配偶者控除の改正で女性の働き方は変わるか

Similar documents
2. 改正の趣旨 背景税制面では 配偶者のパート収入が103 万円を超えても世帯の手取りが逆転しないよう控除額を段階的に減少させる 配偶者特別控除 の導入により 103 万円の壁 は解消されている 他方 企業の配偶者手当の支給基準の援用や心理的な壁として 103 万円の壁 が作用し パート収入を10

2019年度はマクロ経済スライド実施見込み

あえて年収を抑える559万人

税制改正を踏まえた生前贈与方法の検討<訂正版>

個人型確定拠出年金(iDeCo)の加入状況

消費税増税等の家計への影響試算(2018年10月版)

資料9

第5回基礎問題小委員会 礎5-4

個人型確定拠出年金(iDeCo)の加入状況

参考 平成 27 年 11 月 政府税制調査会 経済社会の構造変化を踏まえた税制のあり方に関する論点整理 において示された個人所得課税についての考え方 4 平成 28 年 11 月 14 日 政府税制調査会から 経済社会の構造変化を踏まえた税制のあり方に関する中間報告 が公表され 前記 1 の 配偶

第3回税制調査会 総3-2

2017 年度税制改正大綱のポイント ~ 積立 NISA の導入 配偶者控除見直し ~ 大和総研金融調査部研究員是枝俊悟

消費税増税等の家計への影響試算(2017年10月版)<訂正版>

女性が働きやすい制度等への見直しについて

1. 改革の方向性 女性の働き方に中立的な制度整備に当たっては 可処分所得の大幅な減少が生じないよう 負担を最小化 負担増減を円滑化するとともに こうした見直しが 負担増の生じる世帯 個人に ベネフィットとして戻ってくる制度改革とすることが不可欠 改革の進め方についての方針を明示し できるものから早

新旧児童手当、子ども手当と税制改正のQ&A

消費税増税等の家計への影響試算

第2回基礎問題小委員会 礎1-2

配偶者特別控除の拡大では就労促進効果は乏しい

短時間労働者への厚生年金 国民年金の適用について 1 日又は 1 週間の所定労働時間 1 カ月の所定労働日数がそれぞれ当該事業所 において同種の業務に従事する通常の就労者のおおむね 4 分の 3 以上であるか 4 分の 3 以上である 4 分の 3 未満である 被用者年金制度の被保険者の 配偶者であ

つのシナリオにおける社会保障給付費の超長期見通し ( マクロ ) (GDP 比 %) 年金 医療 介護の社会保障給付費合計 現行制度に即して社会保障給付の将来を推計 生産性 ( 実質賃金 ) 人口の規模や構成によって将来像 (1 人当たりや GDP 比 ) が違ってくる

平成19年度分から

2. 改正の趣旨 背景の等控除は 給与所得控除とは異なり収入が増加しても控除額に上限はなく 年金以外の所得がいくら高くても年金のみで暮らす者と同じ額の控除が受けられるなど 高所得の年金所得者にとって手厚い仕組みとなっている また に係る税制について諸外国は 基本的に 拠出段階 給付段階のいずれかで課

第8回税制調査会 総8-2(案とれ)

第2回税制調査会 総2-2

有償ストック・オプションの会計処理が確定

第12回税制調査会 総12-1(案とれ)

平成19年度税制改正.xls

第6回税制調査会 総6-3

2018年度税制改正で所得税はどう変わるか

2011年度税制改正大綱(相続・贈与税)

第 9 回社会保障審議会年金部会平成 2 0 年 6 月 1 9 日 資料 1-4 現行制度の仕組み 趣旨 国民年金保険料の免除制度について 現行制度においては 保険料を納付することが経済的に困難な被保険者のために 被保険者からの申請に基づいて 社会保険庁長官が承認したときに保険料の納付義務を免除す

夫婦控除の創設について~家計の可処分所得への影響~

2. 改正の趣旨 背景給与所得控除額の変遷 1 昭和 49 年産業構造が転換し会社員が急速に増加 ( 働き方が変化 ) する中 (1) 実際の勤務関連経費が給与所得控除を上回っても 当時は特定支出控除 ( 昭和 63 年導入 ) がなく 会社員は実際の勤務関連経費がいくら高くても実額控除できなかった

税・社会保障等を通じた受益と負担について

2. 改正の趣旨 背景給与所得控除 公的年金等控除から基礎控除へ 10 万円シフトすることにより 配偶者控除等の所得控除について 控除対象となる配偶者や扶養親族の適用範囲に影響を及ぼさないようにするため 各種所得控除の基準となる配偶者や扶養親族の合計所得金額が調整される 具体的には 配偶者控除 配偶

2018年度税制改正大綱ポイント整理

トランプ政権、税制改革案を公表

配偶者控除改正で家計と働き方はどう変わる?

