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138 理学療法科学第 24 巻 2 号 I. はじめに膝前十字靭帯 (Anterior Cruciate Ligament;ACL) 損傷では, 多くの場合再建術が必要となり, その後スポーツ復帰までに半年から1 年近くを要することがある そのため, 近年その予防の重要性が唱えられるようになってきた ACL 損傷の予防を行うにあたり, まず ACL 損傷がいかにして発生するかを知ることが重要となるため, 受傷時の下肢アライメントや筋活動を分析する必要がある 受傷機転には, ジャンプ着地動作, ストップ動作, カッティング動作などがあげられるが, 今回はその中でも受傷することが多いと報告 されているジャンプ着地動作に注目することとした ジャンプ着地時の下肢アライメントでは, 着地時の荷重により大腿に対して下腿が外旋すると, それに伴いknee-in が誘導される 1,3) knee-in という現象は膝関節外反を含むことから, この下腿外旋は膝関節外反にも関係すると考えられる また,ACL 損傷が膝関節外反位で起こることは広く知られている よって, 本研究では下腿外旋が膝関節外反に与える影響をみるために, 下腿の回旋筋であるハムストリング筋活動と膝関節外反の関係を調べることとした 本研究の目的は, 片脚ジャンプ着地における, 外側ハムストリングと内側ハムストリングの筋活動比と膝関節外反角度の関係を明らかにすることである また, 膝関節外反を分析するうえで大腿前面の筋にも注目する必要があると考えたため, 同時に膝関節の側方安定性に関与していると思われる内側広筋と外側広筋の筋活動比と膝関節外反角度の関係も調べることとした II. 対象と方法 1. 対象対象は, 本研究に同意の得られた, 膝関節に既往のない健康な女子大学生 27 名とした 対象の年齢, 身長, 体重の平均値 (±SD) はそれぞれ20.5±1.5 歳,157.9±3.9 cm,51.8±5.3 kg であった なお, 本研究は広島大学大学院保健学研究科心身機能生活制御科学講座倫理委員会の承認を得て行った ( 承認番号 0758) 2. 方法課題動作として, 両脚での垂直ジャンプを最大努力下で行わせ, 左脚で着地させた ジャンプ動作は上肢による代償を制限するために, 手を腰部にあてた状態 での立位姿勢を開始肢位とした 筋活動の記録にはPersonal-EMG( 追坂電子機器社 ) を使用した 被検筋は, 左側の内側広筋 (Vastus medialis: VM), 外側広筋 (Vastus lateralis:vl), 半膜様筋 ( 内側ハムストリング,Semimembranosus:SM), 大腿二頭筋 ( 外側ハムストリング,Biceps femoris:bf) の計 4 筋とした 皮膚抵抗を落とすため, 皮膚表面を皮膚前処理剤 ( スキンピュア, 日本光電工業株式会社 ) で研磨し, アルコール綿で清拭した 筋活動の導出には表面電極 (blue sensor,ambu A/S) を用い, 双極誘導にて行った 電極は Perroto ら 4) の方法に基づいて貼付し, 電極中心間距離は 30 mm とした また, アース電極は左側の肘頭に設置した 導出した筋電位をアンプで増幅し, サンプリング周波数 1,000 Hz でA/D 変換し, パソコンに取り込んだ なお, 低域遮断フィルターを10 Hz で用いた 筋電図の解析は, 生波形からroot mean square(rms) に変換して行った 筋間および対象間で比較を行うために, 筋活動量を各筋の最大等尺性収縮時の活動量に対する割合 (%MVC) として表した 最大等尺性収縮の測定は3 秒間行い, そのうち波形の安定した1 秒間から %MVC を算出した 分析には, 着地初期の筋活動を調べるために, 足尖接地から0.2 秒間の筋活動を使用した 各筋の %MVC を求めた後に, 足尖接地から0.2 秒間の内側, 外側ハムストリングの筋活動比 (BF/SM 比 ) と内側, 外側広筋の筋活動比 (VL/VM 比 ) を求めた 角度を算出するために, 課題動作を行う際, 対象に反射マーカーを貼付した 反射マーカー貼付位置は, 対象の左側の上前腸骨棘, 大転子, 大腿骨外側上顆, 腓骨頭, 脛骨内側顆, 脛骨粗面, 腓骨外果, 脛骨内果の計 8 箇所とし,4 台のデジタルビデオカメラを用いて, サンプリング周波数 