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図 1 電子天びんの構成 2 2 電子天びん ( 電磁式 ) の原理電子天びんの構成を図 1 に示す 主となる機構は次の三つから成り立っている 一つ目は, その重さを測ろうとする物 ( 被測定物 ) の質量を電磁力でつり合わせる復元力 ( 電磁力 ) 発生機構, 二つ目は, つり合い状態を監視する変位検出機構, 三つ目は制御機構である 復元力発生機構は, 磁石とフォースコイルの組み合わせになっている コイルに電流を流すとフレミングの左手の法則により電磁力が発生し, こちら側 ( 図では右側 ) のさおが下向きに動く力となる つまり, この力が, 物理天びんの分銅の代わりになるわけで, 被測定物に対し, つり合いがとれるように, 自動的に電流が調節され, ちょうどつり合う状態になったとき, コイルに発生する力 F と荷重 W が合致していることになる このときの電流の大きさで荷重すなわち物の重さが分かることになる このように, 物理天びんと違って電子天びんのバランスを取るための電磁力は重力加速度に関係のない力である ( 図 2) 重力加速度は, 場所によって異なるので, 同じ質量のものでもつり合いに必要な電流は被測定物にかかる重力加速度に応じて変化してしまうことになる つまり, 電子天びんの感度が変わることになり, そのまま測定すると同じ質量のものでも, 表示される重さが変わってしまう 例えば, 同じ電子天びんで感度校正を行わずに, 同じ質量のものを東京と稚内で測定すると, 重力加速度が違うため, 被測定物の質量の 1100 分の 1 の測定誤差が生ずる ( 表 1 参照 ) このため, 精密電子天びんのように, 分解能が数万分の 1 から数百万分の 1 となる高精度の電子天びんでは, 実際の使用場所で, 分銅を用いて校正することが必要になる 場所 ( 重力加速度 ) の問題のほかに, 温度にも注意が 図 2 物理天びん ( 上 ) と電子天びん ( 下 ) の原理の比較 表 1 電子天びんの使用地の違いによる感度誤差 使用地 重力加速度 [cm/s 2 ] 1kg 分銅の測定 ( 東京で感度校正 ) 稚内 980.62273 1000.88 g 東京 979.76319 1000.00 g 鹿児島 979.47215 999.70 g 必要である 電磁力を発生させるマグネットは温度によりその強さがわずかながら変化する性質があり, これも感度が変化する原因となる 一般に, 電子回路に工夫を ぶんせき 3

表 2 温度変化による電子天びんの感度変化と測定誤差 表示けた数 秤量 / 最小目盛り 感度の温度係数 5 C 変化時の誤差 5 けた 200 g/10 mg 10~20 ppm/ C 200 g で 10~20 mg (1~2 目盛り ) 6 けた 200 g で 2~3mg 200 g/1mg 2~3ppm/ C (2~3 目盛り ) 7 けた 200 g で 1~2mg 200 g/0.1 mg 1~2ppm/ C (10~20 目盛り ) 7 けた 40 g で 0.2~0.4 mg 40 g/0.01 mg 1~2ppm/ C (20~40 目盛り ) して温度補償が行われているがそれにも限界があり, 市販の電子天びんでは表 2 のような感度の温度係数になっている 温度変化による感度変化によって, 表 2 に示すような誤差が生じるので, 高分解能の電子天びんでは, 室温が変わるたびに感度校正が必要となる 室温のほかに, 天びんそのものが通電直後は温度が変わりやすいので, 感度校正は通電後十分時間をとって, 測定の直前に行うほうが良い なお, 感度校正とは, の操作を行うことをいう まず, ひょうりょう秤量皿になにも載せない状態で 0.0000 g と表示させ ( 最小表示 0.1 mg の場合 ), 次に, 例えば 200 g の分銅を載せて, 表示を 200.0000 g に合わせる操作をいう なお, 厳密に校正された分銅の場合, 元々 ( あるいは表示が )200 g であっても, その校正値が 200.0020 g のように細かい数字になる場合があるので, その場合は, 表示は 200.0020 g として校正する 最近は,ISO 9000 シリーズやGLP, GMP 等に関連して, 