九州大学学術情報リポジトリ Kyushu University Institutional Repository 歯科では治らない歯の痛み : 歯科における慢性疼痛 坂本, 英治九州大学歯学研究院顎顔面口腔外科学分野歯科麻酔学講座 横山, 武志九州大学歯学研究院顎顔面口腔外科学分野歯科麻酔学講座 Sakamoto, Eiji Depertment of Dental Anesthesiology Kyushu University Yokoyama, Takeshi Depertment of Dental Anesthesiology Kyushu University https://doi.org/10.15017/26657 出版情報 : 福岡醫學雜誌. 104 (3), pp.47-53, 2013-03-25. 福岡医学会バージョン :published 権利関係 :
福岡医誌 104(3):47 53,2013 47 歯科では治らない歯の痛み 歯科における慢性疼痛 九州大学歯学研究院顎顔面口腔外科学分野歯科麻酔学講座坂本英治, 横山武志 はじめに多くの歯科の患者は歯の痛みを主訴に歯科外来を訪れる. いわゆる歯の痛みは虫歯 ( 歯髄炎 ), 歯槽膿漏 ( 歯周炎, 知歯周囲炎 ) および外傷がほとんどを占め, これらは臨床症状と画像所見および肉眼所見がほぼ一致する. 従って通常の歯科治療で歯の痛みは消失していくため, 歯痛の診断, 治療はそれほど難しいものではないとされてきた. しかしそうでない症例もしばしば遭遇する. 歯痛様疼痛の 88% が歯科医院を訪れるなかで3% が歯および歯周囲組織には原因が求められず,9% に原因が歯と歯以外のものが混合しているといわれる 1). このような通常の治療では症状の消失をみない病態を非歯原性歯痛と呼んでいる. 一般の歯科外来患者を対象として1 年間の追跡調査を行ったところ6% に非歯原性歯痛が疑われたとも報告されている 2). 近年, 非歯原性歯痛の診療ガイドライン が発表され, それまで曖昧だったこれら病態が整理された 3). この非歯原性歯痛について著者も担当したこのガイドラインをもとに論じていく. 1. 非歯原性歯痛の発症機序の概略非歯原性歯痛の発症機序の概略は脊髄神経の慢性疼痛発症と類似している. 機序で分類すると1) 関連痛,2) 神経障害に起因する疼痛,3) 中枢における神経伝達物質などの生化学的変化, 情報処理過程の変調による疼痛などに大別される ( 表 1). 1) 関連痛痛む部位とその原因部位が一致しない痛みで, 収束, 投射, 末梢神経の分岐, 軸作反射などにより関連痛が生じると考えられている. 後述する筋 筋膜性歯痛, 神経血管性歯痛, 心臓性歯痛, 上顎洞性歯痛がこれに含まれる. 表 1 非歯原性歯痛のメカニズムによる分類 1. 関連痛筋 筋膜性歯痛, 神経血管性歯痛, 心臓性歯痛, 上顎洞性歯痛, 収束, 投射, 末梢神経の分岐, 軸索反射などにより生じる 2. 神経障害に起因する疼痛神経障害性歯痛末梢性感作, 神経鞘腫からの自発放電, エファプス伝達, 交感神経の関与, 表現形の変化などにより生じる 3. 中枢における神経伝達物質などの生化学的変化, 情報処理過程の変調による疼痛精神疾患または心理社会的要因による歯痛や特発性歯痛器質的異常が認められない慢性疼痛の多くがここに含まれると考えられる. スプラウティング, ワインドアップ, 長期増強, 中枢性感作, 内因性痛覚抑制機構の変調により生じる ( 分類文献 3より ) Eiji SAKAMOTO and Takeshi YOKOYAMA Depertment of Dental Anesthesiology Kyushu University. In Curable Toothache in Dental Office Chronic Pain in Dentistry