60 Hz で課題動作を撮影した 撮影した画像は, 三次元動作解析ソフト (Frame-DIAS II,DKH 社 ) に取り込み,DLT 法 (Direct Linear Transformation method) により各マーカーの三次元座標値を求めた 得られた数値からパソコン (Excel 使用 ) により膝関節外反角度と屈曲角度を算出した 膝関節外反角度の算出には宮下 5) の方法を参考にし, 図 1 に示すように, まず上前腸骨棘, 腓骨頭と脛骨内側顆の中点, 脛骨粗面の 3 点からなる平面の法線ベクトルと, 脛骨粗面, 腓骨頭と脛骨内側顆の中点, 外果と内果の中点の 3 点からなる平面の法線ベクトルを算出した 次にこの 2 つの法線ベクトルの内積を求め, その値から上記の 2 つの平面のなす角度を算出した 膝関節屈曲角度は大転子と大腿骨外側上顆を結ぶ線と, 腓骨頭と腓骨外果を結ぶ線のなす角度とした なお, 撮影した画像は, 収録用

片脚ジャンプ着地時の膝関節外反角度とハムストリング筋活動比との関係 139 表 1 ジャンプ着地時の足尖接地から 0.2 秒間の各筋の %MVC と筋活動比 半膜様筋 (SM) の %MVC 37.6 ± 18.7% 大腿二頭筋 (BF) の %MVC 60.2 ± 31.8% 内側広筋 (VM) の %MVC 135.6 ± 69.4% 外側広筋 (VL) の %MVC 114.1 ± 41.1% BF/SM 比 1.7 ± 0.8 VL/VM 比 0.9 ± 0.3 表 2 膝関節最大外反角度と筋活動比の相関 相関係数 p 値 BF/SM 比 r = 0.40 p = 0.04 VL/VM 比 r = 0.12 p = 0.56 のデバイスプログラム Vital Recorder 2( キッセイコム テック株式会社 ) を用いて筋電図と同期させた 統計処理はエクセルアドインソフト Statcel 2( オーエ ムエス出版 ) を用いて行った VL/VM 比は正規分布し ていないため, 膝関節最大外反角度と VL/VM 比の相関 にはスピアマンの順位相関係数を用いた BF/SM 比と 各筋の %MVC は正規分布しているため, 膝関節最大外 反角度と BF/SM 比の相関と, 膝関節最大外反角度と各 筋の %MVC の相関にはピアソンの相関係数を用いた それぞれの検定で危険率 5% 未満を有意とした III. 結 ジャンプ着地動作における膝関節最大外反角度は 9.5±5.1 であった 膝関節最大外反時の膝関節屈曲角度 は 48.1±11.6 であった 表 1 に示すように足尖接地から 0.2 秒間の各筋の %MVC は,VM が 135.6±69.4%,VL が 114.1±41.1%,SM が 37.6±18.7%,BF が 60.2±31.8% であっ た 図 1 膝関節外反角度の算出方法上前腸骨棘, 腓骨頭と脛骨内側顆の中点, 脛骨粗面の3 点からなる平面の法線ベクトルと, 脛骨粗面, 腓骨頭と脛骨内側顆の中点, 外果と内果の中点の3 点からなる平面の法線ベクトルを算出. 次にこの2つの法線ベクトルの内積を求め, その値から上記の2つの平面のなす角度を算出. 筋活動比と膝関節最大外反角度の相関を表 2 に示し た 足尖接地から 0.2 秒間の BF/SM 比は,1.7±0.8 であり, BF/SM 比と膝関節最大外反角度の間に有意な正の相関 果 が認められた (r=0.40,p<0.05) VM の %MVC r = 0.35 p = 0.06 VL の %MVC r = 0.13 p = 0.51 SM の %MVC r = 0.05 p = 0.82 BF の %MVC r = 0.18 p = 0.34 足尖接地から0.2 秒間のVL/VM 比は0.9 ± 0.3 であり, VL/VM 比と膝関節最大外反角度に有意な相関は認められなかった (r= 0.12,p=0.56) また, 足尖接地から 0.2 秒間の内側広筋の %MVC が大きい者は膝関節最大外反角度も大きい傾向が示されたが, 有意な相関は認められなかった (r=0.35,p=0.06) 表 2 に示すようにその他の筋の %MVC と膝関節最大外反角度の間に有意な相関は認められなかった IV. 考察本研究は,ACL 損傷の受傷機転であるジャンプ着地時の膝関節外反の分析を行うことで,ACL 損傷の予防に役立てることを目的とした 今回は, ジャンプ着地時のハムストリングと内側広筋, 外側広筋の筋活動に注目し, 膝関節外反角度との関係を調べた 本研究の結果,BF/SM 比と膝関節最大外反角度には有意な正の相関が認められた このことは, 片脚ジャンプ着地時の足尖接地から 0.2 秒間の筋活動において, 内側ハムストリングに比べて外側ハムストリングの筋活動が大きいと, 膝関節外反角度が増大する可能性があることを示している 外側ハムストリングである大腿二頭筋 (BF) は膝関節の屈曲に加え, 下腿を外旋させる作用を持つ 6) それに対して, 内側ハムストリングである半膜様筋 (SM) は下腿を内旋させる作用を持つ 6) つまり, 内側ハムストリングよりも外側ハムストリングの筋

