生理学 Ⅰ 講義 妊娠 分娩の生理 熊本大学大学院生命科学研究部分子生理学富澤一仁 受精着床胎盤の生理妊娠に伴う母胎の変化分娩乳腺の発達 ヒトの発生 発生学的には, 受精齢を使用 1. 胚子前期 受精後 2 週まで 受精卵が着床し, 細胞分裂を繰り返す 2. 胚子期 受精後 3 8 週 胚葉が分化し, 器官形成がほぼ完了 3. 胎児期 受精後 9 週 出生まで 各器官が発育 成長する時期 ヒトの発生 臨床では月経齢 ( 妊娠齢 ) を使用する 最終月経の第 1 日目から起算 すなわち最終月経の初日から28 日間が妊娠 1か月となる 分娩予定日は, 最終月経初日より満 280 日目となる 妊娠 4ヶ月までを妊娠初期,5 7ヶ月を妊娠中期,8ヶ月以降を妊娠末期と区分する
分娩予定日 受精 最終月経初日より満 280 日 ( 満 40 週 0 日 ) が 分娩予定日となる Nägele( ネーゲル ) の分娩予定日算出法 分娩予定月 = 最終月経初日の月 +9( あるいはー 3) 分娩予定日 = 最終月経初日の日 +7 卵細胞 受精 ヒト発生の第 1 週 受精卵は, 卵割しながら卵管輸送される 排卵直後第 2 減数分裂中期 ZP2 加水分解 ZP3 変性 受精後第 2 減数分裂再開
ヒト発生の第 1 週 受精 3 日後 桑実胚 (16 細胞 ) 4 日後 胞胚腔の形成 ( 胚盤胞 ) 栄養膜 ( 将来の胎盤 ) が形成 透明帯からの脱出 6 日後 子宮への着床 卵管上皮 2 種類の細胞は, エストロゲンにより数や活動が制御されている 線毛細胞 分泌細胞 卵巣周期の卵胞期 線毛の形成が活発 卵胞期の後期 排卵期 分泌細胞の活動が活発化 将来, 胎児になる 1) 卵管妊娠 tubal pregnancy 2) 卵巣妊娠 ovarian pregnancy 3) 腹腔 ( 腹膜 ) 妊娠 abdominal pregnancy * この内 98% が卵管妊娠 子宮外妊娠 受精卵が, 子宮腔以外の場所に着床し, 発育すること 全妊娠の約 1% 初産より経産婦に多い ( 約 80%) 子宮外妊娠 卵管輸送がうまくできていない 原因は? 卵管上皮の線毛運動の異常 卵管の通過性障害など 原因は? クラミジアや淋菌感染などによる卵管炎 妊娠中絶による炎症, 癒着 子宮内膜症による卵管周囲あるいは卵管を巻き込んでの癒着 卵管発育不全など
着床 (Implantation) 着床 受精卵が子宮壁に接着し, その後数日かけて子宮内膜の緻密層内に, 埋没していくこと 子宮内膜は着床可能な期間決まっている 排卵後 7±2 日間 着床の成立には黄体ホルモン ( プロゲステロン ) の働きが重要 黄体がプロゲステロン分泌 内膜腺に作用し, 分泌促進 内膜は, 浮腫状となる * また, 黄体からエストロゲンも分泌される プロゲステロンとエストロゲンの作用の結果, 着床準備状態が完了する 着床後, 黄体はプロゲステロンの分泌を維持 プロゲステロン ヒト絨毛性ゴナドトロピン (human chorionic gonadotropin: hcg) 子宮内膜の間質細胞の膨化 グリコーゲンや脂質などの栄養素を多量に含有するようになる 脱落膜細胞 栄養膜細胞は, 蛋白分解酵素を分泌し, 脱落膜細胞を浸食 胚盤胞は子宮内に埋没していく 栄養膜合胞体層から分泌される * 細胞と細胞の境界が不明瞭なため層として呼ばれる 性状 糖蛋白ホルモンで LH と類似 機能 黄体を刺激し, 妊娠 8 10 週頃まで黄体機能を維持させる 妊娠黄体 男性胎児の精巣 Leydig 細胞を刺激 アンドロゲンの分泌促進, 外生殖器の分化促進
