背景 人工 DNA 切断酵素である TALEN や CRISPR-Cas9 を用いたゲノム編集技術により 遺 伝性疾患でみられる一塩基多型を導入または修復する手法は 疾患のモデリングや治療のた めに必須となる技術です しかしながら一塩基置換のみを導入した細胞は薬剤選抜を適用で きないため 正確に目的

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CiRA ニュースリリース News Release 2014 年 11 月 20 日京都大学 ips 細胞研究所 (CiRA) 京都大学細胞 物質システム統合拠点 (icems) 科学技術振興機構 (JST) ips 細胞を使った遺伝子修復に成功 デュシェンヌ型筋ジストロフィーの変異遺伝子を修復

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た遺伝子を切断し修復時に微小なエラーを生じさせて機能を破壊するノックアウトと 外部か ら任意の配列を挿入して事前設計した通りの機能を与えるノックインに大別される 外来遺伝 子をもった動物の作成や遺伝子治療には後者の技術が必要である しかし 動物胚への遺伝子ノックインには マイクロインジェクション法

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統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 ( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 , 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-

本成果は 主に以下の事業 研究領域 研究課題によって得られました 日本医療研究開発機構 (AMED) 脳科学研究戦略推進プログラム ( 平成 27 年度より文部科学省より移管 ) 研究課題名 : 遺伝子改変マーモセットの汎用性拡大および作出技術の高度化とその脳科学への応用 研究代表者 : 佐々木えり

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遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

細胞老化による発がん抑制作用を個体レベルで解明 ~ 細胞老化の仕組みを利用した新たながん治療法開発に向けて ~ 1. ポイント : 明細胞肉腫 (Clear Cell Sarcoma : CCS 注 1) の細胞株から ips 細胞 (CCS-iPSCs) を作製し がん細胞である CCS と同じ遺

この研究成果は 日本時間の 2018 年 5 月 15 日午後 4 時 ( 英国時間 5 月 15 月午前 8 時 ) に英国オンライン科学雑誌 elife に掲載される予定です 本成果につきまして 下記のとおり記者説明会を開催し ご説明いたします ご多忙とは存じますが 是非ご参加いただきたく ご案

2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は

論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

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計画研究 年度 定量的一塩基多型解析技術の開発と医療への応用 田平 知子 1) 久木田 洋児 2) 堀内 孝彦 3) 1) 九州大学生体防御医学研究所 林 健志 1) 2) 大阪府立成人病センター研究所 研究の目的と進め方 3) 九州大学病院 研究期間の成果 ポストシークエンシン

研究の背景 B 型肝炎ウイルスの持続感染者は日本国内で 万人と推定されています また, B 型肝炎ウイルスの持続感染は, 肝硬変, 肝がんへと進行していくことが懸念されます このウイルスは細胞へ感染後,cccDNA と呼ばれる環状二本鎖 DNA( 5) を作ります 感染細胞ではこの

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

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1. 背景 NAFLD は非飲酒者 ( エタノール換算で男性一日 30g 女性で 20g 以下 ) で肝炎ウイルス感染など他の要因がなく 肝臓に脂肪が蓄積する病気の総称であり 国内に約 1,000~1,500 万人の患者が存在すると推定されています NAFLD には良性の経過をたどる単純性脂肪肝と

かし この技術に必要となる遺伝子改変技術は ヒトの組織細胞ではこれまで実現できず ヒトがん組織の細胞系譜解析は困難でした 正常の大腸上皮の組織には幹細胞が存在し 自分自身と同じ幹細胞を永続的に産み出す ( 自己複製 ) とともに 寿命が短く自己複製できない分化した細胞を次々と産み出すことで組織構造を

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ゲノム編集技術を用いて 拒絶反応のリスクが少ない ips 細胞を作製 ポイント 細胞移植の際 レシピエントとドナー注 1) 注 2) の HLA 型が一致しないと 移植したドナー細胞はレシピエントのキラー T 細胞注 3) からの攻撃を受ける また ドナー細胞の HLA が消失していると ドナー細胞