140 理学療法科学第 24 巻 2 号 活動が大きくなることで下腿が外旋すると考えられる 実際に外側ハムストリングの優位な活動により下腿外旋が生じることも報告されている 3,7) ジャンプ着地時, 荷重位で大腿に対して下腿が外旋すると, それに伴い knee-in が誘導される 3) knee-in という現象は膝関節外反を含むことから, 下腿外旋は膝関節外反を導くと考えられる つまり, 外側ハムストリングの筋活動による下腿の外旋が, 結果的に膝関節外反角度を増大させるのではないかと考える Rozzi ら 8) は, 女性は男性に比べて, ジャンプ着地時の外側ハムストリングの筋活動が有意に大きいことを報告している 本研究では, 女性のみを対象として膝関節外反角度と内側ハムストリングに対する外側ハムストリングの筋活動比の間に正の相関がみられている よって, 男女の間で筋活動に差があるだけでなく, 女性の膝関節外反角度が大きい者と小さい者を比較した際も 膝関節外反角度が大きい者は外側ハムストリングの筋活動が大きいことが考えられる このことから, ジャンプ着地時に膝関節外反角度が大きい者は, 下腿外旋に作用する外側ハムストングの筋活動が内側ハムストリングに比べて大きいという仮説通りの結果が得られたと考える 今回,BF/SM 比と膝関節最大外反角度に正の相関がみられたという結果については, 逆に膝関節外反角度が増加したことで, 外側ハムストリングの筋活動が内側ハムストリングの筋活動に比べて大きくなったと考えることもできる 膝関節外反は股関節の内旋, 内転により誘導される 3) これまで股関節周囲筋と膝関節外反を分析した研究では, 膝関節外反を防ぐためには股関節の外転筋や外旋筋が重要であるとされている 9) 大腿二頭筋は股関節の外旋に作用する筋でもあるため 6), 外側ハムストリングの筋活動が大きかったのは, ジャンプ着地時の膝関節外反を防ぐためであるとも推察できる 本研究において, 内側広筋 (VM) の筋活動が大きいと膝関節最大外反角度も大きいという傾向が示されたが, 有意な相関は認められなかった これに対して, Myer ら 10) は, 男女を比較した際に女性の方が膝関節外反角度が大きく, この場合内側広筋の筋活動が低いとしている 今回の研究では Myer らの行った研究とは内側広筋について逆の結果が示された その理由として, 内側広筋の筋活動が大きくなったことで, 膝関節外反が起こったのではなく, 膝関節外反が起こり, それを防ごうとした結果, 内側広筋の筋活動が大きくなったからではないかと考えた これは内側広筋が膝関節の内側安定性に関与することからみても合理的であろう 1,7) 最後に, 膝関節屈曲角度と外反角度の関係をみると, 膝関節最大外反は膝関節屈曲 48.1±11.6 のときに起こっていた これまで ACL 損傷の受傷機転については, 膝関節軽度屈曲位での膝関節外反に注目されてきたが 1, 最大外反は膝関節軽度屈曲位よりも深い膝関節屈曲角度において生じていることが確認できた よって, 最大外反に達する前の膝関節軽度屈曲位の際の外反角度についても注目する必要があると考える 従来から,ACL 損傷は脛骨の前方引き出しを制動する作用を持つハムストリングの筋活動が少ないことで発生するという報告がある 1 そのため,ACL 損傷予防の観点から, ハムストリングの機能の重要性が唱えられており, ハムストリングの筋力トレーニングが提唱されてきた 1 この事実に加えて, 本研究ではハムストリングの筋活動比と膝関節外反角度には有意な正の相関があることが示された よって, ハムストリングの筋力強化を行うにあたって, 新たに内側ハムストリングの筋活動と外側ハムストリングの筋活動の差を小さくすることが膝関節外反を防ぐことになると考えられる 内側ハムストリングには膝関節外反を防ぐ作用があると報告されているため 