タイトル

Microsoft Word - ke1106.doc

1

トランプ政権の事業体課税改革案

平成19年度市民税のしおり

厚生年金の適用拡大を進めよ|第一生命経済研究所|星野卓也

米国の給付建て制度の終了と受給権保護の現状

はしがき 配偶者控除 と 配偶者特別控除 は 昭和 36 年と昭和 62 年の税制改正で導入された歴史ある制度です ここ数年 配偶者控除の改正について様々な議論が行われてきましたが 平成 29 年度税制改正において 就業調整を意識しなくて済む仕組みを構築する観点から配偶者控除と配偶者特別控除の見直し

上場株式等の住民税の課税方式の解説(法改正反映版)

開示府令改正案(役員報酬の開示拡充へ)

第2回税制調査会 総2-1

上場株式等の住民税の課税方式の実質見直し

厚生年金上限引上げ、法人税率引下げを一部相殺

iDeCoの加入者数、対象者拡大前の3倍に

市場と経済A

2. 年金額改定の仕組み 年金額はその実質的な価値を維持するため 毎年度 物価や賃金の変動率に応じて改定される 具体的には 既に年金を受給している 既裁定者 は物価変動率に応じて改定され 年金を受給し始める 新規裁定者 は名目手取り賃金変動率に応じて改定される ( 図表 2 上 ) また 現在は 少

中小企業が見直すべき福利厚生とは

<4D F736F F D204E5F E7182C782E08EE C482C68F8A93BE90C58F5A96AF90C52E646F63>

所得税改革の次なる論点は?

厚生年金 健康保険の強制適用となる者の推計 粗い推計 民間給与実態統計調査 ( 平成 22 年 ) 国税庁 5,479 万人 ( 年間平均 ) 厚生年金 健康保険の強制被保険者の可能性が高い者の総数は 5,479 万人 - 約 681 万人 - 約 120 万人 = 約 4,678 万人 従業員五人

「恒久的施設」(PE)から除外する独立代理人の要件

金融庁の税制改正要望について(1)

所得控除 雑損控除 医療費控除 社会保険料控除等 旧生命保険料控除 旧個人年金保険料控除 ( 実質損失額 - 総所得金額等の合計額 10%) 又は ( 災害関連支出の金額 -5 万円 ) のうち いずれか多い方の金額医療費の実質負担額 -(10 万円と総所得金額等の 5% のいずれか低い金額 ) 限

< E9197BF88EA8EAE817995F18D D9195DB8E5A92E895FB8EAE8CA992BC82B5816A817A2E786264>

所得控除 基礎控除 配偶者控除などの下記の表に記載されたものをいいます それぞれ一定の要件を満たしている場合は 課税所得金額を計算する際に それぞれの控除が受けられます 個人の県民税 個人の市町村民税 12

本資料は 様々な世帯類型ごとに公的サービスによる受益と一定の負担の関係について その傾向を概括的に見るために 試行的に簡易に計算した結果である 例えば 下記の通り 負担 に含まれていない税等もある こうしたことから ここでの計算結果から得られる ネット受益 ( 受益 - 負担 ) の数値については

1: とは 居住者の配偶者でその居住者と生計を一にするもの ( 青色事業専従者等に該当する者を除く ) のうち 合計所得金額 ( 2) が 38 万円以下である者 2: 合計所得金額とは 総所得金額 ( 3) と分離短期譲渡所得 分離長期譲渡所得 申告分離課税の上場株式等に係る配当所得の金額 申告分

1. 復興基本法 復興の基本方針 B 型肝炎対策の基本方針における考え方 復旧 復興のための財源については 次の世代に負担を先送りすることなく 今を生きる世代全体で連帯し負担を分かち合うこととする B 型肝炎対策のための財源については 期間を限って国民全体で広く分かち合うこととする 復旧 復興のため

いよいよ適用開始 投信制度改革 トータルリターン通知制度

被用者保険の被保険者の配偶者の位置付け 被用者保険の被保険者の配偶者が社会保険制度上どのような位置付けになるかは 1 まず 通常の労働者のおおむね 4 分の 3 以上就労している場合は 自ら被用者保険の被保険者となり 2 1 に該当しない年収 130 万円未満の者で 1 に扶養される配偶者が被用者保

