弁護士 八代 徹也 先生

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法第 20 条は, 有期契約労働者の労働条件が期間の定めがあることにより無期契約労働者の労働条件と相違する場合, その相違は, 職務の内容 ( 労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度をいう 以下同じ ), 当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して, 有期契約労働者にとって不合

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弁護士 八代 徹也 先生

被告は 高年法 9 条 2 項に規定する協定をするため努力したにもかかわらず協議が調わ なかったものと認めることはできず 本件就業規則 29 条が高年法附則 5 条 1 項の要件を具 備していないというべきである 本件継続雇用制度の導入を定める本件就業規則 29 条は 手続要件を欠き無効であり 原

 

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注意すべきポイント 1 内定承諾書は 内定者の内定承諾の意思を明らかにさせるものです 2 2 以降の注意すべきポイントについては マイ法務プレミアムで解説しています

定していました 平成 25 年 4 月 1 日施行の 高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の一部を改正する法律 では, 継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みの廃止について規定されていますが, 平成 25 年 4 月 1 日の改正法施行の際, 既にこの基準に基づく制度を設けている会社の選定基準につい

第 5 条 ( 配置転換 出向 ) 1 甲は 業務上の必要がある場合 乙に対し 配置転換を命じることがある 2 甲は 業務上の必要がある場合 乙に対し 他社に出向を命じることがある 乙は 正当な理由がない限り これを拒否することができない 3 前項の場合 その出向の期間は3 年以内とする 第 6 条

ら退去を迫られやむを得ず転居したのであるから本件転居費用について保護費が支給されるべきであると主張して 本件処分の取消しを求めている 2 処分庁の主張 (1) 生活保護問答集について ( 平成 21 年 3 月 31 日厚生労働省社会援護局保護課長事務連絡 以下 問答集 という ) の問 13の2の

今回の改正によってこの規定が廃止され 労使協定の基準を設けることで対象者を選別することができなくなり 希望者全員を再雇用しなければならなくなりました ただし 今回の改正には 一定の期間の経過措置が設けられております つまり 平成 25 年 4 月 1 日以降であっても直ちに希望者全員を 歳まで再雇用

パートタイマー就業規則

平均賃金を支払わなければならない この予告日数は平均賃金を支払った日数分短縮される ( 労基法 20 条 ) 3 試用期間中の労働者であっても 14 日を超えて雇用された場合は 上記 2の予告の手続きが必要である ( 労基法 21 条 ) 4 例外として 天災事変その他やむを得ない事由のために事業の

控訴人は, 控訴人にも上記の退職改定をした上で平成 22 年 3 月分の特別老齢厚生年金を支給すべきであったと主張したが, 被控訴人は, 退職改定の要件として, 被保険者資格を喪失した日から起算して1か月を経過した時点で受給権者であることが必要であるところ, 控訴人は, 同年 月 日に65 歳に達し

( 事案の全体像は複数当事者による複数事件で ついての慰謝料 30 万円 あり非常に複雑であるため 仮差押えに関する部 3 本件損害賠償請求訴訟の弁護士報酬 分を抜粋した なお 仮差押えの被保全債権の額 70 万円 は 1 億円程度と思われるが 担保の額は不明であ を認容した る ) なお 仮差押え

2 当事者の主張 (1) 申立人の主張の要旨 申立人は 請求を基礎づける理由として 以下のとおり主張した 1 処分の根拠等申立人は次のとおりお願い書ないし提案書を提出し 又は口頭での告発を行った ア.2018 年 3 月 23 日に被申立人資格審査担当副会長及び資格審査委員長あてに 会長の経歴詐称等

契約の終了 更新18 無期労働契約では 解雇は 客観的に合理的な理由を欠き 社会通念上相当であると認められない場合 は 権利濫用として無効である と定められています ( 労働契約法 16 条 ) 解雇権濫用法理 と呼ばれるものです (2) 解雇手続解雇をする場合には 少なくとも30 日前に解雇の予告

