図 (a)2 月 (b)5 月 (c)8 月 (d)11 月における日本近海の海面水温の平年値 ( 左 ) と標準偏差 ( 右 ) 平年値は 1981~2010 年の 30 年平均値 単位 : 148

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(c) (d) (e) 図 及び付表地域別の平均気温の変化 ( 将来気候の現在気候との差 ) 棒グラフが現在気候との差 縦棒は年々変動の標準偏差 ( 左 : 現在気候 右 : 将来気候 ) を示す : 年間 : 春 (3~5 月 ) (c): 夏 (6~8 月 ) (d): 秋 (9~1

1. 天候の特徴 2013 年の夏は 全国で暑夏となりました 特に 西日本の夏平均気温平年差は +1.2 となり 統計を開始した 1946 年以降で最も高くなりました ( 表 1) 8 月上旬後半 ~ 中旬前半の高温ピーク時には 東 西日本太平洋側を中心に気温が著しく高くなりました ( 図 1) 特

2. エルニーニョ / ラニーニャ現象の日本への影響前記 1. で触れたように エルニーニョ / ラニーニャ現象は周辺の海洋 大気場と密接な関わりを持つ大規模な現象です そのため エルニーニョ / ラニーニャ現象は周辺の海流や大気の流れを通じたテレコネクション ( キーワード ) を経て日本へも影響

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図 1 COBE-SST のオリジナル格子から JCDAS の格子に変換を行う際に用いられている海陸マスク 緑色は陸域 青色は海域 赤色は内海を表す 内海では気候値 (COBE-SST 作成時に用いられている 1951~2 年の平均値 ) が利用されている (a) (b) SST (K) SST a

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率を求めることとした 詳細は 高槻ほか (2007) を参照されたい ア解析に使用するデータ解析に使用するデータは 前述の海面水温格子点データ (COBE-SST) と現場観測データである 前者の空間解像度は緯経度 1 度 時間解像度は月平均値となっており 海洋の健康診断表 1 の定期診断表 海面水

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ような塩の組成はほとんど変化しない 年平均した降水量 (CMAP データを用いて作成 ) 2.2 海水の密度海水の密度は水温だけでなく 塩分にも依存する 一般に塩分が多いほど密度は高くなる 真水と海水について 温度変化に伴う密度の変化を計算すると以下のようになる 真水は 4 付近で密度が最大になるが

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( 第 1 章 はじめに ) などの総称 ) の信頼性自体は現在気候の再現性を評価することで確認できるが 将来気候における 数年から数十年周期の自然変動の影響に伴う不確実性は定量的に評価することができなかった こ の不確実性は 降水量の将来変化において特に顕著である ( 詳細は 1.4 節を参照 )

日本の海氷 降雪 積雪と温暖化 高野清治 気象庁地球環境 海洋部 気候情報課

背景 ヤマセと海洋の関係 図 1: 親潮の流れ ( 気象庁 HP より ) 図 2:02 年 7 月上旬の深さ 100m の水温図 ( )( 気象庁 HP より ) 黒潮続流域 親潮の貫入 ヤマセは混合域の影響を強く受ける現象 ヤマセの気温や鉛直構造に沿岸の海面水温 (SST) や親潮フロントの影響

い水が海面近くに湧き上っている 図 (a) をみると 太平洋赤道域の海面水温は西部で高く 東部で低くなっていることがわかる また 北半球 ( 南半球 ) の大陸の西岸付近では 岸に沿って南向き ( 北向き ) の風が吹くと 海面付近の暖かい海水は風の方向に力を受けるとともに 地球自転に

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過去約 130 年の年平均気温の変化傾向 (1891~2017 年 ) 図 緯度経度 5 度の格子ごとに見た年平均気温の長期変化傾向 (1891~2017 年 ) 図中の丸印は 5 5 格子で平均した 1891~2017 年の長期変化傾向 (10 年あたりの変化量 ) を示す 灰色は長期

正誤表 ( 抜粋版 ) 気象庁訳 (2015 年 7 月 1 日版 ) 注意 この資料は IPCC 第 5 次評価報告書第 1 作業部会報告書の正誤表を 日本語訳版に関連する部分について抜粋して翻訳 作成したものである この翻訳は IPCC ホームページに掲載された正誤表 (2015 年 4 月 1


f ( 0 ) y スヴェルドラップの関係式は, 回転する球面上に存在する海の上に大規模な風系が存在するときに海流が駆動されることを極めて簡明に表現する, 風成循環理論の最初の出発点である 風成循環の理論は, スヴェルドラップの関係式に様々な項を加えることで発展してきたと言ってもよい スヴェルドラッ