2. 繰上げ受給と繰下げ受給 65 歳から支給される老齢厚生年金と老齢基礎年金は 本人の選択により6~64 歳に受給を開始する 繰上げ受給 と 66 歳以降に受給を開始する 繰下げ受給 が可能である 繰上げ受給 を選択した場合には 繰上げ1カ月につき年金額が.5% 減額される 例えば 支給 開始年齢

1 / 5 発表日 :2019 年 6 月 18 日 ( 火 ) テーマ : 貯蓄額から見たシニアの平均生活可能年数 ~ 平均値や中央値で見れば 今のシニアは人生 100 年時代に十分な貯蓄を保有 ~ 第一生命経済研究所調査研究本部経済調査部首席エコノミスト永濱利廣 ( : )

2 / 6 不安が生じたため 景気は腰折れをしてしまった 確かに 97 年度は消費増税以外の負担増もあったため 消費増税の影響だけで景気が腰折れしたとは判断できない しかし 前回 2014 年の消費税率 3% の引き上げは それだけで8 兆円以上の負担増になり 家計にも相当大きな負担がのしかかった

2 / 8 ていた母親は 42.1% であるが 実際はそれを上回る 46.6% が仕事を辞めている それまでも働いておらず その後も仕事をしない という選択肢についても現実が希望を上回っており これは出産 子育ての前段階で不本意ながら離職してしまった人が含まれているものと考えられる 図表 1 第一子

鳩山政権の経済政策の効果

年金生活者の実質可処分所得はどう変わってきたか

<4D F736F F F696E74202D DB92B789EF8B638E9197BF C CA8F8A8E7B90DD81458DDD91EE B ED2816A817989DB92B789EF8B638CE38A6D92E894C5817A2E707074>

女性をとりまく社会保障制度と税制

個人市民税 控除・税率等の変遷【市民税課】

税幅を 1% ずつ小刻みに引き上げるべきであるといった意見も浮上しており 予定通り引上げが実施されるかは 不透明な状況です Q 消費税増税で住宅取得時の税負担は どのくらい増加しますか A そもそも住宅購入にかかる消費税は 土地にはかからず新築物件なら建物部分のみです 仮に図表 1の モデル のよう

順調な拡大続くミャンマー携帯電話市場

このジニ係数は 所得等の格差を示すときに用いられる指標であり 所得等が完全に平等に分配されている場合に比べて どれだけ分配が偏っているかを数値で示す ジニ係数は 0~1の値をとり 0 に近づくほど格差が小さく 1に近づくほど格差が大きいことを表す したがって 年間収入のジニ係数が上昇しているというこ

スライド 1

700 万円未満の中間所得層では減税組が増税組を世帯数で圧倒する一方 年収 700 万円以上では逆に増税組の方が多くなる また専業主婦世帯では増税組が減税組よりも多い一方 妻が正規または非正規で就業している世帯では総じて減税組の方が増税組よりも多い 2 夫婦税額控除 ( 所得税 3 万 8000 円

MR通信H22年1月号

所得控除 基礎控除 配偶者控除などの下記の表に記載されたものをいいます それぞれ一定の要件を満たしている場合は 課税所得金額を計算する際に それぞれの控除が受けられます 個人の県民税 個人の市町村民税 12

はじめに 所得税 個人住民税の扶養控除については 平成 22 年度税制改正において 年少扶養控除及び 16~18 歳までの特定扶養控除の上乗せ部分の廃止が行われたところであるが この見直しを行う場合 現行制度においては 所得税 個人住民税の税額等と連動している国民健康保険料 保育料等の医療 福祉制度

中国:なぜ経常収支は赤字に転落したのか

中国初の家計資産調査が示す収入・資産格差

Microsoft PowerPoint - 問題提起1_日本総研.pptx

リスク分担型企業年金の導入事例

特別障害者一人につき 75 万円を所得から控除することができます 障害者控除は 扶養控除の適用がない16 歳未満の扶養親族を有する場合においても適用されます ⑶ 心身障害者扶養共済掛金の控除 P128 条例の規定により地方公共団体が実施するいわゆる心身障害者扶養共済制度による契約で一定の要件を備えて

握の問題 執行面での対応の可能性等を含め様々な角度から総合的に検討する 複数税率の導入について 財源の問題 対象範囲の限定 中小事業者の事務負担等を含め様々な角度から総合的に検討する 施策の実現までの間の暫定的及び臨時的な措置として 簡素な給付措置を実施する つまり 低所得者対策として 給付付き税額

FX取引に係る確定申告について

Microsoft Word - 個人住民税について(2018~2022)