9-1 退職のルール 職することは契約違反となります したがって 労働者は勝手に退職することはできません 就業規則に 契約期間途中であっても退職できる定めがある場合には それに従って退職できることになりますが 特段の定めがない場合には なるべく合意解約ができるように 十分話し合うことが大切です ただ

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知って役立つ労働法

I 事案の概要 本件は 東証一部上場企業の物流大手である株式会社ハマキョウレックス ( 以下 被告 被控訴人 又は 上告人 といいます ) との間で有期雇用契約 1 を締結している契約社員 ( 以下 原告 控訴人 又は 被上告人 といいます ) が 以下に掲げる正社員と契約社員との間の労働条件 (

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指針に関する Q&A 1 指針の内容について 2 その他 1( 特許を受ける権利の帰属について ) 3 その他 2( 相当の利益を受ける権利について ) <1 指針の内容について> ( 主体 ) Q1 公的研究機関や病院については 指針のどの項目を参照すればよいですか A1 公的研究機関や病院に限ら

る平成 26 年 10 月 1 日から支払済みまで商事法定利率である年 6 分の割合による遅延損害金 (2) 平成 25 年 2 月 1 日から平成 26 年 6 月 20 日までの時間外労働に対する割増賃金として 235 万 1993 円及びこれに対する最終割増賃金支払日の翌日である平成 26 年

沖縄厚生年金事案 440 第 1 委員会の結論申立人の申立期間のうち 申立期間 2に係る標準報酬月額は 事業主が社会保険事務所 ( 当時 ) に届け出た標準報酬月額であったと認められることから 当該期間の標準報酬月額を 28 万円に訂正することが必要である また 申立期間 3について 申立人は当該期

市町村合併の推進状況について

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11総法不審第120号

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26労271棄却(業務上外)

債務のうち所定の範囲内のものを当該事業主に代わって政府が弁済する旨規定する (2) 賃確法 7 条における上記 政令で定める事由 ( 立替払の事由 ) として 賃金の支払の確保等に関する法律施行令 ( 昭和 51 年政令第 169 号 以下 賃確令 という )2 条 1 項 4 号及び賃金の支払の確

規定例 ( 育児 介護休業制度 ) 株式会社 と 労働組合は 育児 介護休業制度に関し 次 のとおり協定する ( 対象者 ) 育児休業の対象者は 生後満 歳に達しない子を養育するすべての従業員とする 2 介護休業の対象者は 介護を必要とする家族を持つすべての従業員とする 介護の対象となる家族の範囲は

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無期契約職員就業規則

た本件諸手当との差額の支払を求め ( 以下, この請求を 本件差額賃金請求 という ),2 予備的に, 不法行為に基づき, 上記差額に相当する額の損害賠償を求める ( 以下, この請求を 本件損害賠償請求 という ) などの請求をする事案である 2 原審の確定した事実関係等の概要は, 次のとおりであ



ものであった また, 本件規則には, 貸付けの要件として, 当該資金の借入れにつき漁業協同組合の理事会において議決されていることが定められていた (3) 東洋町公告式条例 ( 昭和 34 年東洋町条例第 1 号 )3 条,2 条 2 項には, 規則の公布は, 同条例の定める7か所の掲示場に掲示して行

_第16回公益通報者保護専門調査会_資料2

第 2 章職場におけるパワーハラスメント 1 パワーハラスメントの定義 職場のパワーハラスメントとは 同じ職場で働く者に対して 職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に 業務の適正な範囲を超えて 精神的 身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう パワーハラスメント という言葉は

民法 ( 債権関係 ) の改正における経過措置に関して 現段階で検討中の基本的な方針 及び経過措置案の骨子は 概ね以下のとおりである ( 定型約款に関するものを除く ) 第 1 民法総則 ( 時効を除く ) の規定の改正に関する経過措置 民法総則 ( 時効を除く ) における改正後の規定 ( 部会資

長澤運輸事件(東京地判平成28年11月2日)について

達したときに消滅する旨を定めている ( 附則 10 条 ) (3) ア法 43 条 1 項は, 老齢厚生年金の額は, 被保険者であった全期間の平均標準報酬額の所定の割合に相当する額に被保険者期間の月数を乗じて算出された額とする旨を定めているところ, 男子であって昭和 16 年 4 月 2 日から同