使用している天びんが公的に正確であると証明することが必要な場合が多い そのためには, 天びんや使用分銅の校正結果には, 不確かさがすべて表記された国家標準とのトレーサビリティが不可欠となっている JCSS( 計量法校正事業者認定制度 ) は, このトレーサビリティが保証された標準物質 ( 分銅 ) に付けられる標章である これを付された分銅で校正された天びんは, 公的に正確であるということになる あるいは, 手持ちの分銅を外部機関にて JCSS 校正し, これを用いて, 天びんを校正することも可能である 分銅の扱いについて次の点に注意すべきである 保存は, ケースに入れて湿度を低い状態に保つ また長期保存していると, その保存状態によっては質量が変化する場合があるので, 外部機関に出して分銅そのものを校正し, これを用いて天びんを校正することも必要である また, 分銅の出し入れにはピンセット等を用い, 素手では触らないようにする これは, 手てあか垢や汗による重さの変化が起こることを防ぐのと, これらの付着によるさび錆の発生などの変化を起こしにくくするためである なお, 電子天びんに内蔵されている分銅で自動校正される装置も広く使用されるようになっている これら は, 通常の使用では, 校正に関して装置に任せておけばよいが, 年 1 回程度は外部分銅で校正することが望ましい 2 3 天びんの設置, 調整筆者が学生であった昔々, 天びん室といえば, 北向きの冷暖房設備のない部屋であった これは, 温度変化がなるべく小さい環境が望ましいとのことからで, 一般に, 天びんの測定環境温度は 18~30 C の範囲で一定であること, その変化は 2 C/hr であることが必要である よって, 直射日光があたる場所や, オン オフ制御のエアコンから出てくる風が直接天びんにあたるような場所に, 天びんを設置することは避けるべきである もしこのような場所に設置せざるを得ない場合は, 天びんに 覆い を設けることなどにより, その影響を小さくすることができる この場合の 覆い は前方のみ開方し, 材質は木またはプラスチックが適当である なお, プラスチックには帯電防止を施すことが必要である また, 天びんの設置台は, 振動の影響を受けにくい, しっかりしたものが望ましい 温度変化のほか, 気流 ( 風 ) や振動の影響も受けるので, ドアの近く, 人が頻繁に通る通路の近く, 振動を生じる装置の近くなども, 天びんの設置を避けるべき場所である 設置後は, 装置についている水準器の気泡が真ん中にくるように水平に設置する なお, 秤量中に試薬等をこぼすなどして, 秤量室内に放置しておくと, 錆びたりして故障の原因にもなるので, 使用後はこれらが残らないように柔らかい筆などで除去し, 常に清浄にしておくことが必要である あるいは, 秤量室内で試薬等を加えたり除去したりして, 採取量を調整すると, 試薬等をこぼす可能性が高くなるので, あらかじめ目標の概量を他の簡易天びん等で採取し, 電子天びんは精秤のみとするように天びんを使い分ける場合もある 2 4 実際の測定での注意点 2 4 1 温度先に, 温度変化が感度に影響を与えることを書いたが, さらにのような注意が必要となる 特に, 室温が低い場合, 最小目盛が 0.1 mg の高感度の天びんでは, 測定者の体温が影響することがある 被測定物を直接手で持って秤量室内へ出し入れすると, 測定者の体温によってゼロ点変化や対流が生じる 対策としては, できるだけ天びんから体を離すこと, 秤量室内へ手を入れないようにすることである そのために, 被測定物を直接手で持たずに長いピンセットなどを使用して出し入れするとよい 被測定物を直接持つと, 体温の影響のほか, 手垢 ( 汗, 脂 ) などが付いて重量変 4 ぶんせき