特定支出控除拡大でも税負担軽減者は少ない

年金改革の骨格に関する方向性と論点について

< 参考資料 目次 > 1. 平成 16 年年金制度改正における給付と負担の見直し 1 2. 財政再計算と実績の比較 ( 収支差引残 ) 3 3. 実質的な運用利回り ( 厚生年金 ) の財政再計算と実績の比較 4 4. 厚生年金被保険者数の推移 5 5. 厚生年金保険の適用状況の推移 6 6. 基

孫のために教育資金を支援するならどの制度?

vol67_Topics.indd

改正された事項 ( 平成 23 年 12 月 2 日公布 施行 ) 増税 減税 1. 復興増税 企業関係 法人税額の 10% を 3 年間上乗せ 法人税の臨時増税 復興特別法人税の創設 1 復興特別法人税の内容 a. 納税義務者は? 法人 ( 収益事業を行うなどの人格のない社団等及び法人課税信託の引

Transcription:

税制 A to Z 2014 年 4 月 28 日全 9 頁 配偶者控除の改正で女性の働き方は変わるか 103 万円の壁 を取り除くために必要なこととは 金融調査部研究員是枝俊悟 [ 要約 ] 年間の給与収入が 103 万円 または 130 万円 の範囲に収まるよう就労調整を行っている女性は多く これが女性の活躍推進を妨げているとされ 103 万円の壁 130 万円の壁 と言われている 安倍首相は税 社会保障上のこうした問題について見直すよう指示し 2014 年 4 月 14 日の政府税制調査会において検討が開始された 本稿では 103 万円の壁 について述べる 就労調整の 1 つの要因となっている 103 万円の壁 の問題には 103 万円を境に妻の就労に伴い税負担が生じ始めることによる 心理的な壁 と 夫の会社の配偶者手当が支給されなくなることで世帯の手取りが減る 現実的な壁 の問題の 2 つがある 103 万円の壁 を取り除くには 前者は配偶者 ( 特別 ) 控除の改正 後者は企業に配偶者手当制度の改正を促すことが必要となる もっとも これらの施策が行われても依然として 130 万円の壁 は残るため 女性の就労が促進されるとしても それは給与収入 103 万円から 130 万円までの範囲に限った話である 女性の活躍推進のためには 130 万円の壁 の問題と合わせた検討が必要であろう 1. 背景 夫が主たる収入を稼ぎ 妻が補助的な収入を得ようと考える場合において 妻の年収が 103 万円 または 130 万円 を境にしてそれを超えると税負担が発生したり 世帯の手取り額が減少したりすることがある このため これらの範囲に収まるよう女性が収入や就業時間を調整することがままあり これらが女性の就労を妨げる 103 万円の壁 130 万円の壁 と言われている 103 万円の壁 については所得税 住民税の配偶者控除 配偶者特別控除に係る問題 130 万円の壁 については厚生年金 健康保険の保険料負担に係る問題である 図表 1 は パート労働者が就労調整を行う理由について示したものであり 特に女性が 年収 103 万円を超えた場合に生じる税負担や 年収 130 万円以上となった場合に生じる社会保険料負担などを理由に就労調整が行われていることがわかる 政府は 日本再興戦略 (2013 年 6 月 14 日閣議決定 ) において女性の活躍推進を掲げ 働き方の選択に関して中立的な税制 社会保障制度の検討を行う としており 2014 年 3 月 19 日 株式会社大和総研丸の内オフィス 100-6756 東京都千代田区丸の内一丁目 9 番 1 号グラントウキョウノースタワー このレポートは投資勧誘を意図して提供するものではありません このレポートの掲載情報は信頼できると考えられる情報源から作成しておりますが その正確性 完全性を保証するものではありません また 記載された意見や予測等は作成時点のものであり今後予告なく変更されることがあります 大和総研の親会社である 大和総研ホールディングスと大和証券 は 大和証券グループ本社を親会社とする大和証券グループの会社です 内容に関する一切の権利は 大和総研にあります 無断での複製 転載 転送等はご遠慮ください

2 / 9 の経済財政諮問会議 産業競争力会議合同会議において 安倍首相は麻生財務大臣 田村厚生労働大臣に 女性の就労拡大を抑制する効果をもたらしている現在の税 社会保障制度の見直し及び働き方に中立的な制度について検討を行ってもらいたい と指示した これを受けて 2014 年 4 月 14 日に開催された政府税制調査会 ( 以下 政府税調 ) では 働き方の選択に対して中立的な税制 社会保障制度 が議題となり 配偶者控除や社会保険制度における扶養の範囲などについて財務省 総務省 厚生労働省から説明が行われた 政府税調では次回 5 月上旬に総会を開き これらの問題について議論を開始するとしている 本稿ではこのうち 所得税 住民税の配偶者控除 配偶者特別控除に係る 103 万円の壁 について解説し 政府税調で検討されていると報道されている案について論じ 今後の改正動向について展望を示す 図表 1 パート労働者が就労調整を行う理由 ( 出所 ) 財務省 財務省説明資料 配偶者控除 ( 政府税制調査会資料 )( 平成 26 年 4 月 14 日 ) 2. 税制上の問題と政府税調での論点整理 (1) 配偶者控除と配偶者特別控除配偶者控除は 配偶者の所得が年 38 万円以下 ( 給与収入換算で年 103 万円以下 ) の場合 その配偶者を扶養する納税者において 所得税で年 38 万円 住民税で年 33 万円の所得控除が受けられるものである

