最近の主要労働判例 命令 (2017 年 6 月号 ) 2017 年 6 月 7 日 経団連労働法制本部 1. 労働判例から ( 重要判例は 下線は事務局が付加 ) [ 解雇 ] SGS ジャパン事件 東京地裁 ( 平成 29 年 1 月 26 日 ) 判決速報 2306 号上司の注意はパワハラにはあたらず うつ病の業務起因性等が否定された例 この事件は うつ病の診断を受けて休職していた原告が 被告会社から休職期間満了を理由に退職を告知されたことが 違法 無法であるとして地位確認や未払賃金の支払い等を求めたもの あわせて上司らによるパワハラによって精神的な苦痛を受けたことを理由に 不法行為に基づき 上司らに対して慰謝料等の支払いを求めている ( 判示事項 ) 原告が主張するような早朝夜間の持ち帰り残業が恒常的に発生するような業務量があったとはにわかには認めがたく その時間外労働は多い月でも月 40 時間を超えることはない また 上司の原告に対する注意は 業務上の指導として合理的な理由があり 原告の述べる事実を検討しても 上司が原告に対し パワハラや嫌がらせであると評価できる行為を行ったとは認められない したがって 心理的負荷による精神障害の労災認定基準に照らして評価した場合 その心理的負荷は 総合評価 中 であり 本件疾病の業務起因性を認めることができない [ 解雇 ] ソクハイ事件 東京地裁 ( 平成 28 年 11 月 25 日 ) 判決速報 2306 号民法 629 条 1 項により労働契約の更新が推定されたとはいえず 地位確認請求が棄却された例 この事件は 原告が被告会社との間で期間の定めのある労働契約を締結していたところ 被告が原告との間で退職の合意が成立したと主張していることなどに関して 被告に対し 1 退職の合意は成立しておらず 民法 629 条 1 項により労働契約は更新されており かつ 期間の定めのないものになったなどと主張して 地位確認と賃金の支払などを求めたもの 1
( 判示事項 ) 平成 23 年 1 月 16 日労働契約の雇用期間満了時 (4 月 15 日 ) において 4 月 16 日以降の労働契約書を取り交わさず 原告は同日以降も引き続き労働に従事し 被告もこれに異議を述べなかったから 遅くとも同年 5 月ころまでに民法 629 条 1 項により 労働契約の更新が推定され かつ期間の定めのないものとなったと原告は主張する しかし 被告は平成 23 年 1 月 16 日労働契約の満了する 4 月 15 日の 30 日前までに 原告に対し 労働契約を更新しない旨を予告しておらず かえって 4 月上旬に契約期間を 7 月 15 日までとする労働契約書の案文を送付し 原告は契約期間について異議を述べたことはないことが認められる したがって 4 月 16 日の勤務開始時点において 原被告間の合理的意思解釈により 労働契約を更新し その期間を同日から 7 月 15 日までとする旨の黙示の合意が成立したというべきであり 4 月 16 日に雇用契約期間が満了していたことを前提に民法 629 条 1 項が適用される旨をいう原告の主張は採用できない [ 懲戒解雇 ] ドコモ CS 事件 東京地裁 ( 平成 28 年 7 月 8 日 ) 判決速報 2307 号長年にわたる住宅補助費の不正受給を理由とする懲戒解雇が有効とされた例 この事件は 原告 ( 会社 ) がその社員であった被告夫妻に対し 原告から住宅補助費を不正に受給したとして 原告の就業規則における賃金精算の定め 民法上の不当利得等に基づき 住宅補助費相当額の金銭支払いを求めたもの 一方 被告夫妻は 住宅補助費の不正受給を理由とする懲戒解雇は無効であるとして 地位確認と未払賃金等の支払を求めた ( 反訴事件 ) ( 判示事項 ) 被告夫妻の住宅補助費申請は少なくとも戸建て住宅に係るものは住宅補助費の支給要件を満たさない上 被告夫妻は少なくとも未必の故意をもって 共謀の上 その居住実態を偽って住宅補助費を不正受給している 原告が受けた財産的被害は多額であり 両者間の信頼関係を著しく破壊するものである 労働者は自身の労働契約上の義務に違反する行為に関し 原則 労働契約上の義務として その調査に応じ 協力する義務があると解される しかし被告夫は原告の聴取において 事実関係に関する虚偽の供述を複数回繰り返しており 被告妻もこれに同調する態度を示し 自分たちの独自の見解に固執して 民法上の請求権からは大幅に減額された返還に応じていない 原告は被告夫妻に対し 慎重に調査を進め 事情聴取も少なからず実施し 被告夫妻に弁明の機会も十分に与えて 慎重な検討を経て本件解雇を決定したと認められる 以上の認定判断を総合すると 被告らの戸建て住宅に係る住宅補助費の不正受給は そ 2
