日本腹部救急医学会雑誌 31(6):863 867,2011 特集 : 主膵管損傷例に対する最近の診断 治療法 外傷性膵損傷における診断と治療 藤田保健衛生大学救命救急医学講座 1), 関西医科大学附属滝井病院高度救命救急センター 2) 平川昭彦 1), 諌山憲司 2) 2), 中谷壽男 要旨 : 外傷性膵損傷は, 急性期では血液検査や腹部所見だけでは困難を要し, 治療方針を決定するには, 損傷部を診断するだけでなく, いかに膵管損傷の有無を確認できるかが鍵である 当センターにおける膵損傷の診断は, 搬入時の腹部 CT だけでなく, 単独損傷であるなら積極的に ERP を施行, 腹部他臓器損傷の合併例は開腹術を行い, 膵管損傷の有無を検索する 治療は,Ⅲ 型膵体 尾部損傷の場合, 膵尾側切除術を基本としつつ,Bracy 法なども考慮する Ⅲ 型膵頭部損傷の場合, 膵頭十二指腸切除術が主であるが, 状況によってドレナージ術を施行する ただし, 膵損傷例の治療方針を決定するにあたり, 他部位合併損傷が多いため, 搬入後の循環動態を考慮しつつ, 治療の優先順位を早期に決定し, いかに合併症である縫合不全や膵液瘻を最小限に抑えるかが鍵である 索引用語 外傷性膵損傷, 主膵管損傷, 内視鏡的逆行性膵管造影 (ERP) はじめに腹部外傷の中でも, 膵損傷は比較的まれな外傷であり, 診断が遅れると致命的となる 以前, その診断は困難なことが多かったが,CT などの進歩により, 近頃は比較的容易に診断できるようになった 膵損傷の治療は, 出血性ショックや他臓器損傷の合併, 膵組織の挫滅などにより, 術後の合併症発生率も高くなる 予後を大きく左右するのは, 縫合不全や膵液漏出に伴う合併症であり, これをいかに克服するかが鍵となる 近年の画像診断や内視鏡技術の向上は, 診断方法, 非手術療法の拡大や全身状態を踏まえた手術術式の選択など, 多くの選択肢をもたらしたが, 標準的診断および治療法は確立されていない 今回, 当センターにおける外傷性膵損傷の診断および治療法について検討したので, 最近の知見も加えて解説する Ⅰ. 対象と方法 1998 年 4 月から 2010 年 10 月まで関西医科大学附属滝井病院高度救命救急センターに搬送された外傷性膵損傷 23 例 ( 搬入時心肺停止例は除く ) を対象とした 内訳は, 男性 16 例, 女性 7 例, 年齢は 5 ~ 85 歳 ( 平均 42 歳 ) で生存 19 例, 死亡 3 例であった 受傷機転 は, 交通外傷が 1 (47.8%) と最も多く, 腹部刺創 6 例, 腹部打撲 5 例, 転落外傷 であり, 鈍的損傷が全体の 74% を占めていた 損傷の内訳であるが, 膵単独損傷 8 例 (34.8%), 他部位合併損傷 15 例 (65.2%) であった 損傷形態としては,Ⅰ 型 :5 例,Ⅱ 型 :5 例,Ⅲb 型 :13 例であった これらの症例について, 膵損傷の診断方法, 画像検査所見や治療法について検討した Ⅱ. 結果 1. 診断 1 診断に至る経過 ( 表 1) 膵単独損傷は 8 例であり, 循環動態は, 搬入時より全例で安定していた CT 検査で膵損傷が疑われ,8 例中 7 例 (87.5%) に内視鏡的逆行性膵管造影 (Endoscopic Retrograde Pancreatography: 以下,ERP) を施行した 残りの は, 年齢が 5 歳のため ERP 検査を行わず, 開腹にてⅢb 型損傷と判明した 他臓器損傷合併例は 15 例であり, 搬入時より循環動態が安定していた症例は 12 例で, うち CT にて膵損傷と診断した症例は 4 例 (26.7%), 全例に ERP を施行し, ⅡもしくはⅢ 型損傷と診断した 他の 8 例は消化管損傷など膵以外の臓器損傷として緊急開腹術が施行され, 膵損傷の合併が明らかとなった 残りの 3 例は搬 表 1 診断に至る経過 CT+ERP 例 CT+ 開腹例開腹例 ERP 施行率 単独損傷他臓器合併損傷 7 例 4 例 8 例 3 例 87.5% 26.7% 863
表 2 損傷と検査所見 Ⅰ Ⅱ Ⅲ 診断率 CT 例 ERP 例 MRCP 例 2/5 3/5 2/2 11 8/8 80% 100% 100% *:CT 例は膵損傷を診断した数他は膵管損傷を診断した数 表 3 損傷形態別の治療法と転帰 損傷形態治療法膵関連合併症転帰 Ⅰ 型 (4 例 ) 保存療法 ドレナージ術 3 例 膵周囲血腫 生存 4 例 保存療法 2 例 Ⅱ 型 (6 例 ) ドレナージ術 3 例膵縫合術 膵液瘻膵囊胞 生存 6 例 Ⅲ 型 (7 例 ) 頭部 膵頭 十二指腸切除術 3 例 (1) Letton & Wilson 法 ドレナージ術 3 例 (2) 膵液瘻縫合不全 生存 4 例死亡 3 例 (2 例は血管損傷のため ) Ⅲ 型 (6 例 ) 体 尾部 膵体 尾部切除 + 脾摘出術 3 例 Bracey 法 Letton & Wilson 法 仮性膵囊胞 胃吻合術 膵液瘻膵囊胞 2 例 生存 6 例 入時よりショック状態であったため,CT を施行せずに開腹し, 膵損傷を診断した 2 膵損傷と検査所見 ( 表 2) CT 検査 : 搬入時に腹部 CT を施行した 2中 16 例 (80%) が膵損傷と診断され, そのうちⅢ 型損傷では 1全例で膵損傷と診断し得た しかし, 膵管損傷など詳細な評価は不可能であった ERP 検査 :CT 検査で膵損傷と診断され,ERP が施行されたのは 1であった そのうち, 造影剤漏洩, 途絶像など膵管損傷ありと診断し得たのは 8 例で, 手術でも全例で確認された Magnet Resonance Pancreatography( 以下,MRP) 検査 :2 例に施行した これらの症例は, 他院で保存的加療が行われ, 急性期を過ぎていたため,MRP が施行された は,MRP にて膵管が明確に描出されず,ERP にてⅢb 型損傷が確認された 2. 