最高裁○○第000100号

がある 7 平成 28 年 3 月 28 日 処分庁は 同日付で審査請求人に対し 借入金収入 円の未申告により生じた保護費過払い分について 法第 78 条第 1 項の規定により費用徴収を行う決定を行い 同年 7 月 7 日 費用徴収決定通知書を審査請求人に手交した 8 審査請求人は 平成 28 年

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平成  年(あ)第  号

19 条の4 第 2 項の規定により, 特別職の公務員であるから, 本件不開示情報は, 公務員としての職務遂行情報であり, 精神保健指定医が, 客観的な生体検査もなく, ただその主観に基づいて, 対象者を強制入院させることができるという性質の資格であること, 本件開示請求に係る精神保健指定医らが対象

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なお, 基本事件被告に対し, 訴状や上記移送決定の送達はされていない 2 関係法令の定め (1) 道路法ア道路管理者は, 他の工事又は他の行為により必要を生じた道路に関する工事又は道路の維持の費用については, その必要を生じた限度において, 他の工事又は他の行為につき費用を負担する者にその全部又は一

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点で 本規約の内容とおりに成立するものとします 3. 当社は OCN ID( メールアドレス ) でログインする機能 の利用申込みがあった場合でも 任意の判断により OCN ID( メールアドレス ) でログインする機能 の利用をお断りする場合があります この場合 申込者と当社の間に利用契約は成立し

弁護士 八代 徹也 先生

( 平成 23 年 8 月 31 日報道資料抜粋 ) 年金記録に係る苦情のあっせん等について 年金記録確認釧路地方第三者委員会分 1. 今回のあっせん等の概要 (1) 年金記録の訂正を不要と判断したもの 7 件 厚生年金関係 7 件

非常に長い期間, 苦痛に耐え続けた親族にとって, 納得のできる対応を日本政府にしてもらえるよう関係者には協力賜りたい ( その他は, 上記 (2) と同旨であるため省略する ) (4) 意見書 3 特定個人 Aの身元を明らかにすること及び親子関係の証明に当たっては財務省 総務省において, 生年月日の

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第 1 パワーハラスメントについて 動画 1: 厚生労働省 HP 明るい職場応援団

が成立するが 本件処分日は平成 29 年 3 月 3 日であるから 平成 24 年 3 月 3 日以降 審査請求人に支給した保護費について返還を求めることは可能であ る 第 3 審理員意見書の要旨 1 結論本件審査請求には理由がないので 棄却されるべきである 2 理由 (1) 本件処分に係る生活保護

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た損害賠償金 2 0 万円及びこれに対する遅延損害金 6 3 万 9 円の合計 3 3 万 9 6 円 ( 以下 本件損害賠償金 J という ) を支払 った エなお, 明和地所は, 平成 2 0 年 5 月 1 6 日, 国立市に対し, 本件損害賠償 金と同額の 3 3 万 9 6 円の寄附 (

平成 27 年 2 月までに, 第 1 審原告に対し, 労働者災害補償保険法 ( 以下 労災保険法 という ) に基づく給付 ( 以下 労災保険給付 という ) として, 療養補償給付, 休業補償給付及び障害補償給付を行った このことから, 本件事故に係る第 1 審原告の第 1 審被告に対する自賠法

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Taro-「改正労働契約法」の活用と

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事案である 3 仲裁合意本件では 申立人の申立書において仲裁合意の内容の記載があり 被申立人は答弁書においてこれを争わなかったので 本件についての書面による仲裁合意が存在する なお 被申立人は審問期日においても本仲裁に応じる旨の答弁をした 4 当事者の主張 (1) 申立人の主張申立人は 請求を基礎づ

26労315棄却(業務上外)

11総法不審第120号

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特例適用住宅 という ) が新築された場合 ( 当該取得をした者が当該土地を当該特例適用住宅の新築の時まで引き続き所有している場合又は当該特例適用住宅の新築が当該取得をした者から当該土地を取得した者により行われる場合に限る ) においては, 当該土地の取得に対して課する不動産取得税は, 当該税額から