化が起こることがあるので, 直接手で持つことは避ける 被測定物と秤量室内の温度差についても注意が必要である 温度差が 1 C でもあると秤量室内で対流が生じ, からゼロ点変化が起こる また, 空の容器では, 中の空気の密度が変わり容器の重さが変化したように見えることがある 例えば, 空気の密度の温度変化は1 C 当たり 0.0041 mg/cm 3 であるので, 天びんの中の温度が外に比べ2 C 高い場合,100 cm 3 のビーカーでは (100 0.0041 2=)0.82 mg 軽くなるという誤差を生じる 見方を変えれば, 天びんの内部温度が高い場合に, 空のビーカーを天びんの中に入れ秤量皿に載せると, ビーカーの中の空気がしだいに暖まり膨脹してビーカーからあふれ出て, 天びんの表示がマイナス方向に変化していくということになる ( 図 3 参照 ) これらの対策として, 被測定物の温度が天びんの秤量室内の温度と同じになってから秤量皿に載せ, 測定するようにする 特に, 天びん台の天板としてよく使用されている大理石等は室温に比べ冷たい場合が多いので, このような温度差の大きな台の上に被測定物を直接置かないように気をつける また, 冷却したり, 加熱した被測定物は, 室温になってから測定を行うようにする 特に精度を重視する場合は, 測定の数時間前から被測定物を天びんの秤量室内に入れておき, 被測定物の温度が天びん内と同じ温度になってから秤量皿に載せ, 測定するというような操作が行われることがある なお, 被測定物そのものを加熱乾燥して, 冷却後に測定する場合は, 乾燥が確実に終了したことを確認するために, の操作を行う まず, 一定時間加熱後, 乾燥剤を入れたデシゲーター内で十分冷却してから秤量する その後, さらに加熱乾燥を行い, 冷却後二度目の秤量を行う 最初と二度目の秤量値が,( 許される誤差範囲内で ) 同じであれば恒量に達したとし, この値を採用する 恒量に達しない場合は, 恒量に達するまで, 乾燥 冷却 秤量のサイクルを繰り返す んの設置, 調整 でも述べたように, ドアや窓の開閉, 周辺の人の動きで気流が生じて, 天びん内に入り込み, 表示を不安定にすることもよく起こる これらに対する対策としては先に述べたように, 天びんに覆いを設ける, 設置場所を変えるなどがある 2 4 3 被測定物の密度 ( 水 1gは銅 1gより重い?) 水中だけでなく, 大気中にある物体にも皆, アルキメデスの原理で説明されるように浮力が働いている したがって, 浮力分だけ軽く測定されることになる 電子天びんは分銅 ( 密度 8.0 g/cm 3 ) で校正されるので, 被測定物の密度が分銅の密度より小さい場合, その差の分だけ軽く表示されることになる 天びんの表示値は, 被測定物の密度が 8.0 g/cm 3 のときだけ正しく, 密度差が大きいと, その差が大きくなる これらが無視できない場合, 被測定物の密度と分銅の密度の差の分による浮力補正をすることが必要となる 被測定物の質量と密度, 分銅の質量と密度をそれぞれ X g, d x g/cm 3, M g, d m g/cm 3, 空気の密度を r g/cm 3 とすると, 被測定物の質量は式 ( 1 ) のようになる X = M{1 + r(1/d x - 1/d m )}=M + MK = M(1 + K)... ( 1 ) ただし,K = r(1/d x - 1/d m ) K は浮力補正係数と呼ばれ, 単位質量当たりの補正量を表している 図 4 に被測定物の密度と浮力補正係数のグラフを示す 密度 1g/cm 3 の試料 ( 例えば水など ) では, 相対誤差が約 1/1000 (0.1%) であることがわかる つまり,1.0000 g と表示されても実際は,1.0010 g ということになる これらの差の考慮が必要かどうかは, その分析の要求される精度による 例えば, 溶液希釈で, その希釈倍率を質量比で決める場合, 希釈前後の密度の差はほとんどないので, 浮力補正は考慮しなくともよいなどである 2 4 2 気流気流 対流 ( 風 ) に関しても注意が必要である 気流が秤量皿に当たると, 皿に力がかかるので誤差を生じたり, 表示が不安定になったりする また, 2 3 天び 図 3 温度差による秤量室内での対流, 空気密度の変化例 図 4 被測定物の密度と浮力補正係数 ぶんせき 5