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諏訪 気象と黒潮の和歌山県沿岸海域への影響 ついて用意した 水温 塩分分布 本県沿岸における水温 塩分の分布特性を把握するため 各定点各層の水温 塩分について 月毎の 平均値を 12 ヶ月で除した平年値 付表 1 2 を求め これを基に平年分布図を作成した 第 2 3 図 水温-気温 水温-黒潮 塩


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第2章 気候に関連する海洋の変動 北太平洋の海面水温 表層水温 図 a 2 月 b 5 月 c 8 月 d 1 1 月 に お け る 海 面 水 温 の 月 別 平 均 値 単位 2 海面水温 表層水温の季節変動 北西太平洋中緯度では東西に延びる等温線が 込み合った構造が季節によら

であり, また海洋内部へ熱を蓄える働きをしている北太平洋亜熱帯モード水 (Hanawa and Talley, 2001) が形成される海域でもあることから, この海域での海洋変動と大気の変動との関連は近年特に注視されている. 気象庁では, 海洋気象観測船によりおよそ 40 年にわたって日本周辺海域

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予報時間を39時間に延長したMSMの初期時刻別統計検証

3 大気の安定度 (1) 3.1 乾燥大気の安定度 大気中を空気塊が上昇すると 周囲の気圧が低下する このとき 空気塊は 高断熱膨張 (adiabatic expansion) するので 周りの空気に対して仕事をした分だ け熱エネルギーが減少し 空気塊の温度は低下する 逆に 空気塊が下降する 高と断

実践海洋情報論 57 ここで mは流体の質量 (kg) u は流体の速度 (m sec -1 ) である しかし 緯度 φにおける角速度を直観的に理解することが困難である そこで 地球儀を北極上空から観察しよう 北極点に十字のマークを置くと 地球儀を反時計回りに回転させると 極点上の十字のマークも反

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III

プレスリリース

津波警報等の留意事項津波警報等の利用にあたっては 以下の点に留意する必要があります 沿岸に近い海域で大きな地震が発生した場合 津波警報等の発表が津波の襲来に間に合わない場合があります 沿岸部で大きな揺れを感じた場合は 津波警報等の発表を待たず 直ちに避難行動を起こす必要があります 津波警報等は 最新

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TitleMIROC における雲の海面水温変化に対する応答の評価 Author(s) 出本, 哲 ; 渡部, 雅浩 ; 釜江, 陽一 Citation 週間及び1か月予報における顕著現象の予測可能性 (2013): Issue Date URL

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第 2 章気候に関連する海洋の変動 2.2 日本近海の海洋変動 2.2.1 日本近海の海面水温 日本近海の海面水温 診断概要診断内容海面水温は 年々から数年といった短い時間スケールでは年々の天候の影響を強く受けている ここでは 日本近海の海面水温について 年々の天候との関連に着目し 1982 年以降の変動を診断する 診断結果日本近海の海面水温は 1993 年夏の寡照 1994 年夏の多照の影響を受けて 1993 年の夏に平年より低く 1994 年の夏に平年より高かった しかし 2003 年夏の寡照が及ぼした海面水温への影響は小さく一時的であった 日本近海の海面水温が夏に平年より高くなる傾向が 1999 年から2001 年まで続き その後 2010 年の夏にも日本近海の海面水温が高くなった 1 日本近海の海面水温の基礎知識 (1) 海面水温の平均分布と季節的な特徴海洋は 大気との間での熱や水蒸気 運動量のやり取りを通じて 長期的な気候変動から短期的な気象現象まで 様々な時間スケールの大気の変動に影響を及ぼしている 一般的に海面水温は 海面における加熱 冷却 ( 海水の蒸発により奪われる潜熱 大気との間の熱伝導による顕熱 日射による短波放射 海面からの長波放射 ( 柳,2002; 長坂, 1987)) のほかに 温度の異なる上層と下層の海水の混合 海流による熱の輸送 海水の上下方向の動きなどによって変化する このなかで 海面水温を高くする主な要素は日射であり 逆に低くする主な要素は潜熱と混合となっている 全球における海面水温の平均分布の特徴については1.1で 北太平洋における海面水温の平均分布の特徴については2.1.1で述べたとおりであるが ここでは 日本近海における海面水温の平均分布に現れる特徴について解説する 図 2.2.1-1に日本近海における2 月 5 月 8 月及び11 月における月平均海面水温の平年値 (1981~2010 年の30 年平均値 ) 及び標準偏差を示す 日本近海における海面水温の季節変動の振幅は 日本の東の海域及びオホーツク海 日本海 黄海 東シナ海などの縁辺海で大きく 日本の南の海域では小さい (2.1.1 参照 : 図 2.1.1-2) 黄海と東シナ海西部で海面水温の季節変動の振幅が大きい要因は 水深が浅くて貯熱量も少ないため 加熱 冷却の効果が海面水温に反映されやすいためである ( 朝岡, 147