治療 ( 表 3) 1 損傷形態と治療法 Ⅰ 型損傷は 4 例で, 保存療法, ドレナージ術 3 例であった この 3 例は他の腹腔内他臓器損傷を合併した症例であった Ⅱ 型損傷は 6 例で, 保存療法 2 例, ドレナージ術 4 例 ( 膵縫合術 含む ) であった 手術例は, すべて腹腔内他臓器合併損傷例であった Ⅲ 型損傷は 13 例で, 頭部損傷 7 例, 体 尾部損傷 6 例 であった 頭部損傷の治療法は膵頭 十二指腸切除術 3 例,Letton & Wilsonn 法, ドレナージ術 3 例であった ドレナージ術のうち 2 例は, 門脈や下大静脈などの血管損傷を認めたため, 一般状態にかんがみ, 膵の修復は行わず, 止血および膵周囲ドレーン留置のみに止めた症例であった 体 尾部損傷の治療法は膵体 尾部 + 脾合併切除術 3 例,Bracy 法,Letton & Wilsonn 法, 仮性膵囊胞 胃吻合術 であった 2 損傷形態と合併症 Ⅰ 型損傷の合併症は (25%) に膵周囲血腫を認めた Ⅱ 型損傷の合併症は 2 例 (33%) で, 術後膵液瘻, 保存療法例で膵囊胞 を認めたが, すべて保存的に改善した Ⅲ 型損傷のうち膵頭部損傷での合併症は, 血管損傷例を除いた 5 例中 2 例 (40%) で, が膵液瘻,が縫合不全および膿瘍をきたした 膵体 尾部損傷例の合併症は 6 例中 3 例 (50%) で, 膵液瘻 2 例, 膵囊胞 であった 3 転帰 ⅠおよびⅡ 型損傷例では, すべて軽快した 13 例のⅢ 型損傷のうち, 門脈や下大静脈損傷などによる出血にて死亡した 2 例を除けば, 膵損傷が直接死因となった症例は で, 膵頭 十二指腸切除術術後縫合不全からの敗血症 多臓器不全で死亡した症例のみであった 864
Ⅲ. 考察 膵損傷の発生頻度は, 欧米では腹部外傷の 2 ~ 12% とされ, 銃創などの穿通性損傷が多い 1)2) とされる 一方, 本邦では鈍的外傷が多く 3), そのほとんどが交通外傷である 今回の検討で, 膵単独損傷例は 40% と少なく, 坂本ら 4) の報告などと同様に腹部他臓器合併損傷が多い結果であった この傾向は, 脾臓などの実質臓器損傷と同様であり, 診断や治療を考慮するうえで重要な因子である 5) 外傷性膵損傷の診断の遅れは, 合併症を増加させ, 予後を大きく左右する 6) 当施設における外傷性膵損傷の診断 治療に至るまでの方針を示す ( 図 1) 搬入時の循環動態が fluid resuscitation に反応なく不安定な状態で, 腹腔内損傷が主因の場合は, ただちに開腹術を施行する 一方, 循環動態が安定していれば, 腹部造影 CT を施行し,low density に描出される離断や裂傷, 血腫や浮腫による部分的あるいは広範囲な腫脹などの所見を認めたなら,5mm 以下の thin slice で腹部 CT を再撮影する その後, 積極的に ERP による主膵管損傷の精査を行う たとえ所見がなくとも, 腹部所見や血清アミラーゼ値を経時的に観察し,12 ~ 24 時間後に CT 検査を施行している なお, 膵損傷の診断と平行して他臓器損傷の有無の検索を行うのは申すまでもない 一般に, 画像診断法としての腹部 CT は汎用されている とくに, 昨今の multidetector CT( 以下, MDCT) の診断精度は向上しているが,64 MDCT であっても膵管損傷の有無の情報を得ることは非常に困難である 7) と言われている したがって, 治療に直結する主膵管損傷の有無を, 確実に診断し得る検査は ERP であり 8), とくに循環動態安定例では推奨されている 9) 本検討でも, 単独損傷例で, 小児例以外は全例施行しており, 診断率も 100% であった 当施設では常時,ERP を施行できる体制にあるが, 緊急 ERP を施行できない場合は, 術中 ERP あるいは術中 膵管造影などを考慮しなければならない また, 近年の ERP は内視鏡的膵管ステント留置術や外科的主膵管再建時のガイドとしても利用されており 10), 診断だけでなく, 治療選択肢の一つともされている ただ, 狭窄などの合併症も報告 11) されており, 今後さらなる検討が必要である MRP は, 施行者の熟練度を問わないため, メリットはあるも, 急性期に腹腔内出血が合併している場合, 診断率が低下するため 12), 絶対的なものではない 治療法は,Ⅰ 型では保存的治療もしくは他損傷にて開腹した場合でも, 原則無処置で, ドレナージは必要ない Ⅱ 型損傷では, 膵縫合部やドレナージ術, ときに保存的治療が選択される 使用するドレーンは感染も考慮し, 閉鎖式ドレーンが好ましい 13) Ⅲ 型膵損傷の治療法は, 施設体制, 全身状態, 損傷の重症度, 術者のスキルなどを総合的に勘案して, 決定するとよい 基本的には, 主膵管損傷の確定診断, あるいは濃厚に疑われる場合に, 種々の外科手術が行われる 循環動態が安定した体 尾部の膵管損傷では, 膵体尾部 + 脾合併切除術が一般である しかし, 脾摘後敗血症などの問題があるため, 若年者では可能な限り脾温存を試みるべきである たとえ, 脾動静脈を結紮 切断しなければならなかったとしても, 短胃動脈を温存する Warshaw 