2 4 4 静電気一般に相対湿度 50% になると, 多くの物質が帯電するようになり, 静電気の吸引力や反発力が発生し, その結果, 質量測定誤差が生じたり, 表示が不安定になったりする 静電気による影響を定量的に示すのは難しいが, 通常プラスチックやガラス, 合成樹脂系のa 紙などは大きな影響を受けやすい また, 加熱乾燥後の試料や容器は帯電しやすいので十分な注意が必要である 対策としては, 試料や容器をアルミはく箔などで包むこと, また, 天びんの秤量室内に水を入れた容器を置いて, 秤量室内の湿度を上げるなどがある 後者の場合, 吸湿しやすい試料はふた蓋ができる容器を使うことで対応する また最近では, 静電気を除去できるイオナイザなどが市販されている なお, 測定室の湿度は 60%~80% が適当と考えられる 2 4 5 吸湿しやすい試料あるいは揮発 蒸発しやすい試料吸湿しやすい試料を測定する場合や, 蒸発したり, 乾燥しやすい試料の場合, 重量変化のため, 正確な測定ができないことが多い 特に,0.1 mg まで測定する場合に十分注意が必要である この対策として, 秤量瓶 防湿保護管 微小アンプルなどを使用して, 試料を密閉した状態で測定する必要がある 密閉することが困けた難な場合など, 質量変化を無視できない場合は, 有効桁数を少なめに評価することが必要である つまり, 天びんの最小秤量値が 0.1 mg まであっても, 吸湿や蒸発の影響で 10 mg は安定しない場合,100 mg 以上の桁数のみを採用するようにする また, このように大まかな秤量しかできない試料に関して, 正確な値 ( 濃度 ) が必要な場合, 安定な状態 ( 水溶液など ) にした後, 別法で求める場合がある 例えば, 滴定による水酸化ナトリウム溶液の標定などがこれに相当する なお, ピペットの校正 ( 採取量の確認 ) など少量の水の重量を測定する場合, 乾燥した状態の容器に直接採るよりも, 容器の底にあらかじめ水を入れておくと, 蒸発の影響を小さくできる 2 4 6 正確にはかり採る試料を溶解するために秤量する場合, 薬包紙などに採取, 秤量し, 溶解容器に移す操作では, 試料によっては薬包紙に残りやすいものがあることを考慮すべきである はかり採りの誤差を小さくするには, 溶解を行う容器 ( ビーカーなど ) に直接試料を採取するのが有効である この容器内で完全に溶解してから全量フラスコに移す さらに, 容器の洗浄液 ( 数回分 ) もフラスコに入れて, 完全に移すことを心がける 図 5 汎用的な体積計 ( 縮尺は不均一 ) 3 容量をはかる 3 1 体積計の種類と基本的な扱い方 3 1 1 体積計の種類溶液用の体積計には, 一定量を採取し, 別の容器に移すためのピペット, メスシリンダー, 一定量にすることを主とする全量フラスコ, 滴定に使用されるビュレットなどがある ( 図 5) ピペットには, 駒込ピペット, メスピペット, 全量ピペットのほか, 一般にはピペッターと呼ばれているもの (JIS では, プッシュボタン式液体用微量体積計 ) もある これらのピペットの種類の違いは, 用途や精度による 駒込ピペットは, 精度は劣るが一定量を簡単に採取できる あるいは,pH 調整の場合のように, 微量の液を滴下するのに便利である メスピペットは, 精度的には全量ピペットに劣るが, 最小目盛りが全容量の 1/100 程度 (10 ml の場合 0.1 ml) で, 採取量の自由度が大きいのが特長である 全量ピペットが最も精度が高く, 容量を正確にはかり採るには欠かせないものである これら体積計は, ガラス製のものが多く使用されているが, 樹脂製のものもある 樹脂製はガラス成分の汚染が問題になる場合, 溶液がアルカリ性, あるいはフッ化水素酸を含む場合などに使用される ただし, 樹脂の種類によっては, ガラスに比べ変形しやすいなどの欠点もあるので, 精度が要求される場合は容量を重量法で確認するなどしてから使用したほうが良い 3 1 2 基本的な扱い方正確にはかり採るためには, 使用前に器具を洗浄しておくことが重要である 洗浄法は, 汚れの種類や器具の材質によるが, 一般的には有機汚濁を洗剤で除き, 無機の汚れは酸にしんせき浸漬して除く なお, 精度を要求される体積計は, 汚れがひどいからといって, 内壁をブラシでこすりながら洗浄するのは避けたほうが良い ブラシによる摩擦で内壁が傷つき, 正確な容量にならなかったり, 6 ぶんせき