3 / 9 夫が主たる収入を得る者となり 妻が補助的にパート等で働くことを考えた場合 1 配偶者控除があるだけだと 妻の収入が 103 万円を超えた途端 所得控除がなくなることになり 妻の収入が 103 万円以下のときよりも世帯の手取りが減少する逆転現象も発生することが考えられる そこで 配偶者特別控除が設けられている 配偶者特別控除は 配偶者の所得が年 38 万円超 76 万円未満 ( 給与収入換算で年 103 万円超 141 万円未満 ) の配偶者を扶養する納税者において 所得税で 3~38 万円 住民税で 3~33 万円の所得控除が受けられるものである 2 次の図表 2 のように 配偶者の所得が増加するごとに段階的に所得控除額が縮小していく仕組みとなっており これにより 妻の収入が 103 万円を超えても段階的に夫の配偶者特別控除の控除額が減少する形となるため 世帯の手取りが減少しないように制度設計されている 図表 2 配偶者控除 配偶者特別控除の仕組み ( 所得税 ) ( 出所 ) 財務省 財務省説明資料 配偶者控除 ( 政府税制調査会資料 )( 平成 26 年 4 月 14 日 ) 1 配偶者控除の適用要件に性別はなく 夫婦の収入関係が逆であっても同じ話となる ( 後述する配偶者特別控除 社会保険の適用要件についても同じである ) 本稿では説明の便宜上 主たる収入を得る者を夫 補助的に働く者を妻として説明を行っている 2 ただし 配偶者特別控除には 納税者本人の合計所得金額 1,000 万円以下という所得制限がある

4 / 9 (2) 基礎控除と配偶者 ( 特別 ) 控除の 二重の控除 世帯で見た所得税の人的控除 3 の合計額について示すと 次の図表 3 のようになる 図表 3 世帯で見た各控除の関係 ( 出所 ) 財務省 財務省説明資料 配偶者控除 ( 政府税制調査会資料 )( 平成 26 年 4 月 14 日 ) 夫が主たる収入を得る者となり 妻が補助的にパート等で働くことを考えた場合 妻の給与収入が 65 万円以下である場合は 夫が配偶者控除 (38 万円 ) と基礎控除 (38 万円 ) を受けることができ 合計 76 万円の所得控除を受けることができる また 妻の給与収入が 141 万円以上である場合は 夫婦ともに基礎控除 (38 万円 ) を受けることができ やはり合計 76 万円の所得控除を受けることができる しかしながら 妻の給与収入が 65 万円超 141 万円未満の範囲内にある場合は 夫は配偶者 ( 特別 ) 控除と基礎控除を受け 妻自身も基礎控除を受けられるため 夫婦合計の人的控除の額は 76 万円を上回る 夫婦合計の人的控除の額が最も大きくなるのは 妻の給与収入が 103 万円のときであり このときは 夫は基礎控除 (38 万円 ) と配偶者控除 (38 万円 ) 妻は基礎控除(38 万円 ) と 夫婦合計で 114 万円の所得控除を受けられる 4 月 14 日の政府税調における財務省 総務省の説明資料では 図表 3 の通り このことを 2 重の控除 と説明している また かつて平成 19 年に政府税調で取りまとめられた 抜本的な税制改革に向けた基本的考 3 人的控除とは 基礎控除 ( 納税者本人 ) 配偶者控除 ( 納税者の配偶者 ) 扶養控除 ( 納税者の扶養親族等 ) など 要件を満たす人について 1 人あたり一定額が与えられる所得控除のことである

