統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異の同定と病態メカニズムの解明 ポイント 統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異 (CNV) が 患者全体の約 9% で同定され 難病として医療費助成の対象になっている疾患も含まれることが分かった 発症に関連した CNV を持つ患者では その 40%

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自閉スペクトラム症と統合失調症 : 2 つの精神疾患における変異と発症メカニズムのオーバーラップを発見! ~ ゲノム医療への展開に期待 ~ ポイント 自閉スペクトラム症と統合失調症の日本人患者を対象に ゲノムコピー数変異の大規模か つ直接的に比較する解析を実施した 両疾患の患者の各々約 8% で病的

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プレスリリース 報道関係者各位 2019 年 10 月 24 日慶應義塾大学医学部大日本住友製薬株式会社名古屋大学大学院医学系研究科 ips 細胞を用いた研究により 精神疾患に共通する病態を発見 - 双極性障害 統合失調症の病態解明 治療薬開発への応用に期待 - 慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄

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世界初ミクログリア特異的分子 CX3CR1 の遺伝子変異と精神障害の関連を同定 ポイント ミクログリア特異的分子 CX3CR1 をコードする遺伝子上の稀な変異が統合失調症 自閉スペクトラム症の病態に関与しうることを世界で初めて示しました 統合失調症 自閉スペクトラム症と統計学的に有意な関連を示したア

化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

汎発性膿疱性乾癬のうちインターロイキン 36 受容体拮抗因子欠損症の病態の解明と治療法の開発について ポイント 厚生労働省の難治性疾患克服事業における臨床調査研究対象疾患 指定難病の 1 つである汎発性膿疱性乾癬のうち 尋常性乾癬を併発しないものはインターロイキン 36 1 受容体拮抗因子欠損症 (

別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

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別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

平成14年度研究報告

研究の内容 結果本研究ではまず 日本人のクロザピン誘発性無顆粒球症 顆粒球減少症患者群 50 人と日本人正常対照者群 2905 人について全ゲノム関連解析を行いました DNAマイクロアレイを用いて 約 90 万個の一塩基多型 (SNP) 6 を決定し 個々の関連を検討しました その結果 有意水準を超

汎発性膿庖性乾癬の解明

精神医学研究 教育と精神医療を繋ぐ 双方向の対話 10:00 11:00 特別講演 3 司会 尾崎 紀夫 JSL3 名古屋大学大学院医学系研究科精神医学 親と子どもの心療学分野 AMED のミッション 情報共有と分散統合 末松 誠 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 11:10 12:10 特別講

遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

小児の難治性白血病を引き起こす MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見 ポイント 小児がんのなかでも 最も頻度が高い急性リンパ性白血病を起こす新たな原因として MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見しました MEF2D-BCL9 融合遺伝子は 治療中に再発する難治性の白血病を引き起こしますが 新しい

いて認知 社会機能障害は日々の生活に大きな支障をきたしますが その病態は未だに明らかになっていません 近年の統合失調症の脳構造に関する研究では 健常者との比較で 前頭前野 ( 注 4) などの前頭葉や側頭葉を中心とした大脳皮質の体積減少 海馬 扁桃体 視床 側坐核などの大脳皮質下領域の体積減少が報告

平成 29 年 6 月 9 日 ニーマンピック病 C 型タンパク質の新しい機能の解明 リソソーム膜に特殊な領域を形成し 脂肪滴の取り込み 分解を促進する 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長門松健治 ) 分子細胞学分野の辻琢磨 ( つじたくま ) 助教 藤本豊士 ( ふじもととよし ) 教授ら

本成果は 主に以下の事業 研究領域 研究課題によって得られました 日本医療研究開発機構 (AMED) 脳科学研究戦略推進プログラム ( 平成 27 年度より文部科学省より移管 ) 研究課題名 : 遺伝子改変マーモセットの汎用性拡大および作出技術の高度化とその脳科学への応用 研究代表者 : 佐々木えり

本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 ( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 , 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-

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2015 年 11 月 5 日 乳酸菌発酵果汁飲料の継続摂取がアトピー性皮膚炎症状を改善 株式会社ヤクルト本社 ( 社長根岸孝成 ) では アトピー性皮膚炎患者を対象に 乳酸菌 ラクトバチルスプランタルム YIT 0132 ( 以下 乳酸菌 LP0132) を含む発酵果汁飲料 ( 以下 乳酸菌発酵果