図 2.2.1-1 (a)2 月 (b)5 月 (c)8 月 (d)11 月における日本近海の海面水温の平年値 ( 左 ) と標準偏差 ( 右 ) 平年値は 1981~2010 年の 30 年平均値 単位 : 148

1987) 千島列島付近では 8 月の海面水温が周辺と比べて極端に低くなっている これは 潮汐に励起される強い水平の流れが千島列島付近の海底地形の影響を受けて強い鉛直流を引き起こし ( 潮汐混合と呼ばれるメカニズム ) 下層の冷たい水の影響を受けるためと考えられている (Nakamura et al.,2004) また 季節変動の位相としては 南西諸島近海を除くと 海面水温が季節的に最も高くなるのは8 月後半から9 月前半となっており 日本の地上気温が季節的に最も高くなる時期に比べて 半月以上遅れて現れる 一方 海面水温が季節的に最も低くなるのは 2 月から 3 月頃となっており 日本の地上気温の季節変動に比べて 1か月以上遅れている 季節変動の位相が地上気温に比べて遅れて現れる主な原因は 海洋が大気と比べて熱容量が大きいことにある 具体的には 大気と同様に季節的に周期変化する太陽放射を受けつつも 熱しにくく冷めにくい物理的性質を持っていることから 太陽放射の季節変動に対して遅れを生じることとなる 特に冬季には 海面からの冷却の影響を混合層全体で受け止める鉛直構造が現れ冷めにくくなり 位相の遅れが顕著となる 一方 南西諸島近海では 海面水温の季節変動の位相の遅れは比較的 小さくて 地上気温と同様な季節変動を示している これは低緯度海域で強い太陽放射を受けて暖められた表層水 ( 暖水 ) が黒潮によって供給されることなどが原因と考えられる (2.1.1 参照 : 図 2.1.1-2(b) 赤枠 ) 冬の代表例として 日本近海の2 月の海面水温の分布をみると 同じ緯度で比較した場合には 日本海の海面水温と太平洋側の三陸沖の海面水温には さほど大きな違いはみられない ( 図 2.2.1-1(a)) しかし 夏の代表例として8 月の海面水温の分布をみた場合 日本海の海面水温は三陸沖の海面水温より5 以上も高くなっている ( 図 2.2.1-1( c)) これは 本州の日本海沿岸では対馬暖流が1 年を通して流れているのに対し 三陸沖では春から夏にかけて親潮の冷水の南下が著しいためと考えられる 他方 日本海における8 月の標準偏差は 1.5 前後と 太平洋側に比べて大きい このことは 夏の日本海では風やうねりが弱く 海面付近の季節躍層が発達して海面水温が上昇しやすい環境にあり 天候に恵まれた場合には同じ緯度の太平洋側に比べると海面水温が高くなる傾向にある一方 低気圧等の影響で混合が起きれば海面水温がさほど高くならないこともあることを示している また 5 月の標準偏差をみると 三陸沖から常磐沿岸にかけて1.5 以上の大きな値の海域がみられる これは冬から春にかけて南下する親潮の張り出しや 黒潮系暖水の北上の強弱が年によって大きく異なることが原因となっている 一方 8 月の海面水温をみると沖縄周辺や日本の南の父島近海では月平均で28 ~29 に達しており 標準偏差は0.5 前後となっている 太平洋高気圧に覆われ海面付近の季節躍層が発達すると これらの海域では海面水温が30 近い状態が しばしばみられることを示している (2) 海面水温の変動による影響日本が海に囲まれていることは 日本における安定した気候形成にとって重要な要素である 一方で 日本周辺における海面水温の変動が日本の気候変化に及ぼす影響については 必ずしも十分に明らかになっているとはいえない しかし 太平洋側では 東北地方太平洋沿岸の気温の低下をもたらし 農作物の生育を左右する要因となるやませ ( 夏に東北地方の太平洋沿岸に吹く東寄りの低温の風 ) については研究が進んでおり やませに伴う大気下 149