1,7), 内側ハムストリングの筋力トレーニングは重要だろう しかし, 今回の測定方法では, 外側ハムストリングの筋活動が大きいことが膝関節外反を促すのか, 膝関節外反を予防しようとした結果なのかは定かではない したがって, 単純に外側ハムストリングよりも, 内側ハムストリングの筋力強化が重要であるとは断言できないため, これらを検討していく必要がある また,BF/SM 比と膝関節最大外反角度の相関係数がr=0.40と低い相関であることから, 膝関節外反にはその他の要因も関わってくると考える 今後この結果をふまえて,ACL 損傷予防に役立てるためのさらなる研究を行っていきたい 引用文献 小林寛和 : 膝関節における外傷発生の運動学的分析 女子バスケットボールにおける膝前十字靭帯損傷の発生機転を中心に. 理学療法学,1994,21(8):537-540. Noyes FR, Barber-Westin SD, Fleckenstein C, et al.: The dropjump screening test: difference in lower limb control by ender and effect of neuromuscular training in female athletes. Am J Sports Med, 2005, 33(: 197-207. 3) 小林寛和, 宮下浩二, 藤堂庫冶 : スポーツ動作と安定性 外傷発生に関係するスポーツ動作の特徴から. 関西理学療法,2003,3(:49-57. 4) Delagi EF, Perotto A, Iazzetti J, et al.: Anatomic guide for the electromyographer. Charles C Thomas Publisher, Spring field,

片脚ジャンプ着地時の膝関節外反角度とハムストリング筋活動比との関係 141 1981, pp170, 171, 184, 185, 192-195. 5) 宮下浩二 : スポーツ動作の三次元分析における新しい角度算出方法による定量化の試み. スポーツ医 科学,2004,17(: 23-27. 6) Neumann DA: 筋骨格系キネシオロジー. 嶋田智明, 平田総一郎 ( 訳 ), 医歯薬出版, 東京,2005,pp475-496. 7) 舌正史 : 公認アスレチックトレーナー専門科目テキスト第 5 巻検査 測定と評価. 財団法人日本体育協会, 東京,2007, pp117-126. 8) Rozzi SL, Lephart SM, Gear WS, et al.: Knee joint laxity and neuromuscular characteristics of male and female soccer and basketball players. Am J Sports Med, 1999, 27(3): 312-319. 9) 小笠原一生, 宮永豊, 白木仁 他 : 片脚着地時に見られ た下肢 kinematicsの性差. 体力科学,2006,55(4):403-412. 10) Myer GD, Ford KR, Hewett TE: The effects of gender on quadriceps muscle activation strategies during a maneuver that mimics a high ACL injury risk position. J Electromyogr Kinesiol, 2005, 15(: 181-189. 1 Olsen OE, Myklebust G, Engebretsen L, et al.: Injury mechanisms for anterior cruciate ligament injuries in team handball. Am J Sports Med, 2004, 32(4): 1002-1012. 1 Hewett TE, Lindenfeld TN, Riccobene JV, et al.: The effect of neuromuscular training on the incidence of knee injury in female athletes. A prospective study. Am J Sports Med, 1999, 27(6): 699-706.