研究成果の概要 ( 背景 ) 従来の遺伝子工学は, 実質的に外来遺伝子の導入に限られ, 標的部位への導入は極めて困難でした ZFN, TALEN, CRISPR/Cas 1) 等のゲノム編集は, 微生物起源の人工酵素による遺伝子改変技術の総称で, 外来遺伝子の標的部位への導入のほか, 内在遺伝子の破

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を行った 2.iPS 細胞の由来の探索 3.MEF および TTF 以外の細胞からの ips 細胞誘導 4.Fbx15 以外の遺伝子発現を指標とした ips 細胞の樹立 ips 細胞はこれまでのところレトロウイルスを用いた場合しか樹立できていない また 4 因子を導入した線維芽細胞の中で ips 細

資料110-4-1 核置換(ヒト胚核移植胚)に関する規制の状況について

解禁日時 :2018 年 8 月 24 日 ( 金 ) 午前 0 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2018 年 8 月 17 日国立大学法人東京医科歯科大学学校法人日本医科大学国立研究開発法人産業技術総合研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 軟骨遺伝子疾患

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図 1. 微小管 ( 赤線 ) は細胞分裂 伸長の方向を規定する本瀬准教授らは NIMA 関連キナーゼ 6 (NEK6) というタンパク質の機能を手がかりとして 微小管が整列するメカニズムを調べました NEK6 を欠損したシロイヌナズナ変異体では微小管が整列しないため 細胞と器官が異常な方向に伸長し

背景 これまで遺伝子治療には DNA が用いられてきましたが DNA は生体内 DNA への取り込みによる発がんの危険性や 導入に用いるウイルスベクターによる感染の危険性があり 実用化には至っていません そこで DNA に代わって登場してきたのが mrna( 注 1) です mrna は 遺伝子 D

細胞老化による発がん抑制作用を個体レベルで解明 ~ 細胞老化の仕組みを利用した新たながん治療法開発に向けて ~ 1. 発表者 : 山田泰広 ( 東京大学医科学研究所システム疾患モテ ル研究センター先進病態モテ ル研究分野教授 ) 河村真吾 ( 研究当時 : 京都大学 ips 細胞研究所 / 岐阜大学

今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

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生物時計の安定性の秘密を解明

井上先生 報告書 清水

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資料 1-1 ゲノム編集技術を用いた遺伝子治療 製品等のリスク評価や品質評価の考え方 第 29 回科学委員会

「ゲノムインプリント消去には能動的脱メチル化が必要である」【石野史敏教授】

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安全かつ高効率に遺伝子を細胞へ導入できるナノシート開発に成功

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

ん細胞の標的分子の遺伝子に高い頻度で変異が起きています その結果 標的分子の特定のアミノ酸が別のアミノ酸へと置き換わることで分子標的療法剤の標的分子への結合が阻害されて がん細胞が薬剤耐性を獲得します この病態を克服するためには 標的分子に遺伝子変異を持つモデル細胞を樹立して そのモデル細胞系を用い

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れており 世界的にも重要課題とされています それらの中で 非常に高い完全長 cdna のカバー率を誇るマウスエンサイクロペディア計画は極めて重要です ゲノム科学総合研究センター (GSC) 遺伝子構造 機能研究グループでは これまでマウス完全長 cdna100 万クローン以上の末端塩基配列データを

研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わ

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

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共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

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研究の背景と経緯 植物は 葉緑素で吸収した太陽光エネルギーを使って水から電子を奪い それを光合成に 用いている この反応の副産物として酸素が発生する しかし 光合成が地球上に誕生した 初期の段階では 水よりも電子を奪いやすい硫化水素 H2S がその電子源だったと考えられ ている 図1 現在も硫化水素

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ゲノム編集 ターゲティングゲノム編集システムの分類 すべてのゲノム編集システムは エンドヌクレアーゼによる特異的配列切断に依存しています 特異的配列ターゲティングのメカニズムには DNA ガイドと RNA ガイドの 2 種類があります 最も一般的に使用される DNA 誘導系は メガヌクレアーゼ (M