傷つけた面からガラス成分が溶出しやすくなることがある 水溶液を採取する場合は, 使用前に純水でよく洗浄してから使用する 器具の乾燥に関しては, 乾燥中に汚染をすることもあるので, 必要な場合以外は乾燥しないほうが良い なお, 有機溶媒を採取する場合は, アセトン等で洗浄した後, 低温ドライヤーなどで乾燥してから使用する なお, 乾燥機等による加熱乾燥は避けたほうが良い これも加熱による器具の変形が懸念されるためである 洗浄が確実に行われていることの目安は, 水が内壁面に一様に残るようになった状態で, 液滴が残っていたり, 水がはじかれている部分がある場合は洗浄が不十分であると判断される 通常体積計の呼び容量は, 液温が 20 C の液体を対象としているので, これら体積計に採取する液体も常温になっていることが必要である 冷却あるいは加熱した液体は, 常温になってから採取するように心がける なお, 体積計にも許容誤差がある 呼び容量が大きくなると, 許容誤差の絶対値も大きくなるが, これを呼び容量で割った相対誤差は, 呼び容量が大きくなると小さくなる よって, 誤差を小さくするためには, なるべく大きな呼び容量の体積計を使用するほうが良い 例えば, ある溶液を 10 倍に希釈する場合,1.0 ml 採取し, 10 ml にメスアップするよりも,10 ml 採取し,100 ml にメスアップするほうが希釈に伴う相対誤差は小さくなるということである ただし, 多くの容量の液を調製することによる無駄も考慮する必要はある 3 2 ピペットの使用法 3 2 1 全量ピペットの扱い方ピペットを使って試料溶液を採取するときは, 元の試料や標準液の容器に直接ピペットを入れて採取することはできるだけ避ける これは, 試料溶液や標準液にピペットの先端が入ることによる汚染を回避するためである そのために, 採取する液の一部を別の清浄な容器に分取し, この分取液を採取する なお, 別容器に移して, 必要な量を採取し終わった残りの液は, 汚染されている可能性があるので, 元の容器には戻さず捨てる そのため, この別容器には必要以上に試料を移さない なお, この方法 ( 別容器に移して採取する ) のは通常, 元の溶液 ( 採取した試料溶液や標準原液など ) を希釈するときにのみ行えば良い 希釈の都度, この操作をしていると手間がかかる また, たとえ希釈の際に汚染が起こってしまっても, 元液からやり直すことができる つまり, 一旦希釈した溶液には, ピペットを直接入れても良いということである 実際の採取では, ピペットに最初から全量を採取するのではなく, まず採取する液でピペットの共洗いを行う 具体的には, 採取する液の少量をピペットに採り, これを水平にし, 軸方向に回転するなどしてピペットの内面全体に行き渡るようにして, いったん捨てる 同じ動作を 3 回程度繰り返すことにより, 内面は採取液に入れ替わる なお, 容量が少ないピペットでは全量を採取し, 共洗いを行っても良い その後, 実際の試料溶液の採取は, の手順による 1. ピペットの下端を液中に 20~30 mm 程度浸し, 液を吸い上げる 2. 液を標線の上約 10~20 mm のところまで吸い上げる 3. ピペットを採取試料液面から持ち上げ, ほぼ垂直に保持して先端をその容器の内壁に軽く触れさせながら, 液を少しずつ排出させ, 液面 ( メニスカス ) を標線に正しく合わせる 4. 移し入れる容器上にピペットを静かに移動し, ピペット先端をその内壁に軽く触れさせながら液を自然落下で排出する 5. 自然落下での排出が終わったら ( 液面の移動が止まったら ), そのまま一定時間 (5~10 秒程度 ) 保った後, ピペット上端を指でふさぎ, 球部を手で握り温めて, 内部の空気の膨張で先端の残液を押し出す 6. ピペットを取り去る 上記の動作 1 で, ピペットの下端を液中に 20~30 mm 程度浸し, と浸ける深さまで記述したのはつ, 深く浸けすぎるとピペットからの汚染を起こす可能性が高くなり, 逆に浸ける部分が浅すぎると途中で空気を吸ってしまい急激に液が吸い上がってしまうことがあるため, でこれらを考慮したものである 特に, 全量フラスコの液を採るのに, ピペットの膨らんだ部分がフラスコの首に当たるなどして, ピペットの先端が十分液に浸からないまま吸引しないように気を付ける このような場合, 採取すべき液を別容器に移してから採取する また, 先端をビーカーなどの容器の内壁に軽く触れさせながら とあるのは, 液をスムーズに出し, 移す容器内での試料の跳ね返りなどを防ぐためである 標線に合わせるために液を排出する場合, ピペットの 図 6 標線の見方 ぶんせき 7