の態様 期間 被害金額 発覚後の態度等に照らして悪質である したがって 懲戒解雇は懲戒権の中でも特に慎重さが求められることを考慮しても 原告が被告夫妻に対し本件解雇をもって臨んだことが客観的に理由を欠き 社会通念上相当であると認められない場合に当たるということはできない [ 懲戒解雇 ] ドリームエクスチェンジ事件 東京地裁 ( 平成 28 年 12 月 28 日 ) 判決速報 2308 号過度の私的なチャットの利用はその態様において懲戒解雇事由に相当するが 費やした時間は労働時間とみなされるとされた例 この事件は 原告が被告会社に対して 平成 26 年 7 月 8 日付け懲戒解雇は無効であり 原告は自らの意思により同年 8 月 11 日付けで退職したものであるとして 労働契約に基づき 未払賃金の支払いなどを求める事案である 一方 反訴事件は 原告の業務中における業務外チャット時間が長時間であり これを労働時間から控除すると給与が過払いであるとして 不当利得返還請求を求め さらに 原告が社内のチャットにおいて被告に対する信用毀損行為をしたとして 不法行為による損害賠償を求める事案である ( 判事事項 ) 本体チャットは 単なるチャットの私的利用にとどまらず その内容は 顧客情報持出の助言 信用棄損 誹謗中傷およびセクハラに該当し 就業に関する規律 ( 服務心得 ) に反し 職場秩序を乱すものと認められる 原告がこれまで懲戒処分を受けたことがないこと 本件解雇を通知された時点では おおまかに本件懲戒事由があることを認め 謝罪の言葉を述べていたことなど原告に有利な事情を十分踏まえても 本件解雇 ( 懲戒解雇 ) は 客観的に合理的な理由があり 社会通念上相当であると認められる 社内では 私語として許容される範囲のチャットや業務遂行と並行して行っているチャットとが渾然一体となっている面があり 使用者の指揮命令下から離脱しているとはいえないから チャットの私的利用を行っていた時間は労働基準法上の労働時間とみるべきである そのため 所定労働時間内におけるチャット時間を抽出して 居残り残業時間から所定労働時間内のチャット時間を控除することはできない 2. 労働委員会命令から ( 東京都労働委員会命令 ) 昭和ホールディングス事件 ( 平成 27 年不第 90 号事件 ) 平成 29 年 5 月 11 日 3
会社及び子会社 2 社が組合の4 回にわたる団体交渉申入れに応じなかったことについて 会社は 労働組合法上の使用者には該当せず また 組合が申し入れた団体交渉議題のうち 春闘継続団交 を除いた議題は 義務的団体交渉事項に当たらないため 会社らの対応は 正当な理由のない団体交渉拒否及び組合に対する支配介入には当たらないとして棄却された例 ( 北海道労働委員会命令 ) 恵和会事件 ( 平成 25 年道委不第 11 号 ) 平成 29 年 5 月 30 日組合の申立事項のうち 一部が労働組合法で禁止されている不当労働行為に該当すると認定し 医療法人社団に対して (1) 組合が申し入れた1 賃上げ 2 特別休暇制度 3 サービス残業を交渉事項とする団体交渉において 自らの主張に固執することなく 誠実に団体交渉を行わなければならないこと (2) 組合運営への支配介入をしてはならないこと (3) 文書の掲示を行うことを命じ その余の申立てを棄却したもの ( 中労委 ) 東海旅客鉄道 ( 掲示板設置 ) 不当労働行為再審査事件 ( 平成 27 年 ( 不再 ) 第 49 号 ) 平成 29 年 5 月 16 日 支店管内の人員配置変更により 組合員全員が配置転換された先での組合掲示板の設置申請を会社が認めなかったのは 従来から一貫して運用し 組合に対して説明されてきた基準に基づいて取り扱われた結果であり 不当労働行為に当たらないとした事案 ( 判断の要旨 ) 会社が 本件組合員の配転先で組合が申請した組合掲示板の設置を許可しなかったのは 配転先の組合員が4 名であり 組合掲示板設置許可基準の1( 職場に5 名以上の組合員が存在すること ) を満たなかったことが理由であると認められる 組合と会社の間には 従前から 組合掲示物をめぐる多数の係争があり また 本件設置許可取消し及び本件掲示板設置不許可により 支店管内には組合の組合掲示板が一つもない状態となって 結果として組合は 支店管内において組合掲示板を用いた情報宣伝活動を行えなくなったことが認められるが 会社が それを目的として上記取扱いをしたとまで認めることはできないし その他の事情を勘案しても 本件掲示板設置不許可を不当労働行為とまで認めることは困難である 4
3. 実務に役立つ労働法の知識 長澤運輸事件 東京高裁判決について ( 労働経済判例速報 2304 号山畑茂之弁護士論説から抜粋 下線等は事務局による ) (3) 定年前後の賃金差の程度定年前後の賃金差をどの程度に設定するかという点については実務的には非常に悩ましいところであると思うが これについては事案によるという他なく 一律に何 % までなら大丈夫という線を引くことは困難である ただ 長澤運輸事件は 考慮要素 1( 定年前後で担当する業務内容 ) と考慮要素 2( 当該職務の内容及び配置の変更の範囲 ) とが同一という前提で 2 割程度の賃金差は労働契約法 20 条に違反しないと判断されたものであり 他の事例でも参考になるであろう ここで一つ指摘しておくと 考慮要素の異同 と 許容される賃金差の程度 は 相関関係にあると思われるため 考慮要素 1や考慮要素 2に違いがある事例では 許容される賃金差の程度は相対的に大きくなるということである 長澤運輸事件の場合は 考慮要素 1と2が同一という前提で8 割程度の定年前後の賃金差が許容されたものであるが 考慮要素 1もしくは2に違いがある事例であれば 2 割を超えるような賃金差であっても許容されると考えられる 長澤運輸事件の 2 割 に固執する必要はないと考える 以上 5