報道機関各位 平成 27 年 8 月 18 日 東京工業大学広報センター長大谷清 鰭から四肢への進化はどうして起ったか サメの胸鰭を題材に謎を解き明かす 要点 四肢への進化過程で 位置価を持つ領域のバランスが後側寄りにシフト 前側と後側のバランスをシフトさせる原因となったゲノム配列を同定 サメ鰭の前

2014年

報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

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小児の難治性白血病を引き起こす MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見 ポイント 小児がんのなかでも 最も頻度が高い急性リンパ性白血病を起こす新たな原因として MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見しました MEF2D-BCL9 融合遺伝子は 治療中に再発する難治性の白血病を引き起こしますが 新しい

背景 私たちの体はたくさんの細胞からできていますが そのそれぞれに遺伝情報が受け継がれるためには 細胞が分裂するときに染色体を正確に分配しなければいけません 染色体の分配は紡錘体という装置によって行われ この際にまず染色体が紡錘体の中央に集まって整列し その後 2 つの極の方向に引っ張られて分配され

CRISPR/Cas9 Genome Engineering 独自の NickaseNinja All-in-One ベクターで CRISPR/Cas9 技術を用いたゲノム編集をさらに簡単に! ゲノム編集 (Genome Editing) とは CRISPR/Cas システムや Transcript

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汎発性膿疱性乾癬のうちインターロイキン 36 受容体拮抗因子欠損症の病態の解明と治療法の開発について ポイント 厚生労働省の難治性疾患克服事業における臨床調査研究対象疾患 指定難病の 1 つである汎発性膿疱性乾癬のうち 尋常性乾癬を併発しないものはインターロイキン 36 1 受容体拮抗因子欠損症 (

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の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

成果 本研究の解析で着目したのは 25 の遺伝性疾患とそれらの 57 の原因遺伝子で これらは ACMG が推奨する 偶発的 二次的所見としての遺伝情報の結果の返却を推奨する遺伝子のセットのうち常染色体上のものに相当し 大部分が遺伝性腫瘍や遺伝性循環器疾患の原因遺伝子です 本研究では 当機構で作成し

本件リリース先 文部科学記者会 科学記者会広島大学関係報道機関 広島大学学術 社会産学連携室広報グループ 東広島市鏡山 TEL: FAX: 平成 2

いることが推測されました そこで東京大学医科学研究所の氣駕恒太朗特任研究員 三室仁美 准教授と千葉大学真菌医学研究センターの笹川千尋特任教授らの研究グループは 胃がんの発 症に深く関与しているピロリ菌の感染現象に着目し その過程で重要な役割を果たす mirna を同定し その機能を解明しました スナ

研究背景 糖尿病は 現在世界で4 億 2 千万人以上にものぼる患者がいますが その約 90% は 代表的な生活習慣病のひとつでもある 2 型糖尿病です 2 型糖尿病の治療薬の中でも 世界で最もよく処方されている経口投与薬メトホルミン ( 図 1) は 筋肉や脂肪組織への糖 ( グルコース ) の取り

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記 者 発 表(予 定)

スライド 1

統合失調症といった精神疾患では シナプス形成やシナプス機能の調節の異常が発症の原因の一つであると考えられています これまでの研究で シナプスの形を作り出す細胞骨格系のタンパク質 細胞同士をつないでシナプス形成に関与する細胞接着分子群 あるいはグルタミン酸やドーパミン 2 系分子といったシナプス伝達を

本日の話題 1. 遺伝子治療 1 総論 ( 現状と課題 ) 2 日本の動向 ( 現状と課題 ) 2. ゲノム編集 1 総論 ( 現状と課題 ) 2 日本の動向 ( 現状と課題 ) 2

サカナに逃げろ!と指令する神経細胞の分子メカニズムを解明 -個性的な神経細胞のでき方の理解につながり,難聴治療の創薬標的への応用に期待-

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研究の内容 結果本研究ではまず 日本人のクロザピン誘発性無顆粒球症 顆粒球減少症患者群 50 人と日本人正常対照者群 2905 人について全ゲノム関連解析を行いました DNAマイクロアレイを用いて 約 90 万個の一塩基多型 (SNP) 6 を決定し 個々の関連を検討しました その結果 有意水準を超