48 坂本英治 横山武志 2) 神経障害に起因する疼痛神経障害に起因する疼痛は神経障害性歯痛の発症機序であり, 末梢神経性疼痛と中枢神経性疼痛に分類される. 末梢神経性疼痛は歯科においては抜歯, インプラントなどによる物理的な神経損傷から炎症, 帯状疱疹のようなウイルス感染による神経変性などさまざまな原因がある. 末梢性感作, 神経鞘腫からの自発放電, エファプス伝達, 交感神経の関与により生じる. 3) 中枢神経性疼痛三叉神経におけるニューロンの異常発芽 ( スプラウティング ), ワインドアップ ( 繰り返し痛み刺激が加わると疼痛が増強する ), 長期増強, 中枢性感作, 内因性痛覚抑制機構の変調により生じる. 中枢における神経伝達物質などの生化学的変化, 情報処理過程の変調による疼痛は精神疾患または心理社会的要因による歯痛や特発性歯痛などの, 器質的異常が認められない慢性疼痛の多くがここに含まれると考えられる. 2. 非歯原性歯痛の種類非歯原性歯痛の原疾患は数多く存在するが, その原疾患を理解することが診断および治療につながる. 非歯原性歯痛は原疾患別に分類される ( 表 2). 1) 筋 筋膜性歯痛非歯原性歯痛で最も多い病態のひとつである. 原因不明の歯痛の訴えの多くに筋 筋膜性歯痛を認める. 筋に形成された索状硬結がトリガーポイントとなり, 歯や周囲組織に関連痛を生じると考えられている. さらに原因筋と関連痛の後発部位はすでに Travell らの Myofascial Pain としてその分布が図式化され, 説明されている 4). 原因不明の歯痛の 78.8% に頭頸部の筋 筋膜痛を併発しており 5),Travell らの分布図に当てはめると頭頸部筋 筋膜痛の 49.6-85% は関連痛により非歯原性歯痛を引き起こすことが報告されている. これに対しては薬物療法や神経ブロック療法, 理学療法などが有効である.NSAIDs やアセトアミノフェン, リン酸コデインなどの鎮痛薬や筋弛緩薬塩酸チザニジンが推奨される. 難治性の筋 筋膜痛に対して低用量の抗うつ薬 (10mg 程度のアミトリプチリン ) が有効とする報告もある. 神経ブロック療法としてはトリガーポイントへの局所麻酔薬とステロイドの注射, 星状神経節ブロックが挙げられる. 理学療法にはストレッチ, 低周波刺激療法, そのほか偏光近赤外線照射など光線療法もあげられる. 非歯原性歯痛に対してこれらの治療を単独もしくは歯科治療と並行して行ったところ, 疼痛軽減を得ることができた ( 図 1) 5). 1. 筋 筋膜性歯痛 2. 神経障害性歯痛発作性神経障害性歯痛 : 三叉神経痛など持続性神経障害性歯痛 : 帯状疱疹性神経痛, 帯状疱疹後神経痛, 外傷性神経障害性疼痛, 中枢性卒中後痛など 3. 神経血管性歯痛 ( 片頭痛, 群発頭痛など ) 4. 上顎洞性歯痛 5. 心臓性歯痛 ( 狭心症など ) 6. 精神疾患または心理社会的要因による歯痛 ( 身体表現性障害, 統合失調症, 大うつ病性障害など ) 7. 特発性歯痛 ( 非定型歯痛を含む ) 8. その他の様々な疾患により生じる歯痛 ( 分類文献 3 より ) 表 2 非歯原性歯痛の種類
筋 筋膜性歯痛患者の治療予後 49 図 1 筋 筋膜性歯痛の治療 ( 文献 5より ) 筋 筋膜性歯痛と診断された51 名に対して, 神経ブロック療法 ( 星状神経節ブロック, トリガーポイントブロック ) および薬物療法 ( 鎮痛剤 : アセトアミノフェン 1500mg/ 日あるいはロキソブロフェン 180mg/ 日および筋弛緩薬チザニジン 1-3mg/ 日 ) を行った. 半数以上に軽減を認めた. 2) 神経障害性歯痛文字通り神経障害に起因する疼痛として分類される. 末梢組織, 神経組織の損傷に由来し, 刺激伝導, 伝達機序になんらかの変調を生じている. 神経障害性歯痛はさらに (1) 発作性神経障害性歯痛と (2) 持続性神経障害性歯痛 ( 帯状疱疹性神経痛, 帯状疱疹後神経痛, 外傷性神経障害性疼痛, 中枢性卒中後痛 ) に分類される. (1) 発作性神経障害性歯痛発作性神経障害性歯痛では三叉神経痛が多い. 