悪性黒色腫 457 Hodgkin 病, 非 Hodgkin リンパ腫悪性リンパ腫は Hodgkin 病と非 Hodgkin リンパ腫に分類され, 日本では 90% が非 Hodgkin リンパ腫である. Hodgkin 病は無痛性のリンパ節腫脹から初発し, 次第に進展する. 特異的な皮疹がみられることはまれであるが, 転移によって続発性に丘疹や結節が生じることがある. また, Hodgkin 痒疹と呼ばれる皮疹や, 免疫能低下から帯状疱疹などがみられることがある. 非 Hodgkin リンパ腫は Hodgkin 病に比べて多発しやすく, 皮膚を含めリンパ節以外で初発する ( 節外性リンパ腫 ) ことも多い. 節性リンパ腫の病期分類を右表に示す. 原発性皮膚リンパ腫について最新の分類を表.6 にまとめる. 菌状息肉症などの代表的な疾患については本章の各項目で解説する. 表悪性リンパ腫の Ann Arbor 病期分類 (Costwolds 改変 ) Ⅰ 期 1 つのリンパ節領域, あるいは 1 つのリンパ組織 ( 脾, 胸腺,Waldeyer 輪など ) の病変 Ⅱ 期 Ⅲ 期 横隔膜の上下いずれか一側で 2 つ以上のリンパ節領域の病変 ( 肺門リンパ節病変は両側にあれば Ⅱ 期 ). リンパ節領域の数を付記する (Ⅱ2 など ) 横隔膜両側のリンパ節領域およびリンパ組織の病変 Ⅲ1: 脾, 脾門部, 腹腔動脈部あるいは門脈部リンパ節病変のみ Ⅲ2: 傍大動脈, 腸骨動脈, 腸間膜リンパ節の病変 Ⅳ 期リンパ節病変の有無にかかわりなく, 非リンパ組織あるいは臓器のびまん性, 散布性病変, あるいは E の範囲を超えた連続性病変 下位分類 A: 無症状 B:38 以上の発熱, 盗汗,6 か月間で 10% 以上の ( 他に原因のない ) 体重減少のいずれかがある場合 X: 巨大病変 ( 最大径 > 10 cm, 縦隔拡大 > 胸郭の 1/3) E: リンパ節病変から連続性あるいは近位性の 1 つの限局性節外病変 CS: 臨床病期,PS: 病理病期 ( 病理組織学的に確定した病変部位を付記 ) (Lister TA, et al. J Clin Oncol 1989; 7:1630 から引用 ) 悪性黒色腫 ( メラノーマ )(malignant)melanoma;mm メラノサイトの悪性腫瘍. 結節型, 表在拡大型, 末端黒子型, 悪性黒子型の 4 病型に分類される. いずれも黒色で辺縁不鮮明, 色調に濃淡のある病変. リンパ行性, 血行性に転移しやすく, 悪性度が高い. 治療は早期発見, 早期外科的切除が大原則. 他の治療法はあまり効果がない. a. 結節型 b. 表在拡大型 分類臨床症状と病理所見により結節型, 表在拡大型, 末端黒子型, 悪性黒子型の 4 つの病型に分類する ( 図.49, 表.11). 実際には, 上の分類のどれにも当てはまらない中間型や分類不能型が少なからず存在する. c. 末端黒子型 d. 悪性黒子型個 性の異型メラノサイト異型メラノサイトの胞巣図.49 悪性黒色腫の病型分類 (Clark 分類 ) 症状具体的な 4 病型の臨床的特徴を表.11 にまとめる. どの病型においても, 表皮内で水平方向に腫瘍細胞が増殖するところから始まる 水平増殖期 (radial grow phase). この時期は臨床的に濃褐色 黒色の斑として認める. ある程度まで拡大すると, 次第に皮膚面に対し垂直方向へ増殖を始め 垂直増殖期 (vertical grow phase), 斑の一部が盛り上がって黒色結節やびらん, 潰瘍を形成する ( 図.50). 垂直増殖期に至ると, 急
458 章皮膚の悪性腫瘍 表.11 悪性黒色腫 4 病型の臨床的および病理所見 激に転移の危険性が上昇する. 転移は主にリンパ行性に起こり, 原発巣周囲に衛星病巣 (satellite lesion) を形成, 所属リンパ節転移を起こし, さらには肺, 骨, 肝臓, 脳などに遠隔転移をきたす. 通常, メラノサイトは悪性化してもメラニン産生能を有するので, 多くは黒褐色病変となる. 悪性黒色腫を疑わせる臨床像として ABCDE の頭文字で表される 5 つの特徴がある (ABCDE rule, 表.12). まれにメラニン産生に乏しいものもある 無色素性黒色腫 (amelanotic melanoma). 