 細胞 ips 細胞を用いて 自己組織化による三次元的な網膜 大脳皮質構造の構築が可能 Eiraku et al. : Self-organizing optic-cup morphogenesis in three-dimensional culture. Nature, 2011

11 関連研究の動向 3D 培養技術の向上 ES 細胞 ips 細胞を用いて 自己組織化による三次元的な網膜 大脳皮質構造の構築が可能 網膜疾患モデルマウス個体への移植 ヒト網膜疾患の治療法開発を目指す Assawachananont et al. Transplantation of embryonic and induced pluripotent stem cell-derived 3D retinal sheets into retinal degenerative mice.. Stem Cell Reports, 2014

動物集合胚を用いた研究 Wu et al.: Stem cells and interspecies chimaeras, Nature, 2016 12

ヒト細胞混入動物集合胚の限界? ヒトとマウスの初期発生は案外似ていない ステージをマッチさせる必要がある Wu et al.: Stem cells and interspecies chimaeras, Nature, 2016 13

ヒト細胞混入動物集合胚の限界? 胚盤胞等に移植されたヒト由来細胞はどの程度 発生可能か? 異なる種の細胞が共存した状態での発生は難しい? 発生期間 細胞数の差異 マウスの着床 : 受精後 4 日程度 100 個程度 ヒトの着床 : 受精後 5-6 日程度 200 300 個の細胞 ヒト細胞の寄与率が高いほど その後の発生は難しい http://www.riken.jp/pr/press/2009/20090501/ 14

ヒト細胞混入動物集合胚の限界? ヒトとマウスの初期発生は案外似ていない マウスの発生は卵黄嚢膜の中で行われる http://www.riken.jp/pr/press/2009/20090501/ 15

ヒト細胞混入動物集合胚の限界? ヒトとマウスの初期発生は案外似ていない ヒトの発生は平板的 Wikipedia: Human embryogenesis 16

17 ヒトと動物の境界? チンパンジーとのゲノムの差異は約 1.5% 認知機能の隔たりは大きい http://c-next.jp/index.html

ヒトとマウスの脳の差異 https://www.extremetech.com/extreme/154756-scientists-grow-a-mousebrain-that-looks-like-a-humans 大きさの違い 神経細胞の数の違い 神経突起の長さの違い ( 体のサイズの影響もあり ) シナプス数の違い 領域の発達具合の違い ( 大脳新皮質 とくに前頭葉 ) アストロサイトの複雑さの違い Obenheim, Goldman, & Needargard, Methods Mol Biol, 2012 18

ヒト細胞混入動物集合胚の限界? 移植されたヒト由来細胞は動物の体の中でどのように振る舞うのか? 免疫的に寛容なマウスを用いればかなりの期間 定着可能 マウス脳内のヒト神経細胞集団は ヒトとしての意識 を反映できるのか? ヒトの 意識 は生後 5 ヶ月程度から? ヒトとしての認知機能は ヒトの身体に依存する? Kouider et al.: A Neural Marker of Perceptual Consciousness in Infants. Science, 2013 19

まとめ ヒトー動物交雑胚からの個体作製は不可能 動物種として隔たりが大きい 動物性集合胚としてヒトとマウスのハイブリッド脳を作製することは困難 胚盤胞段階でヒト細胞を移植したとしても その後の発生がうまくいく可能性は低い したがって 神経細胞がほぼヒト細胞に置換ったマウスを作製することは困難 ヒト性集合胚を作製することも技術的に困難 ヒトの受精卵に動物細胞を融合させたとして その細胞が定着することは困難 動物脳にヒト細胞を移植することは可能 トランスレーショナルリサーチレベルの研究として 動物性集合胚によりヒトの意識を有する個体を生み出すことは 脳科学的に考えて不可能 20