5 / 9 え方 ( 平成 19 年 11 月 ) においても 配偶者控除 配偶者特別控除を見直すべき論点の1つとして 納税者本人は配偶者控除等の適用を受け 配偶者が基礎控除の適用を受けることで 二重に控除を享受する場合がある ことを挙げていた 4 政府税調がこうした二重の控除の 不公平感をなくすため 控除額を 76 万円に近づける方向で検討する 5 との報道も行われている すなわち 次の図表 4 のように 配偶者控除の適用要件とする妻の給与収入を 103 万円以下から 65 万円以下に引き下げ 配偶者特別控除の適用要件とする妻の給与収入の範囲を 103 万円 ~141 万円から 65 万円 ~103 万円に引き下げることが考えられる 6 図表 4 配偶者控除 配偶者特別控除の想定される改正案 納税者本人の控除額 76 38 配偶者特別控除 配偶者控除 基礎控除 65 (B) (A) 103 改正 ( が想定される ) 案による削減部分 141 ( 単位 : 万円 ) 配偶者の控除額 0 38 基礎控除 配偶者の給与収入 ( 注 )(A)(B) の意味については脚注 12 を参照 ( 出所 ) 財務省資料を参考に大和総研作成 3. 試算による現行制度の確認と改正 ( が想定される ) 案の検討 妻の収入によって変わる配偶者 ( 特別 ) 控除が世帯の手取りにどのような影響を与えているかを確認し 政府税調で検討されている改正 ( が想定される ) 案が実施された場合 どう変わるのかを試算する 2014 年の税制 社会保障制度を基準として 夫が会社員 ( 厚生年金 健康保険の被保険者 ) 4 もっとも 日本の課税単位は個人単位であるため 個人単位で基礎控除と配偶者控除の両方を適用することに問題はないものとも考えられる 二重の控除 とは 世帯単位で課税ベースを考えるものである 5 2014 年 4 月 15 日付読売新聞朝刊 2 面 6 なお 夫婦の人的控除の合計額を 76 万円とする方法には 納税者に扶養される配偶者において基礎控除を制限する方法も考えられるが 全ての人に認められるべき基礎控除を制限することにより年収 65~141 万円程度の者に追加的な税負担を求めるよりは その者を扶養する納税者 ( 年収 141 万円を大きく上回るであろう ) に追加的な税負担を求める方が自然であろう

6 / 9 であり 妻の給与収入が 0 万円 ( 専業主婦 ) である場合と比べて 年間 1 万円から 220 万円まで1 万円刻みで給与収入を増やしていったとき どの程度世帯の手取りが増加するかを試算した 社会保険については 妻の給与収入が 86 万円以下である場合は一切適用せず 87 万円以上 129 万円以下である場合は雇用保険のみに加入し 7 130 万円以上である場合は雇用保険 厚生年金 健康保険 ( 介護保険含む ) に加入するものとした 8 改正 ( が想定される ) 案については 図表 4 に示した通り 妻の給与収入が 65 万円以下である場合は現行通り夫に 38 万円の配偶者控除が適用される一方 65 万円を超えた場合 妻の給与収入が 1 万円増えるごとに夫に適用される配偶者特別控除が 38 万円から 1 万円ずつ減少していくものとし 妻の収入が 103 万円以上で夫に適用される配偶者 ( 特別 ) 控除はゼロになるものとした 9 試算結果は 次の図表 5 に示される 図表 5 妻の給与収入と世帯の手取りの関係 妻の収入がゼロの場合と比べた 世帯の手取りの増加額 ( 万円 ) 160 140 120 100 80 60 40 20 0 現行制度 改正 ( が想定される ) 案 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 110 120 130 140 150 160 170 180 190 200 210 220 妻の給与収入 ( 万円 ) ( 注 ) 税制 社会保障制度は 2014 年を基準とした 妻の給与収入が 87 万円以上となる場合に雇用保険に 130 万円以上となる場合に 厚生年金 健康保険 ( 介護保険含む ) に加入する 夫の限界所得税率は 10% ( 年収 500~600 万円程度 ) と仮定 ( 出所 ) 大和総研試算 7 雇用保険の加入要件は所定労働時間が週 20 時間以上である場合である ここでは 東京都の最低賃金時給 869 円で週 20 時間 年間 50 週働く場合の年収 86 万 9,000 円を参考とし 年収 87 万円以上で雇用保険に加入するものとした 8 年収が 130 万円以上であると厚生年金 健康保険において配偶者の扶養とすることができなくなる 厚生年金 健康保険の加入要件は所定労働時間が通常の労働者の 3/4 以上であること等として定められており 年収が要件とされているわけではない しかし 東京都の最低賃金時給 869 円で週 30 時間 年間 50 週働く場合の年収は 130 万 3,500 円であり 概ね年収 130 万円以上となる場合に厚生年金 健康保険に加入しているものと考えられる このため ここでは年収 130 万円以上で厚生年金 健康保険に加入するものとした 9 住民税については 妻の給与収入が 65 万円以下である場合は現行通り夫に 33 万円の配偶者控除が適用される一方 65 万円を超えた場合 妻の給与収入が 1 万円増えるごとに夫に適用される配偶者特別控除が 33 万円から 1 万円ずつ減少していくものとし 妻の収入が 98 万円以上で夫に適用される配偶者 ( 特別 ) 控除はゼロになるものとした

