概要 東北大学金属材料研究所の周偉男博士研究員 関剛斎准教授および高梨弘毅教授のグループは 産業技術総合研究所スピントロニクス研究センターの荒井礼子博士研究員および今村裕志研究チーム長との共同研究により 外部磁場により容易に磁化スイッチングするソフト磁性材料の Ni-Fe( パーマロイ ) 合金と

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配信先 : 東北大学 宮城県政記者会 東北電力記者クラブ科学技術振興機構 文部科学記者会 科学記者会配付日時 : 平成 30 年 5 月 25 日午後 2 時 ( 日本時間 ) 解禁日時 : 平成 30 年 5 月 29 日午前 0 時 ( 日本時間 ) 報道機関各位 平成 30 年 5 月 25

報道発表資料 2007 年 4 月 12 日 独立行政法人理化学研究所 電流の中の電子スピンの方向を選り分けるスピンホール効果の電気的検出に成功 - 次世代を担うスピントロニクス素子の物質探索が前進 - ポイント 室温でスピン流と電流の間の可逆的な相互変換( スピンホール効果 ) の実現に成功 電流

詳細な説明 研究の背景 フラッシュメモリの限界を凌駕する 次世代不揮発性メモリ注 1 として 相変化メモリ (PCRAM) 注 2 が注目されています PCRAM の記録層には 相変化材料 と呼ばれる アモルファス相と結晶相の可逆的な変化が可能な材料が用いられます 通常 アモルファス相は高い電気抵抗

スピン流を用いて磁気の揺らぎを高感度に検出することに成功 スピン流を用いた高感度磁気センサへ道 1. 発表者 : 新見康洋 ( 大阪大学大学院理学研究科准教授 研究当時 : 東京大学物性研究所助教 ) 木俣基 ( 東京大学物性研究所助教 ) 大森康智 ( 東京大学新領域創成科学研究科物理学専攻博士課

報道機関各位 平成 30 年 5 月 14 日 東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター 株式会社アドバンテスト アドバンテスト社製メモリテスターを用いて 磁気ランダムアクセスメモリ (STT-MRAM) の歩留まり率の向上と高性能化を実証 300mm ウェハ全面における平均値で歩留まり率の

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記者発表資料

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平成 30 年 8 月 6 日 報道機関各位 東京工業大学 東北大学 日本工業大学 高出力な全固体電池で超高速充放電を実現全固体電池の実用化に向けて大きな一歩 要点 5V 程度の高電圧を発生する全固体電池で極めて低い界面抵抗を実現 14 ma/cm 2 の高い電流密度での超高速充放電が可能に 界面形

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リチウムイオン電池用シリコン電極の1粒子の充電による膨張の観察に成功

トポロジカル絶縁体ヘテロ接合による量子技術の基盤創成 ( 研究代表者 : 川﨑雅司 ) の事業の一環として行われました 共同研究グループ理化学研究所創発物性科学研究センター強相関物理部門強相関物性研究グループ研修生安田憲司 ( やすだけんじ ) ( 東京大学大学院工学系研究科博士課程 2 年 ) 研

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報道関係者各位 平成 24 年 4 月 13 日 筑波大学 ナノ材料で Cs( セシウム ) イオンを結晶中に捕獲 研究成果のポイント : 放射性セシウム除染の切り札になりうる成果セシウムイオンを効率的にナノ空間 ナノの檻にぴったり収容して捕獲 除去 国立大学法人筑波大学 学長山田信博 ( 以下 筑

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特別研究員高木里奈 ( たかぎりな ) ユニットリーダー関真一郎 ( せきしんいちろう ) ( 科学技術振興機構さきがけ研究者 ) 計算物質科学研究チームチームリーダー有田亮太郎 ( ありたりょうたろう ) ( 東京大学大学院工学系研究科教授 ) 強相関物性研究グループグループディレクター十倉好紀

交番磁気力顕微鏡 : 空間分解能 5nm と高機能性の実現 秋田大学 工学資源学研究科附属理工学研究センター教授齊藤準 機器開発タイプ ( 平成 23 年度 ~26 年度 ) 開発課題名 : ベクトル磁場検出 高分解能 近接場磁気力顕微鏡の開発中核機関 : 秋田大学参画機関 :( 株 ) 日立ハイテ