若年性の症例には脳腫瘍や多発性硬化症に随伴することも報告されているので注意が必要である. 三叉神経痛は血管や腫瘍による圧迫や脱髄性病変により神経根に脱髄が生じ, その部に異常発火が生じるために発現すると考えられている 6). 治療は薬物療法がまず選択される. カルバマゼピンが第一選択薬として推奨される. 副作用も多いため, 継続が難しい場合には第二選択にオキシカルバゼピン, 第三選択にバクロフェンとラモトリジンを推奨している. (2) 持続性神経障害性歯痛持続性神経障害性歯痛の原疾患としては, 帯状疱疹性神経痛, 帯状疱疹後神経痛, 外傷性神経障害性疼痛, 中枢性卒中後痛などが挙げられる. 帯状疱疹性神経痛は帯状疱疹ウイルスによる神経炎で, 神経を破壊することで生じる痛みである. ウイルスが歯髄近傍まで達すると歯髄炎様の歯痛の原因となる. 帯状疱疹後神経痛は神経の破壊によって生じた求心路遮断性疼痛であり, 帯状疱疹の急性期を過ぎた後に後遺する, 感覚鈍麻を伴う慢性持続性の痛みである. 契機がはっきりしているため, 歯痛と誤認されることは少ないと考えられる. また, 中枢性卒中後痛 ( 視床痛 ) は中枢性の求心路遮断で生じる. これは脳卒中発作の後遺症であり, 通常は感覚障害を伴う. 脳卒中発作を自覚せず, 歯痛が唯一の症状になることはきわめて稀である. 帯状疱疹の初期症状は持続性の歯痛であるとの報告が多い. 臨床症状としては健全歯に突然歯髄炎様の疼痛が出現し, 数日の間に激痛となり睡眠を障害することもある. 疼痛が消失するまでには 10 日間程度必要である. 最終的には口腔粘膜や顔面皮膚に水泡を形成する場合が多い. 水疱はできないこともある. 歯髄が失活し根管治療が必要となる場合もある. 帯状疱疹では水疱形成, 皮疹により診断する. 原疾患である持続性神経障害性疼痛に対する薬物療法は, 英国立医療技術評価機構 (NICE), 国際疼痛学会 (IASP), 欧州神経学会 (EFNS), 日本ペインクリニック学会などの各学会が神経障害性疼痛のガイドラインを発表して, 提唱している. 持続性神経障害性疼痛の治療にはこれらの治療ガイドラインに準じ
50 坂本英治 横山武志 て行うことが推奨される. 持続性神経障害性疼痛の薬物療法として, プレガバリンと抗うつ薬の一部を第一選択薬として推奨される. アミトリプチリンなどの抗うつ薬は, 最小用量から開始し増量を試みる. 副作用のために内服困難であれば, イミプラミンやノルトリプチリンなどのその他の抗うつ薬への変更を行う. それでも疼痛に改善が見られない場合, 第二選択として, プレガバリンとそれら抗うつ薬を併用することを試みる. それでも無効である場合には, 専門家へ紹介し, その待機期間に第三選択としてトラマドールの内服やリドカインの局所塗布を試みることが推奨されている. これらを踏まえると持続性神経障害性歯痛には, プレガバリン ( またはガバペンチン ) とアミトリプチリン ( またはノルトリプチリン ) の単剤または組み合わせによる内服と, 局所麻酔薬の局所塗布の併用を最初に試みることが推奨される. 帯状疱疹性神経障害性歯痛では原疾患の治療に塩酸バラシクロビル, アシクロビル, ビダラビンなどが有効であり, 三叉神経痛の前駆症状でぴりぴりとした感覚のみで痛みを生じない, 前三叉神経痛では歯痛として出現することがある. これにはカルバマゼピンやバクロフェンが有効であるという報告がある. (3) 外傷性神経障害性疼痛に対する星状神経節ブロックの効果歯科において抜歯, インプラント手術などの口腔外科的手術での神経障害により神経障害性疼痛が生じる. 神経障害性疼痛は非歯原性歯痛のなかでも治りにくい病態のひとつであり, 治療上のトラブルの原因としてしばしば訴訟に発展することもある. 神経障害性疼痛に対してはこれまでさまざまな臨床的な検討が行われてきた 7)~9). 特に末梢循環の改善による神経修復促進を目的とした星状神経ブロックが多く行われてきたがその効果のほどは明らかではなかった. 