表.12 悪性黒色腫を疑わせる臨床所見の特徴 (ABCDE) 頭文字特徴 A Asymmetry( 不規則形 ) B Borderline irregularity( 境界不鮮明 ) C Color variegation( 色調多彩 ) D Diameter enlargement 拡大傾向( 直径 6 mm 以上 ) E Elevation of surface( 表面隆起 ) 病因 疫学 正常皮膚部のメラノサイトが悪性化して発症するほかに, 母斑細胞母斑 (C クラーク lark 母斑や巨大先天性色素性母斑 ), 青色母斑, 色素性乾皮症などから生じる場合がある. 外傷, 紫外線, 靴擦けいがんれや掻破などの物理的刺激, 鶏眼切除, 凍瘡, 熱傷瘢痕なども誘因となる. 悪性黒色腫は皮膚のみならず, 眼窩内や口腔, 鼻粘膜など他のメラノサイトの存在する臓器にも発生する. 他臓器の原発病変が皮膚に転移し, 多発することがある. 発生頻度および発生部位は, 人種や居住地などによって大きく変化し, 紫外線の影響が示唆される. 紫外線防御能の低い (= メラニンが少ない ) 白人に高頻度に発生し, 露光部位に生じやすい. 一方, 紫外線防御能の高い黒人では発症はまれで, 生じたとしても多くは四肢末端部である. 黄色人種である日本人は両者の中間の傾向を示す. 日本では人口 10 万人あたり約 2 人 ( 年
悪性黒色腫 459 a b c d e f g h i j k l m n o p 図.50 悪性黒色腫 (melanoma) a: 結節型.b,c: 表在拡大型.d k: 末端黒子型.l,m: 悪性黒子型.n: 悪性黒色腫の皮膚転移例.o: 進行性の悪性黒色腫患者に生じた白斑.p: 結膜発生例. 間発症 1,500 2,000 例 ) と考えられているが, オーストラリアでは人口 10 万人あたり 20 人を越える. 近年, 悪性黒色腫は世界的に増加傾向にあり, 高齢化や衣服などの生活様式の変化, オゾン層破壊などによると考えられている.
460 章皮膚の悪性腫瘍 病理所見 いずれの病型でも, 基本的にはさまざまな大きさの異型メラ ノサイトが表皮内 真皮に増殖しており, しばしば細胞が融合して境界不明瞭な大小さまざまの胞巣を形成する ( 図.51). 各病型によって, 異型細胞の浸潤形式に特徴ある相違がみられる ( 表.11). 浸潤の深さは本症の主要な予後規定因子であり, 顆粒層上層から病変最深部までの距離 B ブレスロー reslow の腫瘍深達度 (Breslow s tumor thickness) が重要である. また, 浸潤細胞の到達部位からレベルⅠ Ⅴに分けた Clark のレベル分類も存在する. 診断腫瘍の臨床所見が最重要. 黒褐色をきたす病変をみた場合, 常に悪性黒色腫の可能性を考える. ダーモスコピーの所見 parallel ridge pattern( 皮丘平行パターン ),atypical pigment net- 図.51 悪性黒色腫の病理組織像異型メラノサイトの表皮内から真皮における増殖. 臨床的に黒色調を呈するものでは腫瘍細胞内にも著明なメラニン色素を有する. 表.13 皮膚悪性黒色腫の TNM 分類 T 分類 tumor thickness 潰瘍の状態 / 細胞分裂 Tis 適応しない T1 1mm a: 潰瘍がなく, かつ細胞分裂数が< 1/mm 2 b: 潰瘍があり, または細胞分裂数が> 1/mm 2 T2 1.01 2.0 mm a: 潰瘍なし b: 潰瘍あり T3 2.01 4.0 mm a: 潰瘍なし b: 潰瘍あり pt4 > 4.0 mm a: 潰瘍なし b: 潰瘍あり N 分類転移リンパ節の数リンパ節転移の量 所属リンパ節転移なし N1 1 個のリンパ節 a:micrometastasis( 顕微鏡的転移 ) b:macrometastasis( 臨床的転移 ) N2 2 3 個のリンパ節 a:micrometastasis( 顕微鏡的転移 ) b:macrometastasis( 臨床的転移 ) c: リンパ節転移を伴わない in-transit 転移または衛星病巣 N3 4 個以上のリンパ節転移, 互いに癒合したリンパ節転移, リンパ節転移を伴う in-transit 転移または衛星病巣 M 分類遠隔転移の部位血清 LDH(lactate dehydrogenase) 値 遠隔転移なし 適応しない M1a 遠隔の皮膚, 皮下また 正常 はリンパ節転移 M1b 肺転移 正常 M1c その他の臓器転移 正常 すべての遠隔転移 上昇 micrometastasis とはセンチネルリンパ節生検で診断されたもの. macrometastasis とは臨床的に把握できるリンパ節転移で, 病理組織学的に確認 されたもの. (AJCC/UICC, 2010. Balch CM, et al : J Clin Oncol 27 : 6199, 2009, 日本皮膚外科 学会監修. 皮膚外科学. 学研メディカル秀潤社 ;2010:413 から引用 )