重希土類元素ジスプロシウムを使わない高保磁力ネオジム磁石

平成 30 年 1 月 5 日 報道機関各位 東北大学大学院工学研究科 低温で利用可能な弾性熱量効果を確認 フロンガスを用いない地球環境にやさしい低温用固体冷却素子 としての応用が期待 発表のポイント 従来材料では 210K が最低温度であった超弾性注 1 に付随する冷却効果 ( 弾性熱量効果注 2

機械学習により熱電変換性能を最大にするナノ構造の設計を実現

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と呼ばれる普通の電子とは全く異なる仮説的な粒子が出現することが予言されており その特異な統計性を利用した新機能デバイスへの応用も期待されています 今回研究グループは パラジウム (Pd) とビスマス (Bi) で構成される新規超伝導体 PdBi2 がトポロジカルな性質をもつ物質であることを明らかにし

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スピントロニクスにおける新原理「磁気スピンホール効果」の発見

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マスコミへの訃報送信における注意事項

記者発表開催について

平成 2 9 年 3 月 9 日 NOK 株式会社 Tel: ( 広報部 ) 産業技術総合研究所 Tel: ( 報道室 ) 科学技術振興機構 (JST) Tel: ( 広報課 ) 水素分離用高性能大型炭素膜モジュールの開発に成功 ~

共同研究グループ 理化学研究所創発物性科学研究センター 量子情報エレクトロニクス部門 量子ナノ磁性研究チーム 研究員 近藤浩太 ( こんどうこうた ) 客員研究員 福間康裕 ( ふくまやすひろ ) ( 九州工業大学大学院情報工学研究院電子情報工学研究系准教授 ) チームリーダー 大谷義近 ( おおた

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EOS: 材料データシート(アルミニウム)

SE法の基礎

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Mirror Grand Laser Prism Half Wave Plate Femtosecond Laser 150 fs, λ=775 nm Mirror Mechanical Shutter Apperture Focusing Lens Substances Linear Stage

第1章 様々な運動

磁気でイオンを輸送する新原理のトランジスタを開発

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研究の背景これまで, アルペンスキー競技の競技者にかかる空気抵抗 ( 抗力 ) に関する研究では, 実際のレーサーを対象に実験風洞 (Wind tunnel) を用いて, 滑走フォームと空気抵抗の関係や, スーツを含むスキー用具のデザインが検討されてきました. しかし, 風洞を用いた実験では, レー

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氏 名 田 尻 恭 之 学 位 の 種 類 博 学 位 記 番 号 工博甲第240号 学位与の日付 平成18年3月23日 学位与の要件 学位規則第4条第1項該当 学 位 論 文 題 目 La1-x Sr x MnO 3 ナノスケール結晶における新奇な磁気サイズ 士 工学 効果の研究 論 文 審 査

研究の背景 世界のエネルギー消費量は年々増加傾向にあり, 地球規模のエネルギー不足が懸念さ れています このため, 発電により生み出したエネルギー ( 電力 ) の利用の更なる高効 率化が求められており, その鍵は電力制御を担っているパワーデバイス ( 6) が握っ ています 現在主流である Si(

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2014 年電子情報通信学会総合大会ネットワークシステム B DNS ラウンドロビンと OpenFlow スイッチを用いた省電力法 Electric Power Reduc8on by DNS round- robin with OpenFlow switches 池田賢斗, 後藤滋樹

電子部品の試料加工と観察 分析 解析 ~ 真の姿を求めて ~ セミナー A 電子部品の試料加工と観察 分析 解析 ~ 真の姿を求めて ~ セミナー 第 9 回 品質技術兼原龍二 前回の第 8 回目では FIB(Focused Ion Beam:FIB) のデメリットの一つであるGaイ

Transcription:

報道機関各位 平成 28 年 12 月 08 日 東北大学金属材料研究所産業技術総合研究所 磁気モーメントの渦の運動が可能にする省エネルギー情報記録 - ハードディスクの超高密度化と超低消費電力動作の両立に新たな道 - 発表のポイント 磁石の向きが変化しやすい Ni-Fe 合金層と 磁石の向きが変化しにくい FePt 規則合金層を組み合わせたナノ磁石を作製し 磁気記憶デバイスの情報記録のしくみである 磁石の磁化方向の変化 ( 磁化スイッチング ) の挙動を調査した FePt 規則合金層は次世代の超高密度磁気記録材料の有力候補だが 情報記録 ( 磁化スイッチング ) に使う消費電力が大きい ( 大きな外部磁場が必要である ) ことが実用化の障害の一つだった 今回 Ni-Fe 合金の中に作られる磁気モーメント *1 *2 の渦構造 ( 磁気渦構造 ) の運動を利用すると FePt 規則合金層を少ないエネルギー ( 小さな外部磁場 ) で磁化スイッチングできることを発見 これにより磁気記憶デバイスにおける記録情報の超高密度化と低消費電力動作の両立に向けた道筋が示された 本研究の概要図

概要 東北大学金属材料研究所の周偉男博士研究員 関剛斎准教授および高梨弘毅教授のグループは 産業技術総合研究所スピントロニクス研究センターの荒井礼子博士研究員および今村裕志研究チーム長との共同研究により 外部磁場により容易に磁化スイッチングするソフト磁性材料の Ni-Fe( パーマロイ ) 合金と 磁化スイッチングに大きな外部磁場を必要とする FePt 規則合金を組み合わせたナノ磁石を作製しました そして Ni-Fe 合金における磁気モーメントの渦構造 ( 磁気渦構造 あるいは磁気ボルテックス構造と呼ばれる ) の磁化運動を利用すると FePt 規則合金の磁化スイッチングに必要な磁場 ( 磁化スイッチング磁場 ) を大幅に低減できることを発見し 磁気記憶デバイス情報記録に必要な消費電力を大幅に削減することを可能にしました 現行のハードディスクドライブ (HDD) *3 は 記録ビット *4 となる磁石一つ一つの向きの方向を変化 ( 磁化スイッチング ) させることにより 情報を書き込みます HDD の容量を大きくかつ記録を安定させるためには ナノ (10 億分の 1) メートルレベルの磁石を高密度に配置し さらに磁化を一方向に保つためのエネルギー ( 磁気異方性エネルギー *5 ) を大きくすることが不可欠です しかしながら これにより磁化スイッチング磁場が増大し 結果として情報書き込み時の消費電力が増大してしまいます 特に FePt 規則合金は次世代の超高密度磁気記憶デバイス材料の有力候補とされている合金ですが 現段階では磁化スイッチング磁場が大きいことが実用化に向けた一つの障害となっていました 研究グループは Ni-Fe 合金層と FePt 合金層を積層させた薄膜試料を直径 260 ナノメートルのナノサイズドットへと加工し 磁化スイッチングの挙動を調べました その結果 Fe- Ni 合金層に磁気渦構造が形成され 高周波の外部磁場を加えることで磁気渦の運動が励起され Ni-Fe 合金層に隣接している FePt 合金層の磁化スイッチングが容易に生じることがわかりました このスイッチング磁場が低下する原因を調べるためにコンピュータシミュレーションと比較したところ 磁気渦が運動することによって Ni-Fe 合金層に過剰な磁気的エネルギーが蓄積され その余分なエネルギーを低減させるために FePt 合金層において磁化スイッチングが生じるという特徴的なスイッチングプロセスが明らかとなりました 磁気渦の運動を利用して隣接する磁石の磁化方向をスイッチングさせる研究報告は本研究が初となり 磁気渦の新しい機能が実証されました 今回の成果により 磁気記憶デバイスにおける情報の超高密度化と低消費電力動作の両立に向けた新しい道筋が示されたことになります 本研究は 科学研究費助成金 若手研究 (A)( 課題番号 :25709056) 基盤研究 (S)( 課題番号 :23226001) およびJST 戦略的創造研究推進事業個人型研究 ( さきがけ ) の研究課題 磁性規則合金を用いた新機能性スピントルク発振素子の創製 ( 代表 : 関剛斎 ) および スピンを利用したニューロモルフィックシステムの理論設計 ( 代表 : 荒井礼子 ) の一部として行われました 本研究成果は 12 月 8 日付けで米国物理学雑誌 Physical Review B にて Rapid communication( 速報版 ) として公開されます 詳細な説明 研究背景高度情報化社会に不可欠な電子情報機器において その根幹を成す記憶素子の低消費電力化を進めることは 豊かな持続性社会を実現するための最重要課題の一つです また 低消費電力化と同時に 電子機器の小型化 大容量化 高速化が望まれており 磁石 ( 磁性体 ) を用いた高性能な磁気記憶デバイスの開発が重要視されています 磁性体を用いる最大の利点は 情報の不揮発性にあります ハードディスクドライブ (Hard Disk Drive; HDD) や磁気ランダムアクセス