外傷性三叉神経神経障害性疼痛に対して星状神経節ブロックを施行し,12ヶ月後の症状を比較した. 非施行群は12ヶ月後も 12/17 神経 (70.6%) に程度は改善しているものの知覚鈍麻が残存していたのに対して, 施行群では 10/19 神経 (52.6%) と残存率が低下していた. 特に開始から2 週間以内の早期開始群では 8/28 神経 (28.6%) と非施行群に対して有意に残存率は低下していた. そのほか, 感覚異常 (Dysesthesia), 痛覚過敏 (Hyperalgesia) などのいわゆるニューロパシックペインに対しても早期開始群では非施行群に対して有意に発症率が低下していた. このことから三叉神経神経障害性疼痛に対する特に早期の星状神経節ブロックは神経回復を促すばかりかその後生じる神経障害性疼痛の予防にも有効な治療法として期待できる ( 表 3) 9). 表 3 Hypoesthesia (+) ( ) 三叉神経ニューロパシーに対する星状神経節ブロック (SGB) の効果 NSGB ESGB * LSGB 12 8 10 5 20 9 Dysesthesia (+) ( ) NSGB ESGB * LSGB 10 6 9 7 22 10 Allodynia (+) ( ) NSGB ESGB LSGB 4 2 3 13 26 16 Hyperalgesia (+) ( ) NSGB ESGB * 5 LSGB 0 2 12 28 17 NSGB : SGB 非施行群 ESGB : 早期 SGB 開始群 LSGB : SGB 施行群 *p < 0.05 vs NSGB ( 文献 8より ) 外科的矯正術 ( 下顎枝矢状分割術 ) を施行後発症した三叉神経ニューロパシーに対する星状神経節ブ ロック (SGB) の効果を検討した. 特に早期 ( 受傷 2 週間以内 ) の SGB は神経症状に対して効果的で あった.
筋 筋膜性歯痛患者の治療予後 51 3) 神経血管性歯痛神経血管性頭痛である片頭痛, 群発頭痛と歯痛の関連はしばしば論じられる. 片頭痛患者の18%, 群発頭痛患者の 20% に抜歯後幻歯痛が現れたと報告されている 10). 神経血管性頭痛により生じる神経血管性歯痛は三叉神経第 1 枝からの関連痛により生じる. 片頭痛, 群発頭痛頭痛, 発作性片側頭痛などの神経血管性頭痛患者が歯痛を主訴に歯科を受診する場合があることはよく知られている. 群発頭痛でも歯や顎関節の痛みとして感じられることがある. 群発頭痛患者 1,163 名の 34% が歯科を受診したことが報告されている 11). また歯科治療および外傷により疼痛部位が変化した片頭痛症例を報告している 12). これら報告は片頭痛発作の誘因に三叉神経領域からのなんらかの刺激入力が関与することを示しており, 神経血管性頭痛と求心路遮断痛との関連が考えられる. 歯科疾患との密接な関連を示唆するものである. 4) 上顎洞性歯痛上顎洞性歯痛は上顎洞からの関連痛や炎症の波及により生じる. 上顎の歯, 特に上顎臼歯部に生じ, 冷水痛, 咀嚼時痛やかみしめによる増強, 違和感を認める. 上顎洞の悪性腫瘍による同様の症例も報告されている. 鑑別的に鼻粘膜に局所麻酔薬を貼付して疼痛が軽減すれば, 上顎洞炎による疼痛の可能性が考えられる. 上顎洞性歯痛は, 基本的に原疾患である非歯原性の上顎洞炎に対する治療 ( 抗菌薬などの薬物療法を含む ) を行うため口腔外科, 耳鼻咽喉科へ診療依頼を行うことを考慮する 13). 5) 心臓性歯痛狭心症などの虚血性心疾患に限らず, 動脈解離, 心膜炎, 肺癌などの胸部疾患から歯痛が生じる可能性がある. 関連痛の事象として最も知られている現象かもしれない. 迷走神経を通じた関連痛として顔面痛が起こるとされる. 心臓性歯痛の特徴は, 圧迫痛, 灼熱痛であり, また両側性にも現れる 14).1,215 名の虚血性心疾患患者のうち 71 名 (38%) が発作時に顔面部に疼痛を生じ, そのうち 60 名 (85%) は胸痛と同時に顔面痛を自覚していたが 11 名 (15%) は顔面痛のみであったと報告している 15). 