悪性黒色腫 461 表.14 皮膚悪性黒色腫の解剖学的ステージ分類 (AJCC/UICC,2010) 臨床的ステージング * 病理学的ステージング T 分類 N 分類 M 分類 T 分類 N 分類 M 分類 Stage 0 Tis Stage 0 Tis StageⅠA T1a StageⅠA T1a StageⅠB StageⅡA StageⅡB T1b T2a T2b T3a T3b T4a StageⅠB StageⅡA StageⅡB StageⅡC T4b StageⅡC T4b StageⅢ any T N > StageⅢA StageⅢB StageⅢC T1b T2a T2b T3a T3b T4a any T StageⅣ any T any N M1 StageⅣ any T any N M1 * 臨床的ステージングでは, 原発巣の病理学的評価と, 身体所見 画像診断での転移の評価を行う. 通常は, 原発巣の全切除を行い, 局所リンパ節転移, 遠隔転移を臨床的に評価した時点でステージングする. 病理学的ステージングでは, 原発巣の病理学的評価とともに, リンパ節の病理学的評価 ( センチネルリンパ節生検, あるいはリンパ節郭清の情報 ) をも含める. ただし, 病理学的ステージングが 0 またはⅠA は例外で, リンパ節の病理学的評価を必要としない. ( 日本皮膚外科学会監修. 皮膚外科学. 学研メディカル秀潤社 ;2010:414 から引用 ) N1a N2a N1a N2a N1b N2b N2c N1b N2b N2c N3 work( 非対称な色素ネットワーク ) など.3 章参照 が診断に役立つ. 部分生検は腫瘍の播種を招くおそれがあるため禁忌という見解もあったが, 早期に拡大切除するならば基本的に問題ない. 免疫組織学的に S-100 陽性,HMB-45 陽性,MART-1(Melan A) 陽性. 診断が確定したら,TNM 分類と病期を決定する ( 表.13,.14). 超音波検査,CT,PET などで所属リンパ節や遠隔転移の評価をする. センチネルリンパ節生検 (MEMO 参照 ) も有用である. 主に進行期では, 腫瘍マーカーとして血中 5-Scysteinyl dopa(5-s-cd) 値が測定されることがある (1 章 p.11 参照 ). センチネルリンパ節生検 (sentinel lymph node biopsy) 鑑別診断母斑細胞母斑,Spitz 母斑, 基底細胞癌, 老人性色素斑, 化膿性肉芽腫, 有棘細胞癌, 尋常性疣贅, 血管肉腫, 爪下出血などとの鑑別を要する. ダーモスコピーが非常に有用である. 治療 病期に応じて適切な治療法を選択する. 腫瘍深達度が 2 mm 未満であれば, 腫瘍の辺縁より 1 cm 程度の健常部皮膚を付け
462 章皮膚の悪性腫瘍 表.15 悪性黒色腫の治療に適用される DAVFeron 療法の例 薬剤名 ( 商品名 ) 用量 投与例 day 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 ダカルバジン ( ダカルバジン ) 80 140 mg/m 2 1 hr で点滴 ニムスチン塩酸塩 ( ニドラン ) 50 80 mg/m 2 30 min で点滴 ビンクリスチン ( オンコビン ) 0.5 0.8 mg/m 2 30 min で点滴 インターフェロン b( フェロン ) 300 万 IU/body 局注 て切除する. それ以上の厚さの場合は,2 cm 離して切除する. 必要に応じて, 植皮や皮弁, リンパ節郭清, 指趾や四肢切断なども考慮する. 病期が Stage ⅠB 以上であれば, 術後補助療法として DAVFeron 療法 ( ダカルバジン, ニムスチン塩酸塩, ビンクリスチンおよび IFN-b 局所注射. 表.15) およびフェロン維持療法 (IFN-b 局所注射を 1 か月に 1 回維持 ) を考慮する. 再発や転移の早期発見のため, 慎重な経過観察を要する. 遠隔転移を伴う Stage Ⅳでは手術適応は少なく, ダカルバジンを中心とした化学療法や放射線療法, 免疫療法などを行う. しかし化学療法の奏功率は 30% 以下であり, 有効な治療法に乏しい.QOL を考慮した治療法を選択する必要がある. 予後腫瘍深達度と転移の有無が主な予後規定因子である.Stage 0 Ⅳの 5 年生存率は, それぞれほぼ 100%,95%,70%,50%, 10% である.