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のとなっています 特に てんかん患者の大部分を占める 特発性てんかん では 現在までに 9 個が報告されているにすぎません わが国でも 早くから全国レベルでの研究グループを組織し 日本人の熱性痙攣 てんかんの原因遺伝子の探求を進めてきましたが 大家系を必要とするこの分野では今まで海外に遅れをとること

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平成 28 年 12 月 12 日 癌の転移の一種である胃癌腹膜播種 ( ふくまくはしゅ ) に特異的な新しい標的分子 synaptotagmin 8 の発見 ~ 革新的な分子標的治療薬とそのコンパニオン診断薬開発へ ~ 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 消化器外科学の小寺泰

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【藤田】統合失調症リリース 1001_理研修正181002_理研2

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統合失調症といった精神疾患では シナプス形成やシナプス機能の調節の異常が発症の原因の一つであると考えられています これまでの研究で シナプスの形を作り出す細胞骨格系のタンパク質 細胞同士をつないでシナプス形成に関与する細胞接着分子群 あるいはグルタミン酸やドーパミン 2 系分子といったシナプス伝達を

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脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

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上原記念生命科学財団研究報告集, 29 (2015)

疫学研究の病院HPによる情報公開 様式の作成について

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概要 名古屋大学環境医学研究所の渡邊征爾助教 山中宏二教授 医学系研究科の玉田宏美研究員 木山博資教授らの国際共同研究グループは 神経細胞の維持に重要な役割を担う小胞体とミトコンドリアの接触部 (MAM) が崩壊することが神経難病 ALS( 筋萎縮性側索硬化症 ) の発症に重要であることを発見しまし

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3) 適切な薬物療法ができる 4) 支持的関係を確立し 個人精神療法を適切に用い 集団精神療法を学ぶ 5) 心理社会的療法 精神科リハビリテーションを行い 早期に地域に復帰させる方法を学ぶ 10. 気分障害 : 2) 病歴を聴取し 精神症状を把握し 病型の把握 診断 鑑別診断ができる 3) 人格特徴

現し Gasc1 発現低下は多動 固執傾向 様々な学習 記憶障害などの行動異常や 樹状突起スパイン密度の増加と長期増強の亢進というシナプスの異常を引き起こすことを発見し これらの表現型がヒト自閉スペクトラム症 (ASD) など神経発達症の病態と一部類することを見出した しかしながら Gasc1 発現

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革新的がん治療薬の実用化を目指した非臨床研究 ( 厚生労働科学研究 ) に採択 大学院医歯学総合研究科遺伝子治療 再生医学分野の小戝健一郎教授の 難治癌を標的治療できる完全オリジナルのウイルス遺伝子医薬の実用化のための前臨床研究 が 平成 24 年度の厚生労働科学研究費補助金 ( 難病 がん等の疾患

東邦大学学術リポジトリ タイトル別タイトル作成者 ( 著者 ) 公開者 Epstein Barr virus infection and var 1 in synovial tissues of rheumatoid 関節リウマチ滑膜組織における Epstein Barr ウイルス感染症と Epst

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01 表紙

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60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 2 月 4 日 独立行政法人理化学研究所 筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の進行に二つのグリア細胞が関与することを発見 - 神経難病の一つである ALS の治療法の開発につながる新知見 - 原因不明の神経難病 筋萎縮性側索硬化症 (ALS) は 全身の筋

Ⅰ 向精神薬の合理的な用い方 ④ 3 理学的および生化学的検査 身長 体重 体温 脈拍 血圧などの測定とともに 心電図およ び血液生化学的検査を施行し生体の病的状態の有無を評価してお く 脳波 CT MRI SPECT PET NIRS 等も必要に応じて施行 する 2 薬物療法の実際 ① 適切な薬剤

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2014年

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

り込みが進まなくなることを明らかにしました つまり 生後 12 日までの刈り込みには強い シナプス結合と弱いシナプス結合の相対的な差が 生後 12 日以降の刈り込みには強いシナプス 結合と弱いシナプス結合の相対的な差だけでなくシナプス結合の絶対的な強さが重要であることを明らかにしました 本研究成果は

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成果 本研究の解析で着目したのは 25 の遺伝性疾患とそれらの 57 の原因遺伝子で これらは ACMG が推奨する 偶発的 二次的所見としての遺伝情報の結果の返却を推奨する遺伝子のセットのうち常染色体上のものに相当し 大部分が遺伝性腫瘍や遺伝性循環器疾患の原因遺伝子です 本研究では 当機構で作成し