層の寒気が三陸沖を通過する際に 海面水温からの加熱によって変質させられる過程が解明されつつある ( 例えば 太田と松井 2006) また 日本海側についても 海面水温や対馬暖流の強弱と冬季の日本海側の降水量との間には有意な関係があることが指摘されており ( 広瀬ら,2007; Yamamoto and Hirose, 2010) 海面水温の変動が局所的な気候変化に及ぼす影響に関する研究が進みつつある 更に日本周辺よりも大きな空間スケールでみた場合には 黒潮続流域における海洋変動が低気圧等の気象擾乱の発達海域を特徴付け 偏西風の蛇行などの大気循環場に影響を与えているとの指摘もなされるようになり 大規模な気候変動に関連した研究が進められている (Tanimoto et al.,2003) また 気候変化に限らず 例えば30 以上の海面水温が継続した場合にはサンゴの白化が拡大することもあり また 冬の海面水温が十分下降しないことがオニヒトデの大量発生の一因と指摘される例もある 更に 海面水温上昇と共に水質が変化することが原因とされる磯焼け ( 海藻類の死滅 ) の発生 及び それに伴う漁場の荒廃 ( 藤田,2002) など 海面水温の変動は様々な形で社会経済活動に影響を及ぼすことが知られている 2 海面水温の監視 (1) 診断に用いるデータ診断に用いる資料は 船舶等による現場観測に加え 1982 年以降の人工衛星によるリモートセンシングデータを併せて解析した海面水温格子点データである 平年値 (1981 年から2010 年までの月別平均値 ) の計算にはCOBE-SST ( 1.1.1 参照 ) のデータを併せて用いている (2) 近年の状況 日本周辺海域の海面水温の長期変化傾向 (1.1.3) で示した海域区分を用いて 海面水 温格子点データから海域別月平均値を算出し て平年値からの差を取り時系列としたものを 図 2.2.1-2 に示す 以下では年々の海面水温変 化の特徴について解説する 最初に 日本周辺 13 海域の全海域平均の海 面水温偏差の時系列 ( 図 2.2.1-2 上 ) をみると 1986 年と 1993 年は海面水温偏差が -1 以下 となるなど 日本周辺の海面水温が低かった ことがわかる このうち特に 1986 年の春には常磐沖 10 で - 2 以上 海面水温が低くなっており これ は親潮が顕著に南下して冷水が張り出したこ とにより局所的に低温傾向が強まった影響も 含まれると考えられる また 1993 年には日本周辺の北緯 30 度以北 の広い海域において 夏の海面水温が低かっ たのが特徴となっており 日本海南部 5 日 本海中部 6 釧路沖 8 三陸沖 9 では 海面 水温が平年より -2 以上低かった その一 方で 先島諸島周辺 1 東シナ海南部 2 や四 国 東海沖南部 13 では低温傾向はみられない その翌年の 1994 年には 日本周辺の北緯 30 度以北の広い海域において 夏の海面水温が 高くなっているのが特徴となっており 東シ ナ海北部 3 日本海南部 6 釧路沖 8 三陸 沖 9 で +2 以上高くなっているが この年 も先島諸島周辺 1 や四国 東海沖南部 13 では 特に高温傾向はみられない 北緯 30 度以北の海域を中心とした 1993 年 の夏と 1994 年の夏の対照的な海面水温変化は 1993 年夏は寡照のため冷夏 ( 気象庁,1994) 1994 年夏は多照による猛暑によってもたらさ れている 150