第 2 章使用者の責任 83 2 災害補償責任労働基準法第 8 章は 労働者が業務上負傷し 疾病にかかり 障害が残り 死亡した場合には一定の補償をしなければならないことを定めています 問題は 業務上といえるかどうかですが うつ病になったということは 業務もその原因であると考えられる一方で 元々の基礎

(2) B 社に係る破産事件等東京地方裁判所は, 平成 21 年 2 月 24 日,B 社を再生債務者として, 再生手続開始の決定をした しかし, 東京地方裁判所は, 同年 3 月 24 日,B 社の事業継続を不可能とする事実が明らかになったとして, 再生手続廃止の決定をするとともに, 再生手続廃止

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択 一 式 問 題

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の業務について派遣先が九の 1 に抵触することとなる最初の日 六派遣先への通知 1 派遣元事業主は 労働者派遣をするときは 当該労働者派遣に係る派遣労働者が九の 1の ( 二 ) の厚生労働省令で定める者であるか否かの別についても派遣先に通知しなければならないものとすること ( 第三十五条第一項関係

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長時間労働の削減に向けて あなたの会社に毎晩遅くまで残業している労働者はいませんか? 長時間労働の削減に向けて あなたの会社の取組内容を 次のページでチェックしてみましょう! 政府目標( 平成 32 年まで ) 週の労働時間が 60 時間以上の労働者の割合年次有給休暇の取得率 5% 以下 70% 以

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最近の主要労働判例 命令 (2017 年 6 月号 ) 2017 年 6 月 7 日 経団連労働法制本部 1. 労働判例から ( 重要判例は 下線は事務局が付加 ) [ 解雇 ] SGS ジャパン事件 東京地裁 ( 平成 29 年 1 月 26 日 ) 判決速報 2306 号上司の注意はパワハラにはあたらず うつ病の業務起因性等が否定された例 この事件は うつ病の診断を受けて休職していた原告が 被告会社から休職期間満了を理由に退職を告知されたことが 違法 無法であるとして地位確認や未払賃金の支払い等を求めたもの あわせて上司らによるパワハラによって精神的な苦痛を受けたことを理由に 不法行為に基づき 上司らに対して慰謝料等の支払いを求めている ( 判示事項 ) 原告が主張するような早朝夜間の持ち帰り残業が恒常的に発生するような業務量があったとはにわかには認めがたく その時間外労働は多い月でも月 40 時間を超えることはない また 上司の原告に対する注意は 業務上の指導として合理的な理由があり 原告の述べる事実を検討しても 上司が原告に対し パワハラや嫌がらせであると評価できる行為を行ったとは認められない したがって 心理的負荷による精神障害の労災認定基準に照らして評価した場合 その心理的負荷は 総合評価 中 であり 本件疾病の業務起因性を認めることができない [ 解雇 ] ソクハイ事件 東京地裁 ( 平成 28 年 11 月 25 日 ) 判決速報 2306 号民法 629 条 1 項により労働契約の更新が推定されたとはいえず 地位確認請求が棄却された例 この事件は 原告が被告会社との間で期間の定めのある労働契約を締結していたところ 被告が原告との間で退職の合意が成立したと主張していることなどに関して 被告に対し 1 退職の合意は成立しておらず 民法 629 条 1 項により労働契約は更新されており かつ 期間の定めのないものになったなどと主張して 地位確認と賃金の支払などを求めたもの 1