論文の内容の要旨 日本人サンプルを用いた 15 番染色体長腕領域における 自閉症感性候補遺伝子の検討 指導教員 笠井清登教授 東京大学大学院医学系研究科 平成 13 年 4 月入学 医学博士課程 脳神経医学専攻 加藤千枝子 はじめに 自閉症は (1 ) 社会的な相互交渉の質的な障害 (2 ) コミュ

Transcription:

平成 28 年 6 月 8 日 統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異の同定と病態メカニズムの解明 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 精神医学の尾崎紀夫 ( おざきのりお ) 教授らの研究グループは 東京都医学総合研究所 大阪大学 新潟大学 富山大学 藤田保健衛生大学 理化学研究所 徳島大学 Chang Gung University( 台 ( 1) 湾 ) の研究グループとの共同研究により 統合失調症の発症に強く関与するゲノムコピー数変異 (CNV) ( 2) を患者全体の約 9% と高い頻度で同定し 患者の臨床的特徴および病因の一端を解明しました 本研究グループは ゲノム変異の一種である CNV が発症に関与する可能性を考え ヒト染色体全体を高解像で解析できる方法 ( アレイ CGH) を用い 患者と健常者合わせて約 2,500 名を詳しく調べました その結果 発症に関与する CNV を患者全体の約 9% で同定し 健常者よりも3 倍程度高いことが分かりました 同定した CNV の中には 22 番染色体の一領域 (22q11.2) の欠失や X 染色体の一領域 (Xp22.31) の欠失が含まれていました 22q11.2 の欠失 Xp22.31 の欠失はともに身体的な疾患を生まれた時から持っているケースも多く 平成 27 年から難病医療費助成制度の対象疾病になっています 発症に関わる CNV をもつ患者全体でも その 40% で先天性あるいは発達上の問題が確認され さらに統合失調症の薬物治療に十分な効果を示さない確率が高いことが示されました 以上の知見から ゲノム解析が統合失調症の早期診断に役立ち また治療反応性を予測できる可能性が示唆されました さらに ゲノムデータを詳しく解析することで 統合失調症の病因には シナプスやカルシウムシグナルの異常に加え ゲノムの不安定性や酸化ストレス応答の異常が関与する可能性が示唆され 本疾患の病態メカニズムの一端が明らかになりました 本研究成果は 米国の科学雑誌 Molecular Psychiatry (2016 年 5 月 31 日付けの電子版 ) に掲載されました

統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異の同定と病態メカニズムの解明 ポイント 統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異 (CNV) が 患者全体の約 9% で同定され 難病として医療費助成の対象になっている疾患も含まれることが分かった 発症に関連した CNV を持つ患者では その 40% で先天性あるいは発達上の問題が認められ さらに統合失調症の薬物治療で十分な効果が得られない患者が多いことが明らかになった 本疾患の病因にゲノム不安定性や酸化ストレス応答異常等の関与が示唆された 1. 背景統合失調症は 陽性症状 ( 幻覚や妄想など ) 陰性症状( 意欲低下など ) 認知機能障害を主症状とし 社会機能の低下 高い自殺率を呈する疾患です 10~20 歳代に発症することが多いうえに有病率が1% と高く 本邦だけで 患者は 80 万人に達します 病因 病態の解明が進んでいないために 治療効果が不十分であり難治例が多いのが現状です 家系内に疾患が集積していること 遺伝率が 80% と高いことから 発症の関わるゲノム変異を見つけることが本疾患の解明に重要であると考えられています 近年のゲノム解析技術の進展もあり 発症に強い影響を与えるゲノム変異の報告も増えています とくにゲノムコピー数変異 (CNV 図 1) では最大で発症リスクを 50 倍程度に上げるものも見つかっていますが 統合失調症の病因にどの程度 CNV が関与しているかは十分に明らかにされていませんでした 2. 研究成果統合失調症 1,699 名と健常者 824 名を対象に アレイ CGH を用いて解析し 統合失調症の発症に強い影響を与えるゲノムコピー数変異 (CNV) を探索しました アレイ CGH は高解像度の解析が可能で これまでの研究では調べることができなかった小さなサイズの CNV や性染色体の CNV を詳細に検討することができる利点があります 解析の結果 発症に関わる CNV を患者全体の9% とこれまでに報告がない高い頻度で同定することができ ( 図 2) その頻度は健常者の約 3 倍に及ぶことが分かりました 発症に関与する CNV はヒトゲノムの様々な場所に存在し 患者ごとに種類が異なること 統合失調症患者で同定した CNV には自閉スペクトラム症 知的能力障害などの神経発達症に関与するものが多数含まれ 精神疾患や発達障害は遺伝学的に連続であることが確認されました 今回同定した CNV の中には 22 番染色体の一領域 (22q11.2) の欠失や X 染色体の一領域 (Xp22.31) の欠失が含まれましたが 身体的な疾患を生まれた時から持っているケースが多く 平成 27 年から難病医療費助成制度の対象疾病になっています CNV は 脳の発達に重要な遺伝子の機能に影響を及ぼすことで 神経発達障害が起こり最終的に精神疾患の発症に繋がると考えられています 実際 発症に関与する CNV をもつ患者では 約 4 割で先天性あるいは発達上の問題を抱えており また抗精神病薬を用いた薬物治療でも十分な効果を得られない場合が多いことが確認されました