心臓性歯痛は原疾患の専門である循環器科, 内科などへ診療依頼を行い, 精査 加療することが推奨される. 6) 精神疾患または心理社会的要因による歯痛不安や抑うつの気分障害やパーソナリティー障害の身体化により歯痛が発現する場合があることが報告されている. これらは DSM-IV での身体表現性障害の疼痛性障害という診断に一致する 16). 情動や経験 過去の記憶などが関連して中枢で生じると考えられるが, この身体化のメカニズムは明らかではない. 精神疾患による歯痛は, 両側性に生じうるなど解剖学的な神経支配領域との一致をみないことがしばしばあること, 持続性, 遷延性で, 感情的な要因と症状が関連していること, 症状が歯科治療や外傷といったエピソードではなく, 心理的要因 ( 親戚がガンになった部位に痛みが発現するなど ) を象徴していることなどの特徴がある. 精神疾患による歯痛で身体表現性障害, 統合失調症, 大うつ病性障害などが疑われる場合は, 精神神経科などへの診療依頼やリエゾン治療, 薬物療法 ( 抗うつ薬や抗精神病薬など ) が推奨される. 7) 特発性歯痛 ( 非定型歯痛を含む ) 特発性歯痛は歯や歯肉に外傷の既往がなくても発症する痛みで, これまでのいずれにも属さない痛みである. 診断基準が不明瞭であるため, 集学的な研究はほとんどない. そのなかで Ram らの 3,000 名の電子診療録より非定型歯痛を後向きに抽出した報告によると非定型歯痛と診断された患者は 64 名 (2.1%) であり, 非定型歯痛患者の64% において疼痛の原因は不明であった.79% が効果のない歯科治療の既往があった 17). 末梢の神経障害性疼痛だけでは説明できず 中枢における疼痛処理過程で痛みの修飾や増幅が生じる ことが原因であると考えられる 18). 非定型歯痛は歯または歯周組織の痛みが数か月以上持続すること, 局所麻酔の効果は不明瞭であり, 客観的な器質障害の所見や画像所見の異常は認めないといった臨
52 坂本英治 横山武志 床的特徴を有する 19). より中枢性の要素の強い神経障害性疼痛と位置づける報告もある 20). また他の慢性疼痛 ( 頭痛, 頸部 腰痛, 線維筋痛症, 筋 筋膜痛, 過敏性大腸炎, 骨盤内疼痛 ) と併存することが多いことが知られている 21). 口腔顔面痛の分野では Woda は, 高次中枢が関与しており, 生化学的 心理的に脆弱な個人に, 感情的なストレス+ 末梢の物理的刺激 が重なったときに, 標的組織へのニューロペプタイドの放出が促進されて発症するのではないか という仮説を提唱している 22). おわりに本総説においては非歯原性歯痛の発症機序, 診断, 治療に対して概略した. 多くの非歯原性歯痛患者が歯科では 歯は大丈夫ですけどね といわれ, 関連医科診療科にいくと 何ともないから歯じゃないですかね. といわれている. その結果行き場のない非歯原性歯痛患者は適切な治療機会を得られていなかった印象をうける. 非歯原性歯痛はまさに歯科と医科のピットフォールなのかもしれない. 日本口腔顔面痛学会の作成した 非歯原性歯痛の診療ガイドライン が公開されたことで非歯原性歯痛の理解が得られるようになってきた. 厚生労働省の痛み研究の推進と相まって, 歯科においても慢性痛である非歯原性歯痛への関心が高まってきている. これまで歯科においては非歯原性歯痛についての系統だった歯学教育の機会がほとんどなされていなかった. このことを受けて非歯原性歯痛の原疾患を理解するためのテキスト, スライド作成が進行中であり, 国家試験要項にも盛り込まれることになった. 今後非歯原性歯痛への認識が拡大していくことを期待する. 歯に原因がないにもかかわらず抜髄や抜歯に至ることが少しでも減少するように, 所見と一致しない歯痛を遭遇したとき, 本稿を参考にして頂くことを希望している. 