表 3 全量ピペットの排出時間と許容誤差 (JIS R 3505) 項 目 0.5 ml 2mL 5mL 10 ml 呼び容量 20 ml 25 ml 50 ml 100 ml 200 ml 排水時間 (s) 3~20 5~25 7~30 8~40 9~50 10~50 13~60 25~60 40~80 許容誤差 (ml) クラス A ±0.005 ±0.01 ±0.015 ±0.02 ±0.03 ±0.03 ±0.05 ±0.08 ±0.1 クラス B ±0.01 ±0.02 ±0.03 ±0.04 ±0.06 ±0.06 ±0.1 ±0.15 ±0.2 上端を抑えている人差し指を少しゆるめて, 液をゆっくりスムーズに排出するように心がける この指が濡れていたりすると, ピペット上端と密着してスムーズに排出することが難しくなるので, 注意する また, 人差し指はそのままで, 親指と中指でピペットのほうをゆっくり水平に回すと, 微妙な排出に効果的な場合もある 全量ピペットの標線は, その付された部分にほぼ一周ぐるりと付けられている よって, 標線を水平に見ていれば一本線で見えるはずで, 二重に見えるということは水平に見ていないことになる また, 液位を標線に合わす際には, 液面で一番低い部分 ( メニスカス ) で合わせる このとき, 片目ではなく, 必ず両目で見るように心がける ( 図 6) 自然落下で とあるのは, 吹くなどして強制的に排出してしまうと内壁に液が多く残り, 採取量が呼び容量より少な目になってしまうからである 全量ピペットについては, その排出時間が JIS に規定されている ( 表 3) これを満たさないものは JIS 規格外となる 元々 JIS 規格に準拠しているものでも, 規定より早く落ちるものはその先端が欠けている, 遅いものは先端が詰まり気味なっている等の原因が考えられる 欠けてしまっている場合は使用不可, 詰まっている場合はこれを除去し, 排出時間が規格内に入れば使用可と判断される 自然落下の後の先端に残る残液については, 残したままとしている機関や人があるかもしれない しかし, 検定機関等では残液を出して検定を行っているので, すべて出し切ることが望ましい なお, 最後の排出方法については, 特に容量が小さい ( ふくらみ部分が小さい ) ものなどは, 手による加温では出し切れない場合もある この場合, 駒込ピペットで使用されているゴムキャップを使用して押し出しても良い 口を付けて吹き出すのは, 唾液で汚染する等の可能性もあるので, 避けたほうが良い なお, ピペットは他のものに触れて汚染しないように ( 特に先端部分 ), ピペットスタンド等を用意し, これに置く 吸い込むと危険な試料の場合には, 安全ピペッターを使用する いくつかのタイプがあるが, 典型的なものを図 7 に示した 基本的な使用法はである 三つの弁は, 押さえる ( 指でつまむ ) と空気が通じる 図 7 安全ピペッター ( 開く ) ようになっている まず, ピペット上端に安全ピペッターを取り付ける ( この際, ピペットを折らないように, なるべくピペット上端部分を持って取り付けるようにする ) 上の弁(A) をつまみ, 球部を押さえて空気を出し, つぶれた状態にする 液を吸引するときは下の弁 (S) をつまむと球部が膨らもうとする力で吸引される 標線より上まで吸引した後, 枝部分にある弁 (E) をつまんで排液し, 標線に合わせる ピペットの先端を容器の内壁に接触させ, 枝部分にある弁をつまみ続け, 排液する 先端に残った液は, 枝部分の弁 (E) をつまんだまま枝口を指で閉じて,E 側に押すようにして押し出す 使用途中で球部の膨らんでしまった場合は, 上の弁 (A) をつまみ, 球部を押さえて空気を出す 3 2 2 メスピペットメスピペットの場合は, 採取量が全容量と近いものを使用する 例えば,2.5 ml 採取したい場合は, 全容量が 10 ml のものより 5mLのものを使用するのが良い また,1.5 ml, 2.5 ml と採取する場合, 最初は目盛りゼロから 1.5 ml まで, 次は 1.5 ml から 4.0 ml で, 2.5 ml 採取とはしないで,2.5 ml 採取の場合も目盛りゼロからスタートし,2.5 ml とするほうが精度は良くなる 8 ぶんせき