( 判示事項 ) 平成 23 年 1 月 16 日労働契約の雇用期間満了時 (4 月 15 日 ) において 4 月 16 日以降の労働契約書を取り交わさず 原告は同日以降も引き続き労働に従事し 被告もこれに異議を述べなかったから 遅くとも同年 5 月ころまでに民法 629 条 1 項により 労働契約の更新が推定され かつ期間の定めのないものとなったと原告は主張する しかし 被告は平成 23 年 1 月 16 日労働契約の満了する 4 月 15 日の 30 日前までに 原告に対し 労働契約を更新しない旨を予告しておらず かえって 4 月上旬に契約期間を 7 月 15 日までとする労働契約書の案文を送付し 原告は契約期間について異議を述べたことはないことが認められる したがって 4 月 16 日の勤務開始時点において 原被告間の合理的意思解釈により 労働契約を更新し その期間を同日から 7 月 15 日までとする旨の黙示の合意が成立したというべきであり 4 月 16 日に雇用契約期間が満了していたことを前提に民法 629 条 1 項が適用される旨をいう原告の主張は採用できない [ 懲戒解雇 ] ドコモ CS 事件 東京地裁 ( 平成 28 年 7 月 8 日 ) 判決速報 2307 号長年にわたる住宅補助費の不正受給を理由とする懲戒解雇が有効とされた例 この事件は 原告 ( 会社 ) がその社員であった被告夫妻に対し 原告から住宅補助費を不正に受給したとして 原告の就業規則における賃金精算の定め 民法上の不当利得等に基づき 住宅補助費相当額の金銭支払いを求めたもの 一方 被告夫妻は 住宅補助費の不正受給を理由とする懲戒解雇は無効であるとして 地位確認と未払賃金等の支払を求めた ( 反訴事件 ) ( 判示事項 ) 被告夫妻の住宅補助費申請は少なくとも戸建て住宅に係るものは住宅補助費の支給要件を満たさない上 被告夫妻は少なくとも未必の故意をもって 共謀の上 その居住実態を偽って住宅補助費を不正受給している 原告が受けた財産的被害は多額であり 両者間の信頼関係を著しく破壊するものである 労働者は自身の労働契約上の義務に違反する行為に関し 原則 労働契約上の義務として その調査に応じ 協力する義務があると解される しかし被告夫は原告の聴取において 事実関係に関する虚偽の供述を複数回繰り返しており 被告妻もこれに同調する態度を示し 自分たちの独自の見解に固執して 民法上の請求権からは大幅に減額された返還に応じていない 原告は被告夫妻に対し 慎重に調査を進め 事情聴取も少なからず実施し 被告夫妻に弁明の機会も十分に与えて 慎重な検討を経て本件解雇を決定したと認められる 以上の認定判断を総合すると 被告らの戸建て住宅に係る住宅補助費の不正受給は そ 2

の態様 期間 被害金額 発覚後の態度等に照らして悪質である したがって 懲戒解雇は懲戒権の中でも特に慎重さが求められることを考慮しても 原告が被告夫妻に対し本件解雇をもって臨んだことが客観的に理由を欠き 社会通念上相当であると認められない場合に当たるということはできない [ 懲戒解雇 ] ドリームエクスチェンジ事件 東京地裁 ( 平成 28 年 12 月 28 日 ) 判決速報 2308 号過度の私的なチャットの利用はその態様において懲戒解雇事由に相当するが 費やした時間は労働時間とみなされるとされた例 この事件は 原告が被告会社に対して 平成 26 年 7 月 8 日付け懲戒解雇は無効であり 原告は自らの意思により同年 8 月 11 日付けで退職したものであるとして 労働契約に基づき 未払賃金の支払いなどを求める事案である 一方 反訴事件は 原告の業務中における業務外チャット時間が長時間であり これを労働時間から控除すると給与が過払いであるとして 不当利得返還請求を求め さらに 原告が社内のチャットにおいて被告に対する信用毀損行為をしたとして 不法行為による損害賠償を求める事案である ( 判事事項 ) 本体チャットは 単なるチャットの私的利用にとどまらず その内容は 顧客情報持出の助言 信用棄損 誹謗中傷およびセクハラに該当し 就業に関する規律 ( 服務心得 ) に反し 職場秩序を乱すものと認められる 原告がこれまで懲戒処分を受けたことがないこと 本件解雇を通知された時点では おおまかに本件懲戒事由があることを認め 謝罪の言葉を述べていたことなど原告に有利な事情を十分踏まえても 本件解雇 ( 懲戒解雇 ) は 客観的に合理的な理由があり 社会通念上相当であると認められる 社内では 私語として許容される範囲のチャットや業務遂行と並行して行っているチャットとが渾然一体となっている面があり 使用者の指揮命令下から離脱しているとはいえないから チャットの私的利用を行っていた時間は労働基準法上の労働時間とみるべきである そのため 所定労働時間内におけるチャット時間を抽出して 居残り残業時間から所定労働時間内のチャット時間を控除することはできない 2. 労働委員会命令から ( 東京都労働委員会命令 ) 昭和ホールディングス事件 ( 平成 27 年不第 90 号事件 ) 平成 29 年 5 月 11 日 3