手術 14) を考慮する方法もある また, 膵離断で膵挫滅が少ない場合は, 膵を温存する術式として Letton & Wilson 法がある 当施設では, 若年者 2 例で本術式を選択した 現在,は術後 12 年, 他の は術後 8 年経過しているが, イレウスなどの合併症を生じていない しかし, 膵空腸吻合部の縫合不全などの合併症をきたすことがあるため, あまり推奨されていない 15) Bracey 法による膵 胃吻合は, 胃内では膵液は活性化されないことや吻合の緊張がないなどの理由で縫合不全が少ない 16) とされている 当施設でも Bracey 法, 膵頭十二指腸切除術の再建法で膵 空腸吻合の代わりに膵 胃吻合を 施行した この吻合法は, 簡便で迅速かつ安全確実な方法のため, 推奨されるべき術式と考える Ⅲ 型損傷で問題となるのは膵頭部損傷であり, 術式もさまざまである 十二指腸損傷の合併, もしくは高度の膵頭部損傷があれば, 膵頭十二指腸手術が一般的である ただし, 手術侵襲が大きいため,damage control surgery を必要とする症例には, 二期的に再建を行うことを考慮しなければならない 膵頭十二指腸手術は侵襲が大きいため, 膵周囲のドレナージ設置のみによる保存的術式を推奨する報告もある 17) ドレナージ単独では術後膵液瘻形成を合併する確立が極めて高いが, この方法は, 他の侵襲的術式による術後合併症に比べると, そ 865
の管理が容易であるとされている 膵組織の挫滅が軽度の場合は, 主膵管にステントを留置し, 膵管吻合, 膵縫合術を行う主膵管再建膵縫合術が行われるときもある 現在, 合意の得られた膵損傷の診断 治療法はない 症例数には限りがあること, 各施設の体制, 術者のスキルなどに差があることなども考慮すると致し方がないことかもしれない とは言え, 膵損傷は, 迅速な診断, 低侵襲な術式, 術後合併症を最小限に抑える工夫など, 的確な状況判断が必要とされる疾患であり, 外傷外科医の手腕が問われるところである おわりに 1 膵損傷に対する治療法の選択において, 主膵管損傷の有無を確認することは必須であり, 可能なかぎり緊急 ERP は行うべきである 2 膵損傷は他部位合併損傷が多いため, 全身状態を考慮しつつ, 総合的判断にて治療法を決定しなければならない 参考文献 1)Jorkovich GJ, Carrico CJ:Pancreatic trauma. Surg Clin North Am 1990;70:575 593. 2)Seamon MJ, Kim PK S, Stawicki SP, et al:pancreatic injury in damage control laparotomies:is pancreatic resection safe during the initial laparotomy? Injury 2009;40:61 65. 3) 上原哲夫 : 腹部外傷による膵損傷の診断と治療. 胆と膵 1997;18:339 345. 4) 坂本照夫, 広橋伸之, 志田憲彦, ほか : 鈍的膵損傷の診断と治療法の検討. 日腹部救急医会誌 2002;22: 549 554. 5) 平川昭彦, 下戸学, 津田雅庸, ほか : 外傷性碑損傷における診断と治療. 日腹部救急医会誌 2008;28: 819 823. 6)Oláh A, Issekutz A, Haulik L, et al:pancreatic transection from blunt abdominal trauma:early versus delayed diagnosis and surgical management. Dig Surg 2003;20:408 414. 7)Phelan HA, Velmahos GC, Jurkovich GJ, et al:an evalution of multidetector computed tomography in detecting pancreatic injury:results of a multicenter AAST study. J trauma 2009;66:641 647. 8)Rogers SJ, Cello JP, Schecter WP, et al:endoscopic retrograde cholangiopancreatography in patients with pancreatic trauma. J Trauma 2010;68:538 544. 9)Duchesne JC, Schmieg R, Islam S, et al:selective nonoperative management of low grade blunt pancreatic injury:are we there yet? J Trauma 2008; 65:49 53. 10)Abe T, Nagai T, Murakami M, et al:pancreatic injury successfully treated with endoscopic stenting for major pancreatic duct disruption. Inter Med 2009;48:1889 1892. 11)Lin BC, Chen RJ, Fang JF, et al:management of blunt major pancreatic injury. J Trauma 2004;56: 774 778. 