3 2 3 プッシュボタン式液体用微量体積計プッシュボタン式のもの ( ピペッター ) は, 操作が簡単で, 素早く指定量を採取できるので, 広く使用されるようになっている しかし, 一般にガラス体積計に比べ, 容量が変化しやすいことや, 採取量が少ないことが多い このため, ピペッターを用いて精度を要する分析に使用する場合には, ガラス体積計とは違った注意も必要になる まず, 基本的な使用法やメンテナンス法を取扱説明書で確認する 精密機器であることを意識し, 取り扱いや, 定期的なメンテナンスを怠らないように注意する 詳細な採取法は, のようになる まず, 容量に応じたチップを本体に取り付けるが, この際チップは素手で触らないように気を付ける あらかじめチップがケースにセットされており, 手を使わずに取り付け可能なものもあるが, そうでない場合 ( 袋に入ったものなど ) は, 汚染防止の手袋をした手で取り付けを行う 採取する場合は, 採取量を確認した上, プッシュボタンを1 段目まで押して, 溶液にチップの先端を浸ける この際, 浸ける深さはなるべく一定にするよう心がける 液を吸い上げるときは, 指をボタンから急に離さず, ゆっくり上げるように注意する 液の粘性の差による吸引速度の差を小さくするためと, 指を離すとばねの力で急激に吸い込みが始まり, その勢いで液がピペッターの機械部分にまで入ってしまい, 機械部分を壊してしまう場合があるためである なお, 共洗いは採取全量を吸引し吐出する 試料を吐出する場合, チップ先端を移す容器の内壁に触れさせて,1 段目までゆっくり押す 最後は,2 段目まで押し, 確実に押し出す ( 図 8) その他の注意点として, なるべく採取する液量とピペッターの全容量が近いものを使用する 例えば,30 nl 採取の場合, 全容量 1000 nl のものよりも100 nl のもの, さらに 50 nl のものを使用するほうが良い 最大 1000 nl の容量可変のものでも, 最小設定容量は 100 nl となっている場合が多い つまり,1000 nl のピペッターを持っていれば,1 nl~1000 nl すべての容量が精度保証されて採取できるものではないということである また, 表示として, その容量設定が可能な数値であっても, 例えば 124 nl と 125 nl を区別するような使用はしない 必ずしも表示値どおりの容量が正確に採取できるわけではなく, 精度や分解能の限界を把握して使用することが重要である チップの再使用については, メーカーとしては推奨していないと思われるが, 少ない回数なら, 同じ成分, 同じ濃度の溶液を同じチップを再使用するには通常問題ない 濃度差が大きい試料を一つのチップで採取するのは汚染の問題があり, 避けるべきであるが, 避けられない 図 8 ピペッターの基本構造場合には, いったん, 純水を吸引, 吐出するなどの洗浄をしてから採取するなどの配慮が必要である チップを洗剤や酸で洗浄してからの再使用も問題はない ただし, その使用回数が多くなると, チップのはっすい撥水性が失われ, チップ先端から押し出された液がチップから離れずチップの外側に残ったままになり, 正確な容量が移されない状態になることもあるので注意する 新品のチップでも, 材質に含まれる不純物やコーティング材による汚染を確認しておくことが必要である また, 新しいために, 溶液成分がチップ内壁面に吸着されることもある 特に分析対象物の濃度が低い場合, 吸着により低めになってしまう場合がある この場合も共洗いにより, 吸着の影響をなくすことができる 一般に表面張力の低い有機溶媒等は, ピペッターでの吐出時に, チップの外壁部に液が残るなどして, 採取量を正確に移すことが困難な場合もある このような場合, 先端がニードル状になったマイクロシリンジも有効である ただし, マイクロシリンジの材質であるガラス, ニードル部の金属汚染を考慮する必要がある 以上のように, ピペッターは便利な体積計である しかしその反面, 通常チップそのものには容量を示す目盛りが付いていないので, 採取量が設定値とずれていても, 目視ではわかりにくいという欠点がある このため定期的, あるいは, 液性が大きく異なる溶液を採取する場合など, 必要に応じて重量法で採取量の確認を行うことが重要である ぶんせき 9