参考文献 1) Sanner F : Acute right-sided facial pain : a case report Int Endod J43: 154-162, 2010. 2) 重田優子, 小川匠, 松香芳三, 安藤栄里子, 深川菜穂, 山崎泰志, 豊田長隆, 福島俊士 : 非歯原性歯痛の発症 頻度およびその内容, 日本顎関節学会雑誌 17:146-152,2005. 3 和嶋浩一, 矢谷博文, 井川雅子, 小見山道, 坂本英治, 松香芳三, 村岡 渡 : 非歯原性歯痛診療ガイドライン. 口本口腔顔面痛学会雑誌 4:1-88,2012. 4 Travell & Simons' Myofascial Pain and Dysfunction : The Trigger Point Manual : Upper Half of Body (Vol. 1), second edition David G. Simons, Janet G. Travel, Lois S Simons. Williams &Wilkins, 1999. 5) 坂本英治, 諸冨孝彦, 北村知昭, 椎葉俊司, 矢野淳也, 永吉雅人, 寺下正道, 仲西修, 風間富栄 : 難治性口腔 顔面痛への直線偏光近赤外線の効果についての検討 : 日本レーザー治療学会誌 6(2):22-25,2007. 6) 日本頭痛学会新国際頭痛分類普及委員会 : 国際頭痛分類第 2 版日本語版. 日本頭痛学会誌 31:1-188,2004. 7) 今村佳樹, 坂本英治, 椎葉俊司, 岩本将嗣, 河原博, 安坂将樹, 田原史子, 中島享彦, 福田仁一 : 仲西修, 歯 科治療後にみられる知覚異常の予後診断に関する研究 自覚症状について Pain Research 16(2):83-89, 2001. 8) 坂本英治, 椎葉俊司, 今村佳樹, 岩本將嗣, 河原博, 仲西修 : 三叉神経ニューロパシーへのパロキセチンの効 果, 日本臨床麻酔学会雑誌,23(1):7-11,2003. 9 坂本英治, 椎葉俊司, 今村佳樹, 坂本和美, 松本吉洋, 石川敏三, 岩本将嗣, 河原博, 仲西修 : 外傷性三叉神 経ニューロパシーに対する星状神経節ブロックの効果,Pain Research 18(1) 25-30,2003. 10 Nicolodi M and Sicuteri F : Phantom tooth diagnosis and an anamnestic focus on headache. N Y State Dent J 59 : 35-37, 1993. 11 van Vliet JA, Eekers PJE, Haan J and Ferrari MD : Features involved in the diagnostic delay of cluster headache. J Neurol Neurosurg Psychiatry 74 : 1123-1125, 2003. 12) Pain remapping in migraine : novel characteristic following trigeminal nerve injury Hussain A, Stiles MA, Oshinsky ML Headache 50 : 669-671, 2010. 13) Levine HL : Otorhinolaryngologic causes of headache. Medical Clinics of North America 75 : 677-692, 1991. 14) Sampson JJ and Cheitlin MD : Pathophysiology and differential diagnosis of cardiac pain. Prog Cardiovasc Dis 13 : 507-531, 1971.
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