平成14年度研究報告

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ミトコンドリアに関わる遺伝子が神経変異を起こす機序を解明~新たなパーキンソン病原因遺伝子の理解と治療的試み~

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国際塩基配列データベース n DNA のデータベース GenBank ( アメリカ :Na,onal Center for Biotechnology Informa,on, NCBI が運営 ) EMBL ( ヨーロッパ : 欧州生命情報学研究所が運営 ) DDBJ ( 日本 : 国立遺伝研内の日

( 図 ) 顕微受精の様子

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60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 2 月 4 日 独立行政法人理化学研究所 筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の進行に二つのグリア細胞が関与することを発見 - 神経難病の一つである ALS の治療法の開発につながる新知見 - 原因不明の神経難病 筋萎縮性側索硬化症 (ALS) は 全身の筋

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ヒト脂肪組織由来幹細胞における外因性脂肪酸結合タンパク (FABP)4 FABP 5 の影響 糖尿病 肥満の病態解明と脂肪幹細胞再生治療への可能性 ポイント 脂肪幹細胞の脂肪分化誘導に伴い FABP4( 脂肪細胞型 ) FABP5( 表皮型 ) が発現亢進し 分泌されることを確認しました トランスク

統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異の同定と病態メカニズムの解明 ポイント 統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異 (CNV) が 患者全体の約 9% で同定され 難病として医療費助成の対象になっている疾患も含まれることが分かった 発症に関連した CNV を持つ患者では その 40%

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本件リリース先 文部科学記者会 科学記者会 広島大学関係報道機関 京都大学記者クラブ NEWS RELEASE 本件の報道解禁につきましては 平成 30 年 3 月 5 日 ( 月 ) 午後 7 時以降にお願いいたします 平成 30 年 3 月 2 日国立大学法人広島大学 国立大学法人京都大学 京都大学 ips 細胞研究所 ゲノム編集技術を用いたヒト ips 細胞での正確な一塩基置換技術 (MhAX 法 ) を開発 本研究成果のポイント 人工 DNA 切断酵素と生物がもつ DNA 修復機構の一つを利用して 精密な一塩基置 換を実現する技術 (MhAX 法 ) を開発 ヒト ips 細胞を用いて 遺伝性疾患でみられる一塩基多型を再現することに成功 正常な塩基を二つもつ細胞と 変異した塩基を二つもつ細胞 正常な塩基と変異した塩基を一つずつもつ細胞を 同時に樹立する技術を確立 概要 広島大学大学院理学研究科山本卓教授 京都大学 ips 細胞研究所 Knut Woltjen 准教 授および慶應義塾大学先端生命科学研究所曽我朋義教授らは 人工 DNA 切断酵素 ( 1) を用いたヒト ips 細胞での正確な一塩基置換技術 (MhAX 法 ) を開発しました 本法は 従来法と比較して 目的の一塩基多型 ( 2) 以外の変異が最小限である点や 二次的なド ナー DNA を必要としない点など多くの利点を有します このゲノム編集技術 ( 3) を用い た精密な一塩基置換技術は ヒト ips 細胞での遺伝性疾患のモデリングや修復に広く利用さ れ 疾患の本態性解明や新薬の開発 遺伝子治療等へ応用されることが期待されます 本研究成果は 3 月 5 日 ( 日本時間午後 7 時 ) 英国 Nature Publishing Group の科学雑 誌 Nature Communications に掲載される予定です URL: https://www.nature.com/ncomms/ DOI: 10.1038/s41467-018-03044-y 論文タイトル : " Microhomology-assisted scarless genome editing in human ipscs" 著者 : Shin-Il Kim 1*, Tomoko Matsumoto 1*, Harunobu Kagawa 1, Michiko Nakamura 1, Ryoko Hirohata 1, Ayano Ueno 2, Maki Ohishi 2, Tetsushi Sakuma 3, Tomoyoshi Soga 3, Takashi Yamamoto 3 1, 4** and Knut Woltjen * 筆頭著者 ** 責任著者 1. 京都大学 ips 細胞研究所 (CiRA) 2. 慶應義塾大学先端生命科学研究所 3. 広島大学大学院理学研究科 4. 京都大学白眉センター