hcg 検査は, 産科では欠かせない 妊娠の診断 HCG 基準値 (miu/ml) - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 血清 尿 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 男子 1.0 以下 1.0 以下 妊娠 6 週 4,700 87,200 1,100 27,000 妊娠 10 週 6,700 203,400 5,700 190,000 妊娠 20 週 8,700 72,200 4,000 81,000 妊娠 40 週 4,000 79,000 1,400 44,500 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 胎児は, 絨毛を通して母親の血液から酸素と栄養を取り込む 母体の血管 胎盤絨毛 胎盤 (Placenta) 胎盤は, 胎児の絨毛膜と母胎の子宮内膜 ( 脱落膜 ) で構成 妊娠 4か月末に完成 600ml/minの動脈血が流入 胎児が発育するためには, 胎盤の他に, 卵膜(fetal membrane ) 羊水(amnioRc fluid) 臍帯(umbilical cord) が必要 胎児付属物 胎盤と卵膜 卵膜は, 羊膜 絨毛膜 脱落膜から成る 羊膜は胎児と羊水を包んでおり, 強靱 羊水 主成分は羊膜上皮の分泌液と胎児尿
胎盤の機能 胎盤の機能 胎児の神経系を除く主要臓器の機能を代行 補助している 1. ガス交換 母胎血 酸素 二酸化炭素 胎児血 単純拡散で交換 胎児の動脈血酸素分圧は成人の 1/4 だが, 十分量の酸素を末梢組織に供給できる 胎児ヘモグロビンは, 酸素親和性が高い 2. 栄養素の輸送 1 グルコース 胎児の主たるエネルギー 促通拡散により母胎から胎児へ移行 2 アミノ酸 胎児の血中濃度のほうが母胎より高いので, 能動輸送と考えられる 3 蛋白質 一般に胎盤を通過しにくい 免疫グロブリンの IgGは通過する 胎児の免疫能を補う 4 脂溶性ビタミン (A,D,E,K) 単純拡散 5 水溶性ビタミン (B,C) 胎児血中が高く, 能動輸送により母胎から移行 胎盤の機能 3. ホルモン産生卵巣に代わってホルモン産生の主役 1 hcg 2 ヒト胎盤性ラクトーゲン (placental lactogen; hpl) GHやプロラクチンと類似のペプチドホルモン 脂質分解作用 遊離脂肪酸の放出を促し, 母胎のエネルギー源とする 抗インスリン作用 母胎の糖利用抑制 胎児へのグルコース供給促進 3 エストロゲン, プロゲステロン 胎盤エストロゲン プロゲステロンの機能 エストロゲン 子宮筋の増殖 肥大 オキシトシン感受性( 子宮収縮性 ) の亢進 子宮頚部の肥大と軟化 乳管の増殖 プロラクチン作用の抑制 プロゲステロン 子宮筋のオキシトシン感受性低下( 子宮収縮を抑制し 流産 早産を防ぐ ) 乳腺腺葉の増殖 プロラクチン作用の抑制
妊娠に伴う母体の変化 1. 呼吸器子宮の増大のため, 腹部内臓が上方へ押し上げられる 横隔膜の挙上 胸式呼吸となり, 速く, 深くなる 2. 循環器循環血液量の増加, 胎盤循環などに伴い, 心拍出量が増大 心疾患合併妊娠では, 心不全の危険性 血漿量の増加のため, ヘマトクリット値の低下 貧血 3. 腎 泌尿器膀胱圧迫 頻尿 尿の滞留のため膀胱炎や腎盂腎炎を起こしやすい GFR,RPF の増大 これは循環血漿量の増大だけが原因でなく, エストロゲン, アルドステロンなどの作用も影響している 妊娠に伴う母体の変化 4. 