会社及び子会社 2 社が組合の4 回にわたる団体交渉申入れに応じなかったことについて 会社は 労働組合法上の使用者には該当せず また 組合が申し入れた団体交渉議題のうち 春闘継続団交 を除いた議題は 義務的団体交渉事項に当たらないため 会社らの対応は 正当な理由のない団体交渉拒否及び組合に対する支配介入には当たらないとして棄却された例 ( 北海道労働委員会命令 ) 恵和会事件 ( 平成 25 年道委不第 11 号 ) 平成 29 年 5 月 30 日組合の申立事項のうち 一部が労働組合法で禁止されている不当労働行為に該当すると認定し 医療法人社団に対して (1) 組合が申し入れた1 賃上げ 2 特別休暇制度 3 サービス残業を交渉事項とする団体交渉において 自らの主張に固執することなく 誠実に団体交渉を行わなければならないこと (2) 組合運営への支配介入をしてはならないこと (3) 文書の掲示を行うことを命じ その余の申立てを棄却したもの ( 中労委 ) 東海旅客鉄道 ( 掲示板設置 ) 不当労働行為再審査事件 ( 平成 27 年 ( 不再 ) 第 49 号 ) 平成 29 年 5 月 16 日 支店管内の人員配置変更により 組合員全員が配置転換された先での組合掲示板の設置申請を会社が認めなかったのは 従来から一貫して運用し 組合に対して説明されてきた基準に基づいて取り扱われた結果であり 不当労働行為に当たらないとした事案 ( 判断の要旨 ) 会社が 本件組合員の配転先で組合が申請した組合掲示板の設置を許可しなかったのは 配転先の組合員が4 名であり 組合掲示板設置許可基準の1( 職場に5 名以上の組合員が存在すること ) を満たなかったことが理由であると認められる 組合と会社の間には 従前から 組合掲示物をめぐる多数の係争があり また 本件設置許可取消し及び本件掲示板設置不許可により 支店管内には組合の組合掲示板が一つもない状態となって 結果として組合は 支店管内において組合掲示板を用いた情報宣伝活動を行えなくなったことが認められるが 会社が それを目的として上記取扱いをしたとまで認めることはできないし その他の事情を勘案しても 本件掲示板設置不許可を不当労働行為とまで認めることは困難である 4

3. 実務に役立つ労働法の知識 長澤運輸事件 東京高裁判決について ( 労働経済判例速報 2304 号山畑茂之弁護士論説から抜粋 下線等は事務局による ) (3) 定年前後の賃金差の程度定年前後の賃金差をどの程度に設定するかという点については実務的には非常に悩ましいところであると思うが これについては事案によるという他なく 一律に何 % までなら大丈夫という線を引くことは困難である ただ 長澤運輸事件は 考慮要素 1( 定年前後で担当する業務内容 ) と考慮要素 2( 当該職務の内容及び配置の変更の範囲 ) とが同一という前提で 2 割程度の賃金差は労働契約法 20 条に違反しないと判断されたものであり 他の事例でも参考になるであろう ここで一つ指摘しておくと 考慮要素の異同 と 許容される賃金差の程度 は 相関関係にあると思われるため 考慮要素 1や考慮要素 2に違いがある事例では 許容される賃金差の程度は相対的に大きくなるということである 長澤運輸事件の場合は 考慮要素 1と2が同一という前提で8 割程度の定年前後の賃金差が許容されたものであるが 考慮要素 1もしくは2に違いがある事例であれば 2 割を超えるような賃金差であっても許容されると考えられる 長澤運輸事件の 2 割 に固執する必要はないと考える 以上 5