背景 人工 DNA 切断酵素である TALEN や CRISPR-Cas9 を用いたゲノム編集技術により 遺 伝性疾患でみられる一塩基多型を導入または修復する手法は 疾患のモデリングや治療のた めに必須となる技術です しかしながら一塩基置換のみを導入した細胞は薬剤選抜を適用で きないため 正確に目的の一塩基が改変された細胞を効率的に得るには 一度薬剤耐性遺伝 子を挿入したノックイン細胞を作製し その後抜き取る操作が必要となります 従来法では この薬剤耐性遺伝子の除去の過程で複数の余分な塩基が残ったり 二次的なドナー DNA が必 要となったりなど 正確性や効率の面で改善が必要とされていました 一方で 本研究グループらは マイクロホモロジー媒介末端結合 (MMEJ 4) に依存し た新規遺伝子挿入法として PITCh システムを考案し 2014 年に英国 Nature Publishing Group の科学雑誌 Nature Communications に ( 参考論文 1) これを改良したプロト コールを 2016 年に英国 Nature Publishing Group の科学雑誌 Nature Protocols に ( 参考論文 2) それぞれ発表しました 本研究にて開発された MhAX 法では PITCh シス テムでの MMEJ 依存的な修復を誘導するノウハウが活かされています 参考論文 1 Microhomology-mediated end-joining-dependent integration of donor DNA in cells and animals using TALENs and CRISPR/Cas9. Nakade S, Tsubota T, Sakane Y, Kume S, Sakamoto N, Obara M, Daimon T, Sezutsu H, Yamamoto T, Sakuma T, Suzuki KT. Nat Commun. 2014 Nov 20;5:5560. doi: 10.1038/ncomms6560. ニュースリリース : http://www.mls.sci.hiroshima-u.ac.jp/smg/documents/natcommun2014.pdf 参考論文 2 MMEJ-assisted gene knock-in using TALENs and CRISPR-Cas9 with the PITCh systems. Sakuma T, Nakade S, Sakane Y, Suzuki KT, Yamamoto T. Nat Protoc. 2016 Jan;11(1):118-33. doi: 10.1038/nprot.2015.140. ニュースリリース : https://www.hiroshima-u.ac.jp/news/35628 研究手法と成果 PITCh システムは DNA 二本鎖切断の修復機構の一つである MMEJ を利用して外来遺伝 子を挿入する方法で 20~40 塩基対ほどの短い相同配列 ( マイクロホモロジー ) を利用し た簡便 正確 高効率な遺伝子挿入法です ( 図 1 左 ) 本研究では 一旦挿入した薬剤耐性遺 伝子を抜き取る際に PITCh システムと同様のマイクロホモロジーに依存した修復機構を利 用しました ( 図 1 右 ) 修復後には 目的の一塩基置換と ( 遺伝子の機能に影響を及ぼさない ) 目印となる一塩基置換が導入されるように設計されています 本手法は その原理から Microhomology-assisted excision(mhax) 法と名付けられました MhAX 法を利用することにより ヒト ips 細胞において 先天性プリン代謝異常症でみら れる HPRT1 遺伝子の一塩基多型 (HPRT Munich ) を再現することに成功しました また 同 じくプリン代謝疾患の原因変異の一つとして知られる APRT 遺伝子の一塩基多型 (APRT*J) については 左右のマイクロホモロジー領域に正常型塩基と変異型塩基をそれ ぞれ配置することにより 修復細胞に正常型塩基と変異型塩基が確率的に生じるように工夫 しました ( 図 2) その結果 正常型塩基を二つもつ細胞と 変異型塩基を二つもつ細胞 正 常型塩基と変異型塩基を一つずつもつ細胞を 同時に樹立することに成功しました ( 図 3)