メモリー (Magnetic Random Access Memory; MRAM) といった磁気記憶デバイスやスピントロニ *6 クス素子は 磁石の向き ( 磁化の方向 ) により情報を記録するため 電力を OFF にしても情報が消えません そのため 情報保持に電力を必要とする半導体をベースとした記憶デバイスと比較して 待機中の消費電力を大幅にカットできる利点があります その反面 磁石を使って情報を記憶するデバイスでは 記録密度を高めるにつれて 記録ビットへ情報を書き込むために必要なエネルギー ( 外部磁場など ) が大きくなってしまうという深刻な課題があります 例えば 現行の HDD では 記録ビットを構成する磁石に磁場を印加し 磁化の方向をスイッチさせることにより情報を書き込みます HDD の記録ビットを高密度化するためには 情報を記録する磁石一つ一つをナノメートルの領域まで小さくする必要があります ( 図 1) しかし ナノメートルサイズの磁石では 熱エネルギーにより磁化が揺らいでしまい記録した情報の保 *7 持が困難になるという問題が発生します この磁化の熱揺らぎ問題を回避するためには 熱エネルギーに打ち勝って磁化を一方向に保つためのエネルギー ( 磁気異方性エネルギー ) を大きくすることが不可欠です 大きな磁気異方性エネルギーをもつ磁石は 記録情報の安定性という観点からは好ましいのですが 一方で 磁化をスイッチさせるための磁場 ( スイッチング磁場 ) を増大させてしまい 結果として情報書き込み時の消費電力が増大してしまいます したがって 磁気記憶デバイスにおける情報の大容量化 高密度化と低消費電力化を同時に実現するためには 大きな磁気異方性エネルギー ( スイッチング磁場 ) をもつ磁石 を 情報書き込み時にだけ小さなエネルギー ( 外部磁場 ) により磁化スイッチングさせる という課題を解決しなくてはなりません 図 1 HDD の記録ビットの模式図 磁石一つ一つが記録ビットとなっており 磁石の方向 ( 磁束の漏れ方 ) で情報の 1 0 を記録している 構成する磁石を (a) から (b) のように小さくすることで 記録密度を高めることができる 成果の内容研究グループは FePt 規則合金と Ni-Fe 合金 ( パーマロイ合金 図中は Py と記す ) というスイッチング磁場の異なる 2 つの磁石 ( 磁性材料 ) をナノメートルの厚さで積層化させた薄膜を作製 その積層膜中に励起される磁気モーメントの運動に着目し スイッチング磁場の低減をめざして研究を進めてきました FePt 規則合金は 希土類永久磁石材料に匹敵する大きな磁気異方性エネルギーをもつ合金であり 大きなスイッチング磁場を示す磁気的に硬い ハード磁性材料 です 現在 次世代の超高密度磁気記録媒体の候補材料として盛んに研究が行われています 一方で Ni-Fe 合金は小さなスイッチング磁場を示す磁気的に柔らかい ソフト磁性材料 の代表格です これまでの研究により Ni-Fe 合金の磁気モーメントの運動が FePt 規則合金の磁化のスイッチングに影響を与えることは既に報告しています (Nature Communications 2013) しかしながら その当時は薄膜の面内方向に磁気モーメントが揃った FePt 合金層と Ni-Fe 合金層の積層構造であり 加えてマイクロ ( マイクロは 100 万分の 1) メートルサイズの素子を用いていたため ( 図 2(a)) 薄膜面に対して垂直方向に磁化したナノサイズ素子という磁気記憶デバイスの開発トレンドに適合していませんでした そこで今回 研究グループは 薄膜の垂直方向に磁化した