12) 長屋昌樹, 窪田倭, 新見浩, ほか : 外傷性膵損傷における膵管評価として Magnetic resonance cholangiopancreatography(mrcp) は有用か? 自験例 4 例における検討. 日外傷会誌 2003;17:267 271. 13)Febian TC, Kudsk KA, Croce MA, et al:superiority of closed suction drainage for pancreatic trauma. A randomized prospective study. Ann Surg 1990; 211:724 728. 14)Warshaw AL:Conservation of the spleen with distal pancreatectomy. Arch Surg 1988;123:550 553. 15)Akhrass R, Yaffe MB, Brandt MA:Pancreatic trauma:a ten year multi institutional experience. Am Surg 1997;63:598 604. 16)Delcore R, Thomas JH, Pierce GE, et al:pancreatogastrostomy:a safe drainage procedure after pancreatoduodenectomy. Surgery 1990;108:641 645. 17)Patton JH, Lyden SP, Croce MA, et al:pancreatic Trauma:A simplified management guideline. J trauma 1997;43:234 241. 論文受付同受理 平成 23 年 7 月 6 日平成 23 年 9 月 12 日 866
Diagnosis and Treatment of Traumatic Pancreatic Injury Akihiko Hirakawa 1), Kenji Isayama 2), Toshio Nakatani 2) Department of Emergency and Critical Care Medicine, Fujita Health University 1) Department of Emergency and Critical Care Medicine, Kansai Medical University Takii Hospital 2) The diagnosis of traumatic pancreatic injury in the acute stage is difficult to establish blood tests and abdominal findings alone. Moreover, to determine treatment strategies, it is important not only that a pancreatic injury is diagnosed but also whether a pancreatic ductal injury can be found. At our center, to diagnose isolated pancreatic injuries, we actively perform endoscopic retrograde pancreatography(erp)in addition to abdominal CT at the time of admission. For cases with complications such as abdominal and other organ injuries, we perform a laparotomy to ascertain whether a pancreatic duct injury is present. In regard to treatment options, for grade Ⅲ injuries to the pancreatic body and tail, we basically choose distal pancreatectomy, but we also consider the Bracy method depending on the case. As for grade Ⅲ injuries to the pancreatic head, we primarily choose pancreaticoduodenectomy, but also apply drainage if the situation calls for it. However, pancreatic injuries are often complicated by injuries of other regions of the body. Thus, diagnosis and treatment of pancreatic injury should be based on a comprehensive decision regarding early prioritization of treatment, taking hemodynamics into consideration after admission, and how to minimize complications such as anastomotic leak and pancreatic fistulas. 867