消化器つわり 食欲低下, 悪心, 嘔吐, 唾液分泌増加など 妊娠 6 週頃から見られ,16 週までには, ほとんど軽快 hcg が食欲中枢に作用? 脱水, 栄養代謝障害など重症なものを妊娠悪阻という 2. 皮膚色素沈着と妊娠線 色素沈着は, 乳頭, 乳輪, 外陰に著明 3. 代謝妊娠末期の基礎代謝 非妊娠時の約 120% 糖代謝 インスリン受容体の減少や感受性の低下 hpl の抗インスリン作用によりインスリン抵抗性 糖尿病に似た状態 脂肪の蓄積 分娩 (childbirth) 分娩 (childbirth) 娩出力は, 陣痛と腹圧である 陣痛は, 不随意に, 周期的に繰り返す子宮洞筋の収縮 子宮収縮時 陣痛発作子宮弛緩時 陣痛間欠 陣痛のメカニズムまだ解明されていない 複合的 プロゲステロン / エストロゲン比の低下, プロスタグランジン産生の増加子宮筋のオキシトシン感受性亢進, 胎児肺呼吸による刺激など 腹圧横隔膜や腹筋の収縮によるもので随意 ただし児娩出直前には, 陣痛発作と共に反射的に起こる 怒責
産褥期 : 産褥 分娩後 全身や生殖器が妊娠前の状態に復帰するまでの期間 分娩直後から産後 6 8 週期の期間 非妊娠時 妊娠と乳腺の発達 乳腺小葉は 乳管に続く導管の終末部のみ存在 明確な分泌部を持たない 妊娠時 終末小管の上皮細胞が増殖 腺腔の拡張 分泌部 ( 腺房の形成 ) 妊娠と乳腺の発達 非妊娠時と妊娠時の乳腺小葉の比較非妊娠時妊娠時 乳腺発達を制御するホルモン エストロゲン プロゲステロン hpl が制御 エストロゲン 乳管の発育促進 プロゲステロン 腺葉の肥大 乳輪の拡大と色素沈着 hpl( ヒト胎盤性ラクトーゲン ) 乳腺組織の増殖 エストロゲン & プロゲステロン 乳腺におけるプロラクチンの作用を抑制 妊娠中の乳汁の分泌を抑制している 導管の終末部 ( 終末小管 ) のみが存在し, 明確な腺房を認めない 終末小管の上皮細胞が増殖し, 分泌部 ( 腺房 ) を形成
乳汁分泌を制御するホルモン 分娩後 胎盤が娩出されるため血中エストロゲン プロゲステロン濃度が急速に低下 プロラクチンの乳腺作用に対する抑制がはずれる 乳汁の組成 初乳 分娩後 5 日目頃までの乳汁 蛋白質 ( ラクトアルブミン ラクトグロブリン ) が豊富 免疫グロリンブンが豊富 乳児の感染予防移行乳 産褥 5 日 2 週間成乳 乳糖と脂肪が豊富 オキシトシン 乳汁分泌開始 乳児による哺乳 乳頭への吸綴刺激 視床下部へ 下垂体後葉からオキシトシン分泌 腺房を包む筋上皮細胞を収縮 射乳反射 ビタミン : 脂溶性 水溶性のほとんどのビタミンが含まれている 母乳のビタミン K 含有量は少ない 牛乳 (100g) 母乳 (100g) * 調整乳 100ml ( 標準濃度 13.5%) エネルギー kcal 67 65 68 蛋白質 3.3 1.1 1.59 脂質 g 3.8 3.5 3.5 炭水化物 4.8 7.2 7.72 Na 41 15 19 K 150 48 66 Ca mg 110 27 51 P 93 14 28 Fe 0.02 0.04 0.81 A 38 46 53 µg K 2 1 3.4 B 1 0.04 0.01 0.04 B 2 0.15 0.03 0.08 mg ナイアシン 0.1 0.2 0.82 C 1 5 6.8 母乳栄養のみだと ビタミン K が不足する恐れ 新生児ビタミン K 欠乏性出血症 その予防のため 我が国では 出生 生後 1 か月にビタミン K2 シロップを数回投与することが定着している