FePt 規則合金と Ni-Fe 合金を積層化させ 電子線を使った微細加工手法を駆使することで 直径 260 ナノメートルのナノ磁石を作製しました ( 図 2(b)) 実験で観測された磁化スイッチングの挙動をコンピュータシミュレーションと比較したところ 図 3 に示すように FePt 規則合金層は垂直磁化を有しており 一方で Ni-Fe 合金層には磁気モーメントが膜面内に渦を巻いた磁気渦構造 ( あるいは磁気ボルテックス構造と呼ばれる ) が形成されていることが明らかとなりました この磁気渦構造の Ni-Fe 合金層と垂直磁化 FePt 規則合金層から成るナノ磁石に対し 高周波磁場を印加しながらスイッチング磁場を調べたところ ある特定の周波数の高周波磁場を加えたときにスイッチング磁場が大幅に低減することを発見しました ( 図 4) 例えば 高周波磁場を加えていない時 FePt 規則合金層は 8.6 koe のスイッチング磁場を示しますが 周波数を 11 GHz とした 0.2 koe の高周波磁場を加えるだけで スイッチング磁場が 2.8 koe まで大幅に低下します このスイッチング磁場の低減メカニズムを解明するために コンピュータシミュレーションにより磁化スイッチングのプロセスを調べました 高周波磁場を加えると まず Ni-Fe 合金層において磁気渦の運動が生じます 磁気渦が運動するとその磁気構造の変化に起因して Ni-Fe 合金層に過剰な磁気的エネルギーが蓄積されます 蓄積された余分なエネルギーはナノ磁石全体が磁化スイッチングすることで低減できるため Ni-Fe 合金層に隣接した FePt 合金層において磁化スイッチングが生じるという特徴的なプロセスが起こっていることが明らかとなりました 図 2 (a) 以前の研究で用いた面内磁化を有するマイクロメートルサイズの素子の模式図 (b) 今回の研究で作製した垂直磁化 FePt 規則合金層と磁気渦構造の Ni-Fe 合金 (Py) 層から成るナノ磁石の模式図 図 3 コンピュータシミュレーションより得られた磁気構造 磁気モーメントの面内 x 成分 (m x) と垂直 z 成分 (m z) の変化をカラープロットで表している また 積層構造の模式図を合わせて示した 図 4 FePt 規則合金層のスイッチング磁場の高周波磁場の周波数依存性 周波数を 11 GHz とした 0.2 koe の高周波磁場を素子に与えると スイッチング磁場が 8.6 koe から 2.8 koe まで低下する 意義 課題 展望この磁気渦の運動を利用した磁化スイッチングと類似の手法に マイクロ波アシスト磁化反転 (Microwave-Assisted Switching; MAS) *8 があります MAS では 本研究手法と同様に高周波磁場を印加しますが ハード磁性材料中の磁気モーメントの 均一な歳差運動 を利用する点で異なります 磁気異方性エネルギーの高いハード磁性材料では 均一な歳差運動を励起するのに必要な周波数が高く ( 数 10 GHz 以上の周波数領域 ) 実用化における問題でした 一方 今回着目した磁気渦の運動は ソフト磁性材料中に励起されるため 励起に必要な周波数はハード磁性材料の特性に依存せず 励起周波数を抑制できる応用上の利点があります また これまでに磁気渦の運動に関する研究報告は多数ありましたが 磁気渦の運動を利用