これにより 同じ遺伝的背景を有しながら目的の一塩基多型のみが異なる細胞を並列に作製 することが可能となり 厳密な対照実験に基づいて当該の一塩基多型と疾患との関連性を精 査することのできる手法が確立されました 期待される波及効果と今後の展開 ヒト ips 細胞での一塩基置換の導入技術は 遺伝性疾患のモデル細胞の作製に役立てられ 疾患の本態性解明や医薬品開発に資することが期待されます また 疾患患者由来の体細胞 から ips 細胞を作製し 本技術を用いて疾患の原因変異を修復した後に 目的の細胞に分化 させて自家移植を行う ex vivo の遺伝子治療への応用も見込まれます また本技術は ヒト ips 細胞以外の細胞株や生物個体にも適用できる可能性があり 今後 これらの実施例が蓄積されることにより 基礎生物学研究や各種産業における利用価値が高 まることが予想されます 用語説明 1 人工 DNA 切断酵素 DNA に結合する部分と DNA を切断する部分を人工的に融合させたタンパク質 (Transcription activator-like effector nuclease, TALEN) や標的配列に結合するガ イド RNA と複合体を形成して DNA を切断するタンパク質 (Clustered regularly interspaced short palindromic repeats- CRISPR associated protein 9, CRISPR-Cas9) がある どちらも ゲノム DNA の特定の遺伝子配列のみを切断するこ とが可能である 2 一塩基多型 ゲノム DNA の中の特定の単一塩基が異なる塩基に置き換わったもの ゲノムワイド関連 解析から 疾患への関与が疑われる一塩基多型が多数同定されているものの その多くは 実験的な証明が追いついていない状況にある 3 ゲノム編集技術 人工 DNA 切断酵素によってゲノム DNA に DNA 二本鎖切断を誘導し その修復過程に おいて 標的遺伝子への欠失や挿入変異を導入 ( 遺伝子ノックアウト ) したり ドナーベ クターのゲノム DNA への組み込みを促進することで遺伝子を挿入 ( 遺伝子ノックイン ) したりする最先端の遺伝子改変技術 4 マイクロホモロジー媒介末端結合 Microhomology-mediated end-joining (MMEJ) 真核生物が持つ DNA 修復機構の一 つ 二本鎖切断の際に生じた切断両末端間で 相補的な配列同士が結合し 修復される機 構

図 1 PITCh システムと MhAX 法 PITCh システムが MMEJ 依存的手法により外来遺伝子を挿入するのに対し MhAX 法では 同様の機構により薬剤耐性遺伝子を除去し 一塩基置換を導入することを目的としている 図 2 正常型塩基と変異型塩基 (APRT*J) の確率的な生成 MhAX 法で用いる左右のマイクロホモロジー配列に 予め正常型塩基と変異型変異を配置し ておくと 修復の過程でいずれかの塩基が確率的に選択される 図 3 正常型 / 正常型 正常型 / 変異型 変異型 / 変異型の細胞の同時取得 解析した全 160 クローン中 正常型 / 正常型の細胞が 2 つ 正常型 / 変異型の細胞が 1 つ 変異型 / 変異型の細胞が 6 つ存在したことから これらを同時に取得する技術が確立された

お問い合わせ先 < 研究に関すること > 広島大学大学院理学研究科数理分子生命理学専攻 教授山本卓 ( やまもとたかし ) TEL: 082-424-7446 Fax: 082-424-7498 E-mail: tybig@hiroshima-u.ac.jp 京都大学 ips 細胞研究所 (CiRA) 准教授 Knut Woltjen ( まずは CiRA 国際広報室へ ) TEL: 075-366-7005 Fax: 075-366-7185 E-mail: media@cira.kyoto-u.ac.jp 報道に関すること 広島大学財務 総務室広報部広報グループ坂本晃一 TEL: 082-424-6762 FAX: 082-424-6040 京都大学 ips 細胞研究所 (CiRA) 国際広報室和田濱裕之 TEL: 075-366-7005 Fax: 075-366-7185 発信枚数 :A4 版 5 枚 ( 本票含む )