いることが推測されました そこで東京大学医科学研究所の氣駕恒太朗特任研究員 三室仁美 准教授と千葉大学真菌医学研究センターの笹川千尋特任教授らの研究グループは 胃がんの発 症に深く関与しているピロリ菌の感染現象に着目し その過程で重要な役割を果たす mirna を同定し その機能を解明しました スナ

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論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

報道発表資料 2007 年 8 月 1 日 独立行政法人理化学研究所 マイクロ RNA によるタンパク質合成阻害の仕組みを解明 - mrna の翻訳が抑制される過程を試験管内で再現することに成功 - ポイント マイクロ RNA が翻訳の開始段階を阻害 標的 mrna の尻尾 ポリ A テール を短縮

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

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前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

研究の詳細な説明 1. 背景病原微生物は 様々なタンパク質を作ることにより宿主の生体防御システムに対抗しています その分子メカニズムの一つとして病原微生物のタンパク質分解酵素が宿主の抗体を切断 分解することが知られております 抗体が切断 分解されると宿主は病原微生物を排除することが出来なくなります

汎発性膿疱性乾癬のうちインターロイキン 36 受容体拮抗因子欠損症の病態の解明と治療法の開発について ポイント 厚生労働省の難治性疾患克服事業における臨床調査研究対象疾患 指定難病の 1 つである汎発性膿疱性乾癬のうち 尋常性乾癬を併発しないものはインターロイキン 36 1 受容体拮抗因子欠損症 (

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難病 です これまでの研究により この病気の原因には免疫を担当する細胞 腸内細菌などに加えて 腸上皮 が密接に関わり 腸上皮 が本来持つ機能や炎症への応答が大事な役割を担っていることが分かっています また 腸上皮 が適切な再生を全うすることが治療を行う上で極めて重要であることも分かっています しかし

博士学位論文審査報告書

平成 28 年 12 月 12 日 癌の転移の一種である胃癌腹膜播種 ( ふくまくはしゅ ) に特異的な新しい標的分子 synaptotagmin 8 の発見 ~ 革新的な分子標的治療薬とそのコンパニオン診断薬開発へ ~ 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 消化器外科学の小寺泰

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

血漿エクソソーム由来microRNAを用いたグリオブラストーマ診断バイオマーカーの探索 [全文の要約]

結果 この CRE サイトには転写因子 c-jun, ATF2 が結合することが明らかになった また これら の転写因子は炎症性サイトカイン TNFα で刺激したヒト正常肝細胞でも活性化し YTHDC2 の転写 に寄与していることが示唆された ( 参考論文 (A), 1; Tanabe et al.

今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

生物時計の安定性の秘密を解明

東邦大学学術リポジトリ タイトル別タイトル作成者 ( 著者 ) 公開者 Epstein Barr virus infection and var 1 in synovial tissues of rheumatoid 関節リウマチ滑膜組織における Epstein Barr ウイルス感染症と Epst

本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 ( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 , 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-

かなえ医薬振興財団研究報告集

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

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細胞老化による発がん抑制作用を個体レベルで解明 ~ 細胞老化の仕組みを利用した新たながん治療法開発に向けて ~ 1. ポイント : 明細胞肉腫 (Clear Cell Sarcoma : CCS 注 1) の細胞株から ips 細胞 (CCS-iPSCs) を作製し がん細胞である CCS と同じ遺

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平成 30 年 2 月 5 日 若年性骨髄単球性白血病の新たな発症メカニズムとその治療法を発見! 今後の新規治療法開発への期待 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 門松健治 ) 小児科学の高橋義行 ( たかはしよしゆき ) 教授 村松秀城 ( むらまつひでき ) 助教 村上典寛 ( むらかみ

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_PressRelease_Reactive OFF-ON type alkylating agents for higher-ordered structures of nucleic acids

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研究背景 糖尿病は 現在世界で4 億 2 千万人以上にものぼる患者がいますが その約 90% は 代表的な生活習慣病のひとつでもある 2 型糖尿病です 2 型糖尿病の治療薬の中でも 世界で最もよく処方されている経口投与薬メトホルミン ( 図 1) は 筋肉や脂肪組織への糖 ( グルコース ) の取り

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

図 1 マイクロ RNA の標的遺伝 への結合の仕 antimir はマイクロ RNA に対するデコイ! antimirとは マイクロRNAと相補的なオリゴヌクレオチドである マイクロRNAに対するデコイとして働くことにより 標的遺伝 とマイクロRNAの結合を競合的に阻害する このためには 標的遺伝