して隣接する磁石の磁化方向をスイッチングさせるという研究報告はなく 今回の成果によって磁気渦の新しい機能が実証されました FePt 規則合金は次世代の超高密度磁気記憶デバイス材料の有力候補とされている合金ですが 磁化スイッチングに大きな磁場が不可欠であることが実用化に向けた一つの障害となっていました 今回の成果は 磁気異方性エネルギーの大きな FePt 規則合金 を有する ナノサイズ素子 において 小さなスイッチング磁場 を実証したものであり 応用上の要件を満足することから 磁気記憶デバイスにおける情報の超高密度化と低消費電力動作の両立に向けた新しい道筋が示されたことになります 更なるスイッチング磁場の低減による高効率化が今後の課題の一つとして挙げられます 発表論文雑誌名 : 米国物理学雑誌 Physical Review B Rapid communication( 速報版 ) 英文タイトル :Vortex Dynamics-Mediated Low-Field Magnetization Switching in an Exchange- Coupled System 全著者 :Weinan Zhou, Takeshi Seki, Hiroko Arai, Hiroshi Imamura, Koki Takanashi DOI:10.1103/PhysRevB.94.220401 専門用語解説 *1 磁気モーメント 磁石の強さを表すベクトル量 N 極と S 極の磁極の対を表す物理量 単位体積あたりの磁気モー メントが磁化となる 磁石は多くの磁気モーメントにより構成されている *2 磁気渦 ( ボルテックス ) 構造ナノからマイクロメートルサイズのディスク形状の磁石において観測される磁気構造 磁気モーメントが薄膜の面内に渦を巻いており 中心部にはボルテックスコアと呼ばれる垂直方向に向いた磁気モーメントの成分が存在する *3 ハードディスクドライブ (Hard Disc Drive; HDD) 書き込み用磁気ヘッド 読み出し用磁気ヘッド 記録媒体 スピンドルモーターなどから構成さ れる代表的な磁気記憶デバイス パソコンなどの情報記憶装置として使用されている *4 記録ビット パソコンなどの電子機器では 1 あるいは 0 の値で情報を扱っている 記録ビットでは 電荷の有無や磁化の方向により この 1 あるいは 0 の情報を保存している *5 磁気異方性エネルギー磁化の方向を一方向に保つためのエネルギー 磁気異方性エネルギーが大きい材料は 外部エネルギーによる影響を受けにくくなるため 磁化スイッチングを行うために必要な外部磁場が大きくなる *6 スピントロニクス素子 MRAM に代表される磁性体で情報を記録したり演算したりする素子 電子のもつ電荷とスピン

という 2 つの性質を利用している *7 磁化の熱揺らぎ問題磁性体の磁化方向は 熱エネルギーの影響を受けている 熱エネルギーに対する磁化の安定性は 磁気異方性エネルギーと磁性体の体積の積で決定される 高密度磁気記憶を実現するために磁性体の体積を減少させると 熱エネルギーにより磁化が揺らいでしまい 記憶した情報の保持が困難となる この問題を解決するには 磁気異方性エネルギーの大きな材料を用いることが有効である *8 マイクロ波アシスト磁化反転 (Microwave-Assisted Switching; MAS) 高周波磁場を磁性体に照射することで磁化の運動を誘起し 磁化のスイッチングを行う手法 本研究成果の磁気渦の運動とは異なり 単一磁性体における空間的に均一な磁気モーメントの運動を利用する 本件に関するお問い合せ先 研究内容に関して東北大学金属材料研究所 980-8577 宮城県仙台市青葉区片平 2-1-1 准教授関剛斎 (Takeshi SEKI) 電話番号 :022-215-2097 e-mail: go-sai@imr.tohoku.ac.jp 産業技術総合研究所スピントロニクス研究センター 305-8568 茨城県つくば市梅園 1-1-1 つくば中央第 2 研究チーム長今村裕志 (Hiroshi IMAMURA) 電話番号 :029-862-6713 e-mail: h-imamura@aist.go.jp 報道に関して東北大学金属材料研究所 980-8577 宮城県仙台市青葉区片平 2-1-1 情報企画室広報班横山美沙電話番号 :022-215-2144 FAX:022-215-2482 e-mail: pro-adm@imr.tohoku.ac.jp 産業技術総合研究所企画本部報道室 305-8560 茨城県つくば市梅園 1-1-1 中央第 1 つくば本部 情報技術共同研究棟 8F 電話番号 :029-862-6216 FAX:029-862-6212 e-mail:press-ml@aist.go.jp