3 4 ビュレットビュレットは滴定に使用される 直径が細いので, 液の供給には漏斗などを用い, 気泡を巻き込まないようにスムーズに行う 共洗いを行い, 使用時は垂直にセットする ビュレット内に気泡が残っていないことを確認する 特に, コックの部分は気泡が残りやすいので注意する また, コック部分からの漏れがないことも確認する 滴定 1 回ごとに液を供給し, 目盛りゼロに合わしてから滴定を行う 目盛りの読みは, メニスカスによるものが基本であるが, 目盛りの付してある反対側に, 縦方向に青線が書いてあるものもある この場合, メニスカス付近で, 水の屈折により, 青線がくびれて見える これを目盛りの合わせに使用する ( 図 6) 3 5 全量フラスコ全量フラスコは標準溶液や試料溶液の正確な希釈, または固体試料を溶解し, 一定体積の溶液する場合などに用いられる これには, 受用 (TC, In) と出用 (TD, Ex) がある 受用は液を標線まで満たしたときの体積が表示体積になるのに対し, 出用は標線まで満たした液の排出時の体積が表示体積となる 固体試料を溶解する場合, 全量フラスコに直接溶解したい試料を入れて溶解することはなるべく避ける 全量フラスコは基本的に溶解器具ではないことを意識する 特に, 溶解性の悪い物質の場合や, 溶解, 希釈時の発熱, 吸熱量が多い場合は, あらかじめ別のビーカーなどの中で完全に溶解させた後, 常温になってから全量フラスコに移す この場合, 元のビーカーの残液も溶媒等で数回洗い, その洗浄液も全量フラスコに移すことが必要である なお, 試料が揮散しやすい, 別容器で溶解した溶液を移す際の誤差を考慮するなどして, 試料を全量フラスコ内で直接溶解する場合でも, 必ず完全に溶解してからメスアップする ( 標線まで溶媒を加える ) 不完全溶解の状態でメスアップすると, 固体と液体が共存した状態なので, 正確なメスアップにならない また, メスアップ完了前に, 溶解のため栓をして混合することも避ける 栓のすり合わせ部分や, 標線より上の壁面に液が残り, これらが誤差となる場合があるからである なお, フラスコの栓は, 摺り合わせ部分や底面を下にして, 直接机上に置くと汚染する可能性があるので注意す る 通常のメスアップは, 完全な溶解を確認した上で, 標線の下 10 mm くらいまで溶媒を満たし, 最後は液面が標線に合うまでピペット等で溶媒を滴下する このときもピペットの場合と同じく, 標線と目線を水平にする 通常, フラスコは机上に置くので, 腰を落として, 視線を標線と水平にしてメニスカスを合わせることになる フラスコを持ち上げてメスアップする場合もあるが, フラスコを垂直に保持するように気を付ける 最後に栓をして, よく振り混ぜまる 標線が付されているいわゆる首の部分は細いので, 振り混ぜが不十分な場合, フラスコ内で液が不均一の場合がある フラスコを少なくとも 2, 3 回上下逆さまにするなどして十分に混合しなければならない なお, 調製した液を保管する場合, 使用したフラスコから溶出する成分が問題となることもある このようなとき, 調製後の溶液は, 速やかに別の材質の容器に移して ( この場合も共洗いが必要 ), 保管すべきである 4 おわりに今回紹介した操作は全般的に単純であるが, 測定の根幹にかかわる部分でもある ノウハウ的な記述も多く, 読者が実際に行っている操作法とは異なる点もあるかと思われる 要は, 原理を理解された上で, 正確さと精度を追求した操作を心がけられるよう希望する 参考文献 1) 株島津製作所 : 島津分析天びん取扱説明書. 2) 平井昭司監修 : 現場で役立つ化学分析の基礎, 日本分析化学会編,1 章,( オーム社 ). 3) JIS R 3505, ガラス体積計. 4) JIS K 0970, プッシュボタン式液体用微量体積計. 宮下文秀 (Fumihide MIYASHITA) 株島津製作所分析計測事業部応用技術部京都 CSC( 604 8511 京都市中央区西ノ京桑原町 1) 北海道大学大学院理学研究科修了 現在の研究テーマ 原子吸光法のアプリケーション開発 主な著書 現場で役立つ化学分析の基礎 ( 分担執筆 ) ( オーム社 ) 趣味 エアロビクス,TV 鑑賞 E mail : miyasita@shimadzu.co.jp 10 ぶんせき