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小川憲人 論文審査担当者 主査田中真二 副査北川昌伸 渡邉守 論文題目 Clinical significance of platelet derived growth factor -C and -D in gastric cancer ( 論文内容の要旨 )

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Microsoft Word CREST中山(確定版)

統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

したことによると考えられています 4. ピロリ菌の検査法ピロリ菌の検査法にはいくつかの種類があり 内視鏡を使うものとそうでないものに大きく分けられます 前者は 内視鏡を使って胃の組織を採取し それを材料にしてピロリ菌の有無を調べます 胃粘膜組織を顕微鏡で見てピロリ菌を探す方法 ( 鏡検法 ) 先に述

別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

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( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

のと期待されます 本研究成果は 2011 年 4 月 5 日 ( 英国時間 ) に英国オンライン科学雑誌 Nature Communications で公開されます また 本研究成果は JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) の研究領域 アレルギー疾患 自己免疫疾患などの発症機構

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

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統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

PRESS RELEASE (2014/2/6) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

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小児の難治性白血病を引き起こす MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見 ポイント 小児がんのなかでも 最も頻度が高い急性リンパ性白血病を起こす新たな原因として MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見しました MEF2D-BCL9 融合遺伝子は 治療中に再発する難治性の白血病を引き起こしますが 新しい

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化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

2015 年 11 月 5 日 乳酸菌発酵果汁飲料の継続摂取がアトピー性皮膚炎症状を改善 株式会社ヤクルト本社 ( 社長根岸孝成 ) では アトピー性皮膚炎患者を対象に 乳酸菌 ラクトバチルスプランタルム YIT 0132 ( 以下 乳酸菌 LP0132) を含む発酵果汁飲料 ( 以下 乳酸菌発酵果

サカナに逃げろ!と指令する神経細胞の分子メカニズムを解明 -個性的な神経細胞のでき方の理解につながり,難聴治療の創薬標的への応用に期待-

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

背景 私たちの体はたくさんの細胞からできていますが そのそれぞれに遺伝情報が受け継がれるためには 細胞が分裂するときに染色体を正確に分配しなければいけません 染色体の分配は紡錘体という装置によって行われ この際にまず染色体が紡錘体の中央に集まって整列し その後 2 つの極の方向に引っ張られて分配され

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大学院博士課程共通科目ベーシックプログラム

制御性 T 細胞が大腸がんの進行に関与していた! 腸内細菌のコントロールによる大腸がん治療に期待 研究成果のポイント 免疫細胞の一種である制御性 T 細胞 1 が大腸がんに対する免疫を弱めることを解明 逆に 大腸がんの周辺に存在する FOXP3 2 を弱発現 3 する細胞群は がん免疫を促進すること

60 秒でわかるプレスリリース 2006 年 4 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 敗血症の本質にせまる 新規治療法開発 大きく前進 - 制御性樹状細胞を用い 敗血症の治療に世界で初めて成功 - 敗血症 は 細菌などの微生物による感染が全身に広がって 発熱や機能障害などの急激な炎症反応が引き起

2014年

急性骨髄性白血病の新しい転写因子調節メカニズムを解明 従来とは逆にがん抑制遺伝子をターゲットにした治療戦略を提唱 概要従来 <がん抑制因子 >と考えられてきた転写因子 :Runt-related transcription factor 1 (RUNX1) は RUNX ファミリー因子 (RUNX1

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果

妊娠認識および胎盤形成時のウシ子宮におけるI型IFNシグナル調節機構に関する研究 [全文の要約]


2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は

1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

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界では年間約 2700 万人が敗血症を発症し その多くを発展途上国の乳幼児が占めています 抗菌薬などの発症早期の治療法の進歩が見られるものの 先進国でも高齢者が発症後数ヶ月の 間に新たな感染症にかかって亡くなる例が多いことが知られています 発症早期には 全身に広がった感染によって炎症反応が過剰になり

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 佐藤雄哉 論文審査担当者 主査田中真二 副査三宅智 明石巧 論文題目 Relationship between expression of IGFBP7 and clinicopathological variables in gastric cancer (

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細胞老化による発がん抑制作用を個体レベルで解明 ~ 細胞老化の仕組みを利用した新たながん治療法開発に向けて ~ 1. 発表者 : 山田泰広 ( 東京大学医科学研究所システム疾患モテ ル研究センター先進病態モテ ル研究分野教授 ) 河村真吾 ( 研究当時 : 京都大学 ips 細胞研究所 / 岐阜大学