1~13 第 2 章気候に関連する海洋の変動日本近海の海面水温 全海域平均の海面水温偏差 年 図 2.2.1-2 日本周辺海域 (1~13) の全海域平均海面水温偏差 ( 月平均 ) の時系列 ( 上 ) 及び海域区分 ( 下 ) の各海域別の海面水温偏差の時系列は次ページ以降に掲載 平年値は1981 年 ~2010 年の平均 青 赤の陰影は低温傾向 高温傾向の期間を示す 151

7 8 6 9 4 5 10 3 12 11 2 13 1 図 2.2.1-3 日本周辺海域 (1~13) の各海域平均海面水温偏差 ( 月平均 ) の時系列 ( 横軸は西暦年 縦軸は水温偏差 ( )) 海域 10 12の赤矢印は黒潮大蛇行発生期間を表す 平年値は1981 年 ~2010 年の平均 青 赤の陰影は低温傾向 高温傾向の期間を示す 152

海面水温が高かった期間に着目して日本周辺海域の全海域平均の海面水温偏差の時系列 ( 図 2.2.1-2 上 ) をみると 1998 年から2001 年にかけては高温傾向が続いていることがわかる 特に1998 年は 春から夏を中心に先島諸島周辺 1や東シナ海南部 2で平年より1 高くなっており 夏には海面水温が30 を超える海域がみられ サンゴの白化が問題となった 日本周辺海域の海面水温は 翌 1999 年の夏頃までは高温傾向が続き 更にその翌年の 2000 年 翌々年の2001 年も夏を中心に高温傾向で 2002 年の前半までは繰り返し高温傾向がみられた この高温傾向は地上気温においても同様となっており (2003 年の冷夏を除き ) 要因としては 地球温暖化の影響の他 十年から数十年の周期の気候変動などの影響が指摘されている (( 気象庁,2006: 異常気象レポート 2005) このように海面水温は大気からの影響を受けて変動している場合も多いが 先述の1986 年春の常磐沖 10の事例以外にも 海流等の状態が背景となっている場合もみられる 例えば三陸沖 9や常磐沖 10に着目すると 2003 年の春から2004 年の春にかけて 平年より1 以上 海面水温が低くなっている この期間には東海沖では黒潮が非大蛇行接岸型流路であったため 房総沖の黒潮続流も東に向かって流れる傾向が強く 常磐沖に暖水が供給されにくい状況であったことが一因となっている しかし2004 年の夏になると 東海沖の黒潮が南偏して大蛇行 (12の赤矢印) を始めると共に房総沖の黒潮続流は北偏して暖水が供給されるようになり 常磐沖 10の低温傾向が解消されている 日本周辺海域の全海域平均の海面水温偏差の時系列 ( 図 2.2.1-2 上 ) をみると 2003 年から2009 年にかけては おおむね ±1 に収まっているが 2010 年には僅かに+1 を越えて 夏を中心に高温傾向がみられる 2010 年の様子を海域別にみると 日本海 5 67 釧路沖 8などで+2 程度の正偏差がみられる他 東シナ海 23や日本の南 1213も +1 前後となっており 2010 年の夏に関しては海域による違いが少なく 日本周辺の海面水温が広い範囲で高かったことが特徴になっており 日本の地上気温も統計を開始した 1898 年以降の113 年間で第 1 位となっていた 2012 年は全海域平均海面水温偏差には特徴はみられないが 9 月の北海道から東北周辺の海面水温が高く 特に釧路沖 8 三陸沖 9 では+4 程度の偏差となり 解析期間中最も高い記録となった これは 太平洋高気圧の勢力が日本の東海上で非常に強く 北日本の気温が高かったためと考えられる 3 診断日本近海の海面水温は 1993 年夏の寡照 1994 年夏の多照の影響を受け 日本海と北海道周辺 本州東方海域を中心に 1993 年夏に低く 1994 年夏に高かった また 日本近海の海面水温が夏を中心に平年より高くなる傾向が 1999 年から2001 年及び2010 年にみられた これらの特徴は 日本の地上の夏の気温が高かったことと対応している 2012 年 9 月に北海道から東北周辺の海面水温が高くなったが これも地上の気温に対応している 参考文献朝岡治,1987: 日本海. 海洋大事典. 和達清夫監修, 第 18 版, 東京堂出版,383-384. 朝岡治,1987: 東シナ海. 海洋大事典. 和達清夫監修, 第 18 版, 東京堂出版,404-153

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