次に本疾患の病因を明らかにするためにゲノムデータをバイオインフォマティクスの手法を用いて詳しく調べました その結果 統合失調症の病因には 従来報告されていたシナプスやカルシウムシグナルに加え ゲノム不安定性や酸化ストレス応答異常が関与する可能性が示唆されました

3. 今後の展開これまで統合失調症の診断に役立つ検査はありませんでした 今回 発症に強い影響をもつ CNV が患者で高頻度に見つかったことから 今後はこのゲノム解析の結果を早期診断に応用することが期待できます さらに 薬物治療への反応性を予測できる可能性も示唆されました また 本研究で得られたゲノム解析の知見から 精神疾患の病態を反映したモデル動物や患者由来の ips 細胞が作製され 病態メカニズムの解明や新しい治療薬の開発が進むことが期待できます 4. 用語説明 ( 1) 統合失調症陽性症状 ( 幻覚や妄想など ) 陰性症状( 意欲低下など ) 認知機能障害を主症状とし 社会機能の低下 高い自殺率を呈する疾患 有病率が1% と高く 本邦だけで 患者は 80 万人に達する 家系内に疾患が集積していること 遺伝率が 80% と高いことから 病態解明のためのゲノム解析が有望と考えられている

( 2) ゲノムコピー数変異 (CNV) 染色体上の一部の領域のコピー数が通常 2 コピーのところ 1 コピー以下 ( 欠失 ) あるいは 3 コピー以上 ( 重複 ) となる変化をいう CNV は健康な人でも多数有していることが分かっているが CNV の一部は脳の発達に重要な遺伝子の機能に影響を与え 精神疾患や発達障害の発症に繋がると考えられている 5. 発表雑誌 Kushima I, Aleksic B, Nakatochi M, Shimamura T, Shiino T, Yoshimi A, Kimura H, Takasaki Y, Wang C, Xing J, Ishizuka K, Oya-Ito T, Nakamura Y, Arioka Y, Maeda T, Yamamoto M, Yoshida M, Noma H, Hamada S, Morikawa M, Uno Y, Okada T, Iidaka T, Iritani S, Miyashita M, Kobori A, Arai M, Itokawa M, Cheng MC, Chunag YA, Chen CH, Suzuki M, Takahashi T, Hashimoto R, Yamamori H, Yasuda Y, Watanabe Y, Nunokawa A, Someya T, Ikeda M, Toyota T, Yoshikawa T, Numata S, Ohmori T, Kunimoto S, Mori D, Yamamoto T, Iwata N, Ozaki N. High-resolution copy number variation analysis of schizophrenia in Japan. Molecular Psychiatry. May, 31, 2016. 6. 本研究について本研究は 日本医療研究開発機構 (AMED) の 脳科学研究戦略推進プログラム ( 課題 F 精神 神経疾患の克服を目指す脳科学研究 自閉症スペクトラム障害 (ASD) と統合失調症のゲノム解析を起点として 発症因に基づく両疾患の診断体系再編と診断法開発を目指した研究 : 多面発現的効果を有するゲノムコピー数変異 (CNV) に着目して 研究開発担当者尾崎紀夫名古屋大学大学院医学系研究科 ) 革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト ( 臨床研究グループ 精神疾患に関わる稀な遺伝子変異の探索による病態関連神経回路の解明 研究開発担当者尾崎紀夫名古屋大学大学院医学系研究科 ) および文部科学省 科学研究費の支援を受けて行われました English ver. http://www.med.nagoya-u.ac.jp/english01/dbps_data/_material_/nu_medical_en/_res/researchtopics/2016/cnv_20160608en.pdf