図 : と の花粉管の先端 の花粉管は伸長途中で破裂してしまう 研究の背景 被子植物は花粉を介した有性生殖を行います めしべの柱頭に受粉した花粉は 柱頭から水や養分を吸収し 花粉管という細長い管状の構造を発芽 伸長させます 花粉管は花柱を通過し 伝達組織内を伸長し 胚珠からの誘導を受けて胚珠へ到達し

2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

第6号-2/8)最前線(大矢)

抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

なお本研究は 東京大学 米国ウィスコンシン大学 国立感染症研究所 米国スクリプス研 究所 米国農務省 ニュージーランドオークランド大学 日本中央競馬会が共同で行ったもの です 本研究成果は 日本医療研究開発機構 (AMED) 新興 再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業 文部科学省新学術領

Microsoft Word - 新学術用まとめ.docx

研究の詳細な説明 1. 背景細菌 ウイルス ワクチンなどの抗原が人の体内に入るとリンパ組織の中で胚中心が形成されます メモリー B 細胞は胚中心に存在する胚中心 B 細胞から誘導されてくること知られています しかし その誘導の仕組みについてはよくわかっておらず その仕組みの解明は重要な課題として残っ

平成14年度研究報告

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

Microsoft Word - 【最終】リリース様式別紙2_河岡エボラ _2 - ak-1-1-2

発症する X 連鎖 α サラセミア / 精神遅滞症候群のアミノレブリン酸による治療法の開発 ( 研究開発代表者 : 和田敬仁 ) 及び文部科学省科学研究費助成事業の支援を受けて行わ れました 研究概要図 1. 背景注 ATR-X 症候群 (X 連鎖 α サラセミア知的障がい症候群 ) 1 は X 染

研究の背景と経緯 植物は 葉緑素で吸収した太陽光エネルギーを使って水から電子を奪い それを光合成に 用いている この反応の副産物として酸素が発生する しかし 光合成が地球上に誕生した 初期の段階では 水よりも電子を奪いやすい硫化水素 H2S がその電子源だったと考えられ ている 図1 現在も硫化水素

糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

研究成果報告書

核内受容体遺伝子の分子生物学

統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異の同定と病態メカニズムの解明 ポイント 統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異 (CNV) が 患者全体の約 9% で同定され 難病として医療費助成の対象になっている疾患も含まれることが分かった 発症に関連した CNV を持つ患者では その 40%

れており 世界的にも重要課題とされています それらの中で 非常に高い完全長 cdna のカバー率を誇るマウスエンサイクロペディア計画は極めて重要です ゲノム科学総合研究センター (GSC) 遺伝子構造 機能研究グループでは これまでマウス完全長 cdna100 万クローン以上の末端塩基配列データを

の活性化が背景となるヒト悪性腫瘍の治療薬開発につながる 図4 研究である 研究内容 私たちは図3に示すようなyeast two hybrid 法を用いて AKT分子に結合する細胞内分子のスクリーニングを行った この結果 これまで機能の分からなかったプロトオンコジン TCL1がAKTと結合し多量体を形

Microsoft PowerPoint - DNA1.ppt [互換モード]

く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

平成 29 年 6 月 9 日 ニーマンピック病 C 型タンパク質の新しい機能の解明 リソソーム膜に特殊な領域を形成し 脂肪滴の取り込み 分解を促進する 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長門松健治 ) 分子細胞学分野の辻琢磨 ( つじたくま ) 助教 藤本豊士 ( ふじもととよし ) 教授ら

卵管の自然免疫による感染防御機能 Toll 様受容体 (TLR) は微生物成分を認識して サイトカインを発現させて自然免疫応答を誘導し また適応免疫応答にも寄与すると考えられています ニワトリでは TLR-1(type1 と 2) -2(type1 と 2) -3~ の 10

Transcription:

ピロリ菌感染による胃がん発症の鍵となる小さな RNA の発見 1. 発表者 : 氣駕恒太朗 ( 東京大学医科学研究所感染症国際研究センター感染制御系細菌学分野特任研究員 ) 三室仁美 ( 東京大学医科学研究所感染症国際研究センター感染制御系細菌学分野准教授 ) 笹川千尋 ( 千葉大学真菌医学研究センター特任教授 ) 2. 発表のポイント : ピロリ菌への感染が原因の胃の病態形成に 小さな RNA が寄与していることを発見しま した ピロリ菌の慢性感染において小さな RNA の発現が減少することで がん遺伝子 STMN1 の発現が増大し 胃がんの原因となることを明らかにしました 小さな RNA は 胃がんの治療や早期診断の足がかりになることが期待できます 3. 発表概要 : ヒトの胃に慢性的に定着する細菌であるヘリコバクターピロリ ( ピロリ菌 ) は 胃に炎症 を起こし 胃炎 胃潰瘍 胃がんの原因となることが知られています これまでの臨床的な知 見から ピロリ菌と胃がん発症との関係が明らかになってはいますが ピロリ菌の感染が が ん化に重要と考えられている異常な細胞増殖をどのように誘導するのか その詳細な機構はほ とんど分かっていませんでした 東京大学医科学研究所の氣駕恒太朗特任研究員 三室仁美准教授と千葉大学真菌医学研究 センターの笹川千尋特任教授らの研究グループは マイクロ RNA( 注 1) という小さな核酸 物質の一種 microrna-210 の発現が ピロリ菌の感染した胃で顕著に抑制されていることを発見しました これは ピロリ菌の慢性感染によって ゲノム DNA にメチル化修飾 ( 注 2) が起きるためであることを明らかにしました さらに ピロリ菌の感染によって microrna-210 の発現が抑制されることで STMN1(Stathmin 1) というがん遺伝子の発現 が上がり 胃の細胞が異常に増殖することを示しました ( 図 1 および図 2) 胃の病態形成に関わる理解を大きく深めた本研究成果は ピロリ菌による胃がん発症の原 因解明に役立つと期待されます 4. 発表内容 : ピロリ菌はヒトの胃に定着するグラム陰性細菌で 胃炎 胃潰瘍 胃がんそして MALT リ ンパ腫 ( 注 3) の形成に深く関与しています ピロリ菌の感染によって引き起こされる胃上皮 細胞の慢性炎症と増殖が 胃がん発症の主因であると考えられています これまでの臨床的な 知見から ピロリ菌と胃がん発症との関係が明らかになっていますが その詳細な分子機構は未だ不明な点が多く残されています 近年 マイクロ RNA(miRNA) による遺伝子発現の制 御が がんを始めとするさまざまな生命現象に重要な役割を果たしていることが明らかになっ てきました 遺伝子発現調節における mirna の機能の重要性を考えると 胃粘膜上皮細胞へ のピロリ菌の感染の際に認められるがん関連遺伝子の複雑な応答にも mirna が深く関与して

いることが推測されました そこで東京大学医科学研究所の氣駕恒太朗特任研究員 三室仁美 准教授と千葉大学真菌医学研究センターの笹川千尋特任教授らの研究グループは 胃がんの発 症に深く関与しているピロリ菌の感染現象に着目し その過程で重要な役割を果たす mirna を同定し その機能を解明しました スナネズミにピロリ菌を経口感染させ 約 2 ヶ月後の胃上皮細胞を回収し mirna の発現を 網羅的に調べたところ microrna-210(mir-210) の発現が顕著に減少していることを確認 しました この現象は ピロリ菌慢性感染者のヒト胃上皮細胞においても観察されました さ らには mir-210 の発現は 胃粘膜萎縮や好中球浸潤等の病態悪性度が高いほど減少している ことがわかりました さらに研究グループは mir-210 が CpG アイランド ( 注 4) と称される DNA がメチル化を受け易いゲノム DNA 領域にコードされており ピロリ菌感染に起因して本 領域の DNA がメチル化されることが mir-210 の発現減少を引き起こすことを見出しました 次に mir-210 の機能を調べました mir-210 を胃上皮由来の細胞株に発現させると 細胞 の増殖抑制が認められた一方で mir-210 の発現を抑制した細胞では増殖が促進されました 哺乳動物における mirna は 標的遺伝子のメッセンジャー RNA(mRNA) の 3 末端に位置する非翻訳領域に直接結合することにより 標的遺伝子の mrna の発現量を抑制することが知 られています mir-210 の標的遺伝子を予測するために 胃上皮細胞株に mir-210 を強制的に 発現させて 発現が減少する遺伝子をマイクロアレイにより網羅的に調べたところ 28 の遺 伝子を見出しました このうち 12 の遺伝子が mir-210 の標的配列を 3 末端に位置する非翻訳 領域に保有していることが確認されました さらに これら遺伝子の発現を抑える実験により 細胞増殖における影響を調べた結果 胃上皮細胞の細胞増殖を制御する遺伝子が STMN1 (Stathmin1) と DIMT1(DIM1 dimethyladenosine transferase 1) であることを明らかにし ました この 2 つの遺伝子は mir-210 によって直接的に制御されていることを別の実験によ り確認しました これらの結果から mir-210 は STMN1 と DIMT1 を直接的に標的とし 胃上 皮細胞の増殖を抑制していることが明らかになりました さらに mir-210 の発現が低下して いるピロリ菌感染患者の胃上皮では 非感染患者の胃上皮よりも STMN1 および DIMT1 の発 現量が増加していることがわかりました STMN1 は胃がんを始めとするさまざまながん細胞で発現が上昇し 腫瘍形成の早期に重要であると考えられている遺伝子であることから ピロ リ菌の慢性感染による mir-210 の発現減少は STMN1 等を介した腫瘍形成に重要である可能 性が示唆されました ( 図 1 および図 2) 本研究グループは ピロリ菌の感染に応答する mirna として mir-210 を同定しました また mir-210 が STMN1 と DIMT1 を直接的な標的とし 細胞の増殖を制御していることを 網羅的な方法を用いて示すことに成功しました ピロリ菌の慢性感染による mir-210 の発現 抑制が 胃上皮細胞の異常増殖とともにがん細胞の増殖を育む環境を作る可能性が示唆されま した さらに STMN1 と同様の胃上皮増殖作用を持つ DIMT1 の発現も ピロリ菌慢性感染 患者で上昇していたことは DIMT1 が新たながん遺伝子である可能性を示唆しています 胃 病態形成の理解を大きく深めた本研究成果は ピロリ菌による炎症誘発機構や 胃がん発症の 原因解明に役立つことが大いに期待されます 今後は ピロリ菌がどのようにして mir-210 の発現を調節しているのか より精細な解析をすると共に mir-210 や STMN1 DIMT1 を 利用した胃がん検査や治療へ貢献することを目指します