7 / 9 図表 5 を見れば明らかな通り 現行制度と改正 ( が想定される ) 案のいずれにおいても 妻の給与収入が 130 万円以上となると世帯の手取りが減少する 130 万円の壁 は見られるが 妻の給与収入 103 万円の前後にはそのような 壁 は見られない 前述した通り 税制上 配偶者の所得が増加するごとに段階的に所得控除額が縮小していく仕組みを作っているため 給与収入 103 万円の前後では妻の収入が増えても世帯の手取りが減少するような 逆転現象 は生じないのである 10 とはいえ 現行制度においても妻の給与収入が 103 万円を超えると妻自身に所得税が発生し 夫は配偶者特別控除の金額が減り始め 税負担が増え始める 図表 1 に示した通り 給与収入が 103 万円に収まるよう就労調整を行っている女性が多々見られるのは 妻の収入が増えることに対して何らかの税負担が生じることを嫌う 心理的な壁 である面が大きいものと思われる 行動経済学の研究によると 人間は無料 (0 円 ) であることの心理的効用を特に強く感じたり 心理的な参照点と比べ少しでも損をすることを強い心理的苦痛に感じたりする性質がある 11 すなわち 税負担が 0 円であることには強い心理的効用を感じ 税負担が 0 円から 1,000 円に増えることは たとえ 1,000 円というのが些末な金額であったとしても 強い負担感を抱くものと考えられる このため 税負担が生じる ということそのものが 103 万円の壁 として就労調整を行わせる心理的な壁となっていることが考えられる 改正 ( が想定される ) 案では現行制度と比べ 妻の給与収入が 65 万円超 141 万円未満の範囲内である場合の夫の税負担を増やし 世帯の手取りを減少させる 現行制度比の負担増の金額が最も多いのは 妻の給与収入が 103 万円の場合であり 7.18 万円増である 妻の給与収入が 65 万円以下または 141 万円以上である場合の税負担および世帯の手取りは変わらない 改正 ( が想定される ) 案によると 妻の給与収入が 65 万円を超えると 妻の収入があることによって何らかの世帯の税負担が生じることになる 改正 ( が想定される ) 案が実施されれば これを嫌って給与収入が 65 万円以下になるよう就労調整が行われる ( 心理的な壁 の位置が 103 万円から 65 万円に下がってしまう ) 可能性もある しかし 65 万円という金額が十分に少なく 補助的な収入であろうと妻が何らかの収入を得れば何らかの税負担が生じるのが当たり前のこととして認識されるようになれば 税負担が生じるか否かの問題ではなく 税負担がいくらになるのかという金額の問題に置き換えられ 心理的な壁 が取り払われる可能性もある もっとも この場合においても妻の給与収入が 130 万円以上となると厚生年金 健康保険の保険料により世帯の手取りが大きく減少する 130 万円の壁 に直面することになるため 改正 ( が想定される ) 案により女性の就労が促進されるとしても それは給与収入 130 万円までの範 10 ただし 夫の合計所得金額 1,000 万円を超えるため配偶者特別控除の適用を受けられない場合を除く 11 ダン アリエリー著 熊谷淳子訳 予想どおりに不合理 - 行動経済学が明かす あなたがそれを選ぶわけ 早川書房 2008 などを参照

8 / 9 囲に限った話である なお 改正 ( が想定される ) 案のように配偶者控除 配偶者特別控除を縮小すると 少なくとも 1,200 億円程度は増収になるものと考えられる 12 現在 政府税調は法人課税ディスカッショングループを設置し 法人税率引き下げのための代替財源を探しているところである また 2015 年度に導入予定の新たな子育て支援制度の予算についても 4,000 億円程度の財源不足が生じており こちらも財源探しが行われている 13 配偶者控除 配偶者特別控除の改正は増収を生じさせることとなるため こうした議論にも影響を与えることが考えられる 4. 夫の会社の配偶者手当 税制上の問題ではないが 配偶者控除の適用を条件に配偶者手当 ( 名称は会社によって異なる ) を支給している企業は少なくない やや古い調査になるが 内閣府男女共同参画局 雇用システムに関するアンケート調査 ( 平成 14 年 3 月公表 ) によると調査対象企業の約 8 割が配偶者手当 14 を支給しており 支給企業のうち約 5 割は配偶者控除の適用を条件としている 同調査における配偶者手当の支給企業の平均支給額は月約 1 万 4,500 円で 年換算では 17.4 万円と大きな金額である すなわち 妻の年収が 103 万円を超えて配偶者控除の適用を受けられなくなった場合 夫の会社からの配偶者手当が支給されなくなることによって 世帯の手取りが減少してしまうことはままあることである 夫の会社の配偶者手当の支給要件が配偶者控除を受けていることとなっている場合 103 万円の壁 は心理的な壁にとどまらず世帯の手取りを減らす現実的な壁となっている この場合の 103 万円の壁 を取り除くためには 企業が配偶者手当制度を改正する必要がある ( 配偶者の収入によらず支給するようにするか 配偶者手当そのものを廃止する必要がある ) もっとも 配偶者控除の適用基準が改正されれば それに連動して企業の配偶者手当の支給基準となる年収も変更されるものと考えられる 前述したように 配偶者控除の適用基準が年収 103 万円から 65 万円に引き下げられれば 同様に配偶者手当の適用基準についても多くの企業が年収 103 万円から 65 万円に引き下げるかもしれない 12 改正 ( が想定される ) 案は現在の配偶者特別控除に相当する控除をなくし ( 図表 4 の (A) 部分 ) 現在の配偶者控除の一部を縮小するものである ( 図表 4 の (B) 部分 ) 財務省 総務省によると 図表 4 の (A) 部分の減収見込み額 ( すなわち 廃止による増収見込み額 ) は計約 599 億円である 103 万円の壁 を理由に就労調整を行っているとする人が多いことを考慮すると 図表 4 の (B) 部分の縮減による増収見込み額は 少なくとも図表 4 の (A) 部分の廃止による増収見込み額よりは多いものと考えられる このため 改正 ( が想定される ) 案による増収見込み額は 599 億円の 2 倍以上 少なくとも 1,200 億円程度はあるものと考えられる 13 平成 19 年における政府税調の 抜本的な税制改革に向けた基本的考え方 ( 平成 19 年 11 月 ) においても 配偶者控除 配偶者特別控除を見直すべき論点の 1 つとして 配偶者控除等を見直し その財源を子育て支援に充ててはどうか が挙げられていた 14 この調査では家族手当 ( 扶養家族に対する手当 ) という名称が用いられていた 以下同じ

9 / 9 ただし 単純に配偶者手当を縮小するだけでは 従業員にとっては単なる賃金の引き下げとなる そこで 配偶者手当を縮小する一方で 同時に 企業内に保育所を設けたり 従業員に保育費用の助成金を支給したりするなど 配偶者の就労 ( 共働き ) を促す施策とセットで配偶者手当制度を改正すれば 従業員の理解も得やすいのではないだろうか 配偶者手当制度の改正と配偶者の就労を促す施策をセットで実施している企業に対して なでしこ銘柄 ( 経済産業省 東京証券取引所 ) や ダイバーシティ企業 100 選 ( 経済産業省 ) などの企業表彰を行うのも 企業の行動を後押しする施策となるだろう 5. まとめ 就労調整の 1 つの要因となっている 103 万円の壁 の問題には 103 万円を境に妻の就労に伴い税負担が生じ始めることによる 心理的な壁 と 夫の会社の配偶者手当が支給されなくなることで世帯の手取りが減る 現実的な壁 の問題の 2 つがある 前者の 心理的な壁 については 税負担が生じ始める収入のラインを引き下げ 補助的な収入であろうと妻が何らかの収入を得れば何らかの税負担が生じるのが当たり前のこととして認識されるようになれば 取り払われることになる可能性もある 政府税調の改正 ( が想定される ) 案と報道されている 二重の控除 を解消する案は 心理的な壁 の除去に資する可能性がある 後者の 現実的な壁 については 企業の配偶者手当制度を改正する必要がある 配偶者控除が改正されれば 連動して配偶者手当の支給基準の年収も変更されることが多いものと考えられる 配偶者手当制度の改正とセットで配偶者の就労を促進する施策を行った企業を表彰するのもよいだろう もっとも これらの施策によって 103 万円の壁 を取り払うことに成功したとしても 妻の給与収入が 130 万円以上となると世帯の手取りが大きく減少する 130 万円の壁 に直面することになるため 女性の就労が促進されるとしても それは給与収入 130 万円までの範囲に限った話である 103 万円の壁 だけを除去してもすぐに 130 万円の壁 に直面することになるため 改正の効果は大きなものにはならないものと考えられる このため 103 万円の壁 は 130 万円の壁 の問題と合わせて議論されることとなるだろう 以上