5. 発表雑誌 : 雑誌名 : Nature Communications (2014 年 9 月 4 日 ) 論文タイトル : Epigenetic silencing of mir-210 increases the proliferation of gastric epithelium during chronic Helicobacter pylori infection 著者 : Kotaro Kiga, Hitomi Mimuro, Masato Suzuki, Aya Shinozaki-Ushiku, Taira Kobayashi, Takahito Sanada, Minsoo Kim, Michinaga Ogawa, Yuka W. Iwasaki, Hiroyuki Kayo, Yoko Fukuda-Yuzawa, Masakazu Yashiro, Masashi Fukayama, Taro Fukao*, and Chihiro Sasakawa* DOI 番号 :DOI: 10.1038/ncomms5497 アブストラクト URL: http://www.nature.com/ncomms/2014/140904/ncomms5497/abs/ncomms5497.html 6. 注意事項 : 日本時間 9 月 4 日 ( 木 ) 午後 6 時 ( イギリス時間 :4 日 ( 木 ) 午前 10 時 ) 以前の公表は禁じ られています 7. 問い合わせ先 : 東京大学医科学研究所感染症国際研究センター感染制御系細菌学分野特任研究員氣駕恒太朗 ( きがこうたろう ) 准教授三室仁美 ( みむろひとみ ) Tel: 03-6409-2151, -2150 FAX: 03-6409-2149 8. 用語解説 : ( 注 1) マイクロ RNA:22 塩基ほどの小さな RNA であり 植物や動物 ウイルスなど多様 な生物種が保有していることが知られています 標的となるメッセンジャー RNA に結合して タンパク質への翻訳の阻害や メッセンジャー RNA の分解を誘導して 標的遺伝子の発現を 抑制します ( 注 2)DNA にメチル化修飾 :DNA の中の CpG アイランド配列などのシトシンもしくはア デニンにメチル基が付加される化学反応です DNA のメチル化の有無により 遺伝子の発現 量が調節され 発生 記憶 がんの発達や悪性化に関与していることが知られています ( 注 3)MALT リンパ腫 :Mucosa-Associated Lymphoid Tissue という 粘膜とリンパ球の 複合組織から発生する B 細胞性リンパ性腫瘍 胃の MALT リンパ腫の約 90% にピロリ菌の感 染が確認されることが報告されています ( 注 4)CpG アイランド : シトシンとグアニンの連続した配列が高頻度で確認されるゲノム 領域 遺伝子のプロモーター領域にしばしば観察され シトシンの 5 がメチル化されると転写 が不活化されることが知られています

9. 添付資料 : 資料は 以下の URL からダウンロードできます http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/mimuro_lab/nc_press_release.html 図 1: ピロリ菌に感染させたスナネズミ胃粘膜の mir-210 および STMN1 の発現 ピロリ菌が 感染すると mir-210 の発現が低下し STMN1 の発現が上昇した さらに 異常な細胞 増殖が誘導されていることが 下段の染色により判明した

図 2: ピロリ菌の感染によって mir-210 の発現が減少し それによって異常な細胞